真実編
本当にクドく、読み辛く、ややこしく、文字数が多く、内容の重複になってスイマセン。
一応、此処に予言の石碑を貼り付けておきますが、どちらかというと聖女と勇者と魔王の伝説の方が重要なのかもしれません。
“戦いに破れた者が魔王となって魔物を操り、この地を中心として、世界を席巻する。
泥の中より産まれた聖女が、後に頂点を統べる者と神前で婚姻すると同時に己の力に目覚める。
聖女の力は荒廃した地を潤す。
更には、聖女と統べる者との間には唯一の勇者が産まれ、最終的には無限の大地に千年王国を築くだろう”
俺はドラゴンに乗ったまま、ニヤニヤとイヤ~な顔をして、顰めっ顔のアーサーと話しを続ける。
つっても、ここからは転生者にしか分からない会話だけどな。
「因みに、もうテメェがルンとの間に子供を作っても勇者は産まれねぇぞ」
「何だと?」
「予言の石碑の最後の行には“唯一の勇者”とある」
確かに聖女と“統べる者”との間に勇者は産まれるから、二行目にある“後に頂点を統べる者”とは違い、広い意味で解釈すれば、ゾルメディア皇帝どころか、全ての国の国王や国主との間にルンは勇者を産めたかもしれない。
けれど、勇者は“唯一”だ。
「これは一人の聖女に対して一人しか勇者は産まれない事を意味している」
「そんな理屈!」
「あるんだよ、実例がな。最初の聖女、つまりルンの前の聖女、聖女シェラはゾルメディア国王の長男、第一王子として勇者バーンを産んだ。しかし次男の第二王子ギムレットはただの人間だった」
そこまで言うと、アーサーも何かに気付いたかのように、ハッとした顔になる。
「もし聖女シェラが浮気して統べる者以外との間にギムレットを産んだとしたら、確かに何人も勇者を産める可能性はあるが、詩の中でも勇者バーンは聖女である母親似、ギムレットは父親似と言われている」
そう、勇者バーンは庶民に多い茶髪、ギムレットは父親譲りで王族特有、尚且つ珍しい銀髪だったらしいからな。
「頭の良いテメェなら覚えてるだろ、プロローグにあった聖女と勇者と魔王の伝説を。この世界でも普通に酒場行きゃ聞けるじゃねぇか」
「馬鹿な……」
「勇者として産まれたモストの顔も聖女であるルン似でピンクブロンドの髪をしている。これからも分かるように、もうルンは勇者を産めない。次に産まれてくる子供は、間違いなくただの人間だ。断言してやるぜ。父親が変わればなんて甘い考えは捨てた方が良いぞ。さっき言った通り、勇者は“唯一”なんだからな」
「そんな……有り得ない! 私こそが勇者の父となって千年王国の礎を築き歴史に名を刻むんだ!」
理窟になってない自尊心を振り撒き、声を荒げるアーサーに衝撃の事実を突き付けてやる。
「それにな、当分ルンとテメェとの間に子供は作れねぇぜ」
それだけでまた何かを悟ったアーサーは、ルンの腹を凝視した。
「そうだ。ルンの腹の中には俺の二人目の子供がいる」
「なん……だと……」
「無理矢理流産させるって手もあるが、それだともう二度と子供が産めなくなるかもしれねぇし、最悪ルンは死んじまうかもしれねぇな。聖女つっても人間だ。ここが乙女ゲームの世界だと言っても、絶対妊娠する、絶対死なないなんて都合が良い訳が無い。じゃなければ、もうとっくにモストの下に兄弟が産まれてても良い筈だからよ。結構やることやってんだぜ」
「勇者の兄弟を妊娠……」
「余計な事言わないでよ!」
最後はルンの怒りで締め括られた。
けどまだまだだ。決定的なトドメをくれてやる。
「まだあるぜ。予言の石碑に書かれてる事は全部、俺とルンとモストの事を示してるんだからよ」
「それも有り得ない! 統べる者と明記されているのは貴様でなく全て私の事だ!」
おーおー、何の実績も無い自意識過剰もここまでくると大したもんだ。
「テメェか俺か教えてやるよ。戦いに破れた者、魔王、後に頂点を統べる者、統べる者は全部俺、聖女はルン、勇者はモストとすれば全ての辻褄が合う。確かに乙女ゲームのプロローグでは勇者が世界最大の規模を誇るゾルメディア帝国を作ったが、石碑にある千年王国を築く場所は無限の大地。つまりは無限の資源を持ってる世界の中心地だ」
「そんなのは解釈次第だ!」
「そうじゃねぇんだよ。魔王ゲイザーは世界の中心地を手に入れたけど、周りは自分以外全部魔物。それに全世界を敵に廻してた。だから人間の聖女と出逢えなかった。その代わりあの時代、魔王に対抗する全世界のリーダーに後々なった“後に頂点を統べる者”、次代のゾルメディア国王、ルーク第一王子が聖女シェラと出逢った。そして勇者バーンが産まれた為に、それまで世界の中心地だけで全世界と渡り合ってた魔王は、追い詰められていく事になる」
「それこそ予言の石碑の通りだろ!」
そう、ここまでは予言の通り。しかし、これからだ。
「そうだ。けれど、ルーク国王は最後の最後で魔王を裏切った。そのせいで世界の中心地を手に入れられなかった。一見してその後も聖女シェラと勇者バーンは予言通り行動したように見えるが、本当の意味での予言は成就されてない。途中までは予言通りだったが、あと一歩のところでルーク国王はヘマをしちまったんだよ」
これだけ説明してもアーサーは、それがどうしたって顔で睨み続ける。
でも、テメェが望んだ千年王国の礎を瓦解させてやるぜ。
「考えてもみろ、ルーク国王は世界の中心地どころか帝国の礎を築く前に殺されてしまったんだぜ。それを成したのは嫁と息子達だ。確かに国王となったルーク第一王子は後々頂点を統べたけど、なんとも情けない統べる者だよな」
「それも解釈次第だ! それに、後に頂点を統べる者の生死は予言には言及されていない」
「それは確かにそうだ。でも、ゾルメディア帝国は、まだ世界最大規模を誇ってはいるが全世界を支配下においてる訳じゃないし、ここにきて帝国の属国を含む世界各国からそっぽ向かれだして急激に衰えを見せ始めてる。戦争でも俺には勝てねし、帝国領土もここ数年足らずで往年の半分以下に削られた。公国の驚異から逆転しようにも、世界の中心地しかり、聖女しかり、勇者しかり、全ての手札は俺が持っている。合法的にこの状況をひっくり返す方法があるなら是非とも聞かせてくれ。聞いても邪魔はしねぇよ。非合法なら邪魔するけど」
「うぐぅ……」
漸く俺の理屈に観念したのか、アーサーは悔しそうに顔を歪ませる。
「最後、ルーク国王は、どれだけ被害が甚大になろうと、徹底抗戦すりゃ良かったんだよ」
それだと後々は魔物を滅ぼした世界で人間達だけの千年王国を作れた。だが、人間だけの文明は、発展がかなり遅れただろうな。
「けど、もし本当に和平をしてたら、最終的には魔王ゲイザーの血族とルーク国王の血族はまた一つに戻り、今のデンジャラス公国みたいに世界の中心地も人間と魔物が共存して、無限の資源を上手く活用する理想郷、何でも有りの千年王国になってたかも知れねぇな」
「人間と魔物の千年王国だと……」
なんたって勇者バーンは魔王ゲイザーと性格が似てたって言うじゃねえか。良い叔父さんと甥っ子になったかも知れねぇしな。
もう、アーサーの目線は俺を捉える事も出来ずに、忙しく泳ぎまくっている。
信じたくはないが、俺から聞かされた内容が奴にも事実だと分かっている筈。
「まさに帝国は落日を迎えようとしている。こんなのが千年王国な訳ねぇだろ。まだ神様が地上にいた旧王国時代を含めても帝国は千年も経ってねぇし」
「違う……違う……」
ここまで懇切丁寧に説明すりゃ馬鹿でも分かるよな。何が正しいのか。
それでもアーサーは、正解を無理矢理否定するしか出来ない。
「予言の石碑に記されているのは、聖女が勇者を産んで魔王を倒した後、大国を築くって意味じゃなく、最初から最後まで“世界の中心地を征する者が、全世界を征する”と記されているだけなんだよ。現在、世界の中心地を持ち、各大陸の各国と友好的な国交を持っている俺こそが、予言の本当の意味を成す張本人だ」
さっきのディアナみたいに体がプルプルと震えだしたアーサーに、最早叶わぬ夢となった打開策を教えてやる。
「俺が子供の頃から魔物を操って世界の中心地を実質的に手に入れてたから、ルンはお前との婚姻式で聖女の力には目覚めなかったんだよ。その状況だと、俺が世界の中心地から外へ出る間にゾルメディア帝国が全世界を征服した後、俺からルンを奪い返し嫁にする。若しくは世界を征服するまでルンを婚約者としてずっとキープしてたら俺は手も足も出なかったけどな」
なんたって魔王唯一の弱点は聖女が産む勇者。逆に言えば、勇者を産む聖女を此方に取り込んでしまえば良い。
聖女を殺すという手もあるけど、予言の強制力で勇者を産むまで殺せない。若しくは殺しても新たな聖女が出てくる可能性がある。
何故なら予言の石碑には、聖女は勇者を産むとハッキリ明記されているからだ。
それに俺は、女子を殺すなんて真似したくないからね。
「聖女の力を目覚めさせる為に世界征服だと……!」
「さっきもいったけど、世界の中心地と互角以上に渡り合うには、全世界を己の支配下に置くしかない。けど、俺が自身を世界の中心地を統べている魔王だと明かさなかったあの当時に“後に頂点を統べる者”となるなら世界を征服するぐらいしないとな。ゾルメディア星星太子ぐらいにはならないとよ」
「星太子なんて……」
ルーク国王は“魔王という世界の敵”と“聖女の旦那というネームバリュー”があったからこそ、世界を征服しなくても皆の協力の元、全世界のリーダーという“後に頂点を統べる者”になれたし、その結果勇者も産めた。
けど、ルンとアーサーが婚姻したあの時は、全世界と拮抗しうる世界の中心地は実質的既に俺の物になってたんだからゾルメディア帝国の後継者程度じゃ“後に頂点を統べる者”とは到底呼べない。
それでも公的には、世界の中心地の所有者は俺じゃなかったから、親父殿を罠に嵌めたんだけどな。
「世界征服後だったら、ルンも聖女の力に目覚めたかもしれねぇな。テメェとルンとの間に産まれた勇者には魔王軍も苦戦を強いられるし、此方が負ける可能性も高い。そうすればテメェは予言通り無限の資源が眠ってる世界の中心地を手に入れて、そこに千年王国を築けたかもよ」
かなりの力業だけど、それでも一応、予言の辻褄は合う。
「でもタイムリミットは五年。俺は全ての準備が整ったら友好的に世界中の国々と付き合うつもりでいたからよ。そうなると、今度は帝国の方が手も足も出なくなる」
そう、俺が表に出てきたら、もう帝国は全世界をモノにする事は出来無い。
今みたいに帝国軍が乗り出してきても魔王軍が全て蹴散らして世界の国々を守るから。だから五年だ。
しかもこの時点で、詩にある死守する筈の世界のリーダー、ゾルメディア王国と、侵略する筈の世界の敵、魔王の立場は真逆に入れ替わってるし。
「五年で足らずで世界征服なんて出来る訳が……」
「そう、戦闘機、戦車、戦艦、ロケット、ミサイル、核兵器まである転生前の世界ならいざ知らず、ここは剣と魔法、つまり人力が基本のファンタジー系乙女ゲームの世界。しかも人間より魔物の方が断然強い。それは魔王軍を相手にしたテメェの方が骨身に染みてるだろ」
ゲームが学園アドベンチャーパートから世界の中心地RPGパートに移行した後、勇者が産まれて成長するまでは中々先へは進めなかった。だから妹は面倒だからと言って全部俺に丸投げした。ホント面倒臭かかったぜ。
最初の方は、学園での攻略者パーティーメンバー全滅してのGAME OVERばっかだったし、完全に女がプレイする乙女ゲームの範疇を越えてやがった。
それ以上のこの世界では、たったの五年で世界を征服して、魔物犇めく場所からルンを取り戻し子供を作る。若しくは、ヤッパリ世界征服後、ずっとキープしてたルンと子供を作るなんて出来る訳がねぇよな。
「テメェが俺と全く同じ事を考え、全く同じ人生を歩んでたら、今俺がいる場所がお前の場所にもなったけど、そんなのは夢にも思わねぇだろ」
アーサーは最初から敵役本来の人生を覆そうと考えてたんだもんな。
それが結果的には、俺に魔王の力を目覚めさせたから、自身の墓穴を掘っちまったけど。
「つまり、テメェは子供の頃から俺に勝った気でいたけど、俺が魔王の力に目覚めた瞬間から何をどうしようが最終的には負ける運命だったんだよ」
「負ける……運命……」
「唯一、テメェがボロボロにならない結末を迎えるには、とっとと継承権を放棄して何もしないってのが最良だったんだ」
そうすれば、乙女ゲームの舞台の裏側にある次期皇帝継承権争いなんてのは起こらなかったし、俺も本来備わる筈だった特殊魔法に目覚めたかもしれない。アーサーも魔物使いや魅了とは別の特殊魔法が備わったのかもしれないし。
後々は公爵家に婿入りするか、本人が挑めば一代限りの大公家を起こす事も出来た。末は帝国の重鎮になってこの世界で死ぬまで何不自由無い暮らしをアーサーは送れたんだ。
それに、皇室典範では一度継承権を放棄したら、例え自分が唯一の皇族になろうとも二度と皇帝にはなれない。
それは、継承権争いで全世界を捲き込む戦争を起こしてしまった事と今後の憂いを絶ち切る意味を込めて、勇者の弟だったギムレット、後の大公がそれを希望した。だからこその一代限りの大公。
ディアナが側室になる下りでも少し触れたが、ゾルメディア帝国は今迄も皇后の産んだ第一皇子、最悪死亡した場合でも同腹の弟がいるなら、その子が皇太子を次いだ。側室の子が皇太子になるには、皇帝と皇后と皇太后三人の許可が絶体必要。
基本、皇太后は皇后派。だからもし側室が我が子を皇帝に据えようとして皇后が産んだ皇子を暗殺しようものなら、絶体に皇太后と皇后は側室の子を皇太子には認めないし、公爵家、若しくは大公家から養子を迎えて皇太子に据える。
全員纏めてブッ殺すって手もあるが、それって確実に私が犯人ですって言ってるようなもんだし傾国以外の何者でもない。そんな毒婦が頂点に立ったら属国各国が反旗を翻す。
昔の継承権争いに懲りたゾルメディア帝国において、本来側室が持つ権力はかなり弱い。だから側室の子が優秀故に権力No.2の宰相や大臣になれても権力No.1の皇帝にはまずなれない。俺みたいに馬鹿でも普通は皇后の子が皇太子になる。流石に馬鹿すぎると皇太后も側室側に付くし、貴族達も黙っちゃいないけど。
中には大馬鹿の方が手綱を握り易いから良いって奴もいるが、それだとヤッパリ属国が次々と独立、反乱を起こす可能性がある。
だからヤッパリ優秀未満、適度な馬鹿以上が皇太子には好ましい。俺の事だな。
故に、皇室典範によって次期皇帝継承権に煩いゾルメディア帝国において、継承権争いは中々起こらない。いや、一度も起こってない。
事実、ゾルメディア帝国建国から今現在まで魔王の力に目覚めた者は俺以外いない。いたら間違いなく俺と同様、世界の中心地を手に入れようとするからな。
中には目覚めた者もいたかも知れないけど、伝説に吟われる恐怖の魔王の力に恐れをなして一生隠し通したとも考えられるけど。
つーか、俺が目覚めたのが早すぎたのか? 普通継承権争いはデッドヒートで競い会うものであって、勝敗が確定するのは大抵学園を卒業して成人した後。だからゲイザーは父王の言葉による確実な敗北後死刑になるギリギリで魔王の力に目覚めた。
何にせよ今回も何時も通りなら、俺がルン、若しくはディアナを嫁にして、後に皇帝へと即位する筈だった。
それを、親父殿が自分の母親、皇太后が既に天へ召されているのを良い事に、愛する現皇后、元側室殿を頭に登らせた。
しかも、御互いが産んだ子供の差は歴然。皇室典範というバックはあったが俺の母上は一属国の元王女でしかないんで、親父殿と元側室殿からの圧力に耐えるしかなかった。まぁ、その結果が今の帝国の没落を生んだんだけど。ホント、法律や規則は守ろうぜ。
偶然なのか必然なのか、前回も今回も物語の始まりの国は使い物にならなくなっちまったな。
俺の衝撃の告白を聞いたアーサーには最早最初のような剥き出しの敵対心は無く、虚ろな目となる。
「継承権を放棄して……何もしない……?」
「そうだ、そうしてれば俺はなりたくもない皇帝になったし、テメェは帝国の重鎮になれた。例え乙女ゲーム通りにRPGパートに移行して話が進んでもテメェには余り関係が無いし、上手く俺を操れば、それこそギムレットみたいに駄目な兄を支えた優秀な弟、勇者と協力して世界の中心地開放の手助けをした縁の下の力持ち、影の立役者として歴史にも吟遊詩人の詩にも名を残せたかも知れねぇな。まぁ、自殺する運命を変えたいっていうお前の気持ちも分からなくもねぇが」
「影の……立役者……運命を……変える……?」
「けど、テメェはこの俺を舐めすぎて、この世界で自分が主人公としての名を残すなんてつまらねぇ欲をかいた。それがテメェの敗因でもある。テメェの行動は予言の石碑通りにストーリーが進む中で、乙女ゲーム本来のストーリーに拘りすぎて、己の欲望に忠実すぎたんだよ」
「拘りすぎた……」
そうだ、この世界で乙女ゲームの強制力が働いているのは、予言の石碑に記されている内容だけ。初めからアーサーが望んだ通り、乙女ゲーム本来の学園ラヴストーリーから冒険ラヴストーリー内での内容は狂いまくっている。
その証拠に、もし元々のストーリーにも強制力が働いていたなら、俺に断罪される筈だったディアナも今頃は何らかの事情で修道院に入ってるし、メルチェ家も取り潰されている。アーサーも望む望まないに関わらず死んでいる筈だ。当然、魔物も敵のままだから、その敵となる勇者を産むメイン攻略者の俺が魔王の力に目覚める訳がない。
即ち、今みたいな状況にはなっていない筈。
今の時代には、予言の石碑一行目にある“戦いに破れた者”としての魔王は復活しない。魔王はあくまでも十二代前の第二王子、今は亡き魔王ゲイザーのままストーリーは進む。
実際に乙女ゲーム内では、最初から最後までラスボスの魔王は出なかった。俺と勇者を含むパーティーメンバーが無限の資源に到達し、俺が魔王ゲイザーの呪縛から魔物達を解き放つご都合主義“解放”の力に目覚めるってのが、真のエンディング。
そう、解放の力こそが本来俺が持つべき筈だった力。
聖女である勇者の母親と同様に、勇者の父親となって世界の中心地を手に入れたからこそガイスト皇帝も特殊な能力に目覚めたっていうお約束通りの寸法だ。
そこまでいったら、俺エンドか勇者エンドかハーレムエンドが見られる。
しかし、俺がまだ皇太子だった頃に聖女と婚姻して、皇帝に即位した後、勇者を産むってのが必須条件。さもないと、絶対に世界の中心地は攻略出来ないから力に目覚めようがない。
俺がルンを伴って、とっとと帝都を出てったのは、アーサーが解放の力に気付き、一発逆転、世界の中心地を手に入れるかもしれないとして、後を追い掛けてくる危険を回避する為でもあった。
けど、普通に考えれば、全く条件を満たしてないのに世界の中心地へ赴くなんて自殺行為の何物でもない。
しかし、あくまでもストーリー通りに進んでいるのは予言の石碑の内容だけで、この世界では乙女ゲーム本来の内容を無視してキャラクター達の望む通りに全てが進んでいる。
アーサーは自分がストーリーを歪めたにも関わらず、ストーリー展開や必須条件なんてのに拘ってやがったから聖女の力に目覚なかったルンを捨てた。
そして、ルンを拾った俺を見逃して、結局は乙女ゲーム同様、俺に負けたんだ。
「テメェはこの世界において本当に拘らないといけない場面を全部見逃してたんだよ」
最早ガクブル状態のアーサーに、目の覚める台詞をくれてやる。
「頭の良いテメェならもうとっくに分かってんだろ。俺が言った事こそが全て真実だと」
「全て……真実……」
もう、オウム返ししか出来ないでいるが、トドメとして、俺は名探偵コ○ンばりに指を突き付ける。
「そう、真実はいつもひとつ! 全ては伝説の石碑の通りだ!」
その一言でアーサーは、遂にラ○ウが最も嫌う両膝を地に付けた。
どうだ! 見た目はイケメン、中身は道楽者だぜ! あたたたた!
呆然として崩れ落ちたアーサーを一度だけ鼻で笑って、再度親父殿へと顔を向ける。
「親父殿、ゾルメディア帝国はデンジャラス公国に一切不干渉、不可侵の筈だ。にも関わらず、俺の嫁を俺の許可無く拐った。本来なら帝都を火の海にしてやるところだけど、条約には如何なる要求にも従うともある。だから今回はディアナとその息子を此方に明け渡すだけで勘弁してやる。もう二度と俺達には手を出すな」
顔面蒼白に汗だくで、まだ椅子からずり落ちたような姿勢のままだけど、俺も言う事は言ったし、そろそろ帰るか。
モストがお眠の時間だからな。目も虚ろになって、首もコクコクしてるし。普段は母上が面倒見てくれてるんだけど。
しかし、ルンとディアナに公国へ帰ろうと声を掛ける為、振り向いたと同時に毎度毎度アーサーが無駄な抵抗をしようとする。
野郎、虚ろだった目から血走った目に変わって、帯剣してた剣を抜き、ルンの方へと歩み寄っていく。
けれどもルンはそんなアーサーに気付いても鉄仮面。
親父殿もこの状況は流石にヤバいと思ったようで、コントのまま怒鳴る。
「アーサー! お前何をしようとしてる!」
「このままこの女を帰すのは皇太子としての私のプライドが許さない!」
「馬鹿な真似は止めろ! 素直に帰せば何事も無く丸く収まる!」
「今は丸く収まったとしても、魔王がいる限り帝国には未来が無い! ならせめて奴と勇者の女だけでも殺してやる!」
親父殿は必死になって、周りの者達にアーサーを止めろと言ってるが、結構な連中が最所の穴を開けた時の衝撃でバタンキューだし、残っている騎士達も手を拱いている。
なんせ相手は皇太子様、下手に傷付けられないし、奴の剣技も超一流。手加減して敵う相手じゃない。
本来ルンの攻略対象者だった側近連中もメチャメチャ狼狽えてるし。
と思ったら、今度はディアナが飛び出して、ルンを背中に庇い、アーサーに向かって両腕を広げる。
おい、攻略対象者達よ、何で悪役令嬢がヒロインを助けるんだよ。
「アーサー、止めなさい!」
「煩い! 邪魔するならお前ごと叩き斬るぞ!」
ディアナの制止を促す言葉にも完全に聞く耳を持たないアーサーはジリジリとルンとディアナに近付いていく。
己の死期を悟ったのか、ディアナはアーサーに向いたままルンに最後の頼みをする。
「ルン様、数々の御無礼御許し下さい。身を挺して貴女様を凶刃から御守りするのが私の最後の謝罪です。にも関わらず、ここにきて厚かましい御願いでは御座いますが、私の愛息アノーだけは、どうか宜しく御願い致します」
おお、母の愛は偉大だな。自分はどうなっても良いから、子供だけはって、よくあるドラマじゃねぇか。転生者にしておくのは勿体無い。そのまんまフィクションのキャラクターだし。
ディアナ必死の願いを聞いたルンだが、顔に鉄仮面を貼り付けたまま口調だけは自のままだ。
しかも、アーサーを更に挑発する台詞まで吐く。
「心配しなくて無いわよ。あんなゲス野郎は私達に指一本触れられないから。ゲスはゲスらしく、ゲス共と一緒にゲスってろ!」
いや、意味分からねぇんだけど。
けど、今のアーサーには効果覿面。激昂したアーサーは叫びながら二人に剣を降り下ろす。
「この魔王の情婦がーー!!」
バシュ!!
肉を切り裂いたと思しき音が、鳴り響いた。
けれど、アーサーの剣は二人を切り裂いてない。
その代わり、二人とアーサーとの間に人影が現れた。そして言い放つ。
「フフフ、麗しい御婦人方の珠玉の肌に口付けという傷を付けて良いのは私だけだ」
出ました! 白髪オールバックで、黒いマントと黒のタキシードを羽織ったダンディーな英国紳士を思わせる魅惑のエロボイスの持ち主。隠れキャラ、イケメンバンパイヤのズール伯爵様!
ずっと謁見の間の天井で蝙蝠になって貼り付いていたけど、アーサーが剣を持って立ち上がった時から、霧になってルンの周りに屯ってた。
けど、ヤッパリイケメンだね~。登場から何から絵に描いたようなイケメンだ。ノンケの俺でも尻を貸したくなるぜ。
そして次には絶叫が鳴り響く。
「ぐがあああああああああ!!」
剣を握っていたアーサーの右腕は肘の辺りから綺麗に切断されている。ズール伯爵様の爪が文字通り牙を剥き、切断された腕と剣は宙を舞った後、床にボトンと落ちていった。
ボロボロの謁見の間に絶叫が木霊して、アーサーが肘から血を吹き出しながらのたうち回っているにも関わらず、伯爵様は何事も無いように二人の方へと向き直る。
「大公妃閣下、御身に異常は御座いませんか?」
「大丈夫、大丈夫。けど、あい相変わらずイケメンね~」
「有り難き幸せ」
胸に手を置き軽く頭を下げて一礼した後、次に伯爵様を見上げたまま呆けてしまっているディアナの方に向き直り、徐に方膝を付き、彼女の手を取る。
「マダム、貴女のお美しい手に口付けする私を御許し下さい」
そして、ディアナの手の甲にキスをする。
お~!イケメンだね~! イケメンすぎて此方の方が恥ずかしくなるぜ! 俺も抱かれて~!
ディアナもディアナで、傅いているズール様を頬を染めながら夢見心地で眺めている。
元々爵位の無かった魔物達の中において、ズール様だけは何故か最初から伯爵様だった。
俺が「伯爵じゃなく侯爵に昇爵させようか?」と言っても「いえ、私はバンパイヤなので永遠に伯爵で結構です」って、断る。ヤッパリ、ドラキュラだからか?
乙女ゲームではディード様同様RPGパートで、ひたすら人間を憎む魔物として登場する。戦闘で傷付き一旦は自分の屋敷に逃げ返るが、その後のプレイいかんでは、ヒロインの聖女がその屋敷へ迷い入ってしまう。
そこでお約束通りヒロインに介抱され、お約束通り愛の力というご都合主義で自我を取り戻すって訳。
己の足下にずっと方膝をついたままのTHEイケメン、ズール様が顔を上げ「フッ」と薄く笑うと、ディアナはボソリと思いかけない台詞を口にする。
「嘘……出逢えた……」
それに逸早く気付いたルンはディアナに問い質す。
「もしかして貴女、一押しはズール様だったの?」
「えっ!……………………………………ぇぇ……」
軽く顔を背けて、ディアナは蚊の鳴くような声で返事した。
崩れた化粧がグチャグチャながらも、ディアナの女郎、間違いなく恥ずかしがってんじゃねぇか。確実にズール様に惚れてるな。けど、競争率高いぜ~。なんたってBL大好き腐女子一番人気のイケメンなんだからよ。
だが、返事を聞いたルンは、BL真っ青の有り得ない提案をした。
「なら、丁度良いじゃない。ガイじゃなくズール様の嫁になっちゃいなさいよ」
ルンの提案を聞いたズール様は立ち上がり、ディアナと一緒になって目を剥いて驚く。勿論俺も。
「そそそそそそんな!って言っても出逢ったばかりだし!私も今化粧がグチャグチャだし!バツイチだし!子供もいるし!」
「別に問題無いわよ。ズール様はずっと私の近くに貼り付いてたから、化粧崩れする前の貴女の顔を知ってるし。それに結婚相手募集中だしね」
ナヌッ!野郎すら惚れるイケメンズール様が結婚相手募集中だと! 浮気しまくり、永遠の独身貴族で引く手あまたじゃねぇのか!?
それに、ディアナもディアナで、もうアーサーと別れたつもりでいるし。哀れ、アーサー。
ズール様はルンの言葉を聞いて更に驚く。
「何故大公妃閣下がその事を…」
「貴方、ディード様に恋愛相談してるでしょ。それをお母様が聞いて、お母様から私が聞いたのよ」
「ディード……口の軽い……」
「こうみえてズール様は、一途なのよ。ってか一途すぎるの。確かにモテるけど、基本彼女が出来て付き合い始めたら彼女以外はアウト・オブ・眼中。その他の女性に対してイケメンの紳士ぶっていても、腹の中ではバンパイヤなのに歯牙にも掛けてないのよ。代わりに本命彼女に対しては毎日毎日ラヴレターや薔薇の花束を大量に贈りまくって、婚約を通り越し、直ぐに結婚を迫り、仕事以外の時間をずっと一緒にいようとするの」
説明聞く限りじゃ一途を通り越して完全にヤンデレじゃねぇか。しかも筋金入りの。
監禁されないだけマシかもしれねぇが。いや、一緒に棺桶に入れられるかも。
「その重すぎる愛のせいで女性は怖くなったり、嫌になったりして最終的にはズール様の方がフラれちゃうの。だから現在彼女を通り越して絶賛結婚相手募集中よ。それでも良いなら間違いなく浮気はしないし、貴女が死んだ後も家族を守り愛し抜いてくれるわよ。なんたってバンパイヤだから特殊な武器や魔法で殺されない限りは、不老不死だしね。いっそ血を吸われて貴女もバンパイヤになれば永遠に一緒でいられるわよ。それこそ吸血鬼の花嫁ね」
つーか、ここまで聞かされてOK出す女なんているのか?
「もし……子持ちでバツイチの私で良ければ」
いた!
ディアナよ、俺の婚約者だった頃は貴族令嬢を絵に描いたような女だと思ってたけど、お前も相当病んでたんだな。もしかして転生前は腐女子だったのか?
しかも、さっきまでバツの悪そうな顔してたズール様が、満面のイケメンスマイルになって血が通ってない筈なのに何故か高揚してるし。
「マダム……こんな私で宜しいのですか?」
「貴方でないと駄目なのです。それにマダムではなく、これからはディアナと名前で呼び捨てて下さい。貴方の妻になるのですから」
「では、私の事も名前でゾディアック、ゾディと呼んで下さい」
「ゾディ様♥」
「ディアナ♥」
何だこれ? 一気に乙女ゲームになっちまった。二人とも背中に薔薇背負ってんじゃねぇか。
でも、ディアナの化粧は崩れたままだし、すぐ近くでは血塗れのアーサーが震えながら蹲ってるし。
それに、第二大公妃は……?
「おい、結局俺の第二大公妃の件はどうなったんだよ?」
「あ"ぁ"!」
何だよ! いきなりルンが鉄仮面から般若の面に被り直して俺の方をアーサー顔負け、鬼の形相で睨み付けやがった。
「アンタ何笑えない寝言ほざいてんの! アンタには私がいるでしょ! 何が第二大公妃だ! 死にてぇのか?ってかテメ死なすぞ!」
「…………」
これ以上この件に関しては深く突っ込まない方が良さそうだ。俺の身の安全の為に。
ドラゴンすらもルンから放たれる巨大な攻撃的小○宙を感じて、この場から逃げたくなってるし。
まぁ、しゃーねぇけど、何にせよこれで全てが丸く収まった。
んで、何時までもボケーっとしている連中に言っといてやる。
「おい、オメー等。良い加減、アーサーに癒しくれてやるか回復薬でも飲ませてやれよ。ずっと痛がってんじゃねぇか。もしかしたら自分以上のイケメンに触れられたから、感激に身を震わせているだけかも知れねぇけどな」
そう教えてやって漸く我に返った側近連中は、癒しを掛けながら血塗れのアーサーを担いで室内から出ていく。
つっても、失った右腕は元には戻らないけどね。
それが出来るのは、無限の資源から取れる超回復薬だけ。って事は、この世界の片隅、誰も知らない人里離れた秘境の小数民族が作ってるのかもしれねぇな。
でも皆が知るのはデンジャラス公国だけなんで、欲しい連中がわんさか押し寄せてくるぜ。人気商品No.1でもあるしよ。
だから公国民は、即死や致死の状態でほおっておかない限りは外傷で死なないし医療費完全免除。帝国にはくれてやらないけど。
「んじゃあルン、帰るか。モストが完全にお眠だわ」
本来なら、グレンがモストを抱いて眠らせてやるところなんだが、なんたってモストの重さは450キロ以上。オーガ以上の力を持ってない限りはその体を支えられない。
遊び疲れて外で眠ってしまったらヘカトンケイルの従者、若しくはオーグレスの侍女が三人掛かりでベッドまで運ぶんだからよ。
持ってきた枕だけ頭に敷いて、ゴツゴツした鋼の鱗を持つドラゴンの背中でスヤスヤと眠っている。
帝都の遥か上空にいた時も、俺は高山病なりかけて吐きそうだったのにモストはケロッとしてたし、急行下した時も、俺は死にそうだったのにモストはキャッキャッと笑ってたし。
我が子ながら大した勇者だぜ。
眠っているモストを見て般若面から自の顔に戻ったルンは、ニコリと笑って応える。
「ええ、帰ろっか」
そう応えると、ルンはまだ見詰め合ったまま薔薇を背負ってる二人にも声を掛ける。
「ズール様は空を飛べるんだから、彼女を抱えて来れば良いわ。何だったら此処から公国までそこそこ距離があるから、何日か掛けての新婚旅行にしても良いわよ。ズール様はドラゴン程速く飛べないしね。それまで私とお母様が子供の面倒を見といてあげるから」
「流石は大公妃閣下、ナイスアイディアです。このズール、改めて閣下の聡明さに感服致しました」
まっ、いっか。薔薇背負ってる当人達もその気満々だし。
ズール様がディアナをお姫様だっこして、また目を合わせた瞬間、二人の背中には×10の満開の薔薇が広がった。でもディアナの化粧はグチャグチャのまま。新婚旅行の前に顔洗えよ。
「では皆様方、我々夫婦は一足先に夜空のランデヴーと洒落混ませて頂きます」
そのまま二人は穴から外へと身を翻し、空の彼方へと飛んで行った。
月夜に消える二人を見送っていると、すっかり忘れていた親父殿が不意に何を思ったのか俺に有り得ない提案をしてくる。
「ガイスト、もしお前が望むなら皇帝「ならねぇよ」」
くい気味に拒否した俺は、冷麺並みに冷めた目を再び親父殿へ向ける。
「理由は親父殿が一番良く分かってんだろ。それに俺は継承権を放棄した身だ。二度とゾルメディア帝国皇帝にはなれない。そもそも今の帝国の現状を作ったのは元を辿れば、皇室典範を蔑ろにして力業でアーサーを皇太子に据えた親父殿なんだぜ。まぁ、親父殿だけじゃなく、帝国本国の全貴族が俺と母上を孤立させたから、帝国に居場所の無い俺は、俺の国を作らざるえなかったんだ。そう、帝国がこうなっちまったのは全部アンタ等の身から出たサバだ」
うん、バッチリ決まったな。俺のキメ台詞を聞いて室内の皆も苦々しい顔してるし。何でグレンも苦笑いしてるんだ?
ルンも素麺並みに冷めた目で親父殿を一瞥した後、室内に乗り上げたドラゴンの頭から首を伝って、俺の隣へと座る。
さあ、漸く最後の台詞をくれてやれやるぜ。
「アバサ!親父殿! せいぜい頑張って、帝国の延命治療でもしといてくれや! デンジャラス公国の魔王ガイストは、世界の中心地で阿呆みたいに叫ぶぜ!」
そして皆を乗せた龍騎隊は、満月が照らす帝都上空から公国へと帰っていった。
聖女ルンを嫁に持ち、勇者モストを息子に持つ。無限の資源も手中に収め、魔王軍をも従える。
世界の中心地、デンジャラス公国の国主にしてデンジャラス大公。
そして、石碑の伝説の体現者。
魔王ガイストたぁ、俺の事だ!!
改めて読み辛くて申し訳ありませんでした。