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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部5章 帝国首都ローゼンシュタット 燃えよヒヨコ
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5章19話 ヒヨコ無双はお預けで

 ステちゃんは走ってコロシアムの中を進む。

 何だか焦っているというよりも怒っているといった感じだ。


 ヒヨコはピヨピヨとついていくことしかできない。トルテは飛んで移動するのが面倒になったのか、ヒヨコの頭の上に停まる始末。グラキエス君はその後ろを人間モードなので小走りについてくる。

「ピヨヨ~(まってよ、ステちゃーん)」

 ステちゃん的には全力疾走なのだろう。ヒヨコ的にはついて行ってるだけの軽いジョギングなのだが。


 やがて、ステちゃんはとある通路に辿り着く。奥にはドアがあり、猫人族の男が腰に剣を差して周りを見ている。まるで門番のようだ。

 ステちゃんはズイズイとその道へと進む。

「ここは通行禁止だ」

「どきなさい」

 ステちゃんから異様な威圧。


 怒りだ。


 ヒヨコは生まれてこの方、ステちゃんがここまで怒っているのを見たことがない。

 そしてその威圧はヒヨコでさえ驚く程だった。

「きゅ、きゅう(ステラが怖いのよね)」

「母ちゃんに匹敵する覇気なのだ」

 ゾワッとする圧倒的な気配に猫人族の男は足を震わせえしまい道を退いてしまう。

 ドアは壊れているようで中がチラリと見える。ステちゃんはそのままドアを横に押し退けて部屋へと入る。力がないので一生懸命横に押してであるが。


「だ、誰だ!」

 そこにいたのは熊人族のお兄さんと猫人族の人々。


 地面に倒れている少年、おや?ヒヨコの後輩ですな?


 そして……足に鋭利なナイフが刺さって血まみれとなったミーシャがいた。それに顔色が真っ青だ。

「んーっ」

 ミーシャは必死に訴えるが猿轡を嚙まされて喋れないでいた。


「見られたからには仕方がねえ。殺せ!」

「はっ」

 猫人族の男たちは武装して構えヒヨコ達の前を塞ぐ。


「誰がミーシャにこんなことをした?」

 ステちゃんとは思えない口調、腹の底から怒りが湧き出るような声が漏れだす。

 ぶっちゃけヒヨコもステちゃんを前にしたら対峙したくないと思えるほどの覇気だった。


「だからどうしたというのだ!今から死ぬお前ごとき………」

 猫人族の一際偉そうなお兄さんはそう言いかけるが、ステちゃんは覇気を強める。すると男たちは体を震わせ酸素を求めるように息を荒げ動けなくなってしまう。


「こ、これほどの覇気、き、きさま一体…あ、あああ」

 熊人族の男は直に気付き、体を震わせてそのまま崩れ落ちるように地面に頭をこすりつけて地面にひれ伏す。

 ステちゃんは怒りで人化の法を解いていたようで、6本の尾が垂れ下がっていた。


 巫女姫とやらは獣人にとってはお偉い様だとは聞いていたが、無法者が前にして跪くほどとは思わなかった。ステちゃんの「そんな大したものじゃない」と言っていた認識は大きく間違っているぞ?


「だ、誰か!この小娘をさっさと殺せ!何をしている、バルガス!貴様、マキシムを獣王にさせたかったのだろう!」

 怒鳴り散らす猫人族の男は巫女姫だという事を認識していないようだが、多くの他の猫人族達は怯えて手も足も出ない状況だった。ある者は過呼吸で、ある者は失禁し、ある者は気絶してしまう。


 ステちゃんは武力を一切使わず、全てを平伏させて何事も無いようにミーシャの前に座り、猿轡を外そうとする。


 ステちゃんから漏れ出るのは怒気でも殺気でもない。支配者特有の持つスキル『覇気』だ。山賊の親分さんやマーサさんも、ヒヨコも持っている、アレである。

 ヒヨコはレベルを4まで鍛えたのだが、意味があるのかないのかサッパリ分からないスキルだった。そう言えば基本サバイバル系スキルが豊富なステちゃんの中で数少ないヒヨコよりも高いスキルの一つが覇気だ。ダブルスコアをつけられていて、ステちゃんの覇気はLV8だ。


 ヒヨコも使って見たが、ヒドラ君がビクッとした程度の効果しかなかった。

 元々、メンタルタフネスを自称するヒヨコや王様気質のトルテには全く効かないが、LV8まで極めるとここまで高い効果を発揮するのか。

 さすがはヒヨコの元師匠である。


「何をしている!さっさと殺さないか!敵は後ろを向いているぞ!チャンスだろうが!何をしている!」

「ひっ、う、うわあああああああああああああっ!」

「ひいいいっ!」

 既に恐慌状態になっている者達は真っ先に逃げ出す始末。

 ステちゃんの覇気は一般人に対して圧倒的なモノがあった。



『長い戦いが、ついに決着!勝者、マキシム!』

 という放送が響く。


「大丈夫、ミーシャ」

「ふええええ、ズデちゃああん」


 涙を流してステちゃんに抱き付くミーシャ。ステちゃんはミーシャを抱きしめて頭を撫でてあやす。

 とはいえミーシャの足から大量に血が出ている。

 これはヒヨコ的に危険が危ないと見た。なのでヒヨコは神聖魔法で回復させる。


「ピヨピーヨ(<完全治癒(フルヒール)>)」

 ミーシャの傷が綺麗になくなっていく。

「ピヨちゃんもありがとー」

 ミーシャは傷がいえていくのを感じてヒヨコの頭を撫でる。なんという気持ちよい撫でテク。もって撫でても良いのだぞ?

 シロがミーシャの配下になるのも頷ける。


「なっ、な、何だ、貴様は……なんなんだ!」

 猫人族の男はギリギリと歯を軋ませて怒り、ステちゃんを睨もうとする。だが、ステちゃんから覇気が飛ぶと、くるってしまった感じの仲間を引っ張って慌てて逃げ出そうとする。


「覚えていろ!」

 偉そうな猫人族の男は失神してしまった仲間を引き摺りながら、典型的(テンプレート)な捨て台詞を残して去っていくのだった。


「あ、あの、虎ハド君が………」

「この子は何でぼろ雑巾になってるの?って、ああ、そういう事か」

 ステちゃんは倒れてる虎ハド君に触れると、何かを察したのか、わかったような顔でうなずく。


「ピヨピヨ(おーい、後輩君。元気かい?)」

 ヒヨコは倒れている後輩君を嘴で突いてみる。

 ボロボロになっていて生きているのか怪しい感じだ。だがどうも返事がない。


「ピヨ?(おや?返事がない。ただの屍のようだ。おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない)」

「きゅうきゅう(じゃあ、お昼は虎鍋にするのよね)」

「何だかピヨちゃんもトニトルテも物騒なのだ。人間は食べちゃダメだって父ちゃんに言われてるのだ」

「きゅう~(ダメ~?なのよね?)」

 トニトルテはあざとく上目遣いでグラキエスに瞳をウルウルさせて訴える。

「まあ、僕は妹に甘いお兄ちゃんだからちょっと位ならOKだと思うのだ」

「きゅうきゅう(ヒヨコ、GOが出たのよね。一緒に食うのよね)」

「いや、許可を出すな、この青い駄竜!」

 スパタタターンとヒヨコ、トルテ、グラキエスの三者をハリセンで引っ叩く。

「酷いのだ。駄竜だなんてあんまりなのだ。今は駄竜モードじゃなくて人間モードなのだ」

「きゅうきゅう(良い得て妙なのよね)」

 痛い訳でもないが頭を叩かれて、頭をさすって苦情を呈すグラキエスに対して、トルテはきゅうきゅう悪びれていなかった。


「ううう」

 ヒヨコの後輩君はぐったりした様子だが何とか体を起こす。

「あ、あれ、アイツらは?」

 後輩君は周りを見渡し、熊人族以外は全員いなくなっているのが分かる。そして当の熊人族の男は頭を下げて跪いたまま動こうとしていない。

 後輩君は何が起こったのか理解できなかった。


「うぅ~、ごめんなさい」

 ミーシャは後輩君に対して申し訳なさそうに頭を下げる。耳もぺたんと垂れていた。


「べ、別に関係ねえし。俺は男らしくねえこいつらが許せなかっただけで、お、お前を助けようとしたわけじゃないし」

「ピヨピヨ(人はそれをツンデレと呼ぶ)」

「きゅうきゅう(なるほど、ツンデレなのよね)」

 ヒヨコは後輩君が実はツンデレ属性持ちだという事に気付き、トルテもきゅうきゅうとうなずく。


 とはいえ、ミーシャは困った様子だった。何か問題があるのかヒヨコには分からない。助かったのだからラッキーで良いのでは?


「こういう時はごめんなさいじゃなくて」

 ステラは優しくミーシャの肩に手を置いてアドバイスを送る。


「え、ええと、ありがとう」

 ミーシャははにかむ様に後輩君に感謝を述べる。

 後輩君はミーシャが素直に感謝したからなのか、固まってしまう。ボロボロなので顔が赤くはれているようだが、さっきまでそこまで赤かっただろうか?

「ピヨピヨ(ところで後輩君。次は君の試合では?)」

「あ、そうよ、君、これから試合でしょ」

「あっ……やべ、早くいかないと!」

 後輩君は慌てて闘技場の方へ行くべく立ち上がる。

「がんばってね」

「お、おう!」

 後輩君は軽い足取りで去っていくのだが

「ピヨピヨ(ヒヨコは彼にヒールをかけ忘れていたのだが大丈夫だろうか?)」

「さあ。ところで……何でこんな事をしたのですか?」

 ステラは平伏しているバルガスへと視線を向ける。


「全てはマキシム様の為。私の独断であります。裁くのであればどうか私だけを…」

「いや、私にそんな権限もないし……というか畏まられても困るって言うか」

「ピヨピヨ(ステちゃん、恐ろしかったからなぁ。あんな奥の手を持っていたなんてヒヨコは知らなかったぞ?)」

「ピヨちゃんの言う通りだよ。ステちゃん凄いなんかアレだった」

「きゅうきゅう(アタシはステラを見直したのよね)」

 ヒヨコもミーシャも若干怯えつつもどういい現わしていいか分からないのでアレ扱いだが、トルテは素直に賞賛していた。


「まさか…巫女姫様がいらっしゃっていたなど………」

「私は巫女姫じゃないですよ。獣王アルトリウス陛下にその立場を返上させられ追放されましたし」

「そんな事はありません。少なくともフローラ様の後継者であらせられる新たなる巫女姫様を侮る者など……」

 平伏してしまっている相手にステちゃんも文句も言いにくい。

「でも、いくら何でもミーシャを殺そうとするなんて」

「ま、まさか!そのような事は!……マキシム様とマーサ殿の力量は互角。従来の倒れるまで戦うという血統ならばマキシム様が有利だと思っていましたが、この大会ルールでは時間制限がある。それではマキシム様はルールで負ける事が必定だと私が判断し、リンクスターに魂を売ってでもと……。試合が終われば返すつもりでした。この試合でケチがついても我が熊王であれば、帰って獣王戦の従来のルールでならば必ず勝利していただけると信じておりますから」

「そんな事、後でバレたらあなた自身が…」

「私の首一つで熊人族の獣王が立てるならば…」


 ぬぬぬ、人質を取るような卑劣漢だと思っていたが、実は忠義に厚い熊王の部下さんだったのか。悪を成し、自分の首を差し出してでも自身の王に獣王になってもらおうと必死だったのか。

 なんだろう、とんでもない悪党めと怒ってみたが、実は悪い人じゃないのか?

 だが、ステちゃん曰く、ミーシャの死が見えたというのだ。それは彼の首一つで済ますわけにはいかないのだ。


 ステちゃんも熊人族の男の強い想いを受けて目を瞑り、しばし考える。


「………そう、でもそれは間違いよ。私はミーシャの死の予知をしたからここに来た。分かる?貴方にそのつもりはなかっただろうけど、逃げた連中はミーシャを殺す気だった」

「なっ!そんな…」

 熊人族の男は平伏したまま顔だけをあげて、驚愕した顔でステちゃんを見る。


「私も今の獣王国の事をあまり理解してないけど、ミーシャの今の立ち位置は分かってる。きっとリンクスターにとってはお兄ちゃんに並ぶ目の上のたん瘤だったんだと思う。でもミーシャはお兄ちゃんと違って自衛する力は無い」

 ステちゃんは厳しく熊人族の男に問いかける。

 熊人族の男は俯いたまま自分が想像以上に厄介な連中に利用されていた事に気付いたようで、うつむいたまま頭を床に擦り付けていた。

「熊人族は獣王を出したいんでしょう?それは何で?」

「そ、それは……我が熊人族はこの100年以上三勇士を輩出しておらず、弱い立場にあります。強い勢力ではありますが、三勇士を出していない以上、どんなに力があっても政治的に弱い立場になり不遇を受けます。そんな状況を打破するためにも、獣王を出さねばならないのです。我らを弱い立場から脱するために」

「それで弱い立場から脱するために弱い者を虐げるのでは本末転倒じゃない」

 呆れたようなステラの言葉は熊人族の男には響く。

 そこらの誰かに言われたのであれば知ったものかと思うだろう。だが、500年獣人を助け守り続けてきたフローラ様の唯一の後継者に言われてしまえば自分の愚かさに気付かされる。ステラは忙しくて覚えて無かったろうが、熊人族達もステラの予知にも助けられたことはあったのだ。故にこそ頭を地面に擦り付けていた。


「私は………何とお詫びすれば……腹を掻っ捌いて我が愚かな行為を償う次第………」

「やめなさい。……貴方が死んだところでどうにもならないでしょう。もう誰かが死ぬのはごめんよ。貴方の命はこんなどうでも良い所で捨てるような命なの?熊王の為にしでかしたのでしょう?ならば彼の王の為に使いなさい」

「は、ははあっ!」

 バルガスは平伏し涙を流して打ち震えていた。


「行こう、ミーシャ。マーサさんが探してると思うから」

「うん!」

 なーとシロはミーシャについていく。



***




 マーサさんが控室へと戻っている途中、ミーシャを連れたステちゃんと出会い親子は感動の再開を果たす。

「ミーシャ!良かった、心配したのよ!」

「お母さん」

 試合から戻ったマーサはミーシャを見てぎゅうっと抱きしめる。

「ごめんなさい。私がもっと早く気付いていれば…負ける事も無かったのに」

 ステちゃんは申し訳なさそうにする。

「ステラ様が助けてくださったのですか?」

「ええと…」

 ステちゃんは困ったように頬を掻いてまさか覇気によって敵を全員ビビらせて帰したとは言い難かったからだ。

「ステちゃん、凄かったんだよー。あと虎ハド君も助けに来てくれたの」

「虎ハド君?」

 マーサさんは首を傾げる。

「ええと、ガラハド殿下かと」

「そ、そう。試合直前だというのに申し訳ないわ……」

 マーサは申し訳なさ王な顔をする。

「試合が終わったコールを聞いて慌てて自分の控室に向かってましたよ。大丈夫かどうかは分かりませんけど…」

「ピヨピヨ(ヒヨコは腹が減ったので、取り敢えず食事にしてほしいのだが)」

「ピヨちゃんがお食事タイムにしたいってー」

「そ、そうね。落ち着ける場所で食べながら話しましょう」

 マーサはにこりと笑ってミーシャを抱きしめながらうなずく。




 ヒヨコ達はコロシアムにある食堂で弁当だけもらって、そのままヒヨコの控室に戻って食事にする。

 ステちゃん、ミーシャ、マーサさん、ヒヨコ、トルテ、グラキエス君、シロというメンバーで昼食を摂っていた。

 ステちゃんとミーシャの話を聞いてマーサさんは深く考え込むように唸る。

「そう。聞いた限りだとバルガスの独断だったみたいに聞こえるけど」

「だと思います。リンクスター家のように器用なタイプでもなかったようですので。ですが」

 ステちゃんは苦しそうに唸る。

「分かっているわ。予知がミーシャの死を告げていたという事は……隙あればミーシャを…。薄々分かっていたけどまさか帝国内で事件なんて起こすとは思っていなかったから放置しすぎていたわ。ミーシャがいなければ移動にも時間が掛かる。今、突然、アルブムとベルグスランドが戦端を開いたら、ミーシャのいない私たちは国に戻れず何もせずに敗戦する。リンクスターは国の事を考えていたのかしら?」

 マーサさんは困ったという感じで頬に手を当てて溜息を吐く。

 あの黒い鎧に身を包んだ凶悪なお姉さんと今の深窓の令嬢のような様子が全くヒヨコの中で一致しないのは何故だろう?


「ピヨピヨ(ヒヨコはステちゃんにびっくりしたぞ。まさか熊人のお兄さんが跪いてしまうし。ステちゃん如きに完全降伏していたぞ?)」

「きゅうきゅう(そうなのよね。アタシもびっくりだったのよね)」

「ステラは何者なのだ?母の後を継いで氷竜王になるよう育てられた僕でさえ気圧されたのだ」

 ヒヨコ、トルテ、グラキエス君がそれぞれステちゃんの方に訊ねる。

「うん、ステちゃん凄かったー」

 ミーシャもうんうん頷く。


「獣王国の信仰を集め、獣王国を滅びないよう支え続けてきた妖狐フローラ様のご子息、フローラ様は我等にとっては女神以上に称えられた存在ですから。とはいえ、バルガスはステラ様と面識はなかったと思いますが」

「あー……ミーシャの死が見えて焦ってしまい、尻尾を隠すのを忘れていたから」

「あー」

 マーサさんは頭に手を当てて呆れるようにぼやく。

 妖狐族という種族のステちゃんは特殊なのだそうだ。最初から尻尾を複数持って生まれるらしい。つまり尻尾が多ければ自ずと妖狐族だと気付かれる。


「ピヨピヨ(まあ、後輩君は気付いていなかったようだが)」

「虎ハド君は気付いてなかったっぽいよ」

「尻尾を見る余裕なんて無さそうだったから、助かったのかも。彼が時間を稼いだお陰で私が間に合ったわけだし。私の予知では試合中にバルガスを追い出してミーシャをさっさと殺していたみたいだし。さすがは………という事なのかな」

 ステちゃんは勇者という部分だけを濁しながらも、ミーシャを助けてくれた少年を評する。


「それにしてもリンクスター。全く、あの連中口先だけは上手くていつも体よく逃げるし、どうしたものか。本当に忌々しい。私と同じ血族とは思えない連中よ」

「というよりもマーサさんが特殊過ぎるって言うか」

「まあ、その通りなんですけど。こういう時にあの爺さんがいれば……」

 マーサさんは悔し気に知り合いの誰かを思い出す様子を見せる。

「グレン様はどうなさっているのですか?」

「村長さんならお外に遊びに行ってるみたいだよ。一昨日は珍しい魔物を従魔にしたんだって教えてくれたよ」

「………ええと、遊びに行けるような機会ってあるんですか?」

 ミーシャの説明にステちゃんは頭を痛めるように顔をゆがめて訪ねる。


 そもそもどうやって帝都から出て行けるのだろう。

 ヒヨコとて、帝都の城塞内に入ってしまえば簡単には出れない。城塞が広くて高いという点が大きい。とはいえ、最近のヒヨコとトルテは帝国でも超有名なので顔パスなのだが。


「あの爺さん、自分の陰に入って隠れる事が出来るスキル持つ影狼(シャドウウルフ)をかなり従魔にしているから、昔から神出鬼没なのよね。獣王様が亡くなった後は暫く落ち着いて田舎暮らししてたけど、ミーシャの才能が開花し始めた辺りから年甲斐もなくはしゃいで…」

 頭を抱えているマーサさん。


「護衛をしてはくれないんですか?」

「従来ならあの爺さんこそが護衛として最適な人材なのに、仮にも元猫王にして獣王国の影の支配者だった男。猫人族は弱いと言えど、あの爺さんは戦闘力こそないけど、あちこちに従魔を隠していて、こと戦闘になったら私でも勝てるか怪しい猛者よ。なのに、そこら辺は放置って言うか……」

「村長さんは、友達とたくさん仲良くなって一緒にいれば大丈夫だって言ってたよ。村長さんは従魔士になってからは友達に守ってもらってたんだって」

「………もしかして、従魔士として鍛える為に敢えて放置とかしてないでしょうね、あのジジイ」

 マーサさんは顔を引きつらせて自分の祖父がミーシャの護衛を一切していない事に憤る。


「とはいえ、コロシアムの一室を占拠なんて出来るのでしょうか?」

 ステちゃんは困った表情でマーサさんを見る。

 言われてみればここは帝国の施設。いくら賓客と言えど、他国の獣人達が勝手にしていい場所ではない。

「ピヨピヨ(ヒヨコのように不動産屋さんに行って屋敷を買ったように部屋を買ったのでは?)」

「いつ買うのよ」

「にゃー」

 阿呆がとでも言いたいかのように溜息交じりにシロが鳴く。

「ピヨヨッ!?(子猫に呆れられた!?)」

「きゅうきゅう(安心すると良いのよね。アタシはいつだってヒヨコに呆れているのよね!)」

「ピヨ~(そんな馬鹿な…)」

 ヒヨコがショボンとしているとシロが励ます様にヒヨコに近づいてきてポムと肩を叩いてくれる。

 そうか、シロはそんな事はないと言ってくれ……


 シロはヒヨコの肩に手を置いて背伸びをしつつ、ヒヨコの頭の上にいるトルテとハイタッチをする。


 ヒヨコはとってもグレたくなった。

「女所帯に男はいづらいものなのだ。よく分かるのだ」

「ピヨヨー(グラキエス君………否、友よ!)」

 ヒシッとヒヨコはグラキエス君と抱き合う。


「取り敢えずウルフィード様やオラシオ様方に相談してみるわ。今回みたいに獣王戦で揉めた事なんてないから、詳しく分からないのよね。前獣王様から獣王を奪おうとする人自体がほとんどいなかったし」

「そうですね。今回の件、私は帝国の知り合いに相談してみます」

 マーサさんもステちゃんもうーんと考え込む。

 帝国でもさんざん帝位で揉めているのだが、前の獣王さんとやらはよっぽど図抜けていたのだろうなぁ。ヒヨコは敵でなくてよかった。くわばらくわばら。


「取り敢えず、お昼に遊びに行こうよ。虎ハド君の試合見てから」

 ミーシャはそっちの方を気にしているようでヒヨコ達も窓から試合の様子を観戦する事にするのだった。

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