第6話 上品な男
先週に引き続き行われた合コン第二段には、思わぬ上玉が現れて女たちは色めき立った。
「カッコよかったねー。ケイゴくん」
先週と同じく、ファーストフード店でコーヒーを飲みながらの反省会で、理沙が興奮して身を乗り出す。
「誰か番号交換した?」
今夜の顔ぶれは静香、理沙、順子、そして私の、相も変わらず高校の同級生メンバーだ。
互いの顔を見合わせた後、やがて他の三人の視線が私に集まる。にやっとしてスマホをかざして見せると、理沙の目が剣呑になった。
「ちゃっかりしてるよね。紗紀子は」
失礼な。疲れてロビーのソファで休憩してたら向こうが寄ってきたのだ。
「他に収穫は?」
今回も幹事の静香が確認を取る。理沙も順子も首を振る。あと二人の新顔は不発だったみたいだ。
「駄目だなあ、コウジ」
静香はため息交じりに男側幹事をけなす。
かわいそうになあ、コウジ。人畜無害そうな顔してるのに。
「理沙と順子は明日もコンパでしょ?」
「うわ、二夜連続とかどこの合コン女王ですか」
「ユウタくんが仲間集めてくれたからさ」
嬉しさを隠しきれない様子で理沙が言う。
「彼って電話でも面白いの」
「へーえ」
「あ、明日コウジくんも行くみたいよ」
静香からの情報に、ふたりは一瞬「げ」という顔つきになる。
コウジ……人畜無害そうな顔して。
「静香はあんまり実りがないね」
私が話を振ると、静香はやっぱりため息交じりに頬杖をついた。
「あたしさあ、実は男嫌いかもしれない」
はい?
「こうやって女同士で話してる方が、楽しいんだよね」
「はは。そりゃそうだ」
思わず笑うと静香は意外そうに私を見る。
「紗紀もそう?」
「みんなそうだよ」
うんうん、と理沙も順子も頷く。
「え……そうなの?」
目を丸くした静香だったけど、またすぐに眉をひそめて頬杖をついた。
「それなら、どうしてこんなふうに男漁りしなくちゃならないの?」
「そこ、疑問に思っちゃう?」
私は苦笑して続く言葉をのどの奥に戻す。きっと静香は、男を必要としない人なんだろうな。
「それはさ……」
深刻な顔つきになって順子がつぶやいた。
「周りの空気っていうの? 女がひとりでいるとさ、周りの目が煩わしいんだよ」
「ああ、うん」
静香も真率な顔になって頷く。
「私だって、少し前まではそんなの意識しなかったけど、風向きが変わったのがはっきりわかったんだよね」
淡々と順子が話すのに、私たちは聞き入ってしまう。
「いつまでも一人でいたらいけない。男の人と付き合って結婚して、子どもを産んで……そういう道筋の方に、自然に押されてる感じがする」
「あんた結婚したいの?」
ふと私がした質問に、びっくりしたふうに順子は言葉に詰まった。
「う、うん。そうかも」
「だったらさ、友だちがツテの合コンじゃなくて。職場の人と仲良くなるとか、婚活パーティとか行った方がいいんじゃないかな」
「そうだね。友だち同士だとさ、軽いノリになっちゃうからさ、結婚までいくかどうかは正直ねえ。真面目に結婚を考えてる人の集まりに行った方が、いいと思う」
「そうか……」
私と静香の言い分に順子は戸惑ったふうに黙る。
きっと自分が何をしたいのかだって、はっきりわかっていないのだろう。そういう微妙な年齢なのだ、私たちは。
「まあ、いいや。とにかく明日は楽しんだら? せっかくだからさ」
重くなった空気を振り払うように私は言った。
翌朝、スマホの着信音で目が覚めて、私は布団の中で重たい頭を上げた。
そんなに飲んだわけじゃないけど夜遊びの後は体が重い。年を取ったな、と思う。
どうせ詩織か絵美だと思ったのに、メッセージ画面に見慣れない名前とサムネがある。昨日知り合ったイケメンくんだった。
昨日はおつかれさまとか、これからよろしくとかの中身のないメッセージだったら無視しようと思ったのに、内容は前置きナシの気持ちがいいくらい直球の、ランチのお誘いだった。
なんだこの子、見込みがあるな。思って私はオーケーの返事を返す。
ここでまたどこの店がいいですか、とか待ち合わせはどこで、とかうだうだするようなら、やっぱり断ろう。
だけどすぐさま届いた返信には、有無を言わさず場所と時間が記してあった。今どき珍しい男っぷりだ。
私は嬉しくなって、何を着て行こうかと考え始めた。
なんといっても一回目のデートだしどうせ近場で昼間だから、ジーンズにピーコートという普段着で、メイクもいつもどおりで私は出掛けた。
駅前通りのアミューズメントビル。多分この中にあるワイン食堂か、ピザがメインのイタリアン食堂が目的だろうと予想して、クルマは置いて来た。だったらワインが飲みたい。
イケメン青年圭吾くんは、映画のポスターを眺めながらビルの前で私を待っていた。
カジュアルな格好でニット帽を被っている。長めの襟足が気になって、切ってやりたくてうずうずしてしまう。
そんな私の不穏な視線に感付いたのか、圭吾くんがこっちを見た。
ちょっとやそっとの目線なら気にならないんだろうな、イケメンは。
「お待たせしました」
「いいえ」
圭吾くんは、先に立ってどんどんワイン食堂に入っていく。
まだ昼前だから、奥の席に家族連れのお客がいるだけだった。
「ここってランプステーキが売りだよね」
「お肉好きですか?」
「大好き」
ステーキをシェアすることにして、グリッシーニ付きの牡蠣のアヒージョも注文する。
「これだと野菜が足りないね」
圭吾くんはシェフおススメサラダと、ドリンクメニューを開いてワインをボトルで頼んだ。
店員が離れた後で、はっとした様子で私を見る。
「勝手に選んで良かった?」
「いいよ。どうもありがとう」
女が我を出すのはがっちり仲良くなってから。最初はリードしてもらうのが理想だ。この子は間違いなくモテる。中には残念なイケメンもいるからね。
「飲んじゃって大丈夫?」
「ウチ歩いて行ける距離なんで」
「駅近って家賃高くない?」
一人暮らしなことは昨夜ちらりと聞いていた。
「職場が半分出してくれるんです。ほら、あそこ」
ウィンドウ越しに通りの向こうを指差す。ここは通り沿いのビルの二階だから、少し先の交差点の角まで見渡せる。
圭吾くんが指差してるのは、角のこじゃれたカフェだった。
「カフェの店員さん?」
「そう。オーナーがサークルの先輩っだった人で、結構優遇してもらってる」
なるほど。イケメン店員がいるといないじゃまったく違うのだろうな。
それに何より圭吾くんは品が良い。私が引かれたのはそこだった。
今こうやって一緒に食事しててもそう。圭吾くんは食べ方がとてもキレイ。
昨日の居酒屋での箸の持ち方は完璧だったし、目の前でナイフとフォークを使っていても、音を立てない。
上品に美しく肉を口に運ぶ。中性的に整った容貌と相まって、どっかの国のお貴族様みたいだ。
気にする人は気にするし、気にならない人は気にならないかもしれない。私はどちらかと言えば気になる。付き合って一緒に食事する機会が増えるなら尚更だ。
食事のマナーって案外、大事。食べ方が汚い人は大分評価がマイナスされる。物を噛むのに音を立てる人は最悪だ。一緒に食事したくない。
私自身も、家で食事するとき鏡を置いたりして食べ方に気をつけるようになった。比べて、圭吾くんの仕草は実に板についていて、育ちの良さを思わせる。
「地元ここだよね?」
「そうですよ。紗紀子さんは?」
「私もずっとここ。大学も家から通ったし」
「それなら、オレの実家すぐわかると思う。目立つ場所にあるから」
その通りで、場所を説明されて、すぐに思い浮かべることができた。ああ、あの大きな家かって。
「お坊ちゃまなんだねえ」
「親が歯医者なだけです」
「後継ぎ?」
「まさか。もう兄貴が共同でやってます」
圭吾くんは苦く笑ったけど、彼がお坊ちゃまなことには変わりない。
お坊ちゃまかあ、少しメンドクサイなあ。
「オレのこと値踏みしてるでしょ」
ワイングラスを回しながら、圭吾くんはちらりと私を見る。
「それはお互い様」
ワインを舐めて笑い返してやると、彼もにこりとした。
「オレ、がちゃがちゃした女性は苦手なんです。シズカさんと紗紀子さんは、落ち着きがあっていいなって思った。それで紗紀子さんの方が好みだったから」
それは光栄。でもさ。
「そりゃあ、年が年だし。落ち着きがなかったら、逆に恥ずかしい」
「そうですか? 年は関係ないと思うけど」
「仕事で若い子ばかり見てるから、そう思うんじゃない?」
「いわゆる熟女も来ますよ。平日のランチタイムなんかマダムでいっぱい」
「へーえ」
今どきの主婦は優雅だなあ。
「圭吾くん、いくつだっけ?」
「二十三です」
祐介と同じかあ。
「ダメですか?」
そんな可愛く言われたら、ダメとは言えないなあ。
そう。私は駄目な大人なのだ。
上品な男はエッチも上品だった。物足りない。一度目だもん、仕方ない。
とはいえ、勢いに任せてホテルになだれ込んでしまったことを後悔しないでもない。
知り合ってからセックスまでの期間が短かい男とは長続きしない。それが私のセオリーだ。
体を重ねるまでに時間をかけた方が、それに比例して関係が長続きすると思う。まあ、私の個人的見解だけどさ。
しくじったかなあ。もっと段階を踏むべきだったかなあ。今更思っても遅いけどさ。
枕を抱いてもやもやしてたら、シャワーから戻ってきた圭吾くんが可愛くキスをしてくる。
「これで恋人ですね」
まあいいか。可愛いから。