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1章9話 ヒヨコの恩返し

 結局、俺はミーシャのいる集落へと戻ったのだった。とぼとぼと歩いて辿り着く。


「ピヨちゃんだー」

 大感激するミーシャはヒヨコボディに体当たりをする勢いでぶつかって来て抱き着く。

「ピヨッ!?」

 その勢いの強さにヒヨコは転がり倒れる。殺す気か、ミーシャよ。

「おうおう、ヒヨコが戻ってきたか」

「ミーシャも寂しそうにしてたからな。あんまりふらふらするんじゃないぞ」

 周りの大人達は俺を風来坊のような扱いをして笑顔で迎える。

 俺は飼われたつもりは無いのだが……。


「もう、2週間もいなくなっちゃうんだもん。あんまり遠くに行っちゃだめだよ」

 プンスカ怒るミーシャの姿に、俺はコテンと首を傾げる。


 ニシューカン?


 二日ではなく二週間?あ、もしかして獣人って二日の事を二週間っていうのかな?

 とは言え、いくらヒヨコでも1日を1年とか呼んだりするような大バカ者ではないのだが。


「俺は二度とここには来ないと思ったんだけどな」

「10日以上も開けたら、鳥頭じゃ忘れるだろうと思ってたしな」


 ミーシャの近くにやってきた男達はゲラゲラと笑う。どうやら本当に2週間も空けていたらしい。つまり俺はバジリスクの猛毒で寝込んでいたが、どうやら1週間以上も苦しんでいたようだ。

 あな恐ろしや。俺はあんな危険な生物には二度と歯向かうまいと心に誓うのだった。


「それにしても戻って来るとは思わなかったぜ」

「どうせ腹減って飯でもたかりに来たんだろ?」

「ピヨッ」

 失礼な犬耳の男に嘴の制裁だ。

 ズビシッとデコピンのように男の額を突くと、男は額を抑えて大地に転がる。


「あはははは。失礼な事を言ったからピヨちゃんが怒ったー」

 楽し気にミーシャが笑う。相変わらず能天気なお子様だった。


「くう、魔物のくせに」

 悔しそうな大人達を尻目に、ミーシャは俺の背中によじ登る。当たり前のようにミーシャは俺の背に乗って村長(おじいちゃん)の家へと向かうように行先を示すので、俺は反抗せずにそれに従う。

 子供が相手なので振り落とすのも憚れるからだ。



 俺がピヨピヨと歩いていると、空の方からバッサバッサと音が聞こえてくる。ふと上を仰ぎ見ると巨大な影が近づいてくるのが見える。


「ピヨ?」

 空を見上げるとそこに現れたのは獣の王者である獅子の下半身と、鳥の王者である鷹の上半身を持った巨大な怪物が空から悠々と舞い降りて来るのだった。


 あれはヤバい。

 バジリスクよりも凶悪な奴だ。逃げなくては!俺の野生の勘がそう告げている。


 俺は回れ右をして逃げようとするのだが、ミーシャは嬉しそうに空に手を振っていた。

「グリちゃんだー」

 ミーシャの声に俺は首を傾げる。

 そこで思い出したのだが、そういえばここの村の村長はグリフォンを飼っているらしい。あれがそうなのだろうか?


 それにしても、なんてことだ。ミーシャは我らに名前を付けるセンスが無さすぎる。この村の村長はグリフォンを従魔として持っているとは聞いていたが、グリちゃん呼ばわりされていたとは。


 だが、グリフォンは何故か嬉しそうにミーシャの前に舞い降り、ミーシャに頬擦りするように近づいてくる。

 だが体積がデカすぎて俺がぶつかって弾き飛ばされるのだった。

 さすがのミーシャは俺から飛び降りて衝突を回避。さすがは獣人族の娘である。俺だけぶつかり損だった。


「グルルル」

「グリちゃん、久し振りだねぇ」

 ミーシャはグリフォンの首を撫でて喜ばせていた。

 

 おのれ、グリフォンめ。俺に体当たりをして吹き飛ばすとは。許すまじ。

 俺は転がり倒れながらも、ピヨピヨとグリフォンを威嚇していたが、グリフォンは全く意にも解した様子も無かった。


 さすがはドラゴンに並ぶ魔物の王とも言われる存在である。人間(ルーク)だった頃なら負けたりしないのに。きいい、悔しい。


「ミーシャよ。どうしたのじゃ?」

 するとグリフォンの背に乗っていた老人が声を掛けて来る。白いひげをたっぷりはやした猫耳の村長だった。

「お祖父ちゃんちに遊びに行こうと思ったのー。そしたらね、ピヨちゃんとグリちゃんが帰ってきたんだよ?」

「いや、ワシがグリフに頼んで、ちょっとそこまで偵察に行って来ただけじゃよ。どうも人間達が攻め込んできているみたいでな。こいつもワシの従魔じゃないのに変わった奴だからのう」

 村長はそんな事を口にしながらグリフォンからヒョイと降りる。意外と身軽な祖父さんだった。

 飼っているという表現をしていたが、やはり自分の従魔じゃないらしい。


 そんな村長の方に若い男達が走ってやって来る。恐らくグリフォンが空から戻ってきたのでやってきたのだろう。

 何かあったのだろうか?

 まあ、ヒヨコな俺には何の関係もないことかもしれないけど。


 おずおずと若い男達が村長に尋ねる。

「村長、人間達は……?」

「うむ。やはり攻め入ってきたようじゃ。南部のオーク族の集落が滅ぼされて、連れ去って行く様子が見られた。恐らくは奴隷に使う積もりなのじゃろう。ただその捕縛処理で時間が掛かっているのは確かじゃ」

 村長は険しい顔で悔しそうに口にし、若い男達もまた拳を強く握る。


「くそう。獣王様が殺されなければ……」

「アルトリウス様は見事な最期を果たしたのだ。そのような事を口にすべきではない」

「ですが!結局、勇者の野郎は獣王様との約束を裏切り、我らを奴隷にしようと攻めてきている」

「命を懸けた男同士の決闘でなされた約束を違うとは武人の風上にも置けない男だ!」

「村長様、俺はもう覚悟を決めたぜ。人間ともう一度戦おう!」

 若い男達は殺気立った様子で口にする。怒り心頭といった感じだった。


 それにしてもこの時代の勇者とはなんて卑怯な奴なんだろう。

 約束を破って獣人達を奴隷にしようとしているなんて。どこかで聞いた事があるような気がするが、どこのどいつだ。プンスカ。


「噂ではその勇者はとっくに死んでしまったらしい」

「え」

「1月前ほどだったか、どうも王国で処刑されたそうだ」

「何でだ?」

「事実は分からぬが奴は我らとの盟約を守らずに死んだという訳だ。人間どもにとっては都合のいい結末になったという事よ」

「くそっ獣王様に勝っておきながらコロリと死にやがって情けねえ奴だ」

「これだから人間は。恥さらしが」


 人々の勇者に対する罵声が止まらない。何故か俺の胸は痛かった。

 ええと、その勇者って俺じゃないよね?一体どの時代に生まれたんだろうなぁ~、ピヨピヨ。


「くそう、勇者ルークめ」

「俺が強ければあんな奴」

 舌打ちと共にぼやく男達。怒りの矛先はどうやら勇者ルークだったようだ。


 聞いた事ある名前だな?よ、よくある名前だもんね。きっと…………。


 …………


 くっ、認めれば良いんだろ。つまり、俺が死んで、止める人間がいなくなって、王国は獣人族の領土を好き放題に荒らし始めた。そういう事なんだろ?

 なんてこった。まさか、俺が殺される事で獣人さん達まで迷惑をかけてしまうなんて。獣王に申し訳ない。いや、むしろ王国は獣人を奴隷にする為に獣王国を攻め込みたかったから俺を始末したという事か?くそう、あんな連中を信じたばかりに……


 どちらにせよ、彼らには迷惑かけっぱなしである。


 ………んんん?という事は俺が死んでからあんまり時間は経ってないのか?勇者が処刑されたのは1月前位だって聞いたぞ?


 転生するまで20年もかかるって教会では言ってたけど。20年は墓に残って見守ってくれるから毎年墓参りに行き、教会に寄進するのがこの世界の行事である。

 だが、20年どころか1年も経ってないような時間で、ピヨコロリと生まれ変わっちゃった?

 おかげ様で玉のような可愛いヒヨコが生まれました。


「そう言うでない。勇者なんぞ、我々からも人間達からも嫌われてるのだ。地上最悪の嫌われ者なのだから哀れであろう?獣王様に打ち勝った男なのだから少しくらいはお目こぼししてやるべきだ。それではあまりにも哀れだ」

 村長さんはそんな事を口にする。

 フォローしてくれたのかと思ったら物凄くディスられていた。

 なんてひどい事を言うのだろう。地上最悪の嫌われ者扱いですか?

 俺だって好きで死んだわけじゃないやい。とはいえ一応村長さんはフォローしているつもりなのだろう。俺をグリフォンに食わせようとしたことだけは許してやろう。


 だから食べないでね?


 さっきから舌なめずりしているグリフォンが怖いんだよ。このヒヨコ、今夜の晩御飯かな?とか思ってそうなんだよね。


 すると一人の見知らぬ獣人女性が血相を変えてこちらへ駆けて来る。

「大変だ、村長!マーサさんが!」

 一人の女性が焦った様子で要領を得ない説明をする。

「マーサがどうした!?」

「急に倒れたんだよ。今、ジョン先生を呼んでくる!」

 と女性は走って治療院らしき家の方へと向かう。

「お、お母さんどうしたの?」

 あまりに切羽詰まった様子にミーシャは一気に不安な顔になる。ミーシャは俺を置いて走って自分の家へと向かうのだった。

「ミーシャ、私も行こう」

 村長さんは慌てて自宅へと駆けていくミーシャを追いかける。


 周りはばたばたとあわただしくなる。ヒヨコを一匹放置して。


 まあ、薬を作れなかった無能なヒヨコなど邪魔以外何でも無いのだろうけどさ。

 俺はピヨピヨと肩を落として項垂れるようにミーシャと村長さんの後をついて行く。




 実の所、俺も石化毒がどのようになるのかは見た事が無い。話は聞いた事があるが、俺には魔法があったのでそうなる前に助けていたからだ。

 申し訳なさそうに、俺は窓からヒョコリと覗き込む。


 ベッドの上には真っ青な顔をしたマーサが横たわっていた。喉元が見えるくらいに石化しており、息をするのも苦しそうだった。


「おかーさん、大丈夫だよね?」

 泣きそうな顔で母親にしがみつくミーシャだが、周りの大人達はマーサの運命が分かっているからこそ苦しそうに顔を歪めるのだった。

 そして、ミーシャの前で涙を見せるのを拒否しようと必死に歯を食いしばっていた。


「ゴホッゴホッ」

 咳をすると激しく吐血する。石化毒は息苦しくなって死ぬと言う厄介な病気だ。吐血の中に砂が混じっている。もはや死期が迫っている事を告げていた。

 従来の石化は完全に石化しても早く処置すれば戻す事が可能だが、石化毒はゆっくりと体が石化する為、頭が動いているのに心臓や肺が石化してしまうので、息が吸えなくなって呼吸困難で死んでしまうものだ。

 ミーシャの前では元気を装おうと頑張っているが、相当つらい筈だ。


「もう喋らない方が良いですよ」

 医者のジョン先生がマーサの背を撫でながら、清潔な布で飛び散った血を拭う。

「ねえ、お医者さん。大丈夫だよね。お母さん、大丈夫だよね。薬草も飲んだし元気になるよね」

 ミーシャは一縷の希望を見るようにジョン先生の腕を掴んで揺する。潤んだ瞳で救いを求めるようなミーシャの姿に、ジョンは言葉を噤む。


「無茶を……言っちゃ…ダメ…よ、ミーシャ」

 マーサはやつれた表情で、それでも無理矢理笑顔を作ってミーシャの頭に手を伸ばす。手のあちこちが石化しており動かすだけでひびが入る。

「おがあざん……」

 今にも尽きようとしている母の命を前にミーシャはグズグズと泣きながら母を見上げていた。

「ゴホゴホッ………お祖父……様……。ゴホッ……ミーシャを………お願い…ゴホゴホゴホゴホッ…しま……す」

「ああ。分かっている」

 マーサは何度も吐血し、それでも必死に最愛の娘を託すべく村長である実の祖父に請い願う。

 村長もまた手を握り締めて強く頷く。


「くっ……せめてエミリオがいればバジリスクの血を取って来れるのに……」

「言うな。アイツとて最愛の娘を残して妻を自分と同じ場所に来させるなど痛恨の極みに違いない」

「エミリオは立派に戦って散ったんだ。本来であれば俺達がアイツの代わりに頑張らなければならないってのに、くそ」

 獣人達は悔しげに苦しそうにしているマーサに罪悪感を抱く。


 エミリオ?

 俺はその名前を聞いて思い出す。虎人族である獣王アルトリウスの支配下には三勇士という猛者がいた。

 高い素早さを持った狼人族のウルフィード、力自慢の獅子人族のオラシオ、従魔士としてグリフォンの群さえも従える猫人族のエミリオの3人である。

 ルークだった頃の俺が、初めて直接殺した猫人族の名だ。忘れる筈もない。


 ミーシャはエミリオの娘だったのか?


 俺は愕然とする。

 たしかにあの魔獣使いがいれば石化毒の材料を取って来る事は可能だろう。下手をすればバジリスクさえ使役しかねない怪物だ。つまり、この事態は俺が引き起こした事だったのだ。


 仇だというのによくしてくれて、俺は一食の恩を返す事もなく、理不尽に命が失われようとする人を見送らねばならないのか?


 何が元勇者だ。本当にどうしようもうないダメな奴だ、俺は。


 とはいえ、今の俺は無力なヒヨコ。何ができるというのだろう。俺は悔しく項垂れ、家の窓の近くでピヨピヨとうろつく。


 諦める訳にはいかない。

 俺は俺のけじめをつける必要があるのだ。この事態はまだ間に合う可能性があるのだ。俺の全てをもって救って見せなければならない。だが、この体は頭が悪いのは事実だ。


 所詮、オレなんて獣人達に迷惑だけを掛けてあっさり死んでしまったポンコツ勇者。獣王を倒した時、奴に獣人の未来を託されたにも関わらず、俺は未だにそれを果たしていない。


 ステータスをもう一度見返して、使えるものが無いか調べる必要がある。もしかしたら、必要な技能を習得している可能性だってあるのだ。延命する方法があるかもしれない。



……


………


…………


……………



 必至にステータスを見返している俺は、一つの数値に気付く。バジリスク、エルダートレントという強力な魔物を殺した事で、俺のレベルは26まで上がっていた。既に最大MPも神聖魔法<状態異常完全回復(キュアオール)>を使える100の大台を悠に超えていた。

 現在のMPは50も残っていないから、状態異常完全回復を可能にする神聖魔法<状態異常完全回復(キュアオール)>を使えない。だが、普通に使えないだけで、絶対に使えない訳ではないのだ。


 MPが足りないけど少しくらいは効果を発揮したりする。精神疲労(マインドダウン)で倒れたりする事もあるが、試す価値は十分にある筈だ。

 たかが一人を助ける程度の事で謝罪になるか分からない。

 が、精神疲労でぶっ倒れる程度ならば、試す価値は十分にあると思う。精神耐性はいつの間にか再びLV10に戻っていた。

 賭けをするには十分なスキルを俺は得ていた。


 ええい、迷う時間などあるものか。人の命が掛かっているのだから。

 俺は首を窓からズズイと出してマーサさんの寝ているベッドにできるだけ近づく。

「ピヨちゃん」

「おい暴れるな!」

「ちょ、こんな時に。そのヒヨコをつまみ出せ」

 慌てるのは周りの男達であった。確かに俺が動くと凄く危なさそうだ。巨大ヒヨコだし。だが、マーサが苦しい筈なのに穏やかな表情で、ヒヨコの頭を優しく撫でる。

 半分くらい石化した腕だと言うのに痛みや苦しみを見せない姿に心を決める。


「ピヨピーヨ(<状態異常完全回復(キュアオール)>)」

 俺は状態異常全回復の魔法を唱える。


 すると俺から放たれた聖なる光が天地を貫く。

 俺の中からごっそりと精神力が失われて、体に力が入らなくなるのが分かる。だが、それではまだ彼女の体は治らない。もっとちゃんと魔法を最後まで掛ける必要がある。


「ピヨーーーーーーーーッ」


 気合を入れて魔力を使おうと踏ん張る。するとマーサさんの体が見る見る治って行く。石化した体が浄化され、本来のものへと変わって行く。

 彼女のステータスにあった『呪い:石化毒(末期)』が、『呪い:石化毒(中期)』へと移り、そして『呪い:石化毒(初期)』へと戻る。


 慌てて俺を抑え込もうとする男達もマーサさんの様子を見て動きを止める。何が起こっているか理解できていないのだろう。石化した体が戻っていったからだ。


 マーサさんの体の中を汚染していたバジリスクの呪毒が消えていく。

 同時に俺のMPが0になりHPが徐々に落ちていくのが見える。


 すべてを成し遂げた時、神眼の目に移ったのは彼女の状態異常が消えたと同時に、俺のHPもまた0になる。


 ああ、なるほど、MPの代わりに命が削られるって事か。でも良いや、勇者の頃に何にもできなかったんだ。迷惑をかけた分の代償だと思えば……。


 折角生まれ変わった鳥生をもう少し楽しみたかったなぁ。

 俺の視界は霞んで行き、やがてブラックアウトしてしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ勇者は馬鹿でも出来るからな
2021/07/15 08:18 退会済み
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