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第13話 欲しがる男(前編)

 大晦日には絵美と詩織がかまってくれて、私は泣くほど嬉しかった。

「クリスマスには遊べなかったからね」

「イベント直前に男と別れるとか、自分の馬鹿さ加減を思い知ったか」

 ちきしょう。友だちって大事。友だち大好き。


「クリスマスはどうだったのさ?」

「んー。別に普通」

 とか言いつつ絵美は某ブランドのミニショルダーを見せびらかす。

 いつもお金がないないとこぼしているジュンヤくんが頑張ってくれて、絵美も嬉しいみたい。

 お金持ちがくれる豪華な宝石よりも、貧しい人がくれる一輪の花の方が何倍も心に染みる。そういうことだよね。


 結婚相手としてはどうなんだろうって考えちゃうけど、ジュンヤくんはしっかりしてるから貯金とかしてるのかも。

 遊び相手なら羽振りの良い人がいいに決まってるけど、結婚するならケチな男の方がいい。


 詩織はキョウスケさんと仙石原のペンションに泊って豪華ディナーを楽しんだそうな。まあ、ロマンティック。

「星の王子さまミュージアムに行ったんだよ」

 キョウスケさん、狙いすぎでしょ。帰りにはなんと、詩織の家族にってケーキを買って持たせてくれたんだそうな。


 このまま外堀を埋められ来年あたり結婚してしまうのではないだろうか。

 それでもいいって詩織も思い始めているのかもしれない。戸惑った顔をしなくなったから。

 まあ、見守ってあげようじゃないか。サキコサンは心静かにすごそうと心掛けているところだから。


 恒例の年越しカラオケで『学園天国』と共に新年を迎え、そのまま初詣に繰り出した。

 境内でお汁粉を食べて満足して、ひとりの部屋に帰って寝た。





 起きたのは昼前で、やれやれと思いながらシャワーを浴びて身支度する。

 手土産は何にしよう。

 部屋を出て二階の通路から辺りを見渡す。

 静かな住宅地。人っ子一人外にはいない。いつもの静かな元旦の風景だ。アパートの駐車場には、帰省してる人が多いせいか車が少ない。

 私は自分のクルマに乗り込んで実家へと出かけた。


 途中でできたばかりの話題のケーキ屋さんに寄って和三盆のロールケーキを買う。意外とお年賀に使う人が多いみたいでお店はとても混んでいた。


 実家に着いたのは午後の二時くらいだった。

 同じ市内に住んではいるけれど、私はここにはあまり帰らない。理由は簡単。居場所がないからだ。


「来たよー」

 声をかけながら玄関を開ける。子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。

「あ、お義姉さん」

 リビングから義妹の美樹ちゃんが顔を出した。

「来た来た。サキコ」

「サキコ!」

 甥っ子ふたりが駆け出してくる。

「伯母さんに失礼だよ」

「いいよ。サキコチャンて呼ばせてくれれば」

 オバチャンだなんて死んでも呼ばれたくない。


 リビングを覗くと、父親と弟は昼間から始めていた。

「おう。おまえも飲むか」

「飲まないよ。クルマで来ちゃったもん」

 素通りしてロールケーキを台所に持って行く。母親はそこでおせちを重箱に詰めていた。

「いらっしゃい」

「おめでとう」

「何がめでたいもんさね、またひとつ年をとるんだよ」

 顔を見るなりヤなこと言うなよ。


「ケーキ買ってきたよ。おやつに食べよ」

「ケーキ、ケーキ!」

「サキコ、オトシダマは?」

「サキコチャンって呼びなさい」

 まったく、子供はすぐに纏わりついてくる。


「おめでとうございます」

「うん。おめでとう」

「おめでとう」

 父親と弟に挨拶してこたつに座ったはいいけど、しらーっとした空気が流れる。

 まったくさあ、生まれ育った家がこんなに居心地悪いってどういうことさ。


「お義姉さん、お茶でいいですか?」

「おかまいなく。飲みたくなったら自分でやるから」

「サキコチャン。人生ゲームやろうぜ」

「やだ」

 正月から落ち込みそうなことはしたくない。


「あんたたちうるさいから。部屋で遊んでよ、ね」

「やだ。公園行きたい」

「行きたい」

 困った顔をした美樹ちゃんだったが。

「そうだね、おやつの前に遊んでこようか」

 立ち上がって台所の母親に声をかけ、美樹ちゃんはふたりの子どもを連れて出ていった。

 近くの公園に行くのだろう。気を使ってくれたのかな。


 思っていると父親も立ち上がって廊下の方に行ってしまう。

 すると弟が私ににじり寄ってきた。

「やい。紗紀子」

「なにさ」

「おまえどうするんだよ? ちゃんと真面目に考えてるのかよ」

 何を言いたいのかはわかってるけど私は敢えて黙る。

「父さんだって母さんだって、お前が結婚すんのを待ちに待ってるんだぞ」

 あー、うるさい。弟のくせに。

 私は黙ってミカンの皮を剥く。


「おまえが呑気にしてる間に父さんぽっくり逝っちまったらどうすんだ。死んでも死にきれないだろ」

「こら。縁起でもないこと言うな」

「そういうことだってあり得るってことだよ。だから早く結婚しろ」

「うるさい」

 私はミカンの皮を投げつけてやる。

 帰ってくるたびにこうだから帰りたくなくなるんだよ。


 この弟は独身貴族を謳歌している私と正反対で、なんと二十歳でデキ婚した。

 名古屋で学生していたとき、交際相手のひとつ年下の美樹ちゃんを妊娠させてしまったのである。

 泡を食ったうちの両親は彼女の両親に頭を下げに赴き、その場で弟は大学を辞め、ふたりは結婚することに決まった。

 そもそもが変わり者な弟は、勉学にはあまり興味がなかったからあっさりしたものだった。


 それより自分の家庭が早く欲しい。高校の卒業式の後、家族で食事に出かけたときにこっそりと私にだけそう言っていた。早く働いて稼いで、お嫁さんが欲しい。でも父さんは大学には行っておけ、としか言わないから、と。


 父さんには父さんの思いがある。中卒で内装工の職人として働きに働いてきた。腕一本で独立もしたが、学歴がないことが父さんのコンプレックスなのだ。私の職場の山王工業の社長が中卒だと知ったときには、言葉を失くすほど驚いていた。

「学歴は一緒でも、そもそも頭のできが違うんだろうなあ」

 私に言わせれば、ちゃらんぽらんな社長より職人気質な父さんの方が、よっぽどカッコよく見えるけど。


 だから高卒で父さんと一緒に働くと申し出た弟を、父さんは言葉少なに押し留めた。行ける頭があるのだから大学には行っておけと。

 大人しくそれに従ったかに見えた弟が、こんな荒業を繰り出すとは思いもしなかっただろう。


 早急に名古屋で式を挙げ夫婦となったふたりがこの家にやって来たとき、私は出ていかなければならないのだと思った。今はどうにかなっても子供が生まれるのだ。あっという間に手狭になるし私だって居心地が悪い。


 既にそのとき社会人だった私はひとりで引っ越しを決めてひとりで手続きをすませた。母親は嫁と孫を迎える準備で忙しいのだ。独身貴族の娘をかまっている暇などない。


「おまえも早く結婚しろよ」

 荷造りをする私に弟が言ってきて、

「うるさい」

 そのときにも私はそう言い返した。

 その後、最後の荷物を運び出して家を出る私に、父親がこっそり選別をくれた。

「何もしてやれなくてごめんな」

 らしくない気遣いに涙が出そうになった。

「そんなことないよ」

 そう返事するのがやっとだった。


 こうして子供がふたり生まれ、賑やかになったこの家に私の居場所はない。

 たまに顔を出せばこうして弟が説教してくる。

 本当に。同じ家に生まれた姉弟でも私とこいつとでは価値観が違いすぎる。


「焦る年でもないし。周りだってみんな独身だもん」

「おまえの周りがそうなだけだろ」

 失礼な。

「美樹の友だちはみんな結婚してるぞ」

 それなんだよねえ。どうして結婚する年齢って属する仲良しグループで偏るんだろう。友だちの影響って大きいんだなあ。


「あのなあ、紗紀子。世の中は早い者勝ちなんだぞ。優良物件からどんどん売れていくだろ。待ってたっていいことなんかないんだぞ」

 はいはい。

「いいか。残り物にはワケがあるんだぞ」

 おまえ全国の独身の皆様に謝れ。

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