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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
魔物達の章~魔王の呼び声~
14/18

思惑編

 帝都を追放されたガイストとその一行は、遂に世界の中心地、旧ゾルメディア王国領土へと足を踏み入れた。


 だがそれは、まだ続く長い旅の一歩を漸く踏み出したに過ぎない。

 彼等が目指す最終地点は、無限の資源と予言の石碑(モニュメント)が待つ旧ゾルメディア王国王都。

 魔王の力を使った事前の下調べでは、辺境の街からはまだ馬車で半月程は掛かる。だが最寄りの港から船で旧王都を横切る広大な運河を上れば三日程で到着する。


 イケメンエルフのリットをリーダとして仰ぎ、元々人間に敵対心を持っていなかった温厚な魔物達の集まりである妖精種族と、バンパイヤのズールを領主とするアンデット種族。この二つの種族は、ガイストを新たな魔王として認める親ガイスト派。

 故に、辺境の街から旧王都へと到着するまでの旅の手配や護衛の任はエルフ達が請け負う事になっている。

 更には、ガイストが辺境の街へ到着したと同時に、自分に付いてきてくれた仲間達を守る為、特殊魔法“魔物使い”を使用。

 魔王の力とも呼ばれる特殊魔法は、魔物達へ絶対服従の命令を下す。

 ()()()()()()()命令の内容により、全ての魔物がガイスト一行に手出し出来なくなった。


 ゴブリンといった雑魚キャラや馬鹿な魔物達の集まりである妖魔種族と、トロルといった体が大きく力が強い魔物達の集まりである剛力種族は反ガイスト派。

 反ガイスト派のリーダーが、美貌の女ダークエルフのミジィとイケメンオーガのシュドウ。


 ガイストが魔物使い、即ち魔王の力を用いて発した命令は、ミジィとシュドウが危惧していた()()()()()ではなかった。それでも魔物達を震え上がられるには十分な内容だった。

 突然、ミジィとシュドウも()()()()を出すかも知れないと予想をしていたので、事前にガイスト一行には絶対手出し無用と全ての魔物へ通告していた。

 共に世界の中心地へと赴いた仲間達を守る為、ガイストが下した命令を何故二人が予想出来たのか。

 それは、あの日の夜、ある魔物に教えられていたから。


 ズールが呟いた“バギ”と言う名の魔物から。






 ~~~~~~~~~~






 新たな魔王の呼び声が初めて世界の中心地へ届けられた日、魔物達のリーダーであるリット、シュドウ、ミジィ、ズールの四人はガイストに対する緊急会議を開いた。

 会議が終わりを見せた頃、無限の資源に異常事態発生との急報が舞い込む。

 そのまま長靴を履いたケットシーのロぺに連れられ、異常事態の現場へと赴いた四人のリーダー達。すると其処には、大勢の魔物達が眠っていると共に、眠らせた張本人、闇とも影ともつかず魔物なのかも分からない謎の物体が佇んでいた。

 ただ、魔王ゲイザーの時代から存在するズールだけがその物体を知っていた。そして呟いた。


 影の名「バギ」と。











 呟きを耳にした四人は驚愕の表情を晒し、ミジィが改めて影の正体を問い直す。


「まさか!? 魔王の影、トリックスターか!?」

「……あの姿……ドッペルゲンガーに間違い無い。魔王の忠実なる目であり、耳であり、口でもある不死身の影。眠り(ヒュプノス)影隠密(シャドーシーク)擬態や変身(トランスフォーム)といった魔法を使い、トリックスターという異名も持つ。確か、ゲイザー様が殺された日に姿を消した筈だが……」


 御丁寧な説明通り、今皆の目の前に佇む黒い物体は、魔王に付き従う影、ドッペルゲンガーという魔物だった。

 ドッペルゲンガーは魔王のみに絶対服従する。且つドッペルゲンガー自身は不死身。例え物理攻撃や魔法攻撃を一斉に浴びせようと殺せない。しかし、ドッペルゲンガーは人間並みの力しか持っていない。

 故に、眠りの魔法(ヒュプノス)を用いて襲って来た魔物達を眠らせたのだった。

 そして、ドッペルゲンガーにはズールさえ知らない秘密が有った。


 魔王の誕生と共に産まれ、魔王の死と共に消滅する。それがドッペルゲンガーだ。


 今の時代を生きる魔物達はドッペルゲンガーの事を”黒い魔物“や”影の魔物“という抽象的な言葉、又は”魔王の影“や”トリックスター“という異名で先祖から聞いていた。

 眠っている魔物達を含め、誰もがドッペルゲンガーの真の姿を知らないからこそ、一見しただけでは奇々怪々な影の正体に気付けなかったのだ。実物を知るズール以外は。


 ガイストが魔王の力に目覚めると共に産まれた二代目ドッペルゲンガーは自身の説明を受け、出逢った時と同じく陽気に応える。


「おお、良く知ってんじゃねぇか。で、俺って今朝産まれたばかりなんだよ。つーこった、予言の石碑(モニュメント)に記されてる魔王も誕生したんだろ?」

「今朝だと?……お前と魔王様とはどういう関係なんだ?」

「そんぐらい自分で考えろよ。そこまで俺の事が分かってんなら簡単じゃねぇか」


 魔王ゲイザーに仕えていたドッペルゲンガーが何時産まれたのかは誰も知らない。けれど、姿を消したのは魔王が殺された日。再び姿を現したのは、新たな魔王が誕生した今日。

 なら、少し頭を捻れば容易に答えが導き出せる。


「そんな事よりもさー、ちょと聞いてくれる? 俺の産まれた場所ってのが、無限の資源内でも湖畔すら見えない影も無い中腹でよー。そんなんじゃ影隠密(シャドーシーク)で移動も出来ねーだろ。しゃーねぇから陸を求めてずっと歩いてたんだぜ。何で産まれて早々こんな目に会うんだよ」


 無限の資源は乙女ゲームの外の世界(リアル)で例えるなら琵琶湖程の広さが有る。

 このドッペルゲンガーは、本日雲一つ無い快晴の中、広大な湖のド真ん中に産まれ落ち、何かに導かれるまま、動き難い湖の中をえっちらおっちら徒歩で移動していたのだ。

 やがて日が暮れて夜になり、漸く影隠密(シャドーシーク)を使えるようになって、やっと神殿へと辿り着いたのだった。

 因みに、先代ドッペルゲンガーも二代目と同じ場所で産まれたが、ゲイザーが魔王の力に目覚めた時は夜だったので、直ぐに何処へでも移動出来た。


 一通り愚痴り終えたドッペルゲンガー。今度は自身からズールへと声を掛ける。


「なぁ、そこの何でも知ってる白髪ロン毛したメッチャイケメンの旦那」

「私か?」

「そうそう、旦那旦那。さっき旦那さー、バギっつったみたいだけど、それってなんなの?」

「バギとは遥か昔の魔王、ゲイザー様に従ってたドッペルゲンガーの名だ」

「何で態々名前なんか付けたの?」

「ドッペルゲンガーだと長ったらしくて呼ぶのに面倒臭いという理由からだ。因みに名付け親もゲイザー様だ。何でも、剣激の音をそのまま名前にしたそうだが」


 魔王ゲイザーは聡明ながらも脳筋な武人でもあったので、名付けにもらしいセンスが出てしまったのだ。


「おお、そうか。じゃあ丁度良いや、これからは俺の事もバギと呼んでくれ。ケッケッケ」


 不気味に笑うドッペルゲンガー。いや、二代目バギ。

 当時から、魔王ゲイザーもバキも知るズールだったが、ここで少し眉を(しか)めた。


「……お前……本当にドッペルゲンガーなのか?」

「何言ってんだ、旦那が俺をドッペルゲンガーだと認めただろ?」

「だが、ゲイザー様の影、前のバキはお前のように陽気で馴れ馴れしくはなかった。……どちらかと言うと、ゲイザー様に似て言葉使いも礼儀もしっかりしていたぞ。間違っても私を旦那などとは呼ばなかった」

「あ~、そりゃ俺が魔王の完コピだからだよ」

「完コピ?」

「そう。だから俺の性格や言葉使いは、俺を産んだ魔王の性格や言葉使いそのものだと思ってくれていいぜ。流石に思考や知能、知識まではコピーされてねぇけどな」


 二代目バギがガイストの陽気さや馴れ馴れしさをコピーしていると同じく、先代バギも魔王ゲイザーの性格をそのままコピーしていた。

 だからなのか、先代バギは主君に対する忠誠心も人一倍厚かったので人間側との停戦調印式には変身(トランスフォーム)を用いて自分が赴くと強く主張していた。

 だが、ゲイザー自身の誠実さが災いしてしまい、その主張は受け入れられず、魔王の死と共に消滅していたのだ。


 けれど、今回のバキは何かが違う。ズールは奇妙な感覚に囚われた。

 その場に集う者達は、バギを見詰めた。相手は黒一色の影であるにも関わらず、何故か不敵な笑みを醸しているかのように思えた。


 まるで、ガイストのように。


「俺はただ、予言の石碑(モニュメント)に呼ばれ、予言の石碑(モニュメント)が今まで見てきた事しか知らねぇよ」


 それはまさに、自分は予言の石碑の化身だとも受け取れる発言。


「だからこそ、産まれたばかりなのに、世界の中心地の現状を含めた最低限の知識を持ってるし、アンタ等とも喋れるんだけどな」


 そう、予言の石碑(モニュメント)こそが、バギを神殿へと導き、全ての知識を与えたのだった。

 悠久の時、予言の石碑(モニュメント)は世界の中心地を見てきた。当然、魔王ゲイザー誕生から世界大戦に至り、現在この地を支配する魔物達の営みも。


 魔王、そしてドッペルゲンガーの秘密を知った者達は、新たに得た情報を頭の中で咀嚼する。

 その結果、リットが複雑な表情をして尋ねた。


「……改めて聞くが、お前のその物言いは、新しい魔王様そのものだという事だな?」

「イエス」


 肯定された返事を受け、四人のリーダー達は顔を見合わせる。

 バキの発言に嘘は感じられない。ならば、新しい魔王はゲイザーと違い、かなり庶民的で能天気な性格だと考えられる。


「フフフ……あのガキの底が見えたな」


 シュドウが見下したように笑う。


「魔王だなんだと言っても、所詮人間のガキだ。例え魔王の力を持っていようが聖女を連れて来ようが、俺が手を下す間も無く速攻で魔物達の餌食になるな」

「貴様! 魔王様を愚弄するのか!」

「愚弄も何も、このドッペルゲンガーが新しい魔王そのものなんだろ? こんなのが我等の主君とは笑わせる」


 言葉通りクツクツと笑うシュドウを睨み付けるリット。二人の間に再び険悪な空気が流れる。

 状況を察したミジィがまた仲裁に入ろうとした時だった。


「おう、そこの角生やしたイケメンのあんちゃん」


 思わぬところから声が掛かり、笑いを止め視線だけをバキに向ける。


「何だ?」

「アンタ、魔王が何なのか分かってんのか?」

「ハッ、言うまでも無い。魔王とは魔王の力を持つ者だろ」

「は~、浅いね~」

「浅いだと……?」


 返された言葉に対して不愉快さを表すシュドウだが、バギは何食わぬ口調のまま続ける。


「魔王ってのは“戦いに破れた者”なんだよ」

「それがどうした」

「戦いに破れた者は、もう後が無い。後が無い奴は何を仕出かしてくるか分からんぜ~。なんたって背水の陣だかんな」


 表情を元に戻したシュドウは再び鼻で笑った。


「フン、背水の陣だと……あのガキが何を仕出かそうが、力と牙をもって応えてやるよ」

「ほ~、ガキガキって。今、俺の持つ知識とアンタ等の会話を聞く限りじゃ、俺を産んだ魔王はゲイザーの次に誕生した魔王、尚且つまだ子供。しかも此所へ聖女を連れてくるらしいな」

「ああ、正しくガキの寝言だな」

「例え寝言でも魔王の力は絶対だ。今日、何かを命じられただろ? 何でか街を綺麗にしたい衝動にかられてるしよ」

「小癪にも街作りを命じやがった。だが、所詮ガキはガキ。貴様のその態度からも人柄が知れるしな。とてもではないが我等の主君、魔王とは認められないな」

「逆だな」

「はぁ?」


 この時、他の魔物達が気付かなかったガイストの思惑にバギが初めて触れた。


「俺を産んだ魔王、そう、新しい魔王はまだ子供。まだ子供なのに”戦いに破れた者“なんだよ。そんな状況に身を置いてるなら普通の子供、即ち凡人なら迷わず魔物達に自分を守れ、若しくは敵への攻撃命令を下すだろう。でも、新しい魔王は街作りを命じた。これの意図するところが分かるか?」

「分かる訳が無かろう!」


 余裕の崩れたシュドウに、バキは答える。


「ガキだからと甘く見るのも良いけどよ、新しい魔王は明日明後日じゃないにせよ、近々此所へ来ると言ったのか?」

「それは……」

「違うなら、長い年月を掛けて何かやらかすつもりかも知れねぇな。街作りを命じたのが良い証拠だ。しかも、魔王の天敵とも言える聖女を殺すではなく連れてくるとも言ったんだろ?」

「そうだ。これこそが我等魔物を駆逐しようと考えてる証拠だろ」


 単純な見解に、今度はバギがシュドウを鼻で笑う。


「フン、そりゃ有り得ねぇな」

「何故そう言い切れる?」

「そんな面倒な真似しなくとも、こう命じれば良いんだよ「魔物は全員自殺しろ」ってな」


 即座に皆の顔から血の気が引き、背筋を寒気が襲った。

 確かに、魔王なら魔王の力を用いて魔物達を皆殺しに出来る。本気で駆逐するつもりなら聖女や勇者に頼らずともその方が手っ取り早い。

 例え、アンデットと言えども完全に不死という訳ではなく弱点は存在するのだから。


「俺が思い付くって事は、当然新しい魔王も思い付くぜ」


 バギの言う通りだった。ガイスト一行が旧ゾルメディア王国領土へと足を踏み入れた時、人間の仲間達を守る為に魔王の力を持って発した命令とは。


『直接だろうが間接だろうが今から故意に少しでも人間へ危害を加えた魔物は、即刻自殺しろ』


「全ての魔物は自殺しろ」ではなかったが、魔物達への自殺命令を事前にバギから教えられていたからこそ、ガイスト等を襲ってはいけないと絶対厳守させていたのだ。

 人間嫌いで馬鹿の集まりである妖魔種族と言えど、自分も死ぬと分かっていながら手を出す流石の馬鹿は居ない。

 それでも幾人かの魔物が玉砕全滅覚悟でガイスト一行を皆殺しにするというなら別だが。


「まぁ俺はドッペルゲンガーだから助かる可能性が高いけどな。ケッケッケッ」


 ドッペルゲンガーが自殺するには、魔王を殺さないといけない。つまり、ドッペルゲンガーへの自殺命令とは、ドッペルゲンガーに「魔王を殺せ」と命じているに等しい。

 本気でガイスト自身が自殺しようと考えない限り、全ての魔物へ自殺を命じようとも自分だけは外される。それが分かっているからこその余裕の笑いだった。

 とは言え、まだこの時点でガイストはバギの存在を知らないのだが。


「何にせよ、その子供をただの凡人愚魔王で片付けるには早すぎるぜ。それに、子供の可愛いさかりなんてあっという間だ。たった数年で良い大人になるぜ」


 そう、子供は大人になる。

 今は子供、若しくは少年でも、どのように愚かに、又は誠実に、そして狡猾に成長するか分からない。


 転生者である事を抜きにしても、ガイストはゾルメディア帝国正室直系の皇太子様。にも関わらず、実質次期皇帝継承権争いに負けているので、魑魅魍魎が拔扈(ばっこ)する皇宮内ではメルチェ家の後ろ楯が有ろうとも常に死と隣り合わせ。

 皇城の外でも危険が付き纏うが、内でも外でも自身が持つ知略と行動力を駆使して直接危害を加えようとした相手を容赦無く破滅へと追いやっている。


 帝国本国貴族等は、スレイン皇帝によるあからさまなガイスト親子への冷遇とアーサー親子への優遇、且つアーサーの聡明さしか見えてないが、グレンといった一部の者達には分かっていた。

 どう考えても、ガイストを無邪気で可愛い皇子様などと見る方が間違いだと。

 実際、ガイスト一派が世界の中心地へと赴くのは、この日から七年後。世界の中心地から飛び出すのが、そこから更に五年後。また更に、飛び出した後には帝国へのざまぁも企てていた。

 僅か十二歳の少年が魔王の力に目覚めたその日の内に、計十二年以上もの長期計画を立てていたのだ。

 後にガイスト自身がペラペラと喋るので計画全てが明かされるのだが、現時点では魔物達の中でバギのみがガイスト像を的確に言い当てていた。


 それでも、感情を優先するシュドウは納得出来ない。


「大人だろうと何だろうと構わん! それに、あのガキは自分はゾルメディア帝国の皇太子だとも名乗りやがった。ゲイザー様を裏切り殺した男の子孫をどうすれば主と仰げるのだ!」

「はっ?そりゃおかしいな?」

「何がおかしい!」

「皇太子っつったら王国よりもデカイ帝国国主の座を約束されてんだろ? 言わば勝者の中の勝者だ。なのに何故、敗者でないと目覚めない魔王の力に目覚めたんだ?」

「「「「!?」」」」


 何気に放たれた質問が、四人に衝撃を与えた。


 世界大戦以前の魔物達にとっては、人間達が決めたルールや人間の国がどれだけ興ろうとも滅ぼうとも、自分達が侵略されない限り知った事ではなかった。

 高い知能を持たない魔物であっても、各々の種族に則ったコミュニティーが有りルールが有り生活が有り本能が有るのだから。

 その一方で、人間達と多少なりとも交流のあった種族なら最低限の事は知っている。人間の国には王国や公国や帝国といったものが有り、得てして国主は国王や皇帝。次期国主を約束された者が王太子や皇太子だと。でも、それだけ知っていれば十文。

 ゲイザーが魔王の力に目覚めた時の身分は、廃嫡された元第二王子。だが、ガイストの言葉を鵜呑みにするなら、ガイストは現皇太子。

 ガイストは皇太子ではない、嘘をついているという可能性も有るには有るが、その可能性は限り無く低い。

 何故なら魔王の力により、姿見を通して上品で煌びやかな衣装を纏うガイストと、豪華な調度品が並べられている室内風景を全ての魔物が見ているからだ。

 魔王の力に目覚めた時、牢屋に入れられていてボロボロだったというゲイザーとは雲泥の差、状況が余りにも掛け離れている。

 バギが放った謎よって、改めて気付かされた。


 勝者たる皇太子が、魔王の力に目覚めたという異常事態に。


 これは“戦いに破れた者”、つまり、敗者が魔王となると記されている予言とは明らかに矛盾する。

 もし、帝国が他国との戦争によって滅びる寸前、皇太子たるガイストが魔王の力に目覚めたのだとしたら、今直ぐにでも魔物達の加勢が欲しい筈。


 具体的に、何をもって予言に詠われる“戦いに破れた者”とするのかという謎が有るものの、人間側でも魔物側でも一般的な解釈では“人生を掛けた大勝負で命に関わる大敗を喫したゾルメディア王家の血を持つ人物”とされている。それはそうだ、ただ普通にギャンブルに負けた一般庶民が魔王の力に目覚めるなら世界中が魔王だらけになっていまう。

 ともあれ、ゾルメディア王家に拘わらず誰もがそのような状況に陥れば直ぐ様助けが欲しい筈なのに、新たな魔王は数年の後に赴くと答えた。今はまだ問題無いとでも言うかの如く。


 それもその筈、これも後にガイスト自身の口から明かされるのだが、実質的に次期皇帝継承権争いにボロ負けしているのであって、表向きはハリボテでもまだガイストが皇太子。

 今はそんな裏事情など誰も知らないし、当然魔物達も知らない。知らないなら謎のまま。

 謎だからこそ四人が至った結論は。


 魔王ゲイザーと比べ、魔王ガイストは何もかもが異端で異質、尚且つ矛盾している。


 更に、予言の石碑には“戦いに破れた者が魔王となって魔物を操り、この地を中心として、世界を席巻する”とある。

 初めてガイストが魔物達へ語り掛けたその日の時点では、ミジィの妖魔種族とシュドウの剛力種族は反ガイスト派。

 ガイストが世界の中心地へ赴くまで魔物達の状況に何の変化も見られなければ、反ガイスト派はずっと反ガイスト派のまま。とてもではないがガイストが魔物達を操り世界を席巻出来るとは思えない。

 一応、()()()()()が行使される事によって、全ての魔物が従わざるを得ない状況に陥るという予想も有るには有ったが。

 ともあれ、現時点では予言の石碑と相反する気味の悪い状況を魔物達のリーダー全員が悟り、さっきまで息巻いていたシュドウですら何も返せなくなった。


 同時に、能天気に見えたバキの見事な着眼点と、魔王の力を盾にした口三味線で皆を震え上がらせる手腕。これには、頭脳派を自称しているズールも舌を巻いた。

 ドッペルゲンガーは魔王の思考までコピーされてはいないが、新たに産まれたバキはガイストの性格そのままなので、敵を虚仮にする(たち)だった。

 それ故に、揚げ足を取る為、皆が気付けなかった矛盾点を指摘したり、相手の弱味を突く能力に優れていたのだ。


「フフ、魔王ゲイザーと違って二代目は現役の皇子様か。こりゃ中々面白しれぇじゃねぇか。聖女を連れてくるってのもアナーキーだしな。まっ、その辺の事情も後々分かるかもな」


 勝手に話を〆たバキは、眠っている魔物達の影を使いドッペルゲンガーだけに許された魔法、影隠密(シャドーシーク)で足元から消えていく。


「まぁ、アンタ等にはアンタ等の考えがあるだろう、好きにしなよ。これ以上、下手な口出ししねぇよ。俺はただ、俺の魔王に仕えるだけだ」

「待て、何処へ行く!?」

「夜は俺の独壇場だかんな。ちょっくら世界の中心地観光でもしてくるわ」


 基本的に二代目バギはガイストと同じく風来坊。しかし、他の魔物達と同じく魔王ゲイザーが残した「世界の中心地に集い、絶対に其所を死守しろ」という命令もインプットされていたので、行ける範囲で一人気儘な旅を楽しもうとしていた。

 当然、ガイストの命令もインプットされているので、街作りが本格始動すれば喜んで手伝うだろうが。


 そのままバギは「アバヨ!」という言葉を残して完全に影へと消えていった。


 バギが消えた後、残された四人は苦々しい表情のまま立ち尽くしていた。

 先程城で行った会議を改めて思い返してみると、各々が感情を優先させ、今得られている情報の重要性を疎かにして最終的な結論を導き出した。

 その結論に対し、情報を客観的に洗ったバギが、理論的、論理的な一石を投じたのだ。

 新たな魔王の異常性を再確認させられた者達は、会議での結論に自問自答せざる得なかった。


 そんな中、忘れ掛けられていたロペが声を上げ、四人は思考のパズルから目の前の現実へと戻される。


「みっ、皆さん!」

「……んっ? ああ、どうしたロペ? 何か気付いた事でも有るのか?」


 ミジィの問い掛けにロペは。


「寝ている人達をどうしましょう!?」






 ~~~~~~~~~~






 あの夜、ロペの斜め上を行く状況判断はさておき、新たな魔王に対する明確な回答を出せないまま時は流れた。


 自殺命令と新たな魔王の異常性。この二つを知るシュドウとミジィはガイストが世界の中心地へと赴くまでの七年間、大いに悩んだ。

 その結果、二人が弾き出した結論は、己の目で見てガイストを判断するだった。

 もし、ガイストが自分達の望む魔王でなかった場合の覚悟も決めていたのだ。


 二人の覚悟を他所に、ガイスト一行が旧王都へと到着するまでの宿泊先や料理の手配は全て親ガイスト派の魔物達で事前に用意されていた。

 絶対に手を出してはいけないと通告していたとしても、何処にでも跳ね返りはいるものと考えられていたからだ。

 けれども、エルフ達に守られたガイスト一行の旅は、辺境の街を皮切りに、何のトラブルも無く進んで行った。

 しかも、普通に考えれば早急に旧王都へと到着する為に船を利用するところを、ガイストはあえて全ての行程を馬車移動にした。旅の道中、幾つも港が有るにも関わらず。

 しかも、平気で観光等も行っていた。


 まるで、自ら危険な道を選んでいるかのように。











 そして半月が過ぎた。


 ガイストが操縦する馬車を先頭に、エルフ達に守られた一団は旧ゾルメディア王国王都へと到着する。

 そのまま、旧王城へと進んで行くガイスト一行。

 王城までの道中、車道の両脇には親ガイスト派と反ガイスト派の魔物達が犇めき合っている。

 周りを見渡せば全て魔物。そんな中でもガイストはニコニコしたまま余裕で馬車を運転していると、遂に城の正面玄関口が見えて来た。

 其処には、リット、シュドウ、ズール、ミジィといった魔物達のリーダーが待ち受けている。

 御互いの声や容姿を知っているとは言え、生で見るのは初めて。

 特に、シュドウとミジィの眼光は鋭い。


 レッドカーペットが敷かれている手前で馬車を停めるガイスト一行。

 まだヘラヘラした間抜け(ズラ)のまま、馬車の上から四人のリーダー達を眺める。その時、何人の魔物達が気付いただろうか。

 ほんの一瞬だけ、ガイストの口元が邪悪に釣り上がった事に。


 それに気付いたか否か、シュドウとミジィは無表情を崩さなかった。

 だが、二人の思いは激戦地へと赴く兵士のそれであった。


 間近に高く(そび)え立つ旧ゾルメディア王城を見上げるガイスト。

 次に、リット、シュドウ、ズール、ミジィへと遠く改めて向かい合う。


 ここに、魔物達の思惑と、新たな魔王の思惑が激突する事となる。

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