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3.恋活

3.恋活



「まきまき、ご飯食べに行かない?」


 休日明けの月曜日。

 いつものように研究室のデスクでエクセルをいじっていると、下の階の友達が数人やってきた。時計を見れば12時過ぎ。いい時間である。

 私は彼らに返事をすると、エクセルの上書きボタンを押してその場を離れた。


 研究棟を出ると、じめっとした空気が一気に身体にまとわりつく。

 まったく、この時期は雨が降らなくても多湿で気分が良くない。その上、ちょうど午前の講義が終わった学部生が教養棟や各学部棟からぞろぞろと出てくるので、食堂は人の熱気と湿気でむんむんだろう。

 そうは思いつつも、私たちは研究棟から一番近い農学部食堂に入った。


「はぁー研究内容決まった? 私全く決まらないんだけど」


 全員の食事が揃いいただきますをすると、一人がそんな話題を出した。つられて何人かがため息をこぼす。


「いやーあれこれ案は出すんだけれども、どれも先生から却下されてる」

「うちんところは先生がほとんどいないから、まともに話し合いが出来てないよ」


などと、結構みんな行き詰まった様子だ。


「まきまきはもう分析やってるんでしょ、順調だよね」


 すると突然話を振られて、それまで聞き役に徹していた私はびくっと身体を揺らした。

 修士の研究計画、それが私たち農学研究科修士1年生の今一番深刻な話題だ。

 ここに集まったメンツはそれぞれ分野が異なり、研究に必要な時間も違うため、実際に研究が始まる時期も多少ずれることはある。とは言え、新学期が始まってから既に2ヶ月、少なくともそろそろ研究内容を決めてもいい時期ではある。

 それなのにここに集まったほとんどのメンツはまだ決まっていないという。

 かくいう私、まきまきこと牧野はるかも、それほど順調に研究が進んでいるというわけでもない。


「私のは卒論の続きをやってるみたいなもんだからね」

「はぁーそれでもやってるだけマシだよな。俺も早いところ決めてある程度進めないと、インターンとか始まるからなぁ」


 一同のため息は一層濃くなった。


「しっかしまきまき、土曜日も研究室いたらしいな。すげーわ、休日遊ばねーの?」


 ふと向かいに座っている岡田くんが尋ねてきた。

 私は軽く首を横に振る。


「いや? 遊びに行くよ。劇観に行ったり水族館行ったり買い物したり……」


 そこまで言うと、岡田くんの右隣に座っていた亜矢ちゃんが、神妙な顔で少し首を前に突き出してきた。


「それって……一人で行くの?」

「え? うん」


 すると集まったメンツの半分くらいが「ええええ」と声を上げた。


「えーまきまき、よくできるね。買い物はともかくとして、劇とか水族館とか一人で行けなくない?」

「俺は無理だわー」

「そうか? 普通に一人で行けると思うけどな」


と、それぞれで「行ける」「行けない」の話を始める。

 ちなみに、今集まったメンバーの半分以上が学部は違う大学であったり、同じ大学でも違う学部出身だったりするため、ほとんどが大学院からのつながりである。そのため、お互いまだ知り合ったばかりの初々しさが抜けない感じだ。


「――ていうかまきまき、彼氏とか作らないの?」


 唐突に、そのうちの一人がそんな質問をしてきた。

 しかしこれは咄嗟に反応しづらい。


「えーていうか、みんなは最近どうなのさ」


 とりあえず聞き返してみると、岡田くんがにやっと笑ってその左隣に座る男の肩を組んだ。


「俺ら昨日街コン行ってきたわー。なかなか可愛い子何人かとLINE交換してきたわー」


 そう言ってしたり顔でスマホを掲げてくる。


「えーやっぱあれって結構いい人来る率高いんだねー。あたしもこの前友達に誘われて合コン行ったけど、街コンの方が行きたかったな」


 岡田くんたちに便乗して、亜矢ちゃんが残念そうにため息を吐いた。

 街コンというのは街ぐるみの合コンってやつだろう。普通の合コンと違ってカップル成功率が高いとよく聞くけれど、本当なのかは謎だ。

 ちなみに岡田くんは、ごくごく普通の顔をしているけれど、少しチャラく話術もあるため、合コンに行くとそれなりにちやほやされるらしい。


「そういや鈴木とのんちゃん、付き合ったんだってね。知らなかったよ」


 とまた別のヤツが、ここにはいない他の二人のことを話題に上げた。確かにそんな雰囲気は前から出ていて今にも付き合うかといった様子だったが、実際に付き合った話については初耳のメンバーもいたようで、その話で少し盛り上がる。


「はぁーみんなそれなりに恋活してんのね」


 私はしみじみと呟いた。知らない間にみんながそんなことをしていたとは思いも寄らなかった。

 そんな少し間の抜けた私の発言に、岡田くんが真剣な表情を浮かべる。


「そうだぞ、まきまき。研究室に籠もってたって出会いはないんだから自分で見つけに行かないと」

「はぁ……出会いねぇ」

「まきまきって普通に彼氏出来そうなのにね、何が問題なんだろうね」


 今度は亜矢ちゃんが難しい顔を私に向けてきた。


 可愛いか可愛くないかは別にして、私はよく初対面の人に「彼氏いそう」とは言われる。だけど別に派手な顔立ちをしているわけではないはずで、むしろナチュラルメイクがよく映える薄めの顔だ。自慢なのは涙袋が大きいところだろうか。肩から少し伸びる髪もほどよい天然ウェーブが掛かっている程度。

 要するにごくごく普通にそこら中にいそうな外見である。


「いやー多分まきまきの場合は見た目とか性格とかじゃなくて、その生活スタイルが問題なんじゃね? おひとりさまが板に付きすぎてる」


 亜矢ちゃんの疑問に答えるように岡田くんが呆れた様子で言うと、一同は「あぁ~」と残念そうな声を上げる。まったくもって余計なお世話だというものだ。


「っていうか、そんなに一人で出掛けてて出会いはないもんなの?」


 ふと思いついたかのような亜矢ちゃんの質問に、そういえばと私は昨日のことを思い出した。

 劇場で会った見ず知らずの人に良い席を奢ってもらい、その後も彼のおごりでお茶をした。考えてみればアレも一つの出会いだったのだろうけれど、渡した連絡先とかは全て偽物だし、昨日限りだ。そこから何か起こるなど、まずあり得ない。

 しかし、この手の話題になるとあれこれ考えるのが途中でめんどくさくなる。だから早々に話題の切り上げをするのが一番だ。


「ないない。っていうか別に困ってないから大丈夫。大概のところは一人で行けちゃうし、遊ぶときもみんなで遊んでるからね」


 だがこの発言がまたいけなかったようだ。

 岡田くんと亜矢ちゃんが残念なものを見るような目を向けてくる。


「はーあ、まきまきってば、そのうちみんなに相手が出来ちゃったらそんなことも言ってられなくなるんだぞー」

「そうそう、それにもう少ししたら結婚ラッシュがやってくるんだしねー」


 なんてリアルな現実を突きつけられてしまい、それから30分、恋活に関していかに私が無頓着かを説教されるハメになってしまった。



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