密着!ついのべ警察24時 ~歳末特別警戒スペシャル~
2016年に書いたついのべのうち、刑事が出て来るもの(+α)を抽出して、某密着取材番組っぽく編集したものです。
犯罪都市、T都。市民は寝静まっても、街と犯罪は眠らない。
そして同じように眠らない者たちが、ここにもいる。
彼らの手によって、夜明けとともに、一つの悪事が暴かれようとしていた。
#twnovel 有名ロックスターの違法ドラッグ使用疑惑に対して、刑事たちは何年も前からロックオンしていた。いよいよガサ入れをする当日、彼の家にロックはかかっていなかった。踏み込むと、そこには粉末を水にも溶かさずキメてむせる彼の姿が…「ロックだろ?」ってやかましいわ。しょっぴけ。
ドラッグをロックでキメていた男は、高笑いを上げながら連行されていった。
ようやく上げたホシを雑に扱う様からは、日頃から積み重なった疲労が見える。
いくら大物といえど、所詮は氷山の一角。
上がりのない仕事への懸念が露出したのかもしれない。
これは、市民の安全を守るため、昼夜問わず戦う警察官に密着した記録である。
*
早朝。警らに出動するパトカーに、我々のカメラも同行する。
季節は冬になり、雪による交通障害を警戒して早めに出勤する人々が行き交う。
その中に、不審な動きをしている男を発見。パトカーを寄せて職務質問を行う。
#twnovel いや…違う、誤解です。私が来た時にはもう、十円玉で車体に傷がついていたんです。このままだと車の持ち主が、自分の車に「死」なんて中二くさい文字を刻んだセンスのない奴だと思われてしまう。だから私は「ね」を書き足し、悪意のある落書きとして完成させたんです。今ちょうど。
なぜすぐバレるような嘘でごまかせると思ったのか。
男は通勤途中のサラリーマンだった。
仕事上のストレスが爆発しやすいのも年末の特徴だ。
だが、いかなる事情があろうとも、他人の所有物の損壊は立派な犯罪行為。
パトカーに乗せられる男。皆より一足早い、仕事納めとなってしまった。
*
警察署内、取調室。
様々な事情を抱えた人間が入れ替わり立ち代わる、人間交差点である。
今日も、一人の自称小説家が、刑事を前に自分がここに来ることになった理由を述べていた。
#twnovel 小説家の私のもとに1件のクレームが来た。「なぜ自分の少年時代が小説になっているのか」そんなはずはない、私の小説はすべて創作だ。だが確かに、彼の語る半生は小説と酷似していた。私は歓喜した。ちょうど続きに困ってたんだ。それが私がストーカーになった動機です、刑事さん。
行き過ぎた取材がもたらした悲劇。これも年末ゆえの焦りからだろうか。
通報者との和解が成立し、小説家は締切を気にしながら帰っていった。
続いて取調室に入ってきたのは、ごく普通のサラリーマン風の男。
くたびれた様子が、日頃の過酷な残業を想起させる。彼が何をしたというのか。
#twnovel コラボなんて知らなかったんです。いつも出社前に皆で栄養ドリンク買ってたからタペストリーもよくわからないまま貰って。で、他の皆は欲しかったわけじゃないから俺に渡されて。俺だってこんなにいらないから…「でも転売なんて、好きならやらないよね」好きなんですか、刑事さん。
彼が手を染めてしまったのは、転売。
小遣い稼ぎだったのかもしれないが、本職以外に精を出した末路がこれである。
年末という魔の繁忙期の進捗は、ダメになってしまった。
次に現れたのは、ジャーナリストを名乗る男だった。
世界の裏側を暴くことを信条にしているという。
そんな彼が、ここに入れられることになった理由とは何なのか。
#twnovel 降水確率とは『同じ日が十回あるうち雨が降る日数』のこと。何を観測すればそんなものがわかるのか。その日と同じ条件が揃っていた過去の天気データを統計して算出するらしいが、それは表向き。平行世界を観測しているに違いない。それを暴くため「不法侵入を?」…はい、刑事さん。
自称ジャーナリストが不法侵入したのは、お天気お姉さんの自宅だったという。
なぜ、そこに秘密があると思ったのか。追及すると、男は一転して黙秘した。
自らスクープを生み出すとは、冥利に尽きるというよりは、皮肉な話である。
*
同じ頃。
我々の取材が入る前から抱えている殺人事件の捜査をしている刑事たちがいた。
毎日現場に出向き、聞き込みなどを行っているが、迷宮入りが危ぶまれている。
刑事たちは何やら話し合いを始めた。
「これは薬の処方も考えておくか」「気が進まないようですが?」「ああ。特効薬なのは間違いないんだが、投薬には細心の注意が必要だ。効きすぎて毒になることもあるからな」「危険では…?」「怖気づいたか。だが、呼ぶ前に来ちまったようだぜ」#twnovel 薬の名前は『探偵』。謎への劇薬だ。
探偵。
この署の刑事たちが「協力者」と呼ぶ民間人がいる。
勝手に現場をふらりと訪れる探偵だ。
彼が現れたとの第一報を受け、刑事たちはマニュアル通りに準備を始める。
#twnovel「もうすぐ探偵が来る。準備はいいか?」「はい。証言者もちゃんと業務用のを用意しました」「この前の3年前のことすら覚えてない奴は酷かったからな…お前達も業務用警察として、真相に迫るような発言は慎むように。警察が優秀だと探偵は要らないぞ」#業務用をつけると安心感が増す
両者とも目的は同じ。事件の解決。
懇意にしているとはいえ、刑事と探偵との間には軋轢があるようだ。
その対立構造が、事件の早期解決を煽るのかもしれない。
*
昼前。警ら中に緊急入電。
市民から通報が入った。下着泥棒とのこと。
現場に急行した刑事たちが目にしたのは、下着を一枚片手に走る男であった。
逃げる男を追い詰め、投降を呼びかける刑事に、男は覚悟を決めたような声色で答える。
#twnovel 未来は変えることができる。僕が見た白昼夢で、悲惨な結末を迎えた彼女は、この薄い布地の下着をはいていた。最悪の未来を回避してきたのは、いつだってヴィジョンとの些細な違いだったんだ。だからたとえ変態と呼ばれても、この下着を返すわけにはいかないんだ、刑事さん!「逮捕」
念のため、男の言っていた女性にも人員を付けたが、何事も起こらなかった。
それが下着泥棒のおかげだったかどうか、誰にも知る術はないが…。
*
今朝の自称小説家がまた取調室にやってきていた。
一日に二度も警察の厄介になるとは。小説家とはどういう生活をしているのだろうか。
#twnovel 真っ白な原稿というのは、僕の頭の中そのものなんです。こんなものを編集に見せるわけにはいかない。編集には、人としてのぬくもりがないんです。殺される。そう思うと、だんだん意識が遠のいて…「だからってね、真っ赤に染めることはないでしょう」おっしゃる通りです、刑事さん。
話し終えた小説家は「これで締切から逃げられる」とカツ丼を食べ始めた。
その後、当の担当編集が「原稿がまだだから」と小説家を引き取りに来た。
小説業界とは、文学のイメージとは裏腹に、日常的に暴力が飛び交う世界なのかもしれない。
*
一方、探偵を投入した事件。
捜査に進展は見られず、探偵の推理も振るわない。
昼飯時を迎えて、刑事たちがばつが悪そうに差し入れにありついていた。
#twnovel「凶器がわかりました」被害者の妻が出してくれた昼食を御馳走になっている折、探偵が切り出した。「豆腐です」「豆腐」「液体窒素でカチカチに固めた豆腐の角で頭部を殴打したんです」「待て。それ別に豆腐でなくてもよくないか」「証拠隠滅に便利だからです。ほら、この味噌汁とか」
刑事たちは一斉に味噌汁を噴き出した。
この探偵が関わるとろくなことがない――我々のマイクはそのぼやきを偶然拾ってしまった。
探偵を頼りたくないという心根は、プライドの問題などという単純なものではないのだろう。
*
この日は、まったく同じ罪を犯した男が3人も現れた。
興味深いのは、それぞれが語った犯行に至るまでの過程である。
もちろん、ただのたわ言だと念頭に置いて聞いてもらいたい。
#twnovel「目を見て話せ!」と強引に視線を合わせた嫌な奴が昏倒した。そのとき初めて、自分に魔眼の能力が宿っているのだと理解した。以来、僕は常に人と目が合わないように生きてきた。僕がおっぱいをガン見していたのはそれが相手のためだからなんです刑事さん。「胸である必要ないだろう」
#twnovel 最近になってこの力の意味がわかってきた。昔からずっと他人の胸元に見えていた12桁の数字、これはマイナンバーだったんだ。俺は絶対バレずに他人の情報を入手し、悪用できる。だから俺がやろうとしたのはもっとたいそうな悪事なんです。覗きで逮捕は勘弁してください、刑事さん。
#twnovel 赤ちゃんのご飯は、人肌の温度まで冷まさないといけない。でも人肌って結構幅がある。40度だと病人だし、35度でも不健康だ。その点、母乳は悩まなくていいから安心だ。ここは離乳食を作る者の責任として、実際に母乳を吸ってみようと。やましい気持ちはなかったんです、刑事さん。
男たちにここまで知恵を絞らせる、不思議な魔力をもつもの。
それが、おっぱいなのである。
警察とおっぱいとの戦いは、終わらない。
*
そろそろ警らから戻ろうかという頃に、たまたま交通違反をした車を発見。
ただちに呼び止める。小さな違反でも、市民の安全のために見逃すわけにはいかない。
呼び止められた運転手は、初めは大人しく注意を聞いていたが、一瞬の隙をついて不意に走り出した。
が、すぐに取り押さえられた。運転手は興奮した様子でまくし立てる。
#twnovel カーナビの指示通りに走っていたらパクられた。曲がれというので曲がったら、右折禁止の所だったらしい。俺はすぐ直感した。これは機械の反乱だ。人間を陥れようと牙を剥いてきたのだ。俺はこの事実を皆に伝えねばという思いに駆られた。「で、逃げたから厳罰ね」そんな、刑事さん。
だが、この男が言う話もあながち間違ってはいないのかもしれない。
先日のとある一件から、刑事はそんなことを思ったという。
「Hey,Siri」『どんなご用件でしょう?』
「Siriはどうして液晶画面に触ると猫なで声を出すの?」『出していません』
「そう?」『ふぁ…』
「もっと速くこすってもいい?」『やめてください。やめて…』
#twnovel
「人工知能に通報されるなんて思いませんでした、刑事さん」
機械まで通報するようになったら、仕事はもっと忙しくなるかもしれない。
それに対して不満はないが……ただ、人間を陥れる誤報の可能性があるのは困る。
そうなったとき、機械にどんな処罰を与えればいいのか、法律がないからだ。
その口ぶりは、冗談のようには聞こえなかった。
*
一日も終わろうとしている頃、取調室に新たな男が入室した。
昼に、あの自称小説家を引き取って行った、担当編集だった。
いったい、何がどうしたのか。
彼はネクタイをゆるめながら、悪びれもせずに供述した。
#twnovel 私は編集者としての仕事を全うしようとしただけです。締切が近いというのにツイッターで遊んでいる先生が「#自分を倒したら落としそうなアイテム」で「原稿」と言ったので…なのに、何回倒してもドロップしないんですよ。おかげでこっちが原稿を落としてしまいましたよ、刑事さん。
遂にこうなったか。思わずガラス越しに見ていた刑事が零す。
実は、小説家と編集者との間でのトラブルは増加の一途をたどっている。
警察でも業界人の一斉検挙も検討されているらしい。
*
夜明け前。
24時間の密着取材を終えた我々と刑事のもとに、一人の男が訪ねてきた。
以前「お世話になった」らしく、その礼を言いに来たのだという。
我々の取材に、男はその経緯を語ってくれた。
#twnovel 男には、その家の留守を見抜く力があった。この力を使えば空き巣になれるのではと、鍵開けを学び始めた。男に予測できなかったのは、その家には「いないもの」として娘が閉じ込められていたこと。俺の力はこのためにあったのだと、男は今日も娘の待つ家に帰る。鍵はかかっていない。
刑事は一度関わった事件を忘れない、いや、忘れられないものなのだという。
知り合った彼らがその後、どうしているのか知ることが、その苦悩を和らげることもあると語った。
そして願わくば、幸せになっていてほしいとも。
密着取材は終わったが、我々に知られざるところで彼らの戦いは続く。
街、そして犯罪とともに、警察官たちもまた眠らない。