ざまぁ編
ルンを拐った刺客達は魔物が犇めく場所を迂回して、長い長い旅路の果てに遂にやって来ましたゾルメディア帝国皇城。
着いて早々ルンは、帝国貴族達が居列ぶ皇城最上階、謁見の間に通された。
おっ、本来は俺の側近になる筈だった攻略対象者、現アーサーの側近連中もいるな。
玉座に座る親父殿と、側室から格上げされた新皇后殿の傍らにはご丁寧に新皇太子アーサーと新皇太子妃ディアナもいるじゃねぇか。
しかもアーサーどころか、その場にいる皆がルンの美貌とナイスバディに言葉を失っている。
男爵令嬢だった頃はちょっと可愛い程度だったけど、聖女の力に目覚めてから詐欺じゃねぇかと思う程にどんどんと美人妻になっていったしな。
ケッケッケッ、ルンを一目見たアーサーや周りの反応に普段感情を表に出さない淑女のディアナちゃんがちょっとイラッとしてやがる。
何で皆の様子が分かるのかって? そりゃ蝙蝠に化けて天井に貼り付いているズール伯爵様の目と耳を通して丸分かりだぜ。なんたって俺は魔物使いだからよ。だから、どんなに厳重な警備をしてる城でも間者を潜り込ませ放題だし、相手のプライベートも性癖も筒抜けだぜ。
で、話を元に戻すけど、あくまでも聖女は魔王に拐われて無理矢理夫婦になっている体なんで、皇帝である親父殿自らがルンに労いの言葉を掛けるも当然ルンは反抗する。
「長旅で御疲れでしょう。遠路遥々、ようこそおこし下された、聖女様」
「一体何なの? 何で私は誘拐されたのよ?」
「誘拐とは人聞きの悪い。我々は魔王の魔の手から聖女様を救い出したのですよ」
「いや、そんなの頼んでないし、私は好きで彼処に居たし、好きでガイストの妻になったんだけど。悪いけど公国に返してくれる」
「それは無理な相談だな。聖女様がどう思っているかは知らないが、魔王は人の皮を被った悪魔だ。奴のせいで、我々ゾルメディア帝国軍は甚大な被害を被った。聖女様は奴に騙されているのだ。そんな危険な魔物がいる所に大切な聖女様を放り込むなど出来ない」
「それってただ単に、公国と軍事同盟を締結してる国に帝国軍が進行してきたから返り討ちにあっただけじゃないの。それに此所、ゾルメディア帝国の皇城でしょ。確か私がまだ男爵令嬢だった頃、全く身に覚えのない罪で牢屋に入れられた覚えがあるんだけど。寧ろ、この国でこそ騙されたんだけど」
「…………」
この一言で、流石の親父殿も返す言葉が無くなったようだ。
「その無実の罪から私を救ってくれたのが、今の私の旦那様で、行き場を失った私を世話してくれて色々と教えてくれたのが今の私のお母様、公太后様なんですけど」
そう告げると、親父殿もアーサーも微かに顔を顰めた。
だが、ルンの攻撃はまだ終らない。
ルンは真っ直ぐにゾルメディア帝国皇帝を見据えて言い放つ。
「それにゾルメディア帝国はデンジャラス公国に対して未来永劫不干渉や不可侵を約束してたんじゃないの? 貴方達、分かってないようだから教えるけど、私はデンジャラス公国大公妃よ」
そのハッキリとした物言いと凛とした佇まいは、まさに皆が思い描く聖女様そのものだ。
謁見の間が静まり返っている中、先ずはディアナが親父殿に、許可を貰う。
「畏れ入ります皇帝陛下、発言を御許し下さい」
親父殿は少しだけ目線をディアナに移して、微かに首を縦に振る。
それを確認して、次はルンに向かって上から目線をかましてきやがる。
「聖女様といえど、皇帝陛下の御前ですよ。先ずはカーテシーからではないですか?」
「カーテシーですって?」
「そうです。言葉でこそ貴方様の夫は魔王ですが、魔王は公的には大公。聖女様が仰られるには、貴女様は大公妃。此方におわす方々は皇帝陛下に皇后陛下であらせられるところの両陛下。それに皇太子殿下に私は皇太子妃。大公妃如きが礼を欠いて良い相手ではありません」
「…………」
確かに言ってる事は正論だな。誘拐じゃなければ。
「魔王は聖女様に淑女教育を施さなかったのですか? それとも、まだ学園にいた頃の男爵令嬢気分が抜けてないのですか?」
おーおー、これから後宮で一緒に暮らす事になるから、どっちが上かを最初にガツンとかましたのか。
でも、ルンはそんなに柔じゃねぇぞ。
「ええ、旦那様はこのままの私が良いって言ってくれてますし、男爵令嬢どころか庶民気分すら抜けてないですね。だから私如きが、西の大陸を征するゾルメディア帝国の両陛下や両殿下に謁見するなど畏れ多いですよ。それに望んで此所にいる訳でもないですからね。でも、淑女教育はちゃんと教わったので、私を教育してくれた公太后様の名誉の為に、デンジャラス公国大公妃を拉致、誘拐した貴殿方に御覧入れましょう」
そしてルンは見事なまでのカーテシーをバッチリと決める。
公国と国交を持った国々との社交界では、自が出ないかハラハラして見てたけど、ルンの奴、ちゃんと公国開放前に淑女教育をマスターしてたんだな。
それにしても、普段とのギャップが有りすぎるんだよ。
学園でタメだったから元々のルンを知ってるディアナも舐めてかかったんだろうが、見事に返り討ちにあったな。
カーテシーを終え、頭を上げてニコリと笑ったルンを見たディアナも遂に眉間に皺を寄せた。
おお!俺ですら、ガキの頃からそんな顔見た事無いぞ。目に見えない女の戦いは怖いな。
すると今度は、アーサーが上座から降りて満面のイケメン皇太子スマイルでルンに近付いていく。
「聖女様、見事な淑女の礼、感服致しました。私はゾルメディア帝国皇太子のアーサー・ゾルメディアと申します。以前、聖女様の夫だった者です」
とか言いながら、多分、魅了でも掛けようとしてるんだろうな。けど残念。
「ああ、そうなのですか。貴方の婚約者であった期間はそれなりにあったみたいですが、当時男爵令嬢だったので天にも登る気分だったし、あまりにも結婚生活が短すぎたのもあって私自身は全く身にも顔にも覚えが御座いませんが」
この台詞からも分かるように、普通に俺の嫁となったルンには魅了は効かない。
ディアナから教わった魅了の適用条件が本当なのかは、ちゃんと血の涙を流しながら確認したからな。
しかしながら、アーサーは笑顔を崩さない。まぁ、奴もお試し程度に魅了を掛けようとしたんだろう。
ルンの口調は今迄とは違い貴婦人のものになるが、辛辣な言は続く。
「けれど、私を旦那様と浮気をしたという冤罪で、投獄、離縁したのは覚えてますよ。だって、結婚生活の10倍長い十日間も牢屋に入れられてましたしね」
「その件でしたら改めて謝罪致します。実はあれも、貴女様に横恋慕した魔王の虚偽だったと、その後の調査で判明致しましたから」
オイオイ、全部の罪を俺に擦り付けるのかよ。つーか、自分で浮気したっていうのをばら撒いて、自分に何の徳があるんだよ。
「あら、そうですの。でも、ある意味感謝もしてますよ。それでも旦那様はイケメンだし、誰よりも私や家族を信用して自由にさせてくれますから。現在独り身の公太后様にもイケメンエルフのディード伯爵様というお付き合いされてる方がいらっしゃいますしね。寧ろ、数年間婚約していても相手を一切信じず、ちょっと調べれば分かる虚偽をそのまま鵜呑みした挙げ句、昨日結婚した妻を簡単に投獄する人よりマシですからね」
おお!ルンの奴、見事な挙げ足取りだ。いつの間にこんな高等テクニックをマスターしたんだ?
確かに以前、母上とルンを含めたご婦人方のお茶会を遠くから覗いた時、皆が「ヒッヒッヒッ」って言ってそうな悪い顔をしてたけど。
これにはアーサーも軽く眉をへの字にするが、それでも笑ったままだ。つまりは、この表情もわざと作った困り顔。
「全くもって耳が痛い限りです。そう仰るのであれば私に罪の償いをさせて下さい」
「償い?」
その言葉を待っていたかのように、アーサーはルンの前で片膝を付いく。
「はい。改めて私の妻になって下さい。貴女様を私の正妃にしたく存じます」
はぁ!?正妃って何だそれ!? テメェにはディアナとの間に息子までいるだろうが!? 皇帝になった後の側室じゃねぇのか!?
これにはルンも顔をしかめた。
しかも、ディアナですら完全に表情を崩した。
「貴方は何を言ってるのですか? そこに歴とした皇太子妃、次期皇后がいるでしょ。彼女との間には皇子も居ると聞いてますが」
「はい」
「なら何故なのですか? そこにいらっしゃる皇太子妃と皇子はどうするのですか? 確かこの国の皇室典範では、皇帝にならない限りは側室を持てない以前に、彼女は既に正妃でしょ?」
「それに関するディアナとの話し合いは既に済んでます」
イヤイヤイヤ、どっからどう見てもってか、ディアナの顔見る限りじゃ話し合いなんてしてねぇだろ!
「彼女とは一度離縁して愛妾となってもらいます。当然、その間は後宮から実家のメルチェ家へと移ってもらい、私が皇帝に即位したら側室として改めて娶り、それから後宮に移って皇后となられる聖女様や皇太后様と一緒に住んで貰います。これで問題は無いでしょう」
いや~、メチャクチャ力業じゃねぇか。確かに筋は通ってるよ。ただ、それに全員が納得すればだけど。
ここで、アーサーの母親である新皇后殿が初めて声を出した。
「ええ、アーサーの言う通り、全ての話し合いは付いています。私も聖女様と後宮で御一緒できる事を嬉しく思います」
その言葉を受けたディアナは、皇后の方へと顔を向け、信じられない物でも見てるような顔になる。
しかもディアナパパのメルチェ公爵すら、一寸の歪み無く笑顔のまま。裏では全部の話が付いてたのか。
ここに来てアーサーや皇后どころか実家にまで裏切られたのかよ。哀れディアナ。
化粧してるんで本当の顔色は分からねぇけど、もう、ディアナは微かな震えさえおこしている。
そして、間発入れず、親父殿がトドメをくれる。
「そうだ。我々ゾルメディア皇家は聖女様が皇太子妃となるのを強く望んでいるのだ。それに、聖女様と皇太子が婚姻した後、私は退位して、アーサーが新たな皇帝になる手筈も整えております。聖女様は直ぐにでも皇太子妃から皇后となるのです」
ハイ、ゾルメディア皇家全員アウトー。どっかからハリセン持った黒鬼かアーミーが出てくんじゃねぇのか?
何にしても連中の考えは読めたぜ。勇者は“後に頂点を統べる者”じゃなく厳密には“統べる者”との間に産まれる。聖女の相手が皇太子だと役不足。
だからソッコーで、アーサーを皇帝にしてしまって、ソッコーでルンに勇者を孕ませる算段だ。
にしてもオイオイ、ディアナ大丈夫か? この短時間で一気に老けたなー。何か立ってるのもやっとの状態だぞ。ってアーサーの野郎、キッチリとディアナにも的を絞りやがる。
「ディアナは心清らかな淑女なので、私が聖女様に罪滅ぼしをしたいと告げたら、喜んで了承してくれました。ねぇディアナ」
と言って、上座に立つディアナの方へと振り向くアーサーだが、ルンの死角になったとたんイケメンスマイルから鬼のような顔に変貌して睨みつける。
暗に、テメェもこの状況分かってんだろ。なら話合わせて協力しろって事だな。
ディアナは必死で涙を堪えながら、掠れる声で小さく呟いた。
「……はい…………聖女様を…………歓迎致します……」
何か、ディアナは俺がざまぁするまでもなかったな。
元々の婚約者を裏切って付いた男との間に子供まで作ったのに、今度は自分が裏切られるなんてよ。
しかも、聖女であるルンの子は勇者で次期皇后の子。即ち、皇太子。俺の時と違い、天地がひっくり返ろうが、アーサーの次の皇帝は勇者で覆らない。
つまり、側室であるディアナの息子は皇帝になれない。仮にルンを暗殺して自分が新皇后となり息子を皇太子にしようとも、ルンの子は勇者という名の完璧超人。暗殺はほぼ不可能だし、勇者を皇帝に据えない馬鹿はいない。
それ以前に、皇室典範がディアナの子を皇太子とは認めないだろうな。
元々の密約通り、側室に落ち着いたんだけど、皇后と側室じゃ雲泥の差。まさに天国から地獄だな。
最早ディアナは顔を上げる事すら出来なくなって俯いてしまった。
見えない口元からは、微かな嗚咽が漏れている。
この状況には、流石に天然のルンも気付いたのか、あからさまな嫌悪感を示したが、皇家の連中は一切笑顔を崩さない。
アーサーは再び立ち上がり、笑顔のままに囀ずる。
「これでお分かりでしょう。是非とも私の妻に、皇太子妃になって下さい」
戯れ事を口にしたアーサーを一睨みしたルンは、次に母上直伝の鉄仮面を顔に貼り付ける。
「……なら、私と賭けをしませんか?」
「……賭けですか?」
「ええ、賭けです。もし、貴方が私を側室にすると仰られたなら私は慎んでその御申し込みを辞退するつもりでした。例えゾルメディア帝国では格下でも私はデンジャラス大公の正妃。公国においては旦那様と共に頂点に位置する存在。けれどもお母様、公太后様より伺いました。正妃、皇后や王妃であっても、夫たる者の寵愛いかんでは、後宮において側室にも劣る待遇を受けると。正妃だからといってずっと君主たる夫の寵愛が続くとは限りません。それどころか、幼い頃に婚約を交わしたから仕方なく。御飾りや権力の為に仕方なくと言って、白い結婚、若しくは一人だけ子を作って後はしらんぷりなんて事も正妃には御座います」
「私はそんな真似は致しません。未来永劫貴女様を愛し抜きます」
まっ、口では何とでも言えるわな。と思ってたら、ルンがナイスツッコミ。
「あら、ディアナ様はどうなのですか?」
「勿論ディアナもです。しかし、正妃であるのは貴女だ。貴女の次に側室であるディアナを愛しましょう」
「そうなのですか? では、貴方が私の質問に答える事が出来たら、私はゾルメディア帝国皇太子の正妃、皇太子妃となりましょう」
「質問ですか?」
「ええ、恐らく物心付いてない赤子以外のデンジャラス公国全国民、更にはデンジャラス公国と国交を持つ国も持たない国の国民も殆んどはその答えを知っていると思いますよ」
ん~、何だ? そんなの頭の良いアーサーなら分かるんじゃねぇの? 学園でも劣等生の俺と違って、生徒会長もしてたしよ。
でも、アーサーが答えられなかった時の交換条件としてルンが提示した内容に、俺はド肝を抜かれた。
「その代わり、貴方がその質問に答えられなかったら、私はディアナ様とその御子様を所望致します」
これには、俯いて泣いていたディアナも泣き張らした顔を上げ、周りの貴族達も声を上げた。
しかも、ルンは皆に分からないよう俺に命令しやがる。
「私の旦那様も知っているし、バギも直ぐに探し出しますよ」
「バギ?」
「ええ、バギです。どんな物でもすぐに探し出して持って来てくれる私の従者です」
これは暗に、間者として皇城に潜ませているドッペルゲンガーのバギを使い、ディアナの子を探し出して連れていけというメッセージ。
ええい!ルンが何を考えてるか分からねぇが、取り合えず俺は言われた通りの命令をバギに出した。
その間にも、アーサーとルンとの駆け引きは続く。
「従者がどうしたのですか?」
「この質問は、体を張るしか出来ない無知な私の従者ですら答えられる一般常識に近い質問だという事ですよ」
「…………」
「さあ、どうしますか? 賭けに乗らないのであれば、私は貴方からのプロポーズを御断りします。もし賭けに乗って、私からの質問に正解したのならば喜んで貴方の妻になります。しかし、答えられなかったり間違えたりすれば、御約束通りディアナ様とその御子様を頂きます」
謁見の間に沈黙が流れる。アーサーも返事に迷っている。
暫く経って、漸く応えた。
「……一般常識なのですか?」
「ええ、この場に集ってる人は、恐らく皆知ってると思いますよ」
「……分かりました」
アーサーは静かに了承した。
「では、質問します」
その質問を聞いた俺は、またまたド肝を抜かれた。
「私の名前は何ですか?」
ルンの口から放たれた質問を耳にした皆は安堵の表情を浮かべた。何故なら、聖女も皇太子妃になりたがってると思ったからだ。
こんなのは今の帝国なら常識中の常識。ってか、何処に行っても常識中の常識。知っていても何の自慢にもならない。
だが、俺だけは大爆笑した。
さ~あ、答えられるもんなら、答えてみやがれ!
当然、その場にいる皆も知ってるし、答えは分かりきっている筈なのに、いつまで経ってもアーサーは答えない。遂に辺りがザワザワし出す。
奴はひたすら自分の拳を強く握るだけしか出来ないでいる。
ここで、ルンは更に畳み掛ける。
「一応ヒントです。ヒロインではありませんよ。だってそれは、乙女ゲームの主人公そのものを指す名称ですから」
またまた俺は大爆笑した。その反対に、アーサーは顔面に脂汗を流しながら驚愕の表情をしている。
奴はここにきて初めてルンが転生者だと気付いたみたいだ。
そうこうしてると、いい加減痺れを切らした親父殿が、玉座から立ち上がり怒鳴り付ける。
「いつまでそんな簡単な質問にもったいぶってるんだ! 早く答えろ!」
つっても答えられないよな。なんせアーサーはルンの事をヒロインとしか呼んでなかったし、名前すら覚えてなかったもんな。
しかし、デンジャラス公国の大公妃として、その名前は万人が知るところ。寧ろ、知らない方が可笑しい。
それでも知らないって事は、聖女、若しくは勇者の母親としか見てない。あくまでも聖女であれば良い。
バギからの情報によれば、公式の場では皆が聖女様と呼んでるが、公国と国交の無いゾルメディア帝国の誰でも聖女の名前はルンだと知っているし一度は口にしている。唯一人を除いて。
その一人こそがアーサー。奴は今でもルンの事をヒロインだの聖女だのと言っている。ルンと言う名前が一度でも奴の口から出たという報告は受けてない。
さあ、どうするアーサー? 逃げ場は無ぇぜ。
完全に笑顔から歪んだ憤怒の表情に変化したアーサーは、苦し紛れを大声で怒鳴り散らす。
「名前など、どうでも良い! 貴女は聖女様だ!」
「それは別名、若しくは称号であって、本名ではないですよ」
「だから、そんなのはどうでも良いと言っているんだ!」
「あらあら、どうやら貴方は私の名前を知らないみたいですね。直ぐに離縁したとはいえ何年も婚約者をしてたのに」
「ぐぅ……!」
アーサーの反応を見た親父殿が、目を剥いて声を掛ける。
「アーサー……お前本当に聖女様の名前を知らないのか!?」
「くうう……!」
ルンは鉄仮面を外してニコリと笑い、アーサーにも親父殿にも貴族達にも聞こえるように言う。
「この御方は私の簡単な質問に御答え頂けませんでした。二度も私へプロポーズしたにも関わらず、私の名前すら知りませんでした。では、御約束通りディアナ様とその御子様を頂きますね」
こいつはトンでも無い事になったな。仮にルンを取り逃がしたとしても、最悪帝国を継ぐにはアーサーの子がいる。でも、それすらも取り上げられてしまう上に筆頭公爵家の娘までがいなくなってしまう。次代の帝国の屋台骨がボロボロじゃねぇか。
まぁ、アーサーもまだ若いんだ。これから適当な売れ残り令嬢を相手にしてまた子供を作りゃ良いんだからよ。
つっても落日の帝国に嫁ぐってのは、貧乏クジを引かされるのと同じだけどな。そこは魅了を使ったイカサマの愛でなんとか凌いでくれ。南~無~。
ルンは震えるアーサーの横を通り抜け、涙で化粧がぐちゃぐちゃになったディアナへ下座から声を掛ける。
「さあ、ディアナ様。一緒にデンジャラス公国へ参りましょう。悪いようには致しませんから。例え悪役令嬢とヒロインであっても同じ転生者ですし」
「でも……私の子が……」
「それも心配御座いませんよ」
そこまで会話を交わしたした時、再びアーサーがトチ狂いやがった。
「聖女様は魔王に洗脳されている! 聖女様を正気に戻すのだ!」
この馬鹿な台詞にも、ルンはアーサーに向かって軽く首を捻って応える。
「あら、洗脳が得意なのは貴方でしょ。便利な特殊魔法よね、魅了って。だって婚約者の顔も名前も分からない程盲目になってしまうのだから。でも、私に手を付けずにいてくれた事には感謝するわ」
「貴様!」
遂にキレて、聖女様から貴様に変わっちまったよ。ってか貴様って普通使うか?
「構わん! 騎士達、聖女とディアナを取り押さえろ!」
おーおー、今度は女相手に武力行使かよ。騎士達も騎士達で一人ぐらいは「そんな真似は出来ません!」なんて言う正義の味方はいねーのかよ。
まっ、予定通り、アーサーに対するルンの報復は終了したし、いっちょやったりますか。
はい、ドーン!
ズドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
で、俺は謁見の間の外壁に大きな穴を開けてやった。
どうやって開けたかって? そんなのドラゴンの尻尾を鞭みたいにしてぶつけりゃ良いだけだ。レ○ブロックを崩すより簡単だぜ。
そのせいで、穴を開けた側にいた連中は振っとんじまったけど、問題無いだろ。
俺は沈みかけの夕日をバックにドラゴンの背中に乗ったまま、ポッカリと開いたら外壁の中にある謁見の間に向かって声を掛ける。
「おーい親父殿。久し振り。里帰り早々悪いけど、嫁を迎えに来たんで」
謁見の間にいる連中は、ドラゴンに乗った俺を見て腰を抜かしている。
いや、俺だけじゃないな。俺の後ろにも上にも煌びやかな鎧を纏った魔王の騎士達が、無数のドラゴンの背に乗って飛翔している。
魔王軍の精鋭部隊、龍騎隊だ。
刺客達が公国から帝国まで半月以上掛けて旅した距離を、俺達は一日でやって来た。
現在、夕暮れの帝都の空を魔王軍が誇る龍の群れが犇めき合っている。
帝都民達も空を見上げて、逃げたり騒いだりしてるし。
謁見の間に連絡を入れる間も無く、遥か上空から急降下して電撃的に姿を現したからね。そりゃ皆、驚くわな。それを発案して、龍騎でもないのに、我が身で実行した俺が一番怖かったけど。
親父殿も、コントでよくある椅子からずり落ちたような格好になってるし。
「ルン、丁度良い頃合いだっただろ」
「まーねー。私も言いたい事全部言えたし。で、彼女の息子さんは?」
「あー、万事OK、ほら」
すると、一羽のドラゴンが穴へと体を近付ける。
そのドラゴンの背中には、影とも人ともつかない真っ黒な物体が、眠っている子供を抱いている。
コイツがドッペルゲンガーのバギだ。
この野郎、俺が爵位をくれてやるって言ってんのに「いやー、俺は自由気儘な影なんで、影の仕事をする庶民のままで良いですわ」なんていう変な自我を持ってやがる。
でも、人に擬態したり影の中を移動したり相手を眠らせるなんて魔法を使えるから、確かに隠密的な仕事には向いているんだよな。
そのバギが抱いてる子供を見て、名前を叫びながらディアナが穴に駆け寄ってくる。
「アノー!」
「ああ、奥さん。安心してくれて良いですよ。眠ってるだけなんで。何も手はつけちゃいませんから。いやーこれぐらいの人間の子供は可愛いっスねー」
何時も思うけど、コイツちゃんと見えてんのか? それに、どっから声出してんだ? しかも、メチャメチャ言葉使いが気安いし。
にしても、何でルンはディアナとこの子を貰うなんて言ったんだ?
「おいルン。この子とディアナをどうする気だよ?」
「そりゃ、同じ転生者だし、こんなゲス一家のゲス野郎に嫁いでるのは可愛いそうだから、公国に連れて帰るのよ」
「何だよ。お前の侍女にでもする気か?」
「んな訳無いでしょ。ガイ、アンタの嫁にしなさいよ」
「はぁ!?」
いやいやちょっと待て、ルンの頭は大丈夫か?
ディアナも驚いて、ルンを凝視している。
「デンジャラス公国の国民は一夫一婦制だけど、国主の法を定めた公室典範には、その記述は無いわよね。だから、側室なんてチンケな事言わないで第二大公妃ぐらいにしなさいよ。元々はアンタの婚約者だったんだから。それに、今の公国は移民政策のお陰で、確かに人間も多くいるけど、働きざかり大人ばかりで子供は少ないでしょ。歳も同じぐらいだし、遊び相手には丁度良いじゃないの」
皆と同様に腰を抜かしていたアーサーが、ルンの言葉をあざとく聞いて、体を上げた。
「歳も同じぐらい……? 遊び相手に丁度良い?」
「お前ホントに、要点を上手く聞くね~」
「どういう事だ?」
「こういう事だよ。グレン」
俺が呼ぶと、月光が反射して輝く鎧を纏ったグレンがやはりドラゴンの背中に乗って現れた。
しかし、その胸元辺りに、ピンクブロンドの髪をした男の子とおぼしき小さな子供がちょこんと座っている。
俺は片方の頬を上げて命じる。
「片腕だけ取って見せてやりな。やった後直ぐに付けるのも忘れるなよ」
「はい。でもこれって外すのも面倒なんですよね」
それでもグレンは子供に付けられている黒い物体をカチャカチャさせながら外す。
外し終わった後に、グレンは他人には分からない事を子供に言い聞かせる。
「モスト、こっちのお手てで一回だけパ~ンチ」
「うん、ぱ~んち」
すると子供は、舌ったらずに応えて、指定された方の腕でパンチを出したのだが、そこにいる誰もが拳を前に突き出すモーションが見えなかった。
子供の拳から繰り出された拳圧が、穴の外から入り、室内を通過してアーサーの横を掠め、向かいの内壁を突き破った。
謁見の間には、巨大な矢が通過したみたいな二つの穴が出来上がってしまう。
ルン以外室内にいる皆が馬鹿顔を晒している中、グレンは再び子供に黒い物体を装着する。
それだけでアーサーは理解したようだな。流石、俺と違って優等生。
「ま……まさか…………その子供は……」
「そうだ。俺とルンの息子。即ち、魔王である俺を倒す唯一の可能性を持つ勇者だ」
「なっ!」
ケッケッケッ、そりゃそうだろ。男女が結婚して五年も一緒にいりゃ子供ぐらい産まれるだろうが。テメェもそうなんだからよ。
それにルンは聖女、俺は統べる者、当然産まれてくるのは勇者だよな。
つまり、予言の石碑の最後の行“聖女と統べる者との間には唯一の勇者が産まれ、最終的には無限の大地に千年王国を築くだろう”とは、俺とルンの間に勇者である子供が産まれて後にデンジャラス公国を継ぎ、世界一の大国に押し上げるって意味だ。この野郎!
俺は衝撃を受けているアーサーから親父殿へと顔を向ける。
「親父殿。一応アンタの孫だ。名前はモスト。デンジャラス公国のモスト・デンジャラス公子だ」
う~ん、我ながら見事なネーミングセンスだな。惚れ惚れするぜ。
更に畳み掛けるように続ける。
「いや~、参ったぜ。産まれた時からとんでもねぇ力持ってやがるからよ。伝説では、物心付いたら力の調節が出来るようになるって云われてるから、それまでは両手両腕両足両脚と胴に各々50キロの重しを付けてんだよ。これだけやって、漸く普通の子供並みだぜ。しかもモスト専用の道具や玩具は全部オリハルコンやミスリルにして重しを付けないと直ぐぶっ壊すしよ。鉄程度じゃ紙だぜ紙。悪ぃけど、刺客使って誘拐しようとしても無駄だぞ。モストには四六時中護衛が貼り付いてるし、モスト自体は軽いけど重しの総量は450キロだ。そんなのを人目に付かず拐うなんてのは魔物じゃないと無理だしな。けど、世界中の魔物は全て俺の忠実な僕だからよ」
「そんな……!」
親父殿に話してたのに、アーサーが反応しやがった。
コイツにも言っといてやるか。
「お前、今更だけど、俺の特殊魔法は魅了じゃねえぞ。俺が持っているのは魔物使い。これこそが伝説にあった魔王の力だ。だから俺は魔王なんだよ」
「魔物使いだと……」
「そうだ。乙女ゲームでの本来のお前は敵役だったけど、それを覆す行動をして予言の石碑にある記述通りに行動してただろ。だからいつまでも婚約しなかったが、ルンが登場して直ぐ強引に自分の婚約者に据えた。今回の件もルンとの婚姻と同時に皇帝に即位して、聖女と統べる者との間に勇者を作ろうとした」
「そうだ! ゲームでの私の運命を覆すには何も間違ってはいない!」
「そう、間違って無いんだよ。だから俺は子供の頃既にテメェとの次期皇帝継承権争いに負けてた。そりゃそうだよな。テメェは子供の時分から上位貴族、名門貴族の後ろ楯をわんさか持ってたし、俺はグレンを筆頭に下位貴族の次男坊以下や庶民の野郎にしか仲間がいなかった。だからこそ俺は“戦いに破れた者”として予言の石碑の通り、魔王の力に目覚めた。俺はお前に負けたから、世界の中心地を手に入れられたし、聖女のルンを手に入れられたし、モストっていう勇者を手に入れられた。俺はお前に負け続けたから全てを手に入れられて、お前に勝てたんだよ」
衝撃の真実を受けたアーサーは、憎々しげに俺を睨み吠える。
「ぬぅぅ……魔王ガイスト!」
寧ろその通り。俺は魔王ガイストだからこそ今を体現している。
今度は此方の方が上座だぜ。なんせ空飛んでんだかんよ。
奴の企みを全て粉々に砕いてやる。ここからが俺の本領発揮。
さぁ、引導を渡す時間だ。真実の種明かしだけど、この俺に口喧嘩と屁理屈で勝てるかな?
因みにキャラクターネームは
バギ→グラップラー○キ
アノー→ガ○ダムF91のシーブック・○ノー
モスト→M・D・ガイスト