想い出のひとりごと
暗いようなわけのわからない話です。気分が暗い時は、読まない方がいいか、と。
わたしは、望まれているのかな。
何の不自由もない。むしろ幸せすぎるくらいなんだけど、それでも、そう思ってしまう。
それは、わたしのわがまま?
友達がいる。家族がいる。学校にも通えているし、五体満足。
それなのに、なんて傲慢な願いなんだろう。
だけど、そう思ってしまうよ。
「ゆの〜? どした?」
「ううん、なんでもないよ? やだなー。しぃちゃんこそどうかしたって話だよ」
「なにをー!?」
うん、楽しいよ。
毎日が幸せだよ。
そう感じているんだよ。
なのにね、なんでだろうね。
わたしはわがまま?
わたしは勝手?
わたしは、傲慢?
そうかもしれない。
でも思うんだよ。思ってしまうんだよ。
わたしなんて居なければ。
そうすれば、他に幸せになる人がいるんじゃないかって。
しあわせの裏に、苦しんでいる人がいる。
わたしが生きていることで、死んで行くものもいる。
わたしなんて居なければいいのに。
でも、死ぬ勇気も気力も、なにもない。
あるのはただ、無感動に無感情に、過ぎる日々を過ごすだけ。
でも、それなのに、ちゃんと楽しいと感じている。
なんでだろう、なんでなんだろう。
矛盾してるって自覚してるよ。
分かってるんだ。理解してる。
それなのにダメなんだよ。なんでか分からないのにね。
「……ゆま?」
「んー……あれだよね、ちょっといま殺人概念について話したいかも」
「うげっ、なにそれ!」
「あははっ、なんか急にそう思ったー!」
笑ってる。楽しんでる。
なのに、独りになったら、さみしくなる。
このままわたしが、
いなくなってもいいのに。
誰も困らない。誰も惜しまない。
死は喪失、そして消失。
やがてわたしは溶けていく。消えていく。いなくなる。
きっとわたしの意識が、死んでしまうよ。
そう望んでるわたしと、必死に抗おうとするわたしと。
その二人がけんかをするから、余計にわたしは分からなくなる。
ねえ、わたしは誰になるんだろう?
どんな風に話して、どんなふうに反応するの?
何を思って、何を考えるの?
いつもの「わたし」って、どんな感じだろう。
分からなくなるよ。
分からないよ。
もう、自分を見失ってしまったよ。
***
「こんにちは」
帰り道。
いつものように友達と笑って別れて、自転車で帰路につきながら、本屋さんに寄り道をする。
駐輪場に止めたところで、そう声をかけられた。
知らない人。
「……」
「そんなに警戒しないでよ。っていっても、ダメかな。うん、とりあえず、少しお話しない?」
「……わたし、急ぐから」
「あ、じゃあ一緒に本でも探そうか! ぼくも本を見に来たんだよ」
男の子、だとおもう。
わたしより身長は小さい。視線が低い。声変わりもまだの、幼い声。
何も答えないで本屋に入ったら、その子も付いてきた。
気にしないふりで、文庫本の所へ行く。
「ねえ、楽しい?」
「……」
声をかけられても、無視。
「毎日同じ事ばかり繰り返すから、苦しいのかな? きっと当たり前になってしまって、それが失われるのが怖いから、喪くさないように細心の注意を払って苦しいんじゃない?」
彼は一人で話し続ける。
「一人じゃないってわかってても、気にしなくていいってわかってても、それでも気になるもんだよね。不安なんだよね。怖くて、苦しくて、悲しくて、切なくて。そんないろんな感情が混ざるから、行き場をなくして迷子になってるんじゃない?」
彼は一人で話し続ける。
「寄りかかってはいけないと、甘えてはいけないと、そう思ってる? それとも強くあろうと、頑張っていこうと、思ってる? どんな風に思ってる? 思ってること、吐き出す先はある? あふれ返ったストレスのような感情は、ちゃんと昇華できてる?」
わたしはこたえない。
それでも彼は話し続ける。
「こんな子供が何を言うって思うでしょ。それでいいんだよ。そしたら今は、何も考えなくていでしょ」
「あなたは、」
反射的に、声をかけてしまった。
彼を、認めてしまった。
「何が言いたいの?」
引き返せない。
普段のわたしなら無視し続けるか、適当に相槌を返して逃げるのに。
話しかけてしまったら、問いを投げてしまったら、もう引き返せない。
そんなことは、分かっていたはずなのに。
「うん? ぼくは別に何も考えてないよ? ただ、話しているだけ」
「……」
「誰とって? もちろん、きみの感情に」
バカバカしい。
なんでわたしはこんな子供に付き合ってるんだろう。
知ってる子でもなんでもないのに。
帰ろう。本もなかったし。
「振り返って。思いだして。もっとずっと昔のこと。いちばん最初の記憶から、嬉しかったことを思い出して」
彼はついてくる。
「いちばん最初の記憶には、きみの感情が詰まってる。全部の感情が。楽しい、嬉しい、知りたい、怖い、びっくり、悲しい、苦しい、」
彼はついてくる。
「思い出して。忘れてほしくないよ。いちばん最初。確かなカタチは、証は、きみが生まれたときに刻まれてる」
彼は立ち止った。
「忘れないで。ぼくはいつでも、絶対にきみから離れないから。だから、独りなんて思わないで。ぼくを忘れようとしないで。消さないで。きみが一人だと思ってしまったら、ぼくは、ぼくは消えてしまうよ」
知らないよ、そんなこと。
わたしは、きみを知らないんだから。
「知ってるよ。ぼくをきみはしってる、だって毎日一緒に過ごしてる。同じものを見て、同じものを感じてる」
知らないよ、そんなこと。
わたしはきみを知らない。記憶にもない。何も知らない。
逃げるように、自転車をこいだ。
彼は、もうついてこなかった。
振り返る。
もう、どこにもいなかった。
***
「人は誰だって、寄り添ってる。それぞれの、『想い出』に。逃げないで、否定しないで。ぼくのことだけは、認めて。生きてきた今までの時間全てを、否定しないでよ。そしたらぼくは、否定されてしまうよ。きみが生きてきた、その時間全てをぼくは背負ってる。その時間全てに、こめられた気持ちを、感情を、想いを、全部知っている。だから、独りだなんて思わないで。一人であっても、独りではないと、思い出して。きみの時間を、ぼくは抱えてる」
「ぼくは『想い出』。きみの『想い出』。否定しないで。拒絶しない。ぼくは全部聞いてる。きみの気持ちを全部感じてる。だから、投げださないで。自分の手を握ってよ。片方はきみのぬくもり、もう片方は、ぼくの気持ち。傍にいるから、受け入れるから。きみのことを、絶対否定したりしないから。せめてぼくの前だけでは、力を抜いて、張りつめた糸を緩めて」
「ぼくの言い分はわがままだよ。だけど、ぼくは。きみの傍にいる。強がらないでいいんだよ。お願い。いちばん最初を思い出して。ほかのだれが祝福しなくても、ぼくはきみを祝福するよ。きみの『想い出』だからじゃない。きみのすべてを知っているから、そう、思うんだよ」
「――信じて」