第二話 (busted)ジョンは流浪人、また……流れるでござる 1
「クビよクビよクビよ!!」
豪奢な広間に金切り声が響く。
「アンタなんの役にも立たないじゃない!? 何が『神遣の英雄』よ!」
ジョンは意匠を凝らした椅子に座った、紫のドレスで着飾る赤髪の女に詰られていた。
「ワタシはルヴァの瞳や赤翼、鉤爪を集めてこいと言ったのよ? 誰が鱗の一つも残さず殺してこいと命じたの!?」
「申し訳ない、あの赤竜、皆の話に聞いていたよりずいぶん脆くて……」
「言い訳しないで! 英雄なんでしょ!!」
ジョンは赤髪の、壮麗な、妙齢の女──アイリーズ女侯爵フレーゼに命じられ、赤竜ルヴァの身体から素材を採取するため狩りに向かったのだった。
しかし……ジョンは、強過ぎた。それでいて、獣を適切に屠り素材を得る術を持たなかった。そんなジョンが赤竜狩りに行った結果、赤竜数体がチリと消えたのだった。
つまり、狩りは完全に失敗……ジョンはそのことを詰られているのだ。
「ワタシのために装備宝飾を造ってみせろ、とまでは言わない。けれど、せめて素材集めくらい難なくこなしてくれないと、アンタみたいな馬鹿力には使い道がないのよ!」
もちろん、今回のそれは初めての失敗ではない。
最初にこの城に降臨した時は、正門に大きな風穴を開けてしまった。
女侯爵お付きの騎士と訓練し、十数名を骨折させるなど重傷を負わせてしまった。
盗賊団の討伐に付いて行くと、大規模な土砂崩れを起こし金品の大半を埋もれさせてしまった。
ジョンは、自身に植え付けられた『英雄的な力』を明らかに持て余していた……
さて、女侯爵は眉間に縦ジワを寄せている、相当怒っているらしい。側で控える侍従長も目を泳がせるばかりで、令嬢らしからぬ言葉遣いになってしまっていることすら指摘しようとしない。
「しかし私の力ならば、侯爵殿に仇なす万の敵をも……」
そうは言っても、私には武力の他に何もない……ジョンは己の剛力をアピールするほかないと考え、言い訳をする。
「敵? ワタシの敵!? アンタに倒してもらわなきゃいけない敵、それは誰なのよ? 思い当たる候補がいるなら、言ってみなさいな」
「そ、それは……」
困った。ジョンには答えが思いつかない。
この歳若い女……世襲による部分も大きいとはいえ、未婚でありながら女侯爵の位にある。貴族社会では聡明にして優美な一輪の菖蒲と評される、北方大公の娘……大公の愛情を独占する筆頭後継者。その家格も権勢も、飾りではない。
頭の上がらぬ相手といえば直系王族くらいのもので、この国……大陸全土を統一して久しいこのホワイトサイド王国には、彼女が武力で屈服させるべき相手などいないのだ。
それはジョンにも、女侯爵に仕え過ごした短い日々でも十分に実感できていた。
「ワタシに刃向かう者、ワタシの敵なんて……太子さまにまとわりつくメス蝿くらいしかいないわ!」
「太子様? ……ああ、やっぱりねぇ」
「太子様って、例の……?」
周りを囲っていた侍従たちからささやき声が漏れる。
「あ……!? え、えっと、その…………」
女侯爵は失言に気付いたのか、顔を赤くして顔を下げ、言い淀んでいる。
その失言は、ジョンにとっても少し痛かった。
女侯爵殿とはいえ、可愛らしい、愛おしい御方と思っていたが。当然かもしれないが、この方の心中に私はいない。
ここでは、私が得られるものも……特に無いのかもしれない。
そう思い悩んでいるうちに……女侯爵が一つ咳払いをしてから顔を上げ、私を見据えて言った。
「とにかく、結論としては……アンタにここで働いてもらうのは、もう終わりにしたいの」
busted:壊した、だめにした、降格した、など
Busted:?