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第20話 やっぱり年下の男(前編)

 やっちまった。

 目覚めればそこはラブホのお部屋で、ベッドの上で裸で男と抱き合ったまま横たわっている自分の姿を鏡越に目撃すれば、誰だってそう思う。

 個人的には鏡があるのはキライだけど、こういう役にも立つのだなあ、なんて、違うと思うけど。


 ううむ、と昨夜の自分の行動を振り返る。

 昨日の午後は、我らが詩織ちゃんの結婚披露宴だった。新郎は薬品会社の営業さんだけあって顔が広く、新郎側の関係者各位がそれは大勢で、イマドキ豪華な披露宴だねぇと感心しつつ私たちは友人席でお料理とお酒を楽しんだ。


 白無垢白ドレスは着用せず、モダンな柄の黒地の打掛に現代風アレンジの地毛結い姿は小柄な詩織に似合っていたし、肩回りを露出した深紅のドレスも素敵だった。背中のお肉がのってもいなくて、ダイエットがんばってたもんなあ、とほろりとくる。


 友だちの中で、詩織はやっぱり特別で、絵美も含めていつも一緒の三人だったし、詩織のふんわりと優しいしゃべりかたは癒しだったし、意外にずばずば指摘してくるのもありがたかったし、なんだよ、けっきょくキョウスケさんとゴールインかよ、と、新郎新婦によるご両親への挨拶のときには私も妙なスイッチが入っておいおい泣いてしまった。


 そのまま二次会に突入して、やけ酒よろしく飲み過ぎてしまったのだなあ、うん。長らく合コンからも遠ざかり、女同士でごはんを食べにいって少し嗜む程度でいたから、弱くもなっていたのかも。


 で、この綿毛みたいなふわふわな柔らかい茶髪の持ち主は誰だ? なんで私が腕枕してあげてんだ? 腕しびれてるんですけど。

 胸元に寝息を感じるけれど顔が見えない。鏡で金髪に近い茶色の髪を確認しながら、私はまたううむと唸るしかない。


 骨ばった細い体つきに明るい茶髪。若いよなあ、これは。若すぎる。こんな子、二次会メンバーにいただろうか? それとも三次会から合流したキョウスケさんの後輩?? まったく覚えがない。


 あいている方の腕を上げてまいったなあと、髪をかき上げたとき、茶髪男子がもぞもぞと身動きした。

 起きますか? どいてくれますか? 腕しびれてるんで。


 ぱっちりと目を開けて頭を上げたその顔は、色白で鼻筋の通った中性的なお顔立ちのハンサムくんで、私の好みといえばそうである。

 やっちまった。またその言葉が頭の中をぐるぐる回る。


 茶髪のハンサムくんはふにゃっと笑って、顔立ちに比して低めに感じるお声で囁いた。

「おはよう、昨日はステキだったね」

 どう反応しろと……?




「ばーかばーか。ジュンヤのクルマで一緒に帰ってればよかったのに」

「なんでもっと強く誘ってくれなかったのさ」

「人のせいにするな、ばーか。三十になったら生まれ変わるとか言ってたくせにばーか」

 不肖、田島紗紀子三十歳になりました、これからは落ち着いた大人の女性になります。と宣言していたのは確かに自分で、くそ、なんも言えない。


 ファミレスの席で私はぐったりテーブルに突っ伏す。

 にしても絵美はいつにもまして容赦がなくて、詩織が結婚しちゃったのが寂しいのかな、やっぱり、なんて私は思う。


「そんなに酔ってるふうには見えなかったけど」

 苦笑いしながら静香がフォローっぽい発言をしてくれたけど、まったくフォローになっていない、むしろ逆で私は頭を起こして力なく笑う。

「三次会に移動したのは覚えてるけども、途中からすこんと記憶がない」


「うちらそんなに長いこといなかったよ。キョウスケさんの後輩グループがどっと来て、席がいっぱいになっちゃったからうちらはこれでって感じで」

「そのへんのことを覚えてない」


「紗紀子ちゃんと荷物持って歩いてたぞ。そんでジュンヤのクルマのとこまで一緒に歩いて、なのにあんた、まだ早い時間だからぶらぶらしたいとか言ってどっか行っちゃって」

「止めてよー、もっと強く」

「ツンデレか」

「で、そんな紗紀を追いかけてきたの? そのキョウスケさんの後輩くん」

「って言うんだけどさ」


『キレイな人だなって思って』

 ふわふわ茶髪の彼、ナオトくんはキョウスケさんの高校時代の後輩で、在学期間は重なっていないけど、生徒会OBのキョウスケさんにいろいろお世話になっているのだそうだ。

『出会いがあるかもだぞって勢いで連れてかれた感じで、どうしようって思って。あ、でも、キレイな人がいる、お話したいなって。でもすぐに帰っちゃって、だからつい後を追いかけて』


「それを世の中ではストーカーと言うのだよ」

 絵美の指摘はもっともで、私もぼーっとベッドの上で彼の話を聞きながらちょっとコワイなあとは思ったけれど。

「誘導したってんなら大成功だけど」

「誘い受けかっ」


「紗紀って年下キラーだよねえ、ケイゴくんのときもさ、寄って来たのは向こうからだもんね」

「静香だって年下にモテてるんだよ?」

「でも、あたしは年下好きじゃないからさ」

「苦……ッ」


「それでふたりで飲んで意気投合してホテルまで?」

「紗紀子のいつものパターンじゃん」

 くそ、なんも言えねぇ。

「そーゆーことを、やめるとか、言ってなかったっけ?」

「ほらでも。紗紀はさ、ちゃんと身を慎んで頑張ってたよね」

「その反動ですべておじゃんにしてたら意味ないよなあ」


 うう、ここに詩織がいたなら優しく慰めてくれるんだけどなあ。詩織ちゃんは新婚旅行に出発して今ごろは空の上だ。


「で、その」

「ナオトくん」

「いくつだって?」

「二十六」

「許容範囲じゃない?」

 私は行儀悪くテーブルに両肘をついて顎を支えた。

「見た目は二十三」

「童顔かあ」

「一緒に歩いてて恥ずかしいくらい」


 キレイだと思って、なんて言われたところで、そりゃ友だちの披露宴に出席するのに二週間前からダイエットしてボディラインを整えて、気合入れてメイクして着飾って、それなりに見目好く見えたならそれはあのときだけの話で。


 それなのに、化粧がはげ、髪もぐちゃぐちゃになってる三十オンナを目の前に、よくも言えたなあ、天使か、あなたは天使かって、私好みのキュンとくる笑顔の持ち主であるだけに。つまみ食いしちゃってごめんなさい、なかったことにしてください、とはいかず。


「それで付き合うのか」

「いやあ」

「紗紀。はっきりしないと」

 めっと静香に怖い顔をされて、そうだよね、と私も背筋をただす。

 こんなん、眉間を寄せて怒りそうな人たちの顔が他にも浮かぶ。由希ちゃんとか由希ちゃんとか由希ちゃんとか。


 また連絡しますね、なんて手を振るナオトくんに、曖昧な笑い顔で手を振り返して今朝は帰ってきてしまったけれど。ちゃんと話さないと駄目だよな。よし。

「よし。今メッセ送る。ちゃんと話そうって」

「おし。送れ送れー」


 ところが。鞄からスマホを取り出したとたんにメッセージアプリに着信があって私は驚いた。

 当のナオトくんからだ。「体調どうですか? 二日酔いには温かい緑茶が良いそうです。出てこれそうなら和カフェにご一緒しませんか。お話したいです」だって。


 やーん、優しい。しかもなんてスマートな誘い方、有無を言わさずお店の情報を貼ってあるのも好感触だ。私はこういう合理的なのが好き。


 うきうきした気分でいたら顔にもろに出ていたらしく、絵美からはしらーっとした目で見られ、静香からは苦笑いを向けられた。

「話をつけたうえで付き合うならいいんじゃない?」

 合理的思考にかけては私の上を行く静香がそう太鼓判を押してくれた。





 待ち合わせの和カフェには絵美にクルマで送ってもらった。私がグロッキーだったからお昼に家まで迎えに来てくれていたのだ。ほんと申し訳ない。


「昨日の今日でがっつくなよー」

「しないよ。明日は朝から仕事だし」

 真顔で返事を返すと、だよねーと真顔で返された。

 この年になると女だって男女の付き合いよりも仕事が大事で、翌日の仕事に影響しないような休日の過ごし方を考えちゃう。なんか本末転倒な気もするけど。

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