11話 お願い
抱いて…… 橙馬君……
紫苑…… ヤケになっちゃダメだ! ゆっくりでいい、ゆっくりで……
違うよ…… 私、私ね……
という夢で目が覚めた。
「あ、ゴメ…… 起こしちゃった 」
例によって紫苑にベッドを貸し、ソファで寝ていた俺のすぐ側には、紫苑が俺の肩を優しく撫でていた。
時計に目を向けると、まだ深夜の2時……
「どうした? 眠れないのか? 」
「ん…… なんだか寝るのがもったいなくて 」
もったいないと言われると、せっかく紫苑が泊まっているのだからと俺もそんな気になる。
「なんか、菜のはがごめんな。 びっくりしただろ 」
「ううん、菜のはちゃんがどれだけ本気なのか分かったから。 私はまだまだ甘いのかなって考えさせられた 」
紫苑は俺の手を引いてソファから起こし、そのまま俺の部屋へと連れていく。
な……何をするつもりだ? 俺の部屋に入ると、ベッドに横になるように促されて、紫苑は後ろ手にドアを閉めた。
「恥ずかしいから明かりを小さくするね…… 」
紫苑は蛍光灯を消してナイトランプを点ける。
「ち、ちょっと待て紫苑! これはその、つまり! 早くないか!? 」
「しーっ! 菜のはちゃん起きちゃう! 」
指を唇の前に立てて静かにするよう小声で言った紫苑は、俺の横に腰を下ろして俺の口を手で塞いだ。
「あのね…… 菜のはちゃんに勇気を借りたから…… その…… お願い…… 」
ナイトランプの明かりでも分かるくらい真っ赤になった紫苑が、俺に覆い被さるように両手を添えてきた。
「待て待て待て! 俺にも心の準備が…… 」
「男性恐怖症を治したいの。 お願い 」
気が付けば、紫苑の手は僅かに震えていた。
少しでもエロい妄想をした自分が恥ずかしくなる…… 真剣な眼差しの紫苑は、動けなくなるほど緊張していて、じっとりと手汗をかいていた。
「俺は何をすればいい? 」
「そのままで。 私の気持ちの問題だと思うから 」
紫苑は、触られるのはもちろん、自分から男性の体に触れることが凄く怖いと言う。
「でも橙馬君が触れるのは大丈夫なの。 だから今度は私から触れられるようになりたい 」
それで寝てる俺の頭を触っていたのか。
「わかった。 思う存分触りまくってくれ 」
俺は目を閉じ、無心になって体の力を抜いた。
余計な事は考えるな…… これは紫苑のリハビリじゃないか。
無理に触れる事が効果があるのかは分からないけど…… とは思ったのだが。
「ちょっ! くすぐったい! 」
サワサワとすね毛をゆっくりと撫でられるのは、ぞわぞわして気持ち悪い。
「ゴメンなさい…… 」
「ま、マッサージを頼もうかな。 目的があれば意識もしないんじゃないか? 」
「そ…… うだね、頑張る! 」
まずは難易度の低い手からと思って、紫苑の目の前に掌を差し出す。
真剣な顔でぎこちなく掌を押してくる紫苑は、次第に緊張も解けて穏やかに微笑むようになっていった。
声を掛けることはせず、紫苑の思うままに任せていると、気持ち良くて次第に眠気が襲ってくる。
「う…… 重い…… 」
左半身に重さを感じて薄目を開けると、既にカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいた。
いつの間にか眠っていたらしい。
紫苑も大胆だな…… と添い寝する頭を見ると、菜のはが俺にがっちりしがみついて寝ていた。
紫苑は俺の手を握りしめたまま、ベッドに突っ伏すように寝ている。
「やれやれ…… 」
起こさないように紫苑をベッドに寝かせて、俺の代わりに菜のはの抱き枕になってもらい、俺はリビングに下りて目覚めのコーヒーを淹れた。
「男性恐怖症ってどうやったら効果的に直せるんだ? 」
スマホで検索してみても、特定の治療方法は載っておらず、やはり時間をかけてゆっくりと改善していくしかないらしい。
俺に出来るのは、出来るだけ側にいてやることくらいか…… 不甲斐ないように感じるけど、過度なスキンシップは禁物だろう。
明日には親が北海道から帰ってくる、と紫苑は言っていた。
「勝負…… してみるか 」
もちろん紫苑がその気ならの話だが、俺はこれ以上紫苑の怯える顔を見たくはなかった。
その日は結局どこにも出掛けず、大晦日に中断していたDVDを全話見たり、ゴロゴロしてゆっくりと過ごした。
紫苑は明日の朝に帰ると言い、菜のはの学力レベルや今後の進路の相談を引き受けてくれる。
菜のはも俺と話す時とは違って真剣に話を聞き、時には青い顔をして志望校のパンフレットを持ってきていたりしていた。
「星院東、頑張ってみる? 私で良ければ全力でサポートするよ? 」
菜のはの偏差値は低くはないけど、星院東のレベルには少し及ばなく、ワンランク下の無難な緑苑台中央高校を第一志望校にしていた。
「私に出来ますか? 」
「それは菜のはちゃん次第かな。 当日点が勝負になるけど、きっと大丈夫と私は信じてる 」
紫苑の優しい言葉に、菜のはは冷や汗をかきながらも力強く頷いた。
「橙馬君には、私のサポートをお願いしていい? 」
「もちろん。 何をすればいい? 」
「菜のはちゃんと出来る限り一緒にいたいから、家の送り迎えをお願いしたいの。 夜遅くなることもあるから、夜道はやっぱり怖くて 」
そんなことならお安い御用だ。
二つ返事で紫苑に返すと、紫苑は菜のはに右手を差し出した。
「一緒に頑張ろうね、菜のはちゃん 」
「はい! よろしくお願いします 」
紫苑が専属の家庭教師になってくれるのはとてもありがたい。
「ありがとな紫苑。 俺からもよろしくお願いします 」
「ううん。 私も菜のはちゃんと一緒に学校生活を遅れたらなぁって、ちょっと夢見てたから 」
紫苑としても、正当な理由で自宅を離れられるから都合がいいのかもしれない。
今時期から志望校を変えるような無茶ぶりは、菜のはと仲良くなる為だけでなく、自分を守る為もあったのだろう。
ともあれ、これで俺も紫苑の自宅に顔を出せる機会が出来た。
勘違いエロ親父を更正させてやる!




