プロローグ
“現に、一緒に帝都を出てった仲間達も、今では全員侯爵家当主様に侯爵夫人様だ。その代わり、裏切り者は絶対に許さない。お陰で魔物達も皆殺しになり掛けたしな。実際、魔王と呼ぶに相応しい御人だよ”
魔王の影、トリックスターの異名を持つドッペルゲンガーのバギ談。
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一風変わった乙女ゲーム[レジェンド・オブ・モニュメント]
主人公であるヒロインが攻略対象者達と恋に落ち、最終的にはハッピーエンドを迎えるという御約束通りの乙女ゲームである。
そう、乙女ゲーム。なのに、何故かその世界へと転生してしまった現実の四人が居た。
乙女ゲームの主人公であり後に聖女となるヒロインの“ルン”
攻略対象者達の敵役の“アーサー”
悪役令嬢の“ディアナ”
そして、メイン攻略対象者の“ガイスト”
本来なら、ルンがガイスト他の攻略対象者達と恋に落ち、アーサー、ディアナという壁を乗り越え、真実の愛を勝ち取る物語である。
でも、四人が転生した世界は、歪められた展開で物語が進んでいった。
それは、世界の中心地RPGパートにおいて、主人公達と敵対する魔物達も同様だった。
この乙女ゲームは後半になると、魔王ゲイザーよって奪われた無限の資源と世界の中心地を取り戻す内容のRPGとなる。
しかし、本来ならラスボスである筈の魔王ゲイザーは物語には登場しない。
魔王ゲイザーは遥か昔に実在した伝説の魔王なのでゲームには出て来ないのだ。
それに、主人公達パーティーメンバーの最終目的は無限の資源の奪取。
そこまで辿り着けば、パーティーメンバーであるガイスト皇帝が特殊魔法“解放”に目覚め、魔王の呪縛から解かれた魔物達が聖女の息子、勇者を恐れて世界の中心地から逃げて行くという筋書きとなる。
そう、筋書きでは、ガイスト皇帝は解放の力を持つ筈だったのだが……
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その日、世界の中心地に衝撃が走った。
晴れ渡る蒼天の下、魔王ゲイザー最後の命令を子々孫々忠実に守っていた全ての魔物達の頭と心へ、直接呼び掛ける声が響いたのだ。
響いたのは声だけでは無い。一人の人間の姿も己の眼で見ているかのように浮かび上がった。
その人間は金髪碧眼をした少年だった。
少年の不適に歪められた口からは驚愕の正体が明かされる。
『俺の名はガイスト。現在西の大陸を支配しているゾルメディア帝国皇室の皇太子。旧ゾルメディア王国王室直系の末裔、ガイスト・ゾルメディアだ』
途端、魔物達のボルテージが上がった。
遥か昔、魔物達の主君だった魔王ゲイザーを殺害したルーク国王、更には魔物達を最も苦しめた勇者バーン。
今、口元を釣り上げた姿で目に写る少年こそ我等が忌むべき仇、その子孫だと悟る魔物達。
一気に殺意と憎しみが魔物達の中を駆け巡るが、それ等の感情は次に耳にした有り得ない台詞で行き場を失ってしまう。
『そして俺は、魔王の力を持つお前達の主君、魔王だ』
直ぐには言葉の意味が理解出来ない魔物達。
その中でも高い知能と知性を持つ勘の良い魔物や、魔王ゲイザーの時代から生きているバンパイヤなどは逸早く気付いた。
今、我等の頭と心に響いている声こそが、魔王の力そのものなのだと。
今、我等に見えている金髪碧眼をした人間の子供こそが、その力を行使している魔王なのだとも。
魔物達の確信とも言える予想は正しかった。
本来の乙女ゲームでは解放の力に目覚める筈の人物が、何故か魔王の力“魔物使い”に目覚めてしまったのだ。
少年は、魔物使いを行使しながら姿見に写る自分を眺めていたので、自分の目に写る魔王の姿が魔物達の目にも写っていたのだった。
見えている少年=魔王、その名はガイスト。他の魔物達も単純な結論へと徐々に至り始めた。
理解と感情が混ぜ合わさってしまい心の整理が追い付かず呆けてしまう魔物達を余所に、唐突にお願いとも命令とも取れる内容が発せられる。
『俺は数年の後、人間の仲間達と聖女と共に世界の中心地へ赴く。それまでに、せめて俺達が生活出来るぐらいには街を整えといてくれ』
再び驚きと怒りが魔物達に沸き起こった。
魔物達には『人間共を憎み続け、其処(世界の中心地)を絶対に死守しろ!』という魔王ゲイザー最後の命令が為されている。にも関わらず、新たな魔王は人間の仲間達だけではなく、魔物の天敵である勇者を産む聖女までもを此所に連れて来るという。
魔物ならば、聖女と勇者を用いて我等を駆逐するのではないかと考えるのが当たり前。
ガイストの脳裏に、魔物達による罵詈雑言の嵐が吹き荒れ、当人も漸く気付いた。
『そうだった、そうだった。お前等は人間を憎めって命令されてるんだったな。じゃあ丁度良い。お前等に最初の命令をくれてやるよ』
満を持し、ガイストは真なる魔王の力を解き放つ。
『世界の中心地に屯する魔物達は、もう人間を憎まなくとも襲わなくともいい。でも、周辺50km圏内に屯しているのは別だけどな』
魔王ガイストが下した最初の命令が魔物達の感情へと作用する。すると世界大戦以前、多少人間と交流を持っていたエルフ、ドワーフ、ホビット、人魚、ピクシー、バンシー、他の心から人間に対する怒りの感情が薄らいでいった。まるで催眠術から解かれたかのように。
それでも大多数の魔物達は元から人間の敵である。幾分マシになったとは言え、まだまだ敵意を剥き出しにした罵倒の声は鳴り止まない。
殺意剥き出しの罵声が脳裏から、耳から鳴り止まず、ガイストはやれやれといった感じで、一つ溜め息をつき。
『黙れ』
その一言で魔物達は何も言えなくなってしまった。それは、思考的にも物理的にも。
ガイストが行使した魔王の力によって喋れなくなったのだ。
魔王の力は細かく命じれば命じる程、的確にピンポイントに特定された相手のみに命令を行使させる事が出来る。
しかし、今回の様に不特定多数の魔物達に向かって『黙れ』とだけ命じれば、言葉通り全ての魔物はただ黙るしかない。
ここに至り、本物の魔王だと身を持って知る魔物達。それでも尚、怒りは収まらないし、それとこれとは話が別。
魔物達の思いを表すなら、魔王ゲイザーも人間であったし、新たな魔王が人間だったとしてもそれなりに理解は出来る。
だが、魔物達にとってゾルメディア王家とは憎しみの根源と言っても過言ではない。
例え魔王の力で幾ら黙らせようとも、魔物達が元々持つ怨念の強さに変わりはなかった。
人間と魔物、因縁の深さを改めて知ったガイストも、自分が魔王だからといって一筋縄ではいかないと知る。
魔物使いを使えば全て解消出来るのだが、今後の為、又は個人的にそのような真似はしたくなかった。
『まぁ、最初は魔物使いに頼らないとしゃーねぇか』
一人ごちた後、再び魔物使いを行使する。
『なら、お前等に命令する。世界の中心地に屯する魔物全員が協力して、無限の資源を有効活用し、旧ゾルメディア王国の王都や都市群、又は荒廃してしまった街や村々を建て直せ。農場、酪農を大きく復興させ、その間を繋ぐ道路、街道、下水道、港を綺麗に整備、馬車や大型船を大量に生産し、俺達が赴くまで、いや赴いてからも面白可笑しく暮らせ。突貫で働く必要も無いしな』
次に、アドバイスを伝える。
『つっても、鎖国された中でも、より閉鎖的で牧歌的な暮らしを好むお前等だ。魔法は得意でも先進的な技術は知らないだろ。また近々連絡するから、その時にでも改めて俺に街作りの相談をしろ。世界大戦終結以降、欲深い人間が編み出した最先端技術を教えてやるぜ』
一通り言いたい事を言い終え、また溜め息をつく。
『にしても、魔物使いって便利だけどメンドくせーな。複雑な命令だと具体的に丁寧に説明しなきゃならんし。猿の手、いや、ドラ○もんの願○星になっちまう可能性もあるから気を付けないと』
転生者にしか分からない長い独り言の後に、再び話を戻す。
『つー訳で、今日は俺という魔王が誕生した目出てー初日だし、こんぐらいにしとくか。あっ、この通信が終わったらお前等喋っても良いぞ』
黙れという命令の解除を伝えたガイストは、最後にニカッと笑う。
『じゃあ一先ず、アバサ!』
魔王の力に目覚めたガイストが、旧ゾルメディア王国復興命令を下したその日の日没前、数多の種族を取り纏める魔物達が旧ゾルメディア王城にある円卓の会議室へと集った。
メンバーは四人。
日焼けした男らしい肌と頭部に二本の角を持つワイルド系イケメンオーガの“シュドウ”。
肩口まである金髪に長い耳を持つ貴公子系イケメンエルフの“リット”。
白髪に長髪、タキシードを羽織っている超絶美形バンパイヤの“ゾディアック・ズール”自称伯爵。
そして最後に、肉欲的な体つきをした妖艶な美貌を持つ女ダークエルフの“ミジィ”。
彼等の目的は、今日皆の脳裏に現れた新たな魔王について、どうすべきかの話し合い。
本来はゾルメディア国王が座すのであろうと思われる一際豪華な椅子、今そこにはミジィが座り、議長として会議の開会を簡単に宣言する。
「皆が集ったところで、話し合いたいと思うが……さあ、どうする?」
「どうするも何も、あの人間は、いや、人間などと表すも無礼千万、彼の方は間違い無く魔王様だ。そう、我等が先祖代々子々孫々待ち望んだ新たな魔王様が遂に誕生したのだ。魔物には抗えぬあの力は、まさしく魔王の力以外の何物でも無いのだからな」
いきなり直球で応えたリットは、尚も語り続ける。
「確かに我等魔物は人間に対し、ゲイザー様を殺された恨みがある。けれど、新たな魔王様が命じた途端、我等エルフやシルキー等といった妖精種族は幾分憎しみが和らいだ。今日発せられた命令の内容から察するに、かなり温厚な人柄とも取れるし各族長達も新たな魔王様を好意的に受け止めている。故に、妖精種族は新たな魔王様を歓迎する」
リットがリーダーを務める妖精種族とは、元々が然程人間を敵対視していなかった魔物達の種族。知能も知性も理性も高く性格も温厚、且つ魔法が得意な魔物が多い。
妖精種族内でも更に細分化された各々の種族、各々の部族に別れていてはいるが、お互い交流をしている上に、調和、規律、秩序、統率とがちゃんと取れているので最も社会性が高い。
妖精種族からはかなり好印象のガイストだったが、当然ながら相反する意見も飛び出す。
「だとしても、俺はあんなガキが魔王だとは認められないな」
異を唱えたのはリットの対面の席で、腕を組んで座るシュドウ。
「我等オーガやトロル、ヘカトンケイル、サイクロプスといった剛力種族は元々人間とは敵対関係だ」
剛力種族とは読んで字の如く、腕に覚えのある魔物達の種族。魔法は苦手だが体躯の大きい魔物が多い。
剛力種族内でも更に細分化された種族や部族はあるものの、体育会系の脳筋ばかりなので、拳で語れば相手が何処の誰であれ強者には絶対服従する。それ故に規律と統率は取れており、軍団、軍隊としても活動出来る。
その剛力種族の頂点、リーダーこそがシュドウなのだ。
因みに、体が大きく強面ばかり剛力種族の中でも、オーガだけはシュドウに限らず全員イケメン細マッチョ。数少ない女オーガであるオーグレスも後にルンの侍女となるレダに限らず美女揃いである。
「確かに伝説の魔王ゲイザー様も人間だったが、魔物達には武と誠実さと同族、つまりは人間に対する恨みを持って受け入れられたと聞く」
リットを一睨みするシュドウは尚も主張する。
「しかも、ゲイザー様は兄ルークの裏切りによって殺された。枝分かれした分家ならまだしも、あのガキは卑劣極まる愚王直系の末裔なのだろ? そんなものを受け入れるなど我等魔物にとって百害有って一利無しだ。これは剛力種族の総意と取って貰ってもいい」
「けれど、魔王の力にはどう抗うというのだ?」
ミジィからの問いに、フッと鼻で笑う。
「あのガキの力は本物の魔王の力だ。それは認めてやる。この俺ですら、早く街を綺麗に建て直したいという衝動にかられてるんだからな。だから、此処に来るまでの間はガキの命令に従ってやる」
「では」
「だが、それまでだ。あのガキは最初の命令をしていない」
リットの端麗な顔が歪んだ。
「お前……まさか」
「そうだ」
「……そんな真似は絶対に許さん」
「お前に許しを貰う必要は無い」
「なら脳筋種族は、妖精種族と敵対する事になるぞ?」
「上等だ。やれるもんならやってみろ。フフフ、上品なお花畑種族はガキの命令通り草花や家畜でも育ててりゃいいんだよ」
向かい合うイケメン同士が一触即発の空気を醸し出すが、ミジィが二人を制す。
「止めろ二人とも」
「……コイツも彼の方の魔王の力は本物だとは認めた。なら、大恩ある魔王様に弓引くは大罪では無いのか?」
納得出来ないと噛み付くリットへ、軽く視線を向ける。
「だとしても、私の命令だ」
「それでも」
「お前も私が誰なのか知っているだろう?」
「うっ……」
「あのガイストという人間の子供は本物の魔王。それは私も同意見だ。だが……これ以上は言わなくとも分かるな?」
大した凄みも出さず淡々とした口調での説得にも関わらず、アッサリとリットの矛は収まった。
ミジィはもう一つの矛先へと視線を移す。
「お前も私が誰なのか知ってるな?」
「……ああ」
「なら、お前の主張も剛力種族の意見としてちゃんと聞いてやる。だから冷静になれ」
「……そうだな」
諭されたシュドウは暴れ狂う事も無く、以外と素直に受け入れた。この辺りこそ、彼が力だけでは無く理性的に脳筋種族を纏めたりうる所以なのだろう。
険悪な空気が収まった後、ミジィは己の対面に座っている最後のイケメンへ顔を向けた。
「ズール卿、貴方の意見を聞かせて貰っても良いですか?」
「…………」
「この中で、魔王ゲイザー様を直接知っているのは貴方だけだ。我等は口伝でしか知り得ない」
ズールは会議が始まって以降、何を考えているのかその真意は図れず、目を閉じたままピクリともしなかった。
「貴方は魔王ゲイザー様の誉れある影の護衛だったし、現在世界の中心地に集う魔物達の中で、唯一その御尊顔を知る者だ」
現在、伝説や詩に吟われている金髪のイケメンだったという情報以外、魔王ゲイザーの具体的な容姿を知る者はズール唯一人だけ。
魔王ゲイザーの生きた時代は、約五百年から四百年前と云われている。殆んどの魔物の寿命は人間と同程度で永くても百年前後。ズバ抜けて長命なエルフでも三百年程で、ダークエルフに至ってはその半分ぐらい。当時の魔物は皆とっくの昔に死んでいる。
また、魔王ゲイザーは王位継承に破れた直後、兄のルークによって肖像を全て破棄されている。
ゲイザー自身も武の人なので芸術の類いには疎く、世界の中心地を奪った後も自分の姿を模した物を残さなかった。
彼の死後、一部ドワーフ等の手によって石像が立てられたものの、実務的、実用的な物を作る技術に長けたドワーフには、芸術的センスが皆無だった。
東京上野の西郷像のように、当時の魔物達からは全然似てないとの大ブーイング受けた。
かと言って、ブーイングした魔物達も人間のように肖像画を嗜む者は居ない。
いや、一人だけ居るには居る。それも貴族を自称するズールなのだが、彼は芸術を愛でる事は有っても創作する才能はやはり無い。
故に、既に伝説となっている魔王ゲイザー真実の姿は、当時から生き続け直接魔王と交流を持っていた不死のバンパイヤであるズール以外は知り得なかった。
だからこそ、ミジィは生証人からの貴重な意見を求めようとしていたのだ。
「今回、貴方には新たな魔王がどう写りましたか?」
「……似ている」
「はっ?」
「ゲイザー様は武の御仁故に礼儀正しく、王子故に性格や言葉使いもまさしく王者だった。到底あの子供の振る舞いとは似ても似つかぬ筈なのだが……」
何を思ったのか、ズールは一旦感想を区切る。
「……あの顔……それに、魔王の力を使った時の凄みと威圧感はゲイザー様にソックリだ」
ずっと閉じられていた瞼を上げた。
「ゲイザー様が人間共との停戦調印式に向かわれる時、私にはくれぐれも城に残される御家族を頼むと仰られた……それ以来、御尊顔を拝見してはおらぬが……」
「ハッ! つっても、数百年も昔の話だろ。そんな古い記憶など当てにならんな」
シュドウからの反論に、腐女子悶絶流し目を送るズール。
だが、送られた当人は、更に静かな怒気を込める。
「それに、あのガキは事もあろうに、我等魔物の天敵とも呼べる聖女まで連れてくるとほざきやがった。これは、間違いなく後に産まれる勇者を使って魔物達を駆逐し、世界の中心地を人間の手に取り戻そうとしているとしか考えられん」
単純に予想出来る目論みを口にするが、やはり単純な疑問も当然残る。
「なら何故、聖女なのだ? 元から勇者が育った後、世界の中心地へ乗り込めば良いだけではないか? それに、聖女と勇者は魔王の敵ではないのか?」
「それは……」
ミジィの問い掛けに、気を荒げていたシュドウも一瞬返す言葉が見つからない。
今の魔物達も、予言の石碑の内容を先の世界対戦そのままの内容だと認識していたので、聖女と勇者は魔王と魔物の天敵だと決め付けていたからだ。
ガイストのように、聖女と勇者を利用するという柔軟な発想など考えられなかったのである。
「そんな細かい事はどうでも良い。いきなり魔王だと言われて、ハイそうですかと簡単に納得など出来ない。ただでさえ、ゾルメディア王家にはゲイザー様を殺された恨みがあるんだ」
「それでも魔王様は魔王様。我等は彼の方が魔物達を正しく導いてくれると信じる」
それから暫くはリットとシュドウの相反する舌戦が繰り広げらた。
時折ミジィが横槍を入れるものの、基本的にミジィとズールは己の主張をしなかった。
二人の話が一息付いたところでズールが今までの話を総括をする。
「新たな魔王を名乗るガイストという子供に対して、妖精種族は好意的に受け止める。一方、剛力種族は納得どろこか殺意すら覚える。と言ったところか……」
ここで初めてズールの内心を問うミジィ。
「ズール卿、貴方はどちらなのだ?」
「私は貴族だ。それにあの子供は間違いなく魔王。なら、王に忠誠を誓うのが貴族だろ? 幸い、領民であるアンデット種族も私に一任すると言ってくれてるしな」
と言っても、ズールに一任出来る程高い知能と知性と理性を持つ領民は、デュラハン、死霊使い、ジャク・オー・ランタン、リッチ等となるのだが、アンデット種族全体から見れば、その数は少ない。
しかし、その少数が、グール、ゾンビ、ウィル・オー・ウィスプ、スケルトン等といった知能も知性も理性どころか感情すら全く持たない大多数の領民、大多数のアンデットを呪いで操っているのだ。
一応、ガイストも操れるのだが、魔王の力を持ってしても、やはり大多数のアンデットとは意思の疎通が全く出来ず、ロボットやゴーレムを操っているに等しい。まさしくアンデットでありリビングデッドだ。
ズールが夜の帝王と呼ばれているのも、最凶のバンパイヤであると共に、生ける者が存在しない死者の楽園の支配者だからだ。
因みに、ズールの他にも魔王ゲイザーの時代から存在しているアンデットは今も幾つか存在している。但し、ズール以外のアンデットは、例え高い知能と知性を持っていようともアンデット同士でしか意思の疏通を行えない。要は喋れないのだ。魔王の力を使って意思の疏通を行えるガイストは例外だが。
故に、厳密には、ズールしか知らないのではなく、ズールしか今を生きる魔物達へ当時の情報を伝えられないのだ。
後にズールの妻となるディアナと養子となるアノーだが、ズールがデンジャラス公家の影の護衛、ディアナがルンの侍女、アノーがモストの遊び友達になったので、一家は公国首都に住む事となった。そのお陰でディアナとアノーは、ゴーストや死体だらけの領地領民を見ずに済んだ。
普通に考えれば、生きてる人間が動く死体や悪霊しか居ない所で一生暮らすなど発狂モノである。
それでも、魔物達にとって少数のアンデットは仲間であるし、操られている膨大な数のアンデットが持つ不死力と感染力と増殖力は脅威以外の何物でも無い。いざ戦闘になっても、此方は味方がどんどん減っていくが、相手は味方がどんどん増えていくのだから。
歩く病原菌とも呼べる呪われた屍達の自称領主であり、世界対戦の生き字引、いや、死に字引でもあるズールの意見は誰も無視出来ない。
例えミジィであっても。
「そうか……貴方もエルフ等と同意見という訳か」
ミジィの瞼が少し降りる。
「そう言うお前は、オーガ達と同意見か……」
何も答えずとも、ズールには分かっていた。ミジィが新たな魔王に対して敵意を抱いている事が。
ミジィは目を細めたまま答える。
「……ええ、これは妖魔種族の総意でもあります」
ミジィがリーダーを務める妖魔種族とは、主にゴブリン、グレムリン、オーク、インプといった所謂雑魚キャラ種族。
妖魔種族には頭が良く理性も高いダークエルフやリザードマンといった上位種族も居るには居るが、数としてはやはり少数派。好戦的な馬鹿が大多数を占める。
しかも、殆んどが雑魚キャラ故に個体数は多いものの、調和、規律、統率、秩序といったものが大の苦手なので、妖精どころか脳筋にすらなりえない。にも関わらず、何故か妖魔種族全員が、ミジィには絶対服従していた。
これは、先程リットとシュドウが素直に従った事にも関係する。
結局、妖魔種族が反ガイスト派に回った事で、場は二対二に割れた。
それでも、魔物達が抗えぬ力を奮ったガイストが魔王には違いない。
その後の話合いで、リットがガイストとの窓口役、街作りの総責任者になると決まった。
また、この場で決定された内容やシュドウが発した最初の命令に関してはガイストにバラしてはいけないともされた。
それにより、リットが余計な事を口走らないよう、四六時中剛力種族の監視者が付く事にもなった。
だが、皆がまだ気付いていなかった。今日ガイストが見せた魔王の力は、まだほんの一部に過ぎない事を。
更には、魔王ガイストの恐るべき狡猾さと本性を。
ガイスト対策会議がそろそろ終わりを迎えようとした頃、急報が会議室へと舞い込んだ。
「皆さん、大変です!」
息を切らせ大慌てで入ってきたのは、長靴を履いた可愛らしいケットシー。
四人が何事かと尋ねる間も無く畳み掛ける。
「むっ、むっ、むっ、無限の資源に!無限の資源に!」
「おいおい、ロペ。取り合えず落ち着け。一回深呼吸でもしてみろ」
ロペと呼ばれたケットシーは、ミジィに諭され言われた通り大きく深呼吸した。
幾分落ち着いたところで、話を戻す。
「みっ、皆さん!直ぐに無限の資源へ来て下さい!」
「無限の資源がどうしたのだ?」
「見て頂ければ分かるのですが、無限の資源から得体の知れない影が!」
「影?」
ミジィが呟いた後、四人は顔を見合せる。
事情を知る筈のロペに幾ら尋ねても「無限の資源から影が出てきた!」としか答えなかった。いや、事情を知るからこそ答えられなかった。
ならば百聞は一見に如かず。四人はロペに連れられ、無限の資源へと向かった。
ロペに先導された四人は、無限の資源への入口となる神殿へと入る。
安置されている予言の石碑には目もくれず、神殿内を通り抜け、その場へと辿り着いた瞬間、ロペが影以外何も答えられなかった訳を目の当たりにする。
其所には、無限の資源を警備している剛力種族の魔物全員が地面に突っ伏していのだ。
でも、死んではいない。ただ、眠っているだけだ。当然それだけでも無いが。
最寄りの湖畔には人の形をした闇、まさしく影と表す以外に無い物体が佇んでいた。
「あれは……何だ……?」
「ゴースト?……魔物……なのか……?」
リットとシュドウが怪訝な表情を醸し、誰に言うでもなく疑問を投げ掛ける。
すると、声が聞こえたのか。人の形をした影が黒い両手を上げた。
「オイオイ、アンタ等もコイツ等みたいに攻撃しないでくれよ。俺は争いよりも自由を愛するただのドッペルゲンガーなんだからよ」
「ドッペルゲンガー……だと?」
「そうそう、ドッペルゲンガーって魔物……だと思う」
「だと思う?」
軽く眉間に皺を寄せるリット。魔物達が眠っている現状、それがドッペルゲンガーを名乗る影の仕業なのは一目瞭然だからだ。
「……お前……皆に何をした?」
「何をしたって言われても、コイツ等俺を見るなり「近付くな!」とか「其所を動くな!」とか言って襲って来るから、眠って貰っただけだよ」
リットからの問い掛けに、自称ドッペルゲンガーは陽気に答えた。
得体の知れない相手に対して出来るだけ冷静を装い、何かを尋ねようと思考を巡らせる。そんな中、ズールだけは黒い物体が何なのか分かっていた。
その名を呟く。
「バギ……」
魔王誕生という衝撃の日から週に一、二回のペースでガイストから連絡が来るようになった。
その際、ガイストは魔物使いを用いて人間の、特に職人達の仕事風景を魔物達に見せ、説明しながら街作りに必要な技術や知識を与えていった。
皇子様なのにしょっちゅう皇城を抜け出し市井で遊び呆けていたガイストには庶民の知り合いが多かった。それを利用したのだ。
道具、材料等も同様。ガイストの目を通して見た物を、そのまま無限の資源から取り出せば既に出来上がった物が魔物達の手に入る。まさにド○えもんのフエ○ミラーの如く。
このような事を繰り返していたら、ドワーフといった元々物作りが得意な魔物達に、人間の持つ最新技術が組合わされていく。その結果、世界の中心地内で既存の建物のリフォーム及びインフラ整備が凄まじい勢いで成されていった。
更に、ガイストが魔物達へ伝えたものは技術や道具やだけに留まらなかった。
中でも特に魔物達の興味を引いたのは、食、スポーツ、娯楽。しかし、これ等の品は特に生活に必要無い嗜好品の趣が強い。
すると、嗜好品の道具を手に入れようとして、今までは自給自足や物々交換が主流だった魔物達に変化が訪れた。
ある一定の純度と重さの金銀銅と品物を交換する金銭制度が起こり始めたのだ。これもガイストが買い物風景を見せながら教えたのだが。
そうなると今度は商売が始まる。自分で作った物や採取した物、又は旧ゾルメディア王国王都外に住む魔物が、態々遠出をして無限の資源へと足を運び、取り出した品々を売り始めたのだ。
しかも、己の欲望に忠実だからこそ、妖魔種族が率先して商売を始めた。
馬鹿だから命懸けの戦闘をして奪わなくとも欲しい物を手に入るという単純な理屈しか頭に無いので、無意識に労働を行ってしまってたのだ。
また、ガイストが教えた商売上のルールや仕組みによって信用という概念も産まれた。
すると、馬鹿な妖魔種族は、信用を裏切れば皆から罰が与えられ爪弾きにされるので、今後欲しい物が手に入らないという単純な論法を弾き出し、馬鹿特有の恐怖を覚えた。
その結果、基本は馬鹿だが商売だけは上手くなった妖魔種族から徐々に強盗強奪といった犯罪が減っていった。
因みに、無限の資源から金銀銅を取り出す事は、金銭制度が広まりを見せ始めた頃から、商売を覚えて銀行マンみたいになってしまったスプリガン達の管轄となったので、許可無き者には許されなくなった。
最終的には、世界の中心地内で流通が活性化され、全ての魔物達が街と街とを行き交い、種族や地域ではなく国単位の巨大なコミュニティーが形作られていった。
今まで交流の無かった魔物同士が顔を合わせる事で新たな問題も起こり始めたが、それらも多民族国家であるゾルメディア帝国の法を参考にしてアドバイスされていた。
まぁ、難しい内容はグレンやエメルダを通してだが。
この一連の流れは、閉鎖的で牧歌的だった魔物達に、ガイストが無理矢理文明開化という風穴を開けたので、魔物達が独自の発展に目覚めたと言えるだろう。
けれども、魔物達側も、ただガイストの命令に従っていただけでは無かった。
ガイスト自身の情報を得る為、窓口役のリットを使い情報収集を行っていたのだ。と言っても、知りたい事をさりげなく尋ねるだけなのだが。
それでもガイストは、聞かれた事を結構ペラペラと喋ったので、魔物達はかなり重要な情報を色々と入手出来た。
ガイスト曰く、自分は皇太子だけど、実質的には次期皇帝継承争いにボロ負けている。だから魔王の力に目覚めた。
聖女を魔物達側へと取り込み、魔王である自分と間に産まれた勇者も自分達の味方に付ける。これで怖いもの無し。
聖女を手に入れたら、とっとと帝国からはオサラバして、世界の中心地で国を興し、人間や魔物の仲間達と共に面白可笑しく暮らす。その為の街作りであり国作り。
なんなら、恨み骨髄のゾルメディア帝国に、ざまぁを仕掛ける等々。
リットが入手したガイスト情報が会議の場で報告される度、各種族のリーダー達は、驚きと共に脱帽させされた。
魔物達が敵だと決め付けていた聖女と勇者を味方にしてしまうという逆転の発想。
人間と魔物が共存する理想郷作り。
強引ながらも予言の石碑の内容と一致する人生設計。
たった十二歳の少年が、現在の負けを悟りながも、魔王の力を駆使して未来の勝利を描いていたのだ。
実は、ガイストの方にもペラペラと喋った事情が有った。
ガイストとしては、自分のやろうとしている事がバレたところで何も問題は無かった。寧ろ、自分が合理的に物事を進めているとの証明になるし、魔物達の油断を誘う事も出来る。
けれども、魔王の力の持つ多様性や汎用性には気付かれて欲しくなかった。
殊更自分の生い立ちや目的を語ったり、魔王の力を出来るだけ通信のみに留めていたのもその為。
そこまでやっても魔物達は、魔王の力のなんたるかを先祖より伝えられ知っているかもしれない。
実際、魔物達は口伝により聞いていたので知っていた。しかし、魔王の力を用いての強制命令を殆んどされなかったし、ガイスト自身は何年経っても飄々とした態度のままだった。
そんな状態が数年続けば、結局はガイストの思惑通り警戒心がかなり解かれていった。
寧ろ、元々人間を嫌う反ガイスト派の魔物達からは、逆らえないながらもうっすら舐められてもいたぐらいだ。
だが、シュドウとミジィだけは何年経とうが絶対に警戒心を緩めなかった。
例え、最初の命令が為されてなかったとしても。
そして、魔王誕生の日から七年が過ぎ、遂に運命の日が訪れる。
ガイスト等を乗せた馬車の一団は、世界の中心地より50キロ圏内を珍走団の如く爆走していた。
この辺を根城としている魔物達には『道を空けろ~! ガイ爆だ~! 当たると痛ぇぞ~! 俺達に近寄るな~!』と、ヒャッハー的、湘南○走族的な命令を出していた。
馬車はひたすら不毛地帯を走る。すると、遠くに見えていた旧ゾルメディア王国辺境の街がどんどんと近付いてくる。
街では、実物の魔王を一目見ようと大勢の魔物が集まっていた。
それでもガイストの爆走は留まる所を知らず、魔王の力が街全体に木霊する。
「手前等、魔王様に道を空けろー!! 俺がガイストだーーーー!!」
因みにキャラクターネームは
ロペ→長○をはいた猫のぺ○
※ルンの章を読んで気付いてる方も居ると思いますが、シュドウとミジィは後程本編で。