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第4話 付けたがらない男

 週末の合コンはまあまあ楽しかった。

 でもあれだな、五対五とかって私にはもうきついかも。四人くらいで、お酒を嗜みながらじっくり話ができるほうがいいな。初対面の男子が五人となると誰が誰やら。


 そこで重要になってくるのが合コンの後のお楽しみ、女子サイドのみの『反省会』だ。それぞれ得た男の子の情報とそれについての考察を披露、意見交換という名目で男たちをこき下ろす。

 これが最高に楽しい。男子サイドは男子サイドで、誰がどの子を狙うのか担当を割り振る『相談会』を行ってるみたいだから、お互い様だ。


「コウジくんて子がかわいかったじゃん。色が白くてはにかんだ感じの。紗紀子好きそうじゃない?」

 絵美が私にごり押ししてきたけどパス。食指が動かない。なんか違うんだなあ。


「ユウタってのはギラギラしてたねえ」

 私が別の子の話を振ると、他の四人はいっせいに首を縦に振った。

「してたしてた!」

「あれで年下だもんね。顔だけなら童顔でカワイイけどな」

「年下のくせに仕切りたがってさ、うちら相手にそれはないっつうの」


 適度に回ったお酒をハンバーガーショップのコーヒーで冷ましているのだが、ボルテージは高まるばかりだ。本当に面白い。


「詩織はどうだった? キョウスケさんとずっと話してたじゃん。さんこ上だっけ?」

「ああうん、生春巻きがおいしいね~って」

 ほよよんと詩織が笑う。はいはい、花より団子だったわけだね。


「で、誰と誰が番号交換したのさ?」

 待ちきれないように絵美が核心に突っ込む。

 無用なトラブルを避けるためには大事な確認だ。若い頃には秘密にすることに優越感があったのか、この確認をしないで馬鹿馬鹿しいケンカ沙汰になったこともある。


 男のために女の友情にヒビを入れるなんて愚の骨頂だ。ビジネスでも合コンでもホウレンソウ――報告・連絡・相談――は大切。隠したっていいことなんかない。


 私と幹事の静香以外の、三人が手を上げる。

「紗紀は誰もお気に召さなかったの?」

 幹事の静香は苦笑いする。

 申し訳ない。私は顔をしかめて一礼する。


 キョウスケさんは、詩織にぴったりくっついてたから詩織狙いで番号交換してるのは見え見えだった。

 絵美はジュンヤくんとユウタくん。

 もうひとりの友人の理沙はユウタくんと番号交換していた。


「ユウタってのは紗紀子にも番号訊いてきたんじゃないの? もしや」

 絵美の鋭い突っ込みに私は重く頷く。隠したっていいことないからね。

「やってくれるなー。ユウタ」

 ぐふふふ、と笑う絵美の隣で、幹事の静香がうーんと唸る。


「確かに彼って職場でもちょっとノリが軽いかも。けど仕事はちゃんとこなすし悪い子ではないと思うよ」

 ほうほう。

「ジュンヤくんはね、ほんとに良い子。学生受けも先生受けもいいよ。明るいからね」


 ちなみに今日集まったのは、女子サイドは高校の同級生メンバー。

 男子サイドは静香の職場であるN大の事務職勤務の皆さまだ。キョウスケさんだけは少し違って、実験に使う薬品会社の営業さんだそうな。


「絵美ちゃんといい感じだったね。ジュンヤくん」

 ほわほわと詩織が言う。絵美もまんざらでもなさそうだ。

 私も、あの子は絵美と合いそうだと思っていた。

 ハンドルキーパーだと言ってお酒を飲まない彼に「偉いね」と声をかけると「実は飲めないんです」と笑っていた。「シラフで酔えるから大丈夫っすよ」と言って盛り上げ役になっていた。

 目端が利いて気遣いができている。女の子の扱いも上手だ。はすっぱな口をきいてはいても、実は乙女な絵美と合う気がする。

 考えていたら詩織と目が合った。思ってることは同じらしい。


「となると、コウジくんはノーマーク?」

「ねえ」

 色白の童顔でいちばん年下のように見えたコウジくんが、実は同い年だと静香から聞いて、みんながのけぞる。

「なんか読めない感じの人だね」

「可もなく不可もなく? 真面目そうではあるんじゃない?」

「そうだねえ……職場でも影が薄いかな。同級生だから話しやすいと思ったんだけど」


 首をひねりつつ静香が明るく言う。

「地元民だからコウジくんだったらまた違うメンバー集めてくれるってよ」

「それはいいかも」

「セッティングしてみる」

「静香タイヘンじゃない?」

「いいさー。私も出会いが欲しいもん」

「コウジくんは駄目なの?」

「いやァ。ちょっと結構」

 人気ないなあ。コウジ。


「理沙はどうなのさ? ユウタくん」

「んー、嫌いじゃないかな」

 ちょっとめんどくさいタイプの理沙の言い方に、私たちはこっそり目配せし合う。

「彼も友だち多いから言ってくれればいつでもって」

「じゃあ理沙はユウタくんとやり取りしてみなよ。そんで飲み会やるなら声かけて」


 そんな感じで今日の成果をまとめ、あとの話題は仕事の愚痴や友人の噂話など、あらゆる方向に転がっていく。


「六組にさあ、順子ってのがいたじゃん。獣医学部に行ったの」

 みんな頷いてるけど、私にはとんと覚えがない。同じクラスだったはずだけど。

「あんた受験前に大ゲンカしてたじゃん。あいつにこっちは勉強してるのにうるさいってイチャモンつけられて、休み時間におしゃべりして何が悪いって怒鳴り返してたじゃん。覚えてないの?」

 絵美が教えてくれたけど、さっぱり覚えがない。

「紗紀ちゃんらしいねえ」


「で、そいつがどうしたって?」

 話の腰を折られてちょっと不機嫌になっていた理沙が、気を取り直して話し出す。

「別れた上司に病気うつされてたのがわかって落ち込んででさ」

「マジで? ヤバいヤツ?」

「あ、ただのB型肝炎だけど」

 ただのってのもオカシイけどね。それだけでも十分大事だよ。


「身に覚えがあるのはその上司だけだって。あれってさ、バラまいちゃってる危険性があるから身に覚えのある相手に全部連絡しなくちゃいけないんでしょ?」

「そう聞くねえ」

「まあ、それはないから上司に話すだけで良かったみたいだけど」

「別れたって言ったよね」

「他の女と結婚したって」

「馬鹿だねー。ほんと馬鹿」

 ため息交じりに絵美が吐き出す。静香も顔を歪めている。


「オーラルでも感染するっていうけどさ、ゴムしてなかったの?」

「リング入れてるから生でしてたらしいよ。男がそうさせろって」

 なんという馬鹿。

「避妊リングじゃ病気は防げないねえ」

「避妊だって百パーじゃないよ。ゴムは併用。これ絶対」

 詩織と静香に続けざまに詰め寄られて、理沙は自分のことでもないのにバツの悪そうな顔をしている。


 多分、理沙は順子寄りの考えで、感染はリングの不具合のせいとでも言いたかったのだろう。

 どっちにしろ、自分の身を自分で守れなかった自分自身の責任だ。完璧に対策してたんならともかく、これじゃあ同情の余地はない。女同士、そのへんはシビアだ。


 それとも、あわよくばその男の子どもを妊娠したかったのかな。結婚したかったのかな。それだって無謀極まりない。愚か者のすることだ。

 だけど好きな男のために愚かに成り下がってしまうのも女のさがだ。


 哀しく思って目を上げると、絵美は暗い表情をして俯いていた。思い出しちゃってるんだろうな、自分のことを。




 絵美は学生時代、インディーズバンドのドラマーに入れ込んで、追っかけみたいなことをして手紙を渡したりしていた。ほどなく男から付き合おうって言われて、絵美は有頂天だった。

 男のアパートにお弁当を持って通ってセックス三昧らしかった。それだって若気の至りってヤツだ。よくある話。

 問題は避妊をしてなかったことだ。


「だって、外で出せば大丈夫って」

 そいつとが初めてだった絵美は、お腹の上に射精されてびっくりしたけど、それが普通だと言われ納得してしまっていた。

「ゴムは体に合わないからヤダって。これで妊娠させたことないって」

 これを聞いた私は、あまりのことに目の前が真っ赤になった。

 男も大概だけど、自分の親友がこんな大バカ者だったなんて。


 あのときの私は怖かったと今でも絵美は時々言う。

 今まで妊娠しなかったことに感謝しろとどやしつけ、私は絵美にお説教した。

 絵美は基礎体温についてきちんとした知識もなく、自分の排卵日すらわかっていなかった。なんていう無知。

 私の勢いに絵美は涙目になっていた。


 親や学校が性教育を施さないから、いやらしいことだと目を覆ってばかりで正しい知識を与えないから、真面目で純真な子ほど、偏った知識で達人ぶったおかしな連中の餌食になってしまう。

 私だってそうだ。恥ずかしがらないで、友だちとだってそういう話をどんどんすれば良かった。情報を共有すれば良かったんだ。


 激しく悔やんで、私は絵美に基礎体温計を買いに行かせ、危険日を避けたうえで必ずコンドームを使うことを約束させた。

 絵美はまたすぐに私に相談してきた。

「彼がどうしてもヤダって。そもそもコンドームなんか持ってないって。どうしてもって言うならお前が買ってこいって」


 私は目の前が真っ赤を通り越してどす黒くなる感覚を味わった。

 なんだそれ。コンドームも持ってないくせにいっちょ前に行為だけはしたがるなんて何処の王様だよ。

 そんな男のアレはちょん切ってドブに捨ててやりたい。


 そんな男でも絵美はそいつのことが好きなのだ。別れろってどやしつけてやりたいけど、そんなことして私と絵美がケンカになってしまったら、私は絵美を守れなくなってしまう。

「それなら買いに行ってきなよ。そしたら使ってもらえるんでしょ」

 努めて冷静に返した私に、絵美は情けなくも宣った。

「恥ずかしいよ。あれって男が買うモノでしょ」

 お馬鹿さん。

 もう叫ぶ気力もなく、私は絵美を連れてショッピングビルの中のドラッグストアに行き、有無を言わせずコンドームを買わせた。


 話を聞く限りそのドラマーは、今度は付け方がわからないとか言い出しそうな予感がして、私は先回りして絵美に確認する。

「付け方わかる? パッケージに書いてあるから大丈夫だと思うけど」

 絵美は不安そうな顔をする。そうだよね。


 ビル内の化粧室の鏡台の隅で、私は絵美に付け方をレクチャーした。

「抜くときも根元を押えてズレないように、そうっとね」

「うん……」

「終わったら小さくなる前に抜くんだよ。うっかり奥に入っちゃって取れなくなって産婦人科行った、なんて人もいるんだからね」

「う、うん……」


 そうしてしばらくはゴムを使っていたけど、やがて男が面倒だと言い始めた。やっぱりねと、私は絵美に断固として言い切った。

「私を好きならちゃんとしてって可愛く頼むんだよ」

「うん」


 それでももったのは数回だけ。私はオーラルからの流れで装着してしまうことを提案した。

「口に出すまで続けろって言われるよ」

「我慢できない、早く早くって言えばいいよ」

 私も半ば、意地になっていたかもしれない。


 辛抱強い絵美はその男に二年も尽くして交際を続け、やがて男は夢とやらを諦めて故郷の九州に帰っていった。

 もっと早くに帰ってくれれば良かったのに。


 そいつと別れた直後の絵美は、しばらくの間抜け殻みたいになっていた。

 入れ込むほどの男なんかじゃなかった。それは本人にだってわかってたはずだ。

 だけど、一度燃え上がったらどうにもならないのが恋愛だ。燃え尽きて、後には何も残らなくたって、きっとそれも……。




「良い経験だよ」

 厳かに絵美がつぶやいて、皆の視線が集まる。

「大事にならなかったことに感謝してさ、これも経験だって受け止めるしかないよ。もう二度と同じ間違いはしないって心に決めてさ」

「そうだねぇ」

 詩織が優しく頷いて目を細める。


「今度順子のことも誘ってみる?」

「ええ? 私覚えてないんだけど」

「冷たいなあ。紗紀子は」

 女同士はシビアだけど。ときには冷淡に距離を置いたりもするけれど。

 だから付かず離れず長続きする。友だちは、人生の宝だもんね。

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