5.先輩の慰め飲み会
5.先輩の慰め飲み会
金曜日の新宿は、とにかく人が多い。
特に居酒屋が多い東口の方は、改札前から既に仕事終わりの会社員や学校帰りの学生たちでごった返しだ。ただでさえじめじめした時期だというのに、あまりの人の多さに熱気がむんむんしている。
その人混みを抜けて、私と岡田くんは真っ直ぐに指定された居酒屋へと向かった。
「みんな、今日は俺のために集まってくれてありがとう! かんぱーいっ」
「「かんぱーいっ」」
例の傷心中だとかいう先輩が乾杯の音頭をとると、ビールの入ったグラスが小気味よくぶつかった。
みんな勢いよくビールを煽る。
「悪いね、こんなやつの憂さ晴らしに付き合ってもらっちゃって」
「あぁいえ。お気になさらず」
隣に座った別の先輩が申し訳なさそうに話し掛けてきたので、私は愛想よく笑顔で応対した。
今日集まったメンツは、岡田くんが学部の時に所属していた山系サークルのOBらしい。もともと岡田くんは学部も同じ今の大学なので、要するにここに集まった先輩方は大学OBでもある。私たちと同期が1人、一つ年上が1人、二つ上が3人の計6人だ。岡田くん以外はみんな社会人らしい。
その中で完全に私はアウェイな状況で、他の先輩方もどうして私がここにいるのか不思議そうにしていて、若干気を遣っている感じが伺える。
「で、堀尾はどんな風にふられたんだよ」
一通りそれぞれ話が終わったところで、一人の先輩が本日の本題を振った。堀尾と呼ばれた当の先輩が、それまでにへらにへら笑っていた顔をあからさまに歪めた。
「いやぁマジ聞いてくれよー! あいつ本気でひどいんだけど」
とバンバンとテーブルを叩きながら話し始めた。
堀尾さんの付き合っていた彼女は、料理や掃除などとても家庭的な人だったらしく、そんな彼女を労ろうと、ことあるごとに堀尾さんがご褒美にブランドバッグなどを贈っていたそうだ。そういうことを繰り返しながら、彼女も同じ社会人だというのに三日おきに会うなど、良好な関係を築いていた――はずだった。
しかし、実はその彼女、堀尾さんと会わない日に同じことを別の男3人にもやっていて、しかもどの男とも身体の関係を持っていたらしい。
大人しく聞いていた他のメンツは一斉に「うわ~」という声を上げた。みんな一様に引いているようだ。
「堀尾さん、それで別れたんですか?」
岡田くんが、にやけた顔を必死で隠そうとしながら堀尾さんに尋ねる。
しかし堀尾さんは眉間にしわを寄せながら首を振る。
「いや、あいつのひどいところはな、ここからなんだ。4股が露呈したときにあいつ俺にこう言ったんだよ。『あなたがあんまり下手すぎるから満足できなかった。だけど他の人が気持ちよすぎて彼を好きになった。だから別れて』くれだってよ!」
一気に言い切ると、同じ勢いで堀尾さんはビール杯を乾かした。この話が始まってから何杯飲んだのか、堀尾さんの顔はだいぶ赤くなってうなだれている。
だけど、こんな面白い話に聞いていたメンツが笑わないはずがなかった。
「えげつねー女に言われたくねーな、それ」
「てか堀尾さんて下手だったんですね。まぁ初カノだったんですしね」
「ちなみにどんな感じでやってたんですか?」
なんて、それぞれで堀尾さんをからかい始め、かなり下世話な話になる。それを見かねた隣の席の先輩が、またもや手を合わせて私に謝ってきた。
「牧野さん、ごめんね、こんなヤツらの集まりでさ」
「あぁいえ。お構いなく」
さすがにこんなに生々しい下ネタな話になるとは思っていなかったけれど、理由が理由なので仕方がないだろう。とにかく堀尾さんの慰め会なので聞き役に徹するのみだ。
それに、世の中にはそんな女もいるんだなぁと、しみじみと思った。これまで周りにそういう女の子もそれに引っかかる男子もいなかったため、ある意味新鮮だ。
「それにしても、ここんところ失恋シーズンなんすかねぇ? なんかこの前、リョウさんも彼女と別れたらしいですし」
私が内心で感心していると、また別の先輩がタバコに火を付けながらぽつりと呟いた。それには他のメンツも意外そうな表情を浮かべる。
「え、別れたってリョウさん、今年で2年目でしたよね? あそこ順風満帆そうだったのに」
「うーん、でも最近うまくいってなかったみたいだしなぁ……」
と、それぞれまたここにはいないリョウさんの話をし始める。
なんだか周りが恋活に勤しんでいる一方で、同じ数だけ失恋もあるのだなぁと、完全に他人事のようなことを考えながら、私は手前の料理を口に運んだ。
「ん? 何、リョウの話? そういえばあいつ遅れて来るってさ」
そのときちょうどお手洗いから戻ってきた先輩が、席に戻りながら言った。
すると同時に岡田くんが顔を上げて、お店の入り口の方に視線を向けた。
「あ、うわさをしていたら来ましたよ、リョウさん」
その声につられてみんな岡田くんの視線の方向に目を向けた。
私も一緒になってそちらを向く。
そして私は――固まってしまった。
入り口の方からこちらに歩いてくるその人は、もう会うことはないと思っていた先日のナンパ男、福澤諒介さんだったのだ。
次回10月1日更新予定