8話 新年を迎えて
元旦の朝は、そのまま紫苑と毛布にくるまりながらソファの上で迎えた。
俺の胸で眠っている紫苑の目尻には、うっすらと涙の乾いた白い跡。
でもその表情はとても穏やかに見えて…… 半開きの口からはよだれが垂れて、初めて見る紫苑の子供っぽい表情に驚かされる。
おでこならチューしていいかな…… かなり無防備ですよ? 紫苑さん。
「ん…… ダメ…… 」
はい! ダメですよね! って、何の夢を見てるのか知らないけど、タイミング良すぎる寝言だ。
家でも緊張を緩める事が出来なかったんだろうな…… あどけない寝顔を見るとそう思えてくる。
紫苑がクールで大人っぽく見えていたのは、そんな自分をひた隠しにしたかった表れなのかもしれない。
紫苑を起こしてしまわないようにソファから抜け出し、カーテンの隙間から外を見てみる。
思いの外積もっていた雪は一面を銀世界に変え…… と言ったら北海道の人に怒られるかもしれないが、拳が埋まるくらいは積もっていそうだった。
「これは鍵を見つけるの、苦労しそうだな 」
明るくなってから探そうと思っていた紫苑自宅の鍵だったが、これでは雪に埋もれて捜索難航必至だ。
「おはよ…… 橙馬君 」
紫苑がソファに寝転がったままこっちを見ていた。
「ありゃ、起こしちゃったか。 ゴメンな 」
『ううん』と笑顔を見せる紫苑は、すっぽりと毛布にくるまって頬を赤くし、なんだか凄く可愛い。
「すっかり積もっちゃったみたいだ。 鍵を探すの、ちょっと苦労するかも…… 」
「あ…… それなんだけど…… 」
紫苑はソファの横に置いてあったバッグから、クロネコのキーホルダーが付いた一本の鍵を申し訳なさそうに取り出した。
「うぇ? その鍵、家の? 」
「ごめんなさい…… ここに来るのに、何か理由が欲しかったの。 同情を誘って家に転がり込むなんて、嫌な女だよね…… 」
端から見たらそうかもしれないけど、俺には可愛いワガママ程度にしか思わない。
「早く言ってくれればいいのに。 だから時々ソワソワしてたのか 」
昨日の紫苑はなんとなく落ち着きがなかった。
「それは、その…… トランクスって初めて着たから、スースーして落ち着かなくて 」
あ…… 紫苑の服は昨日全部洗濯機に突っ込んだままだっけ。
「忘れてた! すぐ出してくる 」
慌てて脱衣所に向かおうとすると、ソファ越しに紫苑に腕を掴まれた。
「だ、ダメだよ! 下着も全部入ってる! 」
あ、そうか…… この辺は菜のはの感覚で接しちゃダメなんだ。
「もうちょっとだけ…… この服着てていい? 」
紫苑は手が隠れるくらいダボダボのパーカーで、顔を赤らめながら上目遣いで聞いてくる。
反則ですよ紫苑さん…… 俺にはそのお願いを断る理由はない。
「構わないけど、菜のはにはバッグの底から出てきたって言っておいてくれよ? 」
そう返事をして俺は雑煮の準備に入った。
醤油ベースの出汁になるとと青菜を入れ、焼いた餅を入れるだけの一般的なものだ。
「あけおめー! お兄ちゃん、紫苑さん! 今年もよろしくお願いします! 」
起きてきた菜のはは挨拶もそこそこに、風呂場へと直行する。
「あ、お兄ちゃん。 妹の新年初裸、今年も見る? 見ちゃう? 」
「毎年見てる見たいに言うな。 ほれ、一番風呂行ってこい 」
『はーい』と元気よく戻っていった菜のはに、紫苑は呆気に取られて何も言えなかったようだ。
「…… 新年からパワフルだね…… 」
「いつもの事だよ。 仲良くできそうか? 」
紫苑は『大丈夫!』と鼻息を荒くし、『よし!』と気合いを入れてリビングを出ていった。
昆布で出汁を取りながらその背中を見送っていると、紫苑はふと立ち止まって俺に振り返った。
「そういえば新年の挨拶、まだだったね 」
「そういえばそうだったな。 今年もよろしくな 」
「よろしくお願いします、旦那様! 」
ニコッと笑った紫苑は、菜のはの後を追いかけて風呂場に行ったようだ。
今の発言…… お付き合いしますってことでいいんだよな?
紫苑の自宅の鍵の問題は解決した。
次はどうやって紫苑の家庭を潰さずに、紫苑が安心して眠れる環境にするかだ。
結婚するにしたって俺がまだ17歳…… 誕生日が7月だからまだ半年以上ある。
それに未成年の結婚は親の同意が必要な筈だ。
仮に親父を説得出来たとしても、佐伯家が許さないだろう…… 成人が18歳になる法律がもう少し早ければとも思ったが、実際はそんな簡単なものじゃない。
「紫苑の父親のヤバい趣味を止めさせるのが現実的だよなぁ 」
でも、一家庭の問題にどうやって切り込む? 俺1人じゃとてもじゃないが力不足…… 警察に頼るか? ん? 警察?
「上がったよー! 」
菜のはを先頭に、ホカホカになった二人がリビングに戻ってきた。
紫苑はなんだかぐったりとしている…… 風呂場で何かあったのか?
「お兄ちゃんお兄ちゃん、紫苑さんのおっぱ…… むぐっ! 」
「ストーップ! 」
紫苑が慌てて菜のはの口を塞いだ。
「な、なんでもないよ! ちょっと女のコの話だから! 」
気にはなるところだけど、とりあえず苦笑いをする紫苑と同じ顔をしてみた。
「ぞ、雑煮すぐ食べれるぞ。 二人とも餅は何個にする? 」
「私2つ! 」
菜のはは我先にとキッチンに飛んでいく。
「私も2つにしようかな。 とっても美味しいよって菜のはちゃんが言ってたよ 」
「普通の雑煮だけどな 」
二人のテンションが少し高いのは俺の気のせいだろうか? 裸の付き合いっていうのは、女も男も変わらないのかもしれない。
二人は出した雑煮をペロっと平らげ、この後皆で初詣に出かけようという話になった。
菜のはを見ていると、どことなく無理に明るく振る舞っている感じ…… 楓の時のような失敗をしない為にも、紫苑との事は早めに話しておいた方が良さそうだった。
「紫苑さんは家族では初詣行かないんですか? 」
うっ…… いきなり脇腹をえぐるような菜のはの質問が紫苑に浴びせられる。
「う…… ん、そうだね…… 」
苦笑いの紫苑は、まだ菜のはには身の上を話したくない様子…… 怖いんだろうな、やっぱり。
「紫苑…… ツラいと思うけど、俺は菜のはに隠し事はしたくない。 話してやってくれないか? 」
ピクッと体を強張らせる紫苑に、菜のはからも笑顔が消えた。
「紫苑さん、ウチに来たのも何か訳アリなんですよね? お兄ちゃんにすがりたくてここに来たんですよね? 」
少し責めるような口調の菜のはに、紫苑は何も言えずに怯えた目をしていた。
「私は貝塚燈馬の妹です。 私だって蚊帳の外はイヤなんです…… 信用してもらえないのなら、お兄ちゃんを渡すことなんて出来ない! 」
渡すって…… その言葉にもビックリだけど、菜のはが既に紫苑を俺の彼女として見ていた方がビックリだ。
「大丈夫、菜のはは思ってるほど子供じゃない 」
後ろに回って両肩に手を添えてやると、紫苑は俺を一度仰ぎ見て、意を決したように菜のはに向かい合った。




