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I loved it

作者: 神水たゆら

白い光が降り注ぐ中庭に、緑色の草花が良く映えて見える。その中に、一人の女性が座っている。

彼女の目線はどこを見ているかは、予想がつかない。目は穏やかに細められている。



「あら、こんにちは。」



彼女は、視界に入った少年に御挨拶した。

少年は、照れたように笑い。



「こんにちは。今日もいいお天気ですね。」


「ええ。お花に水をやりたいのに、足が動かないのよ。」


「それは。」


彼女も、綺麗に困ったように笑った。



「あなたは相変わらず、私の初恋に人にそっくりね。」



まるで、十代のかわいらしい女の子のようだ。

先ほどの晴れ間はまるでうそのように、空には雲が出てきた。

ただの雲ではなく、雨が降りそうな黒い雲である。



「どうやら、水をやらなくてもすみそうですね。」


「ほんと、お家に戻ろうかな。雨が降ったら困る。」


「そうだね。では、戻りましょう。」



家に入った瞬間。

空はバケツを反したように雨粒を落とし始め、風も吹き始めた。



「あー、危なかった。」


「そうだね。何か飲む?」


「うん。紅茶にしようかな?」


「そうしよう」



少年は、キッチンへと消えていった。

彼女は、心配そうに外を見ていた。



「できたよ。」



少年は、アンティークなポットに入った紅茶と、それに似合ったティーカップを持ってきた。

別の入れ物には御砂糖とミルクが入っているようだ。



「ありがとう。そうだっ、凛くん。今日学校は?」


「今日はね、テスト開け休みなんだよ。御砂糖はいくつ入れる?」


「1つでいいわ。ミルクも入れて。そっかぁ、テストかぁ。凛くん、頭が良いからクラスで一番のほうでしょ?」



ははは、と少年は乾いた笑い声を漏らしながらカップに御砂糖とミルクを入れかき回す。



「そんなことないよ。沙緒理にはかなわないよ。」



カップを彼女の前においてやると、ふふふ、と彼女は言ってカップに口つけた。



「私は、凛くんより頭良くないのよ。最近、学校にもいけないしね。寂しいわ。みんなどうしてるかしら?」



もう一口、カップに口付けておいしいと言った。

外の雨脚はだんだん弱まっていた。遠くのほうは晴れていてもう日が差しているようだ。

彼女は外を見て、凛くんが帰るころには晴れるね、と言った。




時間が経ち雨がやんだ頃、少年は彼女の家の玄関にいた。



「じゃあね、沙緒理。また明日来るよ。」


「うん、楽しみ待っているわ。」



少年は、玄関の戸を開け出て行った。外には、薄い虹が出ていた。




「ただいま。」


「おかえりなさい。」



玄関を開けてすぐに少年の前に女性が立っていた。



「どうだった?」


「変わりないよ。いつもと同じ。」



そっけない返事を返す少年と、どこかホッとしているが迷惑そうに顔をしかめる女性がいた。

まるで、彼女を異物のように考える顔のようだ。



「まったく、困るわ。なんであんなふうになっちゃたのかしら。」


「さぁ。」



少年は、女性のすぐ脇に有る階段をのぼっていった。

ご飯になったら呼ぶわ、と女性は言った。

階段を上がるとすぐに少年の部屋のドアがある。

ドアノブに手を書け、回し、押すと殺風景というか必要最低限のものしかない部屋が現れる。

ベッドにギシリと横になり天井を見る。

外はもう暗くなりかけていた。

目を閉じて彼女のことを考えてみる。




彼女、つまり沙緒理が十代のころの沙緒理に戻ったのは半年ほど前だ。じいちゃんが死んでから、沙緒理はめっきり人に会わなくなっていた。たまたま、俺が心配で見に行ったとき、沙緒理になっていた。



『ばあちゃん』


『いやだわ。おばあさんだなんて。私は沙緒理よ。あたなは?』


『俺は凛だよ。忘れちゃったの?』


『凛くんっていうの?はじめまして、百合野沙緒理です。』



沙緒理はじいちゃんと結婚する前の苗字を名乗った。

母は軽く、沙緒理の対応に混乱していた。俺はその場で機転を聞かして。



『はじめまして、沙緒理。俺は城之崎凛っていいます。』



『はい。はじめまして。これからヨロシクね。』



『うん。よろしく。』



あれから、俺はずっと沙緒理のところへ通い続けている。

家族は俺と沙緒理のことを異常だと思っているだろう。




目を開けると部屋は真っ暗で、まるで夜空に放り投げられた感覚に陥る下から妹のご飯だよ、という声が聞こえる。

重い身体を起こして、下へ向かった。

食事を始める家族。父親らしき影は見えない。



「てかさぁ、お兄ちゃんも物好きだよネェ~。」


「何が?」


「おばあちゃんのところに通うなんてさっ。」



食卓の卵焼きを箸で刺しながら、少年の妹らしき少女は言った。



「だって、おばあちゃん。頭おかしいんだよ?」



少女は、軽く叫ぶように言った。



「美鈴、よしなさい。凛には助かってるんだから。」


「だってぇ・・・・・・。」


「ごちそうさま。」


「あっ、凛。明日も行くの?」


「そうだけど、なんかあんの?」


「大学のほうは大丈夫なの?今年で卒業なのよ?」


「知ってる。将来のことも決めてある。」



女性は安心したように、顔を和ませた。



「それならいいわ。」



少年は、その言葉を聞く前に部屋を出て行った。

そろそろ、冬がやってくる。脱衣所に行くと鳥肌が立つ。

服を脱ぎ、シャワーを浴び湯船につかる。

ゆっくりと息を吐く。

少女の笑顔を思い出すと、倖な気分になれる。

心地よい、あの笑顔をずっと見ていたいと考えている。

部屋でボケボケしていると、もう日付が変わっていた。明日も少女に合わなくてはならない少年は眠りについた。




身支度を終わらせ、少年は早々に家を出た。

少女の家による前に、駅前でケーキを買おうとケーキ屋に入った。

中には、色とりどりのケーキがショーケースに並べられている。



「いらっしゃいませ。」



ショーケースの向こうの女は笑顔で少年に笑いかける。



「ショートケーキとモンブラン。あと・・・・・・マカロンを御願いします。」


「はい、かしこまりました。」



女は、きちんとした箱に詰めかわいらしい包装紙とリボンで飾られる。



「480円になります。」



少年は500円を出して、20円のお釣りをもらいその店を出た。

彼女の家に着くと彼女はまた庭に出ていた。



「沙緒理。来たよ。」



彼女は水をあげていた手を止め、少年を見た。



「凛!待ってたよ。」


「ごめんね、遅くなっちゃった。」


「ううん。平気。お茶にしようよ。その箱はなに?」


彼女は少年の持った箱を覗き見た。

ピンクの包装紙に真っ赤なリボン。

彼女の興味をそそるのにはもってこいだった。



「ケーキを買ってきたんだ。沙緒理はショートケーキがすきだろ?」


「うんっ!早速お茶お茶!」



彼女はやや小走りで家の中に入っていた。

紅茶は、湯気を立て少年の前におかれた。

彼女の目の前にはショートケーキ、少年の前にはモンブラン。

二人の間には、カラフルなマカロンがおかれている。

彼女はいただきます。と丁寧に手を合わせ食べ始めた。

微笑みながら美味しそうに食べ始めた。

その笑顔を見ている少年。



「凛くん。食べないの?」


「ん?食べるよ。沙緒理が可愛くてね。見とれちゃった。」


「そんなに私可愛くないよ~。やだなぁ凛くんは。」


「沙緒理は可愛いよ。食べ終わったら散歩に行こうか。」


「うんっ!」



彼女はそう言って、大事そうにとっておいた苺を一口で食べて幸せそうに笑っている。少年もモンブランを食べ始め、

彼女に大きな栗をあげてまたお礼を言われていた。



人気の少ない5時ごろの川沿いを2人で歩いていた。

彼女は学校のこと、家族のこと、飼っていた兎のことを少年に楽しそうにしていた。

河川敷にすわり、彼女がぽつりと言った。



「今日は本当に有難う。」


「変なこと言わないでよ。」


「ん。そうだね。」


その会話を後に2人は喋らず家に帰った。



「明日も来るからね。」


「うん。」


「また明日ね。」


「あのね、凛くん。」


「何?」


「沙緒理ね、凛くんのことが好きだよ。」


「?」


「やっぱなし!バイバイ!」



照れて顔は紅く染まっていた。

そんな彼女の顔見て、少年は家路に着いた。



「ただいま。」


「おかえり。どうだった?」


「いつもどうり。そんなに心配なら、自分で行けば?」


「いやだよ。なんで、私が老人介護なんてしなくちゃいけないのよ。」



ブツブツ言いながら女性は、自分の仕事へと戻っていった。



寝る前に、少年は彼女の言葉を思い出し疑問に思っていた。


『今日はありがとう。』


今日はなんていったこと無かった。


『凛くんのことが好きだよ。』


人生初めての告白



少年は複雑な気持ちで、その日に幕を閉じた。


次の日も同じように彼女のところへ通い、家に入ると彼女の気配はしなかった。

彼女はベッドの上で静かに息を引き取っていた。

窓からは光が差し込み、天使に連れて行かれたみたいだ。

少年以外の家族は彼女の死を喜んだ。

彼女の葬式は、誰にも連絡せず内縁だけで行われた。



あれから、5年。

少年は25歳になっていた。

彼女も生きていれば85に成っていただろう。

そして、少年はあの半年を今でも鮮明に覚えている。


『城之崎』と書かれた墓石の前で、一人の青年が手を合わしている。

この場に来るのは青年だけであろう。

静かに目を開け、墓石に向かってつぶやく。



「沙緒理、俺も君の事を愛していたよ。誰よりも。」




墓石の前には真新しい色とりどり薔薇の花と、カラフルなマカロンが置かれていた。








           end 20080226


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