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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
魔物達の章~魔王の呼び声~
15/18

邂逅編

 馬車を停止させたガイストは、操縦席から軽やかに身を翻して車中のエメルダとルンに声を掛ける。


「おーい、着いたぞー、出て来いよ」

「ええ」

「えっ!?えっ!?えっ!? ちょっと待ってよ!」


 何の迷いも無いエメルダに対し、ルンはまだ心の準備が出来ていないなかった。

 此所に来る迄の道中でもまだ魔物達を恐れ、他の仲間達とは違い世界の中心地観光には出向かなかったのだ。

 ガイストの母であり元ゾルメディア皇后であるエメルダも、そんなルンを心配してずっと宿泊先で彼女に寄り添っていた。

 けれど、もう此処まで来てしまったからには覚悟を決めなければならない。


「何の心配も有りませんよ。怖いのであれば私の後ろに隠れていても構いません」

「ううう……」


 エメルダの背中に隠れながら恐る恐る外へと出るルン。

 もう既に仲間達は外へと出ており、此所までの旅の道中と同じく周りの景色を観光気分で眺めている。

 特に、白の大理石を基調とし、そこかしこにリアルな彫刻が施され聳え立つ圧巻の旧ゾルメディア王城には皆が言葉を失っていた。

 更に、白亜の旧王城大門から馬車の一団まで敷かれている豪華なレッドカーペットの両脇には、魔物の群れが犇めきあ合っている。

 群衆の先頭、レッドカーペットに沿うように魔物の騎士達も理路整然と列んでおり、その身に纏う鎧や兜は目も眩む程に輝いていた。


 そしてレッドカーペットの先。大門の真正面には、礼服やタキシードに身を包んだ美女とイケメンの魔物、計四人が立っている。

 魔物のリーダー達、リット、シュドウ、ミジィ、ズールであった。


 ガイストが(おもむろ)に大門に向かって歩き出した。正反対にグレン等は動かない。ただニヤニヤしながら我等がボスの背中を眺めているだけだ。

 しかし、そのまま少し歩いたところで当のガイストが立ち止まってしまった。

 すると今度は何を思ったのか、体を(はす)に構え、右手を上げ指を揃えてクイッ、クイッと曲げた。まるで、ケン○ロウがヒャッハーに対して掛かって来いと挑発しているかのように。

 そう、ガイストは不遜な態度で声も掛けず、リーダー達へ此所へ来いと促したのだ。


 これには、その場に集っている一般の魔物達も仰天と同時に怒りが湧いて出た。

 ただでさえ自分達が舐めていた自称魔王に、自分達のリーダーが逆に舐められたのだから。

 そのリーダーであるリットとズールもガイストの行動に表情に驚きを隠せずにいる。シュドウに至っては鬼歯を剥き出しにして歯を食い縛っており、こめかみには青筋も浮かんでいた。一気に怒りのボルテージがMAXへと達したのだ。


 まさに一触即発。例え自殺命令を下されていようとも、魔物達の理性の鎖が千切れるのは目に見えている。にも関わらず、ガイストはまだ薄ら笑いを続けている。仲間達もグレンを筆頭に男も女もニヤニヤしたままだ。

 余りガイストの本質を知らないエメルダの侍女達とルンは顔面蒼白だが。


 何時殺し合い、いや、魔物達による一方的な虐殺が開始されても可笑しくない状況だが、その中で唯一冷静な魔物がいた。

 ミジィである。彼女は右手を掲げた。


「静まれ、魔物達!」


 そうは言うものの、燻り始めた憤怒の炎は収まる気配を見せず、逆にミジィとガイストに対して罵詈雑言の嵐が吹き荒れた。

 遠く真正面に対峙するガイストを、正しく(オーガ)の形相で睨み付けるシュドウもミジィだけに聞こえるよう静かに憤怒を呟く。


「ミジィ、俺も皆と同じ気持ちだ。例え死ぬとしても俺は奴等を血祭りに上げる」

「気持ちは分かるが冷静になれ」

「ああ、冷静を考えて、奴等が死にたがっているのがよーく分かった」

「本気でそう思ってるのか? だとすると、本当に血祭りに上げられるのはお前、いや、我等かも知れんぞ」

「何だと?」


 シュドウと反して表情を作っていないミジィが冷静な思考を保ったまま続ける。


「奴は今まさにゾルメディア帝国を追われ、魔物達しか居ない世界の中心地へと訪れた。バギが言ったように、完全に後が無い状況だ」

「それがどうした」

「魔王の力という切り札を持っているにも関わらず、奴は自分達に害を及ぼす魔物()()に自殺命令を下した」

「ああ、幸い()()()()()でもないしな。なら命さえ捨てればあのガキを殺せるという事だろ。もし、全ての魔物へ自殺命令を出そうとしても、その前に一足飛びで頭部を粉砕してやる」

「そんな単純な話ではない」

「……どういう事だ?」


 ひたすらガイストを睨み付けていた瞳を、隣に立つミジィへと向けるシュドウ。


「奴の今の態度……どう考えても罠だ」

「罠だと?」

「ああ、罠だよ。シュドウ、思い出せ。バギの性格は誰のコピーだ?」


 そこまで説明され漸く悟った。ガイストが齋した情報によって世界の中心地は急速に近代化、法治化、制度化、共存化が進んでいった。だがそれでも尚、跳ね返りがいた。

 昔ながらの力こそが正義を主張する一部の魔物達が略奪行為を繰り返していたのだ。

 ミジィやシュドウ等も騎士団や憲兵隊といった治安維持部隊の創設を行ってはいたのだが、特に力の強い魔物達が犯罪を繰り返していた。

 また、力は弱くとも人間社会の知識を得たお陰で悪知恵に長けた魔物達も現れ、その両者が組合わさりちょとした犯罪組織のようなものも出来てしまった。この辺り、ガイストによる文明開化が裏目に出てしまったとも言えるだろう。

 しかも、魔王の力による街作り命令に対しても、強者が全ての無法街、つまりは自分達の根城作りとしてしまったのだ。

 そうなってしまうと、治安維持部隊VS犯罪組織の戦いは、さながら某国で繰り広げられている軍隊VSマフィア。住民を捲き込んだ街中での戦争の様相を呈してしまった。

 一応、ガイストに御伺いをたてるという手もあったのだが、騎士団や憲兵隊に従事している魔物は主に反ガイスト派の剛力種族。自分達が認めてない相手に助けを求めるなど彼等のプライドが許さなかった。


 そんな時に現れたのがバギだった。


 バギは不死身と言えど人間並みの力しか持たない。しかも、攻撃魔法の類いは持たない。それなのに、単身で敵の根城とされている街へと突入、潜入し、幾つもの犯罪組織を鼻唄まじりで壊滅させた。

 その時ボコボコにされ、心をへし折られて捕縛された魔物達の証言によると、乗り込んで来た時のバギは、今のガイストと全く同じ仕草を取っていたという。

 大勢の凶悪な魔物達に囲まれていても異にも介さず「ケッケッケ」と不気味に笑いながら体を(はす)に構え、指を揃えて何度も曲げる。完全に相手をおちょくった仕草。

 敵を虚仮(こけ)にするガイストそのままだった。

 その後、バギによって叩きのめされた魔物達の殆んどは、半殺し状態ではあったものの、死亡までには至らなかった。


 だが、時には例外もあった。凶悪を通り越し邪悪な魔物は、己の快楽の為に自分と同じ魔物を甚振(いたぶ)り殺し喰らっていたのだ。

 そういった救いようの無い魔物に対して、完全にキレたバギは恐ろしい程に冷酷だった。逆にバギの方が相手を徹底的に甚振(いたぶ)り殺し、後には一欠片(ひとかけら)の肉片すら残さなかった


 普段は子供好きで馴れ馴れしく気の良い影。その実、敵に回すと、おちょくられながら精神的にも肉体的にも苦痛を味会わされる。本気で怒らせると、此方から殺してくれと懇願する程の地獄を見せられた挙げ句、存在自体を抹殺されてしまう。


 それがバギであり、バキを産んだ魔王ガイストだ。


 ミジィの説明を受けてシュドウは幾分か冷静さを取り戻した。それでも、バギ=ガイストという図式まで頭が回らない魔物達にしてみれば、今のガイストの態度は喧嘩を売っているどころか、殺して下さいと言っているに等しい。


 ガイストの術中に嵌まっているとも知らず。


「静まれ、魔物達!」


 改めて、ミジィが高らかに皆へ告げる。それでもまだ罵声は鳴り止まない。

 再度、魔物達を睨みながら大声で警告する。


()からの命令だ! 皆、静まれ!」

「魔物達よ、今は怒りを抑えてくれ」


 最も分かり易くガイストを嫌っているシュドウにも怒りの鎮静を求められた魔物達は驚愕した。それは、親ガイスト派であるリットとズールも同様。

 反ガイスト派のリーダーからの命令だからか、二人の思いを汲み取ったからか、魔物達の喧騒は徐々に引いていった。

 その光景を眺めながらガイストは思う。


『なるほどね』と。


 知らぬ間にミジィの頬を一筋の冷や汗が流れていたが、場が元に戻った事で一旦大きく息を吐く。


「リット、取り合えず奴の示す通りに行動するぞ」

「あ……ああ」


 流石に親ガイスト派であるリットでも、いきなりのガイストの態度には面をくらった。けれども、色々な意味でもう後戻りは出来ない。

 ミジィに促され、自身が先頭になり魔王ガイストの元へと一歩一歩近付いていく。


 遂に、魔王と魔物達との真なる邂逅の時、


 先ずは、親ガイスト派の筆頭であるリットが、新たな魔王と合間見える事となる。

 ガイストとの距離が一歩半の位置にまで近付いたリットは、いきなり膝を折り(こうべ)を垂れた。

 すると、場に集う全ての妖精種族とおぼしき魔物達がガイストの方向へと体を向け、同様に膝を付いた。

 まだ立っている魔物は大勢いるが、それでも数多の魔物達が人間である魔王へ平伏したのだ。


「魔王様、今日この日が訪れる事をずっと心待ちしておりました」

「そうか、有難よ。もういいから、立って頭を上げろ」

「はい」


 リットが立ち上がったと同時に、他の妖精種族達も同時に立ち上がる。

 その時、エメルダの影で震えていたルンは漸く気付いた。


『あれって、隠れキャラのリット様じゃないの!? 後ろにはズール様とシュドウ様も居るし!?』


 乙女ゲーム内でのリットは、殆んどズールと同じ経緯で聖女と化したヒロインと出逢う。

 何故ならゲーム制作スタッフがRPGに不馴れな女性が多く、故に「別に一緒でも良いんじゃね? キャラさえ違えば」と適当だったからだ。

 また、戦闘パート制作も不馴れなので、例えイージーモードであってもド○アーガの塔よろしく、クソゲー一歩手前の激ムズにもなってしまった。

 生前病院でやり込んだ乙女ゲームの隠れキャラとして、リット、ズール、シュドウを知っているルンだが、当の本人は知る筈も無い。


「畏れながら魔王様、発言宜しいでしょうか」

「ああ、構わねえよ」

「グレン殿や幾人かの方々はもう御存知かもしれませんが、私が旧ゾルメディア王国、現デンジャラス公国の都市開発、復興の陣頭指揮を取っているリットと申します」

「そうだったな。態々自分から難事業を買って出てくれて申し訳ねぇな」


 感謝を述べたガイストは、ヘラヘラした表情から一転、優し気な薄い笑顔に変わり、さっきまで挑発に使っていた右手を、今度はリットの肩へと軽く乗せた。まるで上司が部下を労うように。


 ただそれだけ、ただそれだけなのに、リットの全身に稲妻が走った。

 リットは幼い頃から妖精種族を束ねる先代リーダーより幾度も魔王ゲイザーの英雄譚を聞かされ教えられていた。その偉大さ、雄々しさ、猛々しさ、そして優しさを。

 ハッキリ言ってガイストの態度は、伝え聞いた魔王像とは程遠い。

 けれど、理屈では無いのだ。初めて少年だった魔王を見た日から七年後の今日、魔王ゲイザーと同じ金髪の青年へと成長した新たなる魔王。彼の手が肩に乗っただけで、思わず感極まってしまい自然と涙が溢れてしまう。


「うっ……うっ……」

「おい、どうした? 何で泣くんだよ?」

「もっ……申し訳御座いません。漸く……実物の魔王様を御目に掛かれて思わず……」

「おいおい何言ってんだ。今の俺は魔王つっても所詮は魔王の力を持ってるだけのただの人間。お前が泣く程のモンじゃねえよ」

「それで十分。改めてこの身で感じました。貴方様はやはり魔王様です」

「そりゃ違うぜ」


 返された言葉でリットの頭に?が浮かぶ。


「俺は確かに魔王の力を持つが故に魔王なのかも知れない。けど現状では、ゾルメディア帝国次期皇帝継承権争いに破れ、仲間達と一緒に帝都を追い出されたただの負け組皇子様。俺はまだ何も成しちゃいねぇ」


 さっきまでの大きな態度は何処へやら。ガイストは自分達が今置かれている状態を的確に理解していた。


「同じ魔王でも全世界と大喧嘩したゲイザーと比べりゃ、今の俺はハナクソみたいなもんだ。魔王と呼ぶにはまだ早ぇ。今は大公と呼ばれるだけで十分だよ」


 ガイストの言葉がゆっくりとリットへと染み渡る。


「魔王の力を持っているから魔王じゃねえ。魔王の力を使ってデカい事をやらかしてこそ魔王なんだよ。今の俺はまだゲイザーの足下にも及ばない。けど、五年だ」


 瞬間、ガイストの瞳がギラリと輝いた。その輝きは兄であるアーサーに追い落とされたゲイザーと同じく、自分と母であるエメルダを迫害していたゾルメディア帝国に対しての復讐の光だった。


「……五年」


 夢見心地のままリットが呟いた。


「そうだ、五年だ。五年後、俺は魔物どころか世界中の誰もが認める魔王になってやる」


 台詞の合間、一瞬だけ魔王に相応しい覇気を放ったガイストにどれ程の魔物が気付いただろうか。

 少なくとも、その一瞬を真正面から浴びたリットは呆けていた表情を引き締め、目と頬を濡らしていた涙を拭う。


「畏れながら魔王……いえ、大公様。貴方様が惑う事無き王者であると体感致しました。故に、改めて自己紹介させて頂きます。我が名はリット、妖精種族を束ねるディード族の長、エルフのリットで御座います」


 この時、ルンは声に出せずとも『やっぱり!』と思っていた。

 当然、ガイストも同じ事を知っているが。


「そうか、そうか。まぁ、お前は妖精種族のリーダーで街作りも率先して引き受けてくれたみたいだし、公爵以外の好きな爵位をくれてやる。領地も欲しい所を好きなだけ持ってけ。あっ、旧王都はダメだけど」


 エルフ特有の細い目を剥いて驚くリット。

 ガイスト一行が世界の中心地へ赴いた後、優秀な魔物達に爵位と領土を与えるとは事前に約束されていた。だが、人間の仲間達には上位爵位を与え、領地も旧ゾルメディア王国王都との隣接地、所詮魔物達には男爵、良くて子爵の下位爵位、領地も辺境の辺鄙な所だろうと魔物達は思っていた。

 もし、そうであったとしても、元々辺境の自然が好きな妖精種族なら然程問題無いとリットは考えていた。

 ところがガイストは、国主の身内以外には与えられない公爵位以外なら何でもくれてやる、領地も旧王都以外なら好きな所を好きなだけ持っていけと言った。

 普通の人間なら、基本敵対する魔物に対してこのような破格の対応は有り得ない。

 リットはガイストの真意を恐る恐る尋ねる。


「しかし、大公様の部下……グレン殿や他の侯爵方の領地はどうなさるのですか?」

「何言ってんだ。俺達は帝都を追われて此所に来た外様だ。それに、デンジャラス公国全土の都市開発を成したのはお前達魔物だろ。人間側の侯爵は余った領地を貰うからよ」


 人間と魔物に差別や優劣を付けず、柔軟に、且つ実力のみで判断するガイスト。

 逆に、己こそが人間だから、魔物だからと拘っていたのではなかったかとリットは改めて考えさせられた。

 そして出した結論は。


「出来れば伯爵位を賜りたく」

「はっ? 別に侯爵でも構わないんだぞ?」

「いえ、我等エルフや妖精種族は余り権力などには拘りません。その代わり、例え田舎でも山や湖、森や海へと繋がる河川などが有り、農業や酪農に漁業、鉄鋼等に適している広大で自然豊かな領地を頂ければ」

「えっ、その条件に見合ってりゃ田舎でも良いの?ってか、そんな条件の場所なんて田舎しかねぇぞ? 下手すりゃ不毛地帯ギリギリの場所になっちまう可能性だって有るぜ?」

「それでも構いません。現在でも妖精種族が好んで住んでいる地は、世界の中心地でも不毛地帯に近いけれど自然の多い田舎ですから」

「そうか、妖精種族ってのは欲が無いな」

「ですが、我等妖精種族はデンジャラス公国並びに大公家へ永遠の忠誠をここに誓います」


 恭しく腰を曲げ、リットは己の胸に拳を当てた。


「ならお前は妖精種族を束ねるディード族の長、つまりはディード伯爵家の当主、リット・ディード、ディード伯爵様だ。叙爵式はまだ未定だけど、好きな所を好きなだけ伯爵領としてくれてやる。男ガイストに二言は無ぇ」

「有り難き幸せ」


 後に、叙爵されたリットへ与えられた領地は、元々妖精種族が多く住む広大な田舎の辺境であった。また、海に面している不毛地帯の一部も、ルンの特殊魔法豊穣により自然が復活した後、新たに加えられる事となる。

 そうなると、領地が他国との境界線ともなりディード家は国境を守る辺境伯とも言えるので、実質的にその爵位は侯爵と同等であった。

 更にディード領は、多種な農業や酪農、漁業によって様々な料理文化が発達し、火山も有るので温泉地としても名を馳せ、ドワーフ等による鉄鋼を始めとした職人や、職人から転じて芸術家も多く育ち集い始めた。

 結果的に、温厚な妖精種族が多く住み、田舎特有の風光明媚な景色、温泉、料理、一流品、芸術の地としてデンジャラス公国一の観光地であると共に、海上貿易や河川舟運の拠点としても栄えてゆく。

 今日より十数年先の話ではあるが。


 だが、そんな未来の繁栄よりも、今のリットには確かめねばならない重要な件があった。

 それは、魔物達の運命を左右する聖女について……ではなく、完全に私事(わたくしごと)である。


「それはそうと大公様、あの後ろに居られるお美しい金髪の御婦人。彼の方が大公様の母君であらせられるエメルダ様でしょうか?」

「んっ?ああ、そうだけど?」


 普通なら、この辺りで聖女の存在でも聞いて来るのかと誰もが思ってたのだが、何故かリットは聖女であるルンをスッ飛ばしてエメルダへと話を振った。


「いきなりで厚かましいお願いでは御座いますが、デンジャラス公国建国の暁には、どうか私めをエメルダ様専属護衛にして頂けないでしょうか」


 その願いに、ガイスト以下、ルンや周りの仲間達が仰天した。

 眉間に皺わ寄せ、ギラギラした瞳を醸しているリットを見れば、思惑が一目瞭然だったからだ。

 当の獲物であるエメルダ本人だけは然程大きな驚きも見せず「あらまぁ」とだけ口走るに止まったが。


 実は、魔物達の種族に拘らない交流が広がりを見せ始めた時、窓口役であるリットは種族間での揉め事を回避する為の方法を教わっていた。

 けれども、ガイストにはややこい内容は分からない。代わりにエメルダがガイストの目を通して多民族国家であるゾルメディア帝国の法を教授していたのだ。

 エメルダの方からはリットの姿は見えないし声も聞こえない。人間であるエメルダには特殊魔法魔物使いなど何の影響も及ぼさないからだ。

 ガイストは魔物使いを通して聞こえているリットからの質問を、リットの代わりにエメルダへ聞くという方法を取っていた。後はエメルダがガイストに向かって質問に答えれば、魔物使いによって、答えは直接リットへと届く。

 そう、リットはガイストの目を通し耳を通し、エメルダの姿が鮮明に見えていたし声も聞こえていた。


 エメルダの容姿は線の細い儚げな金髪美人。長命で若づくりなエルフと比べると、優しそうなお姉さんタイプ。

 何度も何度も魔物使いでバーチャルな会話をしていたリットは、何時しか童顔のエルフには中々居らず、知らない事を優しく教えてくれる小学校の女教師のようなエメルダに恋をしてしまっていたのだ。


 とは言え、相手は魔王の母親。どうしようかと悩んだ末に、専属護衛、つまりは影の護衛という逃げ道を思い付いたのだった。これなら自分が魔王の母親を慕っているとはバレないだろうと。

 まぁ、ギラ付いた表情から速攻で皆にバレたのだが、一応ガイストがエメルダに尋ねる。


「母上はどうなの?」

「別に私は今すぐでも何の問題も無いですよ」

「そっか。じゃあ此方の準備が整い次第、近衛騎士団とは別に母上の、公太后に最も近い影の護衛な」


 今迄、兵士のように険しかったリットの顔に一瞬の笑みが溢れた。


「いや、別に人の好みをとやかく言うつもりはねぇけどよ。確かに若作りだけど、母上もそれなりの歳だぜ。良いのか?」


 また「あらまぁ」と他人事みたいにエメルダが応えるが、逆にリットの方が感情を剥き出しにした。


「何を仰いますか! エルフ並みに線が細く儚げながらも、身の内から沸き起こる力強さと優しさを感じられずにはいられない容姿! まさに、公太后を名乗られるに相応しい御婦人では御座いませんか! こんな素晴らしい御方だから恋…………守る事こそが私の使命だと悟りました! それに、私の年齢は人間ならとっくに死んでいる112歳です!」

「はぁ!?」

「エルフの寿命は大体300年程。二十歳までは普通に歳をとって、それからは老けません。自然死、老衰ならば死ぬ直前になって急激に老けていくのです。だから私の実年齢は112歳ですが、人間に例えるなら二十歳過ぎぐらいですよ」


 リットは隠れキャラだったので、取り扱い説明書にはキャラ設定が載ってなかった。

 その後に発売された攻略本にも年齢までは記されていなかったので、これにはガイストも驚かされた。


「そ……そうか。なら何の問題も無いな」

「ええ、何の問題も御座いません」


 最早、有無を言わさずリットの恋心は皆にバレバレだった。

 当人を無視した恋の了承に、やはり「あらまぁ」とだけ応えるエメルダ。

 自分が取り乱してしまった事に漸く気付いたリットは、また冷静な態度を取り繕った。


「スイマセン。私とした事が公太后様のあまりのお美しさに取り乱してしまいました。では、私の他にも今迄デンジャラス公国都市開発の指揮を取っていた者達を紹介致します」


 スッカリとリットの頭の中から聖女の事は抜け落ちてしまっており、次なるリーダーを紹介しようとする。

 この頃のルンはまだ魔物を恐がっていたので、最初に見せたガイストの挑発的な態度から穏便に話が済んで助かったと思う反面『私がヒロインなのに、何でリット様のフラグが皇后様に立ってんのよ!』とも思っていた。


 心の中で半泣き状態であるルンを余所に、リットが下がると同時に、黒衣のマントを翻したズールが優雅にガイストの前へと歩み寄って、己の胸に拳を添え腰を折る。

 この世の者とは思えないイケメンぶりに、実物を見た事が無いガイスト一行皆が感心してしまう。

 周りに屯する魔物女子の中には、ガイストが伝えた鉢巻き法被(はっぴ)姿でここぞとばかりに「キャー!キャー!」声を上げる者までいる程だ。 


「イヤイヤイヤ、イケメンだね~」

「リット同様御存知でしょうが、改めて自己紹介致します。私はアンデット種族を束ねるバンパイヤのゾディアック・ズールと申します」

「あ~、ヤッパリそうか。流石は男も惚れる腐女……」

「フジョ?」

「何でも無い、何でも無い」


 思わず乙女ゲームの知識が出掛かってしまう。

 ズールは軽く不思議な顔をするが、直ぐに元の腐女子人気No.1のやおいスマイルを出した。

 それでまた魔物女子からの声援が飛ぶ一方、既に目が♥になっているエメルダの侍女までいた。


「で、ズール様はこの俺にどう()()()()してくれるんだ?」


 色々な意味を濁した言葉で挑発するガイストに対して、ズールは至って冷静だった。


「とんでも御座いません。貴方様の魔王の力は本物です。ならば私は貴族。貴族なら王に従うのは当然。ですが……」

「ですが?」

「貴方様は魔王としての風格はおろか、佇まいや性格、態度等、何もかもがゲイザー様と似ても似付かない」


 ここまで聞くと、貴族の義務のみで新たな魔王に従うと言っているように聞こえる。

 それが分かっていながらガイストは高笑いする。


「カッカッカ! 俺はゲイザーを知らねぇけど、間違い無くそうだろうな」


 到底、高貴な血を持つ者とは思えない魔王を見詰めながらズールは話を続ける。


「……それなのに、貴方様を直で拝見させて頂くと……何故か懐かしさを感じます」

「つっても、ゲイザーと俺とは遠縁の先祖と子孫ぐらいにしか接点はねぇけどな」

「それだけでは御座いません。私は長い年月、色々な人間を見て参りましたが、普通の人間には無い未知なるモノも貴方様から感じるのです」


 バンパイヤとして悠久の時を生きて来たズールは、自身の観察力や経験から、魔王の力を抜きにしても、バキの発言や行動から考えても、ガイストは普通の人間では無い。もしかすると、人間を超越した存在かも知れないと感じていた。転生者という概念を持っていないにも関わらず流石は自称頭脳派だ。

 それでも、今の段階では賢王としての素質を持った者程度に思っていた。


「フッフッフッ、初見でそこまで評価してくれるたぁ有り難いね。けど、俺はまだ何も成しちゃいねぇ。言わば、まだハリボテの魔王だ。今は大公で十分だよ」

「大公……ですか?」

「おうよ。一応公式にもこの国はデンジャラス()()って事になってるしな。だから文章に則って俺の事は大公って呼んでくれ」


 再び婦女子悶絶スマイルを爆発させるズール。


「畏まりました。では私もデンジャラス公国並びに大公家へ永遠の忠誠をここに誓います」


 ガイストも負けじと何時もの嫌らしい笑いではなく、メイン攻略対象者たるイケメンスマイルを噴出させる。

 その時、ルンだけが頭の中でイケメン達の妄想を爆発させ、嫌らしい笑みを浮かべていた。


「確かズール様は、元から伯爵様なんだよな?」

「左様で御座います」

「望むなら伯爵じゃなく侯爵に昇爵させようか?」


 すると昔の少女漫画さながら、背中に薔薇を背負ったズールが軽く「フッ」っと笑った。

 これには、その場にいる魔物人間男女問わず全員が頬を染めた。

 ガイストもあまりのイケメン力に思わずたじろいでしまう。

 イケメン対決はズールに軍配が上がったようだ。


「いえ、私はバンパイヤなので永遠に伯爵で結構です」

「そ……そうなの?」

「はい、既に領地も御座いますので」

「それなら別に良いんだけど……」

「令嬢であるならいざ知らず、何故大公閣下は私如きに“様”を付けるのですか?」

「いや、なんとなく……」


 うっすら頬を染め言い淀むガイスト。最早バン○ランに見詰められるマラ○ヒ状態だ。


 イケメン対決を征したズールは何気を目線を泳がせる。すると、一人の女性の存在に目が止まった。

 それは、唯一超ド級やおいスマイルに頬を染めていないエメルダだった。

 すかさず、ガイストの前から高速移動し、膝を着きそのままエメルダの手を取る。

 自分が超絶イケメンであると分かっているので、フェミニストのプライドに掛けてエメルダの歓心を引こうとしているのだ。


「公太后閣下、貴女の御美しい「そこまでだ」」


 取った手の甲にキスをしようとしたズールの真横に、何時の間にかリットが佇んでいた。

 しかも、帯剣していたレイピアをズールの首筋へと突き立てようとしている。


「……リット、何の真似だ?」

「私は大公様より正式に公太后様の護衛を任された。それ以上の狼藉は貴様でも容赦せんぞ」

「狼藉だと?……フッ、不老不死のバンパイヤである私に、レイピア如きが通用するとでも?」

「このレイピアは魔法を帯びたミスリル製だ。例えバンパイヤと言えどもただでは済まん」

「…………」


 二人の間に沈黙が流れ、無表情同士での睨み合いが続く。

 ガイストやその周りの仲間達は目を輝かせながらイケメン同士の成り行きを見守っている。

 当の獲物であるエメルダも自由になる片方の手を頬に当て、またもや「あらまぁ」と呑気に呟いている。

 しかし、次にリットが放った一言で何故かアッサリと決着が着いてしまった。


「恋愛そ「私の負けだ」」


 全てを言い終わらない内に、ズールが己の負けを認めたのだ。

 エメルダに添えていた手を離して立ち上がり一礼すると、再びガイストの前へと戻り、再度一礼する。


「無様な姿を御目に掛けてしまいました。申し訳御座いません」

「いや~、イケメン同士の女を巡る戦いが見れたんだ。これぞリアル乙…」

「オト?」

「何でも無い、何でも無い」


 ガイストが「乙女ゲーム」と言い掛け天丼をかましている間に、リットも何食わぬ顔で所定の位置へと戻っている。

 ルンも、またもや頭の中で『何でズール様のフラグも立ってんのよ!』とイライラとしていた。

 最終的にズールのフラグを勝ち取るのはディアナなのだが。


 ルンがイライラしている間、改めてエメルダにご執心なリットを認識したガイストは何かを閃いた。


「そうだ! ズール様は俺やルンの影の護衛になってくれよ。無敵のバンパイヤが守ってくれるなら俺達も心強いぜ。なぁルン」

「えっ!ええ!」


 いきなり話を振られたルンは思わず了承とも取れる返事をしてしまい、そのまま話が続いていってしまう。


「ルンとは、先程から公太后閣下の後ろに控えてらっしゃるレイディの事でしょうか?」

「おお、そうそう。んで、俺の嫁になる聖女だ」

「ほう……聖女ですか……」


 二人の会話を聞いていたリット、シュドウ、ミジィは、全員揃ってルンへと顔を向けた。

 自分に注目が集まっていると気付いたルンも、急に恐怖に駆られ透かさずエメルダの真後ろへと身を隠す。


「大公閣下。御二方の影の護衛の任、慎んで拝命させて頂きます」

「じゃあ、本当(マジ)()()()()頼むぜ、ズール様」

「畏まりました。それでは私はこの辺で宜しいでしょうか」

「おう」

「私の次に控えまするはシュドウ、そしてミジィで御座います」


 その時、ズールの口調に何ら変化は無かったのだが、ガイストを見詰める瞳が語っていた。


 シュドウとミジィには気を付けろと。


 ズールとしては、この場で聖女が誰かなど聞くつもりは無かった。けれど天然なのか(わざ)となのか、その正体をガイストは簡単に明かしてしまった。

 最も聖女を危険視するシュドウとミジィがどういう手を打って来るか分からないのに。

 ルンと呼ばれた少女はおとり。つまり、反ガイスト派から本物の聖女を守る為のニセ聖女の可能性も捨てきれないのだが。

 一応、ガイストも今日に至るまでのやり取りからシュドウとミジィが反ガイスト派である事は知っている。今更、魔王の力を用いて理由(わけ)を聞くまでもない。


 アイコンタクトで返礼を確認したズールは安堵した後、最後の一礼をしてリーダー達の列へと戻った。

 どういうつもりかまでは計れないが、ガイストから返された瞳から聖女の正体を明かしたのが態とだと悟ったからだ。


 次からいよいよ反ガイスト派との直接対決だ。当然ズールの無言の警告通り、不機嫌さを隠そうともせず、シュドウがガイストの元へと寄って来る。

 真正面スレスレで足を止めるシュドウ。しかし、ガイストよりも背の高いので、上から威圧するかのように見下す。


「分かってると思うが、俺がテンロウ族の頭目にして剛力種族のリーダー、オーガのシュドウだ。マ・オ・ウ・サ・マ」


 声を掛けられたガイストは、シュドウから発散される闘気に気圧されたのか俯いてしまった。


 一礼が無いどころが、シュドウの態度や自己紹介には明らかに敵意が含まれている上に馬鹿にしている。

 それもそのはず、今までのやり取りから判断した結果、殺されてもガイストの下に付く気は無くなっていたのだから。

 それに、此所まで近付いてしまえば此方のモノ。魔王の力を使う前にオーガの拳でガイストの頭部を軽く粉砕出来る。

 シュドウとしても、まさかこんなにアッサリと間合いに入れるとは思っていなかった。魔王を名乗るには余りにも迂闊すぎる。

 もう、この時点で己が仰ぐ主に値しないと結論付け、後はどのタイミングで命と引き換えにガイストを殺すか考えていたのだ。


 だが、その時。


「……ケッケッケ」


 思わず、背筋に悪寒が走る。

 今、自分が殺そうとしている男から不気味な笑い声が聞こえてきたからだ。


 そう、聞き覚えの有る、あの不気味な笑い声が。


 それでも、己の殺意を取り戻し、自己紹介と同様、またもや小馬鹿にする。


「どうした。俺の恐ろしさを間近で感じて気でも狂ったか?」


 それは、余りにも迂闊な台詞だった。何故なら、自分達の根城に乗り込んできたバギを殺そうとして、逆に痛い目に合った魔物達の常套句(じょうとうく)だったからだ。


「そう見えるか?」


 応えて、俯いた顔を上げるガイスト。顔を見た瞬間、シュドウは今度こそ真なる戦慄を覚えた。


 その表情は、不敵とは表せない程邪悪に歪み、その三日月状に尖った口元は、獲物を狩る餓狼を連想させるに十分だったからだ。

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