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13.落ち着くけれど落ち着かない

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13.落ち着くけれど落ち着かない



 その週末、約束通り福澤さんと一緒に出かけた。

 初めてのお出かけ。

 先週だって一緒に飲んだし、その前だって一緒に食事したこともあったというのに、何故か今日は前日からそわそわしてしまって、気がついたら鏡の前で服を合わせている自分がいた。


 そんなこんなで今日は昼過ぎに押上おしあげ駅で待ち合わせた。スカイツリーが出来てからもう数年が経つのに、押上に向かう電車の中から人がいっぱいだった。

 だというのに、改札を出る前からその人がどこにいるかが分かってしまった。

 平日に会うとき福澤さんは基本スーツ姿で、私服姿を見るのはあのチケットを無くした日以来だ。上下が青と白の2色使いの七分袖のカットソーに紺色のジーンズと、今日の福澤さんはラフな格好をしている。着方によってはパッとしないようなそれなのに、センスよく着こなしているところが、なんとなく福澤さんらしいと思う。


 福澤さんはこっちに気がつくと、先週新橋で待ち合わせたときのように柔らかく微笑んで手を挙げる。


「さすがスカイツリー。未だに電車も人がいっぱいでしたよ」

「ホントだね、はぐれないようにしないとね」


 駅構内の混み具合を見ながらそう言い合えば、はぐれないようにするためか、福澤さんは私の背中に手を当てる。


「じゃあ、行こうか」


 福澤さんはそう言って、そのままこれから向かう先に私を促した。

 思わず私はどきっとしてしまう。そんなの、福澤さんの手慣れたエスコートの一つだと思うし、これまでも似たようなエスコートをされてきたというのに、背中に当てられた手をやけに感じてしまった。



 ソラマチを抜けて展望台入り口の前まで行けば、そこにはかなりの行列が出来ていた。


「あぁ……これはなかなか時間かかりそうだね」


 それも入り口のチケット売り場が見えないほど。流石にこれを上るかどうかは悩ましい。入り口でこんなに人が多ければ、展望台の上も人混みでゆっくり出来る気がしない。

 それなら――。


「あれ、牧野さんは水族館の方が気になるのかな?」


 ついつい水族館の看板の方をチラチラ見ていたら、福澤さんがそれに気がついて言ってきた。

 私はしまったと思って福澤さんを振り返ったけれど、福澤さんは面白そうにくすくす笑うばかりだった。


「まあこれを待ってる間に日も暮れそうだし、水族館行こうか」

「あ……なんかすみません」

「ううん、俺も行きたかったし」


 なんて言って、ふたたび私を促してそちらに案内してくれる。

 なんだか色んな意味で恥ずかしくなった。




 水族館の入口まで来ると、ここでも福澤さんは「気にしなくていいよ」なんて笑顔で言って、私の入園料を払ってくれる。


「うう……本当に何から何まで至れり尽くせりで申し訳ないですって」

と、心底いつも思っていることを口に出せば、

「いいのいいの。俺もそうだから」


 なんて、上手く誤魔化されて言いくるめられてしまう。おまけに未だに背中に手を置かれたままで、落ち着かなかった。

 だけどそれも、中に入ってしまえばどうも思わなくなった。


 水族館はそんなに広くはなく、ここも人もいっぱいではあったけれど、十分余裕を持って回れる人の混み具合。入ったところには草食魚類のコーナーやクラゲエリアが見やすく分かりやすく展示されていて、幻想的で私はついつい惚れ惚れとしてしまった。奥の方まで行くと、634匹のチンアナゴとニシキアナゴ。砂の中から身体を出しているのが可愛くて思わず水槽を突きたくなる。

 そして何よりペンギン大水槽とミナミアメリカオットセイ。よくテレビでも取り上げられているけれど、どれもダイナミックで面白い。じっくり観察してみると、一匹一匹全然違うんだなと言うのが魚を見ているよりも分かりやすくて、すっかり私は釘付けだ。


 水槽ごとに私が中の生き物を観察していると、「あ、あいつ変な動きしているよ」とか、「こいつだけ色の付き方が違うんだね」などと、福澤さんは一匹ずつ指差して言ってきた。そしてそれらがどこに住んでいてどういう生活をしているとかなどをしたり顔で解説してくれる。

 私の方が生物には詳しいはずなのに、思いの外福澤さんが詳しくて、ついつい対抗心が湧いてしまい、オットセイやペンギンコーナーでは余計なうんちくを垂れてしまった。それを福澤さんは頷きながら聞いてくれていた。

 そんな解説合戦が楽しくて、さっきまでの落ち着かなさはどこへやら、気がついたらまったく気を遣わずに水族館を堪能していた。

 基本的に私は水族館も動物園もひとつひとつをゆっくりじっくり見たい派なので、正直今日はあんまりゆっくり見られないと思っていたけれど、私も福澤さんもお互いに思いのまま楽しめたようだった。

 こんなにも気を遣わずに回れた相手は、いつぶりだっただろうか。とにかく気が楽だなと思った。




 水族館を出ると、日が西の真ん中に傾いていた。ここに来たのが本当に昼過ぎだったのに、3時間くらい堪能していたみたいだ。

 来た道を引き返せば、未だに展望台の入り口には行列が出来たままで、結局今日は上れそうになかった。

 なので私たちはそのままそこを突っ切って、ソラマチに入った。

 どこかでゆっくりお茶でも、とお互い思っていたようだったけれど、どこも人がいっぱいでゆっくり出来なさそうだったので、一階に入っている東京バナナでソラマチ限定東京バナナを買って、近くのベンチに座って二人してそれを食べて過ごした。

 二人でゆっくりしているときは、お互いに気を遣わずに気楽でいられた。


 だけれど、はぐれないようにするためか、背中に手を置かれるたびに、いちいちドキドキしている自分がいて、そのたびに困惑するばかりだった。

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