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16話 新学期

 4月の上旬。


 体育館で行われる入学式で、俺は新1年生を前に生徒会長としてステージ上から祝辞を述べる。


 新入生の中には菜のはの姿もあり、晴れて星院東高校の一年生だ。


 前日まで紫苑の指導を受け、合格発表の時には紫苑と抱き合って喜んでいたのがもう随分昔の事のように思える。


 進級が怪しかった藍も、楓のおかげで補習する事なく無事に3年生に進級することができ、しばらくは楓に頭が上がらないらしい。


 ただ一人、学校創立初の留年者として一躍有名になった青葉は、自ら進んで留年したのだと胸を張っていた。


 青葉曰く、『楓に本気で共に学校生活を送りたい』なんだそうだ。




「お疲れ様、生徒会長も大変だね 」


 入学式を終えて、体育館から退場した俺を待っててくれたのは紫苑だった。


「大変ではないけどめんどくさいな。 数少ない生徒会長としての仕事だから、そんな事も言ってられないんだけど 」


 冗談混じりで言うと、紫苑はクスクスと遠慮気味に笑う。


 紫苑とは今年も同じクラスで、周りの面子も遠藤と赤西以外は変わりがない。


 3年生には特進学級というものがあり、東大や京大のようなハイレベルな大学を狙う生徒が集まる。


 紫苑の学力なら特進に行くのかと思っていたけど、紫苑はわざと学年末テストの点数を落として調整したのだそうだ。


「お兄ちゃーん! 紫苑さーん! 」


 入学式後の校内レクリエーション中の菜のはが、新入生の列から手を振っていた。


 俺と紫苑は嬉しそうに手を振る菜のはに揃って手を振り返し、その列を見送る。


 見ていると、『うそー!?』とか『美人!』とか、周りの友達らしき数人の女子生徒が俺達を見て菜のはとワイワイ騒いでいた。


「流石だなぁ…… 『高校に入ったら人見知りを克服する』って宣言、なんとかしちゃったみたい 」


「だな。 心配してたけど、すぐに友達が出来たみたいで良かった 」


「お兄ちゃんを見習ったのかな? 」


「うぇ? どういう事だよ? 」


「やる時はやる! 決める時は決める! みたいな 」


 上目遣いで見つめてくる紫苑は、俺に何を期待してるんだろうか…… 決めた覚えはないんだけど。


「…… さ、帰るか 」


 『もう!』と口を尖らせる紫苑を置いて、俺は玄関に向かって歩き出す。


「紫苑、クレープ食べて帰るか? 」


 紫苑の好きなチョコバナナのクレープを餌にしてみたけど、紫苑の機嫌は直らない。


「デート…… するか? 」


「うん! ちゃんと決めてくれましたね橙馬君! 」


 最近の紫苑は、ちゃんとデートと言って誘わないと拗ねるのだ。


 俺の前では以前よりもワガママになったが、その分偽りのない素直な気持ちを見せてくれる。


 紫苑にとって抵抗があった『可愛い』という言葉も、素直に受け止められるようになったらしい。


「帰ったら模試、やろっか 」


「お、おぅ…… バッチこーい 」


 自信のない俺の声に、紫苑はクスクス笑いながら腕を絡ませてきた。


「大丈夫、私がついてるから! 」




 あれから紫苑は、毎週土日は毎週俺の家に泊まりに来ている。


 紫苑の両親は家庭内別居という形を取り、離婚の危機感を覚えた紫苑は夫婦二人だけの時間を多く作りたいと、自宅から離れているのだ。


 父親はそれに対して文句は言わず、母親もお互いを見つめ直す良い機会かもしれないと納得し、両親の了解を得て紫苑を預かっている。


 効果の程はわからないが、今のところは離婚しないで済んでいるようで…… 将来的に俺の義父さんと義母さんになる予定だからいい方向に進んで欲しい。


「菜のはちゃんと楓の分も買って帰ろうよ 」


 紫苑は『いちごたっぷりクレープ』を二つ追加注文した。


 菜のはの分は買うとして、楓の分は別にいらない気がするのだけど……


「アイツ、今日も晩飯漁りに来るんだろうな…… 」


「橙馬君、『漁りに』なんて言っちゃ可哀想だよ。 寂しいから訪ねて来るんだよ? 」


 楓は結局、ウチの近所の古いアパートに新居を決めた。


 母親は商店街で仕事をする一方、裁判云々で家を空けることが多いらしい。


 星院東に通う事と、内情を知っているウチの近くならと、母親ともめにもめて決めたのだとか。


「まあ、一人分増えたところで大した手間じゃないんだけどさ 」


 紫苑と二人きりの時間が…… なんて事は思わないし、紫苑も楓にヤキモチを妬く事はないが。


「おぉ? 新学期早々デートですかぁ? 」


 クレープ屋を出た所で藍と保木にバッタリと出くわした。


「お前らもデートか? 」


「なにそれ、嫌み? 」


 ひきつる保木を、藍がすかさず『まぁまぁ』となだめる。


 藍とは仲のいい女友達という感じで、俺とも紫苑とも相変わらずの関係が続いている。 


 意外だったのは保木の方で、紫苑と付き合い始めてから俺にも気軽に声を掛けてくるようになった。


「おや、お揃いでどうしたんだい? 」


 その後ろから声を掛けてきたのは、卒業して県立の医大に進学した蒼仁先輩と吹石先輩だった。


 この人と顔を合わせるとお約束と言っていいほどの事がある。


  トン


「ほぅあ!! 」


 フッと体の力が抜け、俺は蒼仁先輩の腕の中に吸い込まれた。


 警戒してはいたけど、肩を叩いたのは藍で…… まさか伏兵がいるとは思わなかった。


「ナイス藍! 」


「任せて下さいみどり先輩! 」


 黒幕は吹石先輩かよ!


「悪いね紫苑君、橙馬は頂いて行くよ 」


「だ、ダメです二ノ宮先輩! 」


 蒼仁先輩は俺を担ぎ上げて颯爽と逃げ回り、俺を取り返そうと紫苑は必死に追いかけて来る。


 あれ…… ヒラリヒラリと避ける蒼仁先輩には紫苑は近づけるんだな…… これは計算しつくされた蒼仁先輩のリハビリなのかもしれない。


「ちょちょ! 待った待ったー! 」


 蒼仁先輩は隙を見て俺にキスを迫ってきた。


 真っ赤になった紫苑は俺の救助を諦め、口に手を当てて成り行きを見守っていた。


「冗談はこれくらいにして…… 」


 ポンと肩を叩かれ、力の戻った俺はその場にしりもちをついて深呼吸を繰り返す。


「菜のは君の入学祝いをしたいんだが、皆もこれからどうかな? みどりの家でパーティーの用意をしているんだ 」


 藍も保木も揃って歓声を上げたが、俺は今紫苑とデート中…… ふと紫苑の顔を見ると、やれやれと苦笑いしていた。


「それじゃ菜のはに連絡しますね。 多分友達も一緒だと思いますが、誘って大丈夫ですか? 」


「問題ない。 10人くらい増えても平気だよ 」


 吹石家の凄さは知ってるけど、どんだけのパーティーなんだよ。


 ー どうしたのお兄ちゃん ー


 菜のはが電話に出た途端、吹石先輩にスマホを取り上げられた。


 今日は長い一日になりそうだな……   




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