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第20話 やっぱり年下の男(後編)

 さて、と私は着ていた上着の裾をなんとなく整えてから、お店へ向かった。

 住宅街の一角にあるこの和カフェは、呉服屋さんが会員向けに経営していた茶道教室の茶室を改造したとかって、オープン時に話題になってたお店で、私も気になっていたスポットだ。


 静かな個室が評判で、でも要予約だったよなぁといろいろ思い出しながら垣根の内側の石畳を進む。その途中でナオトくんと会った。

「こんにちは」

 私を迎えに出て来てくれたみたいだ。気が利く、優しいぃ。

「さっき店員さんにダメもとで聞いてみたら、キャンセルがあったって個室が空いてて。ラッキーですね」


 ケイゴくんもそうだったけど、絵美のカレシのジュンヤくんもそうだけど、私たちの下の世代の男の子ってソツがないなあとつくづく実感する。ナオトくんもモテるのだろうなぁ、フツウに。


 ナオトくんにくっついて店内へと入ってみれば、BGMもないとても静かな空間で、でもお客さんがいないわけでも無言なわけでもなく、聞き取れない程度にトーンを押さえたおしゃべりの声がBGMの代わりになってる、と感じるめちゃくちゃ落ち着いた雰囲気だった。


 個室は奥の中庭に面した並びで、三畳間を障子で仕切られたほんとの個室だったのでちょっと驚いた。個室と銘打ちつつパーテーションで仕切っただけってお店は多々ある中で、ここは評判がいいだけあるなと感心。


 そろそろと靴を脱いで畳に上がる、そろそろと掘りごたつに足を下ろして座る。静かーなお店だから、静かーに動かなきゃってなっちゃう。

 ふと、座卓を挟んで向かいに座ったナオトくんと目が合う。同じこと考えてるなーとぴんとくる。ふふっと笑うとナオトくんもにこっと笑った。


「こういうお店って緊張しない?」

 オーダーをすませた後で小さな声で話しかける。

「緊張するけど、そこが好きだったりします」

「はは、わかる気がする」

「こうやって小声で話すの、内緒話してるみたいで、仲良しな感じがするし」

 お互い知らず知らずのうちに頭が近づいていて、目の前のこげ茶の瞳にさっといたずらな色がよぎったのを目撃して、私はやられたかな? とちょっと身構える。


 ふわふわな明るい茶髪で、鼻筋の通った優しい顔立ちで、癒し系なイメージをかもしだしているけれど、意外に計算高かったりする? 無防備にものすごーく自然に個室に連れて来られたけど、ほんとはそのつもりで予約してあったのだったりして。実は昨晩から、いろいろ、演出されたのだったりして。


 なーんて勘ぐっちゃうのは三十オンナの悪いクセ。

 緑色が目にやさしく香りも良い抹茶入りの煎茶をゆっくり口に含んで、私はこれからの段取りを考える。


「改めて、ちゃんと話さなきゃだなって」

「昨日のこと?」

 丸い瞳に笑みをにじませながらナオトくんはちょっとだけ首をかしげる。くそ、小動物みたいでカワイイ。リスだ、リス系男子だ。


「というより、これからのこと」

「いいね、そういうの大好き。じゃあ、僕が紗紀子さんの考えてること当ててみる」

 うう~、あざとい上目遣いはやめてください。

「どうやって断ろうって言い訳を探してる。どう?」

 言い訳だって、やな言い方するなあ。私はつい人の悪い笑顔になっちゃう。なのにナオトくんはあくまでカワイイ笑顔だ。いろいろ負けてる気分。


「正解だね。じゃあ、僕の考えてること当ててみて」

「私をからかって楽しんでる。どう?」

「はずれー。僕はいたって真面目に話してます。紗紀子さんをモノにしたいから」

「ほら、からかってる」

「そーゆーふうに相手の本気をかわそうとするのが紗紀子さんのダメなところ。違う?」

「降参」

 私は両手を上げてみせる。


 会話が途切れたタイミングで障子の向こうから声がかかり、店員さんがスイーツセットを運んできた。私とナオトくんの手元の湯呑にささっとお代わりも注いでいく。実にありがたい。

「いただきます」

 ひとまずクールダウンだと思って手を合わせて見つめると、ナオトくんも心得た様子でにっこりして手を合わせてから匙を手に取った。


 クリームあんみつに抹茶ラテ、なんて組み合わせでオーダーしちゃったあたり、頭が回っていなかった、と私は反省しながら甘味をたいらげ煎茶をすすった。お冷の代わりにお茶で良かった、ほんといい店。


「ごちそうさまでした。じゃあ、僕から提案するよ」

「うん」

「おためしってどう?」

「私はそういうのは好きじゃない」

「なんで?」

「軽く感じるから」

「えっちしといて?」


 面と向かって言うのは気がひける、でも正直に話さないと通じない気がして、私はぶっちゃけた。

「ヤるだけなら好きじゃなくてもできるでしょ。でも、お付き合いは好きな人としたい」

 ふはっとナオトくんは噴き出した。

「紗紀子さん、かわいい」

 なんだとコラー。カワイイ顔して上から目線。すっかり掌で転がされちゃってる。


「ナオトくん、モテるでしょ」

「モテないモテない」

「うそうそ」

「うそじゃないって。僕こういう話し方でしょ? 馬鹿にしてるって嫌われちゃうんだ」

「そう? 私は話しやすいけど」


 うっかり口がすべっちゃって、しまったと思ったけど遅かった。ナオトくんは憎らしいほど嬉しそうに笑う。

「……僕ね、自然体なのが好きなんだ」

 リラックスする姿勢になって彼は私を見つめた。

「紗紀子さんは自然体でキレイな人だなって思いました」

「どこが? 昨日なんてめっちゃ気合入れてたよ?」

「でもすごく自然だった。無理してる感がないっていうか。盛りすぎて痛々しい人っているじゃないですか」

 私が難しい顔つきをすると、ナオトくんはうーんと自分の前髪をいじった。


「ええと、難しいな……なんて言えばいいかな、おしゃれが板についてるっていうか、自分のスタイルをちゃんとわかってるっていうか」

「そりゃ、それなりに冒険してきた結果の今のスタイルだもん。それなりの年齢になったらそれなりに落ち着くもんだよ?」

「だからそれって年齢関係なくて。どの年代でも無理してる人は無理してるし、自分を理解できてる人はできてるし。僕、職業柄人間観察には自信あるんだよ?」


「仕事って?」

「当ててみて」

 言われると思った。ちょっとだけナオトくんとの会話のコツがつかめてきた私は、自分も姿勢を楽にしながら返した。

「ファッション関係?」

「はずれ。介護職です」

「ほんと?」


 ナオトくんの髪の毛をガン見しちゃう。介護職って髪色は黒、服装はポロシャツでないとって聞いたことある。

「うちは髪色うるさくないんだ。清潔感があるならって。気分が明るくなるって言ってくれる利用者さんもいるし」

「そっかあ、そうだよねえ。ごめん、偏見があった」

「ほら、そういうところ。紗紀子さんはすごくナチュラル。僕はそういう人が好き」


 前に圭吾くんに、落ち着きのあるなしと年齢は関係ないって言われたことを思い出した。求められてることは同じなのかもしれない。

 そんな圭吾くんとはうまくいかなかったわけで。ありがちな言い方をするなら、私が、ほんとの自分を見せられなかったからで。だから年下相手にいい格好するのはやめようって反省したのであり。


 でもそういう説明をしたところで、年下ってざっくり括るなって絶対反論される。ううん、メンドクサイ。

「めんどくさいでしょ? だからおためし」

 すっかり先回りされて、私は黙るしかない。


「言い方が悪いんだよね。ええと……、更新制! これならどう?」

「うん。意味合いは分かる」

「良かった! ね、これならめんどくさくない。二週間ごとに続行か終了か確認。どちらかが終了したいってなったら理由は問わずそこでお別れ。どうだろう?」

 合理的すぎて情緒がない。でも確かに楽ではありそうで。


「今の内容、文書で保存しとくべき?」

「いいね。リマインダーにメモしておこう」

 マジか。いそいそとスマホを取り出されては冗談とも言えず。

 話をつけたうえで付き合うならいいんじゃないって静香の言葉を免罪符に、私はただ苦笑いですませた。

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