5章22話 ヒヨコVS下っ端君
『さあ、本日午後の部・武闘大会準決勝一試合目が始まります!』
ヒヨコと下っ端君Aが闘技場に姿を現すと、コロシアムがものすごく盛り上がる。
『武闘大会一回戦は優勝候補筆頭のカール選手を倒し、準々決勝では師でもあるラカトシュ選手を倒し準決勝に駒を進めましたラルフ・フォン・ゼーバッハ選手です!』
選手紹介で下っ端君が手を挙げると会場は盛り上がる。
まさか共にあの黒い肌をしたおっちゃんに従い修行という名の設営準備をやらされた下っ端君と戦うとは思いもしなかった。つまりヒヨコとは仕事仲間である。そんな下っ端君がまさかここまで来てしまうとは、きっと奇跡が起こったのだろう。
彼は典型的な下っ端君だ。『~っす』とかいう言葉遣いの下っ端臭が半端ない下っ端君Aが、まさか帝国の武闘大会で準決勝に来てしまうとは思わなかっただろう。だって一番下っ端っぽい下っ端君だからヒヨコは彼に下っ端Aという称号を与えたのである。
BでもDでもなくA。つまり下っ端オブ下っ端という事だ。そんな彼が間違っても来て良い場所ではなかった。
ヒヨコは下っ端君を憐れみ、ちょっとだけ良い所を見せてあげて適当な所で勝ってあげようと心に決める。
ヒヨコの優しさに感謝して欲しい。その他のザコの1人がこんな大会の準決勝に来てしまったら殺しは無しの大会でも簡単に挽肉にされうるのだから。
『対するはまさかの準決勝進出のピヨちゃん。一回戦ではパウル・フィリップス選手を圧倒し、準々決勝では竜王の息子グラキエス選手の反則負けによって駒を進めています。ドラゴンのブレスを相手に迎撃する恐るべきブレスの持ち主。もしも昔のように吐息ありの大会ならばこのかわいらしいヒヨコが実は帝国最強なのではと思ってしまうほどです』
ヒヨコも観客席に手を振ると観客達は大きく盛り上がる。
ピヨちゃん可愛い、という黄色い声が飛ぶ。
ふふふふ、ヒヨコにモテ期が到来したらしい。
可哀そうに、下っ端君。まさかヒヨコと当たるとは予想もしてはおるまい。まあ、君はよくやった方だよ。ヒヨコの前に倒れるが良い。
『それでは両者構え!試合はじめ!』
下っ端君は槍を構えてヒヨコへ一瞬で詰めてくる。
「いくっすよ!」
「ピヨッ!?(おおっ?意外と早い?)」
物凄い勢いで刃引きされた槍がヒヨコの頭のあった場所に飛んでくる。だがしかし、ヒヨコはそれを難なくかわす。
「はあああああああああああああっ!」
次々と飛んでくる槍の攻撃。
意外と早い。かわすのが大変だ。意外と………
っていうか下っ端君のくせに早すぎないか?神でも降りたのか!?
※降りてません。
いや、お前に言ってないし。
……え?ヒヨコは誰に突っ込んだのだろう?
下っ端君如きによる槍の連撃が続く。
ヒヨコが横に避ければ突きから薙ぎに変化して追ってきたり、ヒヨコが後ろに避ければ両手持ちから片手持ちに変化して伸びてきたり、スウェーバックなんてすれば刃を下に向けて落として来る。
次々と嵐のように激しい槍撃が突きから薙ぎ、薙ぎから切り上げと様々な槍の攻撃が千変万化する。
だがしかしヒヨコは薙ぎに変わればピヨッとしゃがんで避けて、伸びてくれば流水で華麗に流し、刃が下に降りてくれば体を捩ってかわす。
更に下っ端君は足元を突いてくればヒヨコは空へ跳んでかわすと上へと刃を向けてくる。
だが、ヒヨコは宙で回転しつつ体をねじり、後方3回宙返り2回捻りを加えて見事に槍の攻撃をかわす。
下っ端君は諦めず着地する所を狙って槍を突いてくるが、ヒヨコは足を使って軽く受け流す。
『ピヨは流水のスキルレベルが上がった。レベルが3になった』
「ピーヨピヨピヨ(思ったよりやるな、下っ端君。だがキャラ的にこれ以上番狂わせはさすがにないぞ?)」
とは言ったものの……それにしても、おかしいぞ?
なんかこの下っ端君、強すぎないか?
それはまるでまぐれで決勝トーナメントに上がってきた小父さんが、実は神様だったみたいじゃないか!(※ドラ●ンボール第15巻参照)
ヒヨコ、ちょっと戸惑ってます。
本来であれば、ここはヒヨコが下っ端君を圧倒的な力を示し、勝利する所だろう?
下っ端君は明らかに、こう、なんというか下っ端臭がするじゃないか。帝国最強をうっかり倒してしまい、何か強そうな前振りをするが、ヒヨコはもっと強いという所を強調するための噛ませ犬キャラじゃないか。
「それにしても予想以上にやるっすね」
下っ端君はバトンのように両手で槍を持ってクルクルと回す。意外と早く回すな。
だが、ヒヨコの目にはその刃のツヤまでしっかりと見えているぞ?
グルグル回る槍の穂先を見ているとヒヨコはグルグルと目で追っていると何だかフラフラしてきたぞ。
おおお、目が回る。
「ピヨヨ~(ま、まさかこれは目を回す為の策!?)」
ヒヨコはグルグルと目を回してフラフラと足元が定まらない。
『おおーっと、ラルフ選手が槍を回していたら、ピヨちゃん、なんと勝手に目を回している!?前代未聞の大ボケだ!』
「あれ、よく分からないけど今がチャンスっぽいっすね」
ヒヨコが目を回しているというのに下っ端君は一気に攻勢に出ようとする。
「ピヨ!?(卑怯な!休んでいると見せかけてヒヨコの目を回そうとは!)」
ヒヨコは慌てて逃げる。それはもう潔くフラフラした足を回れ右して、背を向けて逃げるのだ。
「っていうか、戦いの場でそういう逃げ方ありっすか?」
ヒヨコを追いかけてくる下っ端君。
「ピヨヨーッ!(あんな槍をぐるぐる回してヒヨコの目を回すなんて卑怯!槍術大車輪か!?そんな技、どこから持ってきたんだ!?)」
※ヒヨコって、それはないでしょう。
逃げるヒヨコ、追う下っ端君。
闘技場で追いかけっこが発生。何だかドタバタコメディにも見えるがヒヨコの足は徐々にフラフラしている所からスピードが乗ってくる。
逃げていたはずがいつの間にか下っ端君の後ろにいた。
「ピヨッ」
背後から下っ端君を突いてしまう。下っ端君はズルペタンと倒れる。
「ピヨピヨ(追いついてしまった。一瞬、バターにでもなるかと思ったぞ?)」
ヒヨコは倒れている下っ端君を見下ろしながらつぶやく。
「っつー、ま、まさかこれがヒヨコの策なんすか!?意外と頭が良いっすね」
「ピヨピヨ(さて、何か言っているが…………。ハッ!そう、策なのだ。決して偶々ではないのだ。びっくりしただろう?逃げていたらいつの間にか後ろに追いついちゃったよ大作戦なのだ!びっくりしただろう?ヒヨコもびっくりだ。そう、よく分からないけど策なのできっと狙い通りなのだ。……ほんと、マジマジ。ピヨちゃん噓吐かない)」
「どうやら一筋縄ではいかない見たいっすね」
下っ端君はグルグルと槍を回しながら構える。
「ピヨピヨ(だが、既にヒヨコは下っ端君の間合いを把握したのだ)」
下っ端君は槍の間合いの内側に入られると何もできない。後ろに回り込みたいところだが、意外と素早いので簡単には回り込めない。ヒヨコの縮地法にも対応可能。その源となっているのが防御力と回避力の二つだ。
槍の結界とも言うべき反応。
紙一重にかわすのも問題だ。この世界における一流の剣士が斬撃を飛ばすように、下っ端君のくせに生意気だが、恐らくは槍の突撃を衝撃波として飛ばすだろう。
だがそれはヒヨコのような達人にとっては崩しにしか使えない。そしてヒヨコの速度からすると崩しに使うにはあまりにも振りが大きすぎてかわされやすい。
攻撃を連続で途切れなく繰り出す事でヒヨコを守勢に回すのだ。守備が上手いが槍の扱いもお上手なのだから厄介であるが、スピードではヒヨコに劣るのだ。
故にヒヨコから攻めさせてもらおう!
ヒヨコが前に出る。
「むっ!」
嘴による近距離攻撃だ。ひとたび槍の間合いの中に入ってしまえば守勢に回るのはそちら。
右に回ったピヨッ
左に回ってピヨッ
前と見せかけて斜め後ろからピヨッ
足元にピヨッ
ピヨッピヨッピヨッ
「くっ!何という速さっすか。ヒヨコがこんなに早いとは驚きっす!」
下っ端君は魔物レース無敗のピヨちゃんを舐めるなよ!
見よ、これこそがヒヨコ乱舞!
もはや守勢に回らざるを得ない。流水で捌こうともヒヨコは捌き切れまい!
隙あり!
ピヨヨヨーン!
ヒヨコの嘴が下っ端君の腕を突く。下っ端君は槍を手放してしまう。
カランコロンと音がして、ヒヨコは一気に攻め立てようとする。
「やられると思ったら大間違いっす!」
そこから右回し蹴りがヒヨコの頭に飛んでくる。
「ピヨッ!(見え見えの回し蹴りなんて効かないのだ!)」
ヒヨコはヒョイッとかわすと、頭を通り過ぎた右足がヒヨコの延髄に落ちて来て、延髄蹴りが入る。更に下っ端君はジャンプして左足を上げヒヨコの首を両足でロック。
そして首をそのままりグリンと捩じりつつ足でロックしたままヒヨコの頭を地面に叩き落して来る。
な、何なんだ、これは!?
ゴンッ
ヒヨコの頭が闘技場の床を打つ。
「終りっす」
***
ここは皇帝一家がいるVIPルーム。皇帝アルトゥルには皇妃に加え、皇子2人と皇女1人がおり、皆で試合を見ていた。護衛としてラカトシュが彼らの後ろに立っている。
真っ青な顔でヒヨコを見ている長男のカールステン。前皇帝である祖父と同じ名をつけられた少年だ。
試合などお構い無しで床に文字を長々と描き続けているヴェルナー。
試合に興味無さそうにして母に甘える末妹のノエル。
当の皇妃はノエルの世話で試合どころではなかった。
つまり、皇帝と長男カールステン以外は、試合を見ていなかった。
とはいえ、試合を見ていた皇帝は思い切り顔を引きつらせていた。
「おい、ラカトシュ。お前、ラルフに何教えてんだよ」
と後ろに待機している護衛の黒い肌を持つ男、ラカトシュに文句を言う。素早すぎてほとんど見えていないとはいえ、長男の引き攣り具合は仕方ない事だろう。
明らかに致死の殺人術をこの大会で使う部下がいたからだ。
「スキル上の呼称で言えば柔術ですが」
シレッという護衛に皇帝は頭を抱える。
「あんな技を教え込むな。というか教えても良いが空気を読めよ!明らかに一撃必殺の殺人術じゃねえか!ウチのカールが凍り付いただろ」
アルトゥルの言葉に青ざめていた長男のカールステンはコクコクと頷く。
「ご安心ください。あの術が殿下をお守りしますので」
ラカトシュはにこりと笑うが、カールステンは笑えなかった。ポイントはそこじゃないとカールステンは突っ込みたかったのだ。
だが、ちゃんと口にできる父親がいる。
「いや、そこじゃねえから!というか人の国の親善大使を殺すな」
「大丈夫でしょう。あの程度で死にはしませんよ」
シレッと答えるラカトシュにどんよりと顔を歪めるアルトゥルとカールステンの二人。
「その心は?」
「ほら、今、ヒヨコが立ち上がったじゃないですか」
おおおおと会場は盛り上がっていた。その元気そうな姿にアルトゥルもカールステンも驚いていた。首がねじ切れたのかと思うような角度に回されていたのだが。
「…というか、あの鳥、何で立ち上がってんの?っていうか、ラルフがびっくりしてんぞ。アイツ、明らかに殺し技使ったのに起き上がって来たから。まあ、もしも死んでたら俺が説教だけどな」
アルトゥルはきっぱりと言いきる。
いくら戦いが真剣でも、見世物を見に来ている和やかな観客の前で見せていい技ではなかった。
「死にはしませんよ、ヒヨコですし」
「いや、ヒヨコ関係なくね?」
「ラルフは我が柔術の全てを身に着けた天才ではありますが、あれは殺人術ですからね。殺鳥術じゃありません。あれでやったと思っている時点でまだまだ甘い。まあ、人間でも獣人でも一撃必殺ですが」
「……何を言いたい?」
「柔術スキルがLV10に至る我が暗殺術は人間という骨格を基本としております。無論、魔物相手にも使えますが、基本は対人戦闘用。あの技は人間の首をへし折りそれで殺せなくて頭を地面にたたきつけて叩き割る。が、それは地面が硬ければで、木板の床で出来た闘技場では堪えられるでしょう。そして相手が鳥ですから」
「あの、鳥だと何で大丈夫なんですか?」
そこで7歳の皇子カールステンが首をひねってラカトシュに訊ねる。
その問いにラカトシュはにこりと笑う。
「良い質問です。人間の首は7本の頸骨で支えられています。その為、首が左右90度くらいに曲がりますでしょう?」
「頸骨…首の骨ですか?それが僕らは7本あるんですか?」
カールステンは自分の首を触り骨の数を数えてみる。どこからどこまでが脛骨なのか分からないので首をひねるばかりであった。
「鳥は倍以上あります。ヒヨコの種族は分かりませんがグルンと左右に270度以上回るのを見たことがあります。首を固めてグリンと回したところで効きませんよ。人間なら完全に首の骨を折って殺しますが、鳥では無理でしょうね」
「そんな事が分かっていたんですか?」
「そりゃ、親衛隊の訓練でかくれんぼをしたのですが、あのヒヨコ、グリンと首を一瞬で後ろを向けて見まわしてましたから。人間がしたらホラーですが、鳥ですからね。鳥は頸骨が多く、フクロウはグルンと後ろを見たりします。そもそも私は、ラルフが経験不足故にヒヨコやグラキエスには勝てないと思っていましたから」
「おいおい、負けると思ってるなら、お前が勝って上にあがれよ」
「別に優勝は望んでおられないでしょう?騎士達よりも親衛隊が良い順位に行けば、という程度の意気込みじゃないですか。それに、これからアルブム王国との戦いにおいてラルフは帝国の戦力になります。神という規格外を相手に戦うには経験が足りませぬ。あのヒヨコやグラキエス、そういう未知の怪物を相手と戦う経験が必要なのです。その点だけ言えばあの魔物達の方がよほど経験値は高いでしょう」
ラカトシュはきっぱりと言い切る。
「あの、父上は武力を見せつけようと、優勝を狙っていたりはしないのですか?」
カールステンは手を挙げて父親に訊ねる。
「無理やりつかみ取るのは後で歪がでる。実力のまま示せばいいさ。勿論、優勝するに越したことはない。でも力もないのに、例えば獣王相手に八百長で勝利して良い事なんて無いだろ。ありのままを見て判断していかなければならない。見栄や嘘ってのは一番リスクを負うんだよ。やるなら生涯吐き続けられる嘘を吐くか、後でばれても問題ない嘘を吐け」
「なるほど、勉強になります」
カールステンはふむふむと頷き、アルトゥルは満足そうにうなずく。
カールステンは真面目な少年だ。真面目な母によく似ており日頃からチャランポランな父親とは似ても似つかない。
「でも見栄は張らないといけない時もあるのではないかと思いますが」
「そうだな。だが張る必要のない場所もある。そこら辺はバランス感覚だ。目的を考えた時に絶対に成し遂げなければならない目的と出来たらいいなという目的、色んなものがある。ここは堪えないといけないと思えばやるし、どうでもよければやらない。見栄を張るのにどの程度のリスクがあるのか、最終的にどれだけの金や人が必要か、それも考えた上で見栄を張らねばならぬ。皇帝ってのは、いや、皇帝だけじゃなく誰もがそこら辺のバランス感覚が優れてないといかん。皇帝は帝国の見栄を管理するから大変なんだよ」
「ああ、分かります。ギュンターさんはいつも父上に対してうるさいですからね。父上ももう少しいたわってあげてください」
そんな息子の反撃にアルトゥルは閉口する。
親子の会話を聞いていた皇妃がクスクスと笑う。ギュンターを振り回してばかりいる夫の姿をよく見ているからであろう。
「貴重なんだぜ。文句言いながらも付き合ってくれる部下は」
アルトゥルは溜息と一緒にぼやく。そしてふとラカトシュに視線を向ける。
「ラカトシュ。お楽しみは最後にと思っていたが、少々、後手に回りすぎた。ヒューゲルにもいい加減にしないと拙いだろうと言われたしな。俺としても、まさか獣王国にまで被害を与えるとは思ってなかった。水際で抑えられたが、これ以上表立つのはよくない。もう黙らしておけ」
「承りました」
ラカトシュは礼をするとそのまま部屋を去る。
***
カウントの声が聞こえてくる。誰だろう。ヒヨコが起きるまでのカウントダウンか?だがカウントは2から3へと上がっている。
「ピヨッ!」
そこで何で寝ていたのかを思い出したヒヨコは慌てて起き上がる。
『カウント4で起き上がりましたヒヨコ、間一髪です!本大会はカウント5で終わりですのでお気を付けください』
「ピヨピヨ(ひどい目にあったぞ)」
「いや、むしろ何で生きているのか聞きたいっす」
「ピヨピヨ(むしろ何という地獄技を思いつくのか、ヒヨコは抗議するぞ。あんなものを使われた日には『ピヨの門』が開かれてしまうではないか)」
※ラカトシュに伝えられた技は『陸●圓●流』ではありませんが、勇者シュンスケが残した異世界格闘技がベースなので、そんな技があっても不思議ではありません。
「ピヨッ!(ヒヨコの中に一匹の獣が棲んでいる)」
ヒヨコは首をぐるぐる回す。左右に270度回転するヒヨコの柔軟な首。人間とは違うのだよ人間とは!
「汚っ!」
「ピヨピヨ(汚くはない。だがヒヨコも下っ端君に良い所をたくさん見せてやったのだ。そろそろ決着を付けよう)」
「何か妙に上から目線で舐められてる気がするのは気のせいっすかね?」
「ピヨピヨ(大丈夫、ヒヨコはきっちり下っ端君を舐めているぞ。だって下っ端君だから。)」
そう言いながらも落ちている槍をきっちり拾っている下っ端君。結構、ちゃっかりしている。
だが、そろそろ限界だろう。
これ以上頑張るとこの戦いが物語の尺の中に収まらないと見た!
ヒヨコはどこかでヒヨコ伝説を残そうとしている誰かの為にもそろそろ終わらせようと決意した。映像プロデューサーさんならば、『そろそろ巻きでお願い』って指示を出す頃だと思う。
そもそも下っ端君とヒヨコの戦いなんて、精々ダイジェストで良い位だ。『ヒヨコの前に親衛隊の下っ端君が立ち塞がるが、ヒヨコには及ばなかった』みたいな感じで良いのではないか?
下っ端君など、時間にして10秒もかからず、一行で済むのに。ヒヨコはなぜ一話も試合に時間をかけていたのか!?
だが、こうして戦ってしまったので仕方ない。ヒヨコの強さをとくとご覧あれ。
※作者は1話1万文字を目標に書いています。6000~8000文字程度で終わる事が多いのですが、目標的に言えばまだまだ尺は残っています。
「ピヨピヨ(そろそろ、決着を付けよう)」
「まあ、観客もあまりヒヨコが勝ちすぎると困惑すると思うので退場を願う所っすね」
槍を構えて下っ端君がヒヨコを見る。
はっ?…………まさか、ゆるキャラ的に勝ちすぎるのはNGだったのか!?
ピヨ、何かやっちゃいました?みたいな?
だが、ここは決勝戦で勇者対勇者の方がよくないか?え?ヒヨコはちょっと場違い?
ジトリと冷たい汗が流れる。
「ピヨ!(いや、もはやどうでもよい!ヒヨコは勝利のためにピヨピヨ頑張るのだ!)」
ヒヨコは一気に下っ端君との距離を詰める。
「食らえ!」
下っ端君は槍をヒヨコへ向けようとするが、タイミングが悪かった。
丁度、槍の間合いに入り込もうとしてきた時に『食らえ』だなんていうから、うっかり槍を嘴に咥えてしまったじゃないか。
「い、いや、本当に槍の穂先を食らわれると困るんすけど」
下っ端君は何か拙いことやっちゃったみたいな顔をしていた。だが、ヒヨコは止まらない。
ヒヨコは折角なので思い切り首を空へと向ける。手を放さない下っ端君は槍を持ったまま空へと打ち上げられる。
ピヨちゃんは力持ちなのだ!
「くっ」
高々と放り投げられた下っ端君は空中でバランスを取って槍を構える。
「ピヨッ(食らえ!ピヨスパイラルアタック!)」
助走をつけて上空へヒヨコが跳ぶ。
下っ端君が迎撃態勢に入る。だがヒヨコは回転しながらも翼で緩急や軌道を変えて槍攻撃を翼で受け流し嘴で下っ端君の鳩尾を突く。
「ガハッ!」
下っ端君の鎧が拉げ、ダイレクトにダメージを食らい更に空へと打ち上げられる。ヒヨコはくるくると後方4回宙返り3回ひねりしてからピタ着!ピヨちゃん金メダル!
そしてヒヨコの着地後に下っ端君が落ちてくる。腹を抱えながらもどうにか着地をしようとしているが、ヒヨコはそんな余裕は与えない。いつもならここでブレスで叩き落すがここでブレスは使えない。
なので、着地する前に外へ蹴り飛ばす。
「くっ!負けてなるものかっす!」
着地を諦めヒヨコ迎撃に入る下っ端君。想定外の逆襲にヒヨコは隙を突かれる。
「うおおおおおおおおおっ!食らえっす!」
物凄い勢いで槍を投擲してくる。殺せる威力の投擲だ。槍、柔術に加え投擲までこなすのか!?
※神眼で見ればスキル欄に書いてあります。
下っ端君のくせに生意気な!
だが、飛んできた槍がヒヨコの顔に飛んでくる。
下っ端君はゴシャッと地面に落ちる。
ピヨッとヒヨコに槍が突き刺さる。
『こ、これは、どうなったか?………おおーっと!ヒヨコ、二度、嘴で見事に槍を咥えた!恐るべき嘴!』
実況放送からも驚きの声が上がる。
ヒヨコは嘴でグルグルと槍を器用に回してから、闘技場の外に捨てて、ヒヨコはゆっくりと下っ端君へと近づく。
「ピヨ」
「ぐっ……」
ヒヨコは縮地でピヨッと移動し、立ち上がろうとしている下っ端君の背後に回り込むと尻に蹴りを叩き込む。
ちゃんと着地すれば良いものを槍なんて投げるから。まあ、とどめを刺すにしても転がして場外に落とすだけなのだが。
『ラルフ選手場外!勝者、ピヨちゃん!』
審判の放送が入り、試合は終わりを告げる。
ヒヨコの勝利に観客が大きい声を上げて盛り上がる。
ピヨピヨ。多分、丁度8000字を超えたくらいであろう。ヒヨコはちゃんと尺を守る漢の中の漢である。
***
ヒヨコには残念なお知らせであるが、まだまだ話は終わらない。
場所は飛んで闘技場の貴賓室。そこで、スヴェン・リューネブルク公爵は大笑いをしていた。
「あんな色物に負ける等、親衛隊もとんだ笑いものよ。所詮は下賤の身という事」
「全くですな。陛下の、いやアルトゥル如きが皇帝などなるべきではなかったのだ」
「全くだ」
スヴェンに追従して嬉しそうに笑い合う30人近い貴族とその家族達。
ここはリューネブルク用のVIPルーム。大きく作られており多くリューネブルク派の貴族達が集まっていた。
「これでマキシムの優勝は決まった。残りは子供とヒヨコなのだからな。バカな男よ!我等貴族を蔑ろにした報い、受けてもらうぞ、アルトゥル!」
スヴェンの言葉に貴族達は頷き合う。
「全くです」
彼等貴族達はうっぷんが溜まっていた。
「我が息子の士官を潰されました。常なれば我が家の者なら無条件で入れたというのに!」
「我が子もです。宮廷の文官に仕官試験で、今まで推薦で通っていた我等高位貴族をもふるいにかける等不敬すぎる!400年と続く忠義もこれまでよ!」
「これまでならば当たり前のように受け入れる話を無視なさるなど許される事ではあるまい」
「辺境の山猿が!」
貴族達は忌々しそうに口にする。
「戦争狂いのケンプフェルトの家で育っているからな。平民を重用するような都市で生きているから貴族の何たるかが分かっていないのだろう」
「愚かな事よ」
「無論、スヴェン様。手を貸しているのですから我らにも勿論恩恵は頂けるのでしょう?」
「当然よ!私はどこかの愚帝とは違うからな!」
スヴェンの言葉にゲラゲラと笑う貴族達だった。
すると入口からパチパチと拍手をする音が聞こえてくる。
そこで全員が習って拍手をしようとして、ふと入口の方を一瞥すると、そこにはありえざる人間が存在していた。
「それは素晴らしい。つまり皆さま全員が皇帝陛下対して叛意を持っていると考えて宜しいのですね?」
その言葉を口にしたのは平民ながら皇帝直属親衛隊師範に就任し、騎士爵の地位を与えられた皇帝アルトゥルのケンプフェルト辺境伯代行時代以前からの部下ラカトシュ・フォン・ヴァードンだった。
皇帝の腹心中の腹心にしてヘギャイヤの難民出身という黒い肌をした帝国では珍しい存在でもある。
「き、貴様は…。どうしてここにいる!?」
貴族達は動揺を露わにする。
「今日は公爵閣下の派閥の皆様がご出席しているとお聞きして参ったのですが?」
「……ち、違う!ここに入るには我らの選りすぐりの警備を通る必要があった筈だ!どうして部外者が…」
1人の貴族が慌てたように尋ね返す。
「ハハハハハ。ご冗談を。あれが選りすぐりでは、陛下の命なんてとっくに私が落としていますよ。帝国の戦力というのもたかが知れていますね。まさかあのレベルを親衛隊に推挙していたのですか?」
ラカトシュはこの場にいる貴族達をバカにするように笑う。
「ば、バカな。警備は…警備は……どうしたというのだ?」
「誰か!誰かおらぬか!」
「侵入者だ!こやつを捕えよ!」
騒ぐように声を出すが、誰も駆けつて来る様子はなかった。
どれだけ待っても誰も来ない。入口の前に立つのはラカトシュただ一人。
「ああ、ご安心ください。誰も悲鳴一つ上げずに寝ていますよ。目を覚ます事はないでしょう」
「!?」
貴族達は絶句する。自分たちの護衛達があっさりと殺されたと思ったからだ。悲鳴一つ上げる事も出来ず、誰にも気づかれずここに辿り着かれるなどありえない事だった。
「ま、まさか」
「皇帝陛下に対する反逆に加え暗殺未遂ですか。確かこの国では死罪だったと思いますが…」
「ひっ」
「わ、私は違うわ!」
貴族の奥方と思われる女性が慌てて首を横に振る。
「ご安心ください。堂々と口にして、それを是としているのですから同罪となりましょう」
ラカトシュは溜息をつき、女性は絶句する。
するとスヴェンがラカトシュを指差して必死に叫ぶ。
「アルフォンス!そいつをやれ!」
「はっ」
美しい剣を持った壮年の男が前に出てくる。
「貴様如き平民上がりが我が護衛に勝てると思うなよ。アルフォンスは全盛期にはこの大会で優勝をした事もあり、優勝候補のカール・フォン・アルブレヒトの師でもあるのだからな」
アルフォンスと呼ばれた男は剣を抜いてスヴェンを背にしてラカトシュの前に立ち塞がる。
「であれば御託を言わずに襲い掛かるのが良かったでしょうに」
ラカトシュは呆れるように縮地法で一瞬にしてスヴェンの前に立つ。
そして一拍遅れてアルフォンスは地面にごとりと倒れる。
「え?あ?」
あまりの事にスヴェンは間抜けな声を出してしまう。
何が起こったのかさえ分からなかったのだ。
「閣下はヘギャイヤ共和国のフォーク侯爵をご存じですかな?」
「フォーク?……た、確か十年以上も昔に没落したヘギャイヤの裏の支配者だろう。それがどうし………」
どうした?と言いかけてスヴェンはハッとする。
フォーク侯爵、ヘギャイヤ共和国において多くの貴族を暗殺して裏側の支配者として君臨した大貴族だ。何の証拠も残さず多くの貴族達を暗殺しており、何度も共和国のトップに任命されていた家でもある。
だが、フォーク家は畏れられすぎた為、ヘギャイヤの貴族たちによって逆に社会的に謀殺された。フォーク家当主の死により周りの貴族達もそれに便乗しフォーク家を失脚させた。フォーク家は皆殺しとなった。だが、実行犯の恐るべき手練れを複数人抱え込んでいた筈だが、その姿は見当たらなかった。
それから暫くして、フォーク領から大量の難民を救い、その中から自分の配下にしたという美談を持つ皇帝の孫息子がいた。それが現皇帝陛下アルトゥルである。
当時の皇帝陛下であった祖父はアルトゥルほど優れた皇族はいないと誉めそやしたという過去がある為に今回の皇帝選出で勝利した。肌の色の違いも差別をせず、身の回りの世話をする部下にし、国民から優しい皇子だという印象を与えたのだが……。
スヴェンはその事が全て繋がってしまった。
大貴族ゆえに頭は悪くはない。そうでなければこれほど大派閥を作ることはできないからだ。
アルトゥルが保護し、内に抱え込んだ配下の中にフォーク侯爵の持っていた暗殺者集団がいたのだ。
そして、目の前の男がそうなのだと。
気付くとスヴェンの周りにいた貴族達が次々と倒れていく。知らぬ間に黒い影が現れる。20人ほどの親衛隊の男達であった。
「お、俺を…俺を殺すのか?こ、こんなことをして許されると思っているのか!」
「皇帝を殺そうとするよりはよほど普通の事ですがね。陛下はいつでも貴殿を殺せる。宮廷という名の戦場に立っているのだから、貴殿もいつだって暗殺される事を覚悟しているでしょう?」
「ひっ……や、辞めてくれ!そ、そうか?金だな?金ならいくらでも出すぞ!いくらが良い?言い値を払おう」
「金で解決するなら皇帝陛下を脅した方がよほど貰えますが?」
「し、知らなかったのだ!親衛隊が貴殿のようなものだったとは。許してくれ!何でもする!」
「では何でもしてもらいましょうか?」
スヴェンが頭を床に付けて命乞いをするので、ラカトシュはにこりと笑う。
「大会後、陛下からお呼びがかかるでしょう。何でもしてもらいますのでその積もりで。あと、我々の事は内密にお願いしますよ」
そう言うと音もなくラカトシュ達暗殺者たちは影の中に消えるように去っていくのだった。
すると倒れていた貴族達も目を覚ます。誰一人として死んではおらず、慌てた様子で部屋の外から護衛の男たちが慌てて入ってくる。
「閣下!大丈夫ですか!?」
「何者かの襲撃がありました!護衛達が全員昏倒されておりまして!」
護衛達は慌てた様子であるが、スヴェンはその状況に全てを察する。
これは脅しなのだと。いつでもどこでも殺せる。二度はないと。
(アルトゥルが皇族の中で一番まともな皇子だと?どこのバカだ、そんな事を言っていたのは!あの武力一辺倒のエレオノーラ殿下やラファエラ殿下が大人しく見えるわ。あんな化け物だと知っていたらこんなやり方などはなからせぬわ!)
スヴェンは己の愚かさを思い知り、恐怖に震えるのだった。
先々帝が「アルトゥルほど優れた皇族はいないと」と誉めそやした美談であるが、たかが難民を受け入れて部下に採用した程度で何をと思っていたが、つまりはこういう事なのだと嫌という程納得させられたのだった。