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13話 父親

 次の日から、紫苑は自分の冬季講習以外の時間を使ってウチに毎日通うようになった。


 紫苑の冬季講習は午前中で終了する為、俺は紫苑の分の昼飯と晩飯を用意する。


 この冬休みがラストスパートと言う紫苑は、休憩時間を上手く取りながら菜のはに向き合い、毎日夜9時まで付き合ってくれていた。


 楓はというと、すぐに出て行くと言っていた割にはまだウチに居候の身だ。


 母親が勝手に仮住まいのアパートの解約をしてしまった為、住む場所がないらしい。


 俺や菜のはは別に構わないんだが、楓にしてみれば紫苑への配慮とあの夜の事に気持ちの整理をつけたいのかもしれない。


 新居が見つかるまでの間、午前中の菜のはの家庭教師と家事を手伝うという理由を無理矢理こじつけて、菜のはの部屋に同居していた。




「いつもご苦労な事だね 」


 一週間ほど続いた頃、紫苑を送っていった際に紫苑の両親と顔を合わせる機会があった。


「初めまして。 貝塚橙馬と言います 」


「娘から聞いているよ。 星院東で生徒会長をしているとか 」


 第一印象を悪くしないよう丁寧に挨拶をしておく。


 父親は優男で人当たりの柔らかい人柄…… 正直この人が娘に手を出すのか疑ってしまうほどしっかりしているように見えた。


 母親の方は紫苑にそっくりで、本当に母親かと思うくらい若作りだった。


 だが紫苑に聞いていた通り雰囲気は幼く、小学生か中学生くらいの精神年齢の印象を受ける。


「ありがとう橙馬君、それじゃまた明日 」


 『おかえり!』と母親に手を引かれて玄関に入って行く紫苑は、ニコリと微笑んでいたけど、その表情は俺には作り物の笑顔のように見えた。


「貝塚君、娘がお付き合いをさせてもらってるようだが…… 」


 玄関先で紫苑の背中を見送っていた父親が、笑みの消えた顔で話しかけてきた。


「はい、真面目な付き合いをさせてもらっているつもりですけど 」


「それは結構…… だが覚えておきなさい。 紫苑は私の大事な一人娘、くれぐれも傷をつけないよう気をつけてくれたまえ 」


 その言葉にカチンときた俺が馬鹿なのか、俺にカチンとさせたかったのかはわからない。


 思わず俺は紫苑の父親を睨み返していた。


「誰かさんと違って紫苑を傷つけるようなことはしませんよ 」


「何が言いたい? 」


「聞かなくてもわかるでしょう。 これ以上紫苑に悲しい顔をさせるのはやめて下さい 」


 背筋に冷たいものが走るような嫌な感じ…… 俺を見る父親の目つきが鋭いものになった。


「何を言ってるのかわからない…… 帰りなさい。 そしてもうここには来なくていい 」


 そう俺に吐き捨てて、父親は玄関に消えていった。


「…… しまった…… 」


 つまり、もう紫苑に近づくのは許さないということだ。


 初対面でいきなりケンカふっかけてどうする…… それにこれじゃ、紫苑が俺に全てを打ち明けたと言ってるようなものだ。


最近は落ち着いたという父親を刺激して、また紫苑に危害が及ばないだろうか…… そんなことを考えていると、帰り道の途中で遠藤に紹介してもらった刑事の秋葉さんに言われたことを思いだした。


「会話は全て録音しておくこと…… か。 忘れてたな 」


 セクハラやパワハラは、録音された会話が証拠になることが圧倒的に多いと説明を受けたからだ。


 最悪の場合、警察のお世話になりかねないけど、それを紫苑は望んでいない。


 俺としては、あの父親の側には紫苑を一時もいさせたくはない…… 紫苑が玄関に入った後の、父親のあの目が凄く嫌な感じがしたのだ。


 言い方は悪いが、根暗な男が何かをやらかしてしまうドラマでよく見るあの雰囲気を連想させた。


「…… ないよな、多分 」


 俺は紫苑の自宅方向を振り返ってしばらく考える。


 紫苑は部屋にいる時はドアに鍵を掛けていると言っていたし、秋葉さんの話を聞いてからは、24時間ループ録音のボイスレコーダーを机に置いている筈。


 けど、それでは何か起きた後の証拠にしかならない。


 それが俺には歯がゆくて仕方がなかった。

 

  


 家に戻ってきた俺は、スマホを片手に紫苑からの連絡メールを待っていた。


 片道40分の中で、紫苑は必ず部屋に戻った事と寝る前に一回ずつメールをくれる。


 戻る途中で、部屋に入ったよというメールは届いたが、早めに寝る紫苑にしては今日はちょっと遅くて心配になる。


「モジモジしてるならアンタから連絡すればいいじゃない 」


 俺に付き合って向かいのソファに座っていた楓が、呆れた顔で足を組み直していた。


「足振り上げたら見えるって 」


「見なきゃいいじゃない、変態 」


 そんな会話が普通になってしまったが、楓が近くにいてくれるのは正直ありがたかった。


 楓は紫苑の事情を知らないから、単に紫苑を恋しがっているように見えているんだろう…… 内心はそれどころではなく、何かあったんじゃないかと不安でいっぱいだった。


 時計を見ると11時を回ろうとしている。


 おかしい…… こんな時間になってもメールが来ないのは絶対おかしい!


「楓、菜のはを頼む 」


 いてもたってもいられず、俺はソファから立ち上がってジャンパーを羽織った。


「…… 紫苑に何かあったの? 」


 俺の雰囲気を察したのか、楓も茶化す事なくソファから立ち上がる。


「ちょっと複雑でさ、帰ったらちゃんと説明する。 だから頼む 」


「うん…… 橙馬、ちょっと背中向きなさい 」


「背中? なんだよ? 」


「いいから! 」


 ワケがわからず、言われた通りに背中を向けると、そっと背中に楓のぬくもりを感じた。


「行ってこい! 青春男子! 」


 バチンと背中を思い切り叩かれてリビングを追い出された。


 楓なりの背中の押し方だったのかもしれない…… 俺は振り返らず、スマホを片手にチラチラと降り出した雪の中へ駆け出した。


 


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