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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
ガイストの章~地獄に堕ちた皇子様~
2/18

屈辱編

「母上と離縁して、あの男爵令嬢をくれるなら、俺は喜んでこの国の玉座を弟に譲りますよ」


 うっすらと笑みを浮かべながらそう告げると、親父殿は無表情のまま呟いた。


「……そうか」


 でも俺には分かってるよ。能面みたいな(ツラ)を作ってるけど、腹の中では大爆笑しながら扇風機みたいに腰をグラインドさせてランバダを踊り狂ってるのがな。











 ハイドーモー、ゾルメディア帝国ってとこの第一皇子、皇太子をやっているガイストって言います。

 ご多分に漏れず乙女ゲームの転生者です。

 にも関わらず、ガイストって名前はどーなんよ。


 まぁ、名前はさておき、俺が某災害で死んだ後、転生したのは[レジェンド・オブ・モニュメント]ってタイトルの、ご多分に漏れず剣と魔法のファンタジー世界が舞台となる乙女ゲーム。

 実はこれ、生前妹がメチャメチャハマってたゲームでもあるんだよ。

 でも、何故か乙女ゲームのクセにRPGパートってのがあったから、アドベンチャーパート以外はやりたくない妹の代わりに俺がバトってたんで、ゲーム転生に気付けたんだよな。


 ゲーム自体は、プレイヤーが男爵庶子云々のヒロインになってメイン攻略対象者のこの俺や他の令息達との恋愛を楽しむって内容。アドベンチャーパートの最後は、御約束通り悪役令嬢を断罪したりってのに至るんだけど。

 俺も俺で、転生してしまったもんはしょうがないし、世界一の大国である所の皇后が産んだ金髪碧眼のイケメン長男に生まれ変わったんだから生活の不自由は無い。なにより、ゾルメディア帝国皇室典範のせいで、俺のなりたくもない次期皇帝の座はほぼ確実だから、下手なNAISEIチート改革なんてせずに第二の人生を謳歌しようと思ってたんだけど、そうは問屋が卸さなかった。


 俺が産まれた二年後に腹違いの弟、第二皇子が産まれたんだけど、コイツのせいで俺の人生設計は大きな変更を余儀なくされてしまった。

 弟の名前はアーサー。ガイストってのに比べて如何にも皇子様って感じの名前。俺は乙女ゲームのストーリーを知ってたんで油断してたら大変な事になっちまった。


 乙女ゲーム本来のアーサーは、黒髪碧眼で俺と同じくイケメンだけど、能力は俺よりも誰よりも高スペック。しかも、俺の母上、皇后は、政略的に幼少の頃から俺の親父殿であるスレイン現皇帝と婚約していた帝国属国の元王女様。アーサーの母親は、親父殿と学生時代に学園で知り合い、お互いが好き合っていたが泣く泣く側室にならざるをえなかった元侯爵令嬢。そうなると、当然親父殿は弟を贔屓する。

 そのせいで、側室殿は後宮の支配者みたいな(ツラ)して己の侍女達と一緒になって皇后へすらも攻撃してくる。アーサーもアーサーで傲岸不遜に育ってしまい、庶民や下々の者どころか、皇太子の俺までも見下し始める。

 ゲームキャラクターであるところの俺は、そんな弟に負い目を感じていたところをヒロインと出逢い、癒され、愛し合っていくようになる。

 メルチェ公爵家令嬢ディアナも俺と婚約していながら、家全体でグルになってアーサーと側室に密通。皇太子や皇后だけに留まらず、皇帝暗殺までもを目論んで、皇位の簒奪を計画してやがった。

 だが、デカい(ツラ)してるメルチェ家やアーサー派を気に入らない俺の側近連中が、俺、ヒロインと一緒になって、陰謀を白日の元に曝し断罪する。

 自身の野望を卒業パーティーで完膚無きまでに明かされたアーサーは、持っていたナイフを使い、その場で自害して果てる。といったのがハーレム&皇太子、後のガイスト皇帝ルートの重要イベントだ。

 このストーリー展開のままなら何の問題も無かったんだよ。


 けれど、ナント!アーサーも転生者だった! しかも、イケメン、高スペックはそのままなのに、ゲームとは真逆の性格なんで誰にでも優しかった。子供(ガキ)の頃から神童と呼ばれて庶民女子にすら大人気だ。

 そのせいで、本来なら乙女ゲーム内で俺の側近になって攻略対象者となる筈だった上位貴族の令息達が、そのまんまアーサーの側近になっちまった。

 奴も何故か男のくせに、この世界が乙女ゲームの世界だと知ってやがったんだ。

 俺が言うのも何だけど、何でそんなの知ってんだよ。


 確かにアーサーは、性格さえ良ければ帝国内においては完璧(パーフェクト)超人。まぁ、以前のままでも一部のドM女子プレイヤーには人気があったみたいだが。

 俺もアーサーが全然傲慢に育たないから可笑しいなとは思ってたんだけど、十歳になった奴から「ゲームの通りにはいかないよ」って言われて、初めて野郎の正体に気付いた。


 それまでの俺はというと、ガキの頃から勉強をサボり、市井でヤンチャして遊びまくってたから庶民男子には人気がある。けれど、皇后が産んだ長男ながら上等な(ツラ)以外は何も無いんで、男爵家や子爵家といった下位貴族の次男坊以下といった取り巻き連中しか付かなかった。こりゃ完全に敗軍の将だな。

 つっても、元々転生前から劣等生だった俺には変にエリート風を吹かせてる嫡男連中よりも、馬が合ったけれどね。


 そんな野郎気質で能天気な俺とは別に、アーサーは自分の正体を明かしたその日に“魅了”という特殊魔法にも目覚めやがったもんだから、ゲームの舞台となる学園に入学してからも女子の人気を全てかっ拐いやがった。

 これも奴が余裕をぶっこいて俺に「乙女ゲームで魅了を使えるってのはチートみたいで面白くないね」って、のたまわったから気付けたんだけど。つーか面白くねぇなら、使うなよ。


 けれど、ここで俺は違和感を覚えた。俺の婚約者である公爵令嬢ディアナはアーサーに魅了されてる気配が無い。

 アーサーは表向き、婚約者を持つ令嬢を魅了してない風を装ってはいるが、裏では相手の婚約者にバレないようにカワイ子ちゃんと遊びまくっているからだ。


 ディアナは普段から鉄仮面でも貼り付けてるんじゃねぇのか?という程に貴族令嬢とした(ツラ)してるけど、それでも学園で一、二を争う金髪翠眼の美人ちゃん。

 にも関わらず、ゲームに出てくるみたいな悪役令嬢って感じではなく、寧ろ高貴なる貴族令嬢そのままの性格をしるんで、社交界でも学園でも彼女を慕う令嬢達は少なくない。

 魅了という特殊魔法を持ち、俺を舐めているアーサーがディアナを放っておく訳が無いのに。


 皇室典範では、皇帝の正妃である皇后の子が次期皇帝、皇太子となる。それがあったからアーサーは俺と皇后を殺して側室殿を新皇后に据え、自分が皇太子になろうとした。

 しまいには、その傲慢さから待てば次の皇帝になれたのに、現皇帝暗殺までも目論んだ。

 そんなんだから、性格に難有りとの理由で貴族間に敵も多く、ゲーム内ではアーサーの野望は阻止されてしまう。

 しかし今のアーサーは、それとは真逆の性格をしているし、メルチェ家を除いても大多数の帝国本国上位貴族や大国と呼ばれる属国の後ろ楯を持っている。暗殺とはいかないまでも、皇室典範を見て見ぬフリして難癖を付ければ、俺を皇太子の座から引き摺り下ろす事が出来る筈だ。

 ディアナの実家であるメルチェ家としても、娘が物心ついて直ぐの頃に俺との婚約を決めてしまったから、今ではハズレを引いてしまったと思ってるだろうし。


 例えディアナとアーサーの浮気がバレても、俺には奴ほどの権力が無いからどうとでも言い繕える。寧ろ、ドラ息子だの無能だのとまで呼ばれている俺との婚約を、娘の不義密通を理由に破棄出来る。そのまま、浮気相手でも愛し合ってるからとの理由も付けて、神童と謳われてるアーサーの婚約者になった方が断然良いのに。

 恐らくディアナも貴族の責任と義務ノーブレス・オブ・リュージュだけで皇太子の婚約者になっているだけだろう。淑女教育、皇后教育を受けてるから腹芸は得意っつっても、俺に対する(ツラ)や態度をみてりゃ分かるよ。

 一応、此方も婚約者同士の良好な関係を築こうとしてるけど、ディアナの方は全く俺に興味が無いみたいだからな。浮気万々歳のような気がするのだが。


 ここで俺は閃いた。


 定期的に二人だけでするお茶会で、相変わらず無表情のディアナへダイレクトに聞いてみた。


「ディアナ、お前転生者か?」


 そう尋ねたら、目が大きく見開かれた。


 ビンゴ!


「……何故その事を」

「いや、アーサーは魅了って特殊魔法を持ってるのに、全然お前に手を出さないし、お前もアーサーに興味が無いみたいだから、お前()特殊魔法を持ってるのかなと思って。それにお前、何時も魔法を放ってる気配があるのに、目に見える魔法を出してないし」

「お前もと言う事は、ガイスト様も転生者ですか……?」

「そうだよ。で、お前の特殊魔法ってのは何なの?」


 ディアナは自分の秘密をバラしても良いのか迷ってる。

 俺が何時までもニヤニヤしながら待っていると、漸く観念したようだ。


「……私の特殊魔法は、魔法無効です」

「それって、もしかすると魅了すら無効にしてしまうの?」

「そうです。どんな魔法でも無効にしますし常時発動されてます。だから、魔法では私を害する事は出来ません」

「何時から使えるようになった?」

「私は学園に入学すると同時にです」

「だからか。つー事はお前も魅了を使ってるアーサーが転生者だと気付いてたな」

「……はい」


 ここまで話せば、次に彼女が何を質問するであろうかが分かっていた。

 一応、ゲームのストーリー通りに話が進めば、ディアナは俺の敵になるし、本当の事を言っている保証は無いから保険を掛けないと。


「では、ガイスト様の特殊魔法とは何なのですか?」

「俺? 俺の特殊魔法も魅了だよ」

「えっ? アーサー様と同じなのですか?」

「同じっちゃあ同じだけど、違うっちゃあ違うな」

「どういう事ですか?」

「俺の魅了は男に効くんだよ。俺はノンケだから性的に男に言い寄られても嬉しく無いだろ。つまりは何の意味も無い特殊魔法だ。しかも使えるようになったのはアーサーと同じで、十歳になった時だ」

「成程。アーサー様みたいに魔法を放ってる気配が無いから、私はガイスト様が転生者だと気付けなかったのですね」

「一度だけ若い近衛騎士に使ったけど、それからは暫くは地獄だったぞ。ストーカーどころの騒ぎじゃねぇ。俺を見るなり全速力で駆け付けて、抱き締めてキスをしようとする。俺も自分でそうしてしまった手前、罰する事も出来ないから効果が切れるまで自室から出なかった」

「あらまぁ」


 そう言うと、扇で口元を隠し、珍しく「ホホホ」と笑った。

 俺はそのまま、言葉の罠を仕掛ける。


「にしても、お互い()()()転生してしまうとは難儀だな」

「えっ? 異世界?」


 初めてディアナの声に僅かながら抑揚が付いた。

 俺はそれを知らんぷりして答える。


「んっ? どうした?」

「いっ、いえ、何でも御座いません。そうですね、本当に元々私達が居た世界の“()()()”であるこの世界は、生前に培っていた常識が通用しませんからね」

「俺は、転生しても自分のスタイルを崩してねぇけど、お前は令嬢スタイルを保つのしんどくないか?」

「もう馴れました。今ではこの方が自然ですね」


 よしよし、上手く引っ掛かってくれたな。俺がこの世界を乙女ゲームの世界ではなく、異世界だと思っている事に。

 普通に考えりゃ野郎が乙女ゲームなんて知る筈も無いからな。アーサーの方が普通じゃないんだよ。


 乙女ゲーム転生だと、生前プレイしていたら、先々のストーリーを事前に知っている可能性が高い。しかし、ゲームとは何の関係も無い異世界転生だと、先々がどう転ぶのかは誰も知らないしな。

 つまり、暗に『俺は乙女ゲームなんて知らないから、この世界が先の読めない異世界だと認識している』と伝えたのだ。

 逆にディアナは『この世界が乙女ゲームの世界だと知っているから、この先どうなるのかも知っている』けれど、俺が仕掛けた言葉の罠で『ガイストはこの先、本来の乙女ゲームによるストーリー展開を知らない』と認識した筈だ。

 それでも、念の為に確認しないと。


「でも、魅了は無しにしてもお前の所は筆頭公爵家だろ? 俺みたいなのよりアーサーの方がよっぽど将来性があるだろうから引き抜きは無いのかよ? 俺には皇室典範って力業でどうとでもなる後ろ楯しかないから絶対そっちの方が良いだろ」

「さぁ、その辺はどうなのでしょう。全てお父様にお任せしておりますし。仮に引き抜きがあったとしても喋る訳無いじゃないですか。それに、此方からは婚約破棄なんて出来る筈も無いし」

「そうだよな~」


 俺は直接アーサーに「この世界が乙女ゲームの世界だと知っている」とは言ってないが、多分奴は俺も気付いていると分かってるだろう。

 もし、ディアナ若しくはメルチェ家がゲーム通りアーサーと密通していたら『この世界が異世界だと認識している』と嘘を付いたのがバレてしまう。

 でも、ディアナの反応を見る限りでは、今のところは問題無いみたいだな。


 俺としても本当なら次期皇帝なんかにゃなりたくない。メルチェ家が俺と母上を裏切ってたから、結果的に皇帝にならざるをえなかっただけだ。

 裏切らないのであれば、寧ろ、魑魅魍魎が拔扈(ばっこ)する皇城から俺が母上を引き取って公爵家に婿入り、つまり、臣下へ天下りする方がよっぽど有り難い。

 唯一、俺の味方である母上も皇后なのに後宮内では安く見られてるからな。つーか、何でこの辺はゲームと同じなんだよ。


 ホント、親父殿も本来結婚したくない相手だったのなら白い結婚を貫いて俺を産まなきゃ良かったんだよ。そうすりゃ、皇室典範で数年経ったら円満離婚、結果何の問題も無く側室殿が産んだアーサーが皇太子、次期皇帝になれたのによ。

 それ以前に、皇帝なんかになった日にゃ、何の自由もないし、頭を悩ます問題ばかりで何時ハゲても可笑しくないぜ。やりたい奴が皇帝になりゃ良いんだよ。

 まぁ、今の現状のまま上手くいけば面倒事から逃れられるかもしれないなと考えていたら、今度はディアナの方から衝撃の真実が告げられた。


「ガイスト様は御存知無いかも知れませんが、基本的にアーサー様の使う魅了も婚約者がいたり、結婚してる相手には効きませんよ」

「なんですと!」

「アーサー様が手を出している御令嬢は、普通に婚約者がいる身でありながら純粋にアーサー様に好意を寄せ、分かってて火遊びしているのです。だから私に魔法無効が無くとも結局は一緒ですよ」


 この時ほどアーサーに殺意を覚えた時は無かったね。

 密かに心の中で満月に吠えて血の涙を流したよ。


 その後は、ディアナが自己申告した特殊魔法が本当なのかを見極める為に、本人の許可を貰って静電気程度の簡単な攻撃魔法を試した。何度やってもケロッとした無表情の(ツラ)のままだったから嘘じゃ無いみたいだ。

 俺の魅了に関しては、勘弁してくれと頼んだら変に納得してくれたから、色んな意味で助かった。

 俺が嘘を付いて、本当は特殊魔法に目覚めてないとしても、ガイスト皇太子の進化形であるガイスト皇帝は物語(ストーリー)上、後々特殊魔法が備わるけどね。

 とは言え、あくまでも“後々”だから、ディアナとしては今は何も警戒する必要は無い。


 そんで、俺が最後の学園生活を迎えるその年に、遂にあの男爵令嬢ことヒロインが編入してきた。

 彼女の名前はルン。歳は俺の二つ下。って事は、アーサーやディアナとはタメだ。

 ご多分に漏れずピンクブロンドの髪で市井育ち。故に、良く言えば貴族令嬢らしくない天真爛漫な娘。悪く言えば貴族令嬢の中ではKY。

 普通にいけば廊下の曲がり角で偶然俺と出逢う筈だったんだけど、誰もが思いも寄らないまさかの展開が待っていた。


 アーサーの野郎が魅了を使ってルンを自分の虜にしちまいやがった!

 しかも親父殿に直訴して速攻で婚約者にもしやがった!


 その時、俺は漸く奴の狙いに気付いた。


 遥か昔、この世界に存在する大陸全ての中心地となる場所に神が降臨して、人間を含む数多の森羅万象を創造した。

 神が降り立った場所は“無限の資源”、つまりは、人間が作り出せる物、この世界に存在する物が望むまま幾らでも沸き立つ場所となり、神は暫くその地に留まった。

 すると無限の資源を求めてその地に人間達が集うようになっていった。

 集った人間達は神様の教えの通り、その地を村から町へ、町から都市へ、都市から国ほどの大きさへと変えていく。

 最終的に彼の地は、全大陸の中心地であるが故に全ての交易の中心地、あらゆる品々が溢れ返り文明と自然が調和する永遠が約束された地へと変貌を遂げた。

 更に人間達は、自分達に恵みを与えてくれた神が降り立った場所、無限の資源の所在地を聖地として神の住居となる神殿を建立。皆が神を敬った。

 神は自分を敬う褒美として、身を呈して魔物と戦い人々を守る一人の青年に、この地の王となる事を認めた。


 その青年こそがゾルメディア王国初代国王。


 ゾルメディア王国は、国王と神と無限の資源により繁栄を極めた。そして月日は流れ、神はゾルメディア国王が崩御すると同時に彼の魂を神の国へ送り届けると共に、自身もこの地より離れる旨を人間達に告げた。

 それと同時に、この乙女ゲーム[レジェンド・オブ・モニュメント]というタイトルの元となっている予言も残した。


『戦いに破れた者が魔王となって魔物を操り、この地を中心として、世界を席巻する。

 泥の中より産まれた聖女が、後に頂点を統べる者と神前で婚姻すると同時に己の力に目覚める。

 聖女の力は荒廃した地を潤す。

 更には、聖女と統べる者との間には唯一の勇者が産まれ、最終的には無限の大地に千年王国(ミレニアム)を築くだろう』


 この予言は、神の住居だった神殿に石碑(モニュメント)として残されている。


 実は、現ゾルメディア帝国本国のある場所は、神が居た当時、世界の中心地であるゾルメディア王国があった場所には無く、それよりも遥か西に位置している。

 何故なら、今から数えて十二代前、ゾルメディア王国内で第一王子であるルークと第二王子であるゲイザーの間に次期国王を巡る政争が巻き起こった。

 二人の能力は均衡していたが、最終的には謁見の間にて、父王が第一王子ルークを次期国王、王太子とすると告げられた。

 その結果、勝利者となったルーク側はゲイザー側を次々と粛清していき、ゲイザー自身も牢屋へ入れられ出来レース裁判で死刑を宣告される。

 仲間だった者達に掌を返され全ての人間に絶望し、死を待つばかりのゲイザーだったが、投獄された牢屋の中で遂に自身の力に目覚めてしまった。


 それこそが魔王の力。


 牢屋を破って脱出したゲイザーは、人間如きが太刀打ち出来ない魔物を操り、ゾルメディア王国へ宣戦布告。楽園とまで謳われた彼の地を魔物犇めく地獄へと変える。

 楽園を追われたゾルメディア王国民達は西の大陸へと逃げ延び、その地に王都を遷都するしか手はなかった。

 それでも、魔王と化したゲイザーは、次に世界の中心地から全世界に向けて宣戦布告。全世界の人間は、魔王が操る魔物達に成す術が無かった。

 そんな時、前線で戦い怪我をしたルーク王子に、ある庶民の娘、シェラが看護を行い二人は恋に落ちた。

 ルークの怪我が治った後、前線に有った地方のボロボロの神殿で二人だけの結婚式をあげたところ、遂にシェラは自身の力に目覚めた。


 それこそが聖女の力。


 聖女の力とは荒廃した地を潤う力。魔物によって蹂躙された土地が元の命が息吹く緑豊かな大地へと戻っていった。

 それによって、魔物との戦闘で荒廃していた国々は、新ゾルメディア王国を人間側のリーダーとして仰ぎ、またゾルメディア王国も聖女の比護を求める西の国々を次々と属国にしていった。


 更には、亡くなった親父の後を継ぎ、新国王に即位したルークと聖女シェラの間には勇者バーンが産まれた。

 魔王優勢のまま二十年近くに及んでいた戦いは、勇者バーンが成長すると同時に人間側へと傾き始める。

 それこそ、勇者は文字通りの完璧(パーフェクト)超人。ドラゴンだろうが、ヘカトンケイルだろうが勇者のデタラメな強さには敵わない。

 その後に産まれた弟王子のギムレットも兄王子である勇者バーン、親父であるルークに協力。政治に力を発揮すると共に、ただの人間にも関わらず強力な魔物相手に獅子奮迅の戦いを見せる。


 勇者バーンの登場によって勢力を巻き返した人間側は、漸く旧ゾルメディア王国である世界の中心地へ乗り込もうと考えた。だが、例え勝利出来たとしても、最も狂暴な魔物の大軍が犇めく魔王の本拠地で戦えば此方の被害もただでは済まない。そう考えたルーク国王は、魔王ゲイザーに罠を仕掛けた。

 世界の中心地の東側を魔物達に与えるが、西側は我々人間に寄越せ。無限の資源は共同管理という交換条件を魔王ゲイザーに持ち掛けたのだった。

 とは言え、これは方便、真の狙いは停戦協定の調印式に誘き出された魔王ゲイザーの暗殺だった。

 魔物を操っているのは魔王。なら、魔王さえいなくなれば魔物は元に戻る。それに、元々の宿敵であり、ゾルメディア王国王族の血筋でもある魔王を生かしておいたら後の禍根を残すともルーク国王は考えた。

 しかし、この魔王暗殺計画に勇者は使えない。何故なら、勇者バーンは背中を他者へと預ける信頼が大事な戦いの中で育った。

 知謀こそ父親譲りの勇者バーンだったが、その性格は元々脳筋武人で誠実だった魔王ゲイザーと良く似て、騙し討ちの類いを好まない。ルーク国王が政争で魔王ゲイザーに勝てたのも、その辺が大きな要因でもあった。


 ルーク国王は小飼の者に暗殺の実行を命令して、世界の中心地と新ゾルメディア王国の中間地点での調印式を持ち掛けた。

 多数の魔物を引き連れて来た魔王ゲイザーだったが、やはりルーク国王の読み通り、此方を信用している様子。

 魔王ゲイザーが停戦に調印する為の台に立ち、羽ペンを持った瞬間、地中に潜ませていた暗殺者(アサシン)が、魔王の胸を一刺し。

 勇者バーンでさえもが、一瞬の出来事に状況を飲み込めず身動きも叶わなかったが、ここでルーク国王どころか誰もが予想すらしなかった事が起こった。


 魔王ゲイザーが兄ルークの裏切りに激怒。死の間際、魔王最後の命令を全ての魔物へと発信した。


「世界の中心地に集い、人間共を憎み続け、其処を絶対に死守しろ!」


 調印式の場は一気に地獄と化した。

 誰もがまさかこうなるとは夢にも思わず、魔王ゲイザーと同じく調印台に立ち、最も魔王ゲイザーが連れてきた魔物達の近くに居たルーク国王も、いの一番に突撃した魔物の餌食となってしまった。


 魔王の最後の命令で、最早死兵ともなった魔物の勢いを人間側は止められず、再び世界の中心地から距離を置くしか出来なかった。

 少なくともそうしておけば、集った魔物達は世界の中心地にしかいないので、人間への被害はなくなるからだ。

 斯くして、世界の中心地には無限の資源が眠っているにも関わらず、誰も手を出せず、予言の石碑と共に永遠に魔物達が君臨する魔境になってしまった。


 その後、勇者バーンはルーク国王の後を引き継ぎ、属国を多数抱えるゾルメディア帝国と名を改め、皇帝へと即位した。

 勇者バーンの母親である聖女シェラも、ゾルメディア帝国の為に皇太后として精力的に活動し、聖女の力で農場や酪農地を広めて帝国全土を豊かにしていった。

 弟王子のギムレットも後に大公となり、帝国の礎を築いた。


 ってのが、この乙女ゲームの下地、プロローグになってるんだけど、実はアーサーに取られちまったヒロインの男爵令嬢ルンってのが、予言の石碑にある“泥の中より産まれた聖女”なんだよ!


 確かにゲームの中ではアーサーの婚約者は出て来なかった。

 皇帝へと即位するのに必要な婚約者を何故作らないのか不思議だったんだけど、全てはこの為だったのか。

 そりゃメルチェ家のバックアップなんていらない訳だ。例え男爵令嬢だったとしても婚姻して聖女の力に目覚めたとしたら、誰もがルンを認めざる得ないからな。なんたって、全世界の恩人であり、ゾルメディア王国を帝国にまで押し上げた伝説の王妃の再来。且つ勇者の母親になるのを約束されてんだからよ。

 ハッキリ言って聖女を手に入れられたら、皇室典範をブッ飛ばしたとしても帝国全属国どころか全世界の国々が無条件で次期皇帝だと認めるぜ。


 それを見越してアーサーの野郎、内々に「もし彼女が私との婚姻式で、聖女の力に目覚めたら私を皇太子にして下さい。その後、彼女の妊娠が分かったら私を皇帝に即位させて下さい」って約束を取り付けやがった。

 確かに妊娠すりゃ、勇者の父親として予言されている“統べる者”、即ち皇帝に即位するのに誰もが反対しない。親父殿も納得の退位だ。

 しかも、態々「これで聖女の夫として勇者の父親として歴史に名が残せる」って俺に言いに来やがった。チクショ~。


 やられたぜ~。


 そんで、迎えた卒業パーティー。

 断罪劇? そんなもんやらないよ。

 だって本来のヒロインであるルンはアーサーのもんだし、メルチェ家も俺と敵対してる訳ではないからやる意味が無い。寧ろとっととメルチェ家に婿入りしたいぐらいだよ。

 でも、メルチェ家の方がディアナが卒業するまではとか何とか言って、俺の婿入りを引き延ばしたいみたいなんだよね。まぁ、気持ちは分かるけどね。

 一年の時から生徒会長をしているアーサーは主宰者として、ディアナは俺の婚約者として乙女のゲームの通り卒業パーティーに出席した。

 アーサーはルンとイチャイチャしながら攻略対象者の側近連中に囲まれて「私のヒロインは本当に可愛いね」なんて歯の浮く台詞を抜かしてやがるし。

 奴も分かってるんだ。ヒロインが俺に惚れてないのに断罪なんてやりようが無いってのが。クソ~。


 それから更に二年が経って、漸くアーサー、ディアナ、ルンが卒業を迎えた。

 アーサーは卒業した翌日にソッコーでルンと神殿で婚姻する手筈を整えやがった。

 何でも良いから早くしてくれよ。俺も早く色んな(しがらみ)から逃れたいんだからよって思ってたらアーサーですら予想してなかった事が起こった。


 神殿でのアーサーとルンの婚姻式は恙無く終わったんだけど、最後の最後までルンは聖女の力に目覚めなかった。

 神官長が婚姻式終了の挨拶をした瞬間のアーサーの(ツラ)は凄かったな。自分の花嫁に向かって親の仇みたいな(ツラ)を向けてやがった。


 ざまぁ~。


 と、思ってたらまたまたやってくれたぜ。


 ルンが婚約中から俺と浮気をしていたとでっち上げて、婚姻式翌日に離縁しちまいやがった!

 しかも二人の皇子を誑かした罪で牢屋にブチ込むって外道かよ!


 流石に俺もキレてアーサーに詰め寄ったら、鼻で笑って「聖女でもない泥まみれ令嬢に用は無い。手も付けてないから欲しけりゃ上げるよ。ずっとヒロインって呼んでたから名前すら覚えて無いしね。でも、こんなところで手を子招いていて良いの?」なんて言いやがるから何事かと思っていたら、何もかもがアーサーの予定通りに事が運んでた。


 でっち上げられた俺の浮気を理由に、メルチェ家が婚約を破棄しやがった!

 そう、やっぱりメルチェ家は裏でアーサーと通じてたんだ!


 例えルンをアーサーの正妃に据えたとしても、アーサーが皇帝になった後、側室としてディアナを迎える密約を取り付けてた。けれど、ルンが聖女の力に目覚めなかったから、もう男爵令嬢如きは用は無いとして繰り上げで正妃に迎える事にしやがった。

 そうすりゃメルチェ家も俺という厄介払いが出来るし、アーサーとしてもゾルメディア帝国筆頭公爵家が後ろ楯に付く。皇帝となった暁には、ディアナとの間に産まれた皇子が皇后の子として皇太子になる。メルチェ家も万々歳。

 何が此方からは婚約破棄出来ないだ! キッチリと自分達に理由付けてるじゃねぇか!


 婚約破棄の慰謝料を取ろうにも、あくまでも破棄の理由は俺の浮気だから手も足も出ねぇ。

 それでも一応円満解決する為に話し合いの場に向かったら、ディアナもほくそ笑みながら「未来の皇后として頑張ったのですが、淑女として至らず皇太子様を浮気に走らせてしまって申し訳御座いません。そういった今後の反省も鑑みて慰謝料等は請求致しません。それにお互い傷心のアーサー様が私を娶って下さいますので」なんてほざきやがった。

 (はらわた)が煮えくり返るのを必死で押さえるのに苦労したぜ。


 何にせよ、これで俺の逃げ道は無くなり、後はアーサーが俺と母上を暗殺するなり追放するなりすれば良いだけ。


 もう俺には、どうする事も出来なくなった。












 なんてね。


 此方も此方で、子供(ガキ)の頃から色々と準備は進めてるんだよ。

 その手始めが、冒頭にある俺の台詞になる訳だ。


 でも、必要なのは、母上とルンだけじゃない。

 ここからが親父殿との駆け引きになるんだけど、上手くいくかな?


 皇帝の自室なのに、何故か仕事してるフリをしてる公文書官がいるし。俺が次期皇帝継承権を放棄する言質を取る為にいるのはバレバレなんだよ。

 けど、俺の方が全部利用させてもらうぜ。


 親父殿は俺からの最初の条件を、もったいぶりながらも答える。


「良いだろう。お前の母親と浮気相手ぐらいなら幾らでもくれてやる」

「浮気相手ね~」

「…………」


 フフ、何も答えないって事はアンタも分かってんだろ。俺が嵌められだけだって。

 それに、親父殿も学生時代からずっと側室殿と浮気してたのに、どの口が言ってんだよ。

 まぁ、ここでガタガタ言っても始まらないから本題に移るとするか。


「それともう1つお願いがあります」

「何だ?」

「俺に領地と爵位を下さい」

「領地だと?」

「ええ、男爵家に婿入りしようにも、ルンは捕らえられた時、家から縁を切られています。王女だった母上の実家に行くのも国としての体裁が悪い。別に庶民になっても良いんですけど、俺は悪ガキで、今でも付き合いがあるから庶民の野郎達には人気がありますよ。それだと色々不味いでしょ?」


 そう、俺の口から皇宮での暗殺劇や反乱の引き金が飛び出してくる可能性が有るからな。

 あくまでも聖女と勇者の子孫である皇室は清く正しい正義の味方じゃないといけないし、壁に耳あり障子に目あり。庶民にしても貴族にしても、不穏分子の種は何処にでも居る。

 市井にほっぽり出された俺を暗殺しても、揉み消すにはかなりの骨が折れる筈だ。

 それどころか、貴族よりも庶民にツレが多いから間違いなく口に戸は立てられない。そりゃそうだよな、市井に下った元皇子様と元皇后様が謎の不審死をすりゃ、庶民だろうと誰が黒幕かってのに気付くぜ。

 皇家にとっての不安材料を残すぐらいなら、俺に幾ばくかの領土をくれて帝都から追放した方が断然得策だ。


「……よかろう。お前と離縁する皇后への手向けだ」

「有難う御座います」


 さあて、ここからが本番だ。


「実はもう欲しい所は決まってるんですよ」

「何処だ? 帝国内の皇領だろうな?」


 俺は不敵にニヤリと笑う。


「世界の中心地。即ち、旧ゾルメディア王国が欲しい」


 この言葉で、親父殿のポーカーフェイスが崩れた。


「世界の中心地だと? お前はあの場所がどういう場所なのか分かってるのか?」


 親父殿は静かながらも軽い怒気を孕ませた。


「ええ、分かってます。確かあそこは全ての魔物が拔扈するこの世の地獄。でも公的にはゾルメディア帝国の皇領ですよね」


 更に俺の口元は歪な弧を描き、親父殿に負けず言葉に怒気を込める。


「だからこそ俺の終焉を飾る場所に相応しい」


 玉砕の決意とも取れる台詞を聞いた親父殿が眉間に皺を寄せ、暫く俺を見据える。

 多分、出来の悪い息子だったとはいえ思いも寄らない台詞を聞き、色々なものが出てきたのかも知れない。つっても、ヤッパリ見殺しにするんだろうけどな。

 じっと親父殿を睨みながら、ひたすら返答を待っていると、重かった口が漸く開いた。


「お前の覚悟がそれほどだったとはな……良いだろう。世界の中心地をお前にくれてやる」

「有難う御座います。それに伴い、もうちょと俺に付き合ってくれませんか?」


 親父殿は怪訝そうに、眉を動かした。


「付き合うだと?」

「そう、世界の中心地を俺の墓標にするんです。だったらそこを俺だけの国にしたいんですよ」

「どういう意味だ?」

「世界の中心地を帝国の属国ながらも、完全な独立国。即ち、次期ゾルメディア帝国皇帝アーサー・ゾルメディアの兄、ガイスト大公が治める公国として認めて欲しい。どうせ、独立国だ公国だって言ったって誰も来ないでしょ」

「お前は何を言ってるのだ?」


 俺は今までの挑戦的な顔から、いつもの能天気な笑顔を作る。


「俺の墓を公的な国にしたいんですよ。ちゃんと帝国との条約も締結してね。ここまで派手な墓地を持つのは俺ぐらいでしょ。最後ぐらいは面倒でも俺が納得するまで付き合ってくださいよ」


 再び親父殿の返事待ちの形となった。

 親父殿は、また能面を貼りつけ、目を細める。


「……分かった。死に行くお前と皇后の最後のお遊びに付き合ってやる」

「有り難き幸せ」


 よーし、よし。これで言質は取り付けた。


 それから俺は、既に考えてあった国名と条約を親父殿に見せる。


 国名:デンジャラス公国


 国主:ガイスト・デンジャラス大公


 ・ゾルメディア帝国は世界の中心地であるデンジャラス公国をガイスト・デンジャラス大公家とそれに連なる者達の領土、国とする事を認める。

 ・デンジャラス公国の大公はゾルメディア帝国皇室典範にある一代限りの物では無く、次代は公爵家として子々孫々継承されていくものとする。

 ・ゾルメディア帝国はガイスト・デンジャラス大公家とそれに連なる者達によるデンジャラス公国の自治を認める。

 ・デンジャラス公国をゾルメディア帝国の属国とするものの、如何なる理由があろうとも未来永劫デンジャラス公国に一切の干渉はしない。

 ・デンジャラス公国をゾルメディア帝国の属国とするものの、如何なる理由があろうとも未来永劫ゾルメディア帝国の法は一切適用されない。

 ・ゾルメディア帝国は如何なる理由があろうとも未来永劫デンジャラス公国に戦争を仕掛けない。

 ・ゾルメディア帝国はデンジャラス公国に未来永劫一切の国交を持たない。

 ・ゾルメディア帝国は如何なる理由があろうとも未来永劫デンジャラス公国に絶対の不可侵とする。

 ・これは現デンジャラス公国の国名、国主、領主、立場が変わろうとも未来永劫同様である。

 ・この条約を一つでも破った場合、ゾルメディア帝国はデンジャラス公国からの如何なる報復、要求をも慎んで受けるものとする。


 本来なら一代限りの大公家を次代から公爵家として存続させるのは皇室典範無視だけど、皇帝が了承さえすれば責任も全部皇帝が被るしね。

 けど、親父殿からすれば、俺はとっとと死ぬから次代の公爵家なんてものは無い、幾ら皇室典範を無視しようと何の問題も無いと考えるよな。

 それでも、あまりに此方側の都合が良い内容なんで、一応保険を掛けておく。


「最後まで、お山の大将でいさせて下さいよ。だって親父殿からしたら遊びなんでしょ」


 羊皮紙に書かれた子供の寝言みたいな条約を眉を潜めながらもサラッと一読みした親父殿は、従者に羽根ペンを持ってこさせ、その場で簡単にサインして俺の前に差し出す。


「これで良いか」

「はい、有難う御座います。一応、属国や次期皇帝になるアーサーにも世界中の国々にも、条約、約束事を伝えておいて下さい。俺の最後の頼みです。誰にも俺の墓を荒らされてくないんで」

「……分かった」


 これで本当に親父殿とはオサラバだ。

 最後に俺はニカッと笑う。


「お達者で~」


 次に俺は牢屋に向かった。元男爵令嬢のルンを迎えに行く為だ。

 ルンは牢屋の中でボロボロのドレス姿のまま体育座りで無表情。一点を見詰め「何で、何で、何で」と、ひたすら呟いている。いや、怖いよ。


「おーい。正気か?」


 俺がそう声を掛けると、体育座りのままゆっくりと顔だけが此方の方に向いた。

 少しして漸く俺に気付いたかと思うと、ガバッと立ち上がり、鉄格子に掴み掛かった。


「何で今頃出てくるのよ~! 何で私は敵役のアーサーと結婚しちゃったのよ~! 何で私は牢屋に入れられてるのよ~!」


 すると、ルンは俯き目からボロボロと涙を流し始めた。

 よしよし。投獄されてからもう大分経ってるんで魅了の効果は抜けてるみたいだな。

 つーか、コイツ……


「おい、もしかしてお前も転生者か?」


 尋ねたら、顔をガバッと持ち上げ涙を流しながらも目を剥いた。


「お前もって事はアンタも転生者!?」

「イエス。因みにお前をこんな目に合わせた敵役のアーサーも転生者だし、悪役令嬢役のディアナも転生者だ」

「なっ!なっ!なっ!なっ!なっ!」

「お前は転生者だけが持つ特殊魔法の魅了で、アーサーに惚れさせられていたんだ」

「なっ!なっ!なっ!なっ!なっ!」

「アーサーの目的は、世界最大の大国の皇子である自分が乙女ゲームの主人公であるお前と結婚して、聖女の力を手に入れる事だった。でもお前はその力に目覚めなかった。だからお役御免になって無理矢理退場させられたんだよ」

「なっ!なっ!なっ!なっ!なっ!」

「取り敢えず落ち着け。詳しい話はここでは不味い。けど、お前が助かる道は俺と一緒に来る他は無い。このまま此処にいれば冤罪を掛けられて下手すりゃ死刑も有り得るぞ」

「なっ!なっ!なっ!なっ!なっ!」

「だから落ち着け! そんで黙って俺に付いてこい!」


 真剣な顔で怒鳴り付けたら、漸く黙って目を丸くさせながらも、頬を紅く染めた。


 俺に惚れたな。


 何だかんだ言っても、俺はゲームのメイン攻略対象者だし、(ツラ)だけは一級品だからな。


 親父殿からの許可は貰っていると、衛兵に説明してルンを牢屋から出し、そのまま二人で後宮へと母上を迎えに行く。

 因みに、俺がヤンチャしてた頃から今迄ずっと味方の母上だけは皇城内において唯一、俺の壮大な計画を知っている。だもんで、母上とルンと信用出来る侍女達だけを連れて専用の馬車に乗り、漸く皇城を後にする。


 皇城を抜けた馬車は、俺の取り巻き連中だった下位貴族の令息達と合流する為、帝都の広場へ向かった。

 広場には令息達の他、連中のカノジョである男爵令嬢の婚約者や庶民女子の姿も見える。

 馬車からニヤケ(ズラ)で降りる俺を見て、皆は計画の成功を確信した。


 俺のヤンチャの右腕とも言えるスカー男爵家の次男坊グレンが首尾を確認する。


「ガイスト様、上手くいったんですね」

「ま~ね~。お前等全員今日からデンジャラス公国の侯爵な」

「「「「「「イ~~~っ、ヤッホーーーー!」」」」」」

「さあ、とっととチンケなゾルメディア帝国なんかとはオサラバしようぜ!」

「「「「「「ハイッ!」」」」」」


 皆は揃って返事をした後、各々が用意した専用の馬車に乗り込んだ。


 走り出した馬車の一団は、遂に帝都の大門を抜け、一路世界の中心地へとひたすら進んでいった。











 あれから五年が経った。


 風の噂ではアーサーは世界一の大国、ゾルメディア帝国の皇太子、聡明なる次期皇帝として大人気らしいじゃねぇか。

 ディアナとの間にも皇子が産まれて幸せいっぱいだな、オイ。

 でも、そんな余裕もここまでだ。此方の準備は全て整った。


 これからゾルメディア帝国どころか世界のどの国も、俺の公国とは比べ物にならないのを、たっぷりと教えてやるぜ!

因みにキャラクターネームは


ガイスト→M・D・ガイスト

デンジャラス公国→M・D・ガイスト

アーサー→燃えろ○ーサー白馬の王子

ディアナ→不思議の海のナ○ィア

ルン→花の子○ン○ン

グレン→UFOロボ・グ○ンダイザー

ルーク→言わずと知れたハリウッド発宇宙戦争

ゲイザー→ガ○ダムSEEDスターゲ○ザー

バーン→ロー○ス島戦記の○ーン

ギムレット→上に同じ

スレイン→上に同じ


ゾルメディア帝国、メルチェ家、シェラはなんとなくアニメっぽい造語です。

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