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14.惹かれる

14.惹かれる



 亜矢ちゃんに言ったとおり、会ったのはまだ数えるほどだ。

 平日はただメールをやりとりするだけ。

 たったそれだけのことなのに、福澤さんの存在は確実に私の中で大きくなっていた。



 スカイツリーに行った翌週の土曜日は、また福澤さんと出かけた。

 気がついたら7月に入っていて暑さもまた増したけれど、まだ梅雨から抜けきれずにじめじめしていた。

 その日は新大久保にオススメのお店があると誘われたのだけれど、行った先の韓国焼肉店は確かに美味しかった。

 だけどそれよりも、行きも帰りもコリアンタウンを抜けるときに、「そこのCouple、うちで食べてかない?」とか「そこのカレシさん、カノジョさんにこれどう?」などと飲食店やコスメ店前で客引きしている韓国人にやたらと言われて、そのたびにどぎまぎしてしまった。あの人らはあくまで客引きのためのセールストークだし、男女で並んでそんなところを歩いていれば、そう見えるのも無理はない。

 そんなこと分かっているのに、どこぞの高校生かのように、そんなことでいちいち心の内で反応してしまった。

 私がひとりどぎまぎしている横で、福澤さんは軽く笑ってそれらをあしらっていた。



 その翌週は、福澤さんは仕事が少し詰まっていたり、私も研究室のゼミ発表の準備やなんやらで忙しくて、一度も会わなかった。

 その間、また岡田くんやら亜矢ちゃんやらにからかわれて、そのたびに顔を赤くしながら否定していた。

 でも会えないことに残念さを感じたのは確かだった。

 それでもメールのやりとりはずっとしていたので、会えない分そのやりとりを楽しんだ。



 更にその翌週は平日水曜日に飲みに行った。

 その日は適当に池袋で待ち合わせて適当な居酒屋に入った。

 いつも会うときは大概週末でどこも人が多かったから、水曜日ならそんなに人も多くないかなと予想してその日を提案したのだけれど、週の中日だからか、結構どこも人が多かった。

 そういえば、福澤さんと知り合うきっかけになったのも池袋で観劇チケットを落としたからだったっけ。

 そんなことを思い出して話せば、福澤さんは「あはは」と面白そうに笑った。

 ついでに「牧野さんが一月前、ここでチケットを落としてなかったら、俺たち知らないもん同士だったんだね」なんて言ってきたので、顔が赤くなりそうだった。それを悟られないように「今後チケット買うときはQRコードのにします」と、さらりと流して誤魔化した。

 そしてそんな話をしていたら次の観劇の予定を聞かれたので次の土曜日にどれどれを観るというのを言えば、「いいな、俺もあれ観てみたかったんだ」なんて返してきたので、苦笑混じりに「一緒に行きます?」なんて誘ってみた。すると嬉しそうにしながら「一緒に行っていいの?」と聞いてきたので、私は思わず頷いた。

 そうして次の予定が決まった。



 一回、また一回と会っては次の予定を決めてまた会う。

 会わない日はメールをやりとりする。

 本当にただそれだけなのに、日に日にスマホをちらちら確認する頻度が高くなった。

 福澤さんと会う日が決まれば、その日を待ち遠しく思うようになってしまった。そして気がついたら前回着たのじゃない服を無意識のうちに選んでいた。


 新大久保も池袋も待ち合わせはJRの駅改札口でどちらも人は多かったけれど、そんな人混みの中でも福澤さんはすぐに見つけられた。というか、そういえば見つけられなかったことはこれまでなかったような気がする。

 平均的な身長でスーツなんか着ていたら特に人にまぎれやすいのに、毎回毎回どこにいるかすぐに分かってしまう。

 福澤さんも福澤さんで、声もかけないうちからこっちに気づいているみたいだった。


 会ったらひと言ふた言挨拶を交わし合って移動する。

 移動するときは福澤さんが右手を差し出し向かう先へと私を促す。人が多いときは背中に手を当てられる。どれもごくごく自然なエスコートなのに、やっぱりそのたびにドキドキしてしまって私は落ち着かない。

 それでもお店に行けば気楽に食事を楽しめて、楽しく会話できる。

 こんなに定期的に会っていてメールもしているというのに、よく会話がつきないものだと思うほどだ。


 話していると福澤さんは色んな顔を見せてくれる。

いつも見せるようなふんわり柔らかく微笑むフェミニストチックな顔。 たまに悪戯っぽく笑う腹黒そうな顔や有無を言わさないいい笑顔。その一方で、たまにしゅんとしたり瞳が虚ろだったりすることもあった。

 そうして色々話して、最後には「気にしなくていいよ」なんて言われてご馳走になってしまう。



 別にデートなんかじゃない。

 ただ、おひとりさまとおひとりさまが揃っておふたりさまになっているだけ。

 だけど、だんだんそう思えなくなってきている。

 そんな理由が分からないほど鈍くもない。

だってもう自分に否定できなくなっているくらいに福澤さんに惹かれている。

 惹かれる理由は何だろう。

 それはもしかすると最初があんな出会い方だったからかもしれない。

それとも偶然にもあんな再会をしてしまったから?

 もしくは色々な福澤さんの顔を見るたびに興味が湧いてしまうからだろうか。



 そういえば亜矢ちゃんに以前、福澤さんとのことをぽろっと話したときに言われた。

――それって都合がよくない?

 確かにそうだと思った。

 私と福澤さんが初めて会ったとき、福澤さんは彼女と別れたばかりだった。

 実際そのことについてこれまで一度も触れたことがなかったので、どういう経緯でいつどう別れたのかなんて知らない。

 だけど、おそらく別れてからそんなに経たないうちから私と知り合って、私と遊びに出かけている。


 多分、好意は持たれているんだと思う。

 じゃなきゃこんなに会ったりしない。

 でも実際、福澤さんは私のことをどう見ているんだろう。

 それが分からなくて私は素直に自分の気持ちを受け入れられなかった。



 そうこうしているうちに、気がついたらすっかり梅雨も明けていて、7月も下旬に差し掛かっていた。


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