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夜がなければ

作者: こめもり

 太陽なんてちゃんと見たことがない。太陽という『概念』しか私は知らない。

 私の生きる世界は月明りの照らす世界。でも、月は街の光に隠れてしまって存在は希薄に思えてしまう。都会はこれだから嫌い。や、嘘だけど。物量って人を豊かにそして愚かにするよね。消費社会に踊らされる人々を観察するのが面白い。何を言っているんだ私は。散歩にでも行ってくるか。

 ひとつ伸びをして立ち上がって、デスクワークから自らを解放する。今日はどこに行こうかな。ずっと家にいると体が固まるってもんだ。

 誰に見せるわけでもないけど服装選びは念入りに。青いワンピースに長袖の白いカーディガン。帽子は欠かせない。秋だからお気に入りのニット帽の出番だ。靴はどうしようかな。新しく買ったショートブーツにしようっと。

 お母さんも最近は何も言わなくなった。私だって大人だもんね、もう。大丈夫だよ。私は強い子。人の目になんか負けない。負けてなんかやらない。気にしない。日が変わる前には帰るから。行ってきます。

 隣の部屋を覗く。すうすうと寝息を立てるお母さんに見えてなかろうと手を振って、私は玄関のドアを開けた。



 鼻歌口ずさんで長い長い坂道を転がるように降りていく。下界に近づくほど増してくる喧噪とエレクトリックな光。こうして私は駅前に着いた。人がいっぱい。路上が埋め尽くされるほど、酒入れてないのについ酔ってしまいそうなくらいいっぱいいる。ペットボトルから水を一口含んで、深呼吸。下界の雰囲気になじむべく。よし、行こう。

 状況把握。辺りを見渡す。駅の改札に吸い込まれていく人、繁華街に消えていく人。デート中のカップルだったり酔いつぶれた男性軍団だったり。黒髪金髪茶髪、服もカラフル、ネオンもカラフルでうるさい。まるで色彩の暴力じゃないか。夜の闇はそれを受け入れるなんて優しいなあ。優しいけど、それでいいのか。私が気にすることじゃないか。だがしかし気に入らない。だから都会は嫌いだ。そんでもって、私みたいにひとりで歩いている人はあんまりいない。あと三、四時間もしたら平日なのにね。起きられますかみなさん。私が知ったこっちゃないが。

 あーあ、お日様の下でも生きられる彼らがちょっぴり羨ましい。フィルター通さないと私は見られない。太陽は絵本の中にしかない。小さいころは本気でそう思っていた。ああ羨ましい。まあねえ、ないものねだりしてもしょうがないけどねえ。昼に生きるには不適合。そんな存在が私。夜の世界しか知らないし生きられない。知ったかぶりしたところで実学がない、私にとって昼とはただの知識だ。実態をつかんでいやしない。

 昼間も面白そうだ。テレビを見るたびそう思う。行けるのはいつになるやら。棺桶に入って初めて日を拝めるのだろうか。わあ素敵、なんてね。分かってる。太陽の出てるときに外に出たら、こう、焼けてやばい。文字通り焼ける。やったことないけど。まだ死にたくないから。だから、死にたくないから、物わかりのよい私は嫌々でも理解するしかない。そういう運命のもとに生まれてしまったから。しょうがないね。納得はしていない。

 馴染みある創作世界では頻出で無駄に崇められる。それがアルビノ。医学的には先天性白皮症という。私はそれだ。布越しにやわな腕をつねる。痛い。横を向けば、ショーウィンドウに映った自分の姿が目に入った。まだ若者と言って差し支えない白髪の私を気に留めるのは私しかいない。これだから都会は好きだ。他人に無関心で、他人に関心あるようで自己中で乾いた都会が私には合っている、と思う。

 喧噪がましな方へと足を向ける。閉店のアナウンスを流すデパートの中を鼻歌再開、潜り抜けて商店街。ここは意外と店が開いている。大抵は飲み屋だけどね。やだねーこれだから都会は。酒好きかって。私は明日行こう。行くつもりだ。今日は行かない。日曜に私みたいなのがひとりで行くと浮くんだよね。派手な大学生グループに絡まれて質問攻めされたときはとってもうざかった。ひとりに慣れてる方がおかしいとか言われた。でもねえ。そう言われてもねえ。カラフル軍団煩かったのなんのって。

 生計はちゃんと自分で立てている。夢を仕事にすることが私の生きる道だと思って、そのために頑張って机とパソコンとスケッチブックに向かってきた。そして結果を残した、残してる。手にあるタコは裏切らない。これからもずっと、私はこんな風にして日々を描いて生きていくのだろう。つまりさ何が言いたいかって、ずるい生き方なんてしてないってこと。真面目に生きてるよ。ただ、生きてる時間が違うだけ。それだけなのにさ。夜にしか出てこれないからってアウトローだと思うな? 多数派が正義だと思うな? 世界のすべてを握ってると思うな? あの時の大学生にこう言ってやりたい。やり取りをやり直せるならついでに殴っておきたい。殴っちゃダメか。腕をつねってやりたい。

 ……今日おかしいぞ。私おかしいぞ。締め切り明けハイかな? 首を横に振って雑念を払う。白い髪が頬を打った。ちょっとすっきりした代わりにおなかが鳴った。

 コンビニに立ち寄ってコーヒーを買う。普段は買わない甘いカフェオレ。ストローをさして一口吸う。やっぱり甘い。甘いのは苦手だと再確認。いつもの自分が戻ってきたようでほっとした。飲みながら再びぶらつき始めるとしよう。

 シャッターの下りた店の前を何軒も通り過ぎる。六軒目でカフェオレを飲み干し七軒目で金髪の客引きをスルーし、八軒目。ふと視線を感じて立ち止まる。そこは美容院の前。中を覗く。観葉植物いっぱい、木目調のアジアンテイストな美容室。人はまばら。暇そうに床の掃除をする店員さん。もうすぐ閉店かな。あっ、目が合った。この人かさっきの視線は。

「いらっしゃいませー」

「まだ間に合いますか」

「大丈夫ですよ。どうぞーお久しぶりですー」

 衝動的に店内へ。にこやかにスタイリングチェアに案内されたが、はて、お久しぶりとは?

 帽子をとる。自分とご対面。生え際から毛先まで真っ白なショートヘアは帽子の跡がついている。不細工ではないと思うんだけども、もう少し鼻が高くて目がぱっちりしてたら言うことなし。自分の顔を評価してみる。真顔で。

 自分と鏡で遊んでいる間に美容師さんは私の首にタオルを巻いてビニールのあれを巻いて。慣れた手つきはさすがプロといったところか。にしても白髪に驚かないなこの人。これは面識ありそうだ。息飲む人いるもんなぁこの時点で。

「今日はどうしますか?」

 おしゃれ黒髪の美容師さん。そのさわやかスマイルから繰り出される質問。

 なんでここに入って私は座っているんだっけ。……つい勢いで。やばい、まずい。どうしようか。

 道中を振り返る。あほな逡巡と下界の様子、賑やかで安っぽい色彩の暴力。

 そうだなあ。高尚ぶっても、なんだかんだ言って私も下界の民だからなあ。……うーん。そうだなあ。一回くらいは混ざってみるか。好奇心。好奇心は猫をも殺すというが、物は試しともいう。もう私だって大人だもんね。自己責任でチャレンジしてみようか。



 帰宅したら零時を回っていた。自室の隣を覗く。お母さんは相変わらずぐっすりと寝ているようだ。

 シャワーを浴びる。洗った髪からはぱらぱらと短い毛が落ちてきた。

 脱いだワンピースはハンガーに。カーディガンはネットに入れて洗濯機に。

 パジャマに着替えて洗面所に立つ。そこにはなんと黒髪の私が。

「わー。にあわなーい」

 グレーの目に黒い髪って。漫画のキャラだな。帰路で自分の姿を再確認するたび自分じゃないみたいで笑ったけど。これはお母さんに何か言われる朝が来ること間違いなし。まあそれでもいいか。

 太陽の下で生きる人々は黒髪の民。真似ごとをしてみたところで私は月の下で生きる人間。黒の毛皮を着てみたが所詮は白にしかなれない。下界に住まう者同士仲良くしてみたい、だから黒髪に染めてみた。だけど、昼の友人がいない私には黒髪になったところでぴんと来ていない。そもそも混ざる必要あったかな。……なかったな。都会の毒気にあてられたかな。これだから都会は。好きだけど嫌い。

 まあいいや。何事も経験さ。私は経験値を得た。なおレベルは下がった。

「あーあ。羨ましいぞこんちくしょー」

 幼いころから言ってきて言い飽きたセリフ。私だってアルビノじゃなかったら昼の人間みたいに太陽を思いっきり見てみたかったさ。日の光を浴びて、そんでもって憂鬱になってみたかった。でもまあこの世界は気に入ってるけど。夜はいいぞ。みんな来たれ。

 夜がなければ朝や昼もない。日光が降り注ぐには準備が必要だ。夜は朝と昼の延長線上。切り離すことなんてできない。夜を馬鹿にされたところで夜がなかったら困るでしょう。

 慣れた思考回路を散々開いたところで、さてと。明日は九時起きだ。仕事だ。寝なければ。歯ブラシをくわえる。

 無心で磨いていたら、歯磨き粉を忘れたことに気が付いたのはしばらく後になってからだった。

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