5話 大晦日の尋ね人
冬休みに入り、クリスマスに年末年始と世間は何かと忙しい。
大晦日の貝塚家はと言うと、大掃除もほぼ終わって菜のはと一緒に借りてきたDVDを観賞中だ。
親父は去年休んだ分、今年は勤務で横須賀に停泊中の護衛艦に乗っているらしい。
楓は宣言通り冬休みに入ってすぐ、持てるだけの荷物を持って母親の元に向かい、久々に静かな日々を過ごしていた。
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんだったらどんな特殊能力がいい? 」
借りてきたDVDの内容は、女子高生が罰として教室の掃除をしていた所を、幼馴染の男の子と共に異世界に飛ばされてしまうというもの。
お約束の特殊能力を引っ提げて無双するアニメだけど、主人公には翻訳スキルしか与えられなかったという設定だ。
「そうだな…… テレポートなんか面白そうだなぁ。 どこにでも瞬時に行けるとか、便利そうじゃないか? 」
「えー? 異世界だよ? もっと現実から離れようよ! 」
菜のははもうDVDに出てくる浮遊大陸の住人らしい。
「じゃあお前は何がいいんだ? 」
「空を飛んでみたいな! いや、やっぱり言葉が通じるのは最強なのかな…… 」
確かに外国に行って言葉に不自由しないのは強みだなぁ…… 菜のはとそんな話をしながらそのアニメを見続け、気が付けばもう紅白歌合戦が始まる時間になっていた。
「菜のは、晩飯にするか? 」
「うん、私生ハム楽しみだったんだぁ! 」
夕飯はオードブルで軽く済ませ、後で年越し蕎麦を茹でるつもりだ。
昨日買っておいた生ハムをスライスし、枝豆やチーズやサーモンのマリネ…… 作るのが面倒なので惣菜物ばかりだけど、年末くらいはいいだろう。
「ん? お兄ちゃんスマホ鳴ってる 」
テーブルの上に置いた俺のスマホを覗き込んで、菜のはが一瞬顔をしかめた。
戻ってスマホの表示を見ると、電話の相手は紫苑だった。
前から感じていたが、菜のはは紫苑が少し苦手らしい。
ー 佐伯…… です。 ゴメンね、大晦日のこんな時間に電話して ー
「いや、全然構わないけど 」
ー うん…… その…… き、去年はお世話になりました! 今年もよろしく…… ー
まだ年越ししてませんが? なんだかかなり動揺している様子…… 大丈夫か?
「どうした? 何かあったんだろ? 」
ー …… わかるんだね ー
「そりゃな。 随分キョドってるし。 まさか…… また襲われたとか!? 」
嫌な予感がして聞いてみると、『違う違う!』と慌てて否定してホッとする。
ー あのね…… 家のカギをなくしてしまいまして…… その…… ー
家のカギを、なくした? え?
「いや! 大晦日なのに両親とか家にいないのか? 」
ー う…… ん、パパの実家の北海道に行くんだったんだけど、冬季講習あるから私だけ残ることにしたの。 今日も講習受けて、家に入ろうとしたらカギが見つからなくて ー
「ヤバいじゃん! カギ探すの手伝いに行こうか? 」
側で聞いていた菜のはが、ちょっと頬を膨らませて俺をジロッと睨んできた。
ー ありがとう。 でも明るくなってから探せば見つかるかなって思って…… 一晩、泊めて貰えると嬉しいなぁ…… なんて ー
申し訳なさそうな紫苑の声に、トクンと胸の奥が跳ねる。
「わかった、迎えに行くからちょっと待ってろよ! 」
ー だ、大丈夫だよ! ありがとう、これから向かうね ー
少し明るくなった紫苑は、そう言って一方的に通話を切ってしまった。
外はもう真っ暗で、紫苑の自宅から俺の家までは商店街を抜けてくるのが一番速い。
だけど一度商店街でナンパされている事もあって、俺は不安で仕方がなかった。
「ゴメンな菜のは。 相談もなしに勝手に決めて 」
不満そうにテレビ画面を見つめる菜のはは、軽くため息をついて俺に笑顔を向けた。
「仕方ないじゃん。 せっかくの家族水入らず…… とは思うけど、それを優先して路頭に迷ってる紫苑さんを見捨てるお兄ちゃんはもっと許せないもん 」
「…… すまんな 」
「ホントそういうところ、パパにそっくりだよね。 お兄ちゃんも自衛隊に就職したら? 」
パクパクとチーズを口に放り込む菜のはは、モヤモヤの矛先をどこに持っていけばいいのか分からないといった感じだった。
思わず菜のはの頭に手を伸ばすと、『子供じゃないもん』と余計拗ねてしまう。
菜のははおもむろにスティック菓子を口に咥えて、『ん!』と俺に向かって突き出してきた。
ポッキーゲームか? 妹相手にこれをやれと? 懸命に無表情を作ってはいるけど、内心はかなりドキドキしてるんだぞ……
「ん! 早く! 紫苑さん来ちゃう! 」
怒りながら駄々をこねる菜のはに負けて、俺は恐る恐るスティック菓子の反対側を食べ始めた。
徐々に近づく菜のはの顔に、俺の緊張もマックスになる。
「妹だから仕方ないんだもん…… 」
スティック菓子が短くなり、あと数センチのところで菜のはがボソッと呟いた。
菜のはの方から顔を寄せ、チュッと軽く唇が触れる。
「ふーんだ! お兄ちゃんなんか大っ嫌い! 」
そう言って菜のはは頬杖をついて、ニヤけながらテレビにかじりついた。
あの…… 菜のはさん? あまりエスカレートするとお兄ちゃんの理性がぶっ飛んでしまうかもしれませんよ?
惚けて菜のはを見ていたところでインターホンが鳴った。
「こ…… こんばんは…… 」
急いで玄関を開けてやると、白い息を弾ませて肩に少し雪を積もらせた紫苑が、恥ずかしそうに苦笑いしていた。




