第16話 探る男
「別にさ、より戻したってよかったんじゃない」
絵美が言って、詩織もうんうんと頷いたけれど。
「やだよ。もう疲れた、馬鹿馬鹿しい」
「紗紀ちゃんてば、強がって」
そうだね、強がりかもしれない。
でもさ、強がることさえできなくなったら女はお終いだよ。強がりだっていいよ。それがホントになればさ。
「男断ちも飽きたなあ。そろそろ漁りに行こうかなあ」
「いいんじゃない? 頑張った、頑張った」
「キョウスケさんの友だちにいい人いない?」
「そうだねえ……」
詩織は微妙に微笑む。
「独身の人いないの?」
「ほとんど独身だよ。でもねえ」
残り物にはワケがあるのか?
詩織は当てにならない感じだったから静香に声をかけてみた。
「いいよー。行こう行こう」
やっと退職できた歓びでテンションが上がっていた静香だったが、
「だけど合コンは面倒だなあ」
と言うから、出会い系のお見合いパーティーに参加してみることにした。
フリーペーパーの広告を見て週末開催の回に空きがあるか問い合わせてみる。
「大歓迎です。お待ちしております」
どうも女性は数が足りていないようだ。大丈夫なのかな。
当日静香と連れ立って会場に行った。結婚式場の中ホールだ。
長テーブルがコの字型に配置されて番号順に座らされた。
受付で渡されたカード類を見渡してみる。気に入った異性に渡すのに使う連絡先を記入するようになってるカードと、最終的に意中の相手の番号を三人記入して提出するカード。
自分がメモに使用するチェックシートに、異性と話すときに互いに見せ合うプロフィールシート。参加者が一生懸命書き込んでいるのはこれらしい。
メンドクサイ。顔を上げると静香も苦笑いしていた。
時間になって司会者の女性の進行と共にトークタイムとやらが始まる。
制限時間内に向かい合った相手と話し、時間が来ると男性が隣の席に移動して相手が変り、またトークが始まる。
なんだこの光景は。聞き耳を立てていると、私の前から移動した男性は、隣の静香を相手に一言一句違わない自己紹介を繰り返している。なんだこれ。
慣れた様子でメモを書き込みながら聞き取り調査のように相槌を打っている人もいれば、鉛筆を持たずに純粋に会話を楽しんでいる風な人もいる。
なんかカルチャーショックだ。世の中にはいろんな男と女がいる。その縮図のようで。
「疲れちゃいますね。こう人が多いと」
次の男性が私の前に腰を下ろしながら言う。
「ほんとですね、男の人は動かなきゃならないし」
相手の顔を見て、息が止まるかと思った。
「鈍いな紗紀さん。やっと気づいたの?」
圭吾くんだった。
「なにやってるの?」
「友だちに誘われてさ」
ちらっと圭吾くんは横を見る。今静香と話しているのが圭吾くんのオトモダチらしい。
「紗紀さんこそ、こんなとこ漁りに来なくてもオレはいつでも空いてるのに」
「お呼びじゃないよ」
「冷たいなあ。なんならここで友だちから始めようよ」
うまいこと言うなあ。ホント男ってのは口が減らない。
「元カレと友だちになるとかって、私はない」
「そうだよね。オレも狙うなら恋人だし」
ははは。イケメンはやっぱり自信たっぷりだ。
時間がきて男性が席を移動する。圭吾くんは今度は品よく静香を相手に世間話をしている。ソツのない子だ。断ち切るのは寂しいけれど、やっぱり私は引っ張れない。
その後のフリータイムでは小振りのケーキとドリンクを飲みながら、近寄ってきた人たちを相手に話をした。
私はもう疲れてしまって口数が少なくなったけど、静香はほどよく相手をしていた。
人の固まりをすいすい縫って近寄ってきたスタッフさんにさりげなくカードを渡される。何も言わずにすっと離れてしまったから何かと思う。
見ると、名前と番号、今度ゆっくりお話したいです連絡ください、みたいな一言が記されたカードが三枚。
なんじゃこりゃ。同じものを手渡された静香がやっぱり苦笑いしていた。
「疲れたねえ」
「あんな本気でひとりひとりと話さなきゃならないとは思わなかった」
腹ペコでやって来たファミレスでハンバーグに食いつきながら静香とふたりだけの反省会をする。
「ちょっと驚きだけどさ、出会いの場としては悪くないよね」
それには私も同意する。なにしろ、いろいろな人がいた。
そして何よりお酒が入らないのがいい。合コンだとお酒が入ることでノリが軽くもなるし本当の人格も見えにくい。
本気で出会いを求める人には、ああいう催しはありなんだろうな。
「ちょっと私はもうないなあ。疲れるよ」
「初めてなんだからしょうがないよ。今日はあくまで様子見。こういうのは二度目からが勝負でしょ? まずは的確に一人一人の特徴を捉えて把握することが肝心だよね。連絡先貰ったところで誰かわからないんじゃしょうがないもん。最後のカップル成立ってヤツもさ、こうやって直接アプローチできる手段があるなら、そこに拘らずに自分の好みで的を絞ればいいんだよね。それでフリータイムをいかに活用するかが……」
何事も理屈で合理的に攻める静香は、攻略することが目的になってしまってるようだ。ゲームかっ。……まあ。似たようなものだ。
週末にランチに誘うと、由希ちゃんは喜んで出てきてくれた。
奢るつもりでオープンしたばかりのカフェレストランで話題のシカゴピザを食べたのに、
「無職の人にお金出してもらいたくないです」
と逆にご馳走になってしまった。カワイイ顔して男前なのだ、この子は。
「あの銀行の人、来るたび紗紀子さんのこと聞いてくるんですよ。口止めされてるから私も社長も何も教えたりしませんけど」
「うん、ありがとね」
「もてる女は大変ですね」
そういうことじゃあ、ないだろう。「あんな置手紙ひとつで消えるとか何考えてる」とか「指輪が無駄になる。どうしてくれる」とか。
言われそうなことの見当はつく。決して私を口説きたいわけではないはずだ。
「そんなに佐藤は頻繁に来る?」
「はい。しょっちゅう何か資料を持って来ては社長とコソコソやってますよ。林さんとも話してるときあるし。個人のローンの話をする人もいるから、林さんもそうかもしれませんけど」
社長は支社を出す考えがあると言っていた。あのオヤジの辞書には熟慮の文字はない。思い立ったら突っ走るはずだ。
ヤツはまた大盤振る舞いで融資を取り付けるのだろうな。
住宅ローンでも企業融資でも、安い保証金で審査が通るかは担当の腕にかかっている部分もある。何かと使い勝手のいい奴が戻ってきたことは社長にとっては渡りに船だったろうな。
ヤツにしても復帰早々大仕事にありつけたわけで、持ちつ持たれつのウィンウィンな関係というやつだ。こういう機会に恵まれるからこそ、あのふたりは成功者なんだろう。
幸運の女神様には後ろ髪がないっていう。多くの人間は過ぎ去ってからチャンスだったことに気がつく。
わかってても怯んで手が出せない。決断できない。即決して行動できる人間がチャンスを掴む。
それは。ビジネスでも恋愛でも同じなんだろうな。ましてや結婚ともなれば、尻込みしてるようじゃとても決断できない。
思ってしまってから「ん?」となった。いやいや、ワタシ結婚したいとか思ってないし。
「何、百面相してんですかあ?」
じとっと由希ちゃんに見られる。
「いやいや、なんでも。弥生さんは? 元気?」
「特に変わりなくですよー。また飲みに行こうって言ってました」
「そうだね」
笑って私はコーヒーを飲む。
窓の外はいい天気だ。窓際の席からは隣の公園の遊歩道が見える。
「食後の運動に少し歩こうか?」
「いいですね!」
由希ちゃんは実にノリ良く賛成してくれた。




