シンクロニシティ
何だろう? 不思議なほど、この人と私は同じタイミングで同じことを考えているし、同じような行動をしているらしい。
私のトイッターのフォロワーで、アカウント名は《いちごみるく》さん。
彼女の呟きは、いつも他愛もない内容で、特に有益な情報を得られるとかではないのだが、絶妙に私の行動とカブっていて驚く。
例えば、私がバイトを終え、クタクタで帰宅した瞬間「はあ〜、今日もお仕事疲れたぁ!」と呟いたり、お風呂に入ろうというタイミングで「そろそろお風呂入ろ〜っと」などと呟いたりするのだ。
どっかで見てんの?と言うくらいドンピシャのタイミングで呟かれる言葉に、私は驚き、恐れ、同時に強く興味を持つようになった。
ちなみに、私のアカウント名は《おにごろし》だ。酒好きなのと、本名の鬼塚さくらにちなんでつけたアカウント名だが、最近はアニメや映画が大ヒットした某人気漫画からとったのかともよく聞かれる。
この《おにごろし》は、小説投稿サイト《小説家になろうかな》での私のペンネームでもある。
私は子どもの頃から文章を書くのが好きで、創作時間が欲しいから、フリーターをやっているようなものだ。
両親は呆れながらも今のところは好きにやらせてくれているし、祖父などは「さくらは上手だからプロも夢じゃないぞ!」なんて応援してくれている。
トイッターのプロフィールを読んでみると、《いちごみるく》さんは、どうも二十代の会社員らしい。(鵜呑みにはできないが……)
『猫が好きで、小説を読むのも書くのも好き。《小説家になろうかな》に投稿しています。ペンネームは《いちごみるく》じゃなく、別の名前にしています。ときどきヒント出すから探してみてね』だって!
《小説家になろうかな》に投稿してるんだぁ。だから私をフォローしてくれたわけね。
私も《小説家になろうかな》の作家さん、何人かフォローしてるから……
私は彼女と違い、投稿サイトへのリンクを貼ってるし、トイッターもペンネームでやっている。
書いた作品を、より多くの人に読んでもらうための宣伝の場になればいいなあと思っているからだ。
書籍化作家になるのが密かな夢なんだよなぁ。
《いちごみるく》さんは、創作をあくまでも趣味と考えてるのかな?
でも、まあ、歳も近いみたいだし、猫好きで、同じサイトで小説書いてる仲間ってわけだし、何よりめちゃくちゃ気が合いそうだ。
妙に惹かれるものを感じ、私も彼女をフォローすることにした。
◇
今日はどんなこと呟いてるんだろ?
「今朝の朝食はパンケーキだったよ」……うわ! 私も同じだよ!
それからそれから? 猫がてゅーるを食べた? 同じくーー!ってそんなのどこの猫だって食うわな。猫はみんな大好きだっての!
でも、ちょっとリプライしてみようかな。
「うちの猫もてゅーるが大好きです」と。
あっ、ちゃんとまた返事が返ってきた!
「猫って、てゅーるが好きですよね」か。
うわ、ホントどうでもいいやり取り。でも楽しい!
「アイス食べたいなあ」「私も食べたい」
「もう寝ます」「私も寝るとこです」
◇
《いちごみるく》さんとの、そんなどうでもいいやり取りは、あれから毎日習慣化していた。しかし、彼女も私も、お互いにそれを楽しんでいたと思う。
でも、ときに行動がシンクロし過ぎていてやはり怖い。
私が、「猫に爪を研がれボロボロだったソファを買い変えたよ!」と呟けば、彼女も「うちも同じ理由で新しいソファを買ったばかりです」とリプライし、彼女が「久々に家族で焼き肉を食べに行った」と呟けば、「うちも家族で焼き肉でした! 楽しかったぁ!」と私からリプライした。
そんなやり取りがしばらく続いたある日、ついに彼女が何者かを知るための手掛かりの一端を掴んだのだ。
これが、彼女の言っていたヒントなのだろう。
「小説家になろうかなに投稿した和風ローファンタジーの連載が、日間ランキングで三位にランクインしました!」との呟きを見た瞬間、私はドキリとした。
私もさっきランキングを確認したばかりなのだ。
私の連載作品は異世界転生ものなんだけど、百位以内にも入っていなかった。まあ、激戦区だし、いつものことだしと、すぐにログアウトしたのだが、私はまたすぐ、《小説家になろうかな》にログインし、ローファンタジー三位の作者をチェックしてみた。
《にょろり》? ペンネームは《にょろり》さんなの? 変な名前。
でも、この人が《いちごみるく》さんなわけだよね。
まあ私も《おにごろし》だもんな。人のことは言えないか……本当はさ、《水無月美雨》と迷ったのよ。六月生まれだから。
まあ、それはさて置き、にょろりさんの作品、読んでみよ〜っと!
うーーん。さすが三位だな。上手いし面白い! でも、何だかこの作品、女の人が書いたようには思えない文章って言うか、ちょっとオッサンの気配すらするっていうか……
作者の情報見てみよう。
ああ、性別や年齢は非公開なのね。まあ、男であっても不思議じゃない。でもなぁ、《いちごみるく》だしなぁ。トイッターではすごく女の子らしい感じだしなぁ。
それにしても、このちょっとレトロな文体が逆に新鮮だし、和風ファンタジー感を盛り上げてるってとこもあるよね……私は妙に感心し、その作品をブックマークした。
そして、感想を書き込み、「私の作品も良かったら読んでくださいね〜」と、メッセージも送っておいたのだ。
《にょろり》さんの和風ローファンタジー連載は、その後もずっとランキング上位にいて、私もしだいにその作品の奇妙な味わいのファンになっていった。
◇
《にょろり》さんの作品は、毎日午後七時に更新されるようだ。
ちゃんと働きながらこれって凄くない? 書き溜めたものを少しづつ出してるんだろうか。それにしたって凄いよね。
その頃には彼女の作品を読むのが私の癒やしになっていて、コンビニのバイトから帰って夕飯と入浴を済ませるとすぐ、《小説家になろうかな》にログインするようになった。
もちろん、《いちごみるく=にょろり》さんとのトイッターでのやり取りも変わらず続けていて、「小説読んでますよ〜! 今回も面白かった!」などと呟くと、「ありがとうございま〜す♡」なんて返ってくるし、相変わらず行動はシンクロしがちだったし、私と同じ考えだなぁと共感することも多かったのだ。
自分の作品はどうしてるんだって? それはまあ、何とか頑張って、不定期ではあるが更新している。
《にょろり》さんみたいに、大勢の読者に応援されてたら、定期的に更新しなきゃって思えるんだろうけど……彼女を見習わなきゃね。
そんな変わらぬ日々を送り、いつの間にか年を越し、お正月が明けてしばらく経ったときのこと、我が家に思いがけない事件が起こった。
いつも元気な祖父が倒れ、入院してしまったのだ。
私はプラプラしてて時間があり余ってるだろうってことで、祖父の入院の手続きやら、着替えを届けたりやら、単に話し相手になりに行くやらを母から仰せつかり、けっこう忙しく動きまわっていた。
祖父は七十歳だが、年齢よりはずっと若々しく、小さな頃から私を溺愛してくれており、家族で一番気が合う相手だ。
だから、今回のことは心配で、とても趣味や遊びにかまけている気分にもなれず、この機会に目一杯お爺ちゃん孝行しようと、私は率先して病院へ通い詰めていたのだ。
そんないつもと違う生活に疲れていたこともあり、トイッターも《小説家になろうかな》もしばらく見ることなく、放ったらかしになっていた。
祖父は、あれこれ検査を受けはしたが、五日間入院しただけで退院となった。
結局、なんの事はない、睡眠不足と過労ではないかということだった。
なんで睡眠不足と過労? 家でゆっくり過ごしてるくせに。
でも、逆に何もせずゆっくりしてるから眠れないのかも知れないな。
何か一緒に楽しめる趣味なんかあればいいけど……
とはいえ、重い病気とかじゃなくて良かった。
これで安心してまた、小説を書いたり読んだりできるし、《いちごみるく=にょろり》さんとも楽しくトイッターでやり取りできそうだ。
私は久々にパソコンを開くと、まず《にょろり》さんの連載をチェックした。
あれ? 連載しばらく休んでる? 何かあったの? 《にょろり》さんの作品楽しみなのにどうしたんだろ? 心配になってきた……
あっ、トイッター! 《にょろり》さんが更新を休んでるとしても、《いちごみるく》さんとしての呟きはしてるでしょ? そう思ってトイッターを見てみたが、呟きもしばらく無いようだ。
「えーーっ、何があったの?」思わず口に出したそのとき、「ひさびさ〜!」と、《いちごみるく》さんの呟きが表示されたのだ。
うわっ!? なにこれ?
恐る恐る「どうしてたんですか?」と、リプライしてみると「ちょっと大変なことが……」とだけ返事があって、その日の呟きは、それが最後だった。
◇
翌日はバイトは休みだったのだが、妙に早く目覚めてしまい、布団の中で何気なく《小説家になろうかな》にログインしてみた。
えっ?!《にょろり》さんの連載が再開してる?
どうも明け方近くに更新したらしく、投稿時間がやたら早い。
《いちごみるく=にょろり》さん、大変なときに頑張って更新してくれたんだ。申し訳ないけど嬉しいなぁ……早速読んでみよう!
んんん? これは? なんか……急展開過ぎやしない?
「あれから、半世紀の月日が経ち……」って、月日経ちすぎだろ!
主人公が急にお爺ちゃんになってる! 孫いるし! 代替わりしてる! ドラ○ンボールかよ!
しかも、この主人公の孫ってのが、フリーター女子で、異世界に転生して魔物と戦う……って! 和風ローファンタジーから異世界転生ものに変わってるじゃん! にょろりさん、節操ないって言うか、なりふり構わん売れ線狙いだなぁ!
いや、これって……このお話って……この孫って……
私は、祖父の部屋の襖を、声も掛けずにスラリと開けた。
そこには、一心不乱にスマートフォンに何やら文字を打ち込む祖父の姿があったが、こちらに背を向けているので、どうやら私に気付いていない。
「お爺ちゃん」
「……」
「お爺ちゃんてば!」
「うおっ!」
「うおっ、じゃないよ! いつの間にスマホなんて持ってたの?」
「……」
「特に必要ないからいらん! なんて言ってたじゃん!」
「いや、な? この頃は俺の友達もけっこうスマホ持ってるからさ、連絡取り合うために買ったんだよ」
「……それだけじゃないよね」
「なにが?」
「……お爺ちゃんて《いちごみるく》さんで、《にょろり》さんだよね」
「なんだよそれ?」
「トボケたって無駄だよ。入院中、《小説家になろうかな》の連載止まってたし、再開したら私の連載の設定丸パクリじゃん! 今のそれ、お話の続き書いてるんでしょ? それともトイッター?」
「私の行動や言動が筒抜けなのもおかしいと思ってたんだよね!」
「……バレちゃしょうがねえな……そうだよ。俺が《にょろり》で《いちごみるく》だ」
「……大ファンなんですぅ!って言いたいところだけど、なんで?!」
「なんでってそのぉ、何から説明して欲しい?」
「じゃ、まず、トイッターから。《いちごみるく》さん、どうぞ!」
「う、うん。あれはだな、ただ単にお前をからかって遊んでただけだ」
「はあ? なにそれ……」
「いや、《小説家になろうかな》に書いてるヤツら、けっこうやってるだろ?トイッター。俺もちょっとやってみたくなって、ついでにお前と遊んでやろうと思ってな、ちっちゃい頃みたいに」
「えーーっ! そんな理由だったの?」
「楽しかったろ?」
「……まあね。でも、ちょっと怖かったよ! それに変なこと呟かなくて良かったよ」
「わはは! そうだな!」
「じゃあ、次は《小説家になろうかな》の《にょろり》さんに聞くよ!」
「お、おお」
「なんで私の連載の設定パクったの?」
「はあ? なにがパクリだ。あんなのテンプレだろ?」
「う、ぐ、そうだけどさぁ。それでもけっこうアレンジして書いてるつもりだよ!」
「そりゃ悪かったな……本当にすまん!」
「はぁ……とりあえずそれはもういいよ。でもさぁ、なんで《にょろり》? なんで《いちごみるく》?」
「何でって、爺ちゃん蛇年だし、いちごミルク好きなんだもん」
「はぁ、なるほど。そのまんまなんだね」
「うん。凝った名前も考えたんだけど、葉月夏とか……」
「……八月生まれだから?」
「そうだよ」
「やっぱり。血は争えないね……」
「?」
「でもさ、お爺ちゃんの作るお話、めっちゃ面白かった。なんであんなに上手いの?」
「そりゃお前、俺、若い頃は作家になりたくて、趣味は書くことだったんだ。それじゃ食ってけないから、普通に勤めて書くのやめちまってたけどな……」
「そうだったの?! 知らなかった……」
「そしたらさ、お前が物書き目指してるって言うから、爺ちゃん内心嬉しくて、羨ましくてさ、腕試しって言う意味も兼ねて、おんなじとこに投稿してみたってわけだ」
「はぁ、なるほどねぇ。でも、パクリは良くないと思うよ」
「蒸し返すなぁ。だってよぉ、さくらこの頃怠け気味だし、なんか展開がもたついてて焦れったかったから、ひとつ俺が手本を書いてやろうと思って、ついつい出来心起こしちゃってさ」
「だからってあんな急展開ないよ……私、普通にお爺ちゃんの作品、楽しみにしてたのに……」
「そっ、そうだったのか? すまん! 確かになあ、感想欄大荒れだもんな。まあ、そんなんでめげる爺ちゃんじゃないけどな!」
「ちょっとは凹みなよ! 書き直して投稿しな! て言うか、今回のは普通に別作品として投稿してよ。異世界転生ものも上手だと思うよ。なんかちょっとやっぱりレトロだけど……」
「わかったよ。そうする」
「でも、もう夜更かししちゃダメだよ。根を詰め過ぎてもダメ! また倒れちゃうからね!」
「……わかったよ。さくら、ありがとな」
「あと、主人公の名前、《鬼ごろしのさくら》はやめてね」
人間の意識は、深いところで繋がっていると聞いたことがある。
今回みたいに、相手が祖父じゃなく、赤の他人だとしても、どこかに自分と同じ時、同じように考え、同じように行動する人がいても、なんら不思議ではないのかも知れないなぁ。
「事実は小説より奇なり」そういうことってあるもんだ。
凄いお爺ちゃんと言えば、私がちゃんとパソコンの使い方を習ったのは数十年前、当時八十代の方からでした。
その方、パソコンが家庭に普及し始めてすぐ、趣味で習い始めて講師になったとかで、ご自宅で教えてらっしゃったんですよ。
そういう凄い方、実際にいらっしゃるんですよね。