5章14話 武闘大会1回戦Ⅲ
序盤は第三者視点
中盤はヒヨコ視点
後半は第三者視点
ちょっと視点が点々としてしまい、見辛くて申し訳ありません。
そして1回戦6試合目が始まるのだが、あっという間に終わってしまうのだった。
マキシム・ベアードという獣王候補の一人が圧勝してしまったからだ。とはいえ、対戦相手は帝国の人間で、さすがに獣王候補相手には厳しかったようだ。
「やはり獣王国相手以外は敵じゃないな」
マキシム・ベアードは自身の控室に戻り椅子に座って堂々と闘技場の方を見る。
次の試合であるポーラとガラハドの試合の準備が行われていた。
「全くですな」
一緒にいるのはリンクスター家の現当主クラーク・リンクスターとベアード家の家臣達であった。
「とはいえ、噂に聞いていたマーサは予想以上に強い。どういう事だ?」
「さ、さあ、同じリンクスターですが、あれは従魔の才能がないとされ祖父にほぼ追放に近い形で家から出て行ったと聞いています。その後、武でのし上がって行ったものの結局はエミリオの妻になっていたので政略だとばかりに…」
クラークの認識では、マーサは腕を磨いて三勇士候補になったが、不可能と諦めたからこそ、政略としてエミリオに嫁いだと思い込んでいた。
「元三勇士共もあの女を押していた。元三勇士の妻なだけだと思っていたが事情が違いすぎる」
マキシムは舌打ちをしてから大きく溜息を吐く。
戦って勝てるとは断言言えない程の技の冴えを持っていた。
「勝負は時の運もある。運に覆される程度に手ごわい相手だ」
マキシムもまた猛者である。クラークのような男と組んではいるが、強者を見誤るほど節穴でもない。
だが、自分よりも強いかもしれないとは悔しくて口にも出せなかった。
マキシムも噂自体は耳にしていた。従魔枠の三勇士エミリオには最強の護衛がいると。三勇士さえも一目を置いていると。
勇者との戦う前で、エミリオの強さを知らなかったからか、エミリオではなくマーサがなるべきだという愚痴も聞いた事があった。
恐らく本物なのだろう。若いエリート連中を注視していたが、最も危険な存在はマーサだと確信する。果たして自分が勝てるのかと寒いものを感じながら悩んでいた。
そんな弱気になっているマキシムを見る家臣たちは焦りのようなものをにじませる。
「私としては是非とも我がリンクスター家を買って頂いているマキシム様に優勝してもらいたいのですがね」
「まあ、良いさ。獣王になる気もない奴に負ける訳にはいかないからな」
マキシムはガハハハと笑って腕を組んで笑う。
だが、クラークはマキシムとは違う。正攻法で戦う脳筋など最初から当てにしてなかった。
(確実に勝たせる為にはどうにかマーサの弱みを突いて黙らせるしかない。その当てはある。マーサの目標は従魔の才能がある娘を守るために三勇士代行を狙っている筈。とはいえ、それは我らにとっては大問題だ。公に獣王決定戦を行う以上…………我々の手で上手くやるしかあるまい)
クラークは豪放なマキシムではどうにも話はうまく収まらないと判断して自身の配下を使って上手くやろうと判断する。出来れば優勝を望み、不安になっている熊人族にも手伝ってもらいたいという思いがあった。
『続きまして、第1回戦7試合目を開始します。』
闘技場に立つのは二名、灰色の髪に狼の耳と尾を持つ狼人族の姫君マーゴット・ウルフェンデと黄金の鬣のような髪と猫耳を持つロバート・カッチェスターである。
スピードのウルフィードとパワーのオラシオの後継者同士の戦いである。
2人とも睨み合って構える。マーゴットは素手、ロバートは刃引きされた大剣。
『それでは、始めてください!』
マーゴットが恐ろしい速度で一気にロバートとの距離を詰める。
「はああああああっ」
マーゴットの素早いローキックを主体とした攻撃に対し、ロバートは剣をぶん回して近づけさせない。
ロバートも決して力で振り回している訳ではなく巨大な剣を巨大な体で巧みに使う。
ロバートが攻撃を仕掛けるが、マーゴットは素早い動きで攻撃を飛んで避ける。
互いに決め手に欠けるが互角の攻防を見せ、会場を一気に沸かせる。
***
ヒヨコは頭にトルテとシロ、背中にミーシャとステちゃんを乗せて、マーサさんとオラシオ君、ウルフィード君の所へたどり着く。
部屋に嘴でノックすると返事があったので、ヒヨコは嘴でドアノブを回して中に入る。
「ミーシャ、ご機嫌ね」
「ピヨちゃんとステちゃんがいるから」
どちらも突然何を言われる事もなく別れた為にミーシャにとってはトラウマだったとの事。
そんなことを言われてもヒヨコは覚えていないし、ステちゃんは確か獣王国を追放されているから仕方ない事でもあると思う。
「相変わらずミーシャは怖いもの知らずだな」
呆れるようにぼやくのはウルフィード君だった。
「まあ、ステラ様をただの親戚としてしか夫も紹介してなかったし、夫と一緒にいる事が多いから巫女姫様の偉大さをあまり理解してなかったので」
「ミーシャは大物だからなぁ。とはいえ、ミーシャも重要人物になりつつある。そろそろ護衛を付けても良いとは思うが」
「にゃー」
シロがヒヨコの頭から降りてミーシャの膝の上に乗って魔物戦隊のポーズをとる。
「必要ないってか?あははは」
苦笑する狼小父さん。確かにその白い仔虎猫は強い。ヒヨコを何度となくひっかいたり噛みついたりする猛者だ。とっても危険である。
「まあ、昔から無茶をする子で親としてはハラハラものですけど」
「えー、でもお母さんはもっと無茶な事ばっかりしてたってお祖父ちゃんが言ってたよ」
グサリと言葉の刃で差して来る娘に対し、母は顔を歪めるが、舌打ちしないまでも舌打ちが聞こえそうな苦々しい顔をしていた。
恐らくお祖父ちゃんとやらが余計なことを言ったに違いない。きっと亡き者にされるだろう。くわばらくわばら。
「グレン殿の指摘以前に猫姫殿はそれこそ他の者達が恐れる程やんちゃであったろう」
「従魔士の男と番になり、リンクスターお得意の政略結婚かと思っていたが。『私に勝てない男なぞの妻にはならない』とは言っていたが、勇者との戦いを見るにエミリオは猫姫殿に勝っていたのだろう?」
「そ、そうですが、それはどうでも良いのです」
古い話を持ち出されてマーサさんは慌てて話に対して首を横に振る。
よほどやんちゃだったのだろう。獣王国の重鎮が知っているほどだ。ウチの帝国のお姫様と同じことを言っていた。
世のお姫様とはここまで武闘派なのだろうか?そういえばヒヨコの頭の上にいるドラゴンのお姫様も武闘派だった。
オヒメサマコワイ。ガクガクブルブル。
「むーむー。私はそんなにやんちゃじゃないもん。ねー、ピヨちゃん」
ミーシャは膨れ面になりながらもペチペチとヒヨコを叩いて不満を正直に示す。少年少女たちよ、ヒヨコをペチペチ叩くのは辞めて。ヒヨコの体は弱いのよ。
いっそヒヨコの着ぐるみでも着ておけば着ぐるみは叩かれてもヒヨコは叩かれないのではないか?今度、本気で考えてみよう。
「ところで、皆で集まって何してるのー?」
「ふむ。まあ、ちょっと問題があってな」
「問題?」
オラシオ君はため息交じりにミーシャの言葉によく分からない返答を返し、ミーシャはコテンと首を傾げる。
「元々、獣王をこの大会で決めようって話だったんだがな」
「獣王様、これで決めるの?」
「うむ、そのつもりだったんだが……」
渋い顔をするオラシオ君。
「ぶっちゃけ、弱すぎねぇ?」
ウルフィード君、言ってはならないことを言ってしまった。マーサさんは頭を抱えて項垂れる。
「ピヨピヨ(ヒヨコと比べたら誰も彼もが弱いと思うぞ?)」
「弱いの?バシバシッて感じで強そうだよ?」
「候補であられるロバート様やマーゴット様はお二人の近い人だと存じてます。近いだけにその強さを特別なものと思えないのではないでしょうか?求めるものが多すぎる為に厳しい目で見ているのではと思ってしまいますが」
ステちゃんはウルフィード君とオラシオ君の二人に鋭く指摘する。
「というか、俺達が院政を敷くつもりはない。だが、そもそも獣王は強いからこそ言う事を聞かせられるんだ。ザコが獣王になっても困るんだよ。そして実際にそんな感じだ。」
「だからお二人のどちらかがじゃんけんして勝った方にでもしたらどうですか?」
「今更できるか」
「じゃあ、お母さんが獣王様になるの?」
「私には無理ですよ」
マーサさんはじろりと二人の元三勇士を見る。
何気に獣王って人気ないのかな?誰もやりたがらないなんて。
「今回の獣王国使節団代表のように獣王代理として立っていてくれれば問題ないと思うがな」
「実際、お前だって思ってるんだろ?獣王候補の実力への不満が」
「巫女姫様が仰ったように、比べる相手が偉大過ぎるだけだとは思います。前獣王陛下は巫女姫様の影響力を削ぎ落した程偉大な人です。そんな人と比べるのは無理があります」
「分かっているが、陛下の後を継ぐなら少なくとも腕力だけではなく志や、少なくとも将来性くらいは期待したいだろう。今の候補は誰もが旧来に戻そうとしている。しかも巫女姫様無しで」
「でもリンクスターも何かと動いているみたいですよ。恐らく、この不自然に獣王国の戦士が集まったのも意図したものかと」
マーサは実家のいやらしさをよく知っているので顔を渋くさせて口にする。
「そうなのか?」
呑気そうなウルフィード君は首を捻る。
「祖父が何か察していたようでした。その点はあの祖父の勘みたいなものですが、それで獣王国を掌握した事もあるので恐らくは事実かと」
「確かにあの爺さんなら………なぁ」
どうやらマーサさんの祖父、ミーシャ曰くお祖父ちゃんというのはこの場のメンバーにはあまり好かれていないようだ。嫌いだけど凄い人物、という印象なのか?
「ピヨピヨ(ミーシャ、お前の母ちゃんのお祖父ちゃんってどんなの?)」
「お祖父ちゃんの事ー?お菓子くれるいい人―」
既に買収済みか!?
恐ろしい手管である。だが、敢えて言おう。ヒヨコも買収してくれないだろうか?今ならジャーキー1本でヒヨコは味方だよ?ジャーキーを束でくれたら忠誠を誓う位だ!
「とはいえ、ぶっちゃけあの爺さんに上手く掌握された方がまだマシって感じなのは事実だな。腹は立つし納得半分ではあるが、獣王陛下の片腕だった実力は認めている。中途に強い奴がなるくらいなら…」
「取り敢えずマーサ、お前は負けるなよ」
「わざと負けたりはしません。獣王になる気はないですが、私に勝てる程の力、いえ、力が無くても気概が無いようでは話になりません。少なくとも私を越えなければ獣王になれないと思ってもらいたいという気持ちは確かです。何より、娘を良いように扱わせるわけにはいきませんから」
「ピヨッ」
そうか、マーサさんの出場は次期獣王に対する牽制でもあるのかな?娘がものすごい従魔士であったからこそ、勝手に良いように使われないよう釘を刺す為にも出場しているのかもしれない。
すると会場の方から、オオオオオオオオオオッと盛り上がる観客の声が響く。
互いにボロボロであるが、マーゴットとロバートは白熱した戦いを見せていたようだ。
闘技場がメコメコでマーゴットの拳にある鉄甲はボロボロで、ロバートの剣はへし折れていた。
「よーし、行け!ロバート!剣なんか折れても気にするな!お前のパワーで、俺にウルフィードの持っていた秘蔵の米酒オッターフェスティバルを献上させるのだ!」
「マーゴット!負けたら承知しないぞ!オラシオの隠し持っていた芋焼酎フォグアイランドを我が手に!」
突然我に返ったように自分達の後継者たちを応援する。
が、応援している内容は彼らというより自分たちの為のように聞こえるのはヒヨコだけではないようだ。
ジト目になるマーサさんとステちゃん。
盛り上がる二人をよそに女性陣達は冷たかった。
「ちなみに、勝つのはロバート様ですけど」
呆れたようにステちゃんは推理小説の結果だけを教えるかのように口にしてヒヨコを引っ張ってその場を去る。勿論ヒヨコの頭の上でウトウトしているトルテも一緒だ。
「って、巫女姫様!?うがー、俺のオッタ―フェスティバルが!」
ヒヨコの去った部屋の中からウルフィード君の悲鳴が響く。
自分たちの後継者をネタにお酒を賭けて賭博するのはどうかと思うぞ、ヒヨコも。
結果はステちゃんの言う通り、否、予言通りロバート君が勝利した。
剣はへし折れ満身創痍であるが。
***
そして1回戦第8試合ポーラ・フォン・シアンVSガラハド・タイガーの戦いが始まる。
ポーラは刃引きされている2本の短剣を両手に持って構え、ガラハドは右の拳を握って後ろに下げ、左手で距離感を取る様に半身になって構える。
『はじめ!』
「よーし、行くぜ!」
審判の開始のコールと共にガラハドは思い切り前に出る。
ゴッ
ガラハドが飛び出した瞬間、ポーラは一瞬でガラハドとの距離を詰め、短剣の柄で思い切りガラハドの後頭部を叩いて地面に倒す。
『ダ、ダウーン!一瞬!一瞬で獣王の子ガラハド選手を倒した!これが皇帝直属四天王の実力か!』
「くぅ」
ガラハドはグワングワンと頭が揺れているように感じるが、慌てて起きる。
ガラハドは悔しく思いながら必死に歯を食いしばって立つ。
幼い頃から父に言われてきた事だ。負けていい時と負けてはいけない時がある。少なくとも、今は簡単に負けてはいけない時だ。
現在、獣王国の王位が揺れており、誰かが立たなければならない状況だ。
ガラハドは子供でまだ分からない事も多いが、先王である父のやりたかったことを知っていた。それを守るために一定の地位を確保する必要があったのだ。
家宰のクリフォードら重鎮らがたくさんの知識を持っていて、その事を色々と教えてくれる。強くなって獣王になり、父の後を継ぐんだと必死に修行をしてきた。
獣王教育は文字通り命懸けだ。父は妻が多く子供も多い。生き残った子供はほとんどいない。それほど危険な修行を掻い潜り、実戦を経験してきた。少なくとも生まれた兄弟で獣王候補として修行に励んだのは10人以上いるが、生き残ったのは4人しかいなかった。そしてのその4人の中の3人は王国との戦争で命を散らした。
つまり、自分は偉大なるアルトリウスの血族の生き残りなのだ。
『坊ちゃまはまだ子供なのですから、無理に獣王になろうとして背伸びをしなくても良いんですよ』
にこにこと笑って諫めるクリフォードを思い出し、ギュッと口を引き締める。
父がいなくなっても虎人族を取りまとめて助けてくれる多くの家臣達の為にも勝ちたいのだ。
獣王たるもの負けるにしても最後まで前のめりで戦わねばならない。父とて勝ち続けてきたわけでは無い。自分の頃は何度も負けていたらしい。
ガラハドは父を脳裏に焼き付けて、そうあろうと決意して、両の拳を持ち上げて構える。
「頭が揺れているでしょう。もう勝負は付きました」
ポーラはまだ戦う気でいるガラハドを呆れるように見る。
「ま、まだ終わってないぞ。」
ヨロヨロながらもガラハドは再び足前にを踏み出す。
「速めに決着を付けましょう」
呆れるようにポーラはガラハドの前でゆっくりと構える。
力量差は一目瞭然、それは誰の目にも明らかだった。
それでもガラハドは前に出る。拳を振るうがポーラは一瞬でガラハドの視界から消える。
ゴッ
まるで最初の一撃の焼き直しのようにガラハドは倒れそうになる。が、今度はギリギリで踏ん張った。
攻撃が来ると思っていなかった最初の一撃と、最初からかわされたら攻撃されると分かって歯を食いしばって食らった先ほどの攻撃とではダメージが異なる。
だが足がふらついていて振り向いて再び構えるが、ポーラは呆れたようにガラハドを見て攻める気になって構える。
「愚かな。負けると分かって戦うとはな。少々痛い目に合わせてやる。子供だからと手を抜いてもらえると思うなよ」
「へ、へっ。じょ、上等だ」
ふらふらしながらもガラハドは啖呵を切って構える。
だが、ポーラはすさまじい速度でガラハドとの距離を詰めてくる。
拳が届かず刃の届く距離、ガラハドは年齢が故にリーチも短いので、ポーラはガラハドがほとんど手の届かない距離からの攻撃を仕掛ける。
ガラハドは小手でポーラの短剣による猛攻を必死に堪える。年齢にそぐわない大きな篭手、まるで盾のようにも見えるそれで防御する。
「しぶとい」
ポーラは二つの短剣で終わらない波状攻撃を仕掛ける。それは舞のように美しく、一方的にガラハドを追い詰めていく姿に帝国の観客は大いに歓声を上げる。
防戦一方になっているガラハドだが短剣の攻撃に慣れて来て防御がスムーズになる。
『ガラハド・タイガーは防御のスキルレベルが上がった。レベルが5になった』
という神託を聞いた刹那、腹部に強力な衝撃を受け、大きく吹き飛ばされる。
「ガッ」
ガラハドは短剣攻撃に気を取られ足元からの攻撃に気付いていなかった事に気付く。
(この人、強い………)
ガラハドは立ち上がろうとして足に来ていて立てない事に気付く。
負けるわけにはいかないのに体が言う事を聞かない。
『負ける訳にはいかないのに体が言う事を聞かないなら、腹に力を入れて無理やり体を動かすんだ。獣人族ってのは魔力を感じられない種族だけどな、魔力自体は存在している。無理やり動かせば魔力が助けてくれるって訳よ。自分の匂いが分からないのと同じで、俺達は魔力に体が順応しているから自分の魔力が分からないんだろう』
かつて弱くてどうしようもなかった自分に教えてくれた父の強さの秘訣。
とんでもなく根性論であるが、アルブム王国が三方向から攻めてきた時、東の集落を救う為に戦った時程厳しい状況ではない。その時に父の教えを理解したつもりだ。無理やり体を起こせば魔力が助けてくれると。そしてそれに生き残り、勇者の称号とやらを手に入れた。
「くっ、う、うおおおおおおおおおおおっ」
叫びながら、無理やり体を起こそうとする。膝が笑っているが、上体を起こし立ち上がろうとする。根性で無理やり起きるしかないのだ。
ガラハドは立ち上がり、再び倒れそうになるが、両手で膝を抑えてギリギリ立ち上がる。
そうだ、俺は獣人だ。親父は嘘をつかない。なら俺は腹に力を入れて体を無理やりにでも動かせばどうにかなる。そうだろう!
ガラハドは腹に力を入れて両手を離して構える。
『ガラハド・タイガーは脚力強化LV1のスキルを獲得した』
ガラハドにスキルアップの神託が降りる。
「ちっ、しぶといな」
「ポーラ!さっさと終わらせろ!」
舌打ちをするポーラだが外からラカトシュが会場に響きそうな大きい声で叫ぶ。
***
ラカトシュ、ラルフ、ギュンターの3人は皇帝の近くで護衛をしていた。
「どうしたんだ、ラカトシュ。珍しいな、大きい声を出して」
帝国に珍しい黒い肌をした男は渋い顔をしていた。そして、普段温厚な彼は立ったまま闘技場の方を鋭く睨んでいた。
「ポーラは気付いていないようですが、あの獣人の少年、今が成長期なのだろう。ポーラの半分にも満たない能力だったが、倒れ、起き上がる度に学び成長している。今、魔力がスムーズに足に力を貸した。私が魔力を使って腕力強化をしていますが、それを脚力に持って行った。今までてんでバラバラだったのですが、ここまで成長すると、勝敗が分からなくなる。まだポーラの方が上でしょうが、最初の能力のつもりで戦えばポーラは不意を突かれる恐れがあります。それほど大きい成長を遂げています」
ラカトシュは単純に分析してガラハドを評価する。
「へえ、凄いな。獣人ってのはそういうものなのか?」
興味深そうに皇帝自身は乗り出してガラハドを見る。
「前獣王の息子だとは聞いてますが、才能は受け継いでいるのかもしれませんね。あの年齢でここまで戦える者は少ないでしょう。ポーラのバカ者め。相手が弱いと思って新入りの練兵気分で遊んでいる」
ラカトシュは苦々しくぼやく。
「新入りよりはよほど強いだろうに」
「我らから見ればさほど大きい差はありません。帝国兵の多くがその程度ですから」
「まあ、ラカトシュから見ればなぁ」
皇帝は呆れるように苦笑する。
隣に立つラカトシュは特別だからだ。
元々ヘギャイヤ共和国にいた特殊な暗殺集団の長だった。
蛮族と呼ばれながらも彼らは非常に隠密性と戦闘能力に優れており、ラカトシュに至ってはそれこそ獣王を暗殺して来いと言えば本当にできそうなほど恐ろしい能力をいくつも持っている。
「お前から見てあの少年はどう思う」
「今なら殺せます」
「物騒な答えを言うな」
元暗殺者は何で殺す殺せないの基準で答えるんだか。諜報員でもあるから、普段はそういう姿を一切見せない只の親切な小父さんの風体なのだが、と皇帝は呆れ気味に黒い肌をした部下を見る。
「将来的には獣王になるでしょう。他の獣人達の中で素材としては図抜けております」
「ほう?」
「あれほどの素材は2年前に帝都に来た勇者殿以来でしょうか。勇者殿の方が完成度が高かったのですが、逆に、将来が怖い。やるなら今ですぞ」
「やらねーよ」
皇帝は若干呆れるようにぼやく。
(ラカトシュがいうからには恐らく、才能という点で圧倒的な素地があるんだろうな。勇者の残した本にも『真の勇者』の称号は自身以上の強者を相手に多くの勝利を成し遂げた者という話だった。案外、神眼の鏡に真の勇者って称号があるかもしれないな。…………そう言えば、女神から超常の者の討伐依頼があったのはヒヨコか。まさかヒヨコにもあるのか?)
「ラカトシュ、ところで話は変わるが、お前はあのヒヨコをどう見る?」
「あのヒヨコですか?」
「そう、あのヒヨコだ」
皇帝としては国を明るくしてくれるので歓迎すべきゆるキャラだが、その背景はそこに留まってはいない。巫女姫に飼われ、女神にさえ一目を置かれている存在だ。
「能力は買いますが、隙だらけで倒そうと思えばそこまで苦労はしないでしょうな」
「なるほど、それは心強い」
「とはいえ、殿下もご存じの通り私にも孫娘がいましてな」
44歳のラカトシュ、平均結婚年齢20歳なこの世界において、孫がいるのは普通の事である。
「???」
「その孫が朝のフルシュドルフダンスでピヨちゃんのファンなのですが、当たったらどう致しましょう。ヒヨコを痛めつけているお祖父ちゃんを見たら、孫娘に嫌われないでしょうか?」
「知るか」
皇帝は呆れたように溜息を吐く。最強の暗殺者としてヘギャイヤ共和国を震撼させた都市伝説的な存在が孫娘でおたおたしているのが面白くて皇帝は内心では苦笑するのだった。
***
一方、闘技場ではガラハドは守りを固め再び攻勢に出るポーラの攻撃に対して篭手で鋭い短剣の乱舞を捌いていた。
足が来るのに気付いて大きく後ろに下がる。ポーラの蹴りをかわし反撃をしようとするが、その前にポーラは短剣による攻撃で間を明けさせない。
『ガラハド・タイガーは防御のスキルレベルが上がった。レベルが6になった』
『ガラハド・タイガーは回避のスキルレベルが上がった。レベルが4になった』
(避けれる!神託でも俺は成長しているって分かる。次こそは反撃を!)
ガラハドは守りを固めながらゆっくりと前に出る。
短剣の攻撃は防御で捌き、蹴りは身をひるがえして避ける。
そして再びポーラは剣舞を指導させようとするが、ガラハドは最初になる短剣の横薙ぎに合わせるようにそれを頭で掻い潜り、被せるようなカウンターを放つ。
ポーラは舐めていた事もあり、攻撃をもろに食らってしまい、吹っ飛び地面に倒れる。
だが、ポーラは慌ててすぐに起き上がる。
ポーラ自身は想定外で驚きはしたものの、この程度はラカトシュも可能なので訓練では慣れている。何度も何度も修行で倒されていたからだ。だからこそ、直には起き上がれた。
だが、バランスがおかしい事に気付く。
(ピンポイントで耳の後を叩かれていた?)
さすがに自身の体調変化に気付き焦りに転じる。
相手が弱いと思い油断をして、想定外の攻撃を食らい、焦りを生じる。格上が格下に負ける、典型的な状況だった。
それもラカトシュに教わった事だ。大丈夫だとポーラは心を落ち着けて再び構える。
ポーラは目の前のガラハドを見て舌打ちをする。
「獣王に大事に育てられた貴様には負ける訳にはいかない」
ポーラは誰よりも、この獣王の息子には負けたくなかったのだ。
シアン族は戦士であるが弱い立場にあった。
アルブムとの戦争によって狼王軍麾下として戦い、敗戦し、捨てられた一族である。
獣王にとっては数ある軍の一部で、幼いポーラもまた戦場の後方支援に出ていたのだ。だがシアン族は見捨てられ、アルブム国内で孤立、奴隷として多くのものが捕まり自分達も王国内で孤立していた。
だからこそ、拾ってくれたアルトゥル皇帝に恩義を返す為にも、そして見捨てた獣王の子供などに負ける訳にはいかなかった。
「ん?………ああ、その髪の色、シアン族か」
ガラハドはポーラの言葉を聞いて、帝国側にいる獣人が、アルブムで孤立無援になって消えた獣人族の人間だと気付く。
「そうさ、私達はお前たち獣王国に捨てられたシアン族だ!先代獣王の子ガラハド・タイガー!」
「捨てられた?………なんだ、だったら最初から言ってくれれば良いのに。父上は戦士でないものを戦場で戦わせはしないぞ?」
「!?」
不思議そうに首を傾げるガラハド。
「戦士が戦場に出るのであれば死を覚悟するものだろう。それを捨てられたとは穏やかでないな」
「ふざけるな!貴様のような安全な地でのうのうと生きてきた子供と一緒にするな!私は負ける訳にはいかんのだ!弱い戦士がであるが故に我らを捨てた獣王国なんぞにな」
「……お前こそバカにしてるのか?獣王国の為に命を捨てるのが戦士の仕事だ。戦場で負けて撤退する事になった際、同胞を助ける事が出来なくなる事もあろう。が、そもそも戦場とはそういう場所じゃないか。」
ガラハドは子供でも分かる理屈だろうと首を捻る。
安全な地でのうのうと生きてきたというのは若干の語弊がある。幼き日から戦士として育てられて多くの兄たちがその過程で死んできている。後継者に相応しい子供になれと。勇者率いるアルブム王国との戦いで兄たちの全てが失われた。戦場に立つことを許されず避難する事になった末子の自分だけが生き残った。
ただ、それだけの事だ。
「ふ、ふざけるな!我らは助けを待っていた。お前ら獣王国は我らを見捨てたのだ!我が同胞の多くを散らせておいて…」
「それは戦場で散ったシアン族の戦士たちに失礼だろう。まさか子供だからと後方支援していたが、戦士ではなかったとでもいうの?戦場に出る以上、死を覚悟するべきだ。そんな事も知らずに子供を使っていたとしたら種族全体が獣王国の理念に反していたことになる。とても残念だ」
ガラハドの言葉にどこか悲しそうにポーラを見る。
目の前の獣王の子供にまるで戦士としてなっていないと上から目線で語られる事でポーラは怒りをにじませる。
だが必死に我慢する。戦いにおいて平静を保てない事が元も愚かで危険だとラカトシュに教わっていたからだ。
「貴様に逃げ続けねばならない我等の無念が分かってたまるか!」
「それこそ知らん。戦いの結果は全てを奪われるか全てを奪うかのどちらかだろう。敵から奪っておいて、自分達が奪われるのは嫌だとは片腹痛い」
「子供が知った口をーっ!」
ポーラは短剣を握り襲い掛かる。
だがガラハドは話しながらも冷静だった。体を休ませるために時間が欲しかったのもある。そして怒りまぎれに先手を取ろうとしたポーラの呼吸が丸見えだった為、ガラハドはカウンターの絶好のチャンスだった。
ポーラの短剣は大会ルールを逸脱した危険な剣、刃引きされていても喉元を狙えば確実に殺る危険な刃だった。
ガラハドは紙一重でそれを後ろにのけぞってかわし、次の二撃目を頭を下げて掻い潜る。そして全力でその拳をポーラの鳩尾に叩きつける。
「かっ…かはっ…」
ポーラは強烈な一撃を受けてそのまま地面に倒れ伏す。
『だ、ダウーン!なんとガラハド選手、ポーラ選手から二度のダウンを奪い、並びました!』
ポーラは蹲ったまま立ち上がろうとするが起き上がれない。立とうとするが足に力が入らない。
立とうとして足をふらつかせてしりもちをついてしまい、それでも立とうとするが膝をついたまま動けなかった。
そこで闘技場の外に待機していた審判が闘技場の上に登り試合をストップさせる。
「ポーラ選手、戦闘不能とみなし、勝者ガラハド・タイガー選手!」
観客は痛快な逆転劇に大きい拍手を送る。
立ったまま動けないガラハドはそのまま勝利を聞くと倒れてしまうのだった。
慌てて担架を持って来る帝国の係り員たち。対して回復したポーラは屈辱に顔を歪め、歩いて闘技場から去るのだった。