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12.意識

12.意識



 休日があけてまた月曜日。


 思えば先週があっという間に過ぎ去ったように感じた。

 同じように日々を過ごし、同じように学校と家を行き来ていているだけの変わらぬ日常。だけどどこか違うのは、確実に視界の端でチカチカと光っているスマートフォンのせい――。


 画面をタップすると、予想通り福澤さんからメールが来ていた。


――これ、俺自慢のショット(笑)


 そんな文章と一緒に、バンドウイルカが宙を舞う写真が添付されていた。

 今度の週末にすみだ水族館とスカイツリーに行くことになったが、それ絡みで昨日一昨日からずっと水族館の話題に花を咲かせていたのだ。

 そうしてやってきたこのメール。したり顔の絵文字が、まるで電話の向こう側の福澤さんをそのまま現しているようで、知らないうちに口元に笑みが出来る。


 するとそれを目ざとく指摘されてしまった。


「なーんか最近ご機嫌だね、まきまき」


 研究室のデスクでスマホを眺めていると、ちょうど私の斜め前に座る先輩が顔を上げてニヤニヤこちらを見てきていた。

 思わずぎくりと胸が跳ねる。


「そ、そうですか?」

「うんうん、ここんところひとりでにニヤニヤしてること多いよな」


と、談話室でコーヒーを淹れて帰ってきたポスドクの先輩が、意味ありげにその話題に乗っかる。私はそれを誤魔化すように手元にあったお茶を啜った。


「てゆーか最近よく携帯見てるけど、彼氏でも出来たか」

「ぶぶっ」


 流石に隣に座る先輩の視線は誤魔化せなかったのか、さらりと彼は爆弾を落としてきた。思わずお茶を吹いてしまう。


「ちっ違いますから! そんなにやにやもしてませんしっ」

「ふーん、なるほど。図星か。何、かっこいいの?」

「か……っ」


 否定する間もなく質問攻めされて言葉に窮する。


 福澤さんがかっこいいかって?

 見た目は正直かっこいいとは思う。あっと振り向くような顔ではないけれど、人好きするような優しげな感じが滲み出てるし、清潔感に溢れてセンスもよく、理系にはあんまりいなさそうなタイプだ。いわゆる草食系男子っぽい外見だと思う。

 そんな外見に反して中身は割と肉食で結構強引なところがあるけれど、いやでも、あの人はなんちゃって肉食な感じもしなくない。表情はかなり豊かですぐしゅんとなったり拗ねたりして……。


――……ってあれ? 何で私こんなこと真剣に考えてるの?


 はっと私は視線を巡らす。案の定、研究室の先輩どもが更にニヤニヤ顔でこっちを眺めていた。


「わっ私! 購買に行ってきますから! じゃ!」


 彼らの好奇の視線に晒されているのが耐えられず、私は逃げるように研究室から逃げた。





 しかし、駆け込んだ先もまた失敗だった。





「あれ、まきまき。どうしたの、そんなに勢いよく来て」


 購買部に行ったところで亜矢ちゃんに出会してしまった。これはしまったと思いつつ、私は適当に理由を言う。


「ちょっちょっちょっとノートがきれちゃって……!」


 あまりに咄嗟過ぎてどもり過ぎた上にうわずってしまった。

 何かと目ざとい亜矢ちゃんのことだ。

 上手く誤魔化さないと、無駄に色々詮索してくることだろう。


「ふーん? まきまき、顔赤いよ?」

「う……そっそんなことないですヨ?」

「ふーん?」


 案の定、亜矢ちゃんは目ざとく突っ込んできた。私は必死に誤魔化しながら、さりげない風を装って両頬を両手で押さえた。確かにほっぺが熱い気がする。

 すると亜矢ちゃんは妙な微笑を口元に浮かべながら、私の手元を指差してきた。


「まきまき、スマホ光ってるよ」

「えっ嘘っ」


 私は手に持っていたスマホを確認する。見ればどこも光ってなく、着信もメール受信もしていない。

 そこでハッとした。

 これは、まさか嵌められたのか?

 そろりと視線を上げれば、亜矢ちゃんはさっきよりも楽しそうに顔をにやつかせていた。というか目が光り輝いていらっしゃる。


「なになに? 例の岡田くんの先輩? へぇーうまくいってるんだ?」

「う……っうまくいってるとかそういうのじゃなくて……」

「でもメール気にしちゃうくらいにはうまくいってるんじゃないの?」

「う……」


――亜矢ちゃん、鋭くて怖いっ。


 さっきの研究室の先輩らの方が事情を話していない分、まだ誤魔化しようがあったのに、岡田くんがあれこれぺちゃくちゃ喋るからまったく誤魔化せない。そもそも誤魔化すようなことなんか何もないけれど。


「待って! だ……っだってまだ3回しか会ってないんだよ?」


 亜矢ちゃんの懸念しているであろうことを必死に否定しようとするも、頭の中が混乱しすぎているせいで、私はもはや何を言っているのか分からなかった。

 亜矢ちゃんはそれに一瞬きょとんとするが、一つため息を吐くと顔の前で人差し指を「チッチッチ」と左右に動かした。


「まきまき、あんたどんだけ奥手なの。恋に会った回数なんか関係ないのよ?」

「う……っ」


 亜矢ちゃんは若干顎を上げて“当然”とでもいうような感じで言ってくる。


「現にまきまき、気になってるんでしょ?」

「うう……っ」

「そうでしょ?」


 更に真顔で迫られてとても怖い。こっちが誤魔化そうとしてもそんな隙を与えず核心に迫ってくる。逃げようとしても、逃げさせてくれないあたりが容赦ない。


 確かに正直なところ、福澤さんのことは気にならなくはない。というか、亜矢ちゃんの言うとおり福澤さんとのメールを楽しんでいるし、返信を待っているときだってある。メールが返ってきたときには心が温かくなることもある。

 たった3回しか会ってないのに、私の中でこんな風に福澤さんの存在が大きくなりつつあることに、私が一番戸惑っているのだ。


「あれー? はるかちゃんに亜矢ちゃんだ」

「のっのんちゃん……」


 私が亜矢ちゃんの尋問に答えられずにいると、更にそこにのんちゃんが購買部にやって来た。何でいつもこの人らはこんなにいつもタイミング悪く現れるのだろうか。


「なんかふたりとも楽しそうだね?」


と、のんきに言うのんちゃん。亜矢ちゃんがニヤリと私に目配せする。


「のんちゃん聞いてよ、まきまきがね――」

「ちょっ待って亜矢ちゃん!」

「いいじゃん、まきまき。のんちゃんのがそういうところセンパイなんだから参考に色々意見聞きなよー」

「いやだから、そういうのじゃないんだってば……!!」


 今にも嬉々とした様子でのんちゃんに事情を話そうとする亜矢ちゃんの口を、私は必死に塞ぐ。未だに私自身が自分の気持ちを分かっていないのだ――というかそういうことでもないのに、話をエスカレートされるのは非常に困る!


「なんか気になるけど、ふたりとも危ないよ……」


 私と亜矢ちゃんがふたりでそんな攻防を繰り広げていると、のんちゃんがおろおろ心配する。

 そして――。


「ああっ」

「あっスマホ!」


 私は勢いよく手に持っていたスマートフォンを床に落としてしまった。のんちゃんの足下まで一気にスライドする。

 結構な高さから落ちたので画面が割れたんじゃないかと私は焦るが――。


「もう、ふたりとも暴れるからだよー。ん? あれ?」


 のんちゃんがしゃがみ込んでそれを拾ってくれる。

 ぱっと見た感じ画面は割れていないようだが。


「メール来てる……」

「うわああああっ見ちゃダメ! 見ないでええええっ」


 なんというタイミングなのだろうか。私は急いでのんちゃんのところに駆けつけようとする。

 が、亜矢ちゃんに抑えられる。


「のんちゃん、いいからそれ、中身見てみてよ! まきまき、メールのノウハウを教えてあげるから!」

「いいよ! いらないよ!」

「いいから遠慮しない!」


 すっかりさっきと形勢が逆転してしまい、私が亜矢ちゃんに羽交い締めにされる。一体何が悲しくて友達に男からのメールを見られなくちゃならないんだろう。

 私はじたばた暴れるが、一方ののんちゃんは私のスマートフォンの画面を見たまま何故か固まっていた。


――え、何かやばいものでも見られたの?


 気恥ずかしさは当然あるけど、別に見られて困るようなことはやりとりはしていないはずだ。


「……のんちゃん? どうしたの?」


 流石に亜矢ちゃんも不思議に思ったのか、のんちゃんに声を掛ける。

 すると一拍おいてからのんちゃんはハッと我に返ったような反応を見せた。


「ん? あぁ、いや別に何でも。あ、はるかちゃん、これ、はい」


 のんちゃんはどこかばつが悪そうにしながら、それでいてどこか誤魔化す様子で、私にスマートフォンを返してくれた。

 そして何故か避けるように私から一歩遠ざかった。


「ああ、そういえばあたし、ちょっと用事があるんだった。じゃあね!」


 あからさまに怪しい様子で、のんちゃんは購買部を去っていった。亜矢ちゃんも私も目を丸くしてのんちゃんの背中を見つめる。


「のんちゃん、どうしたんだろう」

「さぁ……まぁそれはそれだよ、まきまき」

「ん?」


 のんちゃんが去ったことで、私は少し油断してしまったのかも知れない。ちらりと振り返ると、亜矢ちゃんのらんらんとした視線と目が合った。


――あ、これはヤバイ。


 私も亜矢ちゃんから距離を取ろうとするが、そう簡単に逃す亜矢ちゃんではなかった。



 その後、亜矢ちゃんに福澤さんとのことを根掘り葉掘り聞き出される羽目になってしまった。

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