5章13話 武闘大会1回戦Ⅱ
『パウロ・フィリップス選手対ピヨ選手武闘場へ』
武闘会司会者の放送が流れる。
「ピヨッ!」
ヒヨコは勢いよく返事をして、ピヨピヨと闘技場の上に登る。
やはり見覚えのある小父さんが向かいの方から闘技場へと登っていた。
「ピヨピヨッ(久しいな、おっちゃん)」
「うーん、まさか帝都で件のヒヨコと戦う事になろうとは」
おっちゃんは何とも言えない複雑そうな表情をしていた。
とはいえブレス抜きのこの大会、ヒヨコにとっては大きいハンデキャップである。
「ピヨピヨ(負けても泣くなよ)」
「何か凄い生意気そうなことを言っているな。だが、俺がそう簡単に負けると思うなよ!」
ギュッとおっちゃんは剣を握って構える。
『さあ、それでは試合、始め!』
「ピヨヨーッ!」
ヒヨコは突貫する。
そういつもの様に(?)、懐に入ってピヨッとやるのだ。
懐に入ってピヨッ、懐に入ってピヨッ、懐に入って…
ヒョイッ
と、おっちゃんはヒヨコの嘴を交わす。
更にカウンターで刃引きされた剣がヒヨコを襲う。
「ピヨッ!」
ガシッと嘴で剣を咥えて打撃から守る。
『おおーっと、ヒヨコ!なんと嘴で剣を止めた!』
とか放送されているが、ヒヨコは結構態勢がしんどい。
するとおっちゃんは剣を引いて一歩下がり、剣を構える。
「一つ聞きたいんだが、あれからいくつレベルが上がった?いや、答えられないか」
「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨピヨ(アホ毛まで2レベルで今63だから足して65?)」
「…な、なるほど11も上がったのか。道理で強くなってるはずだぜ」
「ピヨピヨ(いかん、勘違いしている!60と5という意味で6回と5回鳴いてみたのだが、11回と間違われた!……………………まあ、いっか。大して変わりないしな!ヒヨコは思うにレベルアップステータスよりもスキルを身に着ける為に得られた能力アップの方が高いと思うんだよ。高速移動とか縮地法とか覚える事でめっちゃAGI上がっているしな!)」
「ならば、俺の新たに覚えた必殺技で対抗してやろう」
「ピヨピヨ(ヒヨコに勝てると思っているとは笑止)」
ヒヨコは軽やかにステップを踏みおっちゃんの仕掛けてくると思われる攻撃に合わせようとする。
「はああああああっ」
おっちゃんがブンと剣を振る。
おっちゃんよ、それは必殺技ではなく素振りだ!
と、突っ込もうとしたが、振られた剣から同時に斬撃が飛んでくる。
ヒヨコは慌ててピヨピヨと移動して避ける。
『おおおおっと!超一流の剣術家の証である闘気の剣を飛ばしてきた!これは凄いぞ、フィリップス選手!しかし、そこはピヨちゃん、軽やかにかわす』
「ピヨピヨ(なんかずっこい。ブレスがダメで剣を飛ばすのが良いとはどういうことだ!)」
「ずるいとでも思っているのか?悔しかったらお前も飛ばしてみるが良い」
「ピヨヨ?(おや?しかしヒヨコも嘴の突撃を飛ばせないものだろうか?いや、なんかできるような気がするぞ!)」
ヒヨコは首を後ろに下げて体をバネのようにしなやかに反らせておっちゃんを見る。
「何だ、対抗する気か?だが、俺は負けんぞ!冒険者としてそろそろ良い歳になってる俺がフルシュドルフより良い場所に就職するためにはここで活躍しなければならんのだ!」
おっちゃんは意外にも切実な理由だった。そういえば腹黒補佐さん貴族やめてフルシュドルフから帝都に来てたんだっけ。その後、部下の方々はそれなりに就職口はあったと思うが。
だが、ヒヨコは負けるつもりはない。ヒヨコには負けられない理由があるのだ。
……………………
「ピヨヨ?(そんな理由あったっけ?)」
ピヨリと首を傾げるとおっちゃんは斬撃を飛ばして来る。
だがしかしヒヨコはとっても負けず嫌い。負けて帰ったらトルテにきゅうきゅうとバカにされること請け合い。故に負けられないのだ。
ほうら、あったぞ、負けられない理由が!
ヒヨコはワックスがけで鍛えた手羽によって軽やかに飛んできた斬撃を流水で受け流す。
「なっ!飛ぶ斬撃を手羽先で受け流すだと!?」
『なんと、ラルフ選手、ラカトシュ選手に続き、ピヨちゃんまで跳ぶ斬撃を受け流した!何という技術!前者の二人はともかくまさかピヨちゃんがそんな高等技術を使えるなんて!』
「ピヨピヨ!(おい、司会者!ピヨちゃん舐めるな!)」
ヒヨコは嘴を飛ばそうと思っていたが、その前に遠くの放送席に激しいクレームを飛ばしていた。
何故ヒヨコを舐めるのだ。まったくもって許すまじ。
「つああっ」
「ピヨヨッ!」
更に飛んでくる斬撃に、ヒヨコは慌てて避ける。
よそ見をしていたぞ。危ない危ない。
酷いぞおっちゃん。ヒヨコがよそ見している時に攻撃を仕掛けるなんて。
だが、おっちゃんはさらに距離を詰めて剣の間合いで攻撃を仕掛けてくる。だが素早さが足りない。ヒヨコの速度は魔物レースで優勝するほどの速度。
ひょいひょい避けながら、すかさず後方に大きく飛んで回転しながら着地して、上手く距離を取る。後方へ2回転、更に3回ひねって綺麗に着地。ピヨ難度の着地を成功しました!
ピヨちゃん凄い!
「甘い!」
だが、着地の余韻もないまま、おっちゃんは再び飛ぶ斬撃を放って来る。
「ピヨッ!(ヒヨコストライク!)」
嘴を勢いよく魔力を高めて前へと振る。
ドゴーンッ!
飛んできた斬撃をヒヨコの飛ぶ嘴がぶつかり相殺される。
『な、何が起こったか―っ!なんと、ピヨちゃん、嘴攻撃を飛ばした!?飛ぶ斬撃に対抗して飛ぶ突撃!?何という恐ろしいヒヨコ!自分は飛べないのに嘴攻撃を飛ばすとは!とんでもないヒヨコだ!』
「ピヨピヨ(余りの事に放送が何を言っているかヒヨコも分からんぞ。飛んでいるのか飛んでいないのかよくわからんぞ!)」
「くっ、しかしこれだけと思うな!俺はここで勝って嫁さんを貰うんだ!」
「ピヨピヨ(まだ結婚してなかったのかよ。なんだか本当に切実で勝利するのが申し訳なくなってくるのだが)」
「うおおおおおおおっ」
「ピヨピヨピヨピヨピヨ!」
おっちゃんは剣を何度も振るい斬撃を飛ばして来る。
だが、ヒヨコは負けじと何度も嘴攻撃を飛ばす。
ヒヨコとおっちゃんの間に攻撃の圧と攻撃の圧がぶつかり合い爆発が連鎖する。
「くっ、爆発で塵が舞い視界が…ヒヨコは…どこへ?」
きょろきょろとおっちゃんは見渡すが、ヒヨコは即座に魔力感知で相手の位置を察知し、縮地法でおっちゃんの背後へと回る。
「ピヨピヨピヨーッ(必殺、ヒヨコドロップ!)」
翼と翼でおっちゃんを背後から包み込み、そのまま背後に倒れ込みおっちゃんの頭を闘技場の床にたたきつけようとする。
だが、さすがに翼ではつかみきれず、するっと抜けておっちゃんはそのまま背後の場外に背中から落ちてしまうのだった。
ヒヨコは一匹だけ闘技場に頭を打ち付けてくるくると目を回していたが、おっちゃんは闘技場の外に出て行ってしまったようだ。
ヒヨコはよろよろと立ち上がる。
「ピヨピヨ(失敗失敗)」
『パウロ選手、場外!勝者ピヨちゃん!』
オオオオオオオオオオッと会場は盛り上がる。
おっちゃんの幸せを祈ってからヒヨコは勝者として会場の観客に手羽先を振りながら闘技場を降りるのであった。
「ピヨッ(それでは皆さん、お待ちかね、ヒヨコのフルシュドルフダンスのお時間ですよ!)」
ヒヨコは踊る気満々だったが、何と会場関係者が気を回してくれたのかフルシュドルフダンスのテーマソングが流れる。それに合わせてヒヨコは踊るのだった。
きっと腹黒補佐さんのお仕事だろう。いい仕事をしやがる。
***
大会は一時中断し昼飯休憩となる。
ヒヨコが試合だった為、ちょっと遅めの昼食だ。
ちなみに、ここはヒヨコ用の控室で、食事を食べ始めた頃にはもう1時頃になっているようだった。
ヒヨコ、ステちゃん、トルテ、ミーシャ、シロは控室で昼ご飯を食べていると次の試合の始まる放送が流れる。
『次の試合は親衛隊隊長のギュンター・フォン・グロスクロイツ伯爵令息の登場です!』
帝国では一般的な茶色い髪の毛に茶色い瞳の青年ギュンター君が銀の鎧を身にまとい颯爽と闘技場に現れる。
多くの女性ファンから黄色い感性が飛び交う程度にイケメンだが、妻子持ちのお兄さんだ。
何でヒヨコが知っているかというと山賊皇帝さんに言われて辿り着いた修行先でヒヨコと一緒に武闘大会の準備をした戦友だからだ。ヒヨコは手で釘を抑えられないからバールで釘を抑えてハンマーで叩いていた時、台を支えてくれた言わば同志である。イケメンだが良い奴である。
「おかーさん、がんばってー」
「にゃーん」
対するミーシャのお母さん、マーサさんの登場だ。黒い軽鎧に身を包んだ無手の戦士の姿に帝都の市民たちもどよめく。獣王国の女戦士と聞いて、ごついゴリラのような女性戦士を想像していたのだろう。だが、余りにも美しい女性の姿に驚いている様子だ。
「ピヨピヨ(マーサさんはとっても強そう。ヒヨコは近づくのも怖いです)」
「当たったらどうするの?」
「ピヨッ!(負けてくれるのを祈ります)」
「何という消極的姿勢」
ステちゃんは呆れるようにヒヨコを見る。
『おっと、ここで皇帝陛下がゲストとして放送席にやってきました』
『おーい、ギュンター。お前が言い出したんだぞ。折角、獣王国が大会に参加してくれるなら、きっちり帝国の強さを見せて獣王国の頭を抑えましょうって。唯一、獣王国側のいるブロックに入ったんだからちゃんと結果見せろよー』
ドッと笑う観客、ギュンター君は思い切り顔を引きつらせていた。。
そういうネタ晴らしを自分の前でするのかと言わんばかりにマーサさんは若干驚きを露わにしていた。
『それにしてもくじ引き係も折角なら上手くばらけさせて新皇帝の帝国の強さをアピールするよう小細工でもすれば俺の評価も上がったのに、誰が担当だったか知らんが、そういう清濁併せ呑むことが出来ないとは使えない奴だ』
『あの、陛下、獣王国の皆さんも聞いているのでそういう事は心の中に留め置きください』
観客達は大笑いする。意外にも気さくな皇帝に彼らは大喜びだった。
『さあ、皇帝陛下の右腕が勝つのか、それとも獣王国の戦士が勝つのか!今、試合が始まります!』
試合開始と同時にギュンター君が走り出す。
先端が丸くなっている細剣を握り鋭い尽きを放つ。だが、マーサさんは巧みなステップワークで攻撃をかわす。
ギュンター君は間を空けず素早くレイピアで尽きの連撃を放つ。
だが、マーサさんは足を止めてその突きを上体だけで避ける。
足を止めたのを見てギュンターは足払いを敢行。マーサさんはヒョイッとジャンプで避けて後方2回転3回ひねりを加えて着地。
「ピヨヨーッ!(ヒヨコの真似を!まさかヒヨコのファンか!?)」
「いや、違うでしょ」
「きゅうきゅう(それはない)」
ヒヨコが驚くのをよそに、ステちゃんとトルテはヒヨコを全否定である。
マーサさんは両の拳を持ち上げてファイティングポーズをとる。
そのファイティングポーズを見た時、ヒヨコは戦慄した。
「ピヨヨッ!」
「どうしたヒヨコ」
「ピヨピヨ(お、思い出した。アレはヒヨコをぶちのめした構えに違いない)」
「おかあさん、ピヨちゃんを殴ってないよ?」
「ピヨヨ?(本当か?記憶のない頃、綺麗なお姉さんにしこたま拳闘で殴られたような気が……)」(※1章参照)
「記憶のない頃に記憶があるとはこれ如何に?」
ステちゃんが困ったように首を捻る。
我が友・ギュンター君はマーサさんに一生懸命攻撃を仕掛けていた。だが、マーサさんは距離を取ったまま攻撃を避け続ける。
一方的に攻撃をしているギュンター君。凄まじい剣の冴え。だが、マーサさんは顔色一つ変えずファイティングポーズをとったまま距離を詰め、攻撃をすべて紙一重でかわす。
ギュンター君が優勢かと思いきや、気付けばギュンター君が闘技場の端に立たされマーサさんが追い詰めるように立っていた。
「ピヨ?」
どういう事だ?まさかマーサさんは腹黒補佐さんのように奇術スキルをお持ちか!?
「いや、マーサさん、ずっと防御しながら前に歩いてたから」
ステちゃんがそんなことを言う。
なんと、逃げているようで攻めていたというのか!恐るべき回避テク!ヒヨコも今度アレを試してみたい!
だがギュンター君はレイピアで決定的な距離を詰めさせないように腰を落として警戒する。
「ふむ、久しぶりに中々良い動きをした戦士でした。石化毒に掛かって以来、あまり戦いをしていなかったので丁度いいリハビリになりますね。人間との戦争はピヨちゃんに奪われてしまったので」
マーサさんは覇気を強めていく。
ピヨピヨ、ヒヨコが獲物を取ったと?済まぬがヒヨコには記憶がないのだ。だが、若き頃のヒヨコは血気盛んだったに違いない。そこは許してもらいたいのだ。
ギュンターの顔色が青くなる。
「さ、さすがは獣王国の猫姫殿か。ここまでの覇気を纏っているとは……。ですが、私も皇帝陛下直属の一人。簡単に負けるわけにはいかないのです」
ギュンター君は仕掛けようとしつつも、攻撃を踏み出さない。
「!」
マーサさんはちょっと驚いた顔をしながら攻撃に出てしまう。拳が空を切り、場所が入れ替わる。見事、ギュンター君が逆に追い込む形となる。
「はあああああああっ」
ギュンター君は気合一閃、マーサさんへ攻撃を仕掛ける。
だがこれまで拳闘スタイルだったが、この段階で初めて足が出る。
ハイキック一閃
ギュンター君はそのまま膝をつき地面にうつぶせで倒れる。
あまりの技に観客もどよめくが、
『勝者、マーサ選手!』
放送された判定に観客が一気に盛り上がる。
防戦一方だったマーサさんは守っていると見せかけ相手を追い込んでいた。だが、ギュンター君はフェイントとカウンターで立場を入れ替える。それをマーサさんは拳で戦うと思わせていて足で反撃し、文字通り一蹴する。
高いレベルの駆け引きだが、素人目にも何が起こっているか分かりやすく実に良い試合だった。
『いやー、ギュンター選手負けてしまいましたね、陛下』
『うむ、だが仕方ない。我が四天王の一人だが、ギュンターは四天王最弱。四天王の面汚しよ』
『いや、それ、言ってみたかっただけですよね?』
『うはははは。元々ギュンターは帝都でこそそこそこ名の知れた剣士だったが、どちらかというと頭脳労働や魔法の使い手として優れているからな。まさかこのルールで、ここまで勝ち残るとは思っていなかった。ギュンターよ、褒美として明日は休暇にするが良い』
ふらつきながらも立ち上がったギュンターは、
「この3年休みなく働いて、褒美が一日の休暇かよ!このブラック皇帝!」
頭を抱えて呻くのだった。
山賊皇帝さんよ、わが友ギュンター君に休暇を。奥さんに愚痴られるとその前も嘆いていたぞ?
これで1回戦5試合目が終わるのだった。