宇宙アイスクリーム
Twitter #三日月図書館 企画様より、7月のお題『アイスクリーム』をテーマに書きました。
「宇宙アイスクリーム?」
彼の言葉に、私は思わず聞き返した。
「そう、『宇宙アイスクリーム』。宇宙空間ってめちゃ寒いじゃん? その冷気で作ったアイスクリームらしいよ」
なんとも彼らしい、頭の悪そうな説明である。だが無邪気に語るその笑顔から察するに、彼にとっては夢溢れるような代物に映ったようだ。
そういえば、と部屋のベッドの方を見れば、ベッドサイドにはSF映画のキャラクターのフィギュアがいくつも鎮座している。極彩色のクリーチャーや毛むくじゃらエイリアンやらの人形達と目が合ったような気がして、私は慌てて彼へと視線を戻した。
「言っちゃ悪いけど、無駄に壮大な作り方のアイスクリームね」
「なんでも、アレにくっ付けて宇宙に持っていくから、思ったほどは手間がかかってないらしいよ」
そう言って彼は、壁に掛けてある1枚の写真を指差す。赤茶の大地から天まで伸びる銀色の巨大な柱――昨年二人で行ったアメリカ旅行で見てきた『宇宙軌道エレベータ』だ。
地上から衛星軌道まで直通のエレベータを作るというビックプロジェクトは、天文学的莫大な費用と五十年の歳月を掛けてようやく完成した。しかし余りにも高すぎる運賃のせいでまだごく一部の国際機関の研究者や好事家しか乗ることができていないと噂で、実際私たちも遠目で見る事しかできなかった。
最も、それでも彼は大興奮だったが。
「いやそれにしたって……なんだか、悪戯にコストがかかるようにしか思えないんだけど」
「まぁね。実際、ひとつ一万二千円したし」
「い、一万二千円⁉」
手渡されたパイントサイズのカップアイスクリームをみやり、ごくりと唾を飲み込んだ。思わず落としそうになったが寸前で堪えた自分を褒めてあげたい。
確かに彼は『欲しいと思った時が買い時』が信条の浪費家だが、消え物にこの金額とは――なんともぜいたく品ではないか。
「そりゃまた、随分と高級品だったのね。そんな貴重なもの貰って良かったの?」
「もちろん! ロマンは誰かと分かち合ってこそだからな」
眼前の満面な笑みとは裏腹に私の方は未だノり切れていないが、そう言うのであれば有難く頂こうではないか。何しろ、自分では絶対に買わなかっただろう貴重品なのだから。
それに、『宇宙』に対しては彼ほどの興味を持っていないが、このバケツ大のカップを抱えて独り占めするというのは、『アイスクリーム』好きの私にとっては文字通り垂涎もののシチュエーションである。
一方彼はと言えば、早速とばかりに蓋を開け満面の笑みで一口ほおばっている。
「あ、ちょっともう! 私も私も、いただきますっ」
部屋の冷房の温度を一度上げて、私も続いて蓋を開けた。宇宙船の気密扉風のその蓋は、値段を聞いたせいか見た目以上に重たく感じる。
さらに内側の『COSMIC ICE CREAM』とSF感満載のロゴが印字された内蓋をめくると――
「うわぁ……きれい」
中身を一目見て、私の口から感嘆が漏れた。
現れたのは、深紺地に薄青・薄桃・濃紫・白など様々な色が交じり合い、大小いくつも渦を巻くマーブル模様。全体的に寒色系が多いのは、やはり宇宙空間をイメージしているんだろうか。
そこに全面にちりばめられた、キラキラと光る大小の欠片。恐らく砂糖をまぶしたクッキーかビスケットなのだろうが、それがまさに宇宙に広がる星屑のように見える。
そして不思議なことに、見る角度を少し変えると室内の光を反射するだけでなく、アイスクリーム自体も少し色が変わったように見えた。
立ち上る冷気に誘われて、このアイスの宇宙の中に吸い込まれてしまいそうな錯覚すら覚える。
だろう? と、彼が得意気に破顔する。値段に見合うかはともかくとして、これは確かに特別なアイスクリームだ。
「うん、これは凄いわ。正直言って、見たことがないほど綺麗なアイスクリーム、だと思う」
「見た目だけじゃないぜ? 溶ける前に、早く食べなきゃ」
そう言われれば、否が応でも味への期待も高まる。そうね、と気を引き締めて大きいスプーンを握りしめる。
――まずはここから。端の銀河から攻略していくこととしよう。
さくり。
砂を踏むような軽い音と共に、ステンレスが薄桃色の銀河に降り立つ。
躊躇はしない。力をこめ、めいっぱいのひと匙を掬ってやった。
スプーンの上の小山を横から見れば、薄桃の銀河の下には全く違う模様が埋まっていたことがわかる。宇宙の一部を切り取ってやった気分だ。
じっと見とれていると、表面がしっとりと汗をかきトロリと崩れ始めてきた。
宇宙がこぼれ落ちる、なんて詩的なことを言っている場合ではない。私は、慌てて口にスプーンを突っ込んだ。
「なに、これ……」
彼の言った通りだった。いやむしろ、味こそ凄かった。
口腔内に心地よい冷気が満ちるのと同時に、舌にまず感じるのはミルクの濃厚なコクと甘味。見た目とは裏腹にオーソドックスなベースのようだが、おそらく質は相当に上等だ。
間髪入れず飛び込んでくるのは、ほのかな酸味と強烈な甘み。その刺激で反射的に奥歯を噛み締めれば、カリっと軽やかに何かが崩れる食感。これはあの『星屑』だろうか。小気味よい感覚と共に残るほんの僅かな苦みと一気に膨らむ芳ばしい香りを追っているうちに、先の強い甘味は不思議なほどすっと消えている。
衝撃の一口に顔を上げると、彼と視線が合った。彼もまた目尻を下げ、恍惚といった表情を浮かべて震えている。
「な? 凄いだろ!」
「ごめん、実は全く期待していなかったんだけど、これめっちゃ美味しいわ……」
「へっへっへ。ほらほら、他のところも食べてみろよ。これまた全然違う味なんだよ!」
そう促されるまま、私自身も高まる期待と共に次の一口を力強く掬う。
今度は薄青色の銀河にするとしよう。
としゃり。
薄氷を割るような感触と共に銀河がスプーンに満ち、そのまま口へと滑り込ませる。
広がるのはレモンのような鋭い酸味とそれを支える控えめな甘味。そして僅かばかりの塩味とピリリとした辛味。
それがかき氷のような食感と共に溶けて消えていく。遅れて鼻を通り抜けるのは、ミントに近いスッとする独特な香り。
これもまた絶妙なバランスで、格別に美味しい。
しかもさっきまで口に残っていた濃厚なミルク感をさっぱりと洗い流し、見事に別の『宇宙』へと行くことができている。
「……ん?」
爽やかな味と氷の感触を味わっていると、奥歯にまた別の食感が訪れた。
確かめるように歯で押すと、くにゅりと緩やかに弾力を持って反発してくる。これは、グミだろうか?
力をこめてソレを噛み締めれば、ぷつりと千切れる感覚と共に新たな味が染み出してきた。
舌にねっとり纏わりつく甘味と苦み、そして若干の生臭さ。今まで『アイスクリーム』では感じたことがない味覚だったが、未だ残る他の味と意外にもマッチングしている。
そういえば、どこかで『イカの塩辛をトッピングした珍味アイス』というのを聞いたことがあるが、近い感覚なのかもしれない。
それにしても、一つのアイスカップの中でこうまで違う味が共存してるのは初めての体験だ。
その後も甘酸っぱく伸びる食感の藍色・花のような香りと蜜を思わせる甘味の緑色・口の中でパチパチと弾ける刺激的な黄色等々――私達はやいのやいの言い合いながら、夢中で色とりどり様々な味と食感の宇宙を攻略していく。
そして時折ポットから熱いほうじ茶をつぎ足し飲みながらも、あれだけ大きかった宇宙アイスを気が付けばあっという間に食べきってしまっていた。
「いやー、食った食った! 一気に食べきったな」
「……ん。ごちそうさまっ! ほんと美味しかったわ、ありがとう」
「はいよ、どういたしまして」
「いやでも、美味しかったけど……どれもこれもすごく不思議な味だったね。普通のフルーツとかともちょっと違う気がするし」
原材料はなんだろう、とカップの側面をぐるりと見まわすが、それらしい情報はどこにも書かれていない。
「さぁ?」
「さぁ、ってあんた……そんなわけわからない物に、よく大金払えるわね」
「いや君こそ、そんなきれいに食べきっておいてよく言うよ。まあでもほら、謎なところも『宇宙味』って感じで面白いじゃん?」
つくづく、ポジティブで羨ましい男である。そういう所は、何でもかんでも細かいことが気になってしまう私と正反対。
でも、だからこそ――
子供のような笑みでこちらを見ている彼を見返して、悔しくも愛しさが湧き出してしまう。
常にロマンの世界に生きている彼は、少しでも『楽しそう』と思ったことには躊躇なく飛び込んで行き全力で楽しむことができる人だ。
石橋を叩くばかりで踏みとどまりがちな私を、いつもこの笑顔で強引に巻き込む。恋人という関係になってからもう五年経つが、出会ってから今までずっとこの調子で、この無尽蔵のエネルギーはどこから湧いてくるのか不思議でしょうがない。
「まぁ確かに、ね。あんたのいつも言ってる『ロマン』ってやつが、今日ばっかりはちょっとわかった気がしたわ」
「そりゃよかった。いつも俺の宇宙ロマンに付き合ってくれてるからさ、アイスなら君も楽しめるだろうと思ってね」
勝手なようでいながら、こういう実は細かい気遣いをさらりと見せるところが憎たらしい。
「それに、この『宇宙アイスクリーム』はクラウドファンディングも兼ねているんだよ」
「クラウドファンディング?」
「軌道エレベータのね。民間人でも気軽に乗れるようにするために、日本でも色々と動いている企業とか団体があるんだよ。それで、中には投資するとこうして報酬が貰えるものもあるってわけさ」
「へー、なるほどね」
「だってほら――」
首を傾けた彼の視線を追うと、その先は壁のあの写真。
「今度こそ二人で、宇宙を見に行きたいからな」
そこで、私は気が付いてしまった。
なんだ。写真の中の私ったら――彼に負けず楽しそうに笑っているじゃないか。
「次は私も買おうかな、『宇宙アイスクリーム』」
そりゃいいやと彼が満面で笑い、カップの底に残ったピンク色の宇宙の雫もゆらりと揺れて歓迎してくれたような気がした。
だがしかし。
如何ともし難い不都合な事実もある。
まぁ、アイスクリームをこれだけ一気に食べたのだ。至極当たり前かもしれないが――
「……ごめん、トイレ……貸して」
彼の苦笑混じりの「行っておいで」を背に。
私はトイレの扉を勢いよく開けたのだった。
□■□■
「……とりあえずは、なんとかなりそうですね」
「本当、一時はどうなることかと。このデカブツが、ただのオブジェになるところでした」
「仕方ないです。まさか、軌道エレベータのモーターが駆動した途端、その電磁波で宇宙生物達が群がって来るなんて誰も予想できませんって」
「本当に地獄絵図でしたよ。この宇宙駅のガラスに次々と突進して潰れていく色とりどりの生き物達……」
「……やめてくださる? 思い出したくもないわ」
「はっはっは。まさに『事実は小説よりも奇なり』とは、この事かもしれん」
「笑い事じゃありませんよ、まったく。宇宙生物が四六時中ガラスに衝突する宇宙駅なんて、誰が来たいと思います? 銀河を眺めるどころじゃないですよ」
「ま、実際奴らの死骸と汚れで、全く見えなくなってましたがね。ありゃ、まるでスラム街の落書きでしたぞ」
ビィーーーーッビィーーーーッビィーーーーッ
「――お、収集機が戻ってきたようですね。さて、今日の回収率は……うん、上々です」
「せっかくアレを駆除できても、死骸を回収しない事には景色も曇ったままですからね」
「まさか宇宙駅で光化学スモッグを体験するとは思わなかったわ」
「原理的にはスモッグというよりは、赤潮の中にいるとかの方が近いかもしれませんけどね」
「しかし、回収した死骸のコンテナで倉庫が埋まり始めたときは、それこそ頭を抱えたがな」
「私はあの時こそどうなる事かと思いましたよ。宇宙生物らしいというかなんというか、無駄に熱に強いせいで、地球へ適当にばら撒くこともできませんでしたからね。本当こればっかりは、あの『イカれた日本人』に大感謝です」
「おいおい、馬鹿言え。日本人は蛸を生で食うんだぞ? 根っこからイカレてやがるんだよ」
「見た目とか云々(うんぬん)より、熱に強すぎるアレを食べてみようって発想がやばくないですか? 検査して問題なさそうでよかったですけど」
――カリッカリッ
「んぐ。そうっすかねぇ」
シャクシャクシャク
「噂をすれば、だな」
「……あの、念のため聞いておきますが、今度は何食べてるんですか?」
シャクシャク、ゴクリ
「――ぷはぁ。あ、これ? 新作の『宇宙スナック』っすよ。コーンの粉と宇宙生物の粉末を混ぜてサクッと揚げたんす。虹色っぽくて、見た目もファンシーで結構良くないっすか?」
「うえぇ……」
「マジかよ……」
「いやいや、今度もちゃんと美味いんすよ? 軽やかに香ばしくてほんのりスパイシーで。それに、そういう皆さんもアイスクリームは食ってたじゃないっすか」
「まぁ、ね。あれは見た目がキレイだし、宇宙生物感は無いじゃない?」
「食ってみたら意外と美味かったしな、悔しいが」
「でしょう? 先入観がいけないんっす。一応、アイスクリームなら受け入れられ易いだろうって狙いもあったんすけどね」
「……流石に『宇宙生物入り』とは書けなかったですけどね」
「そりゃそうだ。とはいえ、『宇宙アイスクリーム』はびっくりするほど売れたからな。感謝はしてるよ。おかげで当面の資金問題もゴミ問題も、一挙に解決しそうだ」
「あ、そういえば今週分のアイスクリームはちゃんと届いたみたいですね。SNSでもかなり盛り上がってますよ」
「よぉしよし。この調子で、宇宙生物を綺麗に掃除して、せいぜい有効活用させてもらおうじゃないか」
はっはっはっは……
「あ、一応便秘にめっちゃ効果あるみたいっすよ。宇宙生物が腸内細菌みたいに悪いもの食ってくれるんじゃないすか?」
「……えっと、それマジ?」
如何でしたか? 楽しんでいただけましたら幸いです。
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