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9.メール

9.メール



 押上の駅に着くと、ふと私はバッグからスマホを取り出した。

 見ればメールが届いていた――福澤さんからのメールだ。


 さっきは色々突っ込まれるのが面倒臭かったので誤魔化してしまったけれど、本当のことを言うと、福澤さんとのメールはあの飲みの後からずっと続いている。

 最初は確かにさっき言っていたような、お礼と挨拶を送り合うだけのメール。そして2ターン目でやってきたのは、「そういえばお酒結構飲めるんだね」という非常に他愛もない短文。私もすぐに短文で返信すれば、そんなに時間を空けずにまた短文がやってくる。そしてそれに返すという本当に何でもないやりとり。


 まるでリアルタイムで会話を楽しんでいるかのような、そんな感じだ。


 多分、そのとき二人とも電車の中で暇だったから、そんなポンポン送り返すようなメールが続いていたんだろう。

 なんとなく気分がよかったのは認める。

 でもそんな風に思ったのは、自分が結構酔っていたからだと思っていたけれど、同じようなメールは翌日も翌々日もその次の日も続いていた。休日はお互いに予定もあったし昨日も平日なので金曜日の夜ほどメールの頻度は多くなかったけれど、でもお互いのペースで送り合うようなやりとりだ。

 普段、私にとって連絡ツールでしかなかったメールだけれど、こうしてやりとりしてみると、案外苦ではない。



 私は水族館に入ると、まっすぐに奥のミナミアメリカオットセイの水槽に向かった。この水族館の目玉の海獣類だ。

 休日はめちゃくちゃ混んでいてわざわざ見に行く気にもならないが、平日、しかも火曜日の夕方になるとちらほらとしか人がいなく、ゆっくりオットセイを観察できる。

 と思って観察コーナーに行くと、なんと彼らはみんな一様に岩ブロックの上で昼寝していた。泳いでいる姿を期待していったのに、これでは予定違いだ。オットセイもちゃんと仕事してくれたらいいのにと、私は微妙な気分になりながら仰向けで寝ているオットセイをスマホのカメラに収めた。


 その写真をメールに添付して福澤さんに返信する。

 それまでに盛り上がっていた趣味の話題と、「水族館に来たのに仕事していません」と泣き顔の絵文字を添えて。


 メールの送信を確認してからも、私はしばらくスマホを片手にオットセイを観察していた。彼らが寝ているせいもあって、目が自然とスマホの方に移動する。これではオットセイを観察しているのかスマホを観察しているのか分からないけれど、この状況では仕方がないだろう。


 というか、よくよく考えれば今頃福澤さんは仕事中だ。スマホを見ている暇もないだろう。なんだかそんな自分がアホらしくも恥ずかしくもなってきたので、私はスマホをバッグにしまい、そして持ってきていた一眼レフを構えて、別のブースをゆっくり見回った。


 でも、返信は思っていたほど遅くはなかった。


 水族館に来てから30分、ちょうど16時半になったくらいだろうか。まだ就業中だろうに、福澤さんからメールの返信が来た。

 「うわーいいなぁ」という学生の私を羨むような内容と、「水族館もひとりで行くんだね」という語尾に(笑)の含んだ文。きっと直接話していたら、くすくすと笑っているに違いない。それか何とも言えない顔を向けてくるだろうか。

 どっちもありえるなぁと、そういう福澤さんの姿を頭に浮かべては、知らず知らずのうちに私は口角を持ち上げていた。


 すると、まだ返信もしていないのに、福澤さんから続けてメールがやって来た。


――牧野さんはスカイツリー上ったことあるの?


 確かにそういう話題が来てもおかしくなかった。というのも、私が今いるすみだ水族館はスカイツリーの中に入っている、言わば都内のデートスポット的な水族館だ。だけど個人的にはこの水族館の力の入った展示が好きで、むしろスカイツリーには水族館以外の目的で来ることは一切無い。

 などというような内容を福澤さんに返すと、まるで待ち構えていたかのようにすぐに返信がやって来た。


――じゃあ今度、一緒に上ろうよ。


 この一文を見てさっきの岡田くんたちとのやりとりを思い出す。


 福澤さんのこと好きになりそう?

 気になる感じ?


 一体、どうなんだろう。

 確かに初対面のときは変な人――というか不審者だとは思っていたけれど、最初から害はなさそうな感じだったし、好意は否定しない。だけど、それはきっと岡田くんたちが期待してるものでもないと思う。そもそもまだ2回しか会ってないから、先のことなんか分からない。

 それに、福澤さんだって元カノと別れたばっかりだ。きっとそんな雰囲気じゃないだろう。


 つまりは、お互いに趣味が近くて話が合うからそれで楽しめている。ただそんな感じなんだと思う。だからこのメールにも、そんな深い意味はないのだろうと、私は思った。


 福澤さんのメールに、私は適当に相づちを打った。

 するとまたもやすぐにメールが返ってきた。


――約束ね。


 そんな一文を見たら、テーブルの上に肘を載せて小指を立てた福澤さんが思わず脳裏に浮かんで、私はひとり吹いてしまっていた。



次回10月29日更新予定

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