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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
魔物達の章~魔王の呼び声~
17/18

継承編

 全ては魔王の術中。そんな事など知らないシュドウは凄まじい勢いで跳んだ。けれども、二歩目が踏み出せなかった。

 何故か。シュドウの両膝から先が無くなっていたからだ。足が無ければ跳ぶ事はおろか、歩く事すら出来ない。


「ぐおおおおおお!!」


 跳ねた勢いのまま地面へと体を強く叩きつけられたシュドウは悲鳴を上げ、訳も分からず転がり続ける。それでも直ぐ様自分の身に尋常でない異変が起きていると気付く。

 転げ終えた後、下半身を確認すると、両膝から先が綺麗に()()され、断面より血飛沫が噴出しているではないか。

 切断された両脚は、勝負開始と共に踏み出した場所の直ぐ近くに転がっている。


 己の両膝から噴き出し続ける大量の血潮を眺めていても、痛みより先に疑問が沸いてくる。何時の間に攻撃を食らったのかと。

 その疑問は直ぐに解消される事となる。


「--ケッケッケッ」


 何度か耳にした不快な笑い声。しかし、その声の主はガイストではなかった。

 声はレッドカーペットから、正確にはレッドカーペットに落とされているシュドウの影から聞こえて来る。

 次に笑い声と共に人の形をした影の魔物、バギが生え現れた。但し、その両腕は蟷螂(カマキリ)のような形状と化している。


 戦いを観戦していた魔物達は一部始終を目撃していた。故に、目の前で起こっている信じられない状況を瞬時に理解する。


 バギが擬態(トランスフォーム)を用いてシュドウの両脚を切断したのだと。


「こりゃ、ぶったまげたぜ。最強のオーガの脚力は伊達じゃねえな。此方はテメーの足下で構えてただけなのに気持ち良く切れたぜ。鎌だけに」

「…………なっ、バギッ! 何の真似だ!?」


 両手で上半身を支え、脚の無い下半身が血まみれであるにも関わらず、怒りに震えるシュドウが叫んだ。


「オイオイ、何言ってんだ? 角取り勝負なんだろ? 卑怯上等なんだろ?」

「勝負に無関係なお前が何故俺に攻撃を仕掛ける!」

「イヤイヤ、俺は魔王様の相棒だからよ。当然、不意討ちだろーが何だろーが、テメーに攻撃を仕掛けるよな?」

「相棒はグレンとかいうガキじゃ!」

「はっ? 魔王様はグレンが相棒だと明言したのか?」


 バギから放たれた言葉でシュドウのみならず、全て魔物に衝撃が走った。

 確かにガイストは、魔王の力は使わない等の明言はしたが、相棒はグレンだとは呟いてもいない。

 ならば、ガイストとグレンがアイコンタクトする事によって相手が勝手にグレンを相棒だと誤解するのはガイスト側の知った事ではない。卑怯上等を詠っている限り、嵌められた方の卑怯だという理屈は通らない。

 余りにも無防備だったグレンの訳にシュドウは漸く気付く。


 グレンはバギが不意討ちを仕掛けると事前に知っていたのだ。


 あれだけバギの存在を匂わされていたにも関わらず、シュドウの行動は迂闊過ぎた。

 最初から最後までガイストの術中に嵌まっていたのだと人生最大の屈辱をもって悟ると同時に、全ての種明かしが成される。


「魔王様はな、勝負開始と同時に十中八九テメーが猛スピードで特攻を仕掛けると分かってたんだよ。なら俺は勝負開始前に罠を仕掛けて待ってれば良いだけだからな」


 本来角取りは、戦う両者で何時勝負を開始するかの日取りを事前に取り決める。その開始までの期間中であれば直接対戦者へ危害を加えない限り、事前の準備として如何なる罠を張り巡らせようと構わない。勝負中であっても構わないのだが。


「でも俺は、罠を仕掛けただけで勝負開始前にゃあテメーには指一本触れてねぇだろ?」

「……ば」


 馬鹿なと言い終わらせず、食い気味に説明を被せる。


最初(ハナ)から殺気だだ漏れのテメーを前にしても魔王様が平然としていられたのは、俺がずっとテメーの影に潜んでたからだよ」


 だからこそ、シュドウは簡単にガイストの(ふところ)へと入れたのだ。


「もし、テメーが魔王様を本当にぶん殴ろうとしたら、拳が当たる前に肘と肩をブッた切ってやったし、その首も容赦無く切断してやったのによ。ケッケッケッ」


 ガイストは二重三重の罠を事前に張り巡らせていた。もし、角取り勝負へと至る前、勇み足のシュドウやミジィ、又は反ガイスト派の魔物達が自分に危害を加えようとしたら容赦無く殺せとバギに指示を出していたのだ。


「そんな…………切断など有り得ない…………オーガの……鉄の筋肉が!」


 特攻に必要な脚を持たないシュドウは声を張り上げる。

 オーガの皮膚は角と同じ成分で出来ているので、やはり火には弱いが、皮膚としての柔軟性を持ちながらもかなりの硬度を誇る。同時に繊維の集合体である筋肉も皮膚以上の硬度を持ち、下手な弓矢やナイフではオーガの体には傷一つ付けられない。それは鎌程度でも同様。

 にも関わらず、バギの変化した凶器の腕はアッサリとシュドウの両脚を切断してしまった。

 ワナワナと唇を震わすシュドウに向けて、バギが鎌の側面を見せ付ける。


「オウオウ、シュドウよ。一つ教えてやるぜ。例えアダマンタイトだろうがミスリルだろうが、この世で俺に切れねぇ物は無ぇぜ」


 側面を向いていた鎌の腕を縦方向へと捻る。


「影より薄い物はこの世に無ぇからな」


 薄いと表現するよりも尚薄い影の腕は、誰の目にも消えたように写った。いや、写らないし見えなかった。


「薄いって事は、それだけ鋭利だって事だぜ」


 人間並みの力しか持たないバギが、凶悪な魔物を甚振(いたぶ)り殺せた理由がそこには有った。

 鎌だけでなく、その気になれば体を針ネズミのように変化させる事も出来るのだ。

 しかも、全身から飛び出ている無数の(トゲ)は、全て影の鋭さを持つ。

 影の魔物の恐ろしさを初めて体感し、様々な感情がごちゃ混ぜとなるシュドウへ、更なる追い討ちが掛かる。


「さってと。テメーの足ももういらねぇよな?」


 返事を待たずに、バギが片方の鎌をある方向へと向ける。

 其処には切断されたままのシュドウの両脚が転がっていた。


「これがもう一つの影隠密(シャドーシーク)だ」


 すると、切断されたシュドウの脚が、自らの影の中へズブズブと沈んでいくではないか。そのまま沈みきった脚は、影も残さず無くなってしまった。

 これこそ、バギに始末された魔物の死体が跡形も無く消滅してしまう答である。


 全てを切断、貫く鋭利な体を持ち、殺した相手の痕跡すらもこの世から葬ってしまう。

 正しく、ドッペルゲンガーこそが最高の間者(スパイ)であり、最強の暗殺者(アサシン)なのだ。


 因みに、死体や無機物なら影の中へ幾らでも入れられ取り出す事も出来るが、生きている生物や有機物は入れられない。また、影さえあれば一瞬にして何処へでも移動出来るので、宅配便として利用すると便利である。


「……お……俺の…………脚が……」


 呆然と呟いたシュドウだが、直ぐ様敵意を込めた瞳をバギへと向ける。


「お前が参戦するというのはルール違反ではないのか!」

「はっ、何でだよ? さっきも言ったけど俺は魔王様の相棒だぜ。二対一で戦うってのはテメーも納得したよな?」

「貴様は魔王の力で操られているのだろう! なら、魔王の力を使わないというルールに抵触している!」


 苦し紛れの主張だが、確かにシュドウの言にも一理有る。だが、返答の代わりにバギの両腕がまた違う形へと変化した。

 ガイストが持つバイオレンス、日本刀の形へと。


 瞬間、振り抜く。


「ぐわあああああああああああ----」


 音も無く二刀流で一閃された刀は、シュドウの両肩を切断した。

 今度は両腕を失い、上半身の支えを無くした体は完全に仰向けとなり、背中をレッドカーペットへ打ち付ける。肩からはまた血飛沫が勢い良く噴き出し絶叫するシュドウ。


(やかま)しい、(わめ)くなよ。オイ、シュドウ、俺は魔王様の影だぜ。魔王様の言は俺にとっては絶対だ。魔王の力で従わせるまでも無い。それに--」


 またズブズブと影の中へと沈んでいく切断された両腕を無視したまま、バギが続ける。


「魔王様が死ねば俺も消滅する。即ち--魔王様の敵は俺の敵だ」


 そう、魔王の死はドッペルゲンガーの消滅を意味する。だからこそドッペルゲンガーは魔王に絶対服従する。

 ならば、魔王であるガイストを守る行為に魔王の力など不要。


「俺はまだ世界の中心地しか楽しめてねぇんだ。でも世界は広いだろ? だから、まだ魔王様に死なれると困るんだよ。俺の道楽の為にな」


 苦しむ相手を前にするバギは、凄惨な場に似合わない台詞を平然と吐く。

 直ぐに叫ぶ力を失い、ハァハァと息を切らすシュドウの顔色は悪い。両脚両腕を切断され大量の血を失っているので致し方無いが。

 それでも、眼は自分を見下すドッペルゲンガーを捉えている。


「流石は剛力種族のリーダー様だな。まだ俺を睨めるなんてよ。でもこの状況、似てると思わねぇか?」

「……ハァ…………何がだ?」

「ああん? 魔王ゲイザーが殺された時と似てねぇかっての」


 場に集う全ての魔物のボルテージが一気に上がった。自分達が先祖代々慕う絶対的君主を貶められたからに他ならない。

 魔王ゲイザーは地中に潜む暗殺者(アサシン)に殺された。シュドウは影に潜む暗殺者(アサシン)に再起不能にされた。

 二つの状況が魔物達の中で重なり合い、魔王ゲイザー最後の命令に似た感情を呼び起こす。


「ただ、この勝負は騙し討ち大歓迎だし、俺の行動はルール上何の問題も無い。そうだ、似てるのは状況だけだけで条件は全く別物だけどな」

「…………バギィ……!」

「シュドウ、ゲイザー様ゲイザー様とガキみてぇに詠っておきながら、一番忘れちゃならねぇ教訓を全く生かせてねぇ自分の馬鹿さ加減を痛感しやがれ。ケッケッケッ」


 バギの痛烈な物言いは全ての魔物の殺気と狂気を(いや)(おう)にも誘った。だが、それでも勝負に介入する事は出来ない。いや、出来なかった。

 不意討ちだったとはいえ、あのシュドウを死の一歩手前にまで追い込み余裕で笑っている化け物が相手だ。

 魔物達の中には、犯罪組織を壊滅させたバギの戦いを実際に目撃した者も居る。不意討ちの件を差し引いたとしてもバギの強さ、非情さ、そして不死身の体は伊達では無い。感情を優先させて襲い掛かったとしても、結局はシュドウの負けが確定すると共に、勝負に介入したとして間違いなく殺されるだろう。

 殺意を噴出する場を持たない魔物達を無視して、再度バギが狂喜に笑う。


「ケッケッケッ、シュドウよ、余計な話はここまでにして、そろそろフィナーレと行こうか」

「…………角を……取るのか……」

「その通りだ。けど、それは俺の役目じゃねえ」


 血に濡れた刀の腕を上げ、バギは斜め後方を指す。そこには、愛刀バイオレンスをダラリと下げ、此方へと歩いて来る魔王ガイストの姿が有った。

 すでに大量出血の為、意識が朦朧としているシュドウへ無慈悲な言葉が投げ掛けられる。


「この勝負は角取りなんだろ? ならテメーの角を取るまで決着は付かねぇよな?」

「…………まさか……」

「そうだよ。魔王様自らがテメーの角をブッた斬るってよ」


 予想通りだったとはいえ、シュドウの腹の内は無念の一言で一杯だった。もう、自身の敗北は確定したと言っても過言では無い。

 それでも、まだ、瞳の奥には燻った炎が小さく弱く揺らめいでいた。


 遂に四肢を切断されたシュドウを眼下に捉え、バギの隣へと到着するガイスト。すると、何を思ったのか、ガイストとバギは緊迫した現状と関係無い会話を始めた。


「ねえねえ、俺ちゃんと仕事したでしょ。魔王(おと)たま~、約束は守って下さいね~」

「あ~、分かってるって。お前だけ先に世界の中心地から出て構わないってのだろ」

「そうそう。これで一足先に世界旅行し放題だし」

「チッ……羨ましい……でも間者(スパイ)の仕事も忘れんなよ」

「分かってますって~。ケッケッケッ」

「お前良い加減、魔王様じゃなく大公様って呼べよ。何度も言ってんだろ」

「ハイハイ、それも分かってますよ、魔王様」

「つーか、俺が好きな爵位くれてやるっつってんだからお前も貴族になれよ」

「いやー、俺は自由気儘な影なんで、影の仕事をする庶民のままで良いですわ」

「てかお前、魔王の影のくせに何でそんな馴れ馴れしいんだ?」

「だから説明したでしょ。俺は魔王様の完コピだからだって」

「納得いかねぇ。俺は誰がどう見ても紳士(ジェントルメン)だ。お前みたいなチンピラと一緒にすんな。ホント、失礼しちゃうわ」


 血塗れのオーガを前にして、二人は一般ピーポーの先輩後輩みたいな会話に花を咲かす。しかも、魔王の言は絶対だと言っておきながら舌の根も乾かぬ内にバギは平気で叙爵を断っている。

 だが、その状況は、今のシュドウにとっては逆に好機だった。一縷の望みを掛けたオーガの技を静かに繰り出す為に。

 満身創痍ながらも己に残された力を頭部へと集結する。力の副作用によりシュドウの首から上がみるみると黒く染まっていく。

 準備が完了したと同時に、大きく口を開いた。


 --けれども。


「ハイ、ザンネーン」


 何時の間にかバギの腕が丸い固まりへと変化しており、シュドウの口の中へと突っ込まれた。丸い固まりは口内一杯に膨らみ、膨張は喉元にまで達する。

 こうなってしまっては、声を出す事はおろか息も出来ない。


「確か“咆哮”だったっけか? オーガの力を声に乗せて叫び、視認出来る範囲全ての敵に強烈なダメージを与える。但し、咆哮発動までには一定の場所に留まった上で幾らかの溜めの時間を要するので、そのスキに死角へと逃げなければならない」


 顎が外れる程の異物を混入されながらも、ガイストの解説に目を剥くシュドウ。全くもって正解だったからだ。

 バギより教わったのかと考えたが、それは違う。


「いや~、ホント厄介な技だったぜ。他のオーガならいざ知らず、ラスボスシュドウの咆哮は桁が違ってたからな。“沈黙の宝石”や“無音(サイレント)”の魔法を使っても直ぐ様物理攻撃に切り替えやがるし、効力が切れたら切れたでまた咆哮を使おうとするしよ。何度GAME OVER(ガメオベラ)になってやり直しさせられた事か」


 沈黙の宝石とは乙女ゲーム内でのアイテムであり、無音(サイレント)の魔法とは世界大戦の時にも使われた防御魔法である。主に、魔物に魔法を詠唱出来なくするよう用いられる。

 乙女ゲームの知識を持っているガイストにしてみれば、シュドウが咆哮を使うなど目に見えていた。だからこそ、勝負開始と同時に脚を狙ったのだ。

 例え後から咆哮を使おうとも動けないシュドウに対し幾らでも対処が出来るからだ。


「ほら、咆哮をブッかまして良いぜ。でも俺は、不死身のバギが威力を全て受け止めてくれるから無傷だ。反対にテメーは、この状況で使えば咆哮の威力で頭がフッ飛ぶぜ。完全な自殺行為だな。確か勝負中の自殺はドローだったかな?」


 ガイストの言う通りだった。相手を殺してはいけないというルールであっても自殺までは止められない。けれども、敵を甚振る行為も認められているので、自殺者が出ないとも限らない。その場合は状況を考慮してドローとなる。

 だが、例え甚振られ拷問に掛けられようとも、剛力を司るオーガにとって勝負中の自殺は民族の面汚し以外の何者でも無い。

 その結果、勝負はドローであっても、自殺したオーガの親族全員が村八分にされてしまう。

 しかし、この時は幸か不幸かバギの変形した手が喉元にまで達していたので声の武器を放てずにいた。


 そうこうしている間にシュドウの顔色は徐々に黒から元の血の気を失った青白へと変化していく。結局は技を出せぬままに力尽きてしまったのだ。

 最後の咆哮すら封じられたシュドウには、もうどうする事も出来ない。あれだけ敵意に満ち溢れていた瞳には、生気すらも感じられなくなっていた。

 シュドウが完全に沈黙したのを見届け、バギが漸く口から手を抜く。


「うえ~、気持ち悪。野郎の口の中に手なんかブッ込むもんじゃねえな」


 内心で『それって本当に手なのか?』と突っ込みを入れたガイストは、ピクリとも動かないシュドウへと魔法刀を向け、最後を締め括る。


「んじゃあ、遠慮無くテメーの角を頂くぜ」


 そのままバイオレンスを左の角へと突き立てる。熱を帯びた刀はアッサリと角を切断した。

 転がる角を拾い上げるガイスト。だが、ここで半死状態のシュドウが弱く微笑んだ。


「……馬鹿め…………この状態では…………俺は……助からん………………もうすぐ…………出血……多量で……死ぬ」

「だろうな」

「ならば…………ルールでは…………ドロー………………貴様は…………対戦者を殺したとして…………皆から……リンチを受けて……もらう」


 元々のルールでは、勝負終了時点から一週間は対戦者を生かしておかないと勝利したとは言えない。また、対戦者を殺した者はオーガ達から死ぬまでリンチを受ける事となっている。

 素直にガイストがリンチに応じるとは思えなかったが、これは死に行くシュドウの最後のイヤミだった。

 対するガイストは。


「俺がそこまで考えて無いとでも思ったか?」


 また不敵な笑みを見せバギへと顔を向けた。


「バギ、例のあれだ」

「ホイホイ~」


 指示されたバギは、人間の形へと戻っていた手を自分の胸へと突っ込んだ。

 突っ込んだ後、影の胸から引き抜いた手には、真っ赤な液体が収めらた小瓶が握られている。

 レッドカーペットに方膝を付き、小瓶のコルクを抜き取って中の液体をシュドウの口へと流し込む。

 数秒後には、魔物達から勝負了承の時以上の大歓声が湧き起こった。

 死を待つばかりだったシュドウの両腕両脚が光と共に現れたのだ。ただ現れただけではない、シュドウの姿そのものが角取り前と寸分違わぬ状態で戻ったのだ。しかも、先程ガイストに切られたばかりの左の角さえ元に戻っている。

 シュドウ自信も、己の体に以前と同じ力、寧ろ絶好調の時の体力気力が(みなぎ)ってくるのが分かる。それは、失った大量の血液すらも元に戻り、自身の全てが完全に癒された事の証明。

 新たに現れた自分の腕を顔の前へと持ち上げ、仰向けのまま呆然と眺める。


「……これは……奇蹟か……」

「奇蹟じゃねぇよ」


 シュドウは直ぐ様上半身を起こし、驚愕の表情を隠せないま応えたガイストを見上げる。


「テメーがさっき飲んだのは超回復薬(ハイポーション)だ」

「ハイ……ポーション……?」

「ああ、テメーも回復薬(ポーション)ぐらいは知ってんだろ。要はそれの強力版だ」

「……何故そんな物を持ってる?…………人間が新たに作り出したのか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるな」

「……いや、意味が分からない」


 思考が混乱から抜け出せないでいるシュドウへ新アイテム誕生の経緯が明かされる。


「これは、俺がバギに頼んで無限の資源から取り出して来て貰った物だ」

「無限の資源から?」

「おうよ、もしかしたらこの世界の何処かで回復薬(ポーション)を上回る超回復薬(ハイポーション)を作り出した未開の少数民族がいるかもしれない。そう考えた俺は、バギにこの事を伝えて一か八か取り出せるか試したんだ。結果は見事ビンゴだったぜ」


 本当は、転生前のゲーム知識から思い付いたのだが、そこは秘密。しかもガイストは、死人すら生き返らせるエリクサーの取り出しも試したのだが、流石にそれは無理だった。


 九死に一生を得た現状がまだ飲み込めずにいるシュドウは、ひたすらガイストを見詰めるだけしか出来ずにいる。


「本当だったら角取り前にテメーをブッ殺しても良かったんだけどな」

「……なら何故」

「テメー、俺に虚仮にされてる時「殺るんなら俺一人を殺れ」つっただろ。それでテメーを生かす事に決めた。俺は仲間思いな野郎が嫌いじゃねぇからな」


 たったその一言がシュドウの明暗を分けたのだった。


「最後の最後まで足掻いてたのも中々俺好みだしよ」

「っ……」

「フフフ、これでテメーは一週間どころか当分は死なねえ。さあ、どうするよ? 斬られた角が元に戻ったから勝負はノーカンとでものたまうか? ああ、剛力種族のリーダーさんよ」


 シュドウ救済として投げ掛けられた理屈は誰がどう考えても有り得ない。


「それとも、ルール通り一週間待ってから俺に忠誠を誓うか? まぁその間、俺の方が死ねば、後に残された俺の仲間を裏切る事も出来るけどよ」


 角取り本来のルールでは、勝者が勝負終了後の一週間を待たずして死亡したとしても、敗者は後に残された近親者に対して絶対服従となる。

 勝者死亡後のルールを破ったり、勝負終了後に敗者が勝者を殺害すれば、敗者の民族は全オーガ民族を敵に回して駆逐されるのだ。

 暗にガイストは、ルールを無視するならやってみろと逆に脅していたのだ。


 もうシュドウには、そこまでしてまでガイストを殺害する気持ちが微塵も起こらなかった。

 最初から掌で転がされ、次には全てルールに則った上で徹底的に叩きのめされ、最後は命まで助けられたのだ。もし、もう一度同じルールで戦ったとしても勝てる気がしない。自分を完膚無きまでに敗北へと追い込んだ人間の男に逆らう理由がもう見付からない。加えて、超回復薬(ハイポーション)という未知なるアイテムをアッサリと実現させた手腕。


 今、自分を見下している魔王は、伝え聞いた伝説の魔王ゲイザーとは何もかもが掛け離れ過ぎている。それでも、いや、寧ろ、この残酷且つ魔物達の考えの及ばない魔王が目指す先を見てみたいとさえ思い始めた。


 手足が再生した後もずっと座った姿勢だったシュドウは、漸く立ち上がった。

 そのままリットやズールの時と同様、腰を折り(こうべ)を軽く下げる。


「一週間も待つ必要は御座いません。儀式も不要です。私は角取りの敗者。敗者はルールに従い勝者に絶対服従。故に、改めて名乗らせて下さい」

「フッ、構わねえぜ」

「我が名はシュドウ。剛力種族を束ねるテンロウ族の頭目、オーガのシュドウです」


 名乗った後、方膝を付く。剛力種族に属する魔物達からざわめきが起こった。


「我等剛力種族はデンジャラス公国並びに大公家へ永遠の忠誠をここに誓います」


 力の象徴であるシュドウが新たな魔王へ忠誠を誓った。自分の眼で見ていても魔物達にとって(にわか)には信じられない光景だった。

 周囲のざわめきは次第に大きなブーイングへと変わっていく。バギにゲイザーを辱しめられた上、ガイストに敗北したシュドウを認められない連中の不満が爆発したのだ。

 そんな中、怒り狂った巨大なトロルの集団が警備している魔物の騎士達を数の暴力で突き飛ばし、叫びながらシュドウとガイストの方へと突進して来る。


「シュドー! 人間如きに服従するとは恥を知れー!」

「全員纏めて殺してくれるわー!」

「四十八の殺人技をくらえー!」

「ヒャッハー! 汚物は消毒だー!」

「俺、シュドウを倒したらあの娘にプロポーズするんだ」


 数は多いが完全に雑魚丸出し。中には死亡フラグを詠唱している者まで居る。加えて、ブヨブヨな巨体故にその動きは(のろ)い。


「お~い、バギよ~。お前が余計な事を言ったから騒動になっちまったじゃねぇか」

「イヤイヤイヤ、魔王様が終始シュドウを虚仮にしてたからでしょ」


 ガイストとバギが不毛な会話を続けていると、シュドウがトロルの集団へと対峙する。


「魔王様、御安心を。私が片付けます」


 見る見る内にシュドウの頭部が黒く染まっていく。

 トロルがノロノロしてる間に準備が完了。シュドウは大きく口を開く。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!」


 最強オーガの咆哮が発射され、襲い来る集団へと直撃する。

 大地さえも震わす衝撃波は、トロルの巨体さえ軽く浮き上がらせる程だ。

 そして、全員仲良く白目を剥き地響きを立てながら昏倒する。倒れた後も、やはり全員仲良く痙攣している。

 どうやら、手加減されたらしく気絶程度で済んだようだ。


 先程までトロルの巨体で遮られていた周辺がまた見回せるようになると、睨みを効かせたシュドウが高らかに宣言する。


「魔王様に牙を向ける愚か者は、このシュドウが相手になる! 地獄を見たい奴は何時でも掛かって来い!」


 続けて剛力種族へと命じる。


「俺の(あるじ)である魔王はガイスト様だ! なら、俺の傘下の魔物達は今直ぐガイスト様に平伏せ!」


 辺りは静まり返る。反ガイスト派だったシュドウのあまりの変わり様に面くらってしまったのだ。それは、戦いの一部始終を眺めていたリット、ズール、ミジィも同様。

 シュドウの覇気は何時もと何ら変わりない。トロルの集団を一撃で倒した猛々しさは、剛力種族のリーダーと呼ぶに相応しい。

 そこには、魔王の力で洗脳されているような気配は見えない。


 シュドウを見詰める魔物達がどうするか迷っていると、一人の魔物の騎士が方膝を付いた。彼は、ガイストを罠に嵌める際、シュドウが確認をしたテンロウ族のオーガ。

 オーガの騎士が膝を付き始めてから徐々に同じ真似をする魔物が増えていく。彼等は皆、剛力種族の魔物。

 平伏の連鎖はどんどんと広がっていき、遂には旧王城周辺に集う剛力種族全員が(こうべ)を垂れた。


 ここに、ガイストはシュドウ以下、剛力種族全ての魔物を屈伏させたのだった。


 周辺を一通り眺めたシュドウは、再度ガイストへと向き直る。


「魔王様、御覧の通りです」

「すげえな~、流石は武闘派の(かしら)だぜ。どうやら雑魚だってのは俺の勘違いだったみたいだな」

「いえ、魔王様と比べると私は雑魚に違いありません。現に魔王様相手に戦いを挑み完全なる敗北を喫っしましたから」

「そんなに謙遜するな。オメーの実力は本物だよ。所詮俺は多少人より狡賢(ずるがしこ)いってだけだ。だからオメーも魔王様じゃなく大公って呼んでくれや」

「畏まりました。大公様」

「つーか、もう十分だ。皆立って良いぜ」


 平伏を解除された魔物達が一斉に立ち上がる。この辺りが力の所帯である剛力種族ならでわだ。

 けれども、シュドウは元々反ガイスト派。この後、どの様な罰を下されても文句は言えない。そう、皆が思っていたのだが。


「よし。改めてシュドウ、テメーにもディード様やズール様同様、好きな爵位と好きなだけ領地をくれてやる」


 思わずポカンと口を開け目を丸くして馬鹿(ヅラ)をさらしてしまうシュドウ。

 さっきまで自分を殺そうとした相手に対し、好きな爵位でもって貴族として取り立ててやろうと言っているからだ。普通に考えたら一生奴隷だと命じられても良いのに。


「えっ?いや?はっ? 私に対する罰か何かは……」

「はぁ? んなもん無ぇよ。使える者を捨てる程の余裕、此方には無ぇしな。まぁ、それにあれだ。昨日の敵は今日の友ってな。あれ? 今日の敵は昨日の友だったっけ? あーもう何でも良いから好きな爵位と領地を言えよ」


 ここに至り、シュドウは漸くガイストの本質が理解出来たかのように思えた。表現の形は違えど、魔王ガイストは魔王ゲイザーと同じく人間であろうが魔物であろうが、味方なら一切の区別も差別もしないのだと。

 ガイストを知り、表情を元のイケメンへと戻したシュドウの答えは。


「爵位は何でも構いません。領地に関しましては、東の大陸に最も近い不毛地帯を頂ければ」

「はぁ、何だそりゃ!? そんなの自地が手に入るのが五年先になっちまうぞ!? 漸く手に入ったとしても不毛地帯だ。荒れ地をまた一から作り直さなきゃならねぇんだぞ!?」

「ええ、その通りです。ですが、大公様がデンジャラス公国を世に広める為の足掛かりとなる重要な拠点でもあります」

「そりゃそうだけどさ~。本当に良いのか?」

「はい。私は誇り高きオーガ。何も無い土地を一から開拓してこそ己の領地と胸を張って叫べます。それに剛力種族が辺境に屯する方が何かと安心ではありませんか?」


 初めてシュドウはニヤリと笑って応えた。

 確かに、人間の国と隣接する辺境の地は、強大な武力を持つ魔物が治めた方が色々と都合が良い。


「う~ん、まあ、そうだな。それに五年経ったらルンもとっくに聖女の力に目覚めてるから、不毛地帯も簡単に緑の楽園へ戻せるもんな。なぁ、ルン」


 ガイストが振り向くと、目を回し気を失ったルンがエメルダに膝枕で介抱されていた。ルンだけではない。エメルダの侍女達もルンと同じく気を失い、ガイストの仲間達に介抱されている。

 彼女達は、間近で繰り広げられるバギとシュドウの血塗れショウに卒倒したのだ。


「あー、シュドウ、スマン。ルンには後で事情を説明しとくからよ」

「いいえ、構いません。聖女様の力を借りずとも、我等は領地の開拓を成功させてみせましょう」

「それはそれで有り難いけど、何かやっぱ悪い気がするから一応は伝えとくわ」

「大公様の御随意に」


 ガイストとシュドウが話し合っている間に、グレンがバイオレンスの鞘を持って現れた。

 ニヤニヤしていたグレンは、シュドウを見るなりニカッと笑う。


「だから言っただろ。()()()()余計な恥を掻かなくて済んだのにってよ」

「フフ、そうだな」

「でも、大したもんだ。ガイスト様の命を狙ってまだ笑えてるのはお前だけだぜ。まぁ--」


 続く言葉で、何故グレンがガイストの右腕、腹心等と呼ばれているかを知る。


「見た感じ、本当に狙ってたのは、俺とガイスト様()()だったんだろうけど」


 軽く驚きの表情をしたシュドウに尚も続ける。


「そんなにビックリする程のもんじゃねぇぜ。多分、ガイスト様も気付いたんじゃねぇの?」

「ああ、その変も考慮に入れてたから最初に脚を狙ったんだ」

「なんだ、とっくに分かってたのか」

「フンッ、テメーとは頭の出来が違うからな」

「何言ってんスか。万年落ちこぼれだったくせに。もし、フレンドプル学園に謀略学ってのがあったら優等生だったでしょうけど」

「でっけぇお世話だ」


 会話しながらガイストはバイオレンスとシュドウの角をグレンへと渡す。渡された魔法刀を鞘にしまい角をポケットへ入れると、またグレンが尋ねてくる。


「それはそうとガイスト様。シュドウの爵位と領地は決まったの?」

「爵位はまだだけど、領地は東の大陸に隣接している不毛地帯で良いんだって」

「ええ!不毛地帯! そんなんで良いの!? 何も無い荒れ地だぜ!?」


 コクリと頷くシュドウに思ってもなかった展開が訪れる。


「だったら爵位は間違いなく侯爵ってか辺境()でしょ!」


 グレンから高過ぎる爵位が飛び出した事で、再び驚きの馬鹿(ヅラ)を晒してしまう。しかも、グレンの発言はそれだけに止まらなかった。


「それに、コイツの戦いっぷりや統率力、カリスマ性を見る限りだと、絶対に魔王軍陸軍大将を任せるに(あたい)しますよ。俺は龍騎隊(ドラゴンライダーズ)を作って空軍大将になるんで丁度良いじゃないですか」

「まぁ、グレンがそう言うならそれで良いか」


 アッサリとシュドウの爵位並びに役職が決まってしまった。

 話の展開に追い付けないシュドウの前にグレンが立ち、手を差し出す。


「おう、宜しく頼むぜ。陸軍大将のテンロウ辺境侯様」

「えっ…………どういう……事だ?」

「聞いた通りだよ」

「……………………本当に…………私で良いのか?」

「当たり前だろ。それと、()なんて言い馴れない言葉を使うなよ」


 シュドウの瞳はグレンの向こうに佇むガイストを捉える。瞳に写る不敵な笑みが全てだった。

 差し出された手を握る以外に答は無い。


()の方こそ宜しく頼む」


 ここに、龍騎隊(ドラゴンライダーズ)率いる魔王軍空軍大将となる後のグレン・スカー侯爵と双璧を成す魔王軍陸軍大将となる後のシュドウ・テンロウ辺境侯が誕生した。






 ~~~~~~~~~~






 半年後、魔王と聖女の婚姻式並びに建国式の際、ガイストは叙爵したシュドウに、奪った角を差し出してこう言った。


「テンロウよ、自分を誇り高いオーガと詠うんなら、もう角取りは止めろ。既に世界の中心地に住む魔物には種族民族は関係無い。剛力も妖精も妖魔もアンデット…………は別だが、もう垣根なんて無いに等しいほど皆がごちゃ混ぜになってるし、力での蛮行を許さない法制化も進んでる。これからはお前の剛力を国の為、後の領地領民の為、仲間や家族の為、そして弱者達の為に使え。それでこそ誇り高きオーガじゃねぇのか? 憎い相手にはタイマン程度で十分だろ?」


 ガイスト大公より賜れた言葉と自身の角を受け取ったテンロウ辺境侯は、デンジャラス公国建国の日をもって角取りを永久凍結、絶対禁止とした。


 ----その代わり、闘技場内、生死も何も掛けないリング上でのタイマン勝負。


 通称“プロレス”(命名ガイスト)は、脳筋達のお祭りとして大いに奨励した。






 ~~~~~~~~~~






 グレンと握手を交わしたシュドウは、リットやズール達の列へと戻る。グレンも元居た場所である自分の馬車へと戻り腰掛けて、何時もと同じくニヤニヤする。バギも再びガイストの影の中へと消えていった。

 因みに、気絶しているトロル達は、ヘカトンケイル等が撤去した。


 後に残るは妖魔種族を束ねる女ダークエルフのミジィただ一人。

 何故か辺りは変に厳かな雰囲気に包まれる。妖精、妖魔、剛力問わず、全ての魔物達が祈るような、それでいてミジィに全てを託しているかのようにも感じられる。


 華麗に歩を進ませガイストの前で立ち止まったミジィは、全く敵意を見せずに胸に拳を当て一礼する


「我が名はミジィ。妖魔種族を束ねるラース族の長、ミジィです」


 改めて彼女を観察してみると、線の細いエルフとは違い肉付きが良いダークエルフが故に、見事な我が儘バディである。白くて長い髪が褐色の肌に映えて、更なる美しさを醸し出している。

 だが、この美女だけは、ガイストもルンも知らなかった。乙女ゲームにミジィというキャラはモブや背景ですら出て来なかったからだ。

 舐め回すようにミジィを観察したガイストが、(おもむろ)に告げる。


「言っとくけど、射手(アーチャー)なら全員寝てるぜ」

「……そうですか……」


 ミジィは無表情のまま返事をした。実は彼女も旧王城や各所にガイストや聖女を仕留める為の刺客を配置していたのだ。

 しかし、シュドウとの勝負の最中に何度も仕留められるチャンスが有ったにも関わらず一本の矢さえ飛んで来ない。全員が事前にバギによって眠らされていたからだ。

 シュドウが完全にガイストの軍門に下った時、自身の策が脆くも崩れ去ったと確信していたミジィには、今更眉一つ動く程の驚きも無かった。


「新たな魔王様、私にはもう打つ手が御座いません。煮るなり焼くなり好きにして下さい。何でしたら性奴隷として使って頂いても構いませんよ」

「そうか。じゃあ遠慮無く」


 殺されようがオモチャにされようが覚悟は出来ていると薄く笑う。自分がどうなろうとも()が不遜な魔王を殺してくれると信じて。

 断腸なるミジィの思いとは裏腹に、ガイストから発っせられたのは誰もが夢にも思わなかった内容だった。


「お前にはデンジャラス公国の大公家に次ぐ次席公爵、並びにデンジャラス公国初代宰相を担って貰う。当然、領地は旧王都の真隣だ」

「!?」

「何だ、不服か?」


 口角を三日月形したガイストに、ミジィや周りの魔物達も戸惑ってしまう。また、ガイストの仲間達すらも怪訝な表情を醸している。

 公爵とは国主の身内にしか賜れない爵位。にも関わらず、ミジィへと提示されたのは大公家に次ぐ次席公爵。国主すらも出し得る程の高位。グレン等が徐爵予定の侯爵とは別格と言っても良い。

 それだけではない。宰相という最高の官職にまで抜擢しようとしている。

 皆が信じられなく思っている中、ミジィが訳を尋ねる。


「……何のつもりですか? 私は貴方を好ましく思ってません。寝首を掻く可能性だって有りますよ」

「かもな」

「なら何故?」

「当たり前だろ。お前を無下に扱ったら、殆んどの魔物から()()()()からだよ」


 息を飲むミジィ。()()()()()と感じ取った。

 ガイストが、魔物達が、七年もの間隠し続けていた爆弾が遂に投下される。


「お前、魔王ゲイザーの子孫だろ」


 炸裂した爆音を耳にしたガイストの仲間達は、全員が怪訝を通り越しこれでもかという程に仰天した。爆弾の中身はエメルダやグレンですら知らなかったからだ。

 人間達だけではない。リット、ズール、シュドウは元より、場に集う全ての魔物も惜し気も無く最大級の驚愕を露にした。


 この事実こそが、馬鹿の集まりである妖魔種族、更には、リットやシュドウですらミジィには素直に従っていた理由。


 ミジィの持つ全ての肩書は、ラース族族長及び妖魔種族リーダー、並びに“魔王代理”。


 美貌のダークエルフ、ミジィこそが、魔物達の本当のリーダー、全魔物の頂点に君臨する至高の存在。


 もし、ガイストがミジィに何か仕掛けていたら今まで忠誠を誓った全ての魔物、それこそ親ガイスト派の魔物達ですら敵へとひっくり返っていたのだ。


 伝説に吟われる魔王の子孫が目の前に居る。まったくもって予想の斜め上を越えた現実が其所にはあった。

 誰もが想像すらしえない存在。その存在の可能性をガイストだけは予想していた。ルーク国王の子孫であるゾルメディア皇家が今も存在しているなら人間と魔物のハーフ、魔王ゲイザーの子孫が存在していても何も不思議では無いと。


 そして、これはガイストから世界の中心地まで共に旅をして来た仲間達への最後の踏み絵でもあった。


 ガイストの隠された最後の思惑など誰も知らず、流石のミジィも驚愕を顔一杯に表現する。


「そんな…………誰が…………私の正体は口止めしていたからバギも知らない筈…………嘘を隠すのが下手なリットですらそんな素振りは全く無かったのに……」

「フッフッフ、全部無駄な抵抗だったな、()()()()()。つっても、直接()で聞いたわけじゃねぇしよ」

「……声で聞いてない?……………………まさか!!」

「漸く気付いたか。そうだ、念話(テレパシー)だよ」


 本来、魔王の力を使っての魔物達との会話は、喋って声に出さなくとも伝えたい内容を念じれば相手に届く。また、魔王の力は魔物達の感情や身体の情況すらも読み取る。

 先ずガイストは、窓口役となったリットが自分を好意的に受け止めているとを読み取った。次に実際に念話(テレパシー)による会話を行い、念話(テレパシー)での会話の内容は全て忘れろと魔物使いを用いて命じた。

 こうする事で、リットの口からは絶対にガイストの持つ情報や秘密は漏れなくなる。言わば、リットは自分でも知らない間にガイストの間者(スパイ)になっていたのだ。

 後は簡単、例え口止めされていようとも魔物使いで無理矢理喋らせば良いだけ。しかも、会話の内容は全て忘れろと命じているので、仲間を裏切ったという罪悪感も残らない。

 実際に、ガイストがミジィの正体を明かした時、自分がバラしたと覚えていないリットは、他の魔物達と同じく素で驚きのリアクションを取った。


 しかし、ガイストはリット以外の魔物との通信には絶対に念話(テレパシー)を使わなかった。魔物達が口を動かして喋らない限り、絶対にガイストは応えなかった。

 魔物使いはガイストと魔物、双方が見ている物がお互いに見える。だとするなら、鏡に相手の姿を写らないと実際に相手が口を動かして喋っているのか分からない。だが、魔物の身体情況が読める、つまり、魔物の姿が見えなくとも実際に口を動かして喋っているかが読めるガイストには関係無い。

 更には、ガイストの方も自身の姿が魔物達に見えずとも徹底的に口を動かし普通の会話を行った。


 その時の姿は、魔王の力を持っていると知らない人間にしてみればかなり不気味で滑稽に写っただろう。なにせ、相手も居ないのに一人でペチャクチャ喋っているのだから。

 そのせいでよく周りの者達から長い独り言を喋ってると突っ込みを入れられたが、それが逆にガイストが実際に声を出していると魔物達へ認識させる事が出来た。

 まぁ、通信の時の姿が、無能や馬鹿皇子と呼ばれる事に拍車を掛けてしまったが。


 そうこうしてたら、ガイストと会話するにお互いが口を動かして普通に喋らないといけないと魔物達は完全に認識する。魔物達同士の日常会話でも当然口を動かして声を出すので、結果先祖より微かに聞かされていた念話(テレパシー)の存在を皆がコロッと忘れてしまった。


 シュドウと対峙したガイストが口を動かさなかったが故に、リットとズールにだけ念話(テレパシー)での通信を行っていたとは魔物の誰もが気付けなかった。皆が魔王の力を使っていないと誤認したにはこういった経緯が有った。


 自分(ガイスト)がミジィの正体を知っていると魔物達に気付かせない為に、ガイストは七年もの長きに渡ってリット以外の魔物には一切念話(テレパシー)を使わなかったのだ。

 厳密には、魔物使いの用途確認の為、スライムや大口鼠(ビッグマウス)といった世界の中心地外にも生息する小動物的な魔物には使っていたが。


 因みに、視覚聴覚の通信は、ガイスト側から一方的にシャットアウトする事も出来る。要は、ガイストには魔物の見ている物、聞いている物を何時でも何処でも何人何匹でも確認出来るが、ガイストの見ている物、聞いている物を魔物が確認出来なくする事も可能である。


「口止めなんて俺には無意味だ。お前の正体なんて誰からでも何人からでも聞き出せる。魔王の力を使えば一発だしな」


 これは、間者(スパイ)はリットだと気付かせず、魔物なら誰もが魔王の間者(スパイ)になりえるという意味を含ませている。

 けれども、内心では“リットは嘘を付くのが下手”だと知ってエメルダの護衛の件を思い出し、納得と同時に間者(スパイ)の人選ミスだったとヒヤヒヤしていた。


 その反対に、ミジィは改めて魔王ガイストの恐ろしさを実感する。

 だがここで、ミジィの予想の更なる斜め上を越えるどころか突き抜ける事態が起こった。


「ガイスト様、本当(マジ)っスか! その美人さんが魔王ゲイザーの子孫って!」


 馬車に腰掛けたままグレンが身を乗り出し興奮した様子で聞いてくる。


「ああ、そうだよ」


 何事も無く返事した次の瞬間、グレン達が拳を高く突き上げた。


「いーーーーーっ、ヤッホ~~~~~~!! やったぜ! この世界で誰よりも早く伝説の目撃者になれたぜ!!」

「ヤッパ、ガイスト様に付いて来て良かった!」

「納得の宰相だぜ! 何せ世界の中心地だけで全世界と互角以上の喧嘩をした(大馬鹿野郎)の子孫だからな!」

「こんな美人さんなら何でも言う事きくぜ!」

「お姉様と呼んでも良いですか?」

「いえ、是非とも私のお姉様に!」


 ガイストの仲間達が男女問わず喜びの歓声を上げた。ルンや侍女達はまだ眠ったままだが。


 実は、ここがグレン達の分かれ道だった。ガイストがミジィに提示した内容を全て加味すると、デンジャラス公国において彼女の権力は国主に次ぐNo.2となる。


 それは即ち、魔物の言葉に人間が従うという事。


 今迄魔物を敵と認識してきた人間が、全世界を恐怖に叩き込んだ魔王ゲイザーの子孫の下に居られるかという踏み絵だったのだ。

 もし、ここで異を唱える者が人間の仲間に現れたら、ガイストはその者を東の大陸の奥地へドラゴンを使い置き去りにするつもりでいたのだ。

 そうすれば、当分はデンジャラス公国の存在を誰にも知られなくなるからだ。


 デンジャラス公国は人間と魔物が共存する国。それは、この世界の常識に当て嵌めればかなり歪。今は自分が魔王の力を持っている、今は魔物達は人間に絶対服従だとしても自分が死んだ後はどうなる。

 魔王の力を使っての命令は魔王の死後も魔物達に適用される。しかし、態々自分の死後の為に、人間に都合の良い命令を事前に出すなどという考えは、最初(ハナ)からガイストの眼中には無かった。


 だからこそ、最初から魔物の下に人間を置いたのだ。


 それに我慢が出来なければ共存などは到底無理。故に、今迄苦楽を共にしてきた仲間であろうと、ここで切り捨てる覚悟をしていたのである。

 だが、グレンがシュドウを辺境候、魔王軍陸軍大将へ抜擢した時、仲間の誰もが異を唱えなかった。ガイストは安堵した。誰も切り捨てなくて良いとほぼ確信したからだ。


 グレン達も今まで伊達にガイストの取り巻きをしていた訳では無かった。彼等もこの世界の常識に当て嵌まらないガイストに付き合っていく度に、頭のネジがブッ飛んでいったのだ。

 なにせ、世界最大勢力を誇るゾルメディア帝国の皇帝を騙して自分達だけの国を作ろうと画策する(やから)。普通の人間や魔物ですら考えも及ばない龍騎(ドラゴンライダー)なる物を作ろうとする愚連隊。事前の打ち合わせを帝都の酒場で酔っぱらいながら行っていた狂戦士(バーサーカー)集団なのだから。


 ただ、彼等は世界の中心地から外へ出る五年の間に、各々が子を成して精神年齢が幾分成長する。それでも彼等の根本は変わらない。

 ガイストもルンとの間にモストを儲けたのだが、ガイストだけは何故か変わらなかった。と言うか、ガイストの中身は元々が転生前の成人男性なので今更変わりようも無いのだが。

 そう、今もこれからも変わらない魔王と愉快な仲間達であった。

 因みに、この乙女ゲームの世界では十五歳からが酒が飲める成人とされており、現在ガイストは十九歳。ガイストの仲間達も皆似たような年齢なので酔っ払う事はコンプライアンス的に何の問題も無い。

 更に因みに、ガイストは下戸(げこ)でグレンはザル。


 それはさておき、人間達が大喜びしている現状を見て、ミジィ他魔物達は驚きを通り越し呆れ返ってしまった。


「………………彼等は人間としてのプライドが無いのですか?」


 魔王ゲイザーの子孫であり、全ての魔物の頂点に君臨する存在だからこその質問だが、ガイストには人間も魔物もへったくれも無かった。


「はぁ、何だそりゃ? 必要なプライドなら持ってるけど、クソみたいな差別意識なら前前前世に捨ててるぜ」

「?」


 前前前世の意味が分からず軽く眉を(しか)めるミジィへと畳み掛ける。


「で、どうするよ? 次席公爵になって宰相になるのかならねぇのか? 無理矢理魔王の力使って叙爵、就任させても何の意味も無ぇからお前自身が判断しろ」


 ミジィは怯むが、暫くガイストを見詰てから恐る恐る口を開く。


「………魔王様の御命令……いえ、この場合、御指示ですか。ならば、了承するか否かを判断をする前に改めて御伺いしたい」

「何だよ?」

「何故、私が公爵で宰相なのですか? やはり、魔物達を敵に廻したくないからですか?」


 質問を受けたガイストは、挑戦的な表情のまま答える。


「へっ、魔物の大群程度でこの俺がビビるとでも思ってんのか? 片腹痛ぇぜ」

「では……」

「魔王ゲイザーの子孫にして全魔物のリーダー。こんな超カリスマを放っとく方が馬鹿だ。魔王に次ぐ存在、宰相としてこれ以上の逸材が何処にいる?」

「……魔物相手にそれ程の合理的な考えが出来るなんて……」


 複雑な心境がミジィに沸き起こる。魔物ですらガイストのような考え方は出来ない。

 頭では分かっていても、世界創成の頃からお互いを敵と認識してきた間柄。人間も魔物も感情が許さないのだ。

 その中で唯一、魔物が(あるじ)と認めた人間が魔王ゲイザーだった。

 初代魔王の思いと呼応する思いをガイストは語り始める。


「それに、俺は魔王ゲイザーが嫌いじゃねぇよ。だってそうだろ。悪いのはゲイザーに冤罪を掛けて見捨てて殺そうとした人間達だ」

「それは……」


 図らずも、ガイストは先帝ジンと同じ考えをしていた。二人が主張する魔王ゲイザー被害者説は、人間にとってはかなり異質。“世界大戦を引き起こして人間を滅ぼそうとした”と人間側からは認知されているからだ。

 ガイストの異質な考えは、人間の敵である魔物達の見方まで違っていた。


「ゲイザーは最後、人間達と和解しようとした。それすらも兄貴は裏切った。言うなれば大将が騙し討ちにあったんだ。例え、最後の命令が無くても、どう考えても魔物達がキレるのも分かるぜ」


 人間と魔物を全く同列に考えている主張だった。


「お前にしてみりゃ俺は憎い仇の子孫だ。けど、魔王ゲイザーの遠い親戚でもある。だからお前は次席を取ったとしても公爵なんだよ」


 ガイストはニコリと笑った。

 その瞬間、顔を知らない遠い御先祖様、魔王ゲイザーの笑顔と魔王ガイストの笑顔がミジィの中で重なった。


 世界大戦中、後にゲイザーの妻となったダークエルフの女戦士は、魔王の力で無理矢理妻とされてはいなかった。

 当初こそ魔王の力を振るい人間達と戦っていたが元々のゲイザーは誠実な武人。魔物達と共闘していく内に早々と彼等の信頼を勝ち得ていた。そして二人は出会い、お互いが恋に落ち、愛し合った妻との間にハーフダークエルフの子を儲けた。彼こそが魔王代理を最初に担った魔物。

 血筋から辿ると、ミジィはゲイザーから数えて直系五代目。魔王代理はゲイザー直系の子孫が代々継承していき今代のミジィは四代目の魔王代理に当たる。


 実は、ゲイザーが人間との和平に応じた背景には、長い長い兄弟喧嘩の終了と共に、我が子や家族の安寧の為という思いが有った。だからこそ、人間側との停戦調印式へ赴く前、永遠を生きるズールに城に残される家族を頼むと言って後を託したのだ。


 伝説に吟われる魔王ゲイザーの容姿は金髪碧眼のイケメン。ミジィが聞いた話でもそれしか分からなかった。そのような容姿を持つ者はエルフを初めとして魔物達の中にも数多く居る。

 だが、当時から影の護衛を担い、魔王ゲイザーの最も身近に存在したズールが二人の魔王は似ていると証した。


 ガイストが笑った瞬間、ミジィの遺伝子が魔王ガイストに酷似した魔王ゲイザーの姿を蘇らせた。


 ガイスト皇子は容姿も性格も考え方も先帝ジン似。

 魔王ガイストは魔王ゲイザーと同じく金髪碧眼のイケメン。そして、二人共が魔王の力保持者。

 ガイストという転生者を中心として、人間と魔物、双方の名君が重なり合う。


 遥かな時を越え、世界の中心地で三人の負け組皇子(王子)が巡り会った。


 そんな巡り合わせなどミジィも誰も知らない。分かるのは遠い記憶が齋した笑顔の男だけ。

 何故か驚きではなくミジィには笑いが込み上げてくる。


「フフフフフ、知ってますか、魔王ゲイザーが全ての魔物達へ発信した()()()()()を?」

「いや、最後の命令なら知ってるけど?」

「魔王ゲイザー最初の命令は“どのような手段であろうと絶対自分に攻撃を仕掛けるな”ですよ」

「はぁ?」

「確かに魔王の力は魔物達を自由に操れる。ですが、それはイコール自分を攻撃しないという事ではありませんよ。自分が魔物達にどう思われてたかを考えれば分かるでしょ」

「ああ! 成程!」

「魔物達からしたら下手な命令を出される前に一撃で魔王の頭を破壊すれば良いだけですからね」

「そうか~!」


 今更ながらに気付いたガイストを見て、再びミジィに笑みが溢れる。

 しかし、ミジィは戦慄する。次にガイストが発した第二の爆弾で人間魔物問わず、旧王城に集う全ての者達が凍り付いてしまった。


「いや~、そうだよ。初めからそうすりゃ良かったんだ。態々ドラゴン、フェニックス、ワイバーン、グリフォン、クラーケン、シーサーペント、リヴァイアサン、グラボイズ、アンデット等に“俺が魔物に殺されたら、世界の中心地を容赦無く攻撃、地獄に変えて滅ぼせ”って命令を最初から出さなくても良かったんだよ」


 耳にした全員の表情が固まった。ガイストを中心とした旧王城周辺一帯が静寂に包まれる。


 もし、魔物達が人間との共存を拒絶してガイストを殺していたら、陸海空を統べる強力な魔物達が世界の中心地を滅ぼしていた。

 先にガイストが列べた魔物達は、頭の良い動物と同じくらいの自我や意思はあっても、他の魔物達とは共通言語での会話が出来ない。彼等と完璧な意思の疏通が出来るのは魔物使いという特殊魔法を持つガイストだけ。故に、このような命令が発せられているとは、他の魔物達へ伝える事は出来ない。

 また、大多数のアンデットは意思の疎通すら出来ない上に喋る事すら出来ないが、魔物使いを使えば容易に操れる。例え、魔王の死後であったとしても。

 更に、自爆命令を下されている魔物達の移動速度、攻撃力はトップクラス。空や海や地上を縄張りとしている他の魔物であっても絶対に逃げ切れない。

 それ以前に、まだこの時点で“魔物は世界の中心地から外へ出ても構わない”との命令は発せられていない。

 つまり、現在世界の中心地に集っている全ての魔物が外界へと逃げられず自身への恨みと共に皆殺しにされていたかもしれなかった。


 人間達との共存は、魔物達に対しても踏み絵だったのだ。


 ガイストは己の命を世界の中心地滅亡の起爆スイッチにしていた。ハッキリ言って自殺命令やバギと戦うどころの話ではない。全ての魔物が怪獣大戦争に巻き込まれていたのだ。

 世界の中心地ごと根絶やしにされていたかもしれない事実に気付く一同。

 暫しの静寂の後、凍り付くミジィが引きつりながらも無理矢理笑う。


「フ……フフフ……フフ……そう……でしたか……魔王ゲイザーより、何倍も恐ろしい魔王ですね」

「それほどのモンでもねぇよ」


 この様子だと、魔王の身を魔物達から守る最初の命令もガイストはとっくに気付いていたのだと魔物一同が悟る。


「何仰ってるんですか、最初(ハナ)から私達に勝ち目など無かったんですから」

「俺は裏切り者や敵認定した相手は絶対に許さねぇ。本人の破滅程度じゃ済まさない。例え、死んでもあの世で最後に笑うのは俺だ」


 これは暗に、メルチェ家とディアナ、ルンを裏切りガイスト追放に利用したゾルメディア皇家とアーサーを指していた。最終的にはどうやって連中を笑い者にしてやろうかとまで考えている程に。

 一瞬だけギラリと光ったガイストの瞳をミジィは見た。


「ホントにシュドウは九死に一生を得ましたね」


 この台詞は心からの台詞だった。ミジィは光の中に魔王ガイストが宿す桁違いの狂気を垣間見た。

 --と、思ったらまた。


「テメ、ガイスト! 巫山戯(るざけ)んな!」

「俺達を巻き込むなボケ!」

「死ぬんなら勝手に一人で死ねカス!」

「私まだ彼と××××××(ピーーーー)してないのに死ねないじゃないの、このダボが!」

「殺す気か~!」


 人間の仲間達からこれでもかという程の罵詈雑言が飛んで来る。

 ガイストは仲間達の方へは振り返らず、沈黙を守ったままひたすら背中で罵声で受け止める。

 ただミジィに見えるその顔は、目を細めて頬を引き釣らせ乾いた笑いを出している。


 既に、ガイストの瞳には狂気の欠片さえも見えない。逆に人間も魔物も問わない全てに共通する馬鹿馬鹿しさが見えた気がした。

 躍起になってガイストを殺そうとしていた自分がアホ臭く思えて来る。だが、この男の恐ろしさと用心深さも間違い無く本物だとも悟る。

 敵に回してはいけない。けれども、味方にすると楽しませてくれる。

 人間と魔物とに共通する物を新たな魔王は持っているとミジィは感じた。


「貴方になら私も……いえ、私を含め全ての魔物が忠誠を誓えます。魔王ゲイザー以上の魔王、ガイスト・ゾルメディアに」

「そりゃ違うぜ」

「?」


 乾いた笑いから一転、首を反らして顔を空に向けるガイスト。だが、目線だけはミジィを捉えている。無理矢理相手を見下すような姿勢だ。


「俺はデンジャラス公国のガイスト・デンジャラス大公だ!」


 ガイストが心の中で決まった!っと思っていると、先程までキレてた仲間達から微妙な歓声が上がる。


「良いね~ガイスト様! チンピラ丸出しだぜ! 皇太子だったとは思えねぇ!」

「流石ガイスト様! ダセェ!ダサすぎるぜ!」

「ヤッパ(ツラ)は良くても、センス無いっスね~!」

「連れて歩くには良いけど、彼氏にはしたくないわ~」

「浮気相手には良いけど、旦那にはしたくないわ~」


 褒めているのか貶しているのか分からない声援を受けて、今後はガイストの方が首を反らしたまま凍り付いてしまった。

 仲間達からコケにされ固まっている魔王を見て、ミジィの緊張の糸が(ほぐ)れ大笑いをしてしまう。


「アハハハハハハハ!」

「……笑うなよ……これでも一応魔王なんだからよ……」

「ハハハハハ、失礼しました。本当に貴方は中身と外面(そとづら)がまるで正反対、それでいて表裏一体。だから皆が騙されるのですね。まるでペテン師ですよ」

「……俺はペテン師じゃねぇ……紳士(ジェントルメン)なのに……納得いかねぇ……」


 ミジィは無意識に遠慮無く思った事を言葉として出してしまう。同時に、これほど心から笑ったのは何年ぶりだろうとも思う。肩の力がスーっと抜けていくのが分かる。


「フフフ、本物の魔王様が現れたのですから私の魔王代理もお役御免ですね」

「オイオイ、魔王代理も宰相もあんま変わんねぇだろうよ」

「全然違いますよ。もう我が子に魔物達のリーダーなんて重責を押し付けなくて良くなったんですから」

「えっ? お前子供いんの?」

「失礼ですね。私はリットと違いまだ二十代の独身ですよ」


 ダークエルフの寿命はエルフの約半分の150年程だが、老化の過程はエルフと同じで、死ぬ数年前まで若々しい姿のまま。

 実は、このミジィ、後にガイストとルンとの子として産まれるデンジャラス公家の次男、ミックス・デンジャラスと将来できちゃった結婚する事となる。

 またまた図らずも、ガイストがアーサーへ語った通り、魔王ゲイザーの血と旧ゾルメディア王家の血は次代で一つに戻るのだ。


「これから魔物達のリーダーという大役は貴方の子孫が継承していくんですよ」

「そんな面倒臭いのホントは嫌なんだけどよ~。でも、帝国(実家)にゃ何処にも居場所無かったし、戦いに破れた者の宿命ってか?」

「弱音吐くのが早すぎですよ。頂点を統べたらもっと面倒臭くなりますよ」

「コリャ早くルンに勇者(ガキ)を産んでもらって早々に隠居(リタイヤ)するに限るな」

「アハハハ、魔王の次は勇者ですか。下手な笑い話にもならないですね」


 自然と砕けた口調へと変化しているミジィにも一切態度を変えないガイストが自信満々に放つ。


「今は笑い話にもならねぇが、千年後は伝説になってるぜ。世界の中心地は俺の勇者(ガキ)の代から千年王国(ミレニアム)へと生まれ変わるんだからな」


 夢物語、妄想という言葉で一蹴されそうな台詞だが、思わずミジィの全身がゾクリとしてしまう。


「その次代への礎として、この俺が今代のデンジャラス公国を人間と魔物の理想郷(ユートピア)へと導いてやる」


 最後にミジィの真正面を真っ直ぐに捉え、改めてガイストが問う。


「で、結局どうなんだよ。やるのかやらねぇのか、()()()()()様」


 ガイストの言葉に選択肢は無い。ミジィとしても魔王ゲイザー最初の命令を明かした時から、ガイストが真なる魔王だと認めたていた。

 それでも、やれやれといった感じで息を吐く。


「は~、分かりましたよ。()()()()()()()()()


 皮肉を込めて返した後、高らかに宣言する。


「私、ダークエルフのミジィ並びに魔王ゲイザー直系の者は、()()()魔王、ガイスト様のこの場への到着をもって魔王代理の任を終了する事をここに宣言します」


 魔物達から凄まじい絶叫が響く。自分達の象徴であり至高の存在が頂から下った。役目を終え、いや、役割から解放された瞬間だった。それだけでは無い。ガイストをゲイザーに次ぐ二代目の、正統なる魔王だと(いにしえ)の魔王の血を受け継ぐ者が皆の前で認めた。

 続いてミジィは膝を折る。


「魔王代理終了に伴い、私、ラース族のミジィは、デンジャラス公国建国の日より次席公爵ラース家を興し当主となると共に、デンジャラス公国初代宰相を担わせて頂きます。また、妖魔種族に限らず世界の中心地に集いし全ての魔物は、デンジャラス公国並びに大公家へ永遠の忠誠をここに誓います」


 その時、魔物達が震えた。絶対的なる主と認めた者の子孫が、魔王ガイストを主と仰ぎ(こうべ)を垂れたのだ。

 それ以前に、ガイストは仲間である人間達を差し置いて、ゲイザーの末裔を次席公爵、更には宰相にまで遇した。

 魔王の力を使っていようが何だろうが構わない。魔物達にとってはそれが全て。

 数秒後れて地鳴りのような喝采と拍手が轟く。


 遂に、負け組皇子たる魔王ガイストが、負け組王子たる魔王ゲイザーに変わって全ての魔物の頂点へと君臨したのだ。


 後に、叙爵されたミジィへ与えられた領地は、商売上手な妖魔種族が多く住み、無限の資源有する公国首都と隣接している事が手伝い、商人の町、公国一のビジネス街として発展していく事となる。

 その反面、魔王一家が居住する公国首都は、ショッピング施設に娯楽施設、レジャー施設にギャンブル場、食事処に風俗店、二十四時間営業な何でも有りの不夜城的巨大都市と化していく。

 今日より十数年先の話ではあるが。


 でも、ミジィには未来が見えていた。予言の石碑(モニュメント)に記された伝説の魔王が、後に頂点を統べる者が、皆を人間と魔物が共存する理想郷(ユートピア)千年王国(ミレニアム)へと導いてくれると。


 至る所からの幸福な絶叫が鳴り終わらない中、ミジィが平伏の姿勢から立ち上がる。

 顔を上げ、直ぐ様眼に飛び込んで来たのは、両方の耳を押さえ、(しか)めっ面をしたガイストだった。


「あー、うるせぇー!」

「…………ホント、貴方はブレないですね」

「あんだってー!?」


 クスリと笑ったミジィは、一礼してから踵を返す。


 振り向いた先には、リット、ズール、シュドウのイケメンスマイルが立ち並ぶ。


 ガイストがまだ何かを喚いているようだが、無視してレッドカーペットに未来への一歩を刻む。


 万感の喝采に包まれながら、ミジィは魔物(仲間)達の元へと戻って行った。

因みにキャラクターネームは


ミジィ→超時空世紀オー○スのミム○ィ・ラース

ラース族→上と同じ


※バキの「影より薄い物はこの世に無い」という台詞は、魔界○市ハンターという大昔の漫画のキャラクター、闇教団の神父の台詞です。


※グラボイズとは、トレ○ーズという映画に出てくる地中を進む巨大な化け物です。

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