逆襲編
第三者視点で物語は始まります。
世界の中心地である旧ゾルメディア王国領土より更に50キロ程外の圏内は、魔物達のテリトリーとして人間が足を踏み入れない不毛地帯であり、何処の国の領土でも無い。
故に、地を這う狂暴な魔物達の横行により、荒れ果てた不毛な大地が広がっているだけである。
ある日、世界の中心地から東側に一番近い国の住人達が確認した。不毛地帯が遠くの方から草花に彩られ始めているとおぼしき光景を。
その緑豊かな景色は、更にどんどんと此方側へと迫って来た。
全くもって信じられない状況が繰り広げられていると悟った住人達が、もっと間近で奇蹟を目撃しようと恐る恐る近付いた先で驚愕の光景を目撃する。
草花が生い茂る中、豪華な宝石を散りばめた装飾品と共に純白をドレスを着飾っているピンクブロンドのロングヘアーをした美しい女性が佇んでいるではないか。
またその隣には、やはり豪華な装飾品と共に純白の礼服を着こなしている金髪碧眼のオールバックをした美しい青年も女性に寄り添われ佇んでいる。
それだけではない、美女と美青年の周りには、全身に白金と黄金の鎧を見に纏う精悍な騎士達と、やはり同様の鎧を装着した従順な魔物の群れが守るようにして取り囲んでいる。最早当然と言った方が良いだろう。騎士と魔物の鎧にも至る所へと宝石が配われていた。
緑の大地を生み出す集団はまさに、天上に住む神々を連想させるには十文であった。
皆が言葉も無く、神々しいまでの集団を呆然と眺めるしか出来ないでいると、唯一礼服を纏う金髪碧眼の美青年が住人達へと声を掛けて来る。
「おう。お前等、此所はどの国の領土でもないよな。だから今からデンジャラス公国の領土な」
「で……デンジャラス……公国……?」
「そう、デンジャラス公国。俺はそこを治めてるガイスト・デンジャラス大公ってんだ」
「ガイスト……?」
「あれ? 親父殿が全世界の国々に通達してる筈なんだけどな。ほら、これがその言質だ」
デンジャラス大公と名乗った美青年は皆の前で羊皮紙を広げた。
その羊皮紙には、要約してデンジャラス公国はゾルメディア帝国の属国ではあるが完全なる独立国として認めるという内容に、スレイン皇帝のサインが確かにしてある。
皆は羊皮紙を見せられても何がなんだか分からないままでいると、またガイスト大公が更に信じられない言葉を口にする。
「因みに、俺の隣にいるのが嫁のルン・デンジャラス大公妃だ。こう見えても一応、聖女だからよ」
それを聞かされた皆は、今の状況を漸く理解した。いや、正確には思い出した。
その昔、世界の中心地だったゾルメディア王国、無限の資源が存在する神殿に安置されている予言の石碑。それに記されている聖女の力は、荒廃した大地を潤す力。
今、目の前に展開される緑豊かな大地は、ルン大公妃と呼ばれた女性が醸す聖女の力かもしれないと。
だが、全ては予言の石碑に記されている遠い昔の伝説。状況は理解出来るが、示された答えを納得するには誰もが迷った。
しかも、紹介されたルン大公妃は整った顔を歪ませ、皆が聖女に思い描く理想とは違った台詞を口にする。
「はぁ? 何よ、一応って。間違いなく私は聖女なんですけど」
「そこ、突っ込むところか?」
「いやいや、大切なところでしょ」
「つーか、お前何なの、その口調。母上が淑女教育してくれてたんじゃねぇの?」
「お母様からちゃんと教わったし、公式の場ではちゃんとやるわよ。それに、口調の事ならアンタに言われたくないんだけど」
夫婦漫才みたいなやり取りを繰り広げた二人を余所に、眩い鎧を身に付けた騎士の一人が皆の前に歩み寄ってくる。
「あー、皆気にしないでくれる。何時もああなんで」
「はぁ……」
「俺は、デンジャラス公国筆頭侯爵家当主でグレン・スカーって言うんだけど、悪いけど、お宅等のところの領主を呼んで来てくれるかな?」
「りょ……領主様ですか……?」
「そう。まぁ、確かにあの人、ああ見えて聖女様なんで。それに……」
次にグレンから放たれた一言が一番皆の度肝を抜いた。
「魔王も復活したしさ」
世界の中心地から最も東側に近い場所にある王国の伯爵領を皮切りに、ガイスト他が齋した情報はあっという間に東の大陸全土へと広がっていった。
曰く、世界の中心地で魔王と聖女が復活した。
曰く、魔王と聖女は夫婦。
曰く、魔王の名前はガイスト・デンジャラス。聖女の名前はルン・デンジャラス。
曰く、魔王は世界の中心地で、デンジャラス公国という国を建国している。
曰く、デンジャラス公国と魔王は正式にゾルメディア帝国スレイン皇帝が認めており、サイン入りの公文書も存在している。
曰く、デンジャラス公国の貴族達は、人間も魔物も存在している。
曰く、魔王は皆と平和的な交流と交易を望んでる。
曰く、デンジャラス公国は他国で職に溢れた者達、戦争で焼け出された者達、その他移民受け入れをしている。
曰く、デンジャラス公国に近い国々は、既に交流と交易と移民を開始している。
曰く、デンジャラス公国には伝説の通り無限の資源が存在しているお陰で、両国は莫大な利益を上げている。
これ等の情報が東の大陸を駆け巡った後、次は世界の中心地から南の大陸の間が緑豊かな大地へと生まれ変わり、同じ情報は南の大陸全土へ。更に北でも同様の事が起こった。
すると今迄は、東南北の大陸にある各々の国が各々の国へ行き来したくても、魔物達の巣窟となっている世界の中心地を迂回して遠回りしなければならなかったのだが、デンジャラス公国として開放されたお陰で、物流がスマートに行われ始めた。
それまでは、魔物に襲われるとして誰も足を踏み入れ無かった不毛地帯も、聖女の力により緑豊かな大地に生まれ変わったので、移民達が其所に集い至る所で流通の為の宿場町や都市、農場に酪農地が出来ていった。
公国領となったそれ等の都市を経由して、ある者は無限の資源を求め、またある者は交易の通過点として、更に魔王が住むデンジャラス公国首都へと人々が集い始める。
それはまさに、世界の中心地と呼ぶに相応しい光景であった。
この情報は、遅れ馳せながら西の大陸の国々を属国として、世界一の規模を誇るゾルメディア帝国内に住む人々の耳にも届いていた。
魔王の名前とされるガイストに聞き覚えのある帝都の一部の庶民は「やりやがったな!」と笑いながら、国交が無いにも関わらず直ぐ様デンジャラス公国へと亡命していった。
それ以外の人々は、何故デンジャラス公国はゾルメディア帝国の属国でありながら我々とは交流しないのかと噂した。
事実、デンジャラス公国がゾルメディア帝国と交流、交易をすれば、無限の資源により物の値段が安くなって、別の大陸への流通もスマートになる。にも関わらずゾルメディア帝国だけ国交を持ってないので、別大陸から齋される余剰分の品々が、流通に手間の掛かる帝国ではなく、公国を通過して更に別の大陸へと渡ってしまう。
そのせいで、帝国内は別大陸からの商品や物資や素材が品薄状態となり物価が高等してしまった。
帝国各地で庶民の不満が募り始め、デンジャラス公国との国交樹立を求める声が大きくなっていった。
ゾルメディア帝国のスレイン皇帝も、帝国内における今の現状は全て魔王=ガイストの仕業だと分かっていたが、お遊びと思っていた書類にサインをしてしまった事も覚えていたので頭を悩ませるしか出来ずにいた。
それでも、何とか現状を打破する為に、取り合えずはデンジャラス公国へ使者を送る事にした。
それから一月後、デンジャラス公国へ送った使者が戻っての報告を聞き、皇帝は衝撃を受けた。
デンジャラス公国では、魔物と人間が共存し、何処に行っても人々で溢れ返り、世界中のあらゆる品々が信じられない程の安い値段で売られている。
それはまさに、無限の資源を有し、特殊技能や魔法に優れたドワーフやエルフ、他魔物達を国民としているからであり、尚且つ人々が行き交う世界の中心地だからこそ出来る品揃えと物価の安さだった。
しかも、魔王ゲイザーが支配する以前、伝説にあった美しい街並みもそのまま残っており、無限の資源が存在する神殿には、オリジナルの予言の石碑も残っている。
これも、当時最先端だった元ゾルメディア王国の都市を、魔王はそのまま居抜きで利用していたからだった。
都市と同じく、旧ゾルメディア王国王城をデンジャラス大公邸にもしており、そこでも人間と魔物の貴族や騎士達が仲良く一緒に仕事をしていた。
人間側の上位貴族である侯爵達は、元々は皇太子だった頃の魔王の取り巻きだった下位貴族の次男坊以下の者達。
彼等の妻である夫人達も元々は次女以下の男爵令嬢や庶民女子、更には魔王の母親である元皇后の侍女達でもあった。
元皇后は現在公太后ながら、イケメンエルフで伯爵の彼氏がいるという。
そして予想通り、魔王の妻で聖女と謳われているルンとは、アーサーの一日だけの妻だった男爵令嬢。その美しさは男爵令嬢だった頃の面影を残しながらも皇太子妃であるディアナ妃にも劣らないとの感想を使者は付け加えた。
使者達は謁見の間に通されて、いざ、話し合いが行われようとしたのだが、彼等の中の認識では、あくまでもデンジャラス公国はゾルメディア帝国の属国で、国王でもない大公が治めているワンランクもツーランクも下の国。しかも、魔王と呼ばれる国主は、ドラ息子、無能と悪い意味で名高かかったガイスト元第一皇子。
使者達は宝石と黄金を散りばめた玉座に座る魔王と聖女に向かって上から目線で、ゾルメディア帝国への忠誠を尽くせと告げた。
それに対して魔王は。
「何だよ。お宅等の皇帝とは、建国の際に未来永劫一切不干渉の条約を締結してる筈なんだけどな。ゾルメディア帝国ってのは未来永劫どころか十年すら経ってねぇのに、そんな簡単に条約を反古にするのか? 帝国名乗ってるくせに帝国データバンクの評価は最悪じゃねぇか? 因みにこの条約の内容は、現在デンジャラス公国と国交を持ってる全ての国が知ってるぞ。俺がバッチリと皆に言い触らして見せて廻ったからな」
そう言って、条約締結のスレイン皇帝サイン入り羊皮紙を使者達に突き付けた。
更に、魔王は条約締結の折に皇帝と交わした会話を伝える。
「親父殿は、俺の墓場、終の住みかとしてこの国をくれると言った。何を勘違いしたのか、この条約をお遊びだと思ってたみたいだけど、此方は大真面目だったんだぜ。それに、世界中の国々にも此所は俺のもんだと言っといてくれって頼んで、分かったって答えたのに何の通達もしてねぇじゃねぇか。まぁ、言った言わないの水掛け論になるから、そこは大目にみるけど、確かあの場には俺が帝都から出ていく言質を取る為の公文書官もいた筈だから、握り潰されてなければ、あの時の会話も残ってる筈だぜ。少なくとも、俺が母上とルンを貰い受けるってのは絶対に残ってる。でないと、全員直ぐに帝国全土へ指名手配されてる筈だからな。よって、全ての非はそちら側にあるし、手前等にガタガタ言われる筋合いはねぇ」
交渉開始早々に自分達が迂闊な事を言ってしまったと気付き、いきなり真っ青になる使者達をニヤニヤと眺めながら、魔王は言い放つ。
「アーサーとディアナにも言っとけ! 今の帝国は領土と顔だけはデカいが、もう中身はスカスカだ! 世界の中心地、デンジャラス公国に勝てるもんなら勝ってみろ!」
皇太子、皇后だった頃の魔王と公太后に対する自分の仕打ちも覚えているので更に頭を抱える皇帝だったが、ここでアーサーが進言した。
「全ては魔王の仕業。魔王さえいなくなれば、公国に攻め行って再び世界の中心地を帝国の物に出来る。条約には未来永劫戦争を仕掛けないとも明記されてはいるが、魔王さえいなくなれば、そんなのはどうとでもなる。戦争の勝者が歴史を作るのだから」
アーサーは、あくまでも聖女は魔王に捕らわれ無理矢理夫婦とさせられていると公表して救い出した後、自分が皇帝を継ぎ、側室として再び聖女を己の物にするのが目的だった。
前の魔王のように死の直前になって全ての魔物に命令を出さないよう頭を破壊するか、一瞬で首と胴を切り離せと指示された暗殺者が、アーサーの提言によって何度も魔王の元へと放たれた。
だが、その度に返り討ちにあった暗殺者の無惨な死体が、帝都外壁に何度も打ち付けられてしまう結果となった。
それと並行して、東南北の大陸にある国々が何故か帝国と距離を取り始め、最終的には国交断絶にまで至ってしまった。
何故国交を断絶するのかと問い質す帝国に対して、別大陸の国々は口を揃えてこう言った。
「今、西の大陸にある国以外で閣下を害そうなんて愚かな真似をする者はいない。デンジャラス公国との国交締結の条約の一つとして『内部の犯行以外でデンジャラス公国国主が殺された場合、魔王軍全軍をもって殺害を指示した国へ報復する。何処の国が指示したのか分からなければ、再びデンジャラス公国、世界の中心地は永遠に鎖国する』とある。これが分かっていながら手を出す馬鹿はいない。条約を知らないゾルメディア帝国以外は」
そう、今や魔王は屈強な魔物達だけではなく、ゾルメディア帝国以外の国々も絶対に守護しなければならない存在となっていた。
もし、魔王暗殺がバレてしまえば、後に残った忠臣達の指揮の元、その昔全世界を恐怖に叩き込んだ魔物の軍団、魔王軍が報復に乗り出してくる。
例えバレなかったとしても、再び世界の中心地は閉ざされてしまい、無限の資源どころか漸く便利になった別大陸への交通網や流通も閉ざされてしまう。
それでも、公国内には無限の資源が存在するので、公国民を養うに何の問題も無い。
鎖国後に戦争を吹っ掛けたとしても、勇者でもいない限りは勝てる見込みなんてこれっぽっちも無いのだから。
この報告を聞いた皇帝とアーサーは苦虫を噛み潰したような表情をしたが、更に帝国は予期せぬ事態に見舞われた。
デンジャラス公国公太后となっている魔王の母親の祖国、プロム王国がゾルメディア帝国からの独立を宣言した。
彼の国の言い分としては、国の王女であった元皇后を蔑ろにして、大した理由も無く離縁した挙げ句、第一皇子と共に帝都から追放した。それに帝国と公国との間で交わされた条約では、あくまでも未来永劫一切の国交を持たないのは帝国。故に、帝国の属国から抜ければデンジャラス公国と国交を持てるので無限の資源が得られるとの主張だった。
すると、独立宣言から間を置かず、デンジャラス公国西側に魔王と聖女と公太后、彼等を守護する人間と魔物の騎士達が姿を現し、公国からプロム王国の間だけに緑豊かで安全な流通ルートが現れた。
そのまま魔王一行は豪華な馬車に乗ってプロム王国王城へと登城。直ぐに国交樹立の調印式を行い、更には軍事同盟まで結んでしまった。
実はこれも全て魔王の策略だった。
西の大陸へと赴く商人達を使って、市井にプロム王国の主張と同様の噂をばら撒いていたのだった。
その噂に一番の反応を示した公太后の祖国は、密かに公国と密通。全ての準備を整えて独立を宣言したのだった。
もう、こうなってしまっては帝国は手も足も出ない。プロム王国を攻撃しようものなら、魔王軍が黙ってはいないからだ。
そうなると後は同じ。ドミノ倒しのように西の大陸で次々と帝国からの独立を宣言する国が出てきた。
魔王はその全ての国と国交樹立に軍事同盟を結んでいき、遂に帝国は、元あった領土の半分以下までに縮小してしまう。
だが、その半分の属国もいつ独立を宣言するか分からない状況。
これに対して帝国は更なる領土拡大の為にとアーサーとディアナ発案で開発していた銃と爆弾と大砲をもって独立の連鎖を阻止しようと進行を開始した。
けれども、白金と黄金の鎧を纏った魔王軍の騎士達が、群れをなしてドラゴンを駆い、上空から余裕で炎の息吹を放ち帝国軍を焼き払ってしまう。
こうなってしまうと、世界最大の大国の軍隊は逃げる事しか出来ず惨敗以外の何物でもなかった。
それと共に、ゾルメディア皇家の求心力は衰えを見せ始める。
中には元々アーサー派だったにも関わらず掌を返して、何故正統なゾルメディア帝国の後継者だった魔王を追放したのかと声高に叫ぶ貴族まで出てきた。
現在魔王の側近中の側近であり、デンジャラス公国の侯爵にもなっている元下位貴族子息や令嬢達の実家は、魔王と一緒に帝都を出ていった己の子供を厄介払い出来たとして見捨てたにも関わらず、甘い汁を啜ろうとして彼等と連絡を取ろうとしたが「悪いけど国交が無い国の貴族とは付き合えない。例え属国であろうと内通になってしまうしね。それに公国において俺が開拓した初代だから身内はいないよ」と、簡単に絶縁を告げられた。
ここに至って皇帝は、本当の最終手段として魔王に頭を下げ、公国の属国でも良いから国交を樹立する事も念頭に置いていたのだが、己の負けを認めたくないアーサーは断固としてその提案を受け入れなかった。
聖女を此方に引き込んで、自分との間に勇者を産ませさえすれば、魔王軍を一蹴して魔王を殺し、世界の中心地を己の物に出来ると考えていたからだ。
その計画を実行するべく聖女を誘拐する命令を公国に潜り込ませている刺客達に出していた。
しかし、それすらも既に帝国に潜り込ませている間者によって魔王の知るところであった。
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ハイドーモー。ゾルメディア帝国第一皇子、皇太子改め、デンジャラス公国国主、魔王ことガイスト・デンジャラス大公です。
ケッケッケッ、見たか、聞いたか、知ったか。この俺の実力を。
俺が世界の中心地を自分の国にしようと思い付いたのは、アーサーが魅了の特殊魔法に目覚めた時だ。
実は、俺が自身の特殊魔法に目覚めたのは自分の10歳の誕生日ではなく、アーサーと同じ日なんだよ。
それも魅了なんてチャチな魔法じゃねぇぜ。男にしか効かない魅了なんてのは嘘に決まってんだろ。
俺の特殊魔法は“魔物使い”
即ち、世界を混乱に落とし入れた十二代前の第二王子、ゲイザーと同じ“魔王の力”だ。
魔王ゲイザーは、継承権争いに破れた後、直ぐに捕らえられ処刑されるギリギリになって、この特殊魔法に目覚めたけど、俺はアーサーが10歳になったあの時既に、後継者争いに事実上負けてたんだ。
つまり、俺は予言の石碑にある“戦いに破れた者”だったんだよ。
そのお陰で、この特殊魔法を手に入れられたんだけどね。
もし乙女ゲームの通りに話が進み、ギリギリまで次期皇帝が決まらず、仮にアーサーが自殺しなかったら、俺が魅了で、奴が魔物使いに目覚めたかもしないな。でも、それだと乙女ゲームで俺が本来目覚める筈の力は無くなっちまうけど。つーか、もう魔王の力に目覚めたから無くなっちまったけど。
なんにせよ、次期皇帝継承権争いの勝敗が決したギリギリでアーサーが魔物使いに目覚めてしまったら、また十二代前に起こった人間と魔物の世界大戦がおっぱじまってたかもしれないから、ホント、ガクブルだぜ。つってもゲームだけど。
にしても、いや~、魔物使いってのはホント便利だな。魔王ゲイザーみたいに、どんなに離れていても、例え何匹いようとも自在に操れるし会話も出来るんだからよ。
俺はそれを駆使して、世界の中心地に集っている魔物達には、町や都市の開発を命令して、その周辺に屯ってる魔物には今まで通りを命令してたんだ。そうしておけば、誰も世界の中心地には近寄らないしな。
この壮大な計画を知ってたのは、母上とグレン他数人だけだった。そりゃそうだろ。口の軽い連中にペラペラ喋ったらどうなるか分からねぇんだから。
下手すりゃ、それこそ魔王だ何だって言って殺されてたかもしれねぇんだから。
んで次に、聖女となる現在の俺の嫁、ルンを手に入れて、予定通り馬鹿な御花畑断罪劇を巻き起こし、ざまぁされてわざと追放の憂き目に合おうとしたんだけど、アーサーの野郎が邪魔しやがった。
流石にこれには焦ったぜ。例え強力な魔物が守護する世界の中心地でも、アーサーとルンとの間に産まれた勇者が相手だと苦戦を強いられるし、下手すりゃ人間全員を味方につけて俺の国に乗り込んでくる可能性もある。なんたって、無限の資源ってのはそれだけ魅力的だからな。だから、最悪は母上を連れてメルチェ家に婿入りでも仕方無いかとも思ったんだ。
本来の乙女ゲームでは、俺とルンが婚姻して、聖女の力に目覚めた後、世界の中心地を取り戻す為のRPGパートに入る。
そこで、俺の側近になる筈だった騎士団長や魔術師団長、更には隠しルートが開けば当初敵役で登場するイケメンエルフのディード伯爵様やイケメンバンパイヤのズール伯爵様なんかとのルートが開かれる。って俺と結婚したのに何なんだよ。普通に浮気妻じゃねぇか。
しかも、最終的には自分が産んだ勇者との禁断の愛にまで発展しやがる。もう、浮気妻通り越して、ただの年増のアバズレじゃねぇか。
本来はそうなる筈だったんだけど、ルンはアーサーと婚姻しても聖女の力には目覚めなかった。しかし、メルチェ家が俺を裏切っていた。
だが、ここでまたもや閃いた。
魔王ゲイザーの兄貴だったルーク第一王子は、後に国王へと即位し、魔王に対する全世界人間側のリーダーとして、死ぬまであの当時の世界の頂点に立っていた。
ゾルメディア帝国も俺が食い潰すまで、ってか今もギリ世界最大の規模を誇ってる。
普通に考えれば石碑にある“後に頂点を統べる者”とはゾルメディア帝国次期皇帝だと誰しもが思う。
俺もそう思ってたし、アーサーもそう思ってただろう。だから魅了を使って表向き男爵令嬢でしかないルンを強引に自分の婚約者に据えたんだから。
けれど、石碑には“後に”と記されているのであって、それを示すのが現在頂点を取っているゾルメディア帝国の皇太子だとは限らない。
例え、旧ゾルメディア王国からずっと続いた世界の頂点だったとしても、それが今代で覆らないとは限らない。
そこに気付いた俺は、メルチェ家という後ろ盾も無くしたから暗殺される恐れもあったんで、自ら次期皇帝の継承権を放棄して帝都を出ていく条件にルンが欲しいと付け加えた。
乙女ゲーム内でルンは間違いなく聖女だった。それに、俺、アーサー、ディアナと同じ重要キャラで転生者。
もし、ルンが他の誰かと婚姻して仮に聖女の力に目覚めた後、勇者を産んだらアーサー程では無いにせよ、それでもデンジャラス公国の驚異になる可能性が多少はある。
俺は一か八かに掛けた。世界の中心地にある神様の住居だった神殿に安置されているオリジナル石碑の前で、俺とルンは婚姻した。
ビンゴ!
ルンは聖女の力、転生者のみが持つ事を許された特殊魔法“豊穣”に目覚めた。
そう、“後に頂点を統べる者”とは、世界の中心地を魔王の力に目覚めた子供の頃から実質的に手に入れた“俺”だったんだ。
帝都を追放され世界の中心地へ赴いてからは、五年掛けて法整備やら、魔王軍の訓練やら、何やら色々した。
その間も、この国の周辺で屯ってる魔物達にはそのままの命令をしておいて、中に集っている魔物達には「もう人間を憎まなくても良い。今後、自身、若しくは守護する者が攻撃を仕掛けられない限りは相手に手を出してはならない。魔物、人間問わず、友好的な相手とは協力しろ。この命令は俺が死んだ後も未来永劫続く。でもヤッパリ俺の命令には絶対服従」と、漏れ無く言っといた。
魔王ゲイザーが死んだ後も、全ての魔物達は律儀に最後の命令を守っていたからね。
デンジャラス公国出っ発の時には外の魔物達にも、同様の命令はしたよ。あっ、帝国側だけはしてないよ。
そのせいで、俺達が帝都を出る直前に計画を教えていた仲の良い昔馴染みが亡命しようとしたんだけど、油断して公国との間に足を踏み入れたもんだから魔物に襲われ掛けたらしい。仕方無いから迂回して来たんだと。
だもんで、俺がルンと街ブラデートしてたら連中に「殺す気か!」って怒鳴られた。此方も色々とあるんだよ。つーか、俺、国主で大公だろ。何で庶民に怒鳴られるんだ?
にしても、流石は世界の中心地だけの事はあるぜ。無限の資源と旧ゾルメディア王国宝物庫のお陰で、金銀財宝がざっくざくだ。大陸の一つやニつは買えるんじゃねえのか?
だから、ドワーフの職人を使って、人間と魔物の混成軍である魔王軍と騎士団の鎧を全部白金と黄金にして、ふんだんに宝石を散りばめてやったぜ。武器や防具もオリハルコンにミスリル製だ、この野郎!
ここまでガチガチに固めてやったら黄金○闘士も真っ青だろ。なんせ神○衣並みだからよ。これで、帝国軍どころか冥○軍が攻めて来ても問題無ぇぜ。
しかも、ただでさえ人間がマトモに太刀打ち出来ない、オーガにタイタン、ゴーレム。海や川にはクラーケンにリヴァイアサン、ヒュドラ。空にはドラゴンを筆頭に、ワイバーン、グリフォン、ガーゴイル、他多数の魔物がこの国を守護ってるんだからな。
それに、俺達大公家の者を影ながら護衛するのは、隠密行動に優れたバンパイヤ、ドッペルゲンガー、エルフ、ダークエルフ達だ。
そんなのもあって、母上と隠れキャラのディード伯爵様は出逢ったんだけど。
見た目は母上の方が老けてるけど、実年齢は長命エルフ伯爵の方が断然上。それでも両者共にまだまだ現役バリバリ。もしかしたら俺にハーフエルフの弟妹が出来るかもしれないな。
こういった魔物達の協力の元、着々とデンジャラス公国開放の準備は進められていったんだけど、ルンは「何でRPGパートがメインになってんの。てか、RPGを通り越してリアル桃○やシ○シティみたいなSLGになってんじゃないの。私が思い描いてた乙女ゲームじゃない!」なんてのたまわりやがる。
失礼しちゃうわ。皇后は無理だったけど、大公妃にはなれたんだ。一応、魔“王妃”でもあるんだ。贅沢言うな。
まぁ、そんなこんながありながら、遂にその時は訪れた。
ルンの持つ特殊魔法、豊穣を使って、公国から一番東側に近い国まで渡り、一般ピーポーに俺達の力を見せ付ける。
後は、その地を治める領主と話し合いの場を設けて、連中の目の前で金銀財宝を見せてやれば良いだけ。
ただでさえ、世界の中心地の神殿にあると言われている無限の資源を知らない者なんていないからな。
それを現実の物にしてやるんだ。しかも、両者にとってWinWinの関係になる条約の元で。
俺の特殊魔法、魔物使いも見せ付けてやるから、此方に害意は無い。なんだったらお試し期間として、現在服役中の犯罪者でも何でも寄越してくれて構わないと告げる。
お試し期間を終えた元犯罪者は、ビッカビカな一張羅に着飾って、渋々ながら元いた所に帰り、其所の領主に「デンジャラス公国に戻りたい。ずっとあの国の国民でいたい。魔王様と聖女様万々歳だ」と報告する。
この世界において、世界の中心地と魔王と聖女のネームバリューは伊達じゃねぇからな。
そんで今度は領主自らやってくる。ハイ、目の前で魔物と人間が共存してる上に、衣食住どころかありとあらゆる素材を大量にまざまざと見せ付けてやる。しかも値段は超格安。
そりゃそうだ、デンジャラス公国=世界の中心地=無限の資源なんだから。
これで飛び付かなかったら馬鹿か坊主か世捨て人だろ。
最初だけこんなのを繰り返してたら、後になれば黙ってても向こうの方から声を掛けてくる。
東が終わったら、次は南、南が終わったら、次は北で同じ事をすれば良いだけ。つっても、東が開通した時点で、世界の中心地にある伝説の黄金境が開放されたって噂は、至る所に飛び火してたから、最初程手間は掛からなかったし各国との話し合いもスムーズに運んだけどね。
そして、西の大陸以外がイケイケ状態になって、俺もウハウハ状態だったところに、漸くゾルメディア帝国からの使者がやって来やがった。
一応、礼儀を通して俺ん家の謁見の間でルンと一緒に話を付けてやろうとしたんだけど、何か知らんが連中は、やたらと上から目線でガタガタ言って来やがるもんだから、親父殿と交わした条約締結の羊皮紙を見せて、一昨日来やがれ馬鹿野郎つって、とっととお帰り願った。
すると、今度は何をトチ狂ったのか、何度も何度も暗殺者を送り込んできやがるけど、今この世界で俺を殺そうとするのは帝国以外は有り得ねぇし、間者からの情報でバレバレなんだよ。
それに、たかが暗殺者如きが俺を護衛してる近衛騎士団や影の護衛に敵う筈ねぇだろ。全部熨斗を付けて叩き返してやったぜ。
でも隠れキャラ、イケメンバンパイヤのズール伯爵様に体中の血を吸われてカラカラになった死体は、転生前にDVDで見たバタ○アンやスペースバン○イヤを思い出したな。
で、帝国の連中が暗殺者送る以外、手をこまねいていると、漸く俺の仕掛けた次の一手が花開いた。
あくまでもデンジャラス公国が無視を決め込むのは、ゾルメディア帝国だけだから、帝国から抜けたらお付き合いしますよーって噂を西の大陸に行く商人にばら撒いてたんだけど、まんまと噂に乗ってきた国が有った。
それは母上の祖国、プロム王国だった。確かに母上は皇后だった頃、不遇だったのはプロム王国が一番良く知ってるし、最も帝国に物申したい事があるのかも知れないな。
俺はプロム王家と密に連絡を取り合い、キッチリと準備を進めて独立宣言を見計らい、親子揃って母上の実家に里帰りしてやったぜ。
それから後は早かったな。帝国から抜け出していく国々のなんと多い事よ。俺が仕組んだにせよ、お前等忠誠心は無ぇのかよ。
それでもゾルメディア帝国は、属国がバタバタと独立していくのを止める為、遂に武力行使に乗り出して来やがった。
んで、その戦いには転生チートお得意の、銃と爆弾と大砲を出してきやがったけど、今更そんな豆鉄砲と線香花火とネズミ花火なんて何の役にも立たねぇんだよ。
ハイ、此方は鉄砲も爆弾も届かない上空から、鋼の鱗を持つドラゴンの群れでゴ○ラ並みの火炎放射器のオンパレード。ハイ、モタモタしてる内に大砲は誘爆で大爆発。勇者以外の人間は炎に耐えられねぇし空を飛べねぇからハッキリ言って勝負にならねぇな。ハハハ、逃げる帝国軍がゴミのようだ。byム○カ大佐
そんな事してたら、あれだけデカかった帝国の領土は、いつの間にか半分程になっちまってた。可愛そうに~。
しかもアーサーの野郎、あれだけ賛美されてたのに、今頃になって庶民にも貴族にも掌返しされてやんの。可愛そうに~。
つっても、元々俺は皇帝にはなりたくなかったから、今更正統な後継者だって言われも苦笑いするしか出来ねぇけどな。
グレン達の実家も、ここぞとばかりにすり寄って来たらしいけど、害にしかならない身内ほど面倒なものは無いから、知らぬ存ぜぬを決め込んで、案にアンタ等とは付き合わないよって全員纏めて教えてやったみたいだ。
まぁ、色々あったけど、ここまでの出来事からも分かるように、何も至る所に戦争吹っ掛けて世界中を恐怖のドン底に落とし入れるだけが魔王じゃねぇぞ。ここで少々種明かしだ。
予言の石碑にある“戦いに破れた者が魔物を操り、この地を中心として、世界を席巻する”という最初の一行目は、この俺がデンジャラス公国に君臨し、無限の資源と最高の立地を駆使して、あらゆる面で世界中に名を轟かせるって意味だ。どうだ、おでれぇたか!
二行目と三行目は、そのまんまの通り。“泥の中より産まれた聖女が、後に頂点を統べる者と神前で婚姻すると同時に己の力に目覚める”とは、後に頂点を統べる者である俺と、元々男爵庶子云々で聖女でもあるルンが神殿で婚姻すると、ルンは転生者のみが持つ特殊魔法に目覚めるって意味。
それに、頂点を統べるって言っても領土がデカいだけじゃ頂点を取ったって事にはならねぇぜ。世界の中心地、デンジャラス公国を持つ俺こそが本当の頂点を統べる者だ。
そして“聖女の力は荒廃した地を潤す”ってのは、魔物が荒らしていた公国周辺を、ルンが豊穣を使って元の緑豊かな大地に戻すってのを意味する。
そう、全ては予言の石碑通りにストーリーは進んでいる。
一応、聖女と勇者と魔王の伝説でも辻褄は合ってるっちゃあ合ってんだよな。
確かに、魔王ゲイザーも悪い意味で世界を席巻したし、ルーク第一王子と聖女シェラの婚姻にしても、俺とルンの婚姻にしても、元々庶民だった聖女は自身の力に目覚めた。
でも、もしかするとゲイザーが魔物使いに目覚めたように、ルークも魅了に目覚めて、自分を看護してくれたシェラに一方的に惚れたから、魅了を使って自分の物にしたのかもしれない。まぁ、それが結果的には聖女の力を目覚めさせる切っ掛けになったんだけど。
俺はちゃんとルンの意思を尊重して婚姻の許可を取ったよ「俺と結婚しないと、此処から追い出す」って言ってね。
そして、聖女シェラも魔王ゲイザーとの大戦で傷付いた大地を潤したし、ルンも大戦後唯一傷跡が残ったまま魔物が跋扈していた公国周辺50キロ圏内の大地を潤した。これが乙女ゲームの強制力ってやつか?
元々のシナリオ通りスムーズに事が運ばれてたら、俺も無駄な苦労はしなくて済んだのによ~。
ホントやれやれだぜ。って思ってたら、アーサーはまだ性懲りも無く足掻くつもりでいやがる。
何でもルンを拐った後、自分との間に勇者を産ませ、その力でもって公国を乗っ取る算段だと間者が伝えて来た。つーか、それって完全に、誘拐、監禁、レイプに児童虐待だろ。
この世界は乙女ゲームの世界だろ。いつから凌辱系18禁ゲームになったんだ?
でも、それはそれで中々面白れぇじゃねぇか。
俺は、アーサーとゾルメディア帝国に引導を渡してやる良い考えが浮かんだ。
ルンにも「魅了に掛けられて必要が無くなったらボロ雑巾みたいに棄てられた恨みがあるだろ?」って言ってやったら、顔を歪ませて俺の計画に乗ってきた。ってか、お前はじっとしてりゃ美人なのに、喜怒哀楽が激しすぎるんだよ。
そんで予定通り、目に見えるルンの警備を緩くしてやったら案の定、刺客が食らい付いて来やがった。
それでもルンには、ズール伯爵様が蝙蝠や霧になってピッタリと貼り付いてるしね。
さ~て、面白くなって参りました!
因みにキャラクターネームは
プロム王国→銀河鉄道9○9の女王プ○メシューム
ディード→ロー○ス島戦記のディー○リット
ズール→六神合体ゴッ○マーズのズー○皇帝
やっぱりファンタジーなんで、どうしてもロー○ス島戦記が頭に思い浮かんでしまう……