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負け組皇子の大逆転  作者: 近藤パーリー
ルンの章~ヒロインと家族の肖像~
10/18

婚約編

「ガイスト、今日から最低一日三時間はルンと一緒にいなさい」


 大公邸となった旧ゾルメディア王城の後宮内にある公太后の部屋に呼び出されたガイストは、いきなりエメルダから命じられた。


 世界の中心地へ赴いて既に一ヶ月近くが経っており、ガイストやグレン達もそれなりに忙しい日々を送っていた。

 法律の作成、魔王軍の訓練、まだ完全には整っていない街の整備、各大臣や役職、爵位叙爵者の選考、選ばれた魔物達への貴族教育等々やらなければいけない事が山程あったからだ。

 建国式典と叙爵式は五ヵ月後に控えている。いくらガイストでも悠長に遊んでられなかった。

 そんな中、怒り顔のエメルダから一日三時間も時間を割いてルンの相手をしろと命じられ『何言ってんだ?このオバハン』と思った。


 けれど、この部屋には美人女オーガであるオーグレスが数人侍女として待機している。それと共に、エメルダの影の護衛となっているイケメンエルフのディードも“同化”の魔法で部屋の何処かに潜んでいる。

 同化の魔法とは、一言で言えばドラ○もんの石こ○帽子のような物。本人がいると分かった上で目を凝らして探さないと見付けられない。

 魔物使いを使えば、魔物の魔法や行動を封じ込められるので問題無いのだが、ガイストは基本的に犯罪以外、魔物達の自主性を尊重していた。だから、喧嘩程度なら全然有り。魔物使いを用いて変にがんじがらめにしてしまえば、いざという時、魔物自身が自分の身を守れなくもなる。

 それ以上の理由として、ガイスト曰く「魔物達にも各々の個性があって単純にその方が面白いから」

 また魔物使いは、厳密に命令しないといけなかったりもするので結構ややこしい能力でもあった。 

 そうなると実際に使う時は、知能の低い魔物や遠くの魔物と会話する程度の物となっていった。物凄い宝の持ち腐れである。

 しかし、変に魔王の力を多用しないガイストに魔物達も信頼を寄せていったので、結果的には良い方向へと転がっていった。


 故に、此所で迂闊な台詞を口にしようものなら、血祭りに上げられるのはガイストの方。魔物達は『自分が守護する者を守れ、若しくは主の命令があれば相手に手を出しても良い』とも命じられているからだ。

 厳密に命じない限り、守れという命令は物理的攻撃だけでなく、毒舌からも守れとも捉えられる。要は守るべき主の為なら自分判断で何でも有り。

 後宮内、この部屋での一番の(ぬし)は、公太后たるエメルダ。ただでさえディードは、儚げな容姿を持つエメルダに絶賛ZOKKON LOVEである、本来一番に忠誠心を持たなければならないガイストよりも更に上の恋心をエメルダに持っていたのだから。


 そんな訳で、取り合えずこの場では当たり障り無い言い訳をする事に決めたガイストだった。


「イヤイヤ、俺遊んでる訳じゃなくリアルに忙しいんだけど」

「何が忙しいですか。自分の妻にするルンを放っておいて」

「そこは母上に一任してるだろ?」

「それにしても限界があります。もう一ヶ月近く経つというのにルンは一分の人間達にしか心を開いておりませんよ」


 この時期、まだ魔物を怖がるルンに付けられた侍女や護衛は、一緒に世界の中心地へとやって来た人間の仲間達だった。

 それに、引き籠りたかったルンは、後宮内ではなく城(大公邸)の一階隅にある部屋を自室とし、殆んど外へ出て来なかった。

 いきなり何の土地勘も無く、知っている者が誰もいない魔物だらけの場所へ連れてこられたので本当に帝都から追放されたという思いだったからだ。

 例えるなら、妻が引っ越し先に馴染めず元の土地へのホームシックに掛かったような物。

 けれど、そんな繊細な女心など野郎気質(かたぎ)なガイストには分かりようが無い。


「つっても俺は女の扱い方を良く知らねぇし。ディアナの時は教わった通りにやってただけだからよ」

「そんな事を言ってる場合ですか!彼女は聖女なのでしょ! それともアーサーみたいに無理矢理婚姻させますか!」

「そんな真似はしねぇけど……」


 バツの悪そうな顔をしたガイストに、エメルダは些細な懸念を投げ掛ける。

 だが、この問い掛けがガイストの何もかもをひっくり返した。


「それに、良いのですか?」

「んっ?」

「二度ある事は三度あると言うでしょう。今回も予言が成就しないかも知れませんよ」

「んな訳ないよ。だって続…………イヤイヤ」


 ガイストとしては、この世界そのものとなっている乙女ゲームの続編は別世界が舞台。故に、三度目は無いと思っていた。

 けれど、純粋にこの世界の住人であるエメルダはそんな事を知らない。


「何故貴方がそんなにも自信満々なのか知りませんが、三度目が無い確証など何処にもありませんよ。予言の石碑は神の予言なのですから」

「神の予言………………………………………………………………ああああああ!」


 急に何かを思い出したかのように、ガイストは絶叫した。


 実は、この時既にガイストは『予言の石碑に記されている内容はまだ成就されていないのではないか?』と考えていた。

 その根拠となる理由は2つあった。一つ目は、やはり予言の石碑(モニュメント)の最後の行にある“無限の大地に千年王国(ミレニアム)を築くだろう”という一文。

 実際に、ガイスト皇帝エンド、勇者エンド、ハーレムエンドを迎えた時のみ、ガイスト皇帝は後に我が子である勇者に皇帝の座を譲り渡し、皇帝となった勇者は帝都を再び世界の中心地、旧ゾルメディア王国王都へと遷都したというエンディングが流れる。


 二つ目は、“何故乙女ゲームでは魔王が復活しないのか?”という謎が引っ掛かっていたからだ。


 先に記した3つのエンドを全て見ると、エンディングの最後が急に真っ白になる。

 あれ、バグったかな?と思っていると某大御所男性声優の渋い声で『全ては我の告げたが通り』という台詞が聞こえた後に画面が真っ暗となり、オープニング画面へと戻る。

 この隠しエンディングの存在により“何故、決められた3つのエンドを全て見た時だけ、神の自画自賛とも取れる台詞が出て来るのか”という謎が残る。たかだか未来の出来事を予言しただけなのに、さも自分が成した事のように。


 そして、これ等の情報を全て纏めると“予言とは、神、若しくは制作スタッフが仕組んだ予定調和(デキレース)だった”という結論に至るのだ。


 つまり、本来なら“予言=誰の関与も無く偶然が重なって出来上がった結果を、神が事前に読んだ物”とならないといけないのに“予言=この世界を創造した神(若しくは神=制作スタッフ)がそうなるよう仕組んだ結果を、仕組んだ神自信が事前に読んだ物だった”という衝撃の答に行き当たる。

 この疑問はファンサイトでも話題になったのだが、制作スタッフはひたすら黙して語らなかった。


 ルンとディアナ女性陣はこの事を知っていたが、流石にガイストとアーサー男性陣は知らなかった。

 アーサーに至っては隠しエンディングの存在自体知らなかったし、ディアナにしても目の前で直面するストーリーがどんどんと狂っていったので、エンドやエンディングそのものを気にしなくなっていった。

 けれどガイストだけは、乙女ゲームの世界は『最後でミスをしたルーク国王に代わって予言成就のやり直しをさせられているのではないか?』という答えに自力で至ったのだ。


 そう考えるとガイストの中で全ての辻褄が合った。もう魔王は世界を席巻したのだから復活する必要は無い。後は勇者が千年王国(ミレニアム)を築くだけ。

 千年王国(ミレニアム)を築くのはあくまでも勇者。結果的に3つのエンディングとは異なったが、デンジャラス公国を王国にしたのも勇者モスト。だから勇者を産む聖女誕生からストーリーを始めれば良い。全ては神、若しくは制作スタッフによる予言を無理矢理成就させる為の予定調和(デキレース)なのだから。


 けれど、魔王は復活してしまった。それ以前に乙女ゲーム本来のストーリーもメチャクチャになっている。そしてルンは聖女の力に目覚めなかった。しかし、世界の中心地を実質的に手に入れている自分が、本物の後に頂点を統べる者ならば目覚めなくて当たり前。そう考えると、予言は間違っていない。この事実に気付いているのは予言通り魔王の力に目覚めた自分だけ。

 という今迄の状況を改めて総括すると『本来のストーリーはメチャクチャになったので、この世界では神、若しくは制作スタッフの意図や強制力は介在されていない。穿っていても強制力が働いているのは予言の石碑だけ』という結論になる。

 であるなら、ここまま進めば、自分と婚姻したルンが聖女の力に目覚め、世界の中心地を解放する自分こと魔王が世界を席巻した後、ルンとの間に儲けた我が子、即ち勇者がデンジャラス公国を千年王国(ミレニアム)にするだろうと考えていた。

 更にガイストは、予言の石碑(モニュメント)を厳密に読み解くと、最後に記されている『無限の大地に~』の部分しか具体的な時系列が記されていない事にも気付いた。

 確かに『聖女の力は荒廃した~』と『聖女と統べる者との間には~』は、聖女の力に目覚めないと成せないけれど、聖女が行った事すら予言の読み順通りだとは記されていない。


 つまり、穿った解き方をすれば、魔王であるガイストが世界を席巻するよりも早く、ルンが聖女の力に目覚めてから勇者を産んで何の問題も無いのだ。


 これにより、ガイストが予定している時系列としては。


 ガイストが魔王の力に目覚める

 ↓

 ルンが聖女の力に目覚める

 ↓

 ルンが勇者を産む

 ↓

 ルンが世界の中心地50キロ圏内を整える

 ↓

 ガイストが世界を席巻する

 ↓

 勇者が千年王国(ミレニアム)を築く


 とは言っても、これは屁理屈に近いのでガイスト自身もそれほどの確信は持てなかった。

 予言の読み順通り、ガイストが世界を席巻した後でないとルンは聖女へと覚醒しないのかも知れない。そうなると勇者が産まれるのも当然その後。

 それでも然程問題は無いのだが、ガイスト的には勇者というゾルメディア帝国の逃げ道を早く塞いでおきたかった。


 その他にも、ズールやディードと同じくRPGパートで出てくる魔物の攻略対象隠れキャラ、イケメンオーガのシュドウとの約束があったからだ。

 シュドウは叙爵式でテンロウ侯爵という爵位と家名を与えられる予定だった。

 ガイストが事前に欲しい領地をシュドウに尋ねたところ、旧ゾルメディア王国領土ではなく、ルンが聖女の力で最初に綺麗にした不毛地帯を領地として欲しいと応え、ガイストはそれを承諾した。

 だが、ルンが聖女の力に目覚めなければ、シュドウとの約束を果たせなくなってしまう。例え要求された場所を与えたとしてもテンロウ領は不毛地帯のまま。

 更には、シュドウ以外に旧ゾルメディア王国外を領地として与える予定の者達にも同様の結果となってしまう。

 そういった経緯もあったので、公国解放と同時に世界の中心地周辺を綺麗にもしておきたかった。


 それでも、最終的にルンが聖女の力に目覚めれば何の問題も無いし、どう転ぼうとガイストは自分の勝利を疑っていなかった。そこに、エメルダからの何気無い一石が投じられた。

 前回の世界大戦で予言は成就されなかったと考えるならば、何故今回も予言は成就されないとは考えないのかと、今更ながらその単純な答えに気付かされたのだ。


 その答を深く掘り下げると、もう予言の石碑や制作スタッフ云々の話では無くなる。

 何故なら“予言とはこの世界を創り出した神(制作スタッフではなく、乙女ゲームオープニングに出てくるキャラクターとしての本物の創造神)の仕組んだ予定調和(デキレース)”となってしまうからだ。

 この結論は、神が発したとおぼしき隠しエンディングの台詞とも完全に一致する。


 つまりは、乙女ゲームだったこの世界が、神の掌の上にある独立した世界になってしまうという事。


 そう捉えるなら、今までのキャラクター達の行動が神の意に沿っていないのなら、例え聖女が己の手の内にあったとしても予定や予言が何時何処で破綻しても可笑しくない。

 神の意思の介在や強制力によって、予言の石碑を無視した今後のストーリー展開がどのように転ぶのか分からなくなってしまうのだ。


 しかしながら、今迄の状況を現実的、客観的に捉えれば、その可能性は限りなく無いに等しい。

 本来の乙女ゲームストーリーは歪められたとはいえ、ガイスト達が世界の中心地へ至る今迄に現実を無視した強引なストーリー展開は無かったからだ。これは、アーサー、ディアナ、ガイストといった転生者達が己の望むままのストーリーを己の行動で手に入れてきた事からも良く分かる。

 ルンは魅了に掛けられていて何も出来なかったが、本来ならヒロインの学園パートバッドエンドは、処刑、国外追放、修道院行き、実家で蟄居等々あるが、実際はガイストに助けられた。

 現実を無視して神の都合良くルンやガイストが死ぬのならば、その前に都合良くアーサーが死んでいても可笑しくは無い。製作スタッフはいなくとも、神の意思による強引な強制力が介在しているのならば、やはり最初から乙女ゲーム本来のストーリー通りに進めていれば良いのだから。


 それに、ガイストはルンを殺すつもりなど毛頭無かったし、この時既に無限の資源から超回復薬(ハイポーション)が取れるようになっていたので、現時点で世界の中心地に集う者達は余程の事が無い限り死ななかった。また、バギからの情報により、ゾルメディア帝国どころか世界の中心地へ攻め混もうとする勢力は皆無とも伝えられている。

 例え、ガイストと婚姻したルンが聖女の力に目覚めなくとも、ルンを手元に置いている限り勇者は産まれない。

 故に、デンジャラス公国開放後、ガイストの持つ無限の資源と魔王軍に敵う国は何処にも存在しない。例え、予言が成就しなくともゾルメディア帝国との戦争にも経済戦にもデンジャラス公国の勝利は疑いようが無い。歪められたストーリーがこの世界で無理無く回っているのならば、この結果は確定したも同然。

 一見すると神の介在があったとしても何の問題も無いように思える。だが、それ等全てを取っ払った誰もがどうにも出来ない一番恐ろしい可能性が残されてしまった。


 ガイストが悲鳴を上げた最悪な可能性とは、“また予言全てを一からやり直し、未来でルン以外の聖女から産まれた勇者によってデンジャラス公国が滅ぼされるかもしれない”という可能性。


 今回も予言が成就されなければ、後世にまた同じ事が繰り返される可能性がある。それは単純と言えば単純な発想。

 後世の物語に制作スタッフの意図は介在されない。存在しない乙女ゲームに制作スタッフは存在しないのだから。けれども、この世界を作ったキャラクターとしての神は存在している。

 そして、隠しエンディングの台詞。


 三度目は無いと単純に考えていたガイストは完全に油断していた。

 結局、勇者モストが我が子として産まれた事により『やはり三度目は無かった。予言は神が仕組んだ予定調和(デキレース)では無かった』と漸く確信を持てたガイストだが、今は未来の事など分かろう筈もない。


 エメルダの何気無い一言で気付かされた。自分が死んだ後の世に予言が成就されてしまう第三の可能性に。

 あくまでも数多ある可能性の一つだが、そこまで気付いたなら最早自分とルンとの間に勇者が産まれるまで手は抜けない。


 ガイストの全身から一気に嫌な汗が吹き出す。


「おおおおお! そうだよ!神だ!制作スタッフ関係無く、乙女ゲームじゃなくなった後の世界だ! 何で今までその事に気付かなかったんだ!」

「?」


 急に取り乱したガイストに、エメルダは首を捻る。

 エメルダも『予言の石碑に記されている内容はまだ成就されていないのではないか?』説をガイストから聞かされて知ってはいたが、乙女ゲームや続編は知らないので、単純に『ルンにフラれて聖女を手に入れられなくなる。そうなるとルーク国王の時みたいに予言は成就されなくなるよ。若しくは貴方にとって都合の良い予言ではなくなるよ』という意味で言っただけなのだが。

 それでも今のガイストには『母上は全てお見通しだった!』と思わずにはいられなかった。

 エメルダもエメルダで、ガイストは今更ながらフラれるかもしれないと気付き、狼狽えている。と勘違いしていた。

 双方勘違いしたまま何故か双方の思いが成立している中、エメルダはキッパリと言い放つ。


「貴方が何を考えているのか知りませんが、私の言った通りになさい。これは母親としての命令です」

「ぐぐぐ……分かったぜ……」


 新たな悩みを抱えたガイストは公太后の部屋から退出した後、デンジャラス公国初代宰相に大抜擢した女ダークエルフ、ラーズ公爵の元を訪れ、事の繊細を伝えて今後の予定を組んで貰うようお願いした。

 その際、伏せっている女性の扱い方も尋ねたが「1に優しさ2に優しさ。3、4が無くて5に男らしさ」と良く分からない答えを返された。

 その後グレンにも相談したが「俺に聞かないで下さいよ」と軽く(あしら)われてしまった。


 転生前の妹以外、女性の扱い方を知らないガイストだったが、無器用ながらもルンと一緒にいる時間を多く取るようにした。娘が欲しかったエメルダも態々後宮から出てルンの部屋へと足を運び、彼女を大変気に掛けた。

 そのお陰か、転生前の年の差は兄妹以上にあったものの今は二歳差しか無いのでそれなりに話が合い、二人は友達以上恋人未満な関係となって、ルンはガイストを「ガイ」と呼び、婚姻してなくとも娘同然だと言ってくれるエメルダを「お母様」と呼び始め、三人は徐々に打ち解けていった。

 それでも、ルンは中々部屋から出ようとはしなかった。

 何故なら『またガイストと婚姻したとしても聖女の力に目覚めないかもしれない。外に出ても皆の足手まといになるだけ』と思い悩んでいたからだった。

 故に、ガイストが本当に自分を正妃にするとも信じておらず、精々性欲処理で形だけの側室にするのだろうと思っていた。


 そんなある日、ルンはガイストに説得されて、神の住居だったとされる神殿へと連れられた。

 世界の中心地に来てもずっと自室で伏せっていたルンにとっては、初めて訪れた神の住居だったと言われる神殿。その時にオリジナル予言の石碑(モニュメント)も初めて目にした。

 そのまま神殿内をガイストの後に付いて歩いていると、神殿裏手の外へと出てしまった。

 だが其処で対岸が全く見えない黄金に光る広大な湖に出会した。

 世界の中心地にこれほどの湖が存在している事をルンはゲーム画面を通して知っている。それでも大きく目を見開いて感嘆してしまう。


「まさか……この湖が……」

「そう、これが無限の資源だ」


 今、二人の目前に広がっている湖こそが無限の資源だった。

 ルンが周りをキョロキョロと眺めていると、この場所は幾つもの大通りから神殿外とも繋がっている事に気付いた。

 その大通りからは、大勢の魔物や人間達が無限の資源を求めてひっきりなしに訪れて来ている。

 訪れた皆が湖畔、若しくは無限の資源内に足を踏み入れ多種多様な品々を取り出していた。


 取り出される品々は、どんな大きな物であろうが金属であろうが浮力を持っているかのように、湖底からポコポコと沸き上がって来ている。

 中には素材や材料ではなく、仕上がっている品まで有る。

 小さな小屋程度なら力の強い魔物を使い、そのまま出して持って帰る事も出来るし、完成されて皿に盛り付けられた料理までもがあった。

 液体だと、ゼリーのような丸い塊として浮き上がり、容器に収めた瞬間に元の液体へと戻る。

 しかも、全ての品々が湖から引き上げると濡れた形跡が一切無くなっている。

 湖は大人の腰程の水位しかないのに、どのような仕組みで巨大な品々までもが浮き上がって来ているのか全く予想も付かない。

 乙女ゲームでの無限の資源は、所詮ゲームクリアの背景でしかなかった。故に、具体的な用途や活用方法は説明されていなかったので元々知らなかったが、今初めて分かった。


 己の望む品々を声に出すだけで現実の物としてくれる無限の資源は、まさに神の見技としか言い様が無かった。


 夢の光景に目を輝かせながら眺めているルンに、隣に立つガイストが思いも寄らなかった台詞を不意に告げた。


「建国式典と叙爵式当日が俺とお前の婚姻式の日だ」


 台詞を受けて一瞬驚いたルンだったが、直ぐに暗く沈んだ表情になってしまう。


「……そう……側室にでもするの?」

「何言ってんだよ?正妃、大公妃に決まってんだろ」

「……でも、また聖女の力に目覚めないかもしれないよ?」

「はぁ?それがどうした?」


 思い掛けなかった返事を聞いて、再び驚くルン。


「え…………でもガイは……聖女の力を持ってる私じゃないと駄目なんでしょ?」

「ちげぇよ。聖女の力が有ろうが無かろうがお前は聖女で俺の嫁だ」

「どういう意味?」

「俺が嫁にするのは聖女だ。聖女イコール、ルンお前だ。そこに聖女の力は関係無ぇ」


 優しく微笑むガイストを見ているルンの口元が震え始める。


「それ……だと……勇者も……産めない……し……オーガ……の……約束……も……守れなく……なっちゃう……よ」


 涙目になっていくルンに、ガイストはまたも強気の発言を返す。


「そん時は改めて連中と話をするぜ。つーか、テンロウ様も例えルンが聖女の力に目覚めなくても自分達の領地は自分達で1から開拓するっつってたしな」


 ルンが聖女の力に目覚めないとテンロウ侯爵となったシュドウに与えられる領地は荒れ果てた荒野のまま。けれど、それでも良いと言ってくれている。

 今迄恐れていた魔物達の優しさに、ルンの胸はいっぱいになる。

 遂に涙が溢れ出し、頬を伝う。


「そう……なの……?」

「おう、お前も初日に聞いただろ。我等は誇り高きオーガだと。俺の嫁は聖女だと言ったら聖女だ。テンロウ様は、聖女であり大公妃になるお前にも絶対従うってよ」

「そん……な…………私……役立たず……なのに……」

「俺の子供(ガキ)を産むお前が役立たずの訳がねぇだろ。それに、元気にさえ産まれてくれりゃ子供(ガキ)は何でも良いんだ。所詮勇者だっつーのは、オマケみたいなもんだな」

「でも……」

「普通に考えりゃ俺みたいな馬鹿から勇者が産まれる方が有り得ねぇんだからよ」


 ガイストは、神の強制力のせいでルンが聖女の力に目覚めなくとも、ルンを一生自分の伴侶にすると決めていた。

 アーサーのように己の欲だけで婚姻した妻を簡単に捨てるなど元々眼中に無かったのだ。

 それにより、未来に産まれた勇者によってデンジャラス公国が滅亡の危機に晒される可能性はあったが、ガイストはそれすらも何通りかの対処法を既に編み出していた。そして、無限の資源を奪われず、予言を成就させない方法も。


 この世界は、元々の筋書きが歪められたとしても無理無く回っている。そう考えると、聖女が人知れず産まれて、人知れず聖女の力に目覚め、人知れず勇者を産み、人知れず勇者がデンジャラス公国へ乗り込むなんて都合の良い事は起こらない。

 聖女が後に頂点を統べる者と婚姻して、聖女の力に目覚めた時点で、現世界の中心地や秘境に棲む閉鎖的な部族でない限りは世界的な大ニュースになるだろうからだ。

 ならば、聖女復活と勇者誕生の情報は事前に入る。その後、どんな手段を用いても勇者によるデンジャラス公国への進行を食い止められない最悪の場合は、無限の資源を跡形も無く破壊、消滅させてしまえば良い。

 魔物使いさえ使えばガイストの死後でも、事前に命じされた対処法を魔物達は実行する。それは、魔物達が魔王ゲイザー最後の命令を何百年経っても子々孫々忠実に守り続けていた事からも分かっている。

 勇者が千年王国(ミレニアム)を築くのは無限の大地、つまりは無限の資源の所在地。その予言の地そのものを無くしてしまえば良い。そうすれば予言は永遠に成就しなくなる。


 これは、無限の資源を人質としたガイストから、予言のやり直しを目論むかも知れない神への脅迫でもあったのだ。


 今のルンには、自分が聖女の力に目覚めなかった後のガイストの覚悟を知らない。それでも役立たずな自分を十分に気遣ってくれているし、正妃にする、産まれて来る子供が勇者でなくとも構わないと言ってくれた事に胸を締め付けられる。


「う……うう……う……ううう……」

「イヤイヤ、泣くのは勘弁してくれよ」

「……う……うう……で……でも……」

「あー、どうしようか…」


 ガイストは俯いて泣いてしまったルンの対処が出来なくなり、呆然と立ち尽くすしか出来なくなってしまう。

 困り顔でオロオロしているガイストと、俯きながらひたすら嗚咽するルン。

 そこへ、急に怒声が鳴り響いた。


「オラ!大公! 何女泣かせてんだ!」


 泣いていたルンも声に驚いて顔を上げると、頭に一本角を生やした女オーガ、憤怒の表情をした侍女姿のオーグレスが此方に向かって来ていた。


「ゲッ! レダ!」


 レダと呼ばれたオーグレスは元々黒髪和風美人なのだが、怒りに染まった顔は般若と化して怒髪天状態となっており、元々の美人度合いが全然分からなくなっていた。

 これにはガイストもマズイといった表情を作り、慌てて言い訳をする。


「ちょちょちょちょ待て! 俺は何もしちゃいねぇ!」

「なら何で聖女様は泣いてんだよ!」

「いや、逆に慰めたつもりだったんだよ!」

「寝言は寝て言え!」


 レダはガイストが着ている服の胸元を掴み、片手で軽々と持ち上げてしまった。

 ガイストは宙に浮かされたまま、慌ててルンに助けを求める。


「おい、ルン! お前も何とか言ってくれよ!」


 目の前で自分を思い、キレてるレダをぼんやりと眺めていたルンだったが、ガイストの悲痛な叫びで漸く元の世界へと戻って来た。


「あわわわわわ! 違う、違うの! 私が勝手に泣いちゃっただけなの! だからガイを離してあげて!」

「……本当ですか?」


 レダは宙に浮きながらもタップしているガイストを睨み付けながら、静かに問い掛ける。


「本当だから。例え私が聖女の力に目覚めなくても、ずっと大公妃にするって言ってくれたのが嬉しくて泣いちゃったの」


 ルンの返事を聞いたレダは、その応えに納得したのかガイストを持ち上げている腕を下ろし、首元を締め上げている手を放す。

 するといきなり、笑い始めた。


「アハハハハ、もう~大公様~、そうならそうと早く言って下さいよ。勘違いしちゃったじゃないですか~」

「言っただろうが! 聞く耳持たなかったのは手前だろ!」

「アハハハハ、そ、そうでしたっけ? アハハハハ」


 笑って誤魔化そうとするレダに、何かを悟ったガイストは不審な目を向ける。

 笑顔ながらも変な汗が頬を伝うレダは、更に誤魔化そうして踵を返しその場から一刻も早く離れようとする。


「じゃあ、私は仕事がありますんで、帰りますね~」

「待て、その場から動くな」

「あっ」


 ガイストは逃げようとしたレダに魔物使いを使った。

 レダはその場に釘付けになってしまう。


「な……何を……」

「何となく予想は付いてるけど、お前、俺達の様子を陰ながら見て来いって母上に言われたな」

「うっ……うう」

「お前の分かりやすい態度を見りゃ一目瞭然だ。この場所は式典関係者か大公家に許可を貰った者しか入れないからな。お前は母上の侍女だし」

「ああ~、スイマセン公太后様~、バレちゃいました~」

「……ヤッパリか」


 簡単に口を割り、魔物使いを解除されたレダは、ガックリと肩を落とした。

 ガイストも1つ溜め息を吐く。


「ホント母上も余計な心配しなくて良いって言ってんのによ~」

「仕方無いじゃないですか。ズール卿ならともかく、大公様は女性の扱いが下手なんですから」

「そりゃそうだけどさ~」

「だから、聖女様を泣かせたと思ってキレちゃったんですよ~」

「それでバレたら尾行の意味ねぇだろ。天然丸出しじゃねぇか」

「ううう……」


 今度はレダの方が俯いて半泣き状態になってしまった。

 剛腕オーグレスなのに天然美人なレダに少し興味が沸いたルンは恐る恐る声を掛ける。


「あの……レダさん」


 ルンの声に素早く反応したレダは、沈んだ表情から透かさず笑顔を作る。


「はいっ! 何でしょう、聖女様!」

「……私は聖女じゃないですよ……」

「何を仰ってるんですか! 貴女様は聖女様です! 大公様がそう仰ってるんですから聖女様です!」

「でも……」

「それに大公妃様になるんですよね? だったらずっと私達の敬愛すべき主人です!」


 レダの無垢な返事が心に突き刺さり、再びルンの目に涙が溢れて来てしまう。

 自分の言葉で泣かせてしまったと思ったレダは、慌てふためく。


「あああああああ!スイマセン!スイマセン! 私、なんか余計な事言っちゃいました!」

「うっ……違う……違うの……嬉しいの……何の取り柄も無い人間の私に……そう言ってくれるのが嬉しい……」

「イヤイヤイヤ、貴女様は大公妃になられる御方。後のデンジャラス公国国母。本物の聖女でなくとも、それだけで我々が守り奉る価値のある御方です」

「……そうだったとしても……また聖女の力に……目覚めなかったら……テンロウ様との約束を守れなくなる……大公妃なのに……オーガ達に迷惑掛けちゃう」


 ルンは、悲痛な表情となりポロポロと涙を溢れ出す。

 聖女の力に目覚めないと自分は何の役にも立たない。ルンの涙を目の当たりにして、聖女と呼ばれる苦しみを理解したレダは元々の表情となり、普段の雰囲気を纏った。

 そのままルンの前へと移動し、侍女服のまま淑女の礼を取って膝を折り、(こうべ)を垂れる。


「聖女様、シュドウ様も仰ったように、我等は誇り高きオーガです。更には、トロル、ヘカトンケイル、サイクロプス等といった剛力を司る魔物達のリーダー。聖女様の力は、あくまでも手助けや慈悲であって、元々最初から全て自分達で領地を開拓するつもりでいました」


 ガイストから聞いた内容と同じ内容がレダから語られる。


「だから聖女様は、聖女の力が使えなくとも我々に向かって微笑んでくれるだけで良いのです。それだけで我々はデンジャラス公国に忠誠を誓った意味があるのです」


 その台詞で、ルンの中にあった魔物達への恐怖が吹き飛んでしまった。

 ルンは大粒の涙を流しながら足元のレダへと抱き付く。


「あああーーーー!有難うーー有難うーー!あああああーーーー!」


 ひたすら涙を溢れさせ、大声で感謝するルンに抱き付かれているレダも、そっとルンを抱き締める。


 ルンは、暫くレダに抱き付いたまま声を出して泣いていた。徐々に嗚咽が小さくなっていく。

 最後に1度鼻をすすった後、漸くレダから離れ、手で涙を拭った。

 それを見届けたレダも立ち上がる。


「御免ね、レダさん。服を涙で汚しちゃった」

「いえ、聖女様のお役に立てるなら侍女服どころか、ドレスでさえ、いくら汚して貰っても構いません。それに、私は貴女様の臣下ですのでレダと呼び捨てにして下さい」

「分かったわ。レダ」


 まだ頬に涙が通った後が残っているが、ルンはニコリと屈託無く笑った。

 レダも同時にニコリと笑った。


 そこまでの状況を眺めていたガイストが二人に提案する。


「おいルン。レダを気に入ったなら、お前の侍女にするか?」

「えっ!? でもレダはお母様の侍女なんでしょ?」

「問題無いと思うぜ。母上もお前が魔物の侍女を付けたいって言ったら喜ぶだろから」

「……なら……レダさえよければ……」


 ルンの自信無さげな頼みに、レダは簡単に応える。


「私でしたら全く異論は御座いません。公太后様も常々聖女様を気に掛けてらっしゃいますから、御二方のパイプ役も出来ると思いますので」

「よっしゃ、なら面倒な手続きは俺がやっとくから、レダは今からルンの侍女な」

「畏まりました」


 ガイストに軽く頭を下げたレダに、ルンの元気な声が掛かる。


「レダ、宜しくね」

「はい。聖女様、今後とも宜しくお願い致します」


 仲良くなって微笑む女子二人を見詰めていたガイストが、また不意にルンの予想外な事を言って来た。


「そういやレダよ。お前、男爵候補に選ばれてるのに、何でずっと断って、侍女なんかやってんだ?」

「えっ、そうなの?」

「ああ、コイツは美人で天然だけど下手なオーガよりも強いんだ。だから辺境侯になるテンロウ様が寄子の男爵にしたがってんだよ。でも断りの返事を聞いてもテンロウ様は顔をヒクつかせるだけで教えてくれねぇんだ」


 ガイストとルンが二人揃ってレダに顔を向けると、また斜め上の返事が来た。


「何も変な事は言って無いですよ。男爵ではなく、可愛いお嫁さんになって幸せな家庭を築く事が私の夢ですから。侍女をしているのも花嫁修業の一環ですよ」


 その答で全てを悟ったガイストは、何故シュドウが顔をヒクつかせていたのかが納得出来た。

 オーグレスの気性の荒さは男のオーガと違い、剛力に比例している。と言うか、元々オーグレスはオーガとは比べ物にならない程に気性が荒く喧嘩っ早い。

 その中でもトップクラスのレダは美人ではあるが、オーガでさえも伴侶とするには尻込みしてしまうからだ。

 しかし、ここで変な事を言おう物なら本当に半殺しの目に合うと分かっているので、ガイストは言葉少なになってしまう。


「そ……そうか……そりゃ素晴らしい夢だな」

「でしょ。そう言ってるのにシュドウ様も男爵男爵ってしつこいんですよ。ホント、キレそうになっちゃいますよ」


 面倒そうに答えるレダだったが、思わぬところから賛美が上がった。


「素敵! 私も幸せな家庭を築きたいと思ってるの!」


 目を輝かせて賛同したのはルンだった。

 レダもレダで、自分の夢に同調してくれるルンに満面の笑顔を返す。


「聖女様もそうお考えですか! ヤッパリ幸せな家庭は乙女の夢ですよねー!」

「うん! イケメンの旦那様に愛らしい子供! これが一番よね!」

「デスヨネー!」


 全てが丸く収まりキャッキャウフフで話が弾む女子二人だが、ガイストとしては、ルンを此処に連れてきた本来の目的があった。

 取り合えずやることやろうと思い、ルンに声を掛ける。


「いや、盛り上がってるところ悪いんだけどよ、ルン」

「あ"ぁ"!」


 振り返ったルンの顔は、きっきのレダと同じ(オーガ)の形相と化していた。


「テメ!此方が女子トークで親交を深めてんのに、なに声掛けてんだ!死にてぇのか!てかテメ死なすぞ!」


 今迄の怯えた態度からの豹変ぶりと、巨大な攻撃的小○宙(コ○モ)をルンから感じ取ったガイストは、その場から一目散に逃げたくなったが、何とか自分を奮い立たせて踏み留まった。


「……悪いけど、俺の用事もまだ済んじゃいねぇんだ」

「用事だぁ?」

「そうそう、お前を此処に連れてきた目的だよ」


 ルンの表情は(オーガ)から、元の表情に戻り、口調も何時も通りになった。


「……そういやそうね……で、用事って何なの?」

「……ああ、一応お前に婚約指輪をプレゼントしようと思ってよ」


 胸を撫で下ろしたガイストの告白を聞いたルンは、一瞬息が詰まった。


「……はっ!……婚約……指輪……?」

「おうよ。無限の資源からなら、お前の好きなデザインの指輪が取り出せるだろ」

「……そうなの?」

「ああ、無限の資源に向かって、具体的な形やデザインを頭の中に思い描きながら口にするとその物が出てくる。何も考えず口にしたなら、一番最近デザインされて取り出された物が出てくるんだ」


 ガイストの説明通り、無限の資源は一番最初誰かが頭に思い描いた形の物が最新の形、つまりは、その後何も考えず商品名を言った物の形となる。

 服にしても、誰もが頭にデザインを思い描かないのであれば、何時まででも同じ服が出続けてしまう。

 それこそ「服」とだけいったなら、本当についさっきデザインされて取り出された、子供用、大人用、男性用、女性用、人間用、魔物用かも分からない服が一着出てきてきまうのだ。

 こういった事情から、もし子供服が欲しければ、頭に思い描かなくても良いので「人間の女の子の○歳児用の上着」と魔物使いと同じく具体的な言葉にしなければならない。

 更には、生地、夏用、冬用、色、デザイン、服の種類等、具体的に言えば言う程、自分の好みに合った物が出てくる。


 もし、キッチリと頭の中にデザインや好みが出来上がっているなら、落書き程度でも良いので思い浮かべてから口にすると、落書きが清書された状態の商品が出てくる。

 それが古い形やデザインに上書き保存されるのだ。

 故に、後々無限の資源へ訪れる商人達は、欲しい商品の専門家やデザイナーを同伴させる事が多くなる。


 ガイストはこの仕組みを利用してルン自信が好きなようにデザインした指輪を婚約指輪としてプレゼントするつもりなのだ。


「何だって良いぜ、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤを阿呆ほど散りばめた黄金、白金(プラチナ)のリングでも構わねぇしよ。婚約指輪は結婚指輪みたいにシックにしなくて良いからな」

「……本当に何でも?」

「ああ、お前がデザインして決めて良いんだ。ゆっくり考えたって良いんだぜ。何だったら日を改めてからまた来るか?」


 ルンは少し目線をさ迷わせるが、次には決心したようにガイストを見据える。


「だったら、ガイがデザインした指輪が良い」

「はっ?」

「だって私、デザインなんて良く分からないもん。絵も下手だし」

「本当に俺がデザインしたので良いのか?」

「だってガイ、そういうの得意だったんでしょ?」


 ルンの言う通り、転生前のガイストは使い勝手が殆んど無かったが、我流ながらちょっとした小物のデザインをする事が得意だった。

 その特技を唯一賛美してくれたのは妹だけだった。


「ん~、いや良いけど、後になってこんなの嫌だとか言うなよ」

「言わないよ。だってガイが私の為にデザインしてしくれた指輪だから」


 ガイストはイケメンだけど幼い頃からディアナと婚約していたし、ドラ息子や無能と呼ばれ続けていたので女性にはモテなかった。それ故に、ルンの女の子らしい笑顔と返事に顔が熱くなってしまう。


「……おっ、おう……よし、じゃあ、指輪を出すぞ」


 火照った顔を必死に誤魔化し、ガイストは無限の資源の畔へと移動する。

 そして、己がデザインする指輪を頭の中で思い描き、具体的な素材と婚約指輪である事を口にする。

 すると直ぐ様、無限の資源から指輪らしき物が浮かび上がって来た。

 その物を手に取り、今度はルンの前へと歩み寄って、彼女の目で人指し指、中指、薬指を立てる

 指と指との間には二つの指輪が挟まっていた。


 ルンは、思わず呟く。


「……綺麗」

「こんなもんで良いか?」

「凄いじゃないガイ。良いに決ってるわよ」


 ガイストがデザインしたのは所謂ストリート系のシルバーリング。

 ルンの物と思われる指輪の大きく膨らんだ石座部分には、桜の形にピンクダイヤモンドが嵌め込まれており、アーム部分にも小さな花びらように同じ宝石が散りばめられている。

 ガイストの物と思われる指輪の石座部分も大きく膨らんでおり、桜に似た五芒星の形にブルーダイヤモンドが嵌め込まれている。しかし、アーム部分にはファイヤーパターンで同じ宝石が散りばめられているところがガイストならでわだった。


「ピンクダイヤモンドの方はお前の髪色に合わせて桜をデザインしてみた。ブルーダイヤモンドの方は俺の碧眼に合わせた上で桜に似ている五芒星にしてみた」


 解説を終えたガイストは、五芒星の指輪だけをルンに渡す。


「先ずは、お前が俺の指に婚約指輪を嵌めてくれ」

「うん」


 ルンは言われるまま、差し出されたガイストの中指に指輪を嵌める。

 次は自分の番だと思い、ルンは中指を差し出そうとするが、ガイストがそれを止めた。


「その前に」

「えっ?」


 急なストップに、ルンの中に不安が過る。

 心の中に不安の色が滲んでいくルンを尻目に、ガイストは何度も深呼吸して息を整えている。


 次にガイストから発せられた台詞で、不安の色ではなく無限の資源が放つ黄金色でもなく、ルンの何もかもが桜色へと変化した。











「ルン、お前が好きだ。俺と結婚してくれ」


 前の世界で死ぬ直前に恋い焦がれた、ガイスト皇子が自分に本気でプロポーズしてしくれている。

 確かに「お前は俺の嫁になるんだ!」という断定した台詞は何度も聞いたが、今回に限っては“お願い”だった。


 嬉しい、嬉しい筈なのに、返事が上手く出てこない。


「……あ」

「聖女とか関係ねぇ。俺はそのまんまのお前が欲しいんだ」

「……は」

「俺もそれなりに緊張してるんだ。こんな定番な台詞しか出てこねぇよ」

「……私」

「それとも俺と結婚しないと、此処から追い出すって言った方が俺らしくて良いか?」

「私は……」

「悪いが、真実の愛云々なんて言わねえぞ。そりゃ破滅フラグだからな。お前なら分かるだろ?」


 片方の頬を軽く上げた何時もの不敵な笑みをガイストが醸した時、漸く全てを声に出せた。


「はい……私も……ガイが好き……私を……貴方のお嫁さんにして下さい……」


 その返事を待っていたかのように、ガイストはルンの手を掴み、中指にそっと指輪を落とした。

 と同時に、無限の資源内にいる者達が“ある物”を出す為に大合唱した。

 言葉にされたそれが一斉に溢れ出し、無限の資源はルンの髪色一色となった。


 万能なる湖から溢れ出てきた“ある物”とは、大量の桜の花びらだった。

 本当にルンの目の前は、桜色一色となったのだ。


「これは……」

「いや~、俺はサプライズなんて苦手だからよ。だからグレンが嫁に聞いてくれたんだよ。そしたら、こんな派手になっちまった」

「無限の資源に来てる皆が協力してくれたの?」

「まあ、そうだな。此方はプロポーズの瞬間を此所にいる全員に見られてるかと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだったぜ。この花びらの掃除も大変だってのに、何故か皆ノリノリだったんだからよ」


 この場に集う魔物や人間全てが自分達を祝福してくれている。

 今度は魅了に掛けられてではなく、自分の意思でプロポーズを了承した事に。

 そんな思いが溢れ出すルンに、更なる祝福の声が掛かる。


「おめでとう御座います。聖女様、大公様。これで私のお役目も全う出来ました」


 振り向いた先には、笑顔で手を叩くレダがいる。


「だろうよ。お前は俺がちゃんとプロポーズをするかの確認の為にずっと尾行してたんだからな」


 ガイストがレダに向ける呆れた態度も今のルンには心地良い。

 言葉に出来ない熱い思いがひたすら込み上げてくる。

 レダと同じく、無限の資源に集っている者達からも鳴り止まない拍手と歓声が巻き起こる。


 桜で埋め尽くされた無限の資源は、新たな婚約者達を派手に艶やかに祝福していた。

因みにキャラクターネームは


レダ→幻夢戦記○ダ


ラーズ公爵とシュドウ・テンロウ侯爵は魔物達の章で明かされています。

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