ショートストーリー ハート・ドロボー
心・ドロボー
アメリカでは一切自動販売機は屋外に設置されていない。
グッチの店の前で壁にもたれて陽気に歌を歌っている黒人の少年にその理由を聞くと、
屋外に飲料水やタバコの自動販売機を設置していると、
それごとドロボーが持ち去ってしまうからと言って首をすくめた。
アメリカのドロボーはさすがスケールが違う、と変なところで村瀬は感心した。
それに比べると日本のドロボーは自動販売機を壊し小銭だけ盗む、
みみっちいなとお国の違いを感じた。
「君はドロボーしたことあるかい」
愛くるしい少年に聞いてみた。
「ないよ でもぼくの父は心・ドロボーになれといつも言っている。
意味はわからないけれど もう少し大きくなれば解ると言っていた」
「きみのお父さんは何をしているんだい」
「ミュージシャンさ」
なるほどと村瀬は思った
そして村瀬は心・ドロボーに違いない。
いやきっとそうだ。
何故なら村瀬の心の中には自分以外のたくさんの心がある。
みんな盗んできた心ばかりだ。
男であれ女であれ、よしにつけ悪しきにつけた人の心を盗みつづけてきた。
だけど村瀬が死んだ時、枕元に盗んできた心を花で飾っておいておきますので、
どうか盗まれたと思う人は取りに来てください。
それまでミネラルウォーター、リポビタンDやフランス料理、
それにホルモン料理なども食べさせ、清く、正しく、美しく 力強く育てて大事に預かっておきますので安心してください。
「きみは父さんを尊敬しているかい」
と黒人の少年に聞くと
「勿論さ」
少年は胸を張った。
村瀬は村瀬の息子がそう聞かれたら何と答えるだろうと思いながら、
摩天楼が建ち並ぶニューヨークの空を見上げると、太陽がキラキラと輝いていた。