第10話 見せたがる男たち(前編)
うちらが卒業した高校は女子高だった。中にいる本人たちは思いもよらないことだが、女子高という響きだけで男性たちは心をざわめかせるらしい。
内部では、思春期の少女たちがスカートめくりし合っていたり、ブラを見せ合ったり、夏にはスカートの裾をたくし上げて授業を受けたり、冬にはその下にジャージ着用でのし歩いている姿なんてのは、想像しないんだろうな、きっと。
幻想を拗らせ頭のねじを緩めすぎてしまった方々が、学校の周辺には数多く出没していた。
コートの前をはだけてぶらぶらさせたお兄さんとか、海パンいっちょのおじさんとか、クルマの中から「これ、これ」と振って見せるサラリーマンとか。
いわゆる露出狂の方々だ。
三年間に一体何本目撃させられたか知れたものではない。あの人たちは、少女たちが「きゃー」と頬を赤らめて走り去る姿を予想していたのだろうか。
馬鹿を言ったらいけない。大抵の生徒たちは慣れたもので、しらっと冷たい目で何事もなかったように通りすぎる。中には、じとーっと観察したうえで「ふん」と鼻を鳴らす強者までいた。
にもかかわらず犯行を繰り返すということは、それが快感だったのだろうか? 変態の考えることはワカラナイ。
そうは言っても、やはり中にはショックで心に傷を負ってしまった少女もいた訳で。
許すまじ、変態。大したモノでもないくせに、粗末なもん見せて喜んでんじゃねえよ馬鹿野郎。
当時のことを思い出し、私は軽く嘆息する。
「気持ちはわかるよ」
「先輩……」
待ち合わせた喫茶店で、高校の後輩の樹里が涙ぐむ。
悩みを聞いてほしいと連絡をもらい久々に会った樹里は相変わらず可憐で可愛らしかった。
その悩みも可愛らしいといえば可愛らしいものだ。
「あれがトラウマなんです、わたし。どうしても、気持ち悪いんです」
「でも一度はしたんでしょう?」
「真っ暗でわけもわからなくて、夢中だったし……」
初体験はみんなそうだよなあ。好きな人と結ばれたことが嬉しくて、しあわせで、翌日まで熱に浮かされたようにぼーっとなってしまう。
これが二度目となってくると、知ってしまったことが怖くて足枷になってしまう。二回目のエッチが難しいと言われる所以だ。
可憐な外見通り奥手の樹里は、この年になるまで清い体で、勤務先の先輩社員と親しくなり付き合い始めた。
そうなればすぐさま行為に踏み切ることは大人としては当然だ。
戸惑いつつも樹里は頑張った。相手の男のことが本当に好きなのだ。
おそらく彼氏も樹里が可愛くて仕方ないのだろうと思う。それゆえの要求なのだろうとは思う。
「好きならできるだろって言われたけど、どうしてもダメなんです。そう言う彼の方こそ、わたしを好きならどうしてこんな無理強いするんだろうって……」
うんうん。そうだよね。それこそ男と女の相違というヤツ。
彼女がカワイイからこそ強引にやらせて悦ぶ。男はみんなヘンタイなんだ。
だけどトラウマを持ってる樹里にそんなこと言っても始まらない。
瞳をうるうるさせている樹里を見つめて私は迷う。そんな嫌なことならやらなくていいんだよって言ってあげたい。
でもなあ。
舐める舐めないの問題で別れたカップルって実はけっこういたりする。
そんなことくらいでって大人になれば思うけど、まだ若いころには嗜好の不一致はなかなか乗り越えられることじゃない。
「そんなに舐めてほしけりゃ、自分でしゃぶってればいいんだよ!」
なんて暴言を吐いたのは、実は静香だったりする。理知的な彼女らしからぬ様相に、友人たちはみな青ざめたものである。
それくらいカップルの溝を深くする論争なのだ。
あの行為を喜んでする女はそうそういない。
気持ち悪いし苦しいし、口の中に出されたりすれば本当に泣いてしまう。
それくらいやるせない行為なのだ。
じゃあ、なんでそれをするのかといえば、好きだから悦んでほしいというのもあるけど、お返しの気持ちの方が強いと思う。
自分が気持ち良くしてもらって満足すれば、相手のことも気持ち良くしてあげたいと思う。だから我慢して頑張る。
お返しだよね、うん。ということは。
「樹里はさ、ちゃんと楽しんでる?」
「え?」
「ちゃんと気持ちイイ?」
「わ、わからないです。そんなの」
うーむ。
私は少し考えてから鞄を持って立ち上がった。
「場所、変えよう」
「え……」
「早く早く」
樹里を引っ張って私のクルマに放り込みエンジンをかける。
「彼氏とするのってホテル? どこ?」
もごもごと樹里が吐いた場所にクルマを走らせる。
インター下のホテル街にあるメルヘンチックなオブジェが目立つとこだ。実に樹里に合っている。
「部屋はどれを使ってるの?」
有無を言わさぬ口調で問うと、樹里はおずおずとパネルを指さす。
うむ、素直でよろしい。ちょうど空いてて良かった。
クルマを停めて部屋に入ると、樹里は怯えた様子で鞄を抱きしめた。
「せ、先輩っ。どうして……」
「シミュレーションするんだよ。実地でやった方が安心できるでしょ?」
「はあ!?」
「樹里はどうして私に相談してきたのさ?」
「そりゃあ、先輩が経験豊富だと思ったから」
「でしょ? なら経験に基づいてアドバイスしてあげる」
上着を脱いでブラウスをくつろげながら私は樹里に流し目をくれる。
「お風呂一緒に入る?」
「せんぱい~~」
もはや樹里は泣きそうだ。はは、カワイイ。
「冗談だよ」
よいしょとベッドに上がって足を延ばして座りながら、私は樹里を誘った。
「へんなことしないから、こっち来て」
樹里は鞄と上着を置いて、まだ少し警戒の様子を見せながらベッドに上がった。
確認して私はごろんと仰向けに横たわる。
「ここって鏡はないんだね」
枕元に堂々と玩具が置いてあるわけでもない。至ってスタンダードな部屋だ。
「樹里はさ、彼氏のことが好き? 別れたくない?」
「そりゃあ、好きです」
そこはきっぱりと樹里は言い切った。
「わたしがこんなだから、お付き合いの返事をするまでずいぶん待たせてしまったんです。だけど急かさずちゃんと待っててくれました。結婚を前提にちゃんと付き合おうって言ってくれました。だから私もちゃんとしたいんです」
待ってた分ムラムラきちゃうわけだな、むっつりめ。
苦笑いして私はうつ伏せになって頬杖をついた。
「ならさ、歩み寄りも大事だよね」
「はい」
「そう悲壮にならないでよ。セックスってさ、みんな楽しんでやってるもんだよ。楽しんだもん勝ちだよ」
大人になればそこは避けて通れない。プラトニックなんてありえない。思い知って、みんな汚れていくんだ。
だったらいっそ、楽しまなければこれほど損なことはない。私はそう思う。
「怖い?」
「少し」
「ほんとに気持ちよくなれば、そんなの気にならないよ」
「わからないです」
困ったように俯く樹里の顔を下から覗き込んで私は笑う。
「恥ずかしいの?」
樹里は真っ赤になる。可愛いなあ。
「恥ずかしいのは当たり前だよ。恥ずかしいから気持ちイイんだもん」
「先輩でもそうですか?」
「失礼な、もちろんだよ」
私はもう一度仰向けになる。
「何がどう気持ちイイかは人それぞれだからさ、それを彼氏がわかってくれてないと最初はツライ」
「先輩でも?」
「だから同じだって。たとえばさ、樹里の彼はどんなふうに触ってくるの?」
「どんなふうって……」
「私はね、乱暴にされるのはあんまり。焦らすみたいにされるのが好きかなあ」
「あ、そういうこと」
樹里はまた真っ赤になる。
「樹里はどっち?」
「わかりません」
「自分で触ってみればいいんだよ」
自分の胸元に手を滑らせながら私は樹里を見上げる。樹里はびっくりした顔になった。
「感じる場所に、力の強さ。他人任せにするより自分で見つける方が早いと思わない?」
「で、でも……」
「そしたらお願いできるでしょう? ここにキスして。優しく触って。もっと強くって。きっと喜んでやってくれるよ」
「でも……」
「教えなきゃ男はわからない。言葉にするのが恥ずかしいなら、声を大きくしたりするのだっていい。それでも気づかないのもいるけどさ」
体をずらして当たり所をよくしても、またわざわざ戻したりされると腹が立つ。そこじゃないって怒鳴ってやりたい。さすがにそこまではできないけどさ。
「中だってそうだよ。自分で指で触って確かめてみるといい」
「嫌です。怖い……っ」
頬を引きつらせて樹里は言うけどさ。
「自分の体なのに自分がわかってなくてどうするのさ? それを他人に好き勝手に弄らせるの? それこそ怖くない?」
樹里はまた泣きそうな顔になってこっちを見る。
「お風呂のときにでもさ、少しずつ挑戦してみなよ。研究する気持ちでさ。そしたらね、自分の体が愛おしくなるから」
自分が女なんだってわかって、いろいろなことに諦めがつく。気持ちイイことは罪悪じゃなくて当たり前のことなんだって。
「大事なカラダを委ねるんだよ。好きじゃなきゃできないでしょ?」
「はい……」
「たくさん愛してもらって気持ち良くなれば、自然とやってあげられるようになるよ」
「そうですか?」
「うん。毎回求められても正直イヤだけどね」
そこで少し気になって確認してみる。
「まさか彼氏はいきなりやれって言うの?」
「この前はそうでした」
アホ。なんて情緒のない。
「それは私だって意地でも拒否する」
「そういうときにはどうすれば?」
「その気にさせてくれないとってかわすかなあ」
そこは駆け引きだよね。意固地になったらそれこそ別れる別れないになってしまう。




