表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

盲目の狙撃手

作者: 哲翁霊思

建設中のビルの中、視界は半々に分かれた変な状況。

しかし、自分にとっては仕事での日常的な光景だった。

右目を瞑ると、双眼鏡の視界が。

左目を瞑ると、スコープの視界が。

これを両目で見ると、左半分に広角の視野、右半分に望遠の視野が広がる。

周りを左目で確認していると、目的の人物を発見した。

途端に緊張が走る。

左目で人物を捕捉しながら、右で照準を合わせる。

同時に脳内で着弾の計算をする。風は無し、相手は横移動、直線距離はおおよそ1500m、位置としてはこちらの方が10m程高い。相手の移動速度と落差を考慮して、何もないところへ照準を合わせる。

ゆっくりと引き金に指を当て、予測した時間までの間呼吸を整える。

そして一呼吸置いて、引き金を思いっきり引いた。ズドンッというとてつもなく大きい音と衝撃が体や辺りの空間に響く。

その数秒後、目標の人物はさっき放った弾丸に当たり倒れた。スコープからみたところ、ちゃんと心臓のあたりに命中したらしく、周りの様子から倒れて動かなくなっているようだった。

今日も何とか一撃で終わった。そう思ったのもつかの間、俺はすぐに弾丸の箱と銃本体をスーツケースにしまう。填めていた鹿革の手袋をポケットに仕舞いながらビルを駆け下り、何食わぬ顔で関係者を装い工事作業員用の扉から出る。制服である黒いジャケットに付いた粉末状の建材を払いながら、赤いネクタイを正し、人混みへと姿を消す。帰るまでが、仕事だ。



第一章


世界には不都合が多い。一般人が見ている世界は人間の作り出した社会の表面でしかなく、人間の本性が顕著に現れる裏の世界は欲望にまみれている。

そんな世界に不都合はつきもの、それを処理するのが我ら暗殺専門組織『ATCアサシン・トリガー・カンパニー』通称『業者』。顧客は裏社会の大物から政界の著名人まで。ほとんどが金や権力絡み。それらを処理――要するに暗殺するのが我々の勤め。何にせよ、一般人がうらやましい。

俺は帰ってきて早々に報告書類を持ち、近くにあった机へ立ったまま向かい記入をした。

最後に署名をして部長へ渡しにいく。

「部長、完了しました」

「ん、お疲れ。しかし、あれだな、早いな」

「さっき戻ったばかりですから、それにいつも通りですよ」

「そうだったな。じゃ、次の依頼が入るまで休んでいてくれ」

俺はそのまま部屋を出ると、近くの椅子へ腰掛けた。そして長く出るため息。

「おつかれぃー、木之元きのもと

「お疲れ様、大変だったね」

そこへ、同僚で情報部の藤崎啓太ふじさきけいたと、同じく情報部の翠川咲みどりかわさきが来た。

啓太は高身長、痩せ身の男で、長めの黒髪をいつもゴムで結んでいる。ちょっと抜けたところがあるものの、俺はよく親しくしている。咲は子供に間違われるほどの低身長、童顔で艶やかな黒髪をツインテールにしている。小学生と間違われても、納得できる姿だ。もちろんこう言うのもなんだが、胸のほうもお察しだ。それと、俺の彼女でもある。

二人はそのまま近くの椅子へ座る。

この部署内は、『フリーアドレス』という制度になっている。簡単に言えば自席がない。誰でも自由なところに座って仕事をする。なぜかと言えば、さっきまでの俺みたいに基本は外にいる。休みや待機、情報収集以外にすることがないのが実際。一方で他の部署は正反対。たとえば、情報収集専門の情報部は主にパソコンと潜入、他部署のサポートを受け持っている。基本的に、椅子の前での仕事になるため自席がある。

「まったく、人使い荒いよな」

やれやれといった顔で答える。

「お前だって、人に対して対戦車ライフルとかえげつないぞ」

「あ、そうだった、片付けるの忘れてた。ちょっといい?」

そう言って俺は、足元に置いていたケースを持ち、ロッカーへ向かう。後ろから、二人が話しながら付いてくる。

ロッカーの奥に金庫があり、そこに愛用の対戦車ライフルの入ったケースを仕舞う。

そのまま俺たちは、社内にあるフリースペースへ行き、そこで飲み物を買って話をする。

三人で話していつも思うことが、俺を除いた二人がよくしゃべると言うことだ。

確かに藤崎と咲は同じ部署、俺だけ執行部。彼女と知り合ったのも藤崎のおかげだが、三人で話しているのに俺だけ残されているのがどうしても気になる。

藤崎が席を離れたとき、たまにしている質問を投げかける。

「なぁ、咲」

「なぁに?」

「俺たち、恋人だよな?」

「そうだよ?」

何を当たり前なという顔をして答える咲。それに対して、答える。

「ほら、二人でばっか話しているからさ」

「当たり前じゃん、憧汰しょうたは部署違うんだから」

そう言うと、咲は唇を重ねてきた。突然現れたやわらかい感覚に一瞬戸惑ったが、そのまま目を閉じる。

しばらくして、彼女は口を離し、耳元でささやいた。

「続きは今度ね」

「何時空いてる?」

「今週の土曜なら」

「分かった、そのときにね」

そう言って離れると、丁度藤崎が帰ってきた。

「あのさー、そうやって目の前でいちゃつかないでよ!」

二人で笑いながら話を進める。

その口には、彼女の飲んでいたココアの味と、彼女の唇の柔らかさが未だに残っていた。



第二章


待機中ははっきり言って暇だ。暇以外にあるものがない。

俺のいる執行部は、暗殺を実行する部署。依頼内容と、部署内もしくは情報部から貰った情報の二つを使い、依頼通りに暗殺を実行する。そのため、依頼がなければ暇なのだ。

情報部へ顔を出しても、藤崎の少し長い髪をまとめた一つ結びも、咲の黒い艶のあるツインテールも見えなかった。俺はふと思い、ロッカーから自分の武器を取り出し整備室へ向かった。

自分で使う武器は自己管理になっており、自分で整備もする。整備室には、メンテナンスに加え、清掃、射撃場まで備わっている。

部屋に入ると、大型銃のコーナーへ行きケースを開ける。

中に入っているのは、無論、俺の愛銃である対戦車ライフル。そして、その専用弾。

ライフルを取り出し、整備を始める。

この銃と出会ったのは、入社したとき。自分に合った武器を探していたとき、そのときの上司から狙撃銃を進められたのがきっかけだった。

狙撃手向きだった俺は、何か威力の強い物は無いかと探していた。狙撃は遠くから目標を狙うため、隠密性が高く、敵からもばれにくい。その一方で、近くまで敵が来ると対応がしにくいと言う欠点もある。一番怖いのは、外した為に目標が逃げるのに加え、敵が位置を予測しこちらに向かって手榴弾を投げたり、機関銃を撃ってきたりすることだ。

それを防ぐのは、もちろん命中率を上げること。自分の腕を上げることだ。

しかし俺は保険のために、外しても目標に危害を与えられる物を求めていた。そして、部屋の片隅に置かれていたのが、この対戦車ライフルだった。

なかなか使われないため、埃を被っていたコイツだが、俺はすぐに使えるよう整備した。

威力は想像以上だった。人は簡単に貫け、外しても大砲のように地面を削る。周りへもダメージを与えられる。そして、超遠距離からも、どんな的でも、狙える撃てる、と俺の欲していた全てを持っていた。

それから少ししてから、咲と出会った。整備をしながら当時を思い出す。

会った当初は仲がいい程度に思っていたが、会う度に不思議な感覚が出てきた。何時からか、頭の中に彼女のことばかりが浮かぶようになった。

どうやら俺は分かりやすい性格らしく、彼女のことが好きだと言うことはすぐに知られてしまった。そのまま告白、現在に至るわけだ。

なんだかんだ言って、この銃がいなければ全て始まらなかった。そういう意味でも、コイツには特別に思い入れをしている。

ある程度整備を終えると、そのまま射撃場へ向かう。

このライフルは単発式、一発撃つごとに弾を込める。引き金部分ごとカバーを下におろし、弾を詰めて戻す。

支えの部分を地面につけ、スコープで的を狙う。そのまま引き金を引くと、轟音とともに的が吹き飛んだ。今日も、こいつは好調だ。

「木之元君」

排莢をしているときに、後ろから声をかけられた。振り返ると、部長の柔らかい感覚のするのほほんとした顔があった。

愛銃を台に置き部長のほうへ体を向ける。

「部長、いらしてたんですか」

「ああ、久しぶりに撃ちたくなってね」

そう言うと部長は俺の横で射撃をし始めた。

部長は執行部の出だと前に聞いたことがあるし、たまにこうして射撃場で一緒になることもある。そんな部長の愛銃はミニマシンガン、しかも二挺扱い。

両手に持たれたミニマシンガンは、寸分の狂いもなく的へ当てられる。俺の使っている的の距離の半分程度とはいえ、あれほど命中させるのは至難の業だ。

「さすが部長、お手の物ですね」

弾倉を外しているときに声をかける。同時に思わず拍手が出てしまった。

「いや、鈍ってるなぁ。現役の時は全弾命中だったんだが、四割も行ってないみたいだな」

「僕にはそんな芸当できませんよ、弾倉分連射したら必ず腕がブレてきますもの」

俺だったら三点連射バーストがいいところだろう。にしても完全連射フルオートで全弾命中とは、実力ゆえの昇格もうなずける。

「そういえば、君も中・近距離で撃てるようにしたいんだっけか?」

そういえば前に部長に相談したことがあった。それが、中距離でも撃てるようにしたいというものだ。通常の狙撃銃ならば歩きながらでも構えればいいのだが、対戦車ライフルはそうはいかない。重さや大きさはそうだが、何より反動がとてつもない。拳銃でも変に構えれば脱臼する程、それが戦車の装甲を貫くためのものとなれば脱臼どころの話ではなくなる。ただでさえ鍛えてなければ、体制をしっかりとっていたとしても骨折や脱臼をするといった反動がある。だからこそ、しゃがむないし寝そべった状態で銃を構える。

それでも俺は、あらゆる場面に対応するために中・近距離でも対応できるよう、直立で撃てないかを部長に相談していた。

「はい、ある程度鍛えてはいるのですが、如何せん反動が大きくうまく逃がせないかと模索しているんです」

「そりゃそうだろうなぁ」

それから大きく笑いながらも、部長はこの馬鹿げた俺の真剣な悩みに付き合ってくれた。本当に、この人にはかなわない。



第三章


今日は近郊にある山へと来ている。これが休暇で山登り、だったらどれほどいいか。山を登る手に持っているのは、カメラや弁当などではなく、ちょっとした登山用具と愛銃の入ったスーツケース、服も迷彩柄だ。

内容は簡単、目標のいる別荘で始末。今は道路から外れ、別荘の窓を狙える場所へと移動していた。

今回は情報部との通信で行うため、狙撃位置に着いて通信機を手にもつ。

「こちら木之元、到着」

『了解、じゃあそのまま構えておいて。あと5分だよ』

通信相手はもちろん咲だ。

「にしても、向こうから指示とかおかしな客もいるもんだね」

『ほんと、映画とかみたい。まぁでもその分多く請求いってるみたいだし、いいんじゃない?』

「……もし今回の依頼主への依頼があったら真っ先に俺が行くわ」

そんな話をしながらセッティングを進める。土の匂いを感じながらいつもの通り照準器を覗く。いつものように左に双眼鏡の視界、右にスコープの視界が広がる。

左で別荘全体が見える。本当に映画に出てきそうな、大きな窓ガラスのある別荘。そこから部屋の中が丸見えだ。

右で大方の場所へ照準を合わせる。風は無視できるほどの弱々しい風、距離はおよそ2000m、こちらのほうが600mほど高い。どの位置へ来ても、すぐに対応できる。

そうしているうちに時間が来たようだ。咲から指示がくる。

『始まったみたい、用意しておいて』

俺は無言で構え続ける。今回は、依頼主が相手に電話をかけ、窓ガラスへ誘導したところを俺が撃つというものだ。まさに映画のよう。信じられないが、今目の前で繰り広げられているのだから疑いようがない。さらに言えば、俺はその当事者でもある。

そんなことを考えていると、左の視界に人が現れた。携帯を耳に当てている様子で目標だとわかる。右の視界をすぐさま目標に合わせる。後は咲の指示待ちだ。

『――撃て』

その合図とともに、俺は引き金を引く。体と山に轟音が響くと同時に、銃口から発せられた弾丸は狂うことなく目標をとらえた。左の視界には、その様子がリアルタイムで流れていた。

「目標命中、これより離脱する。報告書はよろしく」

『了解、お疲れさま。気を付けて帰ってきてね』

そう、今日は土曜だ。無事に帰れば咲が待っている。

俺は駆け足で山を下ると、急いで車に乗り込みそそくさと社に帰った。

情報部に向かうと、咲の姿は無く報告書の提出に行っていると聞いた。俺はそのまま執行部のロッカーへ向かい、自分の荷物を置いた後、借りていた車の鍵や登山装備、迷彩柄の服や登山靴を備品部へ返却する。

丁度返却から戻ってきたとき、執行部の机に咲がいた。

「おかえりなさーい!」

そういいながら駆け寄り抱き着いてきた。咲はだいたいいつもこんな感じだ。そして俺はいつもそれでふらつく。

「うぉっと! はいはい、ただいま」

時間は丁度、午後六時。俺と咲はそのまま社を出た。

外にある店で夕飯を済ませ、俺の家へ向かう。社から少し離れた、閑静な住宅街。その一角にあるアパートの607号室、そこが俺の家だ。道路と反対側の最上階奥の部屋、意外と住み心地は良い。

咲はたまにこうして俺の家へ遊びに来る。前も夕飯を一緒に食べたり、どこかへ出かけたりした後俺の家へ来たり、俺が咲の家へ行くよりも多い気がする。

小さな玄関を抜けると、すぐ左に台所、右には風呂やトイレ、奥に居間がある。咲は慣れたように入ってすぐ左に向かうと、冷蔵庫から俺のいつも飲んでいるビールを二本取り出し居間のテーブルへ置いた。

俺はそのままジャケットを脱ぎネクタイを緩めながら居間へ向かい、ジャケットを脱ぐ咲の隣で一緒に呑み始めた。話すことと言ったら、愚痴や最近の流行りやそういったものだ。時たま物騒な話も出てくるが、仕事上よくあることだ。

ひとしきり話したところで、程よく酔いが回ってくる。咲は少しボーっとしているようだった。

俺が咲の顔を覗くと、咲はそれに気づいたのかこちらを向く。幼く見える顔は目が少し潤み、こちらへかわいい口を向けている。その様は、さながら天使を想像させる。俺の天使、俺だけの天使。俺は天使の唇を奪うと、そのまま押し倒した。

気づけば深夜二時、咲は俺の懐に潜り込んできた。

「明日休めばいいのに……」

「そうはいかないよ、情報収集なんて本当は年中無休なんだもん」

俺は明日休みなものの、咲の休みは少し先。いつものことだが、予定が合わないのはどうかといつも思っている。

「今度お休み重なったら、どっか遊び行こうよ」

「そうだな……。とりあえずもう寝な、明日送るから」

小さく頷くと、咲はそのまま俺の胸の中で小さな寝息を立て始めた。

俺はふと、たまに考えていることが出てきた。俺の手は汚れている。物理的な意味ではなく、依頼とはいえ人を殺している殺人鬼の手だ。そんな手で、咲を抱いてもいいのだろうか、人を愛してもいいのだろうか。

俺は咲を軽く抱きしめながら眠りについた。

翌日、咲が俺の顔をいじっているので目が覚めた。そのまま咲は風呂へ、俺は朝食の準備をする。二人で朝食を食べ、支度が整ってから咲を社へ送った。社の前で手を振って別れる咲が見えなくなると、突然虚無感が襲ってくる。

いつものことだ、いつでも会える、と自分に言い聞かせながら空を仰ぎ見る。悔しいほどの晴天がそこにあった。

このまま家に帰ろうかと思ったが、俺は反対方向へと歩き始めた。今日は一人で出歩いてみることにした。



第四章


今日も今日とて暇を持て余している。咲や啓太はここのところ忙しいのか、なかなか会えない。

執行部内の噂だと、社の幹部の側近が裏切りを働いたらしく情報部はその隠蔽や工作で必死なようだ。この前啓太に会った時も、かなり上等なクマが出来ていた。手に持っていたのもエナジードリンクで、声をかけると

「あー、つかれあー」

と、いつも以上に変な声をあげていた。

ともなれば依頼に対応などできるはずもなく、それは執行部に仕事が来ないことも意味していた。

情報部の状況から噂ではないと考えられるが、気になるのはその側近のことだ。裏切りならば基本、執行部が動く。うちの社はある意味レッド企業だ、普通に入退社はできるもののそれなりの情報を持つようになるとそうはいかなくなる。ずいぶん前に一人の情報部員が社を抜け出すことがあった。すぐに執行部に連絡が入り、間もなく処理されたらしい。

しかし、今回は処理の話が来ない。ゆえに噂とまでしか言われていない。おそらく何かあってのことだろう、もし噂が本当ならば処理の命令が来るのも近いと俺は思っている。

となればすることは一つ、準備だ。日ごろから行っていることを同じようにやる、そうしていつでも対応できるようにする。逆にできることがそれ以外ない。周りは休みを持て余し遊びや睡眠に費やしている中、俺は一人整備室へ向かう。

いつもの通り分解し、掃除、点検、組み立てをする。そのまま普通ならば射撃場へと向かうところだが、俺はそこを通り過ぎ奥の近接場へと足を動かす。

ここは主にナイフを扱うためや、射撃場よりも近い距離での射撃、立ち回りのための練習部屋だ。人の形の的がいくつか並び、仕切り等はない。鹿革の手袋を填め、的の一つに向かうと、いつもの愛銃を構える。そう、ナイフでも、散弾銃でもなく、対戦車ライフル。

一気に敵に近づく、その反動で銃身をつかみ銃床を振り上げて頭部に一発。続けて振り下ろし肩の部分を殴ると、体を回転させると同時に銃を構え回し蹴り。そして足をつくと、構えた銃で隣にいた敵へ弾丸を打ち込む。打った時の反動を利用して持ち手の金具を外し、排莢と同時に左手で腰の弾倉から弾を一発取り出し銃身へ押し弾く。構える勢いで銃を振り下ろし、持ち手部分を元に戻して装填完了。すぐさま、構えた先にいる後ろの敵へ撃ち放つ。

そこで一旦練習を止めて確認する。状態は良好といえるだろう。打撃のみの的はボロボロに、弾丸を至近距離で打ち込まれた横の的と、少し離れた状態で撃たれた的は見事に命中しあたりに綿やきれ布が散乱している。どうやらどちらも貫通したようで、弾丸は他の乱雑に設置されていた的も壊しながら壁で止まっていた。

少しやりすぎたかと思いつつ、これならいけると手ごたえをつかんだ俺は静かに片づけを始めていた。あたりに散ったのが血ではなく綿であるのが、少し残念であり片づけやすかった。

破棄用の的入れへすべての的の残骸を入れ終わり、新たな的を設置しているときだった。入口に誰かの気配を感じすぐに振り返る。そこにいたのは、咲だった。

「やっと見つけた……」

そういうと、俺が声をかける間もなく駆け寄り抱き着いてきた。もちろん俺はふらつく。

「ど、どうしたんだよ」

体制を立て直しながら、咲をしっかりと抱く。久しぶりの小さな感覚。

「最近忙しくって会えてなかったから、なんか寂しくなって……」

見上げてきた顔は、少し涙目にも見えた。愛おしくて仕方がないそれを強く抱きしめる。

「お疲れ様。俺はいつでもいるから、大丈夫だよ」

俺ができるのはこれくらいだ。仕事を代わることも、休みをあげることもできない。ならば、せめて応援したい。いつもされてる俺だからこそ、その思いは人一倍強かった。

俺たちはしばらく動かなかった。そのあと、咲も設置を手伝ってくれて、片づけは早めに終わった。最後に愛銃をケースに入れてロッカーへしまう。咲は仕事の途中で抜け出して来たため、大急ぎで戻っていった。

その直後、部長と廊下でばったり出会った。そのまま少しの立ち話。いつもの柔らかい顔とは真逆に、内容はかなり重く、暗いものだった。

「情報部は今大忙しだからねぇ、情報が漏れただの紛失しただの、はっきりとしてないからこそ総力を挙げているらしい。噂だと幹部側近が関わっているといわれているがね、どうも怪しいよ」

「部長も噂なんて聞くんですね」

「いくら歳をとっても、風の便りは等しく聞こえてくるもんだよ」

他にも、依頼が来ないからしばらく暇をしているだの、近々ボーナスが入るだの、ちょっとした立ち話をしてから部長とも別れた。

また、一人だ。暇がやってくる。今日も今日とて何もなし。うれしいような悲しいような、そんな一日だった。



第五章


情報部の一件は無事に幕を下ろしたらしく、今では通常に戻っている。とは言ったものの、暇なのは変わらないし、あれから始末の指令も来なかった。どうなっているのか知る者もいない、情報部員は口を堅く閉ざす、状況は情報部とおそらく幹部以外は誰も知らない。引っかかるものは多いが、咲が普通にしているだけで俺は十分だった。

昨日も一緒に寝たし、もう少しすれば休みがとれるそうだ。そこで、少し遠くへ旅行に行くという約束をした。一泊二日のデートプラン、詳しくは未定。空いた時に話そうと決めていた。

俺は執行部の机に戦術指南書と旅行雑誌を開き、交互にそれらを読んでいた。

白黒のイラストと文字ばかりを読んでは、きれいな風景やおいしそうな料理の載った色鮮やかな見出しを読んで、次第に指南書よりも雑誌のほうを読むようになっていた。

一緒に出掛けるのはもうどれくらいになるか、遠い昔のように思えてくる。今回は奮発して遠くなんて言ったけれども、実際どういったところがいいものか。誰かに相談したくとも、あまり気が乗らない。そもそも相談したところでこたえられる奴らがどれほどいるものか。悩める頭を抱えた末に、結局俺は全部任せようと決め雑誌を閉じた。

「誰か空いてるか? 仕事だ」

閉じたのとほぼ同時に、部長が入ってきた。手には書類、おそらくは依頼書だろう。

「三つ、潜入一つとあとは随時だ。誰か」

その声に引き寄せられるように周りの数人が集まっていく。俺はあまり乗り気ではない。これから大切な話があるっていうのに、今から仕事を入れるなんてしたくない。

この部署のありがたいところは、仕事は申告制だというところだ。逆を言えば給料に直結してくるんだが、あくまで基本給は変わらんから数回やればさして問題ではない。俺はもう何回か出ていることだし、このままだんまりを決め込もうとしていた。

「あれ、これ木之元がいいんじゃないですか?」

その時、同僚の一人が発した言葉を、俺が聞き逃すはずがなかった。

「え!?」

「木之元か、確かにな。やってもらえるか?」

部長がそういいながら一枚の依頼書を持ってきた。こうなったら断るわけにはいかない。

「わかりました、やってきます」

「よろしく頼むよ、それが終わったら休暇だろ? 休み前の一仕事だ」

そう励まして部長は部屋を出て行った。俺は、ただただ苦笑いしながら書類を見た。

担当員の箇所に署名をして、ロッカーで準備をする。必要物品は特になし、歩いていける距離にいるようなので乗り物もなしだ。

ネクタイを締めなおし、黒いジャケットを正してからいつものスーツケースを持って出る。

管理部に署名した書類を提出してから社を出る。空は曇天、少し風が冷たい。俺は目標のいる場所へ向かって歩いた。

あとはいつもの通り、近くのビルの屋上から射撃。命中したのを確認してすぐに戻る。戻ってからはすぐに報告書類を部長に提出。ロッカーへ行って片づけ。

ここまでで三時間強、咲はもう空いているのか、それとももう仕事に戻っていったか。俺は恐る恐る情報部へ向かった。覗いてみると、咲は机に向かいながら作業をしていた。

「お、木之元じゃん」

声をかけてきたのは藤崎だった。

「おお、藤崎」

「なに翠川?」

黙って首を縦に振る。

「さっきまで休んでたんだけどね、急に仕事入ってあの状態」

「そうか、ありがとうな」

俺はそう言って藤崎と別れ、執行部の机へ戻ってきた。

背もたれに寄りかかり、大きくため息をつく。早く仕事を終わらせたとはいえ、向こうに仕事が入ってしまったら仕方がない。俺はしばらく咲を待つことにした。

それから数時間後、咲も一段落したようで執行部まで来た。そのまま旅行会議。やっぱり俺の旅行計画など数時間で考えられるわけがなく、咲にすべて丸投げしてしまった。

そう、俺は咲と行くのがいいんだ、行先など関係ない。行先は咲の行きたいところだったらそれでいい。

楽しそうに旅行先の話をする笑顔の咲を、俺はただ眺めていた。



第六章


俺は雨の降る中、いつもの黒いジャケットの上からライダージャケットのみを身に着け、高速道路をバイクで走っている。雨はそれなりに強く、その中をバイクで走ると弾丸のように体に打ち付けてくる。その痛みは、さながら今まで自分が打ち抜いてきた奴らからの報復にも思える。

休暇に入った俺は、咲と旅行に行くためにと待ち合わせ場所の駅へ向かった。が、その日、咲は現れなかった。急に仕事が入ったのだろうか、連絡も何もない。前にこんなことがあったとき、何回か電話をかけていた。結局、急に仕事が入り電話もかけられなかったのだという。逆に連絡しすぎだと怒られてしまった。今回もそれなんだろうと考えながら、誰もいなくなった駅を後にした。

一人ぼっちの休暇が終わり、ズボンの裾の濡れが乾かないうちに情報部に行こうとしたその時だった。部長に声をかけられた。

内容は至極単純、咲が囚われた。

それを聞いた俺は、すぐさまロッカーからスーツケースを取り出し、制止を振り切って足早に社を出た。

部長が何か言っていたかもしれないが、場所以外はほとんど入ってこなかった。

俺は一旦家まで戻ると、バイク用のジャケットを上から着て手袋をはめた。そしてバイクの鍵をもって出た。

咲の奪還は指示が出ていない。つまり、自己責任での行動になる。指示以外での発砲は禁止されていないものの、そういった揉め事や発砲は社が協力も処理もしてはくれない。もちろん、装備や乗り物も貸し出してはくれない。

俺は社としてではなく、個人として、『木之元憧汰』として助けに行く。

ヘルメットをかぶりバイクにまたがる。ケースを荷台に乗せてから発進する。

一般道から高速に乗り、目的の廃ビルまで向かう。今はその道中だ。まもなく高速を降り、ビルへと向かう。

おそらく敵は百人単位でいるだろう、そんなことを部長は言っていた気がする。となれば実戦で使ったことのない近距離射撃になる。俺は高速を降りたところで、人気のない駐車場に入った。そこでスーツケースから愛銃を取り出し、弾を一発込めてから袋に入れる。残りの弾は、弾倉に入れて腰につける。使う弾はいつもの被覆鋼弾(フルメタルジャケット)ではなく、殺傷能力も隠蔽能力も高い被甲先孔弾(ホローポイント)、その中でもあまりにも残酷なため条約で禁止されているダムダム弾だ。

いつもと違う、尖りギザギザした弾丸を見ながら思う。どんな奴らかは知らないが、大切な人に出した手は体ごと消し飛ばしてやる。

俺はスーツケースを閉め、愛銃を入れた袋をたすきにかけ、またバイクを走らせた。

大きな道を逸れた脇道、山道の奥にひっそりと佇む不気味なビル。ここが今日、数多くの骸が出来上がる場所だ。バイクを置くと、俺は袋から愛銃を取り出し、左手に数弾の弾をもってゆっくりと近づいた。ヘルメットはこの際防具として身に着けておく。

入口には大きな鉄扉が施錠されてあり、窓はどこも開いていない。ここは正面突破、それ以外考えなかった。

ゆっくりと、扉の蝶番に銃口を向ける。まず一発目。大きな発砲音があたりに響く。しかし、雨の音で それも遠くまでは響かなかった。

敵に恐怖感を与えるよう、ねっとりと、じっくりと、時間をかけて弾を込める。二発目。雨は激しくなってくるが、そんなことは気にしない。

半分の蝶番を壊し、残り二つ。反対側の蝶番を見ると、ゆがむことなく二枚分の扉を支えていた。三発目。体はすでに冷え切って、早く咲と温まりたいと考えていた。

最後の装填をした。この扉の向こうに咲をさらったがいる。俺は、殺気を抑えられなかった。四発目。扉はいまだ雨を防ぎ続けている。

敵に打ち込むための大切な弾を四発も無駄にしてしまった。だが、これで退路も確保できた。俺は今度こそ敵に放つための弾丸を押し込み、思いっきり扉を蹴った。鉄扉は雨にも負けないほどの軋む音を立てながら倒れた。その先にいるのは、もちろん人。咲をさらったやつらだ。

「返してもらうぞ」

俺はそう呟いて、一番奥にいた奴から狙い撃つ。先制は俺、一番後ろの奴の頭部はあたりに血をまき散らしながら肉塊となった。それから向こう側も、混乱から俺を敵と認識し始め襲ってきた。

俺はすでに装填済みの次の弾を近寄ってきた正面の敵に打ち込む。射程は圧倒的にこちらのほうが長い、そこらの機関銃(マシンガン)や拳銃など話にならない。とはいえ長距離でもない、マシンガンをよけながら確実に血を見せる。

さらにナイフのみで近寄ってくる奴もいた。おそらくは下っ端だろう、かわいそうにまともな武器すら渡されずに挑んでくる。慈悲深い俺はこれを銃床で思いっきり殴る。次々とそんな奴らが来ても、銃床や熱々の銃身で殴り焼き入れ黙らせた。

鹿革の手袋はいつもとは違い、紅い鮮血が銃身の熱によって香ばしい臭いを出して赤紅色に染まっていた。

それでも敵は向かってくる。撃った衝撃で上へ銃をやると同時に、持ち手部分の金具を外す。銃身が上へ向いたときに薬莢が勝手に排出、左手の弾を押し込み元に戻す。

あの動作を永遠と行っている。すると、背後からあのナイフ持ちがやってきた。目の前には拳銃持ち、挟まれた状態だ。一瞬焦った、敵も馬鹿ではない。少しながらも戦術を学び、使い方を知っている奴らだ。俺は今まで肩に付けていた銃床を脇の下に持ってきた。そして持つ手を逆さにし、親指で引き金を引く。すると、弾丸は前方の敵へ向かって放たれ、反動で銃床は背後の敵へ向かっていった。

二つとも見事に命中、前方は肉が削げ落ちながら貫通し、背後はおそらく頭蓋骨骨折だろう。銃床が当たった勢いをそのまま上へ向け排莢。それと同時に横から新たにナイフ持ちがやってきた。そのまま銃を回転させ銃床と銃口を顎にくらわせる。回転中に左手の弾丸を込め、再び銃床を肩にあてがう。

一人残らず黙らせ、辺りには雨音だけが響いていた。部屋を奥まで進むと、階段が現れた。上を警戒したが他に誰かがいる気配がしない。階段の前で、すでに銃弾で壊れているヘルメットとナイフで切り刻まれているライダージャケットを脱ぎ捨て階段を上がる。

六階まで扉はすべて閉まってあり、七階の扉が開いた。

その先は一階と同じように広い部屋だった。その一番奥、窓際に一人の影があった。紛れもない咲だ。

「咲!」

俺は片手に銃を持ちながら駆け寄る。

そして振り向いた咲は、銃口を俺に向けていた。

俺は何が起こっているのかよくわからなかった。愛しの恋人が目の前で俺に銃を向けている。表情は一切ない。

「ど、どうしたんだよ」

少し笑いながら俺は問いかける。

「どうもこうも、ここまで来ちゃったから」

咲は淡々としゃべる。いつもの可愛らしい彼女には不似合いなしゃべり方だ。

「来ちゃったって……?」

「下で死んでほしかったのよね。でも、その様子だと逆に全員殺しちゃったらしいね」

そういわれて俺は自分の体を見てみる。ジャケットやシャツこそ雨で濡れてるものの、ズボンの裾は血にまみれ、鹿革の手袋も紅く染まっていた。

「なんで、お前囚われたって……」

「そう、そういうデマ」

そう言い合っているところに、部屋の奥から足音が聞こえてきた。薄暗くよくわからなかったが、近づいてきたその姿は俺がよく知っている奴だった。

「――藤崎!」

「よぉ木之元、元気そうだな」

「なんでお前が……」

そういう俺をよそに、藤崎は咲の隣へ立ち咲の肩を抱いた。

「お前が、脅したのか」

「んなわけないじゃん、鈍いね」

咲の少し笑った顔から、やっと理解した。俺は咲自身にはめられた。

「何のために。咲、なんでこんなことを」

「なんでって、邪魔だったから。私最初から啓太のことが好きだったの。でもさ、近づいたらあなたが迫ってきて、そのまま。断る理由もなかったし、啓太のこと知りたいし、それに、抜ける理由もほしかったから」

「そういうことだ、木之元」

最初から俺には気がなかった。確かに、「好き」といわれたことはない。今思えば、疑えるところはいくつもあったように感じる。だが、それよりも気になることがある。

「抜けるって、社を抜けるのか。それと俺がなんの関係あるんだ」

「情報漏洩、知ってるわよね?」

「ああ、ちょっと前まで情報部が必死になっていたっていう。幹部の側近がどうのこうのってのは知ってる、噂にだけだけど」

「それ、あたしたちなの」

「僕と咲で情報をいじって幹部の周りに擦り付ける。そうすれば執行部に指令が行くだろ? そうすれば始末してくれると思ったのに。上はもみ消したからさ、俺たちがこの手で真犯人を殺したってことにする」

そういいながら藤崎は俺を指さした。

つまり、俺を情報漏洩の犯人にしたうえで殺して、その対価として二人で社をやめるというのだ。

「こんなこと話してる時間はない、すでに社に信号は送ってある。数分のうちに向こうの鎮圧隊が来るはずだ」

社の鎮圧隊、執行部員が暴徒化した時や社の襲撃に対応するための部隊だ。その実力は自衛隊のトップクラスの隊と一二を争うとも社内でいわれている。

「そういうわけだから、ここで死んで」

俺は俯いたまま何もせず、銃を下ろしたまま立っていた。

「あれ? 撃たないんだ。ま、撃てないか」

「愛する人に撃たれるなら、本望さ。――一つ、最後に訊かせてくれ」

「なぁに?」

「……俺のこと、好きか?」

ずっと聞き続けている質問。答えは決まって――

「――嫌いではないよ」

俺は少し笑った。最後まで、咲は咲だと。

「俺が撃つよ」

「いいの、あなたの手は汚させないから」

そういうと、咲は両手で銃を構え撃鉄を上げた。

「さようなら」

聞きなれた音が部屋に反響する。

俺が見た最後の光景。それは、薄暗い部屋の中でいつもと変わらない笑みを浮かべる、咲の顔だった。

恋というものは、愚かで滑稽で、素敵なものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ‪設定や煽り、ネーミングがキャッチーで、センスを感じました。 惹きつけられました。アクション考証も拘っていて良かったです。 [気になる点] 結末については、ご自身の体験の昇華だと伺っている…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ