ミルクココア
作者もミルクココアは大好きです。
ある冬の日のこと。
私は駆け出し、扉を開けた。
中には電球の光を浴びて、白く光っている物体が。
でも、そんなの確認する前に、私は蓋を開けた。もう我慢できなかった。
胃の中身をぶちまけた。
白と緑と茶色といろいろ。たくさん混ざって流れていった。
「なんでよ……」
地面に膝と手をついた。汚いなんて、考えていなかった。
「なんで出ちゃうの……?まだ死にたくないよ……」
体を抱きしめた。柔らかさなんて全然なくて。ただ、ぶよぶよしている皮の手触りと、ごつごつしている骨の感触がした。
「……嫌い。大嫌い。こんな社会も、こんな私も……」
嫌いだから、逃げたかった。
死んでしまえば楽になると思った。
……でも、やっぱり死ぬのは怖くて。
……そんな私の心は、白と緑と茶色といろいろ。
◇
外に出た。
月が右だけ輝いていた。
……寒い。寒さなんて、本当は大嫌い。
でも、だからこそ冬は好きだった。
寒さが私をつんつん刺して。だから私は生きていると実感できた。
吐いた真っ白い息が、手先を凍らす。それでも両手は口周り。
歩き回った。
行ったことのあるところ、行ったことのないところ、行く必要すらなかったところ。
寒さはちくちく刺してきて、とっても辛かった。
……ああ、生きている。今はまだ寒いって感じられる……。
……もう少し歩こう。
公園のベンチにお尻を刺されながら、私は夜空を眺める。
雲が出ていた。透明な水に墨汁を滴らしたように、もくもく雲が動いていた。
ざくざく寒さは刺してきて。
あまりの痛さに膝を抱える。足は石の鎧を纏ったように、固くて冷たかった。
「……帰ろうかな?」
……まだいっか。
だんだん眠気が現れて、痛みに襲いかかる。
痛みがちょっと、治まって。
かわりに眠気が、包み込む。
◇
「……と!大丈夫ですか!」
……煩い。それにあなたは誰?
ポニーテールの、同年代の女の子。
「……!良かった!とりあえず、これ飲んでください!」
なにかを渡される。棒のように硬い腕を伸ばし、差し出されたなにかを受け取った。
……缶だった。
……とっても熱かった。それでも不思議と優しかった。春の日差しのようだった。
かじかむ手には辛いけど、なんだかとっても心地よかった。
……気がつけば、両手になにかが落ちていて。かすかに温いそれは、甲を伝って滴った。
「だ、大丈夫ですか……?」
こくりとうなずいて、私は缶を開ける。
口を付けて、かすかに冷たいそれを、喉に流し込む。ミルクココアだった。
「おいしい……」
頬になにかが伝わって、両手にぽたぽたおちてきた。私は始めて泣いていることに気が付いた。
嫌だから出る涙じゃなかった。
嬉しくて仕方がないから流れたものだった。
……ミルクココアがおいしかった。
世界のどんなものよりおいしく感じた。
……たぶん、彼女が心配してくれるから。
心がとっても温かい。
◇
私の家、近いから。
そう言う彼女の背の上で。
左だけが光る月。くるっと回って輝いた。
左の光る月は、いつになくきれいに輝いていた。
◇
「……ほんと、いっつもミルクココアを飲んでるよね。暑くないの?」
とある夏。缶を片手に月を眺める。
「……うん。あなたとの思い出のものだもん。ちょうど、ほら。こんな月の夜」
私はこくりと飲み込んで。
月の左がきらりと輝く。
読んでくださりありがとうございました。