プロローグ
“聖女ルンは、最初右も左も分からず、知っている者が誰もいない世界の中心地で伏せっていたが、ガイスト様と公太后様が一所懸命に彼女を慰めた。そのせいかお陰かで彼女は男爵令嬢だった頃どころか、庶民すら引いてしまう自が出てきてしまった。聖女と言えど彼女を嫁に出来るのはガイスト様ぐらいだ”
魔王の腹心と呼ばれたデンジャラス公国魔王軍空軍大将グレン・スカー侯爵の手記より。
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一人の少女が、病気で呆気なくこの世を去った。
生前の少女は何処にでもいる普通の少女。寧ろ、普通過ぎる少女だった。
普通のルックスで、普通に田舎の女子高に通い、普通に田舎に一件しかない巨大デパートへ普通の女子友達と寄り道して、普通の家族と、普通に仲良く暮らしていた。
少女は田舎育ちの世間知らずで少々天然ではあったが、それでも毎日を普通に楽しく過ごしていた。
けれども少女は死んでしまった。
少女は病院のベットの上でもうすぐ自分が死んでしまう事を自覚していた。
少女の家族も、己の死を悟り心が折れてしまった少女をどうする事も出来なかった。それでも、家族は毎日のように少女の元へ見舞いに行き、少女を慰め続けた。
少女の家族は言った。例え少女がどうなろうとも、私達は永遠に家族だと。
少女の家族は、病院と主治医に話を通して少女の好きなテレビゲームを個室に置く許可を貰った。
少女としても献身的に自分の面倒を見て慰めてくれる家族に心配は掛けたくなく無い。それに、毎日毎日絶望に打ちひしがれていても何もならない。ならば、少しでも死の恐怖から逃れる為に、家族が持って来てくれた数々のゲームを楽しむ事にした。
少女は田舎の女子高生だったが故に経験出来なかった恋愛を楽しむゲーム、乙女ゲームが大好きだった。
女子友達が見舞品として持って来た物の中に[レジェンド・オブ・モニュメント]という乙女ゲームソフトがあった。
そのゲームは続編が二つ程出ているが、魔法や用語、システムは同じでも、シリーズ全ての世界観が異なり、其々が独立した物語となっていた。
故に、何処から始めても楽しめるが、少女は一作目から始めないと気が済まなかった。
ゲーム内容は、自分がよくある男爵令嬢云々のヒロインとなって攻略対象者達との恋愛を楽しむといった極ありふれたもの。
ゲーム前半は、これまたよくある学園アドベンチャーパートとなっていた。
しかしゲーム後半は、自分が聖女に変化して魔物と戦うRPGパートになっている変な乙女ゲームだった。
乙女ゲームを始めるに当たって、少女は自由に名付けれるヒロインの名を、実家が飼っている猫の名前から取って“ルン”と設定した。
乙女ゲームの中のヒロインは、自分が可愛がっていた飼い猫の代わりでもあったのだ。
そして[レジェンド・オブ・モニュメント]は始まった。
少女は天然故に感受性が豊かだったので、皇帝である父から疎まれ、帝国本国貴族の半数以上からも目の敵にされているメイン攻略対象者のガイスト皇太子、後のガイスト皇帝が一押しになっていった。
その逆に敵役のアーサー第二皇子は、やはり感受性豊か故に大嫌いになっていった。
ゲームは進み、学園アドベンチャーパートは普通にクリア出来た。
しかし、世界の中心地を取り戻すというRPGパートは激ムズだった。ハッキリ言って女子のやる乙女ゲームの範疇を越えていた。
それでも少女は必死になって魔物達と戦った。
あまりにものめり込んでいたので、少女はスマホからファンサイトを開いて攻略法を調べた程だ。
ファンサイトには攻略法の他にもQ&Aや意見交換所、ネタバレなんかも載っていた。
それ等を参考にしながら、隠れキャラのイケメン魔物も攻略し、遂に少女は全てのエンドを見る事が出来た。
少女が最後に見たエンドは自分が産んだ子との禁断の愛となる勇者エンド。
最後に流れるエンディングテロップを眺める少女。
すると、スタッフロール全てが流れ終わったと思ったら、特定のエンドを全て見ないと起こらない現象が起こった。
急にゲーム画面が真っ白になったのだ。
普通なら『あれ?バグったかな?』と思うのだが、少女はこの現象をファンサイトからの情報で事前に知っていた。
次にはその情報通り、予言をした神とおぼしき渋い声がテレビ画面から聞こえてくる。
『全ては我の告げたが通り』
これで少女は、全エンドに加えて隠されたエンディングも見る事が出来た。
だが、遂にその時が訪れた。
ゲームをコンプリートした瞬間に、死が少女を迎えに来たのだ。
ベッドに倒れ込む少女。ナースコールを押す間もなくどんどんと意識が遠くなっていく。
少女の瞼がゆっくりと閉じられていく。
少女は最後に思った『今度産まれ変わったらガイスト皇帝みたいな人と恋愛がしたい』と。
閉じられた少女の瞼は永遠に開かなくなった。
筈だった。
開かなくなる筈だったのに、何故か開いた。
少女自信にも自分に何が起こったのか分からなかった。
『もしかして意識を取り戻したのかな?』と、一瞬思ったが、顔を上げた途端、少女の中の何もかもがブッ飛んだ。
目の前には、フ○ンダースの犬やア○プスの少女ハ○ジで見掛けるような農村風景が広がっていたのだ。
眼前に広がる牧歌的な景色に頭が真っ白になっていると、直ぐ後ろから声が掛かった。
「ほらルン。走っちゃダメって言ったのに走るから転ぶのよ」
少女は首を捻って振り向き、間抜けな声を出してしまう。
「へっ?」
「でも泣かなかったのは偉いわね。芝生だったからそんなに痛くなかったのかしら。怪我は無い?」
「うっ……うん」
ルンと呼ばれた少女=自分は、反射的に返事をしてしまう。
自分に声を掛けて来たのはピンクブロンドの髪をして、母をた○ねて三○里に出てくるマ○コの母親(ア○ナ)のような豊満な胸をした大人の女性だった。ア○ディオは何処にも見掛けないが。
豊満な胸の女性は再びルンと呼んだ少女を気遣う。
「なら、良かったわ。ルン、一人で立てる?」
「た……立てる」
「あら、大人になったわね~。偉い偉い」
そのまま立ち上がった少女は周りをキョロキョロと見回す。
「お……お母さん」
「ん~? どうしたの?」
また反射的に目の前の女性をお母さんと呼んでしまった。
その途端、少女は今までの記憶と現状の全てを思い出した。
自分の名前はルン。目の前の女性は母親のアン。自分は五歳になったばかり。物心ついて今迄の僅な間だけだが、この世界での記憶を持っている。
スライム程度しか見た事無いが、この世界では魔物や魔法が普通に存在している。
それとは別、ここではない世界で病気に掛かり若くして死んだ少女の記憶、自我、性格、個性も持っている。と言うか、元のルンの記憶もあるので、両者の全てが無理無く融合してしまっている。
自分はルンであり、ルンは自分。
そう、病院で死んだ少女はアンという女性の子として生まれ変わり、今まさに転生前の記憶を取り戻してしまったのだ。
そして自分が母親と共に暮らしている場所。此処こそが前世の自分が死の間際までプレイしていた乙女ゲーム[レジェンド・オブ・モニュメント]の背景となるゾルメディア帝国本国で、自分が死の直前に願った通り、乙女ゲームの世界へと転生してしまった事に付いたのだった。
と言っても、今のルンはまだこの時点で“自分はヒロインで、泥の中より産まれた聖女”だとは気付いていなかった。
確かに自分の髪色は、乙女ゲームのヒロインと同じく庶民には珍しいピンクブロンドをしている。
名前も自分が設定したルンではあったが、ヒロインの母親はモブキャラで名前すら無かった。
ファンサイトではニルス男爵家に後妻として入るので、名前のアンではなくニルス男爵夫人とだけ呼ばれていたからだ。
母親であるアンの背景は、若い頃にニルス家でメイドとして務めていたが、次期ニルス男爵となる一人息子と愛し合うようになった。
だが、一人息子の父親である当時のニルス男爵は自分の息子に子爵令嬢以上との婚姻を望んでいたので若い二人の婚姻を許可しなかった。
しかも、アンに僅かばかりの手切れ金を無理矢理渡して、働いていたニルス家からも追い出してしまう。
彼女はそのまま帝都を後にして実家に帰るが、その時漸く妊娠していた事実が発覚。妊娠の事実を令息には告げずにヒロインを出産。女手一つで育てる決意をする。
一方令息は、無理矢理婚約婚姻させられた子爵令嬢を妻として迎えるも、実は令嬢の方にも好き合っていた男がいた。共に好いた相手が居る二人は、結託して白い結婚を貫き円満離婚を狙う。
その間もニルス家令息夫人となった元子爵令嬢は、避妊薬を飲み妊娠しない程度に恋い焦がれる男との逢瀬を重ねる。令息の方も性欲処理は娼館で済ませていた。
そうこうしていると、令息は無事にニルス家の家督を継ぎ白い結婚も見事成立。お互いが円満離婚した後、ニルス男爵となった元令息は元恋人を探し出して母娘二人を引き取った。
ヒロインの両親の名前は無いのに、必要無い余計な生い立ちは事細かく設定されていた変な乙女ゲームである。
故に、ルンが自分こそヒロインだと気付く時は、ニルス男爵からの使いの者が今住んでいる母親の実家へ訪れる時。
しかし、後々の事など知る筈もない今のルンは、新しい生を謳歌しようと、この世界の男の子以上にお転婆に元気に天真爛漫に育っていった。
母親のアンも我が子の天然なところすら慈しみ、母娘は普通の帝国庶民の暮らしを、普通に楽しんでいた。
そして時は流れて乙女ゲームの設定通りニルス男爵からの使いがアン親子の元へと訪れ、漸く自分の正体と父親の名前がギルバートだという事を知った。
だが、ここで問題が起こった。ルンは泥の中より産まれた聖女故に、良くも悪くも貴族令嬢としては問題が有ったのだ。
アンは元々男爵家でメイドをしていたので男爵夫人程度なら耐えうる礼儀作法を持っていたが、ルンはずっと市井暮らしで元々の性格通り天真爛漫に育った為に、貴族令嬢としての何もかもが致命的に欠如していた。
しかも、ルンはとっくにデビュタントしていても可笑しくない年齢。それどころか婚約者がいても可笑しくない。いくら男爵令嬢といっても最低限のマナーが身に付いてないと同じ男爵家からも婚約話など来る訳が無い。
ニルス家令嬢は貴族令嬢らしくないという噂が社交界に出回ってしまったのだ。そうなると、男爵家と言えども貴族としての面子に関わる。
一計を案じたルンの両親、ニルス夫妻は、ここで一か八かに掛けた。
ゾルメディア皇家の皇子皇女達も通う名門学園の特別枠にルンを編入させようとしたのだ。
その特別枠は、面接のみの無試験。何時もは優秀な庶民ばかりが受けて合格するという、ある意味名門学園に入りたい下位貴族達にとっては狭き門。
けれども、もし合格すれば、男爵程度では到底払えないと言われている帝国一高額な諸経費や授業料、その他諸々は全て無料となる。
また、庶民と言えども将来有望な若者を捕まえてニルス家へ婿入りさせれるかもしれない。もしかすると上位貴族令息に目を掛けられるかもしれない。どんなに悪くても学園卒業後の嫁ぎ先を見付けられる可能性は高い。
ニルス夫妻は針の穴に糸を10回連続一発で通さなければならない程の僅かな可能性に掛けた。
ルンは両親に言われるまま、訳が分からないままに学園特別枠の面接を受けた。そして見事トップ合格。
当然ニルス夫妻は大喜び。学園側も奇跡の天才現る! しかも優秀な庶民ばかりが合格していた特別枠に、貴族令嬢が歴代最高評価を叩き出した!と騒然となった。
遂に、ルンはヒロインとして、晴れて乙女ゲームの舞台となる名門学園へと編入を果たす事が出来たのだ。
とは言っても、やはりルンは貴族なのに令嬢としてのマナーや作法が殆んど出来てないし、分かっていない。
例え多少可愛い天才少女だとしても、その天真爛漫さと前世での一般ピーポーぶりに眉を潜める貴族令息令嬢達は少なく無かった。
それでも元々が天然のルンは、私はヒロインだから大丈夫とあっけらかんに考えていた。
そんなある日、ルンは廊下の曲がり角で変な既視感を覚えた。
既視覚の記憶を辿ると、乙女ゲーム内で一押しだったガイスト皇太子との出逢いの場面が甦ってくる。
ルンは『来た!』と思い、胸を弾ませドキドキしながら廊下の曲がり角へと近付いていく。
そして予想通り男子学生とぶつかった。
「キャ!」
軽い悲鳴を上げて、床へと転ぶルン。
「いった~い」
床へへたりこみ、お約束通りの台詞を放つルンの前に、男子学生の物と思われる手が差し出された。
思わず頬を染めて差し出された手を取る。
「失礼致しました。ヒロイン」
「えっ?」
乙女ゲームをやり込んだルンは、取った手の主の声と台詞に違和感を覚えた。
この場面での台詞は「失礼致しました。レディ」なのに、相手は「ヒロイン」と言った。まるで最初から私が主人公だと知っているように。
それより何より、声優が違う。この声は…
ルンが顔を上げると、そこには自分の手をそっと握り、優しく微笑むアーサーの姿があった。
その光景を最後にルンの意識は途切れた。
次にルンが意識を取り戻したのは、牢屋の中だった。
アーサーの持つ特種魔法“魅了”から、漸く抜け出せた時には、牢屋に入れられて既に一週間が経っていた。
何がなんだか分からず、自分の姿を見てみると、着ているドレスはボロボロでピンクブロンドの長髪も振り乱したかのようにグチャグチャになっている。
現状が全く理解出来ないルンは、鉄格子に手を掛け、取り合えず目の前にいる鎧を着た兵士へと訪ねてみる。
「あの、スイマセ~ン。何で私は牢屋に入れられているのですか?」
「…………」
天然丸出しの問い掛けに、兵士からの返事は無い。
「スイマセ~ン。聞こえてますか~」
「…………」
やはり返事は無い。
代わりに兵士は何処かへと消えて行ってしまった。
暗くて狭い場所に、ルンだけが取り残されてしまう。
訳も分からず牢屋の中で一人きりだという現状を、今更ながらに再認識したルンに、突然恐怖が襲ってくる。急に足がガタガタと震えだし、その場で立っていられなくなった。
冷たい牢屋の床へ座り込んでしまうルン。
「……な……なな……何で……?」
震えるルンの問い掛けに応える者は何処にもいない。
寒さからか恐怖からか分からないまま震えていると、一人の老紳士がルンの居る鉄格子の前へと現れた。どうやら、先程の兵士がこの男を呼んで来たようだ。
老紳士は、ガタガタ震えるルンを見て1度鼻で笑う。
「フンッ、漸く正気になったか」
「……しょ……正気?」
「お前…投獄されてからの一週間、何も覚えてないのか?」
「えっ?……私は……何故牢屋に……」
「……そこからか」
大きく溜め息を付いた男は、先ず自己紹介をする。
「私はポーロ伯爵家当主ダイア・ポーロだ。お前の元実家、ニルス男爵家はウチの分家だ」
「……元実家?」
いきなり伯爵家だ分家だ元実家だと言われて訳が分からなくなるが、ダイアと名乗った男は、ルンが何も分かっていないという事を僅かな会話だけで理解していた。
「ああ、お前はアーサー殿下と婚約、婚姻していながらも、ガイスト殿下とも密通。二人の皇子を拐かした罪で其処に投獄されている」
「……拐かした?」
「そうだ。アーサー皇子との婚姻後、直ぐにその罪がバレて即刻投獄されてからの一週間、今の今までマトモな会話すら出来なかった」
「えっ……?」
ルンにしてみれば目が覚めたと思ったら、ボロボロの姿で牢屋に入れられていた。ダイアの言っている意味が全然理解出来ない。
捕らえられてからのルンを知るダイアは、その間の説明をする。
「お前を尋問しようとも、ずっと薄ら笑いを浮かべてアーサー様、アーサー様としか言わない。食事を与えても同じだ。食べる度にアーサー様、アーサー様と同じ台詞を繰り返す。そうかと思ったら急に奇声を上げて暴れる。見ていて気味が悪かったぞ」
「……そっ……そんな事……私言わない……それに、婚姻って何? 私、婚姻なんてした覚えなんて無いんだけど? それに、何でこんなボロボロのドレスなんか着てるの?」
ルンの怯えに反応して、ダイアの眉間に皺が寄った。
「……お前……アーサー殿下と何年も婚約していた事すら知らないという戯れ言など通用する訳が無かろう」
「でも、本当に学園に入学して少し経ったある日から今までの記憶が無いんです」
「記憶が無いだと……?」
「何年も婚約って……学園はどうなったんですか? 私、まだ卒業してませんよね?」
「……ほう」
これまでの僅かな会話で何かを悟ったのか、ダイアは顎をしゃくり、ほんの一瞬だけ微妙な笑みを溢した。
「そうか……そういう事か」
「?……どういう……事ですか?」
「クックックッ、まさか娘を生け贄に差し出すとはな。それにアーサー殿下も気の長い事だ」
「だからどういう……」
不気味に笑ったダイアは、天真爛漫に育ったルンの予想を越えた予想を説明する。
「恐らく、お前は利用されたんだよ」
「……利用……された?」
「そうだ。お前は色々な意味で学園で目立っていたから、それにアーサー殿下が目を付けた。お前を聖女かもしれないと嘯き、先ずは自分の婚約者に据える。そして薬か何かで洗脳して自分の自由に動く人形に仕立てる」
「洗脳……」
「最終的には、学園を卒業した翌日にお前と婚姻したアーサー殿下は、ガイスト殿下とお前が不義密通していたとして即刻離縁投獄する」
「卒業した翌日に婚姻って知らないし! そもそも何故そんな真似を!」
ダイアが語るあまりにも有り得ない行いに、投獄されているルンも流石に声を荒げた。
ヒロインである自分が何故こんな目に合うのかという怒りも沸いて来たのだ。
反対にダイアの口調は何一つとして乱れず、冷静に結論を告げる。
「そりゃ、ガイスト殿下を追い落とす為だろうな。その為なら、男爵令嬢の命一つなど安いもんだ」
「そんな事の為に!」
他人の命を使い捨てる行為を信じられないルンだが、ダイアの見解は違う。
「ああ、そんな事の為にだ。しかし、アーサー殿下にしてみれば、それだけでゾルメディア帝国次期皇帝の座が転がってくる。何年も掛けてお前を洗脳する価値があると踏んだんだろうよ」
「……あ……有り得ない……」
絶句してしまうルンを尻目に、ダイアは坦々と語る。
「ニルス家も当初は、元気で貴族令嬢らしくなかったお前が、婚約した頃からずっとヘラヘラしていて気味悪く変だったと言っていた。にも関わらず、次に会った時には男爵令嬢如きが皇子様との婚約が決まったからずっと天にも昇る気分だろうと言って誤魔化していたぞ。アーサー殿下と密約でも交わしたんだろうな」
「どう考えても可笑しいじゃない!」
怒りなのか驚愕なのかで、再び唇を震わせるルン。
それでも、ダイアは辛辣だった。
「確かに男爵令嬢程度の思考では考えも及ばないだろう。だが、それが本物の貴族だ。これこそが貴族の騙し合いだ」
「……そんな……」
騙し合いという言葉に呼応して、遂にルンは床へと崩れていった。
「フッ、私も最初から可笑しいと思ったんだよ。何故アーサー殿下ほどの御方が特別枠での編入とはいえ、お前程度の男爵令嬢を聖女だなんだと持て囃すのかがな」
「……聖女」
ルンはポツリと呟いた。
「そうだ、聖女だ。ゾルメディア帝国建国の祖で、勇者バーンを産んだ最高の国母だ。現にお前はアーサー殿下との婚姻式で伝説の聖女の力には目覚めなかった。そりゃそうだろう、別に魔王が復活した訳でも無いからな」
「魔王の……復活」
ルンは乙女ゲームを知っているので、例え魔王が復活しなくとも聖女が復活する事を知っている。
その裏に隠された『全ては我の言うが通り』という神の台詞とおぼしき謎の意味も。
しかし、この世界の純粋な住人であるダイアは、予言の石碑の通り、魔王が復活しないと聖女も現れないと認識していた。
だからこそ、アーサーがルンを聖女だと祭り上げ、聖女を欲したガイストと毒婦ルンが不義密通した事にする。
要は、聖女の力に目覚めなかった役立たずのヒロインを毒婦に仕立てあげ、ガイストの追い落としに利用。全ての罪をルンとガイストに擦り付けたのだ。
既に魔王が復活している事や、真なる後に頂点を統べる者がガイストだと知らないダイアは、今のゾルメディア皇家の内情を現実的、客観的に分析する。
「例え今回の件が無くとも、ガイスト殿下はいずれ皇太子の座から引き摺り下ろされる。そうなれば、全世界で最大勢力を誇るゾルメディア帝国皇太子の座はアーサー殿下へと移る。予言の石碑に記された後に頂点を統べる者とはアーサー殿下を置いて他に考えられないからな。クックックッ……」
自分の判断に絶対の自信を持つダイアの不気味な笑い声が牢獄に鳴り響く。
だが……ルンは――
「……う」
「ん?」
「……違う」
「何だと?」
「……後に頂点を統べる者は……アーサー様じゃない」
「…………」
笑いを止めたダイアは見下すような視線を俯き囁いたルンへと向ける。
「……なら誰だ?」
「…………」
「言ってみろ、誰なんだ?」
「…………」
「庶民同然の薄汚い小娘が苦し紛れに巫山戯た口を叩くなよ」
「…………」
「お前も数年の間だけは聖女だと言われ、皇子妃になれる夢を見れたし、実際婚姻出来たんだ。たった一日だがな」
「…………」
「と言っても、貴様は今の今まで洗脳されていたから、アーサー殿下の顔も姿形も記憶には無いんだったな」
「…………様」
「はぁ?」
「……ガイスト様……皇太子様よ……」
「…………」
ルンからの返答を受けても、ダイアの表情は一考に崩れない。
寧ろ緩く眉間に皺が寄る。
「……お前……庶民ですらもう少しマトモな答えを返すぞ。寝言の方がまだマシだ」
「……皇太子様以外に……考えられない……」
「今更あの無能に何が出来る。お前が本物の聖女だったとして、あのボンクラ皇子はどうやってお前を此処から救い出す」
「……皇太子様なら……」
「だが似合いのカップルかもな。エセ聖女と帝国一のドラ息子だ。産まれてくる子は史上最弱の勇者だな」
「……皇太子様なら……」
「…………」
乙女ゲームを知るルンは、メイン攻略対象者であるガイストこそが自分を聖女へと導いてくれる存在だと信じた。
けれど、そんな事など知らないダイアは、ルンの鸚鵡返しに何を言っても無駄だと悟り、懐から手紙を取り出し、俯いているルンの元へと投げ付ける。
「それは、ニルス家からの絶縁状だ。お前は廃嫡されたんだよ。御丁寧に両親二人のサインがしっかりと書かれているぞ」
「……そんな……嘘……」
先程まで抑揚の無かったルンの声に、僅かばかりの驚愕と震えが混じる。
その動揺に気付いるにも関わらず、容赦も慈悲も無いダイアの追い討ちは続く。
「お前の母親も良い加減庶民気分が抜けない娘の子守りは疲れたとよ。それに腹の中にはまた子供がいるから、役立たずはもういらないらしいぜ」
「……あの優しいお母様がそんな事言う訳……それに……私の弟妹…?」
「ニルス夫人も貴族らしく成長したって事だよ。お前だけが成長しなかったんだ。現にヘボ皇太子との不貞を報告したのはニルス夫妻だ。お前は両親に売られたんだよ」
売られたという台詞で一気にルンの血の気が引いてしまう。
「……本当に……言ったの?」
「ああ、嘘じゃない。ハッキリと現場を目撃したとよ。アーサー殿下も、家の恥を顧みず勇気ある証言をした真の貴族だと賛美してた。ニルス夫妻と殿下は繋がってたって事だな」
「……あ……ああ……」
ルンは心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
表情を崩していくルンに向かって、ダイアが示す現実は容赦無かった。
「因みにその手紙には、絶縁状の他にもお前への恨み言が山程書かれてるぜ。確かに庶民のままなら夫人も優しいままでいられた。けれど、貴族だとそうはいかない。それに男爵とはいえ、一度でも庶民生活よりも甘い蜜を覚えてしまったら、もう貴族からは抜け出せない。例え自分の子を犠牲にしてでも、裏切ったとしてでもだ」
ルンは自分がアーサーに利用された事よりも何よりも、優しかった両親に、家族に裏切られた事が一番悲しかった。
転生前の家族は最後まで自分を気に掛けてくれて、永遠に家族だと言ってくれたのに。
牢屋に入れられてから初めてルンの目に涙が溢れてくる。
それでも必死で嗚咽を殺す。
「……うう……ぐっ……ううう……ぐっ……う……」
「……好きなだけ泣けよ。もうお前には泣く事と祈る事しか出来ないんだからな」
その台詞を最後に踵を返してルンの前から立ち去っていった。
確かに今のルンには泣くだけしか出来なかった。
「わああああああああああああああ--」
牢屋の中にルンの慟哭が充満する。
今のルンには考える事など出来なかった。処刑エンドになるのか国外追放エンドになるのか。
の、筈なのだが。
一通り泣いて放心状態だったルンの元にいきなりメイン攻略対象者のガイストが現れた。
そして、大雑把にではあるが、ガイストもアーサーも悪役令嬢役のディアナも転生者だという事を教えられた。
このままだと確実に冤罪を掛けられ処刑されてしまうかもしれない。助かるには自分に付いて来る他はないとも告げられる。
乙女ゲーム一押しのガイスト皇太子が助けに来てくれた事は嬉しかったが、予想に反して中身は自分と同じ転生者。尚且つかなりの庶民派。
一抹どころかかなりの不安が残るルンだが、ヤッパリ理想通り金髪碧眼のイケメン、真剣な顔で怒鳴られた時は思わずトキメいてしまった。
何にせよ、現状をそのままにしておくと間違いなく犯罪者に仕立てあげられてしまうので選択肢は無いに等しい。
ルンは転生前から憧れていたガイストに、己の全てを委ねる決心をする。
その際、不敵に笑うガイストからまたも告げられた。
「ルン、お前は絶対に聖女だ! だから俺の嫁にする。お前は俺と婚姻してデンジャラス公国の大公妃になるんだ! 頂点を統べる者の嫁になるんだ! 俺達の子供が勇者だ! 俺は家族や仲間は絶対に裏切らない! だから安心して付いて来い!」
お互いの命が危機的状況にも関わらず、緊張感の無いガイスト。それでも、リアルで聞かされる憧れのエロボイスブロポーズにはドキドキしてしまう。
一応持って来ていた両親からの手紙も破り捨てようとしたが「ヘイトの手紙は捨てても良いが、絶縁状はざまぁの言質になるから取っておけ」とガイストは、またも不敵に笑った。
ボロボロのドレスから用意された庶民服へと着替えたルンは、直ぐ様ガイストの母親である皇后や侍女達と共に馬車に乗せられ皇城を後にする。
その後、グレン達と合流し、膨れ上がった馬車の一団は蹄の音を轟かせ、一路世界の中心地を目指して長年住み慣れた帝都から脱出する。
馬車の車窓から遠くなる帝都を眺めつつ、自分への憎しみを綴った手紙を破り捨て、後の聖女は寂しげに小さく呟いた。
「バイバイ……お父様……お母様……」
~~~~~~~~~~
ルンがアーサーの魅了に掛けられている間、次のような事態となっていた。
当初ニルス夫妻は、ルンがアーサーを射止めた事に、大喜びなど出来なかった。そりゃそうである、ニルス家は貴族と言えども最底辺の男爵家なのだから。
故に、上位貴族達から攻撃の的になるかもと思ったニルス夫妻は生きた心地がしなかったが、そこは婚約の挨拶に来たアーサーから心配無いとの言質を貰った。
実際に上位貴族達は、ニルス家を攻撃どころか祝福の賛辞を贈るばかりだった。
アーサーの影響力のお陰で、ニルス家は一気に次期皇后、更には聖女の実家になるかもしれないと帝国内で話題になり始めた。
だが、ニルス家の面々はルンがアーサーと婚約中、魅了に掛けられている異常な姿を毎日目撃している。
いくら男爵令嬢が皇子に見初められ有頂天になっているといっても家族が不振に思わない訳が無い。ルンが聖女だという話も最初から信じてはいなかった。
ニルス夫妻はルンの精神疾患を理由に、婚約破棄ではなく婚約を解消して貰おうとした。
皇家との婚約故に男爵家からは断れないとはいえ、今の娘の姿を皇帝や皇后に見せれば、どう見ても異常な状態である事は直ぐに分かる。
最悪、ルンを無理矢理観衆の前に引っ張り出して皆の目に晒せば、直ぐ様醜聞が巻き起こる。
忽ちルンは貴族令嬢として死んだも同然となり、結果領地で蟄居。ニルス家も当分は肩身の狭い思いをするかも知れないが、次期皇帝と名高いアーサーとの婚姻後に何か粗相があってからでは遅い。下手をすれ家族全員処刑どころか、その影響は本家であるポーロ家にまで及ぶ。
ニルス夫妻は、どんな手を使ってでもルンとアーサーの婚姻を阻止しようとした。
しかし、それに待ったを掛けたのも婚約者であるアーサーだった。
アーサーも毎日魅了に掛かり続けているルンの異常状態には気付いていた。
魅了はその場限りの使用ならば一日掛けて効果は消える。けれど、毎日毎日掛かっていると効果は薄れるどころか、より強力になってしまうからだ。事実、ルンは魅了から完全に抜け出す迄に一週間を要した。
ルンがアーサーと寄り添っている間は何とか誤魔化せる。学園でも「ルンは男爵令嬢なので、上位貴族令息令嬢達から変な危害が加えられるかもしれない」という理由を使って授業中でも常にアーサーの隣に置いた。とは言っても、アーサーが上位貴族達に圧力を掛けていたので危害が加えられる事など無かったのだが。
それでもルンが実家にいる時はどうにも出来ない。家族ならば間違いなくルンの異常に気付く筈。
そこでアーサーは、ルンの両親に提案した。
「今は私との婚約が成っている事に嬉しくて変に盲目になっているだけです。余計な真似はしない方が良い。もしヒロ……彼女が私との婚約中、婚姻後に何かやらかしたとしても貴殿方には絶対に危害を加えないし、何処からも危害は加えさせない」
そう言って一枚の羊皮紙をニルス夫妻の前に差し出す。
「普通、下位貴族家令嬢が皇族と婚約婚姻する時は、令嬢が上位貴族家の養子となった後にするのですが、皇子の婚姻相手が市井育ちの男爵令嬢というのは何かと話題になります。皇室典範にも、皇子皇女の婚姻相手は高貴な立場の者と曖昧に記されているので然程問題にはなりませんし。なので、今は男爵のままの方が都合が良いですが、私達の婚姻が成った後は、結果がどうあれ適当な理由を付けてニルス家を上位貴族に昇爵させましょう。当然その爵位に見会う領土も皇領から譲渡致しますよ」
羊皮紙にはアーサーが言った事と同じ内容の文面が書かれている。
御丁寧にもアーサーと母親である側室どころか、スレイン皇帝のサインまでされているではないか。
それを見て驚くニルス夫妻に尚も付け加える。
「その誓約書を社交界で色々な方に見せ、私の言質を広めて下さっても構いませんよ」
ここまでされれば婚約解消をする理由は無くなる。
今からルンが何をしようとも実家に危害は及ばない。それどころか何がどうなっても婚約後には上位貴族へ仲間入り出来る。その全てをゾルメディア皇帝が認めているのだ。
これだけの保証をしてくれるならば、絶大な権力を持つアーサーに逆らう事はどう考えても得策ではない。
アーサーにしても、あくまでも婚約婚姻を乞うたのは自分の方。故に、どう転ぼうと相手方へは一切危害は及ぼさない。
更には言質の保証と銘打って、社交界で婚約者、妻の実家を大切にする皇子との印象も与えられる。
まさに両者にとってWinWinの関係であった。
そこまでしたのにルンは聖女の力には目覚めなかった。聖女を自分の妻にして皇帝に即位するという目論見は崩れてしまった。
こうなるとアーサーは、圧倒的権力でガイストを皇太子の座から引き摺り下ろすという形に軌道修正しなければならない。
それには裏で繋がっているが表向ガイスト派に属しているメルチェ家の力が必要となる。しかし彼等は諸々の事情からガイストには手が出せないどころか、絶対守らなければならない。
自分も役立たずとなったルンと婚姻してしまった為に、ディアナを側室として迎える以上の手札は無い。
ここでアーサーはルンの実家を利用する策を思い付いた。
ニルス夫妻がルンは婚約中からガイストと不義密通していた、その一部始終を目撃したと虚偽の報告をした事にすれば良いのだ。
例えルンがどうなろうがニルス家には何のお咎めも無い。寧ろ黙っていても上位貴族への昇爵は確定していたのに、あえて勇気を振り絞り婚姻当日に娘の不貞を進言した真の貴族だと讃えてやれば丸く収まる。
ニルス夫妻が渋るようなら、圧力という鞭と便宜という飴を与えてやれば良い。
この頃には、次期皇后候補、聖女の実家として持て囃され、庶民が夢に描くような貴族生活にドップリ浸かっていたニルス夫妻は、アーサーが軽い飴を差し出しただけで我が子を裏切る策に了承した。
ただでさえ、学園へ編入するまではお荷物だったのに、これ以上実家に余計な波風は立てて欲しくない。ならば、最後ぐらいは役に立って消えて欲しい。アーサーも娘の不貞を自ら訴えたニルス家は勇気ある真の貴族だと褒め称えるとしているので自分達の損にもならない。
何よりニルス夫人であるアンが、ルンの弟妹を妊娠していた事が決め手となった。
今度アンが産む子と帝国侯爵家の子を婚約させるという貴族にとって一番甘い蜜を与えたのだった。
ニルス家が昇爵予定とされていたのは伯爵。流石に男爵がいきなり侯爵以上だと、例え聖女の実家であっても帝国本国上位貴族達の反発を招く恐れがある。それでも上位貴族は上位貴族。
そこを更に侯爵家と縁続きになれるのだ。我が子という生け贄を一人差し出せばニルス家は本当の意味での帝国上位貴族の仲間入りが出来る言っても過言ではない。ゆくゆくは本家であるポーロ家をも凌げるかもしれない。
アーサーにしても適当な理由をこじ付けてスレイン皇帝に相談し、適当な侯爵家の子と婚約させれば良いだけなのだから。
メルチェ家としてもガイストの浮気を理由に婚約破棄が出来るし、ディアナを繰り上がり正妃にも迎えられる。メルチェ家はガイストの後ろ楯に立たなくて良くなるし、表立って自分に付ける。
結果として、ガイスト皇太子と皇后は丸裸も同然。
ここでまた両者WinWinの関係が成り立った。
そして、ルンは両親の裏切りで冤罪を掛けられ牢屋の中。全ての事が上手く進んだかのように見えたが、アーサーの企みと冤罪に気付いた者が居た。正気に戻ったルンと面会したポーロ伯のダイアだ。
ダイアはこの事実を帝国の各属国にバラすと言ってアーサーを脅迫。御丁寧に、自分の身に何が有れば一連の顛末を綴った書簡を持つ者達が、自分と親交のある属国貴族全員に届けるとの保険も掛けていた。
それ等を秘密にする見返りとして、未来に産まれるアーサー直系の次期皇帝継承権が最も高い皇子と、ポーロ家に産まれた令嬢を婚約婚姻させる。その内容を全て了承したアーサーサイン入り秘密の誓約書が欲しいと要求。
これはアーサーの更に次の皇帝、つまりディアナ皇后の産んだアノー皇太子の妻、次代の皇太子妃にポーロ家令嬢を据えるという事になる。
メルチェ家は子の代で皇后を仕込んだが、ポーロ家は親の代で皇后を仕込もうとした。
これには流石のアーサーでも手も足も出ない。魅了という特種魔法の存在には気付かれてはいないが、ダイアの予想はほぼ合っている。
そうなると、書簡の内容が元で属国が連携して不義密通の調査やり直しを要求してくるかもしれない。
例えルンを処刑したとしても、アーサーがニルス家を不自然なまでに賛美、懇意しているという事実が有る。それが足取り調査で判明した状況証拠によって陰謀の裏返しだったとの疑惑が持ち上がってくる。
そう、疑惑なのだが、それだけで良いのだ。
何故なら、弱小王家へと嫁いでいったゾルメディア先帝正室直系の皇子皇女達、つまり先帝と先皇后との間に産まれたスレインの実の弟妹達は、諸々の事情から先側室が産んだ弟妹達を嫌っている。故に、側室から産まれたアーサーも嫌っているのだ。
ポーロ家が帝国本国下位貴族に多くの分家や寄子を持つと共に、弱小属国貴族達とも多くの親交を持っている事もアーサーは知っていた。
小さな属国一つ一つは何の敵にもならない。しかし、帝国の殆んどは弱小属国の寄せ集め。本気で自分を支持する大国と呼ばれる属国は一握りでしかない。
弱小と言えども一纏めになって襲って来られたら、いくらアーサーであろうとただでは済まない。
だがアーサーは、自分の息子の婚姻相手にポーロ家令嬢を据えると言うのは悪い手では無いとも考えた。
ディアナを正妻に迎えた後、皇子が産まれ、自分が皇帝へと即位すればメルチェ家の権力はかなり巨大化してしまう。
ならば帝国下位貴族や数多の小国に大きな影響力を与えられるポーロ家を肥大したメルチェ家の抑止力にすれば良い。
帝国貴族としての柵が薄い下位貴族はフットワークが軽い。現にダイアはその軽さを利用してアーサーに脅しを掛けて来たのだから。
ならば自分もダイアを利用して帝国本国から属国へ情報を提供。外からメルチェ家に睨みを効かせられると考えた。
全てを鑑みた二人は、両者の利益の為にお互いがお互いを協力する誓約書を認め相手へと渡した。
三度、WinWinの関係が成り立ったのである。
けれども、二人の協力関係はこれから五年の後、脆くも崩れ去る事になる。
裏取引が成立している間に、ガイストが自分の持てる最後にして最大の切り札、次期皇帝継承権の放棄を使いルンを助け出してしまったからだ。
スレイン皇帝と公文書官のお墨付きでガイストより助け出されたルンは、そのまま皇后やグレン等を含めたガイスト一派に加わり、直ぐ様帝都を脱出。
負け組皇子と共に舞台を追われたヒロインは、魔王エンドに向かっての第一歩を踏み出したのだった。
因みにキャラクターネームは
アン→赤○のアン、並びに母をたずねて三○里のア○ナ・ロッシ
ギルバート→赤○のアンのギ○バート・ブレイス
ニルス男爵家→ニ○スのふしぎな旅
ダイア・ポーロ伯爵→UFO戦士ダ○アポロン