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8.目撃情報

8.目撃情報



 それから土日月を挟んで火曜日。

 6月も半ばを過ぎたけれど、相変わらず空気はじめじめしている。昨日よりましなのは、今日は湿度は高くとも日が照っていることだろうか。

 こういうときには研究室のデスクワークを早く終わらせて水族館に行くに限る。

 時計を確認すれば午後3時15分前。ちょうどキリもついたし目的動物の行動を考えればそろそろいい時間だろう。

 私は自分のデスクの一番下の引き出しに入れてあるデジタル一眼レフカメラを取り出すと、充電を確認してから研究室を出た。


 しかし、研究棟を出たところで捕まってしまった。


「まーきまきまきまきまきまきまきまき!」

「はいはいはいはいはいはい」


 近くの門に向かおうとしていたら、外をほっつき歩いていた岡田くんが絡んできた。見れば珍しく作業着に身を包んでいる。


「あれ? 珍しいね。これから調査?」


 確か岡田くんの研究室は森林系だったはずで、たびたび茨城や千葉などに行ってフィールド調査をしに行っているらしい。


「いや、今帰ってきたところ。って、そんなことはどうでもいいんだよ!」


 岡田くんはバンッと勢いよく私の肩をたたいた。勢いが本当に良すぎて非常に痛い。

 やけに嬉しそうな怒気迫るような表情で、岡田くんは私に耳打ちする。


「まきまき、この前お持ち帰りされてたんだって? 諒さんに」


 今、彼は何と言った?

 オモチカエリ、サレタ?

 ワタシガ、リョウサン――福澤さんに!?


「はぁぁぁぁぁああああああ!?」


 たっぷり10秒間をあけてから私は返す。

 正直今でも状況が理解できてなさ過ぎて頭が混乱中だ。


「いやぁ、なんだよー。そういうことだったのかよー。まきまきってばそういうところ奥手なようでちゃっかりぬかりないのな」


 岡田くんはバンバンと私の肩を叩きながらめちゃくちゃ愉快そうに言ってくる。顔がこの上なく楽しそうだ。


「いーやいやいやいやいや! はぁ? え、ちょっと待って」

「まぁ諒さんかっこいいしな。堀尾さんに比べればそりゃあ諒さんとるよなぁ」

「いや、だからちょっと待ってってば!」

「なぁ、諒さんどうだった? 上手かった――って、いだっ」


 こっちの話も聞かずにげらげら笑いながら次々と質問してくるので、私はパンプスのヒールで岡田くんの足を踏んづけてやった。


「私、お持ち帰りされてない! 何なんだその情報!」

「いでててて……いやーだってよー。この前、二人とも1次会で帰ったはずなのに、12時間際に駅に向かうのを見たって先輩が言っててよー」


 「先輩」とは先日の金曜日、堀尾さんの飲み会にいたメンツだろうか。

 言われてみれば確かにすぐに帰るフリして福澤さんと2軒目に行ったし、解散したのが12時過ぎと他の飲み客もいっせいに帰る時間だった。それに紛れて堀尾さん連中の誰かに見られていてもおかしくはない。

 岡田くんはヒールに押された足を労りつつも、ぐいぐいと肘で私を突いてきた。


「で? お持ち帰りはされてないけど何かいいことあったのか?」

「はあ?」

「あのあと二人で飲みに行ってたってことだろー? それとも……は!! 俺らと解散して12時までの3時間弱、どこかでヤり合ってたとか?」


 私はもう一度岡田くんの足を踏んでやろうとパンプスを伸ばす。しかしそれを察知した岡田くんがさっと右足を後ろに引いたので、左足を踏んでやった。


「普通に2軒目飲みに行っただけだよ。それ以外にいかがわしいことは何一つない!」


 岡田くんの妄想には呆れ果てるばかりだ。一体彼の中で私がどんな軽い女に思われていて、福澤さんをどんな軽い男に思っているのかが非常に気になる。いや、福澤さんはナンパもしてくるし、多少なりとも軽いとは思うけれども。

 岡田くんはやれやれといった様子で両の手の平を空に向ける。


「なーんだ。つまんねー。ま、諒さんああ見えてヘタレだしなー。そういうこと出来なさそう」


 確かに福澤さんはヘタレ要素あるけれど、というか割と表情豊か多けれど、いずれにせよ、そう思っていたのなら、最初から尋ねてこないで欲しい。


「あれー? 岡田くんにまきまきじゃん。二人でどうしたのさ、こんなところで」


 すると別方向から呼ばれた。

声のした方を見れば、ちょうど研究棟から亜矢ちゃんとのんちゃんが出てきたところだ。


「おうおう、聞いてくれよー。まきまきがさー」

「あ! ちょっと!」


 そういえばかつては人間スピーカーと言われていたらしい岡田くんだ。やってきた二人に嬉々として今の話を話す。

 だいぶ話が拡大解釈されてしまっていたが、もはや止めようもない。


「えー! よかったじゃない、はるかちゃん! ちゃんと出会いがあったね!」

「まきまきってちゃんと捕まえるところは捕まえるんだね! エライ!」

「いやいや、本当にただ飲みに行っただけなんだけど……」


 事前にあの飲み会に行くことを知っていたのんちゃんはにこにこ顔の前で手を叩き、亜矢ちゃんもぐっと身体の前で親指を立ててウインクを投げてきた。

 まったく、本人そっちのけだ。

 すると私の様子を見て、亜矢ちゃんが両手を腰に当てて詰め寄ってきた。


「ねぇ、まさかまきまき、ただ飲んで終わり、なんてことはないよね?」

「いや……それで終わりだけれど」

「連絡先は?」

「う……こうかん、しました」

「それでそれで? なんかやりとりした? メールとか電話とか……LINEとか!」


 亜矢ちゃんの後ろから、のんちゃんが乗り出して聞いてきた。にこにこした笑顔が非常にまぶしくて辛い。


「え……そんなことも言わなきゃなんないの?」

「おい教えろよー」


 3方向から詰め寄られてもはや逃げ場がなく、私はどう答えようか言葉に詰まってしまった。


 この前の金曜日、解散したあと、すぐに福澤さんからメールがやってきた。

 「今日は遅くまで付き合ってもらってありがとう。楽しかった。また付き合ってくれると嬉しいな」という、別れ際に言ったのと同じような内容のメール。受け取ったときは私もまだ電車に乗っていて、酔いも覚めきれないままお礼のメールを返していた。

 本当にただそれだけだ。


「まぁ、今日はありがとう、くらいのメールをしただけだよ」


 間違ってはいない。だって本当にそれだけだったのだから。

 すると3人はあからさまにげんなりしてきた。


「実際まきまき的にはその人どうなのよ」

「はるかちゃん、気になる感じ? 好きになりそうな感じ?」

「おら、正直に言えよー」


 まるで脅しにも似たような詰めより方をしてくるが、確実にこの3人は私をネタにして楽しみたいだけだろう。野次馬もいいところだ。

 それに福澤さんのことをどうかと聞かれても、実際のところ別に――……。


 そのときふと、この前メールを返信したときのことを思い出した。

 なんとなくあのときは、心がふわふわしていたような、ほっこりしていたような感じがしていて……。


「いや! そういうのじゃないから! ていうか私、これから水族館に行くもんで!」

「え、ちょっとまきまき!」

「逃げやがったあいつ」


次回10月22日更新予定

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