5章15話 試合の合間
前半は第三者視点、後半はヒヨコ視点です。
ポーラは親衛隊の控室に辿り着き着替えをし終えた頃、ノックが鳴り響く。
そこにやって来たのは皇帝陛下と親衛隊の実技教官のラカトシュ、親衛隊長のギュンター、親衛隊同僚のラルフだった。
皇帝陛下がやって来たことで即座に跪くが、皇帝陛下は姿勢を正す様促してくれるが。
案の定、お怒りのラカトシュの前でさっそく正座をする羽目になってしまう。
「か、返す返すも申し訳なく…。陛下の御前でありながら無様をさらし顔に泥を塗る羽目に…」
「いや、別に俺は気にしてないよ。ラカトシュがお怒りのようだけど、説教したくても俺のそばを離れられないから俺が来たってだけだし」
あっさりとアルトゥルは許すのだが、その半面で普段温厚なラカトシュがお怒りという事でさらに重たい気分になるポーラだった。
部下の為に皇帝が移動する方が問題だと思うが、辺境伯代行時代からフットワークが軽く、部下を仲間のように扱っていたので気にはしていないようだった。無論、幼い頃から貴族として付き合いのあるギュンターはあまりいい顔をしていない。
ポーラは俯いているとラカトシュから蔑むような言葉が飛んでくる。
「この愚か者が」
「勝てる相手に油断して負けた。まだまだ精神が未熟だって事だろう?そこまで怒る事じゃないだろ?」
アルトゥルは適当に椅子を出して座り、ラカトシュを宥める。
「陛下は黙っていてください」
帝国でそんな事を言える人間はそうそういない。
ギュンターが皇帝陛下の幼馴染で腹心であるならば、ラカトシュは最初に拾った人間であり10年以上も権謀数術に塗れている帝国貴族達から守ってきた男だ。皇帝陛下が最も頼るのがギュンターならば、最も信用されているのがラカトシュである。
「貴様、陛下に向かってなんという口の………」
「いや、お前はややこしくなるから黙れよ」
ギュンターが怒ってラカトシュを諫めようとするが、その前にギュンターを諫めるアルトゥル。ギュンターは口惜し気にアルトゥルを見るがアルトゥルは完全に無視する。
「怖いよな、ラカトシュって」
「軽いノリで首を突っ込んでいくKYな陛下が一番怖いっすよ」
同意を求めてくる陛下に、うんざり顔のラルフが顔を引きつらせて同意しつつも、空気の読めない主にこそ戦慄していた。ラルフはこの中で一番後輩だが、軽いノリで陛下と共にバカな事をするのが大好きな為、重用されている。
だがラカトシュはこの3人のやり取りを無視して跪いているポーラを見下ろす。
「何故負けたか分かっているか?」
「そ、それは………陛下が言ったように油断が…」
「はっ、俺がお前の意地汚い自尊心と虚栄心を見抜けぬと思ったか?お前たちシアン族を見捨てた獣王、その子供を相手に、自分の圧倒的な力でひれ伏せたかったのだろう?従来であれば最初に倒した段階で首に刃を突き付けて終わった筈だ。徹底して叩きのめして実力差を相手に叩き込みたかったのだろう」
ラカトシュの言葉にポーラは首を横に振る。
「そ、そんな事……は……」
「ふん、無自覚か。まあ、お前にその自覚が有るとも思ってはいないがな。だがお前は獣王の子供に拘った。それを力でねじ伏せる事にな。そも、貴様は陛下より拾われた折、過去の全てを捨て忠誠を誓った筈。それが獣王の子の前であれは何だ?貴様は陛下に偽りを口にしたというのか?」
「け、決してそのような事は…」
「ラカトシュ、それは繊細な問題だ。忘れると言えど忘れる事など出来る筈もない。心に閊えたものを捨てたと思っても捨てられるものじゃあるまい。こういう時は『ドン☆マイ☆』って感じで許してやろうぜ」
軽いノリを一切やめないアルトゥルに対し、ラカトシュは額をポリポリと軽く掻き
「陛下に感謝するのだな」
毒気を抜かれ、溜息と許しの言葉を告げる。
「でも、挑発されたのか会話をしている間、随分怒っていたな。何を言われていたんだ?」
「そ、それは……」
アルトゥルはポーラに訊ねるとポーラは答えに悩む。
するとラカトシュは
「私は聞いていましたが些細な話です。激高するような事でもありません」
と、あっさり一蹴してしまう。
「(え、聞こえてた?聞こえねえよな?)」
「(ラカトシュさんは、ほら、読唇術とか使えるから)」
「(いやいや、見えねえから。俺達の距離で口元なんて!)」
アルトゥルとラルフは二人でコソコソ話をして常人を逸脱しているラカトシュに若干引いていた。
「だが、ポーラ、貴様の怒りは愚かだ。あれは獣王の子ガラハドが正しい。お前は子供の理屈を年端もいかぬ子供に訴え、年端も行かぬ子供に武人としての答えを返された、実に情けないものだ」
「!?」
「逆に聞きたいな。お前が陛下の命に従い戦場に出て、敗戦し、陛下が助けに行くには困難な場所に取り残された場合、貴様は助けて欲しいと願うか?」
「!」
「思わなかろう。自力でどうにかしようと思うだろう」
「だ、だけど、女子供も……いて」
「戦場に安全な場所などない。後方支援だからとて連れて行くのか、お前は?」
「…………いえ」
「あの子供は確かに獣王の子なのだろう、戦場の理をあの歳で理解している。まあ、当事者とそうでないものとでは異なるだろうがな。お前の怒りは理不尽なものだった。それをしっかりとかみしめろ。陛下はもう辺境伯代行という立場でもない。皇帝なのだ。その未熟さえも許されない立場だ。今後はその未熟な子供たちをお前が指導していくことになるのだからな」
「申し訳ありませんでした。陛下、今回の失態、どのような罰をも受ける所存です」
ラカトシュの言葉にポーラは頭を下げる。
「いや、だから、別にどうでも良いから。お前の仕事は何だ?」
「そ、それは…陛下の身を守る事です」
「そうだろう?この試合に俺の身に問題があったシーンなんて無かっただろう。顔に泥塗ったって?んな、塗られて困る顔してねえよ」
「そうですよ、ポーラさん。陛下の顔は山賊顔なんで泥を塗るくらいが丁度いいっす」
「おい」
軽口をたたいてポーラを励ますラルフに、逆に酷いことを言われて傷ついた顔で突っ込むアルトゥル。
「ラルフ、陛下の前で失礼であろう!思っていても言ってはいけない事が有るんだ。ただでさえヒヨコに山賊皇帝さんなどと思われて心に傷を負っていたというのに!」
ギュンターは生真面目に目を吊り上げて、一番後輩のラルフへ説教するのだが、
「じゃかしい!俺が傷ついたのはヒヨコにそう思われたのではなく、親衛隊一同がそれで笑った事だ!まさか、お前ら俺を山賊の親分か何かだと本気で思ってないだろうな!?」
「いや、アンタ、実際辺境伯代行の頃にヒャッハーとか言って奴隷解放の隠し蓑として山賊行為をして楽しんでいただろ」
ギュンターが自業自得だと言わんばかりに突っ込む。それに関しては親衛隊一同全員がうんうんと頷く。
とはいえ、辺境伯代行だからこそ気楽に接していたのだが、もう皇帝なのだから部下達も立場の代わり様に困っているのは同じだった。
ポーラとラルフはラカトシュとギュンターを残して部屋を出る。
「いや、意外っすよ」
「意外とは?」
「陛下の命令忠実で冷酷冷徹なポーラ姐さんがあんなに取り乱すなんて。いやー、長生きするもんすね」
ラルフはポーラに軽口をたたく、と、ポーラはラルフの顔面を裏拳で叩く。
「貴方、叩くわよ」
「叩く前に言って欲しかったっす」
顔をさすりながら涙目にぼやく。
「まあ、でも明日は楽しみっすね~。何せラカトシュさんと手合わせしてもらえるんですから」
「気楽よね、貴方は。ラカトシュさんとなんて怖くて戦いたくも無いわ。あの人は人間の枠に入ってないもの。魔王の暗殺を頼まれたら本当に首を取ってきそうじゃない」
ポーラはため息交じりにラカトシュを評する。
ヘギャイヤ地方の暗殺候と称された男に蛮族という隠れ蓑を利用して、飼われていた。そして、若くして暗殺者たちを統率していたという。
自分達が出会う前、仕えていた貴族が失脚し、本当に蛮族として国を追われる事になったらしい。国境付近に遊びに来たアルトゥルに仕える事になり国替えをしたそうだ。
以来、アルトゥルを単身で守っている最強の戦士である。
「そっすか?まあ、気楽にもなるっすよ。こんな裕福な暮しが出来て、お貴族様になって、可愛い婚約者が出来て、帝都で最も名誉な皇帝直属親衛隊になれるなんて考えられないっすもん。人生勝ち組っすよ」
「お前はいつも気楽ね」
「そりゃそうっすよ。親分、じゃなくて陛下に会う前の自分を考えれば今の俺はめっちゃ輝いていますからね。いやー、旦那には足を向けて眠れないっすよ」
「はあ……」
いつもの軽口を聴くラルフに対し、ポーラは大きく溜息を吐く。
とはいえ、ポーラも似たような立場だったので気持ちは同じだからこそ性質が悪いとも思う。野盗として果てるだけの身だった自分が運よく陛下に拾われたのだ。
ラルフは野盗どころではない。ケンプフェルトのスラム街の犯罪組織の奴隷だった。薬物漬けにされ、拷問で言いなりにさせられ、捨て石の暗殺者として飼われていた。明日の身も定かでないほどだった。
ケンプフェルト領のスラム解体時にアルトゥルを邪魔に思った犯罪組織はラルフを使い殺そうとした。つまり、ポーラ達とラルフの出会いは敵対関係にあった。
その敵対していた男が、今では若干17歳で帝国最強と謳われた騎士を倒した天才と呼ばれている。
ポーラは薬物まみれになってもこの世の全てを絶望している目をした少年を実際に見ていた。自分でさえ恐怖を感じた悪魔の如き少年を。
気楽に笑っている彼という存在が、どれほど奇跡か、こんな奇跡を獣王には絶対に起こせないだろう。それをするのが自分が仕えている主なのだと改めて思いなおす。
ポーラは獣王の子供に激高した自分の無様さをただただ恥じるしかなかった。
***
翌日、準々決勝と準決勝が行われる。決勝戦はその翌日となっている。実は春になる前の祭りとして帝都では土日を使って行われる。土曜日に行われる武闘大会決勝戦は祭りのイベントの一環だそうだ。
無論、ヒヨコは他のイベントにも参加しなければならない。腹黒補佐さんのオファーがあったからだ。実は元々武闘大会に出場する手続きをしてくれたのは、腹黒補佐さんのオファーを受ける事によるものだ。
開幕に元気体操が行われるのだが、今回は元気体操がフルシュドルフダンスになり、ヒヨコは帝都の中央の一番大きい会場のステージに出て踊る事になったからだ。
「ピヨッ!(こうしてこうして、こうだ!)」
ヒヨコはダンスの振り付けを指導していた。
「きゅうきゅう(兄ちゃん、違うのよね!そこはこう、こうなのよね!)」
ヒヨコとトルテはピヨドラバスターズの新入りであるシロとグラキエスの二人(?)にダンスを教えていた。
青い方のドラちゃんはどうにも要領が悪く踊りが今一だった。
対するシロは完璧だった。この子虎猫、侮れぬ。
『うーん、この体だと思ったように動けないのだ』
幼竜サイズのグラキエスは困った様子でぼやく。
「きゅうきゅう(言い訳は聞かないのよね)」
『成竜サイズになれればある程度動けると思うのだ』
成竜サイズってどのくらいなのだろうか?
「ピヨピヨ(ステージが狭くなるから困るよ。このステージの主役はあくまでもヒヨコなんだし)」
「きゅうきゅう(脇で華麗に踊り、ヒヨコから主役を奪うのが私の役目なのよね!)」
「ピヨッ!?(裏切り者がここに!?)」
「にゃーん」
シロはと言えば完成度の高い踊りを見せていた。そしてヒヨコを見るとニヤリと笑う(ようにヒヨコには見えた)。
「ピヨヨーッ(ヒヨコのピヨマドンナの地位を狙う踊り手ばかり!?)」
※ピヨマドンナではなくプリマドンナです。
そんな一生懸命ステージ練習をしているヒヨコ達であるが、そばでヒヨコ達の練習を眺めるステちゃんとマーサさんとミーシャがいた。
シロがいるのだからミーシャがいるというのは当然なのだが。
「ヒヨコが主役で四匹だとバランスが悪いのよね」
ステちゃんは呆れるようにぼやく。
「つまり、踊りのお姉さんがいれば?」
ミーシャは何かを期待するような目でステちゃんを見る。
「いやいやいやいや、私は踊らないから!そうだ、こういう時はキーラがいる。キーラが行ける筈!」
「きゅうきゅう(キーラは確かにそれっぽい感じで踊れるけど、奴は四足歩行だからあくまで“それっぽく”でしか踊れないのよね。シロのように4足歩行でありながら2足歩行でダンスを踊れる猛者でなければ)」
「確かにトルテちゃんの言う通り、シロは何でも器用にこなすスーパー猫ちゃん。ピヨちゃんのプリマドンナの座なんて一瞬で奪う猛者」
ミーシャは真面目な顔でトルテの言葉にうなずく。
「ピヨピヨーッ(やはりか!シロ。恐ろしい子!)」
ヒヨコは目の下に影を付けて恐ろしい仲間に恐怖する。
「にゃう?」
シロは猫のように普通に4足歩行に戻って毛づくろいをして、不思議そうに首を傾げる。
「ピヨピヨ(とはいえ、ヒヨコ達ダンスユニットもそろそろ解散になってしまう)」
「そうなの!?」
「ピヨッ!(そう、何故ならば、トルテがそろそろ卒業してしまうからだ!)」
「きゅう?(はて、いつ卒業?その予定は聞いた事がないのよね)」
「ピヨピヨ(トルテのレベルは既に65、最近は上りが悪くなってきているがこれまで月に4~5回はレベルアップをしている以上、来年にはトルテは幼竜を卒業し、共にいられなくなるのだ)」
ピシャッと雷が落ちたようなショックを受けるトルテは開いた口がふさがらなかった。
「きゅうきゅう(そんな、トニトルテの異常な成長力がよもやピヨドラバスターズの解散の日になるとは……。確かに成竜になったら、もうステラとはいられないのよね!宿の中に入れない!)」
ヒヨコの爆弾発言がトルテの自身の成長力により人との暮らしの限界が明確にされる。
『そういえば、トニトルテはレベルアップ速いのだ。僕は今年の秋ごろに成竜になったばかりなのだ。三歳で60台はかなり早いペースだと思うのだ』
「きゅうきゅう(それは矜持を賭けた恐るべき戦いがあったからなのよね。あの戦いは大変だったのよね~)」
トルテは胸を張って兄に自慢するが、矜持をかけた戦いとは『う●こ』になるかならないかの戦いだろうか?
確かにあれはヒヨコも矜持を賭けた戦いだった。ヒヨコの知っている女神はきっとファンファーレと共に『ピヨは???(ヒヨコ+アホ毛)から蚯蚓のう●こに進化した』とかやらかしかねん。
『なるほど、トルテは修羅場を得られて羨ましいのだ。僕らはそもそも格上と戦う事が少ないのだ。成竜になるとほとんど敵もいないし。この町の近くにいたグリフォンと戦おうと思ったら皆にげちゃうのだ。残念なのだ~』
うんうんと頷くグラキエス。
とはいえ幼竜姿なので実はヒヨコと同じサイズで若干トルテより小さい兄である。人化の法を使っている為のようだが。
「あー、ダメだよー。グリちゃん達と喧嘩したら!私の友達なんだから!」
ミーシャはグラキエスに指を差して抗議する。
『そうか、トニトルテの友達の友達なのか。世の中狭いのだ』
グラキエスはぶんぶんと尻尾を振って頷く。
『魔物を殺すのが効率良いけど、別に殺さなくても戦うと経験値は積めるのだ。レベルが上がると中々上がりにくくなるのだ』
「ピヨピヨ(ヒヨコは最近さっぱりレベルが上がらないのはそのせいか。これではヒヨコが鳥になるまで遠い…)」
『僕は他のドラゴンとよくケンカをして経験値をあげてるのだ。相手が強ければ強いほど経験値になるらしいのだ。職業も戦士なら戦う事で、魔法使いなら魔法を研究してもレベルアップするらしいのだ』
「ピヨピヨ(ほうほう、さすが本物のドラゴン)」
……
「きゅう!(ちょっと待つのよね!兄ちゃんが本物のドラゴンなら私は何なのよね!)」
「ピ~ヨピ~ヨ」
おっと迂闊だった。ヒヨコは全く知らないそぶりでもしよう。トルテはきゅうきゅうとヒヨコの胸倉をつかんでゆするがヒヨコは知りません。
「それより明日は準々決勝でヒヨコとグラキアス君が戦うんでしょう?こんなところで友好を深めていていいの?」
ステちゃんは不思議そうに首を傾げる。
『勿論戦いなのだから遊びじゃないのだ。でも、それはそれ、これはこれなのだ。別に命を懸けた戦いじゃないから問題ないのだ』
「はあ、なるほど。命を懸けた戦いならどうするの?」
『明日の昼ごはんがヒヨコのバーベキューになるだけなのだ!』
「ピヨヨーッ!(この場にヒヨコを餌としてか思ってない奴しかいないのか!)」
ヒヨコの受難は続く。