表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
ルンの章~ヒロインと家族の肖像~
9/18

突入編

 歪められたルンの表情とは対照的に、やはり微笑んだまま答えるエメルダ。


「その通りですよ」

「……やっぱり」


 予想通りを聞かされてゲンナリとしてしまうルン。


「その時既に病床の人となっていたジン皇帝御崩御まで秒読み段階。スレイン皇太子が白い結婚を貫くと思っていたメルチェ家はガイストが産まれてしまった事に大あわてよ。何せ正妃が産んだ皇家正室直系の嫡男ですからね」


 そう、ガイストが産まれてしまっては元々の計画は破綻したも同然。

 もう白い結婚は通用しないし、何らかの理由をこじつけてエメルダと離縁したとしてもガイストは皇太子のまま。

 テルメが繰り上がり皇后になろうとも、その後に産まれた皇子はガイストの弟妹であり継承権No.2以下でしかないからだ。


 本当に愛する者(テルメ)がいるというのに別の女性(エメルダ)と子作りしてしまう節操の無さに、呆れ返るルンだった。


「男って……」

「妊娠が分かってからは事前のジン様からの指示通り、皇太子妃としてプロム王国全土へ凱旋パレードをするという名目を使い、里帰りしました」

「そんな単純な嘘に……」

「スレインも私がいなくなればテルメ様と思う存分逢瀬を楽しめるので二つ返事で了承しましたよ。これで流産させられる心配は無くなりました」


 ここがスレインの分かれ道だったのだ。

 皇后レイナは既にこの世にはおらず、現皇帝ジンが病で伏せっているのであれば、帝国の政務は皇太子のスレインが担わなければならない。

 それは外交も同様。外交の時こそ皇后、皇太子で例えるなら皇太子妃の存在が必要不可欠。側室や愛妾は外交業務には携われない。

 にも関わらず、属国だらけのゾルメディア帝国において、代わりを務める皇太子妃が長期不在するなど有り得ないのである。

 例え凱旋パレードをすると言っても王国全土ではなく王都のみに止める。更には蜻蛉返りするのが普通。

 だが、スレインは目先の欲に捕らわれて外交を疎かにした上に、邪魔者としていた皇太子妃にまんまと自分の子供を産ませてしまった。


 メルチェ家に上手く操られているスレインの不満を、更に上手く利用した父親ジンならでわの策だった。


「浮気を利用したんですか?しかも先帝様はそれすらお見通しだったんですか?」

「ええ。私がガイストを抱いて戻った時の顔ったら無かったわ。自分の事は棚に上げて直ぐに私の浮気を指摘したわね。けれどガイストは髪と瞳の色こそ私と同じだけれど、顔はジン様ソックリだったのですよ。所謂(いわゆる)覚醒遺伝ですね」

「皇太子様は容姿も先帝様、お爺ちゃん似なんですか?」

「そうですよ。ジン様もイケメンでしたが、若い頃から出来損ないと言われて変わり者だったので令嬢方にはあまりモテなかったそうですよ。だから皇太子だったのに長年婚約者がいなかったのです」


 ルンとガイストとの付き合いは、牢屋から出ての十日程度。先帝ジンに至ってはさっきまで知らなかった。

 それでも、なんとなく分かる気がした。


「レイナ様も先帝様の何処に惚れたんでしょうね?」

「フフフ、レイナ様は病弱故に社交界にも殆んど出られず、箱入り娘で世間知らずだった。だから変わり者だったジン様を気に入ったみたいですよ。それでもレイナ様は聡明であらせられたので、皇子妃の条件となる高貴な立場の者を広い意味で解釈して、貴女同様、皇子妃、皇太子妃となれたのです」


 そう、アーサーが男爵令嬢でしかないルンと婚約出来たのは、ジンという前例があったからだ。

 高貴な立場の者という曖昧な文言だからこそ、下位貴族令嬢であっても庶民にとっては高貴な立場なので皇子妃になれたのだ。

 しかし、アーサーは聖女の力に目覚めなかったルンを捨て、ガイストは表向きディアナに婚約破棄された。

 結果的には、お互い婚約者が居ない者同士、浮気相手同士、邪魔者同士としてガイストはスムーズにルンを手に入れられた。

 先帝ジンの前例は予言の石碑の悪戯か、巡り巡って二人を引き合わせたのだ。


 そんな事になっていたと当然気付けないルンは、次に自分を差し置いて嫁の浮気を疑うスレインにイラッとし始める。


「にしても、スレイン様もよく浮気だなんだと言えますね!」

「それでも、既に病床にあったジン様を疑う訳にはいかないし、私がプロム王国へ帰っていた期間は九ヶ月にも満たない「私が何時浮気をして、どうやって皇帝陛下に似た子を9ヶ月以内に産めたのですか?」と尋ねたら苦虫を噛み潰したような顔をしましたからね。早産だったなら、尚更早く帰れませんよ。産まれた子は病弱でしょうから暫くはプロム王国から出せませんしね」


 エメルダの言う通り、質問に答えられる者、反論出来る者など何処にもいないのは明白。

 死ぬ直前で伏せっている者が子作りなど出来る訳もないし、人間の妊娠期間は一年。プロム王国へ着いて直ぐ様浮気したとしても九ヶ月ではまだお腹の大きな妊娠中で産まれてもいないのだから。

 早産だったにしても、この世界での未熟児の生存率は極端に低い。生き残れたにしても病弱故に数年は帝都へ帰るなど出来はしない。

 それよりも何よりも、ガイストの顔が先帝ジンの血を継ぐスレインの子であると雄弁に物語っている。


 即ち、スレインもメルチェ家も、死の床にあったジンの掌の上で踊らされていたのだ。


 エメルダは、ガイストを無事に出産出来た全貌を明かし始める。


「当時皇帝だったジン様は、まだ病状が進んでない頃から妊娠してもいない私に、妊娠後の対処を授けていたのですよ」

「本当に将来を見据えてますね」

「まさに賢帝たる由縁ですね。まぁ、それはさておき私が授かった対処方方法ですが、手始めとして、私が実家での出産を終えて帝都へ帰り着いたと同時期頃に、プロム王国から帝国全土へ向けて自分が認めた内容の公文書と皇子誕生を大々的に公表しろと指示されました。私が帝都不在故に里帰りしている事は数多の属国が知っていましたからね」

「そうですよね。だって、外交の場に皇太子妃がいないなら、誰だって不審に思いますもん」

「ええ、次に帝国本国へと戻った私が馬車の中からガイストの存在を帝都民達へ知らせると同時に、プロム王国からこれまでの経緯と皇太子妃が実家で皇子を産んだという公式発表が発せられます。その情報は、数日後には帝都へと伝わりますよね」


 コクリと頷くルンに、尚も巧妙に仕組まれたあらましを聞かせる。


「実家のプロム王国には私が皇子を出産するまでの克明な診断書が山程あるし、何よりジン皇帝お墨付きの公文書による発言は帝国全土に絶大な力を持ちます。運も味方したかのか、ガイストの顔は幼いながらもジン皇帝にソックリ。ゾルメディア皇家やプロム王国からの公式発表が届く前に皇子誕生を悟る帝都民は沸きに沸きます」

「確かに、何処の国でも王子様が産まれたら話題になるし、国民も大喜びしますもんね」

「このような状況でガイストを殺して病死などと公表したとしても、直ぐ様私が離縁を申込めば、皇宮での暗殺劇が白日の元に曝されてしまう上に、スレインは次の皇帝になれなってしまう可能性が高くなる」

「えっ!? 皇太子妃なのに、そんな簡単に離縁できちゃうんですか?」

「スレインと私は婚姻が成立した時に、皇太子夫妻を気遣うとしてジン様より皇命を賜ったのです」


 この時の皇命というのが、エメルダにとっては助け船で、スレインにとっては曲者だった。


「皇命により私とスレイン共に、離縁後暫くは婚約婚姻が出来なくなってしまいました。すると、皇帝が御崩御なされた時点で皇太子に伴侶がいないのであれば、伴侶を持つ弟皇子が直ぐ様嫁ぎ先より呼び戻されて繰り上がり皇帝となってしまうのです」

「皇命ってそんな事も出来ちゃうんですか?」

「フフフ、私達の為だと謳いながらもジン様らしい狡猾な内容でしたよ」


 普通なら、ゾルメディア皇太子とプロム王女との離縁などそうそう出来る物ではなかったが、スレインはエメルダが望むなら直ぐ様離縁しなければならなかったし、暗殺、幽閉、軟禁する事も出来なかった。

 更にはエメルダの次の皇太子妃にテルメを据える事も暫くは禁止されていた。

 その全ての理由は、ジンがスレインの婚姻に際して皇太子夫妻に命じた皇命があったからだ。


 その内容とは。


『エメルダ皇太子妃が夫婦生活に思い悩み、実家のプロム王家が納得したならば理由を問わず、直ぐにスレイン皇太子とエメルダ皇太子妃は離縁せよ。

 ただし、離縁は双方にとって大変不名誉な行為である為、スレイン皇太子、エメルダ皇太子妃双方共に離縁後五年間の婚約、婚姻、性交を禁ず。


 エメルダ皇太子妃が長期の病気や体調不良により幽閉や軟禁が必要な程ならば、全快するまで実家のプロム王家にて療養させろ。

 その間、両者共に公私のパートナーである伴侶がいない独身と同等とみなすが、あくまでもスレイン皇太子が婚姻契約を交わしたのはエメルダ・プロムのみなので、療養中は、スレイン皇太子、エメルダ皇太子妃双方共に他の者との婚約、婚姻、性交を禁ず。


 スレイン皇太子、若しくはエメルダ皇太子妃が、如何なる理由であろうが故人となったら、後に残された者は最低でも五年は喪に服せ。

 喪に服している五年間は、後に残された者の婚約、婚姻、性交を禁ず。


 これ等は、現皇帝ジンが崩御した後、現スレイン皇太子が新皇帝へと即位した更に十年間続き、同様の皇命はスレイン皇帝の側室、皇子、皇女にも適用される。


 もし、皇命の適用期間中に、スレイン皇帝とエメルダ皇后が離縁、病気療養による幽閉、軟禁に該当する事態に見舞われたら、スレイン皇帝の側室、側室の子も忠義により同様の苦しみを身をもって味わうべし。


 側室、側室の子は、スレイン皇帝及びエメルダ皇后が故人となった場合も忠義により皇家と縁を切るべし。


 一度ゾルメディア皇家と縁を切ったエメルダ皇太子妃、若しくはエメルダ皇后、側室との再婚姻、復縁は皇家の恥となるので許さない。


 これ等を一つでも反した者は、皇命に叛いたとみなしゾルメディア帝国皇帝ジン・ゾルメディアの名の元、反逆者、逆賊として誅す。

 逆賊に加担したした者達も反逆者、逆賊とみなし誅す』


 という、一見すれば堅苦しくもあるが嫁いで来た者に配慮して理由付けもされている良識的な内容。安易に使えない皇命だとしても皇族や王族なら誰もが納得出来る当たり前な文言なのだが、この裏に隠された真意が皇太子妃として嫁いで来たエメルダを守っていたのだ。


 皇太子妃に何かあれば直ぐ様スレインは長期の独身扱いとなってしまう。それは皇室典範に触れてしまい、次期皇帝への道が閉ざされてまう事を意味する。

 スレインにしてみればそれでも良いし、離縁など望むところなのだが、婚約、婚姻、性交を禁じられるのが最も痛かった。

 もしスレインが皇帝へと即位した後、テルメとの間に皇子が産まれてからエメルダと離縁したとしても、ジン崩御後十年以内の離縁だったなら、そこから五年間は婚約、婚姻、性行は禁止となる。

 皇命はテルメやテルメの産んだ子にも適用され、新たな皇后、皇太子へと迎えられなくなる。

 それどころか、エメルダを離縁、幽閉、軟禁すれば、忠義という名目上、テルメ親子にも同じ事をしなければなくなる。

 エメルダを暗殺しても同様。テルメは側室故に皇后への忠義上スレイン皇帝と離縁しないといけなくなるし、皇家の面目上、再婚、復縁は出来ない。


 皇命は大々的に公表しているので、内容を知らない者など何処にも居ない。もし、皇帝であったとしても先帝が残した現皇帝夫妻への労いという皇命に反した事が知れ渡れば、ゾルメディア皇家の権威は皇帝自ら失墜させた事になるし、皇帝が逆賊となってしまう。

 それは、ゾルメディア帝国の破滅を意味する。メルチェ家にしても今までの苦労が全て骨折り損のくたびれ儲けとなってしまう。


 それでも、毒や不慮の事故に見せ掛けてエメルダ本人にも知られず流産させられる危険があったので、皇命を上手く逆利用したのだと説明する。


「私がガイストを産む為に故郷へ帰った名目は、あくまでも凱旋パレード。病気療養には当たらないとしてスレインは簡単に許可を出してしまったのですよ」

「でもそれだと、凱旋パレードじゃなく出産の為に里帰りしたって最終的にはバレちゃいますよね。虚偽報告にはならないんですか?」

「それすら「別に皇宮で出産しても良かったのですが、流産してしまうとショックで殿下との離縁を申し出てしまうかもしれません。それに出産だと体調不良に類するかもしれないので、里帰り中殿下は独身ともなります。また、長期療養中殿下は性交が出来ません。愛妾を囲ってらっしゃる殿下他、全ての状況を鑑みた皇帝陛下の御指示通りです。お互い、御心遣いに甘えてしまいましたね」と軽い脅しを掛ければ、誰もが反論出来なくなるでしょ」


 つまり、エメルダには安心して元気な子を出産してもらう為にジン皇帝の指示通り、皆に内緒で里帰りしてもらった。

 それは、まだ慣れない皇宮内で流産してしまったら、気が動転してスレインとの離縁を申し出てしまうかもしれないという危険を回避する為。

 けれど、妊娠を長期療養が必要な体調不良とするなら、エメルダが不在中の性交は皇命に触れてしまう。その為に凱旋パレードという名目を使った。

 離縁の危機から救ってあげたし、次期皇帝になれるんだよ。皇太子妃長期療養中の浮気にも目を瞑ってあげたんだよ。皇帝がこんな指示を出したのは全て皇太子の為でもあるし、皇太子妃の為でもあるのだよ。という、強引な論法が成り立ってしまう。


 その他にも諸々の事情が重なり、スレインとメルチェ家はガイストとエメルダに手も足も出なかったのだ。


 故に当時のスレインの心の中は、自分は皇太子なのに父のせいで思うように権力を振るえない。テルメとの間に儲た子を次の皇太子にしたかったのに、まんまと一杯くわされた。死に掛けている相手にすら勝てない。

 しかも、ガイストの顔は苦手な父親ソックリで母親譲りの金髪。

 魔王ゲイザーの一件以来、ゾルメディア皇家では金髪は縁起が悪いとされ、歴代の皇帝と皇后も全て金髪以外。アーサーも自分譲りの黒髪。

 これこそスレインが先帝ジンとガイストを憎み嫌う理由だった。

 以上の事から、再び姿を現したガイストが、ゾルメディア帝国を軽く(あしら)う様を見てアーサーよりも早く心が折れたのだ。


 そして先帝ジンの思惑は、もう一つの未来も見据えていた。

 その凄さを直に知るエメルダは、もう一つの可能性を伝える。


「しかもジン様は、産まれた子が女の子だった場合の対処も別に授けてたのですよ。ゾルメディア帝国初の女帝誕生の為に」

「ええ! そんなトンでもない事まで!?」

「そうですよ。もし産まれた子が女の子ならば、先ずはプロム王家が自国の公爵家からの養女として引き取ったと偽り、私は普通を装って帝都へと戻ります。そして現皇帝ジン様が崩御なされた後“スレインの後の皇帝は直系皇室の嫡子である”と記されいる遺言状を公表してスレインに同意させろとされてました」


 何の変哲も無い普通の文言だが、ここに罠が潜んでいる。


「フフフ、普通に考えれば皇命の適用期間が切れる十年を待った後、私と離縁したスレインがテルメ様を皇后に迎える。そしてテルメ様の産んだ皇子が次期皇帝で何の問題も無いように思えますよね」


 ルンは、コクリと首を縦に振る。


「実は私が妊娠するよりも早く、皇女となる子の名前はミヒロと決まっていたのですよ」

「男の子の時も早かったですけど、女の子の時はもっと早いですね」

「この計画はジン様が病に伏せる前から始めないと成立しないからです。何故なら私の妊娠から皇女誕生、その後に至る全ての経緯をジン様が指示し認めた賢帝お墨付きサイン入り公文書をプロム王国が事前に預っていたから。それをスレイン退位、若しくは崩御と同時に公表せよとも言付けられてたのです」

「何故そんな気の長い真似を?」

「フフフ、皇室典範では確かに“皇后の子が皇帝になる”と記されていますが“皇女は女帝になれない”とは記されていないのですよ。それに隠された皇女は次期皇帝継承権放棄という習わしをされていません」


 そこまで聞かされたルンは、声も無く大きく口を開き目を剥いた。

 先帝ジンが仕組んだ女帝誕生のプロセスを悟ったのだ。


 元々の皇室典範は“皇后の子が皇帝、若しくは女帝になる”と記されていた。それを八代前の皇帝が帝国貴族達と共謀して皇室典範の文言を一部変更したのだ。

 所謂、言葉の言い様であって“皇后の子が皇帝になる”とだけ記したら“皇子しか皇帝になれない”とも受け取れてしまう。

 歴代のゾルメディア帝国皇帝が全員男だったのは、変更された文言のせい。現に皇女にも継承権があるのはその名残。


 皇室典範はゾルメディア帝国全属国3分の2以上の許可が無いと弄くれない。だから八代前の皇帝は内容を変更せずに文言だけを変更したのだ。

 皇帝や皇太子といった保護者兼代理人が産まれたばかりの皇女の継承権を放棄するという習わしを始めたのも八代前の皇帝から。

 それは彼等が、やはり古い感覚の持ち主ばかりだったので、皇帝という国王よりも高い地位に女性を立たせたくなかったからだ。


 エメルダは、驚愕するルンに継承権放棄と習わしのカラクリを説明する。


「継承権放棄の正しい手順は、皇子皇女が成人した後、言質を取る公文書官と、父か祖父である皇帝の前で本人自らが継承権放棄を宣言して初めて成立するのです。代理人が放棄するというのは所詮習わしであって、そこに法的強制力は無いのですよ」

「ええっ! そうなんですか!?」

「けれど、皇命では無いとはいえ代理人として継承権放棄を声高く宣言した皇帝や皇太子の言葉の重みには誰もが逆らえない。下手に逆らうと反逆と捉えられかねないから」

「って事は、皇女は強制的に継承権放棄に了承させられてしまうという事ですか?」

「その通りです」


 この歪な習わしは、皇家の習わしとして定着してしまっていた為にジンであっても拒否出来なかった。

 そうなると、ジンの娘が放棄しないと言ったなら、心の中ではOKでも、表向きは皇帝の面子に関わるので嫌でも罰しないといけないのだ。

 これが八代前の皇帝が狡猾に仕組んだ、皇女には継承権が無くなってしまう理由である。


 ただ、産まれた子が男なら親の好き嫌いで放棄してしまうと魔王ゲイザーや世界大戦の教訓が何も生かされて無いし、絶対君主制とはいえ皇家の暴走を止める皇室典範の意味そのものが無くなってしまう。

 そうなると、世界大戦を引き起こした元凶であるゾルメディア皇家に対して、帝国本国貴族や属国どころか全世界の国々が黙ってはいない。

 故に、ガイストは継承権No.1でいられたのだ。

 ある意味では、八代前の皇帝の愚行によって帝国の未来は決まってしまったのかも知れない。


 そして、成人を迎えた時点でミヒロは継承権の放棄をしていない。成人していなかったとしてもミヒロはプロム王家の養女となっているので、ゾルメディア皇家は保護者や代理人を名乗れなくなってしまっている。

 皇女を産んだ事を秘密にしていた事は何の罪にもならない。それどころか「当時、スレイン皇太子と折り合いが悪く、離縁してしまう予感があったので、子供の身を案じて里子に出した」との言い訳も付く。

 実際に白い結婚を理由に離縁していたとしたら、嘘を付いたのはスレイン皇帝の方。白い結婚なら子が産まれる訳が無いのだから。

 浮気を疑っても皇子の時と同じく、エメルダが九ヶ月だけ里帰りした当時の状況を調べれば全て分かるし、やはり妊娠の記録も全部残っている。

 何より賢帝と謳われた先々帝ジンが全て認めているのだ。


 どうなるかを全て理解したルンの表情を読み取って、エメルダは結論を告げる。


「フフフ、分かりましたか。ジン様の公文書が公表されたからには、ミヒロ本人が次期皇帝継承権を放棄しない限り、次の皇帝はミヒロ皇女で覆らない。更には、この時点で先々帝ジン様の遺言状に先帝スレインは同意している。もう誰もが女帝ミヒロの誕生に否とは言えない。言えばゾルメディア皇室典範と皇家正室直系皇太女への反逆となる」


 そう、元皇后と離縁していようが、元側室の子が皇太子になっていようが全ては無駄な足掻き。時を越えたジンからの公文書により、先帝となったスレインを父に、元皇后のエメルダを母に持つミヒロ皇太女がゾルメディア帝国初の女帝となるのだ。


 そのせいで帝国内は“エメルダ、プロム王国派”と“テルメ、メルチェ家派”とに分かれた内乱に突入するかも知れなかったのだが、それすらもジンは読んでいた。

 帝国の基盤となる多くの弱小国家へ嫁ぎ、側室の子を嫌う皇家正統正室直系の子達はミヒロ皇太女に付くだろうと分かっていたからだ。その為に病弱だったレイナに無理をさせて多くの子を産ませもしたのだから。

 そうなれば戦力的には五分以上、大義名分も此方には備わっているし、皇室典範上も反逆者は、テルメ、メルチェ家派。故に、別大陸からの支持を得る事も出来る。

 実際にガイストが現れた時、帝国に対し不平不満があった彼等はプロム王国を発端としてデンジャラス公国へ簡単に寝返った。

 それに、金髪は縁起が悪いとされているのはゾルメディア皇家の血筋だけなので、スレインの弟妹達は金髪を持つ他の王家へと嫁いでも行った。

 そういう意味では、無理矢理権力でガイストの婚約者へと捩じ込まれたディアナが、エメルダに次いでの金髪皇后になっていたかも知れなかった。

 しかしながら、最後の最後で裏切られたのは、皇家にとって不吉な金髪だからという理由も多少入っていたのかもしれない。

 以上の事から、例え無限の資源が無くとも我が子等は、エメルダとミヒロの力になるだろうとジンには分かっていた。


 けれども流石のエメルダでも、表向きゾルメディア帝国の現状維持を歌っている先帝ジンの隠された真意には気付いていなかった。

 その真意とは、数多ある小国属国の上にふんぞり返って、一部の帝国本国上位貴族が権勢を振るい悪徳が花開く権力主義と成り果ててしまった腐敗国家ゾルメディア帝国を、また一から作り直す事だったのだ。

 その為にメルチェ家に操られているスレインをも利用し、内乱で帝国が滅んでも構わないとさえ考えていた。


 それともう一つ。変わり者でもあったジンは元々旧ゾルメディア王家の色だった金髪を復活させたかったのだ。

 ジンは最後まで人間に裏切られ続けた魔王ゲイザーが嫌いではなかったからだ。

 銀髪は生涯独身を貫いた大公ギムレットを最後に滅んでしまったが、金髪ならまだ幾らでも現存している。けれどもゾルメディア皇家では、金髪は縁起が悪いとして血筋に入れられず、ジン自体も碧髪で、スレインは皇后レイナ譲りの黒髪。

 そこで白羽の矢が立ったのがエメルダ。スレインと歳が近く、小国の第一王女だったから条件にはピッタリと合う。


 実際にジンの目論み通り、エメルダを祖とするガイストの金髪は、勇者モストの次に産まれた公女レイン他、多くの公子公女達に遺伝していった。

 後のデンジャラス王家の王族達に、鮮やかな黄金の髪色は受け継がれていったのだ。


 しかし、己の思惑の犠牲となるエメルダと孫娘ミヒロには過酷な道を歩ませてしまうかもしれない。

 だからこそせめてものお詫びとして、皇女を必ず女帝、若しくは女王に据えようともしていたのだ。


 それでもジンの中で予想外だった事は、転生者の存在と予言の石碑(モニュメント)だった。

 負けた方の皇子が魔王の力に目覚めた後までは計算に入れていなかった。


 結果として、それこそがガイスト最大の力となったのだが。


 けれども、ここまで分かっているのならば、皇子が産まれた場合も皇女の時と同じ事をすれば何の危険も無く育てられる。若しくは皇命を上手く使えばずっと無事でいられたと普通なら思う。

 だが、皇家正室直系の子が男だったなら試していたのだ。

 ただの血筋だけでお飾りの玉座に座るのではなく、逆境を乗り越え勝ち取った光輝く玉座を手に入れる(男闘呼)、真なる頂点を統べる者になる事を望んだから。


 結局ガイストは皇帝になれなかったが、文字通り黄金と宝石を散りばめた光輝く玉座へ座る皇帝以上の大公、先帝ジンの予想を越えた阿羅漢(伊達男闘呼)、魔王となった。

 そして、属国とは縦の繋がりだったゾルメディア帝国は解体され、横の繋がりを持つ独立国家群へと西の大陸は生まれ変わった。


 これほどの先を見据えていた先帝ジンの人外な(はかりごと)を聞かされたルンは感嘆する。


「お見事ですね~」


 目を輝かせて喜ぶルンに、エメルダはメルチェ家の失策とガイスト誕生の裏話を聞かせる。


「皇室典範にも元側室の子は皇太子になれるけれど、愛妾だった時に産まれた子には次期皇帝継承権は存在しないと明記されていますからね。それは愛妾が側室や正妃になったとしても同様。愛妾だった頃に産んだ子は皇子にはなれない。メルチェ家もそこは細心の注意を払っていたので、スレインとテルメ様との逢瀬を制限していたのですよ」

「ゾルメディア帝国の皇室典範は継承権に煩いと聞いてましたけど……」

「でも、私が帝都から居なくなれば、公務上スレインが私に割いていた時間が空いしてしまう。と言ってもそこは外交なので、本当なら疎かにしてはいけないのだけれど。それでもメルチェ家は制限している逢瀬を多少は緩めなくてはならない。スレインもそれを狙っていたのですよ」


 男心を巧みに利用した作戦に改めて感心してしまうルン。


「裏の裏どころか、そのまた裏まで読んでますね~」

「そして、ガイストが産まれてから見計らったかのようにジン様は御崩御なされてしまった。最終的には新皇帝スレインの正妃、皇后の子となるガイストが次期ゾルメディア帝国皇帝の継承権No.1、皇太子になってしまったのですよ」

「どんなに裏で暗躍しても上手くいかない物ですね」

「フフフ、特に性欲旺盛な若い男性の下半身は、女性にとって魔物と同一ですよ。飼い慣らす方が難しい」

「魔物……」

「制限されて与えられる少量の餌より、目の前に自由になる肉が幾らでも転がっていたら、魔物に限らずどんな動物でも飛び付くでしょ?」


 ルンは前の世界では、片田舎の女子校在学中、病気により呆気なく死んだので、生涯彼氏がいなかった。

 自分がヒロインだと気付いた時は、今迄の人生で知らなかった本物のトキメキを味わえると大喜びしたが、いざ思春期と本編を迎える時にアーサーの魅了を掛けられ、自分の意志を封じ込められたまま学園アドベンチャーパートを無駄にしてしまった。

 故に、ここにきて初めて男の性欲が恐ろしい物だと知り、魔物に襲われる現状とはまた違った恐怖を覚えた。


 男の下半身は魔物という言葉でルンの顔色が変わった事に気付いたエメルダは、すかさずフォローする。


「ああ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。私がちゃんと男性の下半身(魔物)を調教する(すべ)も伝授しますからね」

「お……お願いします……でも先帝様って短い間に色々な事をしたんですね」

「だからこそ賢帝なのです。何せ帝国全土の生活水準を一気に引き上げたし、勇者バーン、大公ギムレット以来の名君とまで呼ばれてましたからね」

「ええ! そんなにだったんですか!」


 乙女ゲームなら良く知るルンは、この説明で漸くジンの凄さが理解出来た。


「それに、賢帝だったが故に御崩御後も暫くはジン様の威光が強かったし十年間続く皇命もあった。ジン様が皇帝に即位した時と同じくスレインの基盤も今程強固ではなかった」

「御亡くなりになった後も助けてくれてたんですね……」

「帝国本国貴族達もメルチェ家の不審な行動には目を光らせていましたしね。ただでさえ、プロム王国周辺国にあらぬ疑いを掛け、私という婚約者がいたスレインにテルメ様を寄り添わせてしまったから彼等も迂闊には動けなかった。だから2つ目の保険を掛けたのですよ」


 これは、ルンにも何となく予想が出来た。


「皇太子様とディアナ様との婚約ですか?」

「その通りですよ。あくまでもメルチェ家は正妃である皇后に忠誠を誓うとして、アーサーと婚約させようとしていたディアナを急遽ガイストの婚約者に据えたの」

「確かにそうなったら、どう転ぼうがメルチェ家に損は無いですもんね」

「ええ、新皇帝へと即位したスレインは完全に側室寄りのメルチェ家派、小さな属国の元王女だった皇后が反対しても聞く訳がないでしょ」

「……そうですね」


 皇宮内での権力劇を理解して、小さく応えるルン。

 けれど、エメルダも策略、謀略に長けた元王女である。


「今迄は先帝様が私を守ってくれていた。しかし、これからは私がガイストを守らないといけない。何時までもジン様が残してくれた皇命に甘えられませんからね。だからディアナとの婚約条件として、貴族なら当たり前の事をメルチェ家に要求したですよ」

「当たり前?」

「彼等は表向きガイスト派だから、私達に不測の事態が起これば全ての責任はメルチェ家にあるとしたのですよ。ハリボテでもゾルメディア帝国皇后の声ですからね。これでメルチェ家は私達親子を排除する側から絶対に守らなければならない側へと変わってしまった」


 この言葉通り、貴族ならば主たる皇帝一家や国王一家に忠誠を誓うのは当たり前。それが、後々皇太子妃となる者の実家ならば尚更だ。

 もし、貴族同士の婚約であれば寄子でも無い限り婚約相手の家に忠誠を誓うなどという真似はしなくても構わないが、相手が皇家だと話は別。

 元々忠誠を誓ってる相手が婚約に際し庇護を求めてきたのならば、それは絶対命令と同じ。万が一皇太子に何かあれば御家お取り潰し程度じゃ生温い。下手をすれば分家寄子を含めた一族郎党処刑も有り得る。

 だからといって、そんな条件は飲めないなど口が裂けても言えない。

 それはイコール「貴方には忠誠を誓わない」と言ってる事と同じ。もし断れば、ゾルメディア皇家への反逆と同じになってしまう。

 メルチェ家は自分達に保険を掛けようとして、自分達の首を絞める条件と婚約話を絶対に断れなくなってしまったのだ。


「これには皇帝ですら何も言えないでしょ。だって、忠誠を誓う者に何かあればそれは臣下の責任。そこにスレインによる情状酌量の横槍が入れば彼等の忠誠とは口だけの忠誠となって、何処からも信用されなくなるし皆からも笑われる。いえ、もう貴族としては死んだも同然。それに、帝国本国貴族だけでなく属国全てがゾルメディア皇家に不信感を抱くのは目に見えている」

「皇后様凄い……敵の保険すら利用してしまうなんて」


 ガイスト親子が皇宮内で孤軍奮闘ながらも無事でいられたのは、こういった裏があったからだ。

 もし、二人の身に何かあれば、腐肉に群がる他の帝国貴族達が即刻メルチェ家を断罪する。すると、彼等はもう二度と表舞台には立てなくなってしまう。

 ただでさえメルチェ家は帝国本国筆頭公爵家、その強すぎる権力を削ろうとする(やから)は何処にでもいるのだから。


 それに、エメルダは属国の元王女。もしスレイン皇帝がメルチェ家の失態を許してしまったら大小に関わらず全ての属国が判官贔屓のゾルメディア皇家とは距離を置こうとする。

 それは、先帝ジンがあまりにも賢帝だったので、新皇帝スレインの粗が見え易くなってしまったという事情もあった。

 故に、最悪の場合は属国各国が連携しての虚偽ではない独立や反乱も有り得たのだ。


 エメルダの見事な謀略返しだが、それでもガイスト親子が生き残れたのはギリギリの線だった。


「一応最低限、身の安全は確保しましたが、何度も何度もスレインと別れようとも考ました。実家のプロム王家も離縁して構わないと言ってくれてましたからね」

「当たり前ですよ! 一歩間違えれば簡単に殺されちゃうんですから!」

「それでも、ジン様の思惑があったとしても私はプロム王国を背負ってゾルメディア皇家へと嫁いだ身。私の方から離縁を申し出ればゾルメディア帝国内におけるプロム王家の立場は悪くなるし、プロム王国民が出戻り王女を王家に頂く者達だと笑われてしまう」

「命の危険から逃げてきただけなのに、そんな事言われちゃうんですか!?」

「ええ。裏はどうあれ、表向き属国や庶民達には仲睦まじい皇帝と皇后ですからね。そうなると此方側に有利な決定的証拠が無い限りは私の我儘で離縁した事になるのですよ。それに、ガイストを一人残して私だけ逃げ帰る訳にもいきません」

「酷い……」


 感受性豊かなルンは、目の前の儚げな女性が今迄辿って来た人生に共感してしまい俯いてしまう。

 それでもエメルダは、母親として我が息子を信じていた。


「そんな危機的状況だったけれど、ガイストが育っていく度に馬鹿でヤンチャながら、狡猾な部分と相反する優しい部分にも気付かされた。この子なら今のゾルメディア帝国を変えてくれると信じていた」


 俯くルンを見据えるエメルダの瞳が、繊細ながらも力強く輝く。


「だから私は、テルメ様に馬鹿にされても、暗殺される危険と隣合わせであっても数日前まではゾルメディア帝国のエメルダ皇后として頑張っていられた」

「……皇后様」

「ほら、今は皇后ではなく公太后で、ガイストは大公ですよ」


 弱々しく呟くルンだが、次にエメルダから放たれた台詞で悲しみが驚きへと変化する。


「でも結果的には、ガイストが皇帝になれなかったとしても私の頑張りは無駄にはならなかった。ガイストを信じ抜いてきて本当に良かったわ……それでも、ゾルメディア帝国を滅ぼす事にはなるでしょうけど」


 ルンは、俯いていた顔を上げ大きく目を見開いた。


「どういう事ですか……ゾルメディア帝国を滅ぼすって……?」

「ルン、貴女が怖がるからと口止めされてましたが、ガイストの特殊魔法が魔物使いなのはスライムの件でも知っているでしょ?」

「はい」


 エメルダは、ルンの瞳を見据えて静かながらもハッキリと断言する。


「貴女が聖女であるように、ガイストも予言の石碑(モニュメント)に記されている魔王ですよ」


 衝撃の告白に、思わず身を引いてしまうルン。


「魔王って……!」

「ガイストの持つ特殊魔法、魔物使いこそが魔王の力。だから世界の中心地付近で馬車を乗り回しても魔物には襲われないのです」


 エメルダから真実を知らされたルンは、今まで自分が勘違いしていた事に漸く気付いた。

 ガイストが世界の中心地へ赴くのは、一発逆転を狙い、無限の資源が眠るとされている神殿に到達し、解放の力でもって魔物を正気に戻すのだと思っていた。

 けれど、解放の力を得るには聖女と勇者が絶対必要。しかも勇者に関してはまだ産まれてもいない。

 だからルンにしてみれば、ガイストは手持ちの駒を全て使い、玉砕覚悟で世界の中心地へ特攻を掛ける物だと思っていた。


 しかし、今初めてガイストには解放の力ではなく、既に魔王の力が備わっていると知った。

 乙女ゲーム本編では魔王の力を持つ者は出て来ない。あくまでも魔王とはプロローグに出てくる十二代前の第二王子、魔王ゲイザーのまま物語は進む。

 これは、隠しエンディングで出てくる『全ては我の告げたが通り』という神の声とおぼしき台詞と一致する事もファンサイトからの情報で知っている。

 にも関わらず、この世界に何故か魔王が復活していた事に戦慄するルン。

 そうなると、魔王最大の弱点は聖女が産む勇者。

 当然、エメルダが言い放った帝国を滅ぼすという言葉と結び付ける。


「まさか……皇太子様は、勇者を産む聖女……私を殺して魔王ゲイザーみたいに世界大戦を起こすのですか……」


 震えるルンの言葉の意味を暫くは理解出来ないでポカーンとしていたエメルダだったが、基本に振り返って単純に思考した結果、淑女らしく笑った。


「ホホホホホ、あの女性に弱いガイストがそんな真似をする訳無いではありませんか」

「でも魔王なんですよね!」

「何故魔王だからといって聖女を殺し、世界大戦を起こさねばならないのですか?」


 乙女ゲームでの根本的な質問をされたルンの思考は一瞬止まった。


「えっ!………………………………………………だって、魔王や魔物の弱点は聖女が産む勇者だし、戦争を起こすのが魔王だし……」

「けれども、聖女は人間側の最大勢力であるゾルメディア帝国から冤罪を掛けられ処刑されようとした。聖女が邪魔なら何故魔王であるガイストは貴女を助けたのですか?」

「あっ……」

「魔王ゲイザーは全てに絶望していましたし、処刑される手前だったので魔物を操り世界大戦を起こしましたが、ガイストにはまだ私やグレンといった仲間達がいるし、処刑宣告など受けてませんよ」

「うっ……」


 乙女ゲームのプロローグと今の現状とでは前提が全く違っている事に気付かされたルンには、返す言葉が見付からない。


「だからこそ、ガイストは皇太子だった頃から魔王の力を使って世界の中心地に屯する魔物達を操り、今日この日、私達が新天地へ赴く為の準備をずっとしていたのですよ」

「……そんな真似」

「世界の中心地、旧ゾルメディア王国にある都市郡はガイストの命令により魔物達の手で復興されているでしょう。何と言っても無限の資源もあるので、何処の国と交流せずとも一生何不自由無く暮らしていけますよ」


 ガイスト達が世界の中心地に赴く真意を知らされたルンの目から鱗が落ちた。

 この世界やプロローグでは魔王ゲイザーの悪名が轟いていたせいで、まさか魔王の力にこんな使い道があったとは思いも寄らなかったからだ。

 しかもエメルダからの告白はそれだけでは終らない。


「でも、ガイストは死ぬまで世界の中心地に引き込もって大人しくしているつもりはありません。既に、スレインには罠を仕掛けました」

「罠って……」

「貴女も見たでしょ? あのゾルメディア帝国皇帝のサイン入り羊皮紙を」

「えっ、あれって偽物じゃないんですか?」

「フフフ、本物ですよ。まぁ、書かれている内容だけ見れば確かに偽物だと疑いたくなるけれど」

「あんな条約があったら、ゾルメディア帝国はデンジャラス公国に手も足も出ない……」


 ここにきて、能天気でただの馬鹿だと思っていたガイストの印象が、母親の言う通り狡猾な印象に変化し始めた。

 そんな変化を知ってか知らずか、エメルダは更なる思惑の一旦を語り出す。


「それでもゾルメディア帝国を倒すには、まだ足りません。その為には貴女を初めとした皆の協力がガイストには必要なのです」

「私の……」

「そう。何も武力で相手を倒すだけが戦いではありませんよ。貴女の言う、貴族の騙し合いで勝つのです」


 ダイアに聞かされた絶望の言葉が、再びルンを刺激する。


「…………かっ……勝てるんですか?」

「ええ、今迄は此方が攻撃しようにも味方も武器も皆無でした。けれど、今度は反撃に必要な手札が全て此方側に揃っている。五年の後、ゾルメディア帝国は本気になったガイストの真の恐ろしさを知るでしょう」

「……五年」

「今思うと、先帝ジン様が行った数々の政策や(はかりごと)も全てガイストを勝利へと導く為の布石のようにも感じられます」

「…………」


 相手を破滅させる程の騙し合という舞台(ステージ)に、再び立たされるかも知れない。ルンの身の内には、巨大な何かに巻き付かれるような形容し難い不安が渦巻いた。


 その思いと反比例する台詞を、淑女の微笑を見せて口にする魔王の実母。


「安心なさい。貴女に関しては私が責任をもって全て面倒を見ます。五年も掛けずとも魔王の伴侶に相応しい立派な聖女に仕立て上げてみせますよ」


 微笑んでいるだけにも関わらず元皇后の圧倒的な威圧感を受けたルンは、ただ呆然と口を開けるしか出来ないでいた。


 そして、ガイスト率いる馬車の一団は、遂に、この世界の誰もが知らない世界の中心地、旧ゾルメディア王国へと突入したのだった。

因みにキャラクターネームは


皇女ミヒロ→エー○をねらえ!の岡ひ○み

公女レイン→雨の英語読み(rain)


一度しか登場しない公女レインという名前が、先皇后レイナに似ていて申し訳有りません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ