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2話 進路の理由

 後期の中間テストを終え、俺はその後の二日間を風邪で休んだ。


「バカね、だから無理するなって再三忠告したのに 」


 ベッドの横で俺の看病をしてくれている楓には悪いが、正直言って迷惑だ。


 学校で話が出来る仲間が出来たことが嬉しいらしく、茜ちゃんはあーだとか桃ちゃんはこーだとか…… 俺はその二人の風紀委員兼二ノ宮親衛隊には興味ないし、今は眠らせてくれ……


「楓さーん! お買い物ー! 」


 菜のはが階段下から楓を呼ぶ。


 ナイス菜のは! お兄ちゃんの危機を何気に救ってくれる頼もしい妹だよお前は。


「はーい! じゃあ燈馬、ちょっと夕飯の買い物行ってくるから大人しく寝てるのよ? 」


「おー…… 気をつけてなー 」


 言われなくても大人しく寝るわ! ――というのは後がめんどくさくなるので言わない。


 楓がゆっくりと俺の部屋を出て行った後、何やら玄関で誰かと話しているような声が聞こえた。


 ああ…… 眠い…… 静かになった部屋と、薬が効いてきたせいもあって、俺はすぐ眠りに落ちて行った。




 ふと頭にかかるヒヤリとした感覚に目を覚ました。


「あ、ごめんなさい! 起こしちゃった 」


「…… あれ…… 紫苑? 」


 楓がいつの間にか紫苑と入れ替わっていた。


 見間違いかと目をパチパチさせたのが紫苑には面白かったらしく、クスクスと口に手を当てて笑っていた。


「君の大好きな紫苑ちゃんがお見舞いにきましたよ! …… なんちゃって 」


 紫苑は自分で言ったセリフに、みるみるうちに顔を真っ赤にしていった。


「いや…… 嬉しいんだけど、自分で言って恥ずかしがるなよ 」


「だって藍がそう言えば燈馬君が元気になるって言うから! 」


 目まで潤ませて恥ずかしがって、可愛いったらありゃしない。


「おお! 元気出てきた! でも風邪感染(うつ)したら悪いだろ…… 」


「書類届けに来ただけだし、すぐ帰るから平気だよ。 それに…… 私が風邪ひいて休んだら、燈馬君もきっと同じことするでしょ? 」


 え? そりゃもちろんそうしたいところだけど、俺がいきなり押しかけて迷惑じゃないのか?


 なんだか今日の紫苑は随分と積極的に思えた。


「どうしてこんなになるまで無理してテスト受けたの? 」


「…… せっかく紫苑がガッチリ教えてくれたのを無駄にしたくなかったっつーか、再試験で点を取れる自信がなかったっつーか 」


「そんなこと? 勉強ならいつでも教えてあげるよ! それしか私、取り柄ないから 」


 紫苑の成績は、遠藤に次いで学年でもトップクラスだ。


 ウチの学校のレベルについていくのだけでも大変なのに、その中で上位を維持するのってどんだけ勉強すれば出来るのか想像すら出来ない。


「やっぱり紫苑は医大とか、医療関係目指してるのか? 」


「ううん、ウチには医大に通えるほど裕福じゃないから。 お医者さん目指してるわけでもないし、それでも大学進学はすると思うな 」


 紫苑はそう言うと鞄の中から一通の封筒を取り出した。


「はい、預かってきた進路志望の書類だよ。 ちょっとその相談もしようかなと思って 」


「お、おう…… ありがと 」


 紫苑はその封筒を俺に一度見せると、机の上に丁寧に置いてくれる。


「提出期限は冬休み前だけど、燈馬君はこの先どんな風に考えてるのか聞きたくて。 医療? 」


「うーん…… とにかく、お前を追いかける事に必死で星院東を受けたらからな。 正直何も考えてないんだわ 」


 少し困った顔をしてふくれる紫苑がまた可愛い。


「私を追いかけてなんて…… なんだかなぁ君は。 普通は進路考えて高校決めるものだよ? 」


 多分、紫苑は更に高みを目指して有名大学に入る事になるんだろう。


 今の俺の学力では、到底紫苑についていくことは出来ない…… それでも紫苑について行きたい気持ちは大きかった。


「俺も大学に進学する 」


「…… 私を追いかける為? 」


 紫苑の表情は少し厳しいものだった。


 大学ともなると専攻学科もあり、今のような一般教科だけでは追い付いて行けなくなるだろう。


「自分の人生を決めるかもしれない選択だよ? 私にかまけて決めるような事はして欲しくないの 」


「う…… ん、もしかしてそれを言いに来たのか? 」


 紫苑は柔らかい笑顔を見せる…… 藍ばりにバレてますよというアピールなのかもしれない。


「中学の時、誰にも言わなかった受験先を燈馬君は知ってたからね。 きっと私が教えなくても嗅ぎつけちゃうんだろうなって。 だから先手をうちに来たの 」


「はは…… なんか犯罪者みたいに言われてるな 」


 『そうかも』と紫苑は面白そうに笑った。


「…… それでも俺は、お前と一緒に学校生活を送りたい。 ダメかな? 」


「もう…… 私の言った事全然聞いてないよね? 」


 紫苑と俺は、しばらく睨み合った後に顔を見合わせて笑った。


 皆としばらくこのままの関係でいたいと思っていたけど、やっぱり俺にはこの人に側にいて欲しいと実感する。


「ゆっくり考えるよ。 進路先を教えない! なんて意地悪はやめてくれよ? 」


「真面目に考えるなら教えてもいいよ 」


 『ただいまー』と玄関から菜のはの元気な声が聞こえた。


 それを合図に紫苑は『よいしょ』と立ち上がる。


「え? もう帰るのか? 」


「うん、菜のはちゃんと楓が帰ってくるまでと思ってたから 」


 二人が買い物に出かける時に入れ違いになって、留守番を引き受けてたのか。


「そっか、わざわざありがとな。 ホント風邪ひくなよ? 」


「私の心配は自分の風邪を治してからね? それじゃまた来週学校で。 バイバイ 」


 気持ち良くなるくらいのいい笑顔を残して、紫苑は部屋を出ていった。


 入れ違いで入ってきた楓は、俺の顔を見るなり少し不機嫌モードになっている。


「…… おかえり。 なんでムスッとしてんだよ? 」


「別にムスッとしてない。 良かったわね、大好きな紫苑がお見舞いに来てくれて 」


 なんだ? ヤキモチか?


「あ、プリン買って来たの。 食べる? 食べるでしょ? 食べたいよね!? 」


 楓は袋からビッグサイズのプリンを取り出し、スプーンに掬って俺に差し出してきた。


「はい、あーん…… 」


「いや、今は…… むがっ!? 」


 いらない、と言う前に楓は乱暴にスプーンを突っ込んできた。


 怒ってるような拗ねているような…… なんだか子供みたいな楓は、続けざまにプリンを口に放り込んでくる。


「…… バカ…… 」


 か細い声で呟いた楓は、袋からもう一個ビッグサイズのプリンを取り出して蓋を開ける。


 そんな顔されたら何も言えねぇじゃねぇかよ…… その後、俺の胃の中はプリンでパンパンになるのだった。 





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