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14話 救出劇

 白い息を吐きながら走る事20分、たどり着いた紫苑の家は全ての部屋の電気が消えていた。


 紫苑の部屋は道路と直角に面していて、建物を横から覗き込まないと窓が見えない。


 真っ暗を怖がる紫苑は必ず常夜灯をつけるから、窓枠とカーテンの隙間からちょっとした明かりが見える筈だ。


 紫苑の部屋を見上げながら、俺は紫苑のスマホに電話をかける。


 呼び出し音は鳴り続けるが、一向に出る様子がない…… 嫌な予感ばかりが募る。


 1分ほど鳴り続けた呼び出し音は、突然着信拒否のアナウンスに変わった。


「くそっ!! 」


 諦めずにもう一度電話をかけると、すぐに着信拒否のアナウンスが流れ、、次に電話をかけた時には電源が切られていた。


 紫苑が俺に着信拒否をするワケがない! 俺は夢中で佐伯家のインターホンを連打した。


「どうした!? 」


 突然後ろから声をかけてきたのは、遠藤に紹介してもらった刑事の秋葉さんだった。


「様子が変なんです! ヤバいかもしれない! 」


 タイミングよく現れた秋葉さんは、非番の日にはちょくちょく紫苑の様子を見に来てくれていたらしい。


 俺が状況を説明すると、すぐに佐伯家のドアをドンドンと叩き始めた。


「君は裏手に廻って中の様子を覗けないか見てきてくれ。 くれぐれも短気は起こさないように 」


 秋葉さんの指示でグルリと一周してみたが、どこも中を覗けるようなところはなかった。


「なんなのこんな夜中に! 」


 インターホンに出たのは紫苑の母親。


「警察です。 玄関を開けて下さい 」


秋葉さんがインターホン越しに警察手帳を広げて見せると、そらから間もなく玄関のドアが開いた。


「なんですか!? 」


 玄関ドアが勢いよく開いて、紫苑の母親が真っ青な顔で秋葉さんに怒鳴りつけた。


 今までぐっすりと眠っていた様子…… 父親が姿を見せない事に、もう嫌な予感しかしない。


「失礼します! 」


 母親の脇をすり抜け、俺は靴を脱ぎ散らかして二階駆け上がり、紫苑の部屋に突入する。


「くっ! 鍵掛かってんのかよ! 」


 しっかりと閉ざされた紫苑の部屋のドアはびくともしなかったが、中からうめき声のような音が聞こえた。


「ざっけんな! 」


 無我夢中で体当たりを何回か繰り返し、ドアの鍵をぶち壊してドアを開く。


 そこには真っ暗な部屋で、手首と足をベッドにロープで縛られて猿ぐつわをされた紫苑と、慌ててパンツを履こうとしていた素っ裸の父親が廊下からの明かりに照らされていた。


「んんん!! 」


「お前! どうやって入ってきた! 」


 頭の中が真っ白になる…… 何も考える事なく、俺は驚きの表情を見せていた父親をフルスイングで殴りつけていた。


「ひ、ひぃ!! 」


 紫苑の上から転げ落ちた父親に蹴りを入れ、更に馬乗りになって殴り付ける。


「や、やめろ! やめてくれェ! 」


 顔を押さえて必死に叫ぶ父親がどうなろうが知ったことではなかった。


「もういい! やめるんだ貝塚君! 」


 ひたすら殴り続け、気が付けば秋葉さんに後ろから両脇を抱えられて父親から引き剥がされていた。


「橙馬君…… 」


 振り向くと、母親に解放された紫苑がシーツにくるまってじっと見つめている。


「無事…… なわけないよな。 すまん、遅くなった 」


 息を切らせながらそう言うと、紫苑は首を横に振りながら俺に抱き付いてきた。


「私ね、この人にちゃんとやめてって言えたよ。 こんなのおかしいってしっかり言えたよ! 」


 お父さんでもなく、パパでもなく、『この人』と呼ぶ紫苑にとっては、コイツはもう父親ではないんだ。


「頑張ったな、よく頑張った! 」


 シーツ越しに紫苑をしっかりと抱きしめて頭を撫でる。


 紫苑は俺の肩に顎を乗せて、普段のおとなしめの彼女からは考えられないほどの大声で泣き出した。


 それを止めることなく背中を優しく叩いて、全部を吐き出すように好きなだけ泣かせてやる。


「待ってください秋葉さん 」


 放心状態の父親に手錠を掛けようとした秋葉さんを、紫苑を介抱しながら呼び止める。


「だがこの男は強姦の罪に問われることになる。 現行犯である以上は…… 」


「紫苑はそれを恐れて今まで我慢してきました。 逮捕されれば、家族が路頭に迷うことになりかねない…… 悔しい話ですけど 」


 秋葉さんは、母親と紫苑の後ろ姿を見てため息をついた。


 母親に至っては呆然と父親を見たまま微動だにせず、近寄って攻め立てる事もしなかった。


「紫苑君、君は許すことが出来るのか? 」


 紫苑が泣き止むまで待った後、秋葉さんは父親の襟首を捕まえながら問いかける。


「…… 許すことなんてできません。 でもその人がいなくなればお母さんは…… 」


 その後は誰も口を開くことはなかった。


 秋葉さんは『父親の話を聞く』と、裸のままの父親を連れて階段を下りていき、部屋には紫苑と母親を残して俺も部屋を出た。


 リビングのダイニングテーブルに座って向かい合てった秋葉さんと父親を、俺はリビングの入り口の壁に寄りかかって見つめる。


「抑えることができなかったんです。 娘を愛しすぎてしまった…… いや、妻に対する欲求を娘に向けてしまった 」


 肩を落としてうなだれる父親は、顔面蒼白のままそう呟いた。


 障害のせいで幼いままの母親の姿を、どんどん成長する紫苑に重ねるようになっていったのだと言い訳していた。


「学校で虐められているという話を聞き、可哀想になって抱きしめたのが最初でした。 娘も拒むことはなく、容姿もどんどん妻に似ていって…… 」


「ふざけんな! 拒まなかったんじゃなくて拒めなかったんだ! 」


 黙って聞いていれば好き勝手な事言いやがって! 勘違いも甚だしい!


「アンタの方がよっぽどガキじゃねぇか! 紫苑がどんな気持ちで、どんな思いでアンタと向き合ってたか分かるか!? 」


 秋葉さんに『貝塚君』と静かに諫められて、俺は冷静さを取り戻した。


 悔しい…… こんな奴が紫苑の父親だなんて、マジで悔しい!


「金輪際、紫苑さんに手を出さないと約束できるなら、今回の件は家庭内の騒動として処理します。 もちろん保護観察は付きますが 」


 甘い! と叫びたかったけど、この家庭を壊したくないというのが紫苑の望みだ。


 だけど母親はこの状況を受け入れられるんだろうか…… そもそも、今までこの状況に母親が気付かなかった事も不思議だ。


「はい…… 約束します 」


「意義あり。 そんな口約束で納得できるかよ 」


 俺の言葉に父親は何も答えなかった。


 代わりに秋葉さんがポケットからボイスレコーダーを取り出してテーブルの上に置く。


「全て録音済みです。 これは貝塚君と紫苑さんに預けます。 この先は大人なあなたならわかりますね? 」


 紫苑の父親は俺に目線を向けると、目を逸らして軽く頭を下げるのだった。





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