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12話 最後のチャンス

 3日目の朝に、紫苑は自宅へ一人で戻っていった。


 俺は紫苑の身が心配で送って行くと言ったけど、紫苑は『もう負けないから大丈夫』と微笑み、必ず家庭教師の話を取り付けてくると約束していった。


 紫苑と入れ違いで戻ってきた楓は、家に入るなりクンクンと匂いを嗅ぎ始める。


「…… 紫苑? アンタ正月から連れ込んだでしょ 」


「人聞き悪いこと言うな。 匂いでわかるなんて、犬かよお前は 」


 ワン! と可愛く鳴いた楓に、菜のはが飛びついて出迎える。


「ただいま、菜のはちゃん 」


「おかえりなさい楓さん! 聞いて聞いて! 私、星院東を目指すことにしたの! 」


 楓は目を丸くして菜のはの手を取る。


「やるじゃない! それってやっぱり愛の力? 」


「それもありますけど、皆と一緒に学校生活送れたらと思って 」


「でも星院東は難しいぞぉ? あ…… それで紫苑が来てたのか 」


 全てを理解したかのように楓は手を打った。


「そっか…… でも良かったのかな 」


「…… なにがだよ? 」


 楓は少し寂しそうに笑った。


「お母さんね、アタシの親権を取り戻すってお父さんと裁判することになったの。 アタシもちょくちょく向こうに行かなきゃならないし、近いうちにここも出ることになるから 」


「え…… 楓さん出ていっちゃうの? 」


 不安な表情を見せる菜のはに、楓は優しく微笑んでギュッと抱きしめた。


「元々、学校に通える環境が整うまでって事だったからね。 いつまでもアタシが家にいるのも変でしょ? 」


「その裁判、大丈夫なのか? 」


「うん、親権があるにも関わらず今までのお父さんはアタシを放置状態だったから。 それを証明出来れば間違いなく勝てるって、弁護士さんが言ってたわ 」


 新年早々、楓も大変な思いをしてるんだな。


「そんな顔しないでよ。 アンタだってアタシから離れられるんだし、アタシだってやっと鳥栖から離れられるんだから 」


「誰が離れたいって言ったよ? 」


 俺がそう言った途端、楓は菜のはを抱きしめたまま俺を睨め付けてきた。


「アタシと紫苑、アンタはどっちを選ぶの? このままハーレム状態なんて都合よく続かないわよ! 」


 そんな事、言われなくたってわかっている…… 答えなんてとっくに出てる……


「紫苑だ。 ゴメンな…… 」


「それなら、『お前はさっさと出てけ!』って言うのが正解なのよ? 」


 楓は菜のはには顔を見せないよう頭を抱え、俺に向かって微笑んだ。


 楓も答えはわかっていたんだろう…… 微笑んだまま目を閉じて、静かに一つ頷いた。


「…… 言えねぇよ、俺はそんなに器用じゃない 」


「アンタのそういうところが嫌い。 ホント、アンタらしくて嫌になっちゃう 」


 菜のはの肩に顔を埋め、楓は大袈裟に泣き真似をし始めた。


「お兄ちゃんにフラれちゃったよぉ! 」


 まったく…… 菜のはの前でワザワザそれを言うかよ……


「楓さん! 私もお兄ちゃんとはもう一緒にいられない…… 私、楓さんについていきます! 」


「は!? ちょっと待て菜のは! それはちょっと違うぞ! 」


 ベー! っと揃って舌を出した二人は、抱き合ったままキッチンへと引っ込んでいった。


 そのまま何事もなかったように、二人は晩御飯の準備を始める。


「なんなんだよ、それ…… 」


「少しは紫苑の気持ちも考えてみたら? アタシがここに住む事になって、一番取り乱していたのをアンタも見てるでしょ? 」


 確かに…… 藍に背中を押されながらも、泊まり道具を持って押し掛けてくるほどテンパってたっけ。


「逆の立場なら、アタシだって嫌だもん…… 間違いがないって言い切れないし 」


 包丁を握る楓の目は切ない…… 俺を好いてくれる真っ直ぐな気持ちに心が痛い。


「まさか、もう間違っちゃったんじゃないでしょうね? 」


 待て待て! 包丁を持ったまま俺を睨むんじゃない!


「間違うか! 俺がそんなに度胸あるように見えるかよ!? 」


「どうだか。 アタシにチューした時は信じられないくらいやる気だったじゃない 」


 うわバカ! 菜のはの前で幽体の時の事を言うんじゃねぇ!


「お兄ちゃん…… それどういう事!? 」


 それからしばらく、夕御飯の準備を中断してまで菜のはから問い詰められるのだった。





  パシッ


 頬を叩かれる衝撃で目を覚ました。


「…… なんだよ…… 」


 暗がりの中で俺に馬乗りになって見つめている楓は、どことなく初めて会った幽体の時の事を思い出した。


「きっと、これが最後のチャンスだと思ったから…… 」


 スッと唇を重ねてこようとする楓を、人差し指を口の前に立てて遮る。


「やっぱりアタシじゃダメなんだ…… 」


「ゴメン、紫苑が大事なんだよ 」


「黙ってたら分からないよ。 二股するくらいの甲斐性持ってよ 」


「そういうの、お前が嫌いだろ? 菜のはも見守らなきゃならないのに、責任取れない中途半端は出来ねぇよ 」


 楓から笑顔が消えて、俺に覆い被さるように抱き付いてきた。


「そこは『愛人1号にしてやる』とか言いなさいよ。 そうすれば一発ひっぱたいて、嫌いって言えたのに…… バカ 」


「なんだよ『愛人1号』って。 どんだけ俺に惚れてるんだよ? 」


「悪かったわね! だってアンタ、なんだかんだで…… なんだもん 」


 ムクッと起き上がった楓は、暗がりでも分かるくらい真っ赤になって微笑んでいた。


「…… 出会った時も、こんなシチュエーションだったよね 」


「『あなたの体が欲しいの!』だっけ? あり得ないだろ 」


「運命的な出会いじゃない? 滅多にないわよこんなの 」


「運命もくそもあるかよ。 取り憑かれたと思ってビクビクしてたんだからな…… あだっ! 」


 鼻っ面を平手で叩かれました…… それでも以前よりは全然手加減しているらしい。


「お前なら、俺よりいい男がいっぱい言い寄ってくるだろうに 」


「アンタがそれを言う? そうね、そうかもしれない…… でも 」


 不意打ちのようにキスをされた。


「アタシにとって、アンタ以上の男は蒼仁先輩しかいないわよ 」


 そう言って楓はスッと俺の上から降りて、何事もなかったようにドアに向かった。


「そうそう、アタシを彼女に選ばなかった分、パンツガン見のツケは高いわよ? 」


 振り返った楓はスッキリとした笑顔だった。


 答えはわかっていた…… 自分を納得させる為の悪あがきだったのかもしれない。


「す、少し安くしておいてくれないか? 」


「ダメよ。 純白は希少なんだから 」


 楓はクスッと笑って静かに部屋を出ていった。


 怖っ…… ツケって、何を要求されるんだ? そんな事を考えると、なかなか寝付くことが出来なかった。


 




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