5章20話 獅子王子VS虎王子
闘技場に辿り着いたガラハドは目の前に立つロバートを見上げていた。
身長は2メートルを越え、未だ子供で140センチ程度しかないガラハドからすればまるで山のように巨大に見える。ロバートの肉体は鉄の甲冑で守られており、服に篭手のみを着けているガラハドとでは装備も雲泥の差だった。
「ふん、やっぱり帝国はザコ集団だな。いくら獣王陛下の子供と言えど、こんなガキが上に上がってくるなんてよ」
ロバートは余りにも目の前の弱そうな子供に対して呆れた口調でぼやく。巨大な剣を片手に見下していた。
「そんな事はないよ。皆強かったし。君だって僕に負けるんだから」
「はっ………見ればボロボロじゃねえか。試合前まで特訓でもしてたのか?そんなんで俺に勝てると思ったら大間違いだ。後で痛い痛いと泣いても許してやらねえからな」
ロバートはガラハドを呆れるように見降ろし、大剣を構える。
ガラハドも構えようとするが、少しだけ躊躇い、そしてしっかりと戦う構えを取る。右脇腹に痛みが走ったが戦えない程じゃないと自分で勝手に判断する。
(父上、兄上、俺に力を…)
ガラハドは強く拳を握る。
『では、始めてください!』
試合開始の合図と同時にロバートは前に出て巨大な剣を振り下ろす。
轟音と共に闘技場が破壊されるが、ガラハドは横に飛んでかわしロバートの腹に拳を叩きつける。
「ちぃっ!」
ロバートは鎧に守られており痛みは少ないが意外なダメージに顔をゆがめつつも、即座に大剣で横薙ぎに攻撃する。ガラハドは直に下がって剣との間合いを取る。
ガラハドは大きい動きをすることで自分の脇腹が痛みを始めて、顔を歪める。蹴られた場所が軋む。今になって肋骨が折れていたかもと気付く。
「いくぜ、小僧!死んでも恨むなよ」
ロバートが攻勢に出る。横薙ぎで攻撃を仕掛けるがガラハドは回避して距離を取る。
だがロバートは即座にその距離を詰めて、右から横薙ぎの剣をガラハドに合わせてくる。
「くそっ」
回避しきれないと判断し、ガラハドは両手の篭手でロバートの大剣をガードをする。
防御しようと思って踏ん張った瞬間、攻撃がするりと抜けて、逆方向から剣が飛んでくる。
「!?」
ガラハドは思い切り剣を脇腹に叩きつけられ、自らの骨が折れる嫌な音を聞きながら、闘技場の端っこまで大きく吹き飛んでしまう。
『こ、これは決まったか!?いや、ギリギリ篭手で防御していたように見えましたが…ダメージは深刻そうです!』
審判が闘技場の外からガラハドに近づくと、ガラハドはまだ負けていないとばかりに起き上がろうとする。
「ぐっ………ゴホッゴホッ………ぺっ」
ガラハドは中腰で立ち上がり、血が肺から込み上げるのを感じ咳をすると血が出ている事に気付く。直に息を整える為に、血の絡んだ唾を吐き出す。
「ちっ…お前みたいなガキと遊んでる暇はないんだよ。まだ俺にはベアードの奴との頂上決戦が残っている。カッチェスター家の人間として、俺は獣王にならなきゃいけないんだ!」
「はっ……家の為?」
ガラハドは鼻で笑う。
獣王は獣人達全てを守り、その為に戦わなければならない存在だ。家の為だというなら邪魔しないでくれ。
そうガラハドは心の奥で思うのだった。
「黙れ!タイガー家の為に戦ってる貴様は何だというのだ!」
ロバートは大剣を振るいガラハドに襲い掛かるが、ガラハドはそれを何とかよけながらロバートに近寄ろうと距離を測る。
「俺が獣王を目指すのは獣人族の為だ!幼いころから聞かされていた。父上からの言葉を!俺は父上の遺志を引き継ぐために戦ってるんだ!それを成す為に父の残した家臣が、唯一の望みである俺の為に共に戦ってくれている」
「てめえだって大差ねえだろうが!」
ガラハドが距離を取った瞬間、ロバートは大剣を振るい斬撃を飛ばして来る。
ガラハドはそれを回避しつつ走ってロバートの懐に入り込み、強力なボディブローを放つ。
ガゴッとロバートの鎧が砕ける音が響く。代償にガラハドは右拳が拉げていた。
「くっ……うおおおおおおおおおっ!」
ロバートの大剣が空から振り下ろされる。
激しい音が響きガラハドは激痛と共に地面にたたきつけられる。
『こ、これは決まったでしょうか?と、取り敢えずカウントを取ります』
意識が朦朧とするガラハドの耳に聞こえてくるのは、かつて父が残した言葉だった。
「獣王なんてクソッたれだ」
口癖のようなものだったように思う。
「そんな事はありません」
「そうですよ、私の知る獣王は立派な方で…」
ガラハドの兄達が父の言葉を否定しようとする。
「……歴代獣王は誰も彼もろくでもない。元々、獣王はその力で人間から民を守るために立ち上がった男だ。なのに、弱い民は人間から守ってもらう代わりに獣人によって虐げられる。それは違うだろ」
「父上…」
「俺はちゃんとできているか?それは、自分では分からない。下々まで見れるほど俺の視野は広くない。クリフォードやグレンたちに頼んではいるが奴らとてそこまで手は回らないだろう。俺もクソッたれの一人なんじゃないかって思うのが一番怖いんだよ」
「そ、そんな事はありません。父上は民を守る立派な獣王だと私は思います」
「だが、その為に多くの子供を殺している。お前達だって恨んでいよう」
「そ、それは…」
兄達は父の言葉に対して、修行の中で死んでいった兄弟たちを思い出して沈鬱な気持ちになる。
「はいっ!よく分かんないけど、僕は父上よりもたくさん民を守れる立派な獣王になりたいです!」
「…くっ……ハハハハッ!そうだな、ガラハド、お前は俺を越えていけ。俺を越えて行った奴が獣王だ!」
「これだからバカは…」
「父上を越える等……、全く無茶無謀な事を」
豪快に笑う父と、頼もしくも向こう見ずなバカな弟を苦笑しながら愛おし気に見て笑う兄達。
ガラハドは何か変なことを言ったのだろうかと首をかしげる。
「無茶無謀してこそだ。ガラハドはまだ何も知らない。知らないこそだろう?ちっちゃい頃は父上に勝つって喧嘩を売ってきたのはどこのガキだ」
「ああ、それは言わない約束ですよ、父上」
慌てる長兄に弟たちはケラケラ笑う。
「実力で俺に勝てる道理はないだろう。だがその道理をぶっ壊して進む奴が獣王になるんだよ」
父は優しく息子たちを諭す。
『スリー…、フォー』
カウントの声が聞こえて来て、ガラハドは慌てて起き上がる。
(やばっ…一瞬、意識が飛んでた。………夢?昔、父上や兄上と一緒に修行していた頃か……)
起きながら体中の痛みに顔をしかめさせる。
『起きた!ガラハド選手、素晴らしいガッツです!ですが大丈夫でしょうか?』
放送の声が響き、そんな音声の響きさえも、へし折れたあばらが痛みに響くように感じる。気が遠くなりそうだが、負ける訳にはいかない。
「へっ…まだやるのか?」
「お前なんかに負けてたまるか」
ガラハドはよろよろと起き上がりながらも構える。
ロバートは大剣を肩にかけながらゆったりと構える。
もはやガラハドは瀕死状態。ロバートも本気で戦うまでもないと感じたのだろう。
ガラハドは再び動いてロバートの間合いを測りながら仕掛けようとする。
だが、ロバートは剣を振りながら逆にガラハドを攻め立てる。
「お前如きガキが本気で獣王になれると思うなよ!獣王になるのはカッチェスターの頭領であるこの俺だ!」
ロバートは吠えながらも剣を振りガラハドを攻める。
ロバートとて立場は厳しい。叔父が獅子王を退き獅子王になったにも拘らず、未だに獅子王と呼ばれているのは叔父なのである。こんな情けない自分を払拭するためには勝って認めさせねばならないのだ。
ガラハドは素早いステップで攻撃をかわしどうにかロバートの懐に入ろうと試みているが、なかなか上手くいかない。剣の間合いと拳の間合いでは剣の方が遠い為、この鋭い剣を越えて行かねば拳が当たらないのだ。
右の拳も潰れていて戦える状況ではないが、左の拳がまだ残っている。
ガラハドはロバートの猛攻に対して両腕の篭手を使ってどうにか耐え凌ぐ。
そして何分も耐えながらも必死に突破口を探し続ける。
この会場は多くの客がいるが、その中には獣人達も見に来ている。この国へ共に来た100人の獣王国の同胞が見ている中で、無様に負ける訳にはいかないのだ。
とはいえ、ガラハドも流石に当たっただけで壊れそうな強烈な剣閃に寒気を感じながら必死に前へと進もうとする。
「俺は叔父貴とは違う。三勇士なんかで満足したりしない。あのアルトリウスをも超える獣王になるんだ」
「父上を?」
「そうさ、お前の父アルトリウスは偉大な獣王だ。何せ巫女姫さえ追放した強烈な権力を持っていたからな!過去の獣王じゃ考えられない。俺はそれを越える力を持って見せる。そして獅子人族こそが頂点だと知らしめ、弱きものを蹴散らし、俺が玉座を掴むんだ!」
ロバートは激しい猛攻を見せる。
だが、ガラハドは必死に攻撃を避けつつ、ロバートの懐へ入ろうと機会をうかがう。
ロバートの剣は鋭く、簡単にはいかない。マーゴットは剣に蹴りで攻撃を入れてへし折っていたが、どうやったらあんな真似ができるのかガラハドは見当もつかなかった。
「お前が俺に勝てる道理なんて無いんだよ!」
ロバートは剣を構えてガラハドに襲い掛かる。
ガラハドは足が動かず防御に回る。
両手でガードしようとするが、剣が再びすり抜け、逆方向から剣が鋭く落ちてくる。
だが、一度それは見ている。
今度はガードを遅らせることなく両腕の篭手で受け止める。
踏ん張りを利かない足だが吹き飛んで距離を取られるわけにもいかない。腰を落としてそれを受け止める。
凶悪な重量が襲い、膝を闘技場の地面についてしまう。だが何とか間合いの中で堪えた。
「実力でアンタに勝てる道理はないだろうさ。………だがその道理をぶっ壊して進む奴が獣王になるんだよ!」
ガラハドは壊れている右拳を握り、ロバートの破損した鎧から見える腹に拳を叩き込む。
骨の砕ける嫌な音が聞こえてくるが、それでも痛みをこらえて骨を叩き込む気持ちで一気にねじ込む。
「グアアッ!」
ロバートは凶悪な痛みに悲鳴を上げて両膝をつき闘技場の床に倒れる。
ロバートの耳に自分のあばらがへし折れた音を聞こえた。
だが、それでも、こんなガキに負けるなんて許されないと矜持が許さなかった。これでは獣王どころか獅子王の座さえ陥落する。
脂汗が流れる中、それでも立ち上がろうとする。
会場ではダウンを宣告されカウントが響く。
(負ける訳にはいかない。こんなガキになんて。ラッキーパンチだろう、あんなの!そうだ、俺は……獣王に……)
ロバートは起き上がろうとして敵を見る。
右腕はもはや原型がとどめないほど壊れており体中がボロボロで突くだけで倒れそうな子供がそこにいる。そうだ、立てば勝てる。
ロバートはプライドにかけて立とうとする。
刹那、ガラハドと目が合ってしまった。
その瞳は未だ闘志が萎える事無く何があっても敵を倒すという意志が伝わる。ロバートはその瞬間、恐怖に襲われてしまった。
「あ」
そして気付いたときには、敗北を告げるファイブカウントが告げられる。
『勝者ガラハド・タイガー!またも逆転勝利!まさに死闘でした!右腕を犠牲にしてロバート選手の守りを粉砕!』
大観衆が盛り上がる中、ロバートは立ち上がり
「待て!まだ終わってない!俺は立てたぞ!」
「ルールですので、そう言われても困ります」
審判に訴えるが審判もルール上そうなっているので仕方ないと聞く耳を持たない。
「こんな負けが納得いくわけないだろう!」
ロバートは拳を握って審判を脅す勢いで抗議をするが
「良いよ。この大会が終わったらまたやろう。挑戦はいつでも受ける」
そう言ってガラハドは体を引き摺る様子で闘技場を降りていく。
ロバートは自分よりもボロボロな勝者を見て屈辱に顔を歪める。羞恥に顔を俯かせて、もはや何も言わずに闘技場から去るのだった。
***
ロバートは自分の控室側の医務室に向かう。
帝国は治療魔法を使える人間がいるので怪我を直してもらう事が出来るのがありがたい。
治療を受けている途中で医務室にオラシオが入ってくる。
「叔父貴か」
「よう、無様な試合だったな」
オラシオは余りにも負けたばかりの相手に対して酷い言葉をかけてくる。
「自覚はしている。侮ってこの結果だ」
「この後どうするんだ?10回やれば9回は勝てる相手だ。俺はこの場で決める必要はねえと思ってる。ここで決まるなら良いとも思ってるがな。納得いかないんだろ?」
オラシオは若干焚き付けるように尋ねてくる。
一瞬の沈黙ののちに、ロバートは苦虫をかみつぶすような顔をする。
「それにガラハドはまだガキだ。アイツがもしも次にマキシムに勝つようならアイツが獣王になっても何もできないからな。少々予定外だ」
「叔父貴たちはこの大会で序列付けか或いは拍付けを狙ってたんだろう?」
「優勝は無理でもな。獣王国で一番強いってのは十分だろう?帝国の戦士の実力は見ていたがお前らより強そうなのもいたしな」
「そうか」
ロバートは治療魔法を受け終え、治ったのを確認して体をゆっくりと捻る。
痛みがない事に驚きつつも医者に感謝を述べて立ち上がる。
「だから、今回の獣王選定戦に文句があるなら全然問題ないとは思ってるぜ」
オラシオは甥が納得いかない様子を見せていたからこそ奮い立たせて再起戦をしてもかまわないと思っていた。
実際、ウルフィードもオラシオもこの大会でのパフォーマンスに納得いく者はいなかったからだ。まさか自分達と同格のマーサがマキシムに負けるとも思っていなかった。
ロバートがルールのせいで負けたと言えば獣王国の獣王選定戦のルールでやれば良い事だ。獣王国の獣王選定戦ならロバートがガラハドに負けるとは思わないだろう。この大会は死人を出さないように保護された大会だ。
獣王国は死ぬことも覚悟して行われる。
「いや、辞めておく」
「は?」
だが試合後は納得してない様子だったのにもかかわらずロバートは再戦を希望はしなかった。
「多分、もう勝てねえよ。情けねえ話だがな」
「そうか?」
「叔父貴はあいつと戦ったことなんてないだろう」
「そりゃ、俺があんな子供と戦う訳ないだろう」
元三勇士が10にもなったばかりの子供と本気で戦うはずもない。仮にも主に子供でもある。
「………悔しいが、俺はあいつにアルトリウス獣王陛下を見ちまった。」
「は?」
オラシオは余りに突飛なことを言う甥に対し、間抜けな声が出てしまう。
「そりゃ、まだ弱いと思う。10回やれば9回勝てるだろうよ。ダウンして立とうとしたとき、目が合っちまった。俺よりもボロボロで立てば勝てるって思ったのに、あの目は立たないで欲しいなんて怯える目をしてなかった。立ち上がったら叩きのめしてやるって強い意志を感じて、俺は気圧されて、ひるんだ。そのせいで立つのが遅れて負けたんだ。完敗だ」
ロバートは首を横に振る。
「………なるほどな。あと5年早く生まれてりゃ面白かったろうな」
オラシオは今時点ではどうやっても獣王は無理だろうと思ってため息をつく。だが、それほどの胆力があるのならば5年もすればいずれの候補を超えていたかもしれない。
アルトリウスの後継者として相応しい実力があったかもしれないと思わせられたのだった。
およそ5年に1度獣王選定戦や三勇士選定戦が行われる。今年獣王選定戦があるとすれば5年後だが、5年後にはガラハドが頭角を現し、本物の獣王として君臨する日が来るのかもしれないと思わされる。
「だからその5年、俺がガラハドの下について支えて行けば良いんだろう。三勇士として」
「は?……お前、本気か?」
「悔しいが…………あのガキが獣王になるのを見てみたいって思っちまったんだよ。まだ10歳か11歳かそこらの子供が、俺なんかよりも遥かにデカい器を持ってるあのガキがな。多分、マキシムにも負けねえだろうさ。……叔父貴がどうしてアルトリウス様に一度も戦いを挑まなかったのか何となく分かっちまった」
「……そうか。ま、お前が納得しているなら良いけど、三勇士だってまだボーダーラインなんだぜ」
「わーってるよ。それにガラハドだってマキシムに勝たなきゃならねぇ。これからの話さ」
つきものでも落ちたかのようにすっきりした顔でロバートは笑う。
(あの我の強いロバートが三勇士になって支えたい、ねぇ……。ガラハド・タイガー。アルトリウス様の末子で、戦争時点で厳しい修行を生き延びていた4人の1人。てっきり本格的な修行に入ってないから生きていただけの、ただの凡百だと思っていたが、案外、正当な後継者の1人だったのかもしれないな………)